港町での取引 3
ミラベル嬢が案内してくれた内で一番大きな空き部屋を五人で借り、ミラベル嬢が俺の剣の修理を始めティア達に借りた部屋での寝床の準備を頼んで俺は因縁をつけてきた男達が逃げた方へ魔眼を向ける。
捕捉眼の効果により視界が一瞬で切り替わると男達はまだ走っており裏路地のような場所を縫うように進んでいた。
暫く無言で走っていた男達は不意に揃って在る扉の前で立ち止まると何かの符丁のように不規則に扉を叩く。
すると中で鍵が開き顔を出した男が周囲を確認して手招きすると男達は僅かに開かれた扉の中へ身を滑り込ませた。
そこは男達にとって馴染の場所のようで迷わず建物の中を進んで行き一番奥まった所にある扉をノックする。
返事があったかは分からないが男達がすぐに扉を開けたので俺も視線を部屋の中へ移すと男が一人椅子にもたれ机に脚を投げ出して酒をあおっていた。
俺に因縁をつけてきた男達が部屋に入り頭を下げると、酒を飲んでいた男が明らかに不機嫌になる。
「おい、おまえらはまだあの店を見張ってるはずだろう何サボってんだ!」
叱責と同時に飲んでいた男が手に持っていたグラスを机に叩きつけたので、部屋に入ってきた男達は僅かに身を震わせるが頭を上げて口を開いた。
「すいません。問題が起きたので報告に戻ってきました。」
この言葉を聞いて飲んでいた男は一つ舌打ちをするが一旦怒気を納める。
「何があった。さっさと話せ。」
「実はあの店に常連じゃない新しい客が付きました。見た事がない奴等で幾つか武具の注文を出していたようなんで余所へ行くよう脅しをかけたんですが、そいつ等かなりの腕前の討伐者みたいでした。下手に仕掛けたらやばいと感じたんで手は出さずにザンバロ様のご指示を仰ぎに戻りました。」
男達の報告がよほど不愉快だったようで、ザンバロと呼ばれた酒を飲んでいた男は再び怒気をあらわにして机を叩いた。
「糞が!後5日でこの借用書の期限なんだぞ!後5日さえ過ぎれば正面から堂々と乗り込んで娘を含めてあの店にある物を根こそぎ俺のものに出来るっていうのに忌々しい!それでその討伐者は幾ら位の注文をあの小娘に出したんだ?」
「すみません。そこまでの話し声は聞こえませんでしたし唇も読めませんでした。」
「チッ!増々忌々しい!当然だが次の見張りの手配をしてから戻って来たんだろうな?」
「勿論です。戻って来る途中次の番の奴等にすぐ見張りにつくよう声は掛けてあります。」
「よし、すぐに見張り奴らの元に繋ぎを待機させて何か変化があったらすぐに情報が上がってくるようにしろ。後ギルドの下っ端に金を握らせてその討伐者の事を調べさせろ。行け。」
男達は一礼して部屋を飛び出して行きザンバロはグラスに酒を注ぎたすと乱暴に飲み干した。
ミラベル嬢が借金にどう対応しているのか分からないが、ザンバロが今話した通りに事が進めば俺が預けた毛皮や鱗まで差し押さえられる可能がある。
ミラベル嬢への加工依頼を撤回するのが揉め事を避ける一番の早道なんだろうが、せっかく見つけた高性能の武具を手に入れる伝手を失くしてしまうのは正直惜しい。
出来ればミラベル嬢には武具屋を続けて欲しいのでまずは借用書の内容を確認しておこう。
ザンバロの言動から借用書はすぐ近くにありそうなので机の中から調べてみると鍵のかかった引き出しに束にしてある複数の借用書を見つかった。
ただミラベル嬢名義の借用書は無かったので後5日という返済期日で探してみると1枚だけエグモントという名義で借用額が500万ヘルクにもなるものが1枚だけあった。
そこにある他の借用書よりこの1枚の貸付額が飛び抜けて高いしエグモントという人がミラベル嬢どういう関係かは分からないが返済期日で考えるとこれが問題の借用書だと思っておいた方が良いだろう。
鑑定で偽造がないか調べてみると貸付額の所を弄ってあるようだが他は裏書のヘルクス教の司祭のサインまで本物なので借用書自体が偽物だと主張するのは厳しいと思う。
もうすぐ夕方なのでサインをしているノルトレンという司祭には明日話を聞きに行く事にして問題の借用書とザンバロを捕捉眼の目標に設定して視線を手元へ戻した。
エグモントという人と関係があるかミラベル嬢に聞いてみたいが工房でもう俺の剣の修理を始めているので話は明日にした方が良さそうだ。
そういえばミラベル嬢だけじゃなくこの店にある物にもザンバロは執着を見せていたので武具や工具以外にも何かあるのか少し見せて貰おう。
店の方には武具しかなくその鑑定もしてあるので店のすぐ奥にある工房から丹念に見せて貰うが工具や炉などの鍛冶に使う道具しかない。
工具や炉は流石に高性能なものだがヤクザのような連中が欲しがるようなものじゃないだろう。
プライバシーを覗き見るようで気が引けるがミラベル嬢の寝室や居間へ視界を振ってみると普通の生活用品しかない中一つだけ異様な存在感を放つ金属製の箪笥があった。
かなり頑丈な鍵も掛かっているようなので中を覗かせてもらうと何かの資料がびっしり詰まっているのが見える。
内容を読ませてもらうとミスリルやオリハルコンなどの高性能金属の高度な精錬法や色々な用途の特殊合金の金属配合比に強力な魔道具を生み出す付与法とそれに使う素材の一覧などもあった。
この世界の鍛冶技術の正確な水準は分からないがこれまで武器屋などで見てきた商品を基準に考えるとこの資料には500万ヘルクじゃきかない価値があるように思う。
厳重に管理していると見える資料の事をどうして知ったのか疑問が残るが、ザンバロの狙っている本命は恐らくこれだ。
素材を確保するルートと資料を理解し再現できる職人がいれば今の時勢下幾らでも稼げるだろうから、ザンバロも虎視眈々と狙っていた筈で営業妨害していたのも頷ける。
必要な情報を集めたらこちらから動かないとザンバロの良いように借金を処理されてしまうだろう。
そうなると明日からの3〜4日が勝負の時間となるのでみんなが作ってくれた夕食を食べると早めに休ませてもらった。
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