港町での取引 7
ミラベル嬢とエグモントさんの借金をどうするかの話し合いが終わったので今ザンバロがどうしているか魔眼で探してみる。
昨日いたアジトに姿が無いので捕捉眼の効果を使い街中を捜してみると酒場を貸し切って取り巻きの男達と酒をあおっていた。
会話の内容を唇から拾ってみると俺への同じような罵詈雑言をループで繰り返しているようで当分この酒宴は終わりそうにない。
さっさと借金を綺麗にしてしまいたいが、ザンバロと借用書がそろうのを待つべきだろう。
そうしないと返済に向かっても一旦は曖昧にとぼけ期限が過ぎてから強引に追い込みをかけてくる可能性もあると思う。
なのでザンバロが借用書のあるアジトにいる時俺達の方からノルトレン司祭も連れて乗り込み始末をつけるべきで今は待った方が良いな。
魔眼を切り視界を戻すとミラベル嬢が正面から不思議そうに俺を見上げていた。
「セイジさん、急に黙ってしまいましたけど、どうかなされたんですか?」
「いや、いつお金を返しに行くか考えてたんだ。返済期限を考えると早い方が良いんだけど、下手な小細工をされないように明日の朝ザンバロ達がアジトで休んでいる時俺達の方から乗り込んで片をつけよう」
「明日の朝ですね、分かりました。じゃあ私は工房であの毛皮の下処理をしてきますね。」
ミラベル嬢は椅子から立ち上がると俺へ一礼して工房へ向かった。
俺達も時間が出来たのでノルトレン司祭から依頼されて魔石集めのためもう一度アリアとギルドを訪れシュクラ周辺の魔境や迷宮の情報を集めに午後の時間を使った。
翌朝、目が覚め意識かはっきりしてくるとザンバロが今何処にいるか確かめてみる。
まずあいつのアジトの方へ魔眼を向け捕捉眼の効果を発動させると酒瓶を傍に置き自室のソファーで寝ているザンバロへ視界の焦点があった。
昨日酒場で見た時からずっと飲んでいたんだろう、熟睡しているようなのでこれならしばらく起きそうにない。
傍にある机の引き出しにエグモントさんの借用書も間違いなくあるしザンバロが起き出す前にアジトへ乗り込むとしよう。
続けて一応ザンバロとノルトレン司祭が裏でつながっていないか確かめるためヘルクス教会へ魔眼を向ける。
もう起きて朝食を取っているノルトレン司祭へ焦点を合わせ過去視眼を使って俺との面会まで時間を遡り不審な行動を取っていないか確かめていった。
商業を司る神の司祭だけあって部下の持ってくる何枚もの契約書や紹介状を確かめノルトレン司祭は裏書を書いていたがザンバロへつなぎ取った様子は全くないので俺の杞憂だったようだ。
寝袋を出て先に起きていたみんなに挨拶をすると用意してくれていた朝食を取って装備を身に着ける。
無いとは思うがザンバロの手下による盗みへの予防のため店へ多重に結界を展開して転移法術を発動した。
ミラベル嬢を含む全員でヘルクス教会の前へ転移すると昨日もいた門衛が驚いていたがノルトレン司祭への面会を希望するとすんなり礼拝堂へ通してくれる。
昨日と同じように暫く待っていると執務室へ案内してくれ、もう書類仕事を始めていたノルトレン司祭へ一礼すると視線で話を促された。
「今日は借金の件でお伺いしたんですが、話の前に紹介します。彼女がエグモントさんの孫でミラベル嬢です。後は俺の討伐者パーティーのメンバーです。」
ミラベル嬢を含む初見のメンバーがよろしくお願いしますともう一度頭を下げるとノルトレン司祭も大様に頷き返し俺へ視線を向けてきた。
「借金の件でここへ来たという事は、昨日の今日でもう金策が済んだという事か?」
「はい、借金は俺が肩代わりする事にしました。現金の用意も済んでいるのでザンバロの元へ行こうと思います。同行して頂けるという事でしたのでお時間を作って頂けますか?」
「いいだろう、5分待て。完済証明書を準備する。」
そう言って俺から視線をはずし机に向かったノルトレン司祭は本当に5分で3枚の証書をしあげてくれた。
証書を懐にしまいベルを鳴らして呼んだ使用人へ外出を告げた後ノルトレン司祭は俺に頷いてくれたのでザンバロのアジトへ向け転移した。
人気のないアジト近くの裏路地に移動すると目的の場所へ先導して歩きながらザンバロと借用書がそろっているのをもう一度確かめ振り返って指示を出す。
「俺が扉を蹴破って中に入るから、リゼラとティアは後ろに続いて扉の近くにいると思う手下たちを制圧してくれ。俺を先頭に奥へ向かいますからノルトレン司祭様とミラベル嬢はついて来て下さい。アリアとファナは二人の護衛を頼む。」
全員が頷いてくれたのを確かめ前へ向き直ると丁度アジトの扉の前についたので問答無用で蹴り破った。
建物の中へ飛んで行った扉に続いて中に入ると短剣を抜いた男が襲い掛かってくるが、大した速さじゃないので短剣を裏拳で弾き腹に拳を埋め込んで黙らせる。
入り口近くで寝ていた他の男達も目を覚まし始めるが、後ろに続いてくれていたリゼラとティアが制圧に動いてくれる。
二人の見事な制圧劇を横目に俺は奥へと進んで行った。
ザンバロの部屋へ向かう途中扉を開いて手下が何人か飛び出してくるがきちんと気絶させて廊下に転がしておく。
建物の一番奥まった場所にあるザンバロの部屋の扉に手を掛けると鍵は掛かっていないようなので一気に押し開く。
その音でザンバロが飛び起きるが無視して中へ踏み込み、部屋の一番奥にある机へ近づいて行く。
慌てたザンバロが俺の前を塞ごうとするが気鎧を纏ってプレッシャーで押しのけ鍵のかかった机の引き出しを強引に力ずくで開けると中から借用書の束を取り出した。
どれがエグモントさんの借用書かは分かっているが束の結束を外し借用書を調べるふりをしているとザンバロが噛みついて来た。
「てめぇ、こんなふざけた真似してどういうつもりだ。」
「エグモント氏の借金の返済だよ。今日の俺は氏の遺産を引き継いだミラベル嬢の代理人だ。返済期限が近いっていうのにお前が督促にこないんで俺達の方から返済に出向いてやったんだ、感謝しろよ?」
威圧を加えて言い返すとザンバロが怯んで押し黙ったのでその隙に目的の借用書を束から引き抜き横をすり抜ける。
ザンバロの気勢はすぐに戻り俺を睨みつけてくるが気にせず、アリアたちと部屋に入ってきたノルトレン司祭へ件の借用書を差し出した。
「一応これの真偽を見て貰えますか?」
大様に頷き借用書を受け取ってくれたノルトレン司祭は裏表に目を通してくれた。
「借用額の部分が改ざんされているようだが、他は間違いなく本物だ。最低でも借用額の一割はその男に返済しないと証書は出せんぞ。」
ノルトレン司祭は元の借用額を知っているからこう言っているんだろう。
ただ一割で済ますと後でザンバロが俺達に粘着する表向きの理由になりそうなので後腐れのないよう全額払ってやろう。
頷いて借用書をノルトレン司祭から返してもらい歯噛みをして俺を睨みつけてくるザンバロと向き合った。
「司祭様は一割と言ったが安心しろ、全額支払ってやる。」
俺みたいな討伐者が500万ヘルクも持っているとは思っていなかったのだろうザンバロは怪訝な表情を浮かべるが、
机の上にポーチから取り出した金貨や白金合を並べていくとその表情が驚愕に染まった。
「そういえば扉を一つ蹴り破ったり机を壊したから修理代にもう1万ヘルク上乗せしてやる。」
机の上に501万ヘルク分の金貨や白金合を並べ終えてザンバロの方を向くと先程よりさらに苦々しい表情で俺を睨んでいた。
「そうだエグモント氏やミラベル嬢名義の借用書がまだあるなら今出せ、ついでに清算してやる。今ここで請求しないなら借用書の権利を放棄したと認めて貰うからな。」
続けてノルトレン司祭へよろしいですかと伺いを立てると大様に頷いてくれた。
それから2〜3分待ったがザンバロは苦々しく歯噛みをするだけなので俺からノルトレン司祭へ視線を送って最後の片付けを促した。
頷いてくれたノルトレン司祭はお金を置いた机の前まで来ると三枚の紙を机に置いて俺とザンバロの間に立った。
「ヘルクス様の名のもとに借財の償還は果たされた。この後無益な争いが起こらぬよう完済の証書を残す。双方とも証書に署名せよ。」
ノルトレン司祭からペンを受け取りまず俺が3枚の証書に署名するが、ザンバロは苦々しい表情のまま立ちつくし動こうしない。
ノルトレン司祭が無言で圧力をかけるがそれでも動こうとしないので俺からも口撃を仕掛けた。
「司祭様、返済金の受け取りを拒否するという事は借用書の権利そのものを放棄したと取ってもいいのでしょうか?」
ノルトレン司祭が答えようとすると501万ヘルクの権利まで失う訳にはいかなかったのだろう、ザンバロは強引にペンを手に取ると3枚の証書へ殴り書くように署名しペンを机の上に叩き付けた。
ノルトレン司祭はその態度が不愉快そうだったがペンと証書を一枚懐に仕舞うと口を開く。
「返済に立ち会った証拠に証書を一枚教会で預かる。残りの証書は双方とも1枚ずつ大切に保管するように。」
そう言い置いてノルトレン司祭はさっさと部屋を出て行った。
ファナとアリアへ司祭の護衛に着くよう視線で合図し、俺も借用書と証書の1枚をポーチに仕舞うとミラベル嬢を促して部屋を出ようとするが絞り出すような声でザンバロが凄んでくる。
「糞餓鬼が、この落とし前はきっちりつけるぞ。」
敵愾心むき出しのザンバロの表情を見ると無視するのがよりダメージになりそうなので一瞥しただけでミラベル嬢と部屋を出て扉を閉めると、ザンバロが絶叫して暴れまわる音が聞こえてきた。
多少溜飲が下がり先を行くノルトレン司祭とファナやアリアに追いついてティアやリゼラとも合流するとザンバロのアジトを後にした。
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