始動‐1‐
北神一斗は凡人だ。
生まれてからのこの16年間、それを痛感し続けた彼はもう自分はそうやって生きていくしかないのだろう、と諦めながら日々を送っていた。
だから、今自分が置かれている状況が理解できない。
およそ主人公と呼ばれるような人間は、こういった状況においても何らかの面白みのある発想や、疑問を抱くのだが、北神の頭は只々、真っ白であった。
しかし、目の前の男は、そんな北神の事など気にすることなく口を開く。
「聞こえなかったか?それとも聞こえていて無視をしているのか?…まあ、どっちでもいいんだけどよ、どうせ結果は変わんねえんだから…一応聞こえていなかった場合の方のためにもう一度だけ言うぞ?俺と一緒に来てもらう。お前には拒否権はない」
別にいつもと変わった様子はなかった。
いつもと変わらない一日を送っていたはずだった。
(じゃあコイツは一体何者だ?)
特に楽しいイベントも起きなかった学校を終え、帰宅していた北神の前に突如として現れた黒いコートに身を包んだ見るからに怪しい男。
そしてその男は、いきなり自分と一緒に来いと声をかけてきた。
ここまでを整理するなら、いくら北神でも自分がカツアゲか何かに遭遇しているのでは?という可能性を思いつくくらいはできるだろう。
しかし、北神はそんなことは一切思いつかず、一発で何かヤバイものに遭遇していると直感した。
そしてその理由は北神の視線の先にあった。
(それで一体何なんだよ…!あの男の脇にいるヤツらは…っ!)
鬼のような角、ワニのような口、鳥のような翼。
明らかにこの世のものではない生物がそこにいた。
北神の視線がその生物たちに向かっているのに気がついたのか、黒いコートの男は両脇にいるその生物の頭をポンと叩いた。
「ああ!そっかそっか!そういやお前の世界には『乖』は無えんだったな。ハハハッ!そりゃいきなりコイツらを見せたら頭の理解も追いつかねーわな」
ここでまた北神の頭は混乱する。
(お前の世界…?カイ…?なんだコイツ…本気でヤバイ奴じゃねえかよ)
「色々聞きたいって顔だな…。知りたいか?」
北神の混乱を見透かすように質問をしてくる黒コートの男。
おそらく北神がどう答えるかをわかっていてしているであろうその質問に、やはり男の予想通りの反応をするしかない北神は首を縦に振った。
「よし。じゃあ詳しい説明はアッチでしてやっから…」
瞬間。
男の姿が北神の視界から消えたと思うと、それとほぼ同時に北神の腹部に凄まじい衝撃が走った。
薄れゆく意識の中で、北神は黒コートの男の微かな声を聞いた。
―――――――――――――「ちょっと寝てろ」