始まりの日 5
酒場を抜けて通路を行くと直ぐに訓練場はあった。
訓練場は壁に囲まれた長方形の形で一般的な体育館より2〜3倍の広さをしている。
その中では既に数組のグループが訓練を行っていて、武器を打ち合ったり魔法を使ったりもしている。
ローブを着て手に杖を持つ如何にも魔術師という男が火の玉を杖の先に作り出し地面に打ち込むという光景を訓練場に入って直ぐ目にする事が出来た。
初めて直に魔法を見てこれを自分も覚えられるかもしれないと興奮するが、まずは指導をして貰う人を決めるのが先なので一先ず落ち着こう。
銀の腕章を頼りに探すと腕章をした何人かの人が目に留まる。
その人達に鑑定眼を使いレベルやクラスや能力値に所有スキルなどを調べ比較して選んで行き一人に絞った。
ゲオル Lv32
クラス 戦士 Lv32
筋力 192
耐力 96
知性 64
精神 64
敏捷 64
感性 96
アビリティ
怪力
スキル
9個
この人が今訓練場に来ている銀の腕章をつけている人の中で一番の実力が在って、大きな鎚を持ち上半身が隠れるほどの盾を担いで腰には剣を差し全身鎧を身に着けるという装備をしている。
この人の性格や教え方の良し悪しは分からないが、この場で一番強くかつ剣のスキルも持っているのでまずこの人に頼んでみよう。
壁際に居たゲオルさんに近づいて行くと顔をこちらに向けてくれた。
「俺に何か用か?」
「はい、初心者訓練の指導をお願いします。」
「ギルドに登録してるか?」
「今登録してきました。」
「そうか、もう一つ聞くが何で俺の所に来たんだ?こいつを着けてる奴は他にもいるだろう?」
ゲオルさんは銀の腕章を指差してそう聞いてくる。
さすがに鑑定眼で能力を比べてと答えるのはまずいだろう。
「まず武器を使った戦いを覚えたいんです。だから戦士や闘士の装備をしている人の中でいちばん強そうで且つ剣の扱いを教える事も出来そうなので指導をお願いしようと思いました。」
「なるほどな、少し柄の長い片手剣を持ってるみたいだな、もうBPで片手剣スキルを取ったのか?」
BPでの取得ではないが片手剣スキルは既に持っている。
使い方もまだよく分かってない物をうまく隠せるとは思わない方がいいだろう。
「はい、取得しました。」
「分かった。そういう事なら迷宮内の剣での戦闘を鍛える自主鍛練法の一番初歩をこれから教えてやる。一通り鍛練法を教えた後も今日は俺が訓練を見てやろう。」
「お願いします。」
「よし、早速始めるがその前に聞いとく、まず武器での戦い方を覚えるって言ってたがもう次の事を何か考えてるのか?」
「はい、迷宮で生活出来るほど稼げるようになったら魔法も覚えてみたいんです。」
「魔法?ああ魔術と法術の事か。そいつは適正が無けりゃかなり厳しいぞ。」
「そこは大丈夫だと思います。昨日覚醒石を触って解放されたクラスに魔術師や法術師もありましたから。」
「マジか、まず武器での戦闘を覚えたいって事だから戦士か闘士のクラスも解放されてるよな、本来覚醒石を触っての結果は尋ねるもんじゃねえんだけどよ。聞いてもいいか?」
「いいですよ、戦士、闘士、魔術師、法術師の四つ解放されました。」
「四つしかもどれも即解放か、とんでもねえな」
「そうなんですか?」
「ああ、今まで俺の知る中で最高は一つ即解放で後二つ能力が規定に達すれば解放っていうものだからな、嫉妬されるからあんまり言い触らすなよ、俺も必要な場合以外は他言はしねえから、じゃ訓練始めるぞ。」
そこで一旦言葉を切ってゲオルさんは俺に正対してくれた。
「名前は?」
「セイジです。」
「俺はゲオルっていう、セイジ、最初は走ってもらうぞ。」
「適当に走ればいいんですか?」
「いや、訓練場の壁に沿うようにして走れ。五週ほど周回したら逆回りに周回しろ。以降五週ごとに逆回りにして俺がやめろと言うまで走り続けろ。途中歩いてもいいが決して立ち止まるな。質問が無いなら始めろ。」
ゲオルさんに頷いて走り始める。5メートル程走ると
疾走スキルを取得した
取得したこのスキルをうまく使いこなす訓練も並行してやってみよう。
最初の半周はスキルもうまく使えずドタドタした足運びでしか走れず息も上がりそうになってしまう。
前途多難だと思ったが一週目が終わるころにはスキルを少し使えるようになってきて走りもスムーズに息も整ってくる。
五週走り終え逆回りに走り始めるころにはスキルの使用や走りも安定し息も乱れなくなっていた。
五週ごとに回る向きを変えるとき三十秒ほど歩くぐらいで二時間近く走ることが出来た。
もうすぐ走り始めて二時間になるころ疾走スキルがLv2になり、それから少し走った所でゲオルさんに声を掛けられる。
「よし走るのはそこまででいいぞ、戻ってこい。」
ゲオルさんの近くに戻ってきたがさすがに立っていられず座り込んだ。
「水だ、それをゆっくり飲みながら聞け。今回は初めてだから、かなりきつめにやったが次からこの走り込みは訓練の初めに十分くらいやればいい。そのままの格好でいいから十分ほど休憩したら剣の素振りをやるぞ。」
水を飲み終えた水筒をゲオルさんに返し、呼吸を深くし息を整えていく。
荒かった呼吸が平常に戻って来た所でゲオルさんに立たされる。
「さっきも言ったが次は素振りだ。セイジはもう片手剣スキルを取得してるから下手に型とかに囚われずスキルを使う事を意識してやってみろ。これも俺がやめるよう指示するまで続けろ。じゃあ始め。」
走り込みの時と違ってアドバイスをくれたので有り難く従ってみよう。
走り込みの時に得たスキルを使う感覚を意識して、剣を構え振り上げ振り下ろす。
初めの5回程は鈍かった風を切る音がだんだん鋭くなっていく。
百回ほど繰り返し素振りが安定してくると、走る時にも感じたスキルを強化する感覚が楽しくなって来る。
気づけば一時間以上真面な休憩もなしに剣を振り続けていた。
剣術スキルがLv2になった所で素振りをやめて大きく息を吐いた。
「丁度いいからそこで素振りを辞めていいぞ、この走り込みと素振りが自己鍛錬法の初歩だ。言わなかったが走り込みの方も迷宮内の曲がりくねった道で魔物から逃げ出す時に必要なんだ。簡単な事だがこれが一定のレベルに達してないと迷宮じゃあ使い物にならん。」
近くまで来ていたゲオルさんは鎚を壁に立てかけ、盾を手に持っていた。
「本来ならこれで最初の指導は終わりで後は一定レベル以上に成るまで見てるだけなんだが、特別だ。最後に俺が直に稽古をつけてやる。やる気が在るなら構えろ。」
ゲオルさんは剣を抜かなかったが拳に力を籠め、盾を構えてくれる。
スキルを多少は使えるようになった自分を試す絶好の機会だ。
俺は躊躇わず剣を構えた。
「よろしくお願いします。」
「おう、好きに掛かってこい。」
正面からは隙を見つける事が出来そうにないので疾走スキルも使い右手に回り込んで切りかかる。
しかしゲオルさんは滑るような円運動で俺の剣を盾で受け止め、盾の上から俺を殴り飛ばした。
左手から圧倒的な衝撃が伝わって来るが何とか倒れず後ろに下がるだけで堪えられた。
何度か同じようにかかっていくが盾で止められ拳の一撃で押し返される。
そうしていると直ぐに左腕の感覚が無くなっていき盾を持ち上げるのも困難になってくる。
盾が使えなくなれば直ぐに殴り倒されるだろう。
だから最後のつもりで剣を振る事だけに集中して仕掛けてみるが、簡単に盾で止められ下から突き上げるような拳を何とか盾に受けたが威力を殺せず吹き飛ばされ、背中から地面に叩き付けられた。
受け身スキルを取得した
体術スキルを取得した
疾走スキル、受け身スキルは体術スキルに格納されます
痛む体を何とか立たせ構えようとするが
「よし、稽古はここまでだ。」
その声に俺は立て膝の姿勢で座り込んでしまう。
「もう昼になる。ギルド内の酒場で奢ってやるから一緒に飯でも食おうぜ。」
そう言って訓練場の外に向かうゲオルさんの背中を俺もすぐに立って追いかけた。
お読み頂き有難う御座います。