ジェフ?
少し前のお話である。
あの日、私は高速を急いで走っていた。
彼氏とデートのはずが、モタモタしているうちにかなり遅くなってしまった。このまま行けば、迎えに行く約束の時間から30分は遅れてしまうだろう。
また怒られる。
私の頭の中はそのことでいっぱいだった。
久々にできた彼氏。優しくて、結婚を意識した初めての人。この人を逃せばもう一生結婚できないような気がしていた。
しかし、そんな大切な人でありながらも、私の怠惰な性格を変えるには至らず、遅刻の連続。
いい加減、彼も文句を言い出し、結婚にも黄色信号が点っていた、と思う。
ああ、結婚がまた遠のいていく。
その時、はるか前方の路側帯にタイヤ交換に悪戦苦闘していそうなクラウンが見えた。
もう遅刻は確実や!もうどうにでもなってしまえ。
少々やけになっていた私はその車の前方に車を止め、駆け寄り、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
突然のカミングアウトであるが、私は以前、タイヤ販売会社に勤めていた。仕事は主に事務であったが、小さい会社であったため、繁忙期には多少の作業を手伝う事もあった。そのため、スペアタイヤ交換くらいはお手の物なのだ。
そこにいたのはザ・ナニワの中小企業の社長いった感じのオッサン。まあ、イケメン男子なんて望んではいませんでしたけどねっ!
「おおっ、姉ちゃん。パンクなんやわ」
見れば、右後輪が見事にバーストしボロボロになっている。おそらく、釘か何かが刺さり、そのまま気付かずに走ってバーストという感じだろう。ハンドルに伝わる振動からタイヤのエアーが抜けている事くらいは気づいて欲しいものだが。
オッサンは車に標準装備されているパンタジャッキをセットし、ジャッキアップまではできたが、タイヤを留めているナットが外れずに苦労していた。あまりの手際の悪さに見ておれず、思わず声をかけた。
「あの、私、やりましょうか?」
お前には無理やで。とでも言いたそうな視線を無視し、ジャッキを少しだけ下ろし、地面に設置させる。
タイヤを上げてからナットを回そうとすると必ずナットと共にタイヤが空回りしてしまう。こうすることで、タイヤの空回りを防ぐのだ。そして、L字レンチを上から踏みつけて固まったナットを外す。
「ほぉー。大したモンやな。ジェフみたいやわ」
ジェフ?誰やそれ?
「この前パンクした時はジェフに来てもらったんや。その時やってるの見てたから自分でもできると思てんけどな」
私の頭の中で、金髪の鼻が高い外人がイメージされる。
「hi!ユーはパンクでオコマリですか?」
いやいや、そんな親切な外人おらんやろ!
そのあともオッサンの一人語りは続いた。
「ジェフもたまには役に立つわ」
「けど、ジェフは来るのに一時間くらいかかった」
「姉ちゃんもジェフなんか?」
いえ、私は凜ですけどっ!
ジェフ
ジェフ
ジェフ
なんや?このオッサン、ジェフとできとんのか?
と思いながら聞いていた私にもようやく真相が見えてきた。
「ありがとうなお姉ちゃん。助かったわ」
「いえ、じゃあ、私、急ぎますから」
そう言って笑いをこらえながら自分の車に逃げ込み、盛大にツッコんだ。
オッサン!そらJAFや〜!
全くはた迷惑な話ではあるが、この事がきっかけで私は彼氏と結婚する事になる。こんな優しくて頼りになる人は他にいないと思ったそうだ。真相は墓まで持って行かねばなるまい。
ともあれ、ここは金髪の親切な外人、ジェフに感謝するとしよう。