湧き出した魔境 8
「セイジ様、起きて下さい。」
声掛けと同時に肩を揺すられたようで薄目を開けると困ったような表情でティアが俺を覗きこんでいる。
「ティア?」
「申し訳ありませんが、もうお店の方の食堂にみなさんお集まりなので少しお急ぎ下さい。」
「分かった、さっさと着替えるから少し待ってて。」
ベッドから出て着替えをし生活魔術で身を清めて待っていてくれてティアを連れて離れを出る。
店の食堂に顔を出すとアゼル君がかなり不機嫌な様子なのでだいぶ待たせてしまったようだ。
待たせたことの詫びを言うと皆で朝食を取り食べ終わって席を立とうとしたところでジャンナさんが声を掛けてきた。
「セイジ、装備を身に付けたらもう一度こっちに顔を出しておくれ。昨日買った品の目録を書いたから一緒に持って行っておくれ。」
「現物を見ずによく作れましたね。」
「なに、買い付けの時に書き付けておいたメモを清書しただけさ、出発前に忘れず取りに来ておくれよ。」
ジャンナさんへ頷いて店を出て離れで装備を身に着けて戻ると、ジャンナさんは手紙を用意して待っていてくれた。
「これが目録だよ。」
「確かにお預かりします。」
「里に物資を届けた後は、本格的に魔境に潜るんだったね、十分注意するんだよ。」
「分かりました、行ってきます。」
頷き返してくれるジャンナさんの前を辞して店を出た。
自分達用の保存食も買い足してはいたが大通りに出ている飲食の屋台を物色してからダレンの街を出た。
魔物の群れを狩りながら獣人の里を目指し、途中2匹のオークに永続の捕捉眼の目標設定をした。
昼食の為一度休憩を取ったがお昼過ぎには獣人の里に着き、そのままテーベイさんの家を訪ねると快く迎え入れてくれすぐにテーベイさんの部屋に通してくれた。
「良く戻ってくれた、セイジ殿。」
「はい、早速ですが、お約束通りジャンナさんの手を借りて物資を買い付け運んできました。こちらがジャンナさんに書いて貰った買い付け品の目録になります。」
ポーチの中ならジャンナさんの手紙を取り出して手渡すと、テーベイさんはその場で封を切りさっと一読した。
「あの金額でこれ程の数を用意してくれるとは、ジャンナ殿と君達にも深く感謝する。」
「有難う御座います。急かすようで心苦しいんですが持ってきた物資は何処に出せばいいでしょうか?そこそこの量があるんで取り出すだけでも時間がかかりますし、明日は朝一から魔境に向かいたいんで今日中に引き渡しを済ませておきたいんです。ですから報酬の話も帰ってからにして下さい。」
「なるほど、そういう事なら仕方ないな。物資の置き場は私が案内しよう。付いて来てくれ。」
そう言って立ち上がるテーベイさんについて家を出て、里のあちこちにある保管場所に荷物を引き渡していくと全て引き渡し終わる頃には夕方になっていた。
「手間をかけたな、明日は朝から魔境に潜るのだったか、武運を祈る。」
「有難う御座います、テーベイさん。」
最後の保管場所でテーベイさんと別れて借家に向かう。
借家の中に入るとティアとファナは掃除をしたそうだったが俺の生活魔術で家の中を綺麗にする事にして二人には夕食の準備を頼んだ。
家中に生活魔術を掛け終わる頃には、夕食の準備も終わったようで朝屋台で買った物に手を加えて出してくれた。
一緒に夕食を取った後は寝室に結界を展開し三人共さっさと眠った。
何時ものようにティアに起こして貰い身支度を整える。
用意してくれていた朝食を三人で食べ、全員装備を身に見付けた所でティアとファナを呼んだ。
「これから捕捉魔術を打ち込んだオークを追って魔境に入るんだけど、ファナ、大まかでいいからオークが逃げた方への先導を頼む。移動中は極力魔物の群れとの戦闘は避けて、止む負えない場合や迂回すると時間が掛かり過ぎる場合は手早く片付けよう。逃がしたオークにある程度近づいたら俺が再補足出来る筈だから、そこからファナには索敵に専念してもらって俺が先導する。オークが逃げ続けていたら逃げる先を、一か所に留まるならその場所に、何があるのか確認しよう。今の俺なら3日位の距離を転移で移動できると思うから、取り敢えず3日オークを追ってみよう。その間に再補足できなかったら一旦ダレンの街に戻って仕切り直す事にしよう。二人とも意見や付け加える事が何かある?」
「セイジ様、移動中にオークの群れと遭遇したらどうされますか?」
「確かに間違いなくそれは起こるよな、・・・休憩や野営の直前に遭遇した場合だけ捕捉の魔術を打ち込んで見逃し、後は基本的に避けて行こう。他にも何かある?」
二人は首を横に振ってくれる。
「じゃあ、二人ともよろしく頼む。」
「お任せください、セイジ様。」
「任せて、セイジ」
二人に頷き返して一緒に借家を出て獣人の里を出発した。
1日目はファナの先導の御蔭で魔物の群れに当たる回数も何時もより少なく、オークの群れも見つけたが休憩時間まで大分あったので避けて進んだりさっさと全滅させた。
この日は結局逃げたオークに追いつく事は出来ずに夕方になったので野営をする事にして近くの大木の根元にテントを張った。
魔物を引き寄せる事になりかねないので火は使わず、屋台で買った物そのままで夕食を済ませた。
火が使えないので見張りは俺の瘴気探知とファナの耳と鼻で行う事にしてどちらかが必ず起きている事にして順番に休んだ。
俺が起きているとき一度ハウンドドッグの群れが近づいて来たが声を掛けると二人ともすぐに対応してくれ問題なく群れを片付け無事夜明けを迎える事が出来た。
2日目になり野営の片付けをして昨日の夕食と同じような朝食を取ってファナの先導で歩き始める。
二時間ほど歩いた所で試しに魔眼を起動させ目標を探してみると見逃したオーク達が纏まっている場所に目の焦点が合い、その周囲の異様な様子も見て取れじっくり魔眼で調べたくなったが歩くのが疎かになるので視点を戻した。
ファナが先導してくれている方向はオーク達がいた場所とそれほどずれていないそのまま先導を任せ、昼食休憩の時間まで歩いた。
昼食休憩になると食事の用意を二人に任せオーク達がいた場所に視線を向けて周囲の様子も確認していく。
オーク達がいた場所は上位個体に見える者を含んだ3桁を上回る数のオークがひしめき、目視出来る程濃密な瘴気が地面から湧き出していた。
特に一番瘴気が噴き出している場所に陣取っている個体がこの場の最上位個体に見えるので永続の捕捉眼を万象の鑑定眼に切り替えて鑑定してみると
オークカーズロード Lv40
筋力 280
体力 308
知性 80
精神 120
敏捷 80
感性 120
アビリティ
オークの支配種
堅体
呪いの衣
スキル
6個
思った通りこの個体が周りのオーク達を支配しているようだ。
他にもオークカーズナイトという個体が3体、オークナイトという個体が20体以上、オークカーズロードを取り巻いていて、その外側には前にも見たオークソルジャーに加えてオークウィザードや普通のオークが円陣を組んでいる。
正直すぐにギルドへ報告する為に転移法術でダレンの街に飛びたいが、ファナに魔眼の事を隠す為にも最低限目視出来る所まで近づかなければならないだろう。
ティアが手渡してくれた昼食が美味しく感じられないのを残念に思いながら三人共食べきった所で声を掛けた。
「二人とも聞いてくれ、さっきから魔術を撃ち込んだオークの反応を捉えているんだがそれが全く動いていないんだ。恐らくその場所に何かあると思うから、予定通りこれからは俺が先導するし気付かれずに近づくために向こうから襲って来る以外魔物の群れを全て避けて進む。たとえ大回りになってもそうするつもりだからそれを踏まえてファナも警告を出してくれ。二人とも一層注意して進もう。」
ティアもファナも真剣に頷き返してくれ片付けをして休憩場所を出発した。
徹底して魔物の群れを避けて進み途中から魔物の密度が跳ね上がったせいでかなり蛇行する事になり、空が少し赤くなり始めてやっとオーク達に近づくことが出来た。
ある程度近づいた所で瘴気探知スキルを使ってみるが辺りの瘴気が桁外れに濃く魔物を判別出来なかった。
恐らくこの所為で討伐者達の探索にオークカーズロードたちは引っかからなかったのだろう。
近づくにつれより慎重に移動し木々の間から僅かにオーク達が見える所まで来た。
「二人とも、あれが見えてる?」
「はい、見えています。しかしあれほどのオークの群れ信じられません。」
「ティアに同意する。」
「この規模だと俺達じゃどうにも出来ない。ギルドに知らせる為ここから離れてダレンの街に転移する。異論はないね。」
「ありません。」
「そんなのない。」
二人に頷き返してゆっくり後ずさりしていく。
ファナとティアに後ろの警戒を任せ、オークの群れを監視しながら、万象の鑑定眼を永続の捕捉眼に切り替えて、オークカーズロードやオークカーズナイトを目標に設定し、オーク達の目標設定を解除し上限までオークナイトを目標設定した。
気持ちは急くがそれでも気付かれないようにゆっくりオークに群れから離れていき、十分距離を取った所でティアとファナと一緒に転移法術を使った。
転移法術の発動からの完了までの数分間がやけに長く感じられ目の前の景色がアルバン魔法薬店の裏庭に変わった所で大きく息を吐いた。
お読み頂き有難う御座います。




