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アザとーが達した結論は、『食いたかったら食えばいいじゃん』である。
一年近く掛けて20キロ近く落とした。が、それっきり体重は減らない。
「停滞期か」
ダイエットはここでお休みにしよう。
さて、20キロ減った身体がどうかと言えば、快適この上ない。
脈拍も血圧も安定しているし、何より動作が軽い。どっしりと落ち着きある風格はなぜか子供受けもいいし、このままで不便なかろう。
あと10キロ減らせば昔の体重であるが、アザとーは一切のダイエット行為を止めた。
さて、ここからはリバウンドとの戦い……のはずであるが、アザとーの体重は安定を保ち続けている。
体型には多少の変化があった。ズボンのサイズが二つ減ったのだ。まあ太っていたころより稼動域が広がり、運動量が増えたのだから当たり前ではあるが。
とりあえず食事面は三食という括りで食べることを止めた。
夜の仕事だったころはどうしても普通の人と生活時間が違う。朝、昼、晩なんて規則正しく腹が減るわけが無い。だから、本当に必要なときに食事をとることにしたのだ。
すなわち、強く空腹を感じたときと仕事の前。良くしたもので、一日二食のサイクルがきちんと出来上がった。
ちなみに運動量の減る休日は腹も減らない。当然食べない。一日一食の日もままあったが、体重に変化は無かった。
そして、食べたいものを我慢したりしない。ただし、食べる前にそれが空腹による欲求なのか、舌を楽しませるために『脳』が求めているだけなのかを考える。
脳が求めてのことだったら、それはもう目一杯楽しんでしまう。その後は空腹を感じるまで待つのだ。問題はない。
傍から見れば実に不規則な食生活だが、これは実に当時の生活に合っていた。体重変化を起こさなかったのが何よりの証拠だ。
そして今、昼のパートに変わった俺の食生活は再び変化した。
今は一日三食を基本としたサイクルだが、もちろん本能の命じるままに、休日は一食だ。
それでも、さらに腹回りが縮んだのに、体重変化ナシなのはどういうわけだろう。
おそらくは今の体重がベストだと言うことなのだ。
アザとーは自分がダイエットをしておきながら、人にはオススメしない。
病的なデブを治療する『体重管理』と、見た目や数値の結果を追い求める『体重操作』は別物なのである。
アザとーは生命の、そして精神の危機に瀕していた。
実際、あの無様な肉に詰まっていたのは余計な脂肪だけではなく、猜疑と嫌悪感そのものだったのだ。四六時中イライラしていたのも、自己評価をどん底まで叩き落して毎日のように死を望んだのも、実に肉の檻に囚われていたからに相違ない。
その檻から抜け出した俺は健康を手に入れた。それは実に自由と似ている。
少し動くだけで息が切れるようなこともなくなったので、表へ出るのが楽しくなった。肉を引きずるために体力を使い果たすこともなくなったから、こうして夜更かしして文を綴る時間も持てる。当然、できないことを数えて鬱々と惑うこともなくなった。
それが健康と言うものだ。
もしあなたがダイエットを試みようと思っているなら、今一度原点に立ち返っていただきたい。
人体は健康を保とうとするように仕組まれている。本当にその仕組みが狂っているのだろうか。そう思い込んでいるだけなのでは?
ダイエットは一種の人体実験だ。どれほど金を掛けようと、効果があるかどうかは自分の身をもって試してみないとわからない。物によっては自分の身を削る行為でしかないというのに……金と時間をかけて、モルモットになってまで痩せなくてはならないほど不健康なのですか?