始動‐3‐
しばらくの間、まるで時間が止まっているかのような静寂に包まれていたが、ふいに三谷の喉に添えられていたナイフが下げられた。
すると緊張が解けたのか、三谷は膝から一気にその場に座り込み、脂汗と荒い息をたてながら後ろを振り返った。
「クロス…様…?…何故ここに…?」
クロスと呼ばれたその男は、真っ黒の髪に紳士服をまとった細身の男だった。
白い手袋をつけた左手には、先程まで三谷の喉元に添えられていたナイフが未だ握られており、三谷に対して明確な殺意があったのかそうでないのかは定かではないが、何にせよ普通ではないと北神も感じていた。
「貴様こそ、何故こいつにベラベラといらぬ事を話している?貴様の受けた命はこの男を『一時間ごとに監視せよ』というものであった筈だ。この男と会話するなどもってのほか、命令違反による罰は免れんぞ三谷煕」
「い、いやしかしこれはこの男が混乱しておりましたので精神を安定させるためにも話すべきだと判断しっ…」
「黙れ」
三谷が慌てて釈明するも虚しく、クロスは一言で切り捨てた。
「貴様の処罰は後ほど決定する。下がれ」
クロスに命じられ、三谷は納得いかないという表情を見せながらもそれに従い牢を後にした。
「さて…」
三谷が牢屋から出るのを見届けたクロスは、さっと北神の方に視線を移す。
「目が覚めたようだな異世界人。記憶、体調、その他特に変わったところはないか?」
「あ、はい…大丈夫…です」
先程まで確かに目の前で起きていた出来事に圧倒されながらも、なんとか北神は言葉を発することができた。
「ならば良い。これから貴様には私と一緒に来てもらう、貴様の疑問もすべてそこで解決するはずだ」
「一緒にって…どこへ?」
「それは行けばわかる。ただ言えることは、来なければ一生ここにいることになる…ということだけだ」
そう言いながらクロスは北神の牢屋の鍵を解き、入口へと歩き出した。
「なっ!?行く行く!待ってくれっ!」
考えるまでもなく、北神は牢屋の扉を開け放ち、クロスの後を追った。