湧き出した魔境 14
「セイジ、ティア、起きてもう時間になる。」
寝室の扉を叩くファナの声で目を覚ますとティアも同じだったようで俺の左腕の中なら飛び起きた。
俺もベッドから出て生活魔術でティアと俺に部屋の中も綺麗にして身だしなみを整え装備を身に着けていく。
ティアも装備を付け終えたので寝室の扉を開けるとファナの準備も終わっていたので二人を連れてそのまま離れを出る事にした。
裏庭に出るとまだ暗い時間だったがアゼル君を除くアルバンさん達が見送りに出て来てくれ、無事の帰還を約束して集合場所に向かった。
大通りで出るとまだ早い時間なのにいつもより多くの飲食の屋台が出ていて、携帯食で朝食を取りながらポーチの中に備蓄もしていった。
集合場所の南門前の広場に着くともうすでに多くの人が集まって来ていて、大通りと広場の境にギルドの臨時受付が設置されていたので詳しい集合場所確認すると俺達の指揮をするゴッチさんの居場所を教えてくれた。
教えられた場所に行きそこにいたゴッチさんに到着した事を伝えると歓待してくれ出発まで待っているよう告げられる。
流石にティアとファナは男達の目を引くようでついでに俺へ強烈な妬みの視線をぶつけてくる奴もいたが、何かしてくる事は無かったので暇つぶしを兼ねて討伐隊の戦力を測らせて貰う事にした。
ざっと広場を魔眼で見渡し強そうだと感じた人達を片端から鑑定して行く。
ダレン、ミラルテ両ギルドの部隊にはレベル40代の討伐者が数人ずついて、シェイド辺境伯の部隊には10人位のレベル40代の他にレベル52の上級騎士というクラスの人が一人いる。
俺が気付かなかっただけで他にも腕の立つ人が混ざっていると思うがアビリティ呪いの衣を貫く為の魔法武技が使えそうな人がレベル40以上に3人位しか見つけられなかったのが少し気にかかった。
今度は装備に注意して魔法武技を使えそうな人を探してみようとするとシェイド辺境伯の部隊から時の声が上がり移動を始める。
ダレン、ミラルテ両ギルドの部隊が続き、最後にフリーのパーティを集めた俺達の所属する部隊がダレンの街を出た。
数百に上る人が先に行軍してくれるおかげで獣道が踏み固められて歩き易くなっている。
物資もポーチで運んでいるようで寄って来る魔物の群れも先頭のシェイド辺境伯の部が簡単に始末してしまうので問題なく行軍が続けられた。
時折ティアとファナに向けられる視線が気になり野営時過剰に警戒してしまったが、特に何が起こる事も無くダレンを出て3日瘴気泉周辺の魔物の密度が急に上がる地帯の手前に討伐部隊は陣を張った。
一夜明け、伝令の招集命令で目を覚ました。
急いで身だしなみを整え野営道具を片付けてゴッチさんの元に出頭すると出撃準備が告げられる。
俺達が先陣を切るのかと思ったがどうやら任務は瘴気泉までの進軍ルートの露払いのようで一安心した。
30分程で隊列を組み終え陣地から瘴気泉までの魔物の排除が始まる。
遭遇する全ての魔物の群れを片付けながら進みオークの群れを刺激しないギリギリの所まで前進すると、本隊に伝令を送り部隊を二つに割って周辺の掃討に移った。
瘴気泉の周囲を時計回りと反時計回りに掃討する部隊の内、俺達は反時計回りの部隊に配属となり移動しながら魔物を狩り続けた。
周囲の討伐者と等間隔を維持して移動しながら遭遇する魔物の群れを片付けていると鬨の声が上がる。
周囲に魔物がいなかったので声が上がった方を確認してみるとシェイド辺境伯の軍とオークの群れが激突した所だった。
ダレン、ミラルテ両ギルドの部隊も攻撃を開始し被害を出しながらではあるが次々オークを討ち取っているようなのですぐに決着がつくかと思ったが、オークカーズロードが戦場全体に響き渡る咆哮を上げると状況が変わった。
咆哮に反応するように辺り立ち込めた瘴気が種々のオークに変わり討伐部隊に襲いかかった。
急な増援に討伐部隊は後退を余儀なくされたが隊列を組み直しもう一度オーク達を押し込んで行く。
だがまたオークカーズロードが種々のオークを生成し討伐隊を押し返す。
そんな一進一退の攻防を魔眼で時折確認しながらゴッチさんの指揮の元、戦場に近寄ってくる魔物の群れを潰していると最初にファナがそれに気付いた。
「セイジ、何か嫌な物が近づいてくる。」
ファナが指さす方に慌てて魔眼を向けると少し離れた所にメタルベアーがいた。
だがそいつはダレンの迷宮で見た個体より明らかに大きく体表の色も違って見えたので鑑定してみた。
ミスリルベアー Lv28
筋力 292
体力 292
知性 56
精神 56
敏捷 56
感性 56
アビリティ
ミスリルスキン
剛力
剛体
スキル
3個
レベルと特殊な能力ではオークカーズロードに及ばないが純粋な戦闘力では見劣りしない化け物のようだ。
今の俺のステータスならギリギリ一人でも相手が出来そうだが、人数をかけて倒した方がいいだろう。
その為ゴッチさんに警告を発しようとしたら歩いていてミスリルベアーいきなり走りだした。
その先には魔眼なしでも目視できる位置に討伐者のパーティーがいて、魔物の群れと戦っていた。
警告を発するまもなく丁度魔物を仕留め終えた討伐者達にミスリルベアーが襲いかかる。
走りながらミスリルベアーが口から放った瘴気弾に後衛役だろう魔術師か法術師かの人が吹き飛ばされた。
不意を打たれて仲間の討伐者達の動きが止まり、その一瞬でミスリルベアーに間合いを詰められてしまい前衛役の一人が前足の一撃で宙に舞った。
その時点でやっと他の3人の仲間は構えを取り迎撃を始めるがミスリルベアーは討伐者の攻撃を意に介さず反撃を繰り出していた。
事態の展開が早く思わず見入ってしまったがあのパーティを救援する為二人に指示を出す。
「ファナ、ゴッチさんに救援を要請しに行ってくれ。かなりの大物だから腕利きを回してくれるよう頼んでくれ。俺がアイツを引き付けて救援が来るまでの時間を稼ぐティアは精霊武技で援護射撃をしてくれ。」
「分かった、行って来る。二人とも無理しないで。」
ファナに頷き返して走り出すとティアが続いてくれファナもゴッチさんの元に向かってくれた。
止めていた気鎧と魔装衣を再び使い身体強化法術も使って加速するとティアも一矢目の射撃位置を決めたようだ。
ティアの一矢目が俺の横を通りミスリルベアーを捉えた所で戦っていた討伐者達に声をかけた。
「そいつをこっちに引き付ける。その間に仲間の手当てをしろ。」
「すまん、助かる。だが気を付けろ。こいつは相当の化け物だぞ。」
戦っていた討伐者達の返答とほぼ同時にミスリルベアーも此方に顔を向け瘴気弾を撃ち込んでくる。
武技アーツ盾強打で瘴気弾を弾き、間合いを詰めていくと立ち上がって瘴気を纏った前足を振り下ろしてきた。
俺も武技アーツ一閃で迎撃し前足と剣が激突して拮抗する。
向こうの方が筋力値が高いので押し込む事は出来ず、拮抗状態のままもう一方の前足を振り上げた所でティアの二矢目がミスリルベアーを捉えた。
動きが止まったので剣を弾き間合いを取る。
視線を先に戦っていた討伐者達の方に向けると仲間を守って下がっていくので後は援護が来るまで無理せず時間を稼げば良さそうだ。
視線をミスリルベアーに戻しティアを狙わせない為もう一度こちらから間合いを詰める。
ミスリルベアーも前足を振り回し迎撃してくるので剣と盾で打ち合う。
鎧の無い個所を爪で裂かれ多少の傷は負うが無理をする必要は無いので強引に懐へ飛び込むような事はせず間合いを保つ。
だが俺の攻撃で全くダメージを受けないとミスリルベアーが思ってしまうと俺を無視してティアの方に突撃しかねない。
だから時折剣に魔術アーツ炎刃を纏い足先に傷を付ける位の事はした。
そうしてティアの援護射撃でミスリルベアーのライフを削りながら俺もプラーナとマナを消費して足止めをした。
一撃で状況をひっくり返す事が出来る程の力を持つ相手なので神経を使う持久戦になるがこのまま時間を稼げると思っていたらミスリルベアーが動いた。
打ち合いの中繰り出された噛みつき攻撃を避けてバックステップで距離を取るとミスリルベアーは俺と自身の中間くらいの地面に瘴気弾を撃ち込んだ。
土埃が舞い上がり視界が閉ざされたのでこれに乗じてミスリルベアーが突撃してくるかと思いさらにバックステップで距離を取り構える。
だがミスリルベアーの気配が遠ざかるので風魔術で土埃を払うとティアの射撃に追い立てられるようにこちらに背中を見せて走っていた。
射程外に出た為だろう射撃が止みティアはこちらに向かって来るが、俺には逃げ出したようには見えなかった。
構えを解かずミスリルベアーの姿を魔眼で追っているとある程度距離を取って足を止めるとこちらに向き直った。
そのまま憎悪を燃やすように全身に瘴気を漲らせていく姿にダレンの迷宮で見たメタルベアーの突撃からの噛みつき攻撃が頭を過ぎった。
たぶん俺に仕掛けてくると思うがもしティアや撤退した討伐者のパーティーの方に向かわれると一溜りもないだろう。
無いとは思うが俺達を無視して戦場へ乱入でもされたら討伐部隊が瓦解しかねない。
そうさせない為には俺から前に出てアイツを倒すしかないが少しでも勝率を上げる為ティアの方に顔を向ける。
「ティア、俺の剣に火の精霊武装をかけてくれ!」
俺の指示にティアは一瞬戸惑いの表情を浮かべるがすぐに答えてくれ、召喚された火精霊が俺の剣を覆い魔術アーツ炎刃も追加する。
今のティアへの指示で閃いた土の精霊武装での盾の強化を自身で行い、
「限界突破」
アビリティ限界突破を発動させ地面を蹴った。
俺が走り出すのとほぼ同時にミスリルベアーも走りだし瘴気弾を撃ち込んでくるが紙一重で避け加速する。
ミスリルベアーとの距離はあっという間に無くなり、向こうは口を開け牙を立てて、俺は土精霊で強化した盾に武技アーツ防御膜、抵抗膜を重ね掛けして激突した。
スピードでは圧倒的に勝っていたと思うが体重では向こうが圧倒的に上で盾に噛みつかれもしたので激突した体勢のまま押し込まれる。
それでも体勢を崩さず地に足を付けて押し込まれながらも少しずつ突撃の勢いを殺していく。
勢いを殺し切り足が地面を掴んだ瞬間、武技アーツ盾強打を放ち盾を自由にしつつミスリルベアーの頭を打ちあげ、無防備になった喉元に炎刃瞬突を放つ。
確かな手応えがし剣が喉を貫いて仕留めたと思ったが、ミスリルベアーが俺を見下ろしてきた。
その視線にまだ確かな殺意を感じたので止めを刺す為剣をひねり首を引き裂くが、同時に右のわき腹に途轍もない衝撃が走った。
肺の空気が押し出され踏ん張りが利かず吹き飛ばされる。
宙を飛ぶ僅かの時間の中、左の前足を振り抜いたミスリルベアーの姿が見えた。
地面に叩き付けられ2度3度とはねて動きが止まるとほぼ同時にドスンと何か重い物が地面に落ちる音がした。
お読み頂き有難う御座います。




