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第7話 ―ロボ子と学校―

「はじめまして、転校生の安藤ロボ子と言います! みなさん、よろしくお願いします!」


 ロボ子はペコリと頭を下げた。お気に入りの青いリボンでハーフアップにした金髪が、サラサラと流れた。

 教室からは「やば、めっちゃキレイ」「外人さん?」「ロボコ? って変わった名前ね」「俺は、天使を見た」などという声がぼそぼそと上がっていた。

「えーっと、微妙な時期ですが、安藤さんはご両親の都合で引っ越してきたそうです」

 担任が淡々とした声で説明を続ける。紹介されている間、ロボ子は落ち着かない様子でモジモジとしながら教室を見渡していた。それから秀作の姿を見つけると、少し安心したようににっこりと笑った。


「あーそれから、亜司母くん」

「は、はい」

 唐突に名前を呼ばれて、秀作はビクッと背筋を伸ばした。クラス中の視線が一気に秀作へと降り注ぐ。転校生と言う興味津々の話題から唐突に秀作に話が振られたものだから、誰もが何事かと言う目で秀作を見つめていた。

「えー君は安藤さんの親戚らしいね?」

「あ、はい一応……」

 担任の言葉にクラス中がざわついた。

「慣れないことも多いだろうから、何か困ったことがあったら助けてあげなさい」

「はい、分かりました……」

 やっぱり学校でも面倒見る事になるのか……と、秀作は肩を落とした。周囲からは相変わらず「信じられない」「役得じゃないか」「ロボ子ちゃん結婚して」などという言葉が聞こえていたが、秀作はなるべく聞こえない振りをした。


 その後、秀作は担任の指示に従って廊下から空き机を持ってきた。そしてそれを自分の机の隣に置くと、ロボ子がゆっくりとそこに歩み寄ってきた。彼女の着ている制服も、スクールバッグも、どうやら新品のようだった。

「あ、あのシューサクさん、ありがとうございますっ」

 ロボ子は慌てた様子で言った。秀作は答えず、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。彼はロボ子に聞きたいことが山ほどあったし、これからのことを考えると憂鬱で仕方なかったのだ。


 HRが終わり、担任が教室を去ると同時にロボ子の周囲を生徒たちが取り囲んだ。

「ねえねえ、もしかして外人さんなの!?」

「亜司母と親戚って本当!?」

「好きな異性のタイプは!?」

「嗚呼、君は僕の天使なのか?」

 次々と質問が浴びせられ、あまりの勢いにロボ子は目を白黒させた。質問に答えることも出来ず、「あわわわ」と声を漏らすばかりだ。本当ならば秀作は、このような騒動からは距離をとって生きたい人間だ。だが今はそうも言っていられない。何しろロボ子が妙なことを漏らせば、大変なことになりかねないのだ。

「ロボ子、ちょっと話がある」

 秀作はそう言うと、困惑した様子のロボ子の手首を掴み、引っ張るようにして廊下のほうへと連れ出した。

「あ、ちょっと待てよ亜司母!」

「ロボ子ちゃーん!」

「僕の天使……」

 後ろから呼び止めるクラスメイトの声が聞こえていたが、どうやら朱里がそれを押し止めてくれたらしい。クラスメイトを抑え込みながら、こちらに顔を向けず「行って!」と叫んだ朱里の後ろ姿は、とても力強く英雄染みていた。


 朱里の活躍もあって、秀作とロボ子の二人は無事教室を脱出し、階段の踊り場で二人っきりになることが出来た。

「はあ……はあ……」

 一気に走ってきたせいで秀作は随分と息が上がっていた。それはロボ子のほうも一緒で、秀作と同じく肩で息をしていた。

「あ、あのシューサクさん……痛いです……」

「あっと、ごめん」

 秀作は思った以上に強くロボ子の手首を掴んでいたことに気づいた。それを慌てて離すと、少しバツが悪そうに掴んでいた方の手をポケットに突っ込んだ。

「んで、何でお前がここにいるんだ」

「それは……」

 ロボ子は申し訳なさそうな顔で俯いた。それから恐る恐る秀作の顔を見上げる。

「シューサクさん、怒ってますか?」

「ああ」

「ご、ごめんなさい……」

 今にも泣きそうな顔でロボ子が言うので、秀作は何だか自分の方が悪いことをしているような気がしてしまった。今までもロボ子が秀作に謝ることなど幾度となくあったのだが、今回のロボ子は何だか一段と辛そうに見えた。

「もう良いから、ワケを話してくれよ。転校生ってどういうことなんだ?」

 それが秀作には分からなかった。ロボ子が学校に押しかけたと言うのならともかく、転入してくると言うのは簡単な話ではない。

「学校にはミズキ博士がお話を通してくれたんです。リジチョー? と言う方とお知り合いだって言っていました」

「やっぱり母さんか……」

 薄々予想はしていたが、やはりこの件には瑞城が噛んでいると聞いて、秀作は少しだけ納得した。そもそも昨日瑞城が帰宅して、翌日にすぐこういうことが起こったのだ。これも彼女の仕業であると考えるのが自然だろう。

「全く、母さんは何考えてんだ。いきなり転入だなんて、ロボ子だって困るに決まってるのにな」

「あ、いえ……」

 秀作がロボ子を気の毒に思って言うと、ロボ子はふるふると首を振ってそれを否定した。

「違うんです、ミズキ博士は悪くなくって……これはロボ子のわがままなんです」

「わがまま?」

 きっと今回も瑞城が気まぐれで起こした悪戯なのだろうと勝手に納得していた秀作だったから、ロボ子の言葉がとっさに理解できなかった。

「はい……ロボ子がミズキ博士にお願いして、それで博士は無理して頑張ってくれたんです。だから博士を悪く思わないでください」

 ロボ子は拳をきゅっと握って、一生懸命にそう主張した。

 それを見て、秀作にはロボ子が辛そうに感じた理由が少し分かった気がした。ロボ子はきっと秀作に怒られることを分かっていながら、それでも学校にやってきたのだ。それは食器を割ったり、脱衣所を水浸しにして秀作から怒られることとは、彼女の中でも少し重みが違ったのだろう。

「どうしてそんなことを頼んだりしたんだ?」

「それは……ロボ子も学校に行ってみたくて……」

「学校なんてそう良いものじゃないぞ? 俺なんて出来ることなら休みたいっていつも思うよ」

 秀作はしんみりとした声でそう言った。

「でも、シューサクさんやアカリさんが学校の話をしてるの、とっても楽しそうで羨ましいって思ってたんです。それに学校にはミカさんやシズハさんみたいなお友達もたくさんいます。ロボ子もお友達が欲しかったんです」

 それを聞いて、秀作はもう何も言えなかった。彼女はきっと寂しかったのだろう。秀作が学校に行っている間、ずっと一人で留守番をしていたのだ。ルビーがいるとは言っても、誰かと話したり遊んだりすることは出来ない。テレビで見る「学校生活」というものにも憧れを覚えていたのかもしれない。それが美化されたものだと説明したところで、そんなことはあまり意味はないのだろう。

 ロボ子の寂しさには、秀作は薄々気づいていたのだ。手がかりはいたるところにあった。秀作の宿題を興味深そうに覗きこむとき、洗濯した制服を干しているとき、朱里と学校の話をしているとき、ロボ子の目にはある種の寂しさが宿っていた。秀作はそれを「仕方ない」と思って、本気で何とかしてやろうとまではしていなかったのだ。

 気がつくと、ロボ子は小さく震えていた。青く澄んだその目には、今にもこぼれ落ちそうなほどに涙がいっぱい溜まっていた。

「おいおい、泣くなって。悪かったよ」

 秀作は慌ててその涙を拭ってやり、ロボ子の小さな頭にポンと手を載せた。

「ちゃんと大人しく出来るか? 授業もしっかり聞かないといけないし、宿題だって沢山出る。面倒なことだっていっぱいあるんだ。それでも頑張るって約束できるか?」

「……はい。ロボ子、一生懸命頑張ります」

 秀作を見つめるロボ子の目は、とてもまっすぐで決意に満ちていた。

「よし分かった。約束だからな?」

「あの……それじゃあロボ子は学校にいても良いんですか?」

「まあ、ダメって言っても手遅れだしな」

 秀作はやれやれと肩をすくめた。ロボ子の顔がパーッと明るくなる。

「約束破ったら、またお留守番だからな」

「はい! シューサクさん、本当にありがとうございます!」

 まだ目尻に小さな雫がにじんでいたが、ロボ子の笑顔は太陽のように眩しかった。秀作はそれを見て、何だかすうっと気持ちが軽くなった気がした。

 そのとき、一限目開始五分前の予鈴が鳴った。

「やべ、教室戻らないとっ! 行くぞロボ子!」

 秀作は慌てて、来た時と同じくロボ子の手首を握って教室へと急いだ。来た時とは違って、優しい握り方だった。


 一限目は漢文の授業だった。先生は今にもぶっ倒れそうな白髪の老人で、どこかムツ○ロウに似ていると評判だ。

「ええっと、前回はどこまで行ったんだっけなあ」

 彼の授業はいつもその言葉から始まる。それからしばらくページをペラペラと捲って、最終的に一番前の生徒からページ数を教えてもらうのだ。今日もそのやりとりがあってから、ようやく授業の内容に入った。

 ロボ子は流石に教科書まで間に合わなかったらしく、秀作と机をくっつけて教科書を見せてもらっていた。びっしりと漢字の並んだ教科書を、真剣な表情で覗き込む。

「シューサクさん、漢字がいっぱいです」

「まあ、中国の文章だからな」

「中国語の授業なんですか!?」

「えっといや……ちょっと違うんだけど、説明が難しいな」

 改めて訊かれて、秀作はちょっとだけ困ってしまう。

「中国語の文章を、日本語にして読む技術を昔の日本人が作ったんだ。この授業ではその方法を勉強するんだよ」

「うーん、それってどういうことなんでしょう……」

 ロボ子は上手く理解できない様子で目を白黒させていた。

「つまりな、中国語を話せなくても、中国語で書いてあることが分かるってことだ」

「そんなことができるのですか!?」

 ロボ子は目を丸くして驚いた。

「すごい技術です……」


 授業では文章を読みながら、そこで使われている漢文の句法をひとつずつ確認していく。ロボ子はまだそのルールを全く知らないから、出てくるものをひとつひとつ説明してやる必要があった。

「この小さい「レ」は何ですか?」

「これがあったら、先に一個下の文字を読んで、それからこの文字に戻るんだ」

「なるほど……こっちのちっちゃい「二」は何ですか?」

「これはな、こっちに小さい「一」があるだろう? これを読んでからこっちに戻ってきなさいってことだ」

「わわ、こっちはカタカナではなかったのですね。何だかプログラミング言語みたいです」

 プログラミング言語がどんなものか秀作には良く分からなかったが、ロボ子は自分なりに何か納得したようで、あっという間に基本的な返り点のルールをマスターしてしまった。

 ただそれだけでは、上手に漢文が読めるようになることは出来なかった。ロボ子は生活に不自由しない程度の漢字は知っているようだったが、古い漢字やそれぞれの漢字に対する深い知識までは持っていなかったのだ。

 それに、漢文の訓読は古い日本語で行われる。耳慣れない言い回しや古文をやっていなければ理解が難しい文章が、漢文には沢山登場する。そう言うものを理解するのには、まだまだ長い時間がかかりそうだった。

 ロボ子の漢文の勉強は難航したが、彼女はとても一生懸命に理解しようとしたので、教える秀作の方も少しずつ楽しくなってきた。そうこうしている間に授業終了のチャイムが鳴った。

「うむむむむ……おべんきょうってとっても大変です……」

 ロボ子は既に疲れたと言う様子で机に突っ伏した。授業中ずっと集中して初めての勉強に取り組んでいたのだから疲れても仕方ない。

「まだまだ一時限目だぞ。頑張らないと」

「はいっ、頑張ります」

 秀作に言われて約束を思い出したのか、ロボ子は勢い良く身体を起こしてピンと背筋を伸ばした。そんな姿が秀作には少し面白かった。


 休み時間になるとロボ子と秀作の机の周りは生徒達に取り囲まれた。誰もが新しいクラスメイトに興味津々なのだ。秀作は不安だったが、ロボ子は秀作のでっちあげた「設定」を元に、思ったより上手に切り抜けていた。

 そんな中、ロボ子ではなく秀作の方へとやってくる人物もいた。

「うぉい秀作ちゃん。あんな可愛い親戚がいるなんて聞いてねえぞ!」

 秀作の肩に回されたのは、筋肉質で秀作よりもずっと太い丸太のような腕だった。スポーツ刈りの筋肉馬鹿、杉原力也は秀作の最も仲の良いクラスメイトの一人だ。

「いやまあ、聞かれてないから」

「そりゃあないぜ相棒よ。俺がお前なら誰彼構わず自慢して回るぜ!」

 確かに力也ならやりかねないな、と秀作は思った。

「まあまあそう言うな杉原」

 そう言って口を挟んだのは、眼鏡に長身、年中長袖がトレードマークの藤原だった。絶対に暑いだろうと思うのだが、彼は汗一つかかずにいつも飄々としていた。秀作は彼を、ロボ子よりもずっとロボットみたいな奴だと思っていた。そんなロボットのような藤原は、秀作と力也の二人と不思議と仲が良かった。

「彼にもそれなりの事情があるのだろう。何せ家庭内の問題だからな、我々外野が口出しするのは無粋と言うもの」

 藤原はしばしば古風と言うか、お堅いというか、そう言う浮世離れした言い回しを使うことがある。浮世離れしているのは言葉だけではなく、彼の生態の多くは謎に包まれているのだ。

「まあ確かにそうかもな」

 藤原に言われて納得したように力也はぽりぽりと頭をかいた。力也は藤原と違ってとても単純な奴なのだ。この正反対の二人の仲が良いことは割とみんなが不思議に思っていた。そしていかにも凡庸で無個性と言える秀作がその二人と仲が良いというのも、また少し奇妙な取り合わせだと思われていた。

「まあ後で改めて紹介してくれよな。俺は小便行ってくるわー」

 そう言い残すと力也はヒラヒラと後ろ手に手を振りながら教室の外へと姿を消した。そんな後姿を見送る藤原の方は、相変わらず何を考えているのか分からなかった。


 二回目、三回目と休み時間が来ると、人垣は少しずつ少なくなって行った。確かに金髪の転校生は珍しい存在だったが、そう長時間群がっていても何か特別新しいものがほいほいと出てくるわけではないからだ。昼休みを迎える頃には、秀作の周りもようやく日常の穏やかさを取り戻していた。

「うああ……死ぬほど疲れた……」

 秀作は思わず机に突っ伏した。疲労で火照った頬に机の冷たさが心地良い。何しろ授業中はロボ子に勉強を教え、休み時間はロボ子への質問攻めを注意深くアシストすると言うのを繰り返しす午前中は、息をつく暇もないほどの忙しさだったのだ。

「ロボ子も疲れました……やっとお昼休みなのですね……」

 隣のロボ子も同じように、ぺたりと机に頬をくっつけている。

「な、学校なんてそんなに良いもんじゃないだろ?」

「いえ、そんなことないですよ。とっても疲れましたけど、同じくらい楽しいです」

 頬を机にくっつけたまま、ロボ子はにっこりと笑った。

「ほら、なーに二人して潰れてんのよ」

 並んで机に突っ伏している二人の背中を、朱里がポンと叩いた。

「疲れた。頭が重い」

「あはは、お疲れさま」

 ぼんやりとした様子で言う秀作の頭を、朱里は上からグリグリとやった。頭は更に重くなったが、秀作は取り立ててとがめる気も失せていた。

「まあほら、騒動も落ち着いてきたことだしお昼でも食べよ!」

「おひるごはん! 食べます!」

 ロボ子はお昼と聞いた途端に元気を取り戻し、勢い良く立ち上がった。

「うおー……元気だなーお前……」

 一方の秀作は相変わらず抜け殻のようだった。

「やっほーロボ子ちゃーん。久しぶりー、覚えてる?」

 ご機嫌そうにポニーテールを揺らし、陽気な声で言いながら美佳が近づいてきた。

「ミカさん! お久しぶりです! それからシズハさんも!」

「私のことも覚えていてくれたのですね」

 美佳の少し後ろからやってきていた静葉も嬉しそうに言った。

「いやーまさか次は学校で会うなんてね。びっくりしたよ」

「ロボ子もちょっぴりびっくりです。またお会いできて嬉しいです!」

 ロボ子は本当に嬉しそうにそう言った。彼女たちに会いたいというのも、ロボ子が学校に来たがった理由の一つだったのだろう。

「良かったら一緒にお昼を食べませんか?」

 和風の風呂敷で包まれた弁当箱を見せながら、静葉が言った。美佳もピンク色の女の子らしい弁当袋をぶら下げていた。

「良いんですか!?」

「もちろんよ! ほら、机くっつけよー」

 美佳は手際よく、近くにあった机を秀作とロボ子の机に連結していった。机を動かすガガガという音が、つっぷしたままの秀作の頭に直接響く。

「えへへ、それじゃあ私もお邪魔しちゃおうかな」

 美佳と静葉に続いて、朱里も自分の弁当箱を持って席についた。あっという間に秀作の周囲には、にぎやかな昼食の場が形成されていた。

「ほら秀作、いつまでそうしてんのよ」

「だーもう、うるさいなあ……」

 朱里に言われて渋々秀作は頭を持ち上げる。

「少しは人をいたわる気持ちってもんはないのかよお前らは……」

 秀作はやれやれと重たい頭を振りながら言う。

「本当にお疲れ様です、秀作くん」

「お、おう……」

 優しい笑顔で静葉に言われて、秀作はすっかり毒気を抜かれてしまった。いつも落ち着いている静葉の前では、何だか自分の方が駄々っ子になったようにすら感じてしまう。

「シューサクさんも一緒にご飯食べましょう?」

 そう言いながらロボ子はバッグの中から、ラップに包まれたサンドイッチを取り出した。それは秀作がロボ子の昼食用に作り置きしておいたものだ。秀作自身も、同じものを弁当として持ってきていた。

 秀作は疲労であまり空腹は感じていなかったが、サンドイッチを見た途端、何だかお腹が空いているような気がしてきた。それに気付けば周囲からも弁当の匂いが美味しそうに漂ってきているのだ。秀作のお腹が耐え切れずぐぅと情けない音を立てた。秀作は思わず顔を赤らめる。

「あはは、アンタもやっぱ腹ペコなんじゃん。やせ我慢してないでさっさと食べようよ」

 美佳が弁当の包みを開くと、ミートボールやカラフルなミックスベジタブルで彩られた可愛らしい弁当が顔を覗かせた。秀作は「うるせえよ」と言いながら自分の鞄からロボ子と同じサンドイッチを取り出した。

「あ、お二人はおそろいのサンドイッチなんですね」

 小判型に和風の模様が入った弁当箱を開きながら、静葉が言った。彼女の弁当は中身まで純和風だった。

「はい! シューサクさんが朝から作ってくれました」

「へえ、優しいんですね秀作くん」

「いやまあ、一人分も二人分も手間変わんないしな」

 面と向かって褒められて照れてしまい、秀作は誤魔化すようにサンドイッチをかじった。彼女の独特の雰囲気は、たまに秀作のペースを乱すことがある。


「お、なんだなんだ、妙に賑やかなことになってんじゃねえか」

 パンとパックのジュースを持って現れたのは、筋肉馬鹿の力也だった。彼はいつも購買で昼食を調達してから、秀作と一緒に昼食をとっているのだ。いつものように秀作の席へと歩いてきた力也は、揃っている面子を見てはたと立ち止まった。

「秀作お前、良く考えたらすげえハーレム作ってねえか……?」

 改めてその場を見回して、しみじみといった様子で力也は言った。確かに、日本人離れした容姿で目を引くロボ子をはじめ、美佳と静葉の二人は男子の人気を二分するクラスのアイドル的存在だ。それに実は、朱里もそのスポーティーな爽やかさが一部の男子に人気のダークホースだったりする。そんな華やかな集団の中に一人ぽつんと存在する秀作は、既にクラスの男子たちから鋭い視線を向けられていた。

「いやいや、俺はこいつの保護者だよ」

 秀作が不機嫌そうにロボ子を指差すと、美佳たちとしゃべっていたロボ子が振り返った。彼女は秀作と話している力也に気付き、不思議そうに首をかしげる。

「やあロボ子ちゃん。俺はこいつの親友の杉原力也だ。よろしくな」

 力也は丸太のような腕を秀作の肩に回した。秀作は「やめろよ食事中だぞ」と、汚いものでも扱うように力也を押し返す。

「えっ、何それ酷くね!? 食事中でも別に良くね!?」

「やめてよ力也、食事中よ」

「だあ美佳、てめえまで!」

 力也は心外そうにコロッケパンの袋をブンブンと振り回していたが、静葉がクスクスと笑っているのに気付いて恥ずかしそうに大人しくなった。

「リキヤさん、で良いのですよね?」

「ああ、筋肉自慢の杉原力也とは俺のことさ」

 力也は得意げに力こぶを作ってみせた。高校生とは思えない逞しい筋肉に、ロボ子は「わあっ」と小さな声をあげて驚いた。その反応に力也は「ふふん」と得意げな表情を見せた。

「筋肉馬鹿、の間違いでしょ?」

「だー、勘弁してくれよ朱里ちゃんまで!」

 良い気分に水を差されて、力也が悲しそうに抗議する。そんな様子を見て、ロボ子は楽しげな笑い声をあげた。


 それから元々のメンバーに力也を加えた六人は、机を囲んで昼食を食べた。力也が冗談を言い、美佳や朱里が鋭いツッコミを入れると、ロボ子は必ず楽しそうに笑った。静葉は口数こそ少ないものの、優しい表情でそんな光景を見ながら弁当をつついていた。

 その中にいて、最初はあまり気乗りしなかった秀作も少しずつ楽しくなってきた。何よりロボ子が本当に楽しそうに笑っていたことが、秀作の心を明るくさせた。

 そんな風に楽しそうなロボ子を、秀作はまだ見たことがなかった。きっと彼女はずっと、こうやってみんなと一緒にご飯が食べたかったのだろうと思う。秀作は「学校、来れて良かったな」と、心の中で言った。

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