岐路 3
目が覚めてぼんやりと見回した部屋を娼館の一室だと認識した所で眠気が吹き飛んだ。
昨夜一緒に床に就いたレリーさんは既に起きてテーブルでお茶を淹れてくれているようなので俺も起きてベッドに腰掛けた。
「お早う御座います。レリーさん。」
「お早う御座います。粗茶ですがお飲みになられますか?」
「頂きます。」
レリーさんが差し出してくれた器を受け取り、中身をグッと飲み干してまた返した。
「まだゆっくりなさって行きますか?」
レリーさんのその言葉にかなり後ろ髪を引かれるが、ゲオルさんも参加する遠征隊の出発をこの目で確認しておきたいのでもう娼館を出る事にする。
「いえ今日はもう帰ります。」
俺のその言葉にレリーさんは頷いて器をテーブルに置きハンガーに掛けてあった俺の剣を剣帯ごと持って来てくれた。
レリーさんだ差し出してくれる俺の剣帯を受け取って腰に巻いた。
「当館への又のお越しとご指名をお待ちしています。」
「なるべく早くそう出来る様頑張りますよ。」
「はい、お待ちしています。」
レリーさんが色気のある笑顔でそう返事をしてくれたので、今日起こる事の推移如何ではこの街を去る事になる俺が再訪を約束したことが少し後ろめたく思われて足早に部屋を出た。
一階に下りて帳場の辺りまで来ると昨晩と同じようにラウェンさんがキセル煙草を燻らせていて、俺が楽しませて貰ったお礼を言うとラウェンさんからもまたおいでよと声を掛けて貰い娼館を後にした。
立ち並ぶ娼館からぽつぽつと男が排出されていく娼館通りを抜けて大通りまで戻ってくると、教会に在る迷宮への出入り口前の広場に多くの人が集合していて その中にはゲオルさんやベレニスさんの姿もあった。
5〜60人位の人がゆっくり二列縦隊に整列していく様に俺は少し疑問を感じる。
前衛と後衛で種類の違いこそあれ皆が戦闘用の装備をしていて、大きめの背負い袋を背負っている者が何人かいるが食料やテントなどを専従で運ぶポーターの姿が見当たらないからだ。
俺の疑問に答えが出ない内に整列が終わった様でギルドの遠征隊が出発を始め、軍隊が行進をするような感じで迷宮に消えて行った。
もしかして後続のポーターの部隊が在るのかとも思ったが、暫く待ってもそういった者達が集まって来る事は無かった。
遠征隊の編成に疑問が残ったが一旦棚上げにして密偵たちのアジトの様子を確認して転移エレベーターが内部に在る巨石周辺の監視をしよう。
大通りから教会に戻り食堂で朝食を取った後自室で魔眼を使い監視を始める。
最初に見た密偵たちのアジトは蛻の殻で隠してあった手紙も無くなっており、監視を始めてから昼時まで転移エレベーターのある巨石の周りでは誰一人として見かける事は無く、退屈しのぎにギルドの遠征隊の様子を確認すると先程の疑問が解けた。
遠征隊も昼時なのだろう魔術師や法術師の装備をした者が腰のポーチから入りきる筈無い量の昼食を取り出して配っている。
腰のポーチが大量の物資を仕舞っておける魔道具のようで他にも何人か同じようなポーチをしているので遠征隊にポーターは必要なかったんだろう。
また遠征隊が九層で昼食休憩を取っている以上本当にギルドは転移エレベーターを知らないか、知っていても外部に漏らす気は無いと判断していいだろう。
それにしてもあの大量に物を仕舞っておけるポーチ、この襲撃で俺がどのような選択をしようと落ち着いてきたら是非入手しよう。
昼時なので俺も教会の食堂で昼食を取り、夕方まで転移エレベーターが内部に在る巨石の周りを監視し続けたが結局誰の姿も見る事は無かった。
夕方になり襲撃の決行時間が近づいて来たので監視場所を自室から迷宮内に移すことにする。
食堂で夕食を取り、風呂に入って部屋に戻り装備を身に着けていく。
装備を身に着けた後は野営及び逃亡用の道具や保存食などが背負い袋の中に全てあるか確認し、その背負い袋を背負って部屋を出て迷宮に向かうと丸腰の千葉さんと鉢合わせる。
珍しい事に千葉さんの方から声を掛けてきた。
「上條、そんな大荷物を持って今から迷宮に入るのか?」
「ええ、今夜は迷宮内で野営の訓練をしようと思ってます。この荷物は野営の為の道具類ですね。」
「旅に出る可能性がある俺と違ってまだ態度を保留している筈のお前に野営の訓練が必要なのか?」
「魔物と戦う事だけですが拒否するつもりはもう無いですよ。だから将来一日で行き来の出来ない迷宮の深層に挑むことを見据えて今か野営の経験を積んでおきたいんですよ。」
「なるほどな、俺も準備をして倣わせて貰おう。」
「千葉さんは丸腰で何処かに出掛けるんですか?」
「ああ、俺に戦闘の仕方の教えてくれている奴が今の俺は張りつめ過ぎているから酒でも飲んで弛めてこいと言われたんだ。実際指摘されて俺自身そうだと感じたから酒を飲みに行こうと思ってな。」
襲撃の事は話せないが今夜丸腰で居るのは命を失う事に直結しかねないので武装だけは促そう。
「千葉さん、此処は日本じゃないんですから飲みに行くだけっていっても丸腰は危険ですよ。せめて剣位持って行って下さいよ。」
「確かにそうだな。忠告感謝する。」
そう言って千葉さんが自室に引き返したので、俺も迷宮へと歩いて行く。
迷宮前まで来ると幾つかの方角に危機感知スキルが反応するのでやはり迷宮の出入り口は王国の密偵たちに監視されているようだ。
一旦迷宮に入り危機感知が反応した方角を魔眼で確認するとその内の一つにゼルダンの姿を見つけたので密偵たちの監視は確定だ。
迷宮の出入り口を常駐で監視しているこの状況で転移エレベーターが内部に在る巨石に誰も監視が付いていないなら王国側は転移エレベーターを知らないと思っていいだろう。
密偵の存在を確認した後は魔物と戦う事無く四層まで下りる。
下層への階段に向かう最短ルートを外れ四層の最外縁部まで移動し結界の魔道具で安全地帯を作ってから魔眼による監視を再開した。
どうやら俺が迷宮を下りている間に事態が動いたようで、監視対象の巨石に一番近いコリレスに入る門の周りにある森に200以上の人間が身を潜めていた。 一瞬王国側の騎士団かと思ったが余りに装備がばらばらなので、こいつ等は密偵に集められたコリレス周辺の盗賊たちの方だろう。
監視対象の巨石の周りをもう一度確認するがまだ人影は見当たらない。
盗賊たちが巨石の監視を肩代わりしているのかとも思ったが盗賊は皆門の方にばかり注意を払い巨石を気にする者は居なかった。
盗賊が待機している時点で襲撃が在るのは確定だろうから、今現在王国の遠征してきた騎士団が何処に居るのか、どの方向から仕掛けてくるか確認しようとしたが魔眼でも見つける事が出来なかった。
監視対象の巨石の周りに人影は無く王国の騎士団を見つける事が出来ないまま時間だけが過ぎて行き、深夜を過ぎ日付が変わって暫くした頃その者達が俺の魔眼の視野の中に飛び込んできた。
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