港町での取引 6
ヘルクス教会を出ると案内をしてくれた門衛が元の位置に戻っていたのでもう一度礼を言い転移法術を発動する。
ミラベル嬢の店の前に転移し一応周囲の気配を探ってみると僅かだが危機感知に反応がある気配が二つ通りを挟んだ建物の陰にあった。
その気配を魔眼で一瞥してみるとやっぱりザンバロの配下の男達で営業妨害のためミラベル嬢の店を見張っていたんだろう。
目障りではあるが今下手に刺激して余計に警戒されても損なのでここは無視した方が得だな。
見張りは取り敢えず忘れる事にして店の扉を開け中に入るとファナが迎えに出てきてくれた。
「主様、アリア、お帰りなさい。調べ物は上手く行った?」
「ああ、知りたい事は大体分かった。店の方に変わりはなかったか?」
「外を嫌な気配がうろちょろしていた位で、他には特に何もなかった。」
「なら良かった。ミラベル嬢は俺の剣の修理をまだやっているのか?」
「それならさっき終わったみたい。今はお昼の準備をティアにリゼラと一緒にしてる。」
「じゃあ、俺達もその昼食のご相伴に与るとしようか。」
アリアの方へ振り返ると頷いてくれたのでファナと3人でダイニングへ向かった。
ティア達はちゃんと食事を多めに用意してくれていて6人で昼食を済ませると工房へ向かったミラベル嬢が俺の剣を持って来てくれた。
「お約束通り修理しておきました。確認してください。」
ミラベル嬢に頷いて剣を受け取り鞘から抜いてみると傷や歪みない以前より綺麗に見える刀身が現れた。
「いい仕上がりだな、前より綺麗になったように見えるよ。」
「ありがとうございます。ただ傷が無くなって元通りになったように見えるかもしれませんけど、以前より脆くなっていると思うのでこの剣を使うなら十分注意して下さいね。」
ミラベル嬢の助言を確認するため刀身を魔眼で鑑定してみると確かに耐久性が以前より2〜3割低下しているが、切れ味の方は上がっているようでミラベル嬢はやはり凄腕の鍛冶師なんだろう。
剣を鞘に納めて腰の剣帯に佩びるとミラベル嬢と向き合う。
「他の鎧や剣の先にこの剣の修理代を払うよ。幾らになる?」
「えと、じゃあ5000ヘルクお願い出来ますか?」
「分かった。宿代の前払いとあわせて10000ヘルク払おう。受け取ってくれ。」
ポーチから金貨を一枚取り出して手渡すと嬉しそうにミラベル嬢は受け取ってくれた。
「確かに頂きました。では鎧の制作を始めますからこれで失礼しますね。」
金貨をポケットに仕舞ってミラベル嬢が立ち上がるが呼び止めた。
「ちょっと待った。聞いて欲しい話があるんだ、今から時間を作って貰えるかな?」
「はい?いいですよ。どんなお話ですか?」
ミラベル嬢は訝しがる表情へ変わったが俺の前に座ってくれた。
「実は午前中この店を誰が営業妨害しているのか調べて来たんだ。まず昨日店に来たチンピラの素性から調べてみたらザンバロっていう奴が裏で糸と引いているようなんだ。ザンバロって名前に心当たりある?」
ミラベル嬢は不安げな表情で首を横に振った。
「そっか、次にザンバロが営業妨害を指示した理由まで突っ込んで調べてみたんだけど、どうやらエグモントさん、ミラベル嬢のお爺さんだと思うけどその人名義の50万ヘルク以上の額の借用書をどうやってかザンバロは手に入れたみたいなんだ。そこから考えるとザンバロは営業妨害をしてこの店の経常状況を悪くしミラベル嬢の持ち金を減らした上で、借用書を大義名分にこの店にある物を根こそぎ手に入れようと狙っているじゃないかな。ミラベル嬢はエグモントさんの借金の事知ってた?」
「何も聞いてません。本当にそんな借金があるんですか?」
「俺もそう思って借用書の真偽を確認してみた。借用額が大きいからヘルクス教会が仲介に入っていると思ってこの街の司祭様に話を聞いてみたら、確かにエグモントさんはお金を借りてたみたいだ。話を聞いた司祭様が直接問題の借用書に裏書きしたそうだから間違いないと思う。さらに悪い事にその借用書の返済期限が4日後みたいなんだ。返す当てがある?」
「50万ヘルクなんて大金を払えませんよ。お店をお爺ちゃんから引き継いで新品のオーダーを貰ったのなんて最初の数カ月くらいで、後はお爺ちゃんの頃からの常連さんの武器の手入れで何とか赤字にならずに済んでただけなんですから。」
ミラベル嬢の表情は脅えて強張り目には涙を湛えていた。
「営業妨害を受けてたんだからそうなるよな。だとするとあいつらの本当の狙いはミラベル嬢本人かこの店にある何かを手に入れるって事だな。」
ザンバロが狙っている物のおよその見当はついているが一応部屋の中を見回して金属の箪笥の方へ目線を向ける。
「あの箪笥だけやけに立派で鍵も掛かってるみたいだけど中に何が入っているか聞いてもいい?」
「はい、でもあの中にはうちの家に伝わる鍛冶技術の秘伝書があるだけですよ?」
「もしかしてその中にミスリルやオリハルコンみたいな特殊金属の加工法もある?」
「まあ一応は。」
「ならザンバロの狙いは恐らくその秘伝書だ。今の情勢を考えると高性能な武器や防具が欲しいってやつは居る所には幾らでも居るはずで、そういった奴らを相手にしている装備品に係わる者の元へその秘伝書を持ち込めば50万とは一桁もしかしたら二桁以上違う値で買い取ると思う。でもこういう事なら借金を返す目途が付くんじゃないか?」
俺の問いかけに強張っていたミラベル嬢の表情が少し緩む。
「どういう事ですか?」
「いや、ザンバロが借金の返済を強引に迫って来る前に迷宮ギルドみたいな大きな組織からその秘伝書を担保にするか売ってお金を工面すれば、この店だけはミラベル嬢の元に残るんじゃないか?」
俺の提案を聞くと少し明るくなっていたミラベル嬢の表情がまた暗く沈んだ。
「それは、出来ません。詳し理由はお話しできませんけど、死んだお爺ちゃんと約束したんです。この秘伝書はきちんと認めた弟子以外誰にも公開しないし誰の手にも渡さないって。」
「確認するけどほんとにその秘伝書を借金の返済に使う気はないんだな?」
「はい、秘伝書をお金に変えるつもりはありません。折角金策まで考えて頂いたのにすみません。でもおじいちゃんの借金を教えてくれてありがとうございます。おかげでそのザンバロという人の奴隷になる前に秘伝書を処分できますから。」
表情は暗いままだがミラベル嬢の口調に迷いは感じられないので秘伝書の扱いを変える気は無さそうだ。
ただザンバロが借金の型に彼女を奴隷にすれば秘伝書の覚えている部分の知識はあいつの渡ってしまうと思う。
まあこれを話してミラベル嬢が自殺すると言い出しても困るので黙っておこう。
一旦話を区切りミラベル嬢の様子を窺うと全てを諦めたように表情が沈み込んでいるのでいい考えはないみたいだ。
このままだとせっかく見つけた良い武具を手に入れる伝手が切れてしまうので俺が肩代わりを申し出よう。
ただ最低で50万ヘルク以上最高だと500万ヘルク必要になるかもしれないので流石に条件もつけさせて貰おう。
「そういう事なら俺と取引しないか?」
俺からもう一度声を掛けるとミラベル嬢は沈んだ顔を上げ俺を見上げてきた。
「取引ですか?」
「ああ、エグモントさんの借金を肩代わりするから、俺の借金奴隷にならないか?具体的な条件はまず俺が借金を完済し、その後も今ミラベル嬢が所有している物や今後制作する物をミラベル嬢の許可なく開示や転売しない代わりに終身で俺に仕える。条件としてはこんな所だけど、どうかな?」
俺の問いかけにミラベル嬢は目を閉じて暫く考え込むとゆっくり口を開いた。
「本当にその条件で借金の肩代わりをお願いできるんですか?」
「ああ、約束する。隷属制約時に条件を制約法術で宣誓するよ。」
俺の返事を聞くとミラベル嬢の表情は幾分穏やかになり椅子から立ち上がると深々と一礼した。
「武具を作る位しか能がありませんけど、よろしくお願いします。」
「まあ、そういうのは借金を返して奴隷契約を済ませてからにしよう。」
「あ、そうですね。」
俺の返事を聞いてミラベル嬢が苦笑いを浮かべた。
お読み頂きありがとうございます。