岐路 1
迷宮で魔物狩りを終えた夕方、魔物を倒して手に入れた素材を換金するために訪れたギルドでその男が俺の目に留まった。
不意にではなくその男からの視線に危機感知スキルが反応したからだ。
そのまま万象の鑑定眼でその男を鑑定する。
ゼルダン Lv26
クラス 斥候 Lv26
筋力 52
耐力 78
知性 26
精神 52
敏捷 78
感性 78
アビリティ
なし
スキル
6個
能力的には平均位だろうが名前から読み出せるより詳細な個人情報の内、現在の所属を見て内心かなり驚いた。
ガリアレス王国対外諜報機関となっていたからだ。
驚きが顔に出ないよう気を付けたつもりだが、どこまで上手く行ったかは分からない。
いつまでも見ていたら不審に思われるだろうから、横を通り過ぎ資料保管室に向かった。
他にも諜報機関の者が居るかもしれないのでアーツブックを読むふりをしてゼルダンを魔眼で監視する。
ゼルダンはギルドの一階を見渡せる酒場の一角に暫く座っていたが、近づいてきた別の男とアイコンタクトを交わすと席を立ってギルドを出た。
ギルドを出たゼルダンは大通りから二つほど角を曲がった先にある通りの一軒家に入ったので、どうやらこの家が密偵たちのアジトのようだ。
報告書の控えのような物でもないかとアジトの中を魔眼で隈なく調べてみると、室内の壁に後付けで作られたような隠し戸棚の中に望外の物を見つけた。
折り畳まれていて読み辛かったが無いと思っていた密偵たちへの命令書に今後の作戦計画書も在った。
まず命令書を要約するとゼス教団が特殊な素養を持つ人物の召喚儀式を行ったという情報が入ったので儀式の成否と成功していた場合魔道具で連絡し召喚された人物を特定しろと言う内容だった。
作戦計画書は儀式が成功していた場合の物で魔道具を使い成功を連絡してから開封するよう命令書の方に書いてあった。
内容はコリレスに駐留するゼス教団への襲撃計画で目的は召喚された人物の拉致、最低でも殺害という物だ。
詳細はギルドの腕利き達が定例で実施している迷宮深層への遠征初日の夜に決行し、まず動員された騎士団が警備の手薄な門を落とし密偵が渡りをつけたコリレス周辺の盗賊を街に誘引する。
盗賊への対応の為に教団やギルドの戦力が分散した所で教団の者達を各個撃破し目的を達成したら速やかに撤退するという計画だ。
思いも掛けず俺自身にも関係する重要な情報を知ることが出来た。
密偵であるゼルダンの視線に危機感知スキルが反応したという事は襲撃計画が進行中と判断していいだろう。
色々と考えて決めなければ行けないが落ち着いて考えるためまず部屋に戻ろう。
偽装の為開いていたアーツブックを戻し資料保管室を出て、夕食を食べていなかったのでギルドの一階にある酒場で食事を取ってギルドを出る。
食事中俺に向けられるゼルダンとアイコンタクトしていた男からの視線にも危機感知スキルが反応したのでこの男も密偵だろう。
部屋に戻って装備を脱ぎ風呂に入れなかったので生活魔術で身を清めベッドに座る。
俺も標的に入っている襲撃か確実に起こりそうなので対応をきちんと考え準簿を万全に整えておこう。
まず襲撃の事を教団には話さずにいよう。
もし俺から襲撃の事を話せば教団が襲撃を察知している、察知していないに係わらず如何して俺が襲撃の事を知ったのか詰問されるだろう。
上手く誤魔化し切れず魔眼の事がバレれば鑑定能力についても知られるかもしれない。
教えて貰った鑑定能力の希少さから考えると一所に囲われ一生自由の無い生活を送らされる羽目になりかねない。
流石にそれは御免被る。
次は実際の襲撃時にどう行動するかだが迷宮に入って隠れていればいいだろう。
俺に関係のない戦争に自分から係わろうとは思わないし、拉致されるのなんてさらに嫌だ。
後は戦闘の勝敗が決した後の事だが教団側が勝った場合は現状維持でいいだろう。
迷宮に隠れていても襲撃時迷宮に居た事を運が良かったと思われるくらいで疑われることは無いだろう。
人員が減るだろうから俺の監視体制に変更があるかもしれないが俺の待遇に変化は無いだろう。
王国側が勝った場合は追われる事になるだろうから逃げ続けよう。
転移エレベーターの事を知られているかいないかで、迷宮の下層に逃げるか地上に出て逃げるか変わって来るがどちらにも対応できるよう準備をしておこう。
最後に戦闘の勝敗に関係なく上手く機会が巡って来るならここから逃げ出そう。
折角健康な体になりチートも付いて異世界に来てある程度力も付いて来たのだから自由に旅がしてみたい。
幸い転移エレベーターが内部にある巨石の周りを定期的に魔眼で観察しているが人影を見た事は無いし、巨石内部に保管してある武具一式も動かされた痕跡は無い。
襲撃時に同じ状況が続いているなら十分転移エレベーターを使ってコリレスの街から逃げ出せる。
転移エレベーターが内部にある巨石に監視が付かないという事は転移エレベーターの存在自体を知らないと思っていいだろう。
その状況で教団と王国双方から監視されている俺がいつまでも迷宮から出て来なければ、王国側は俺が死んだと判断してくれるだろうし、教団側にしても被探知を付与された装備を迷宮に捨てて行けば同じく俺が死んだと思ってくれるだろう。
考えて決めておかなければいけない事はこれ位だろうから準備する物を洗い出しておこう。
何よりもまず優先しなければいけない事はギルドに行って迷宮深層への遠征の日程を確認する事だ。
ついでに逃げる場合にはどちらになっても必須になるだろう野営の心得と必需品をゲオルさんかベレニスさんいなければスタグスさんに聞こう。
野営の必需品に服を数着分と持っていく荷物が全部入る大きな背負い袋を買えば魔法薬の類は手持ちにあるので準備は完了だろう。
後は襲撃の前日まで少しでも多く魔物を狩ってお金を貯め、襲撃日は自分の部屋から転移エレベーターがある巨石の周辺を監視して夕方から迷宮に入ろう。
粗方考えが纏まり精神的な疲労も感じたので、ギルドにアーツブックを読みに行く事無くそのまま眠った。
お読み頂き有難う御座います。