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東方幻双夢  作者: クシャルト
黒花編 第玖章 災花
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第九十四話

 天志廼から帰ってきた、その日の夕暮。紫は家に帰って来るなり寝室へ向かい、ささっと寝間着に着替えて布団を敷き、その上に寝転がった。天志廼の『家』から天志廼の外まで歩いたし、様々な事があって疲れた。目を閉じれば、すぐにでも眠りの中へ転がり落ちてしまいそうだった。この疲れを取るにはかなりの睡眠が必要となるだろう。


「……眠るわ。眠ってる間の事は、よろしくね、藍」


 枕元で藍が頷く。


如何程(いかほど)眠られますか」


「そうね……ざっと二日くらいかしら。それくらい眠らないと、この疲れは取れなさそうだから」


「……本当にその程度ですか。少なくとも一週間ほど休まれた方が」


 紫は微笑んだ。


「大丈夫よ。ただ単に、歩いて飛んで、疲れただけだから。八俣遠呂智みたいな怪物と戦ったわけじゃないから、どうって事ない」


「ならば『家』で眠られたらいかがでしょうか。『家』ならば……」


「『(あそこ)』は駄目よ。感覚が麻痺してしまうから、ここで十分」


 紫は深呼吸をした。


「後の事は頼んだわよ。特に、異変が起きたら霊夢の補佐に戻って、手を貸してあげて頂戴。今の異変を、あの子一人にやらせるのは危険だから。眠りから覚めたら、私が代わるからね」


 藍は渋々頷いた。


「はい。一刻も早い回復をお待ちしております」


 紫は宜しいと言って藍に微笑んだ後、そっと瞳を閉じた。


「早く回復させなきゃ……『変革』の……ため……にも」


 軽く譫言を言って、紫は眠りの中へと転がり落ちて行った。


 主人が眠りに就くと、藍は掛布団を静かに主人の身体にかけて、音をたてないように立ち上がり、寝室を出た。少しぎしぎしという音が鳴る床板の上を歩きながら、藍は考えに耽った。


 このところ紫は力を消耗し、疲労が溜まるとすぐに眠りに就くようになった。それは以前からある事だから別にどうって事はないのだが、問題は休眠を摂る場所だ。

 近頃紫は眠りに就く際、自宅(ここ)ではなく、天志廼にある『家』と呼ぶ建物で休眠を摂るようになっている。『家』には以前紫に連れられて、式である橙と共に行った事があり、どれほどの場所なのかと期待していたが、『家』は、かつて神社であった事以外は、少し豪勢な民家と変わりない、古臭い建物だった。そんな普通の民家と変わりのない『家』で、紫は何故か眠りに就く。本人に尋ねてみたところ、『家』での眠りは質が良くて、少ない休眠でも疲労と消耗した力を取り戻す事が出来るらしく、二日ほどの眠りが必要になるくらいに消耗した状態で、『家』の寝室で休眠を摂ったらわずか数時間程度で回復で来たという結果を見せつけてくれた。


 藍は『家』にずっと住めばいいではないかと紫に提案したが、即座に却下された。理由を尋ねてみたところ、『家』は長居すると感覚が麻痺してしまい、幻想郷に戻りにくくなるという欠点があるかららしい。感覚が麻痺してしまうと、異変に対応できなくなる恐れが出てくるため、紫は『家』での長期休眠を拒んでいるという。

 藍はこの感覚が麻痺すると言うのが理解できなかった。『家』で休眠を摂っても、紫は身体の不調や術の不調を訴えたりしなかったし、よく言えばいつもの紫のままだった。だから、藍は紫が口にする、『感覚が麻痺する』という言葉が理解できなかったのだ。それに、藍は『家』にいる間、『家』と紫の関係が如何なるものなのか気になって仕方がなくなり、実際に尋ねた。しかし、紫は茶化す、黙るを繰り返して一向に答えを返してはくれなかった。そしてその姿勢は『家』から帰ってきた今でも、変わらずにいる。


(あそこと紫様の関係は、一体……)


 いつか話してくれる事を信じながら、藍は居間へ向かって歩みを進めた。



        *



「おはようございます、霊夢。今日もいい朝でしたね?」


 秋を迎えて、枯葉が散る博麗神社の屋根の上に、黒い服を着た自分、<黒服>が微笑んでいる。天志廼に行ってきた翌日、懐夢に屋内の掃除を任せ、境内の掃除を終えたところで、聞き覚えのある嫌な声が聞こえてきた。振り返ってみれば、そこにいたのは案の定<黒服>だった。本当に、油断も隙も与えてくれない出現の仕方をする嫌な奴だ。


「<黒服>……また現れた……!」


 <黒服>は静かに笑う。


「ふふふっ、見ていましたよ霊夢。貴方が原初の地に赴き、情報を集めてくるところを、八雲紫が企てる変革に参加する事を決めたところを。そして忌まわしき天狐、凛導に再び出会ったところを」


「そうでしょうね。お前は私と同じ目を持ってるとか言ってるもんね」


 <黒服>は目、耳、口、胸、足、腕に指を差した。


「そうですよ。わたしは貴方と同じ目、同じ耳、同じ口、同じ胸、同じ足、同じ腕を持っていますから。貴方がどこでどのような事をしているのか、全て知っています。当然、貴方が蓄えた知識も、備えたスペルカードも、所持済みです」


 <黒服>が自分と全く同じ力を持っているのは知っているが、問題はそれどころじゃない。<黒服>の力は自分の持つものと同じもののはずなのに、出力と攻撃力が圧倒的に上だ。その力に叩きのめされて、<黒服>との勝負に押し負けてしまっている。


「それで私の事を一回叩きのめしてるくせに」


「えぇそうでしたね。でもそれは、貴方が本当にやりたい事をやっていないからですよ。本当にやりたい事をやっている時の貴方ならば、私を超える事など容易なはずなのです」


 <黒服>は手を組んだ。


「それが出来ていないから、貴方はわたしに負けるのです」


 霊夢は拳を握りしめた。


「何なのよ一体。私のやりたい事を、お前は知ってるとでもいうの」


「えぇ知っていますとも。というよりも、そろそろ自覚が出てくるはずなのですが」


 自分のやりたい事。それは博麗の巫女として幻想郷に襲い掛かる異変を解決し、平和を保っていく事だ。いや、それだけではない。今は凛導を打ち倒す変革を起こし、幻想郷を凛導の手から解放したいと言うのも入っている。


「自覚ならあるわ。私はこの幻想郷を守っていきたい。幻想郷に住むみんなを、お前みたいな異変から守りたい。それが私のやりたい事よ」


 霊夢が断言するように言うと、<黒服>はこれまで見せた事のない、悲しそうな表情を顔に浮かべた。


「あぁやはり。貴方は自分の気持ちに気付けないのですね。可哀想に」


「何をわけのわからない事を言ってるのよ。私はそう思ってるわ」


「……そうですか。ならば貴方は、わたしに勝つ事は出来ませんね。だって自分の真実の気持ちに気付けていませんから」


「いい加減にしてくれないかしら」


 <黒服>は溜め息を吐き、顔に微笑みを取り戻した。


「まぁいいでしょう。どのみち貴方は気付く事になるのですから、その時を気を長くして待っていましょうか。貴方が異変に、<黒獣(マモノ)>に立ち向かっていくところを見守りながらね」


 <黒服>はゆっくりと立ち上がると、霊夢は叫ぶように言った。


「お前、知ってるんでしょ」


 <黒服>はこくりと首を傾げた。


「何のことでしょうか」


「強い負の感情を抱いた人や妖怪が変異して生まれる者が、<黒獣(マモノ)>だって事を」


 <黒服>はくふふと言って笑んだ。


「えぇ、知っていますとも。<黒獣(マモノ)>は確かに、負の感情を抱く者が変異して生まれるものです。そして、負の感情が強ければ強いほど、強力な<黒獣(マモノ)>が生まれます」


「そして、街や村を襲い、人や妖怪に殺戮の限りを尽くす……と」


 <黒服>は頷いた。


「まぁそうなってしまいますね。基本的に<黒獣(マモノ)>は凶暴ですから。でも、<黒獣(マモノ)>は決して悪しき存在ではないのですよ」


 霊夢は眉を寄せた。<黒獣(マモノ)>は近隣の村や町を襲い、人や妖怪を殺し尽くすまで止まらない、凶悪極まりない存在だ。それが悪しき存在ではないはずがない。


「どういう事よ。<黒獣(マモノ)>は人や妖怪を襲うじゃない」


「そうですが、それだけじゃないのですよ。<黒獣(マモノ)>は人や妖怪の心の影なのです」


「心の影……?」


 <黒服>が手を軽くぱんと叩いて合わせた後、頬に手の甲を付けた。


「そうです。人や妖怪、神や悪魔。どの種族も心に必ず持っていて、決して表に出そうとしない感情。それが心の影です。それが持ち主を呑み込んで大きくなった姿が、<黒獣(マモノ)>なのです。だから、<黒獣(マモノ)>になるという事は、己の気持ちに素直になるという事なのですよ」


 霊夢は今までの<黒獣(マモノ)>を思い出して、背筋がぞくりとしたのを感じ取った。まず一匹目の黒き虎の<黒獣(マモノ)>。あれは西の町に住んでいた少年が酷い苛めを受けて、苛めっ子に強い憎悪を抱いた結果変異した姿だ。そして、討伐にやってきた神奈子と諏訪子を簡単に退け、酷い重傷を負わせた。

 二匹目、黒い異形の犬の<黒獣(マモノ)>。あの<黒獣(マモノ)>は人間の里に設けられた防衛隊の一人である女性が、自分の弱さを嘆いた結果、変異したものだ。そして黒き犬の<黒獣(マモノ)>は、指摘ばかりをしていたという防衛隊の隊長をその手で殺して見せた。もしも、あの<黒獣(マモノ)>達のやった事が、元になった人間達の心の影にあったものであり、<黒獣(マモノ)>になった事で実行された事なのだとすれば……。


「じゃあ何よ……あの<黒獣(マモノ)>達の破壊と殺戮は、元になった人間が心の影に、仕舞っていた事……!?」


「今更気付くとは、少々遅く感じますね。まぁそういう事です」


 だが、ここで一つ疑問点が浮かび上がる。それは、今まで強い負の感情を抱いた者をごまんと見てきたというのに、誰も<黒獣(マモノ)>に変異する事はなかったという事だ。強い負の感情を抱いた者が<黒獣(マモノ)>へ変異してしまうという異変が起きたのはごく最近。それも、この<黒服>が自分の前に現れた時からだ。そしてこいつの口振りから、こいつが<黒獣(マモノ)>の根源であると考えるのは容易だ。


「何のために」


「何の事でしょう」


「何のためにこんな事を始めたのって聞いてるのよ。<黒獣(マモノ)>を生み出しているのは、お前でしょうが」


 <黒服>はもう一度座り込んで、首を傾げた。


「何故そう思うのでしょう。教えてくれるかしら?」


「何故も何も、これまで私は強い負の感情を抱いた人間や妖怪、神はごまんと見て来たわ。でも、誰も<黒獣(マモノ)>に変異する事なんてなかった。お前が私の目の前に現れるまで」


「つまり?」


 霊夢は鋭く<黒服>に指差した。


「お前が<黒獣(マモノ)>の根源って事よ。お前が現れるまで<黒獣(マモノ)>は現れなかったのだから、お前が持ち前の力で人や妖怪を<黒獣(マモノ)>に変異させてるのよ」


 <黒服>は苦笑いした。


「わたしが<黒獣(マモノ)>を生み出してる……ですか。随分と極論ですね」


「他に何があるってのよ。私からすれば、お前が<黒獣(マモノ)>を生み出してるとしか考えられないわ。さっさと正体を明かしたらどうなのよ」


 <黒服>は首を横に振った。


「わたしの正体ならば出会った時に教えたはずでしょう。わたしは貴方であり、貴方はわたし。わたしは貴方自身ですよ」


 変わらず<黒服>はほざく。しかし、その言葉は妙に説得力がある。<黒服>は自分がしていた事を全てピタリと当ててくるし、自分と同じ調伏の力を扱って戦う事が出来る。それらを目の当たりにすると、<黒服>はどうにかして自分から出てきたもう一人の自分なのではないかという気すら感じる。だけど、そんな事は嘘に決まってる。


「嘘を吐け! そんなわけないでしょうが!」


 <黒服>は困ったような表情を浮かべて、溜息を吐いた。


「まだ信じていただけませんか。まぁ信じてもらえないとは思ってはいましたが、ここまでひどいと困りものです」


「信じられるわけないじゃない。お前が私自身だなんて、そんな事……」


 その時、一瞬思い付いて、背筋が凍った。自分を含めた人や妖怪が心に影を持ち、それが大きくなった時に元になった者を呑み込んで具現化するのが<黒獣(マモノ)>。そして自分もまた心に影を抱く事のある人間だ。もし自分が心に影を抱き、それが大きくなった時には少年や女性のように<黒獣(マモノ)>となるのだろう。だがもし、この<黒獣(マモノ)>化に特異な例があるとしたら、あの<黒服>は……。


「わたしが貴方から抜け出して独立した<黒獣(マモノ)>とでも?」


 目の前にいきなり黒服の顔が現れて、霊夢は声をあげて驚き、後退した。自分が考えに耽った隙を突いてここまで来たらしい。


「か、考えを読んだっていうの!?」


 <黒服>は朗らかに笑った。


「わかりますよ。だってわたしは貴方なのですよ。でも、流石は勘の鋭い霊夢。中々いい答えです」


「お前が私の<黒獣(マモノ)>だって話?」


 <黒服>は人差し指を立てた。


「そうですよ。でも、まだその答えを教えるわけにはいきません。わたしが貴方の<黒獣(マモノ)>かどうかの答えは、時が来たら教える事にしましょう」


 <黒服>はふわりと上空へ舞い上がった。

 博麗神社から抜け出そうとしている黒服に、霊夢は怒鳴った。


「逃げるつもり!?」


 <黒服>は霊夢を見下ろし、頷いた。


「えぇ。今日はこの辺りでお暇します。わたしは戦うつもりではないので」


 <黒服>は何かを思い出したかのような表情を浮かべた。


「おっと、言い忘れた事がありました」


 <黒服>は少し首を傾げて、優しく微笑んだ。


「貴方は先日凛導に出会ったわけですけど、あの時の怒りは、本当に()()()()()()()()()()()()()()でしょうか」


 霊夢は眉を寄せた。<黒服>は相変わらずわけのわからない事をほざく。全くもって嫌な奴だ。


「どういう意味よ」


 <黒服>はくすりと笑った。


「貴方に花の祝福があらん事を」


 直後、<黒服>は黒い光の球体となり、瞬く間に幻想郷の空へと消えた。その場に残された霊夢は俯いて、必死に<黒服>について頭の中を回した。心臓がいつもよりも早く、高い頻度で脈打っている。


「あいつが、私の<黒獣(マモノ)>……?」


 そうだとしても妙だ。何故ならば、自分には強い負の感情を抱き、心に影を、闇を作り出したという自覚がない。普通、心に影を作ろうものならば、真っ先に自覚するはずだ。負の感情を抱いて心に影を作るのは、他でもない、自分自身の心なのだから。だが、自分には心に影を作ったという自覚がない。


「<黒獣(マモノ)>じゃないか。でも、だとすると、本当にあいつは一体……」


「霊夢!」


 一体、何者だというのか。考えに耽ろうとした次の瞬間、後方から声が聞こえてきて、霊夢は悲鳴のような声を出して驚いた。声の聞こえてきた後方へ振り向いてみると、そこには片手に箒を持った懐夢が驚いた様子で立っていた。


「懐夢」


 懐夢は霊夢の元へ歩き、心配そうな表情を浮かべた。


「霊夢、どうしたの。今、誰かと話してたみたいだけど……」


「……何でもないわ。独り言を言ってたら、声が大きくなっちゃっただけ。声を聞いてここまで来たの?」


 懐夢は頷いた。


「なんか、霊夢怒ってたよ。本当に、独り言だったの?」


「えぇ。だから心配は無用よ」


 懐夢には<黒服>の事は話さない方がいいだろう。<黒服>は正体が掴めていないし、何より、<黒服>は自分でもわけがわからないと言える存在だ。懐夢に話したところで、ちゃんと理解してくれるかどうか怪しい。だから、話さない方が賢明だ。<黒服>が懐夢の目の前に現れたとしても、今のところ幻想郷の誰よりも鼻が利き、誰がどんな匂いを持っているのかを理解している懐夢が<黒服>と自分を間違える事はないだろう。


「ところで懐夢、貴方には屋内の掃除を任せておいたわけだけど、終わったかしら」


「終わったよ。だから、霊夢の手伝いをしようと思って来たんだ。そしたら」


「私が怪しげな事をしてたから、不思議に思ったわけね。でも大丈夫よ。私も境内の掃除が終わったところだから」


「そうだったんだ」


「えぇ。ご苦労様だったわ、懐夢」


 そう言って、懐夢の頭に手を乗せて、髪の毛を優しく撫でた。懐夢は少しくすぐったそうにえへへと笑んだが、その笑みを見ていると、<黒服>の話を聞いた事でもやもやとしていた心の中が、霧が晴れるようにスーッとしていくのを感じた。

 やがて懐夢の頭から手を離すと、霊夢は懐夢に笑みかけた。


「掃除道具を片付けて、お茶にしましょう」


 懐夢が頷き、博麗神社に戻り始め、その後を追って歩き出したその次の瞬間、また声が聞こえてきた。


「霊夢、霊夢―――!!」


 最近聞いてはいないが、聞き慣れた声だった。立ち止まり、声の聞こえてきた方向を振り返ってみると、そこには白桃色の洋服を身に纏い、洋服と同じ色の帽子を被った、青い髪の毛をセミロングにし、背中から蝙蝠のそれによく似た翼を生やした小柄の少女がこちらに向かってきているのが見えた。


「レミリア?」


 向かってきている少女は、紅魔館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットだった。飛行時の仕草を見る限り、かなり焦っているようだ。そう思っていると、レミリアはすぐに近くまで飛んできて、霊夢の目の前に着地した。


「レミリア。どうしたのよ」


 レミリアは焦った様子で言った。


「どうしたもこうしたもないわよ! 霊夢、貴方の力がすぐに必要なの!」


 レミリアの声を聞いたのか、博麗神社に入ろうとしていた懐夢が、境内へ戻ってきた。


「レミリア、どうしたの?」


 レミリアは懐夢に気付き、声をかけた。


「懐夢、貴方もいたのね」


「それでレミリア、どうしたのよ。あんたがそんなに慌てるなんて、珍しいわね」


 レミリアは霊夢に視線を向けて、事情を話した。

 今、紅魔館のすぐ近くにある霧の湖に、八俣遠呂智の異変の時を思い出させるような、身体の黒い巨大な『グリフォン』が出没し、暴れ回っているという。


「ぐりふぉん?」


 聞いた事のない単語の登場に首を傾げる懐夢に、レミリアは説明を施した。


「グリフォンっていうのは神話に登場するモンスターの事よ。鷹の上半身とライオンの下半身を持っている、中々ユニークなモンスターよ」


 懐夢はへぇーと納得したような声を出して、再度レミリアに声を尋ねた。


「それで、そのグリフォンがどうしたの?」


 その『グリフォン』は最初に紅魔館を襲撃し、館前の壁を破壊。何事かとやってきた妖精メイドとホフゴブリン達に対して殺戮を行い、更に駆けつけた美鈴を撃退した後、霧の湖へ逃げたそうだ。これだけならばあまり問題にはならないのだが、『グリフォン』が襲撃した際の衝撃が地下室にいたフランドールを刺激してしまったらしい。そして、遊び相手が来たと勘違いしたフランドールは地下室から脱出し、グリフォンを追って霧の湖に飛び立ったという。


「フランが、地下室から抜け出したの?」


「えぇそうよ。しかも今はあの子の心が安定してない時だから、何が起こるかわかったもんじゃないわ」


「大変だ。早く止めに行かないと!」


 レミリアと懐夢が焦る中、霊夢はグリフォンの正体が何なのか、わかったような気がしていた。というよりも、身体が黒いと聞いた時点で、そのグリフォンが何なのかわかったのだが。……その黒いグリフォンは、多分、<黒獣(マモノ)>だ。そして、人の心の影が具現した菅とはいえ、非常に危険な存在だ。


「身体が黒い……<黒獣(マモノ)>に間違いなさそうね」


 レミリアと懐夢は霊夢へ目を向ける。


「マモノ? 何の事よ」


「霊夢、マモノって?」


 霊夢はレミリアに声をかけた。


「レミリア、フランドール(あんたのいもうと)もやばいけど、私の推測が正しければ、そのグリフォンもかなりやばいわよ」


「やばいって……?」


「そもそも、今の状況ってどうなってるの? 咲夜とかパチュリーは?」


「咲夜とパチュリーは美鈴の治療にかかってて動けない。だから私がここまで来たのよ」


「フランは一人で<黒獣(マモノ)>と戦ってるの?」


「えぇ。グリフォンくらいフラン一人でどうにかなると思って……」


 フランドールは並大抵の相手ならば簡単に打ちのめし、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』で瞬く間に敵を破壊する、強大な力を持つ吸血鬼だ。しかし、それらが<黒獣(マモノ)>に効くかどうかわからないし、下手すれば<黒獣(マモノ)>の方がフランドールの攻撃力に勝り、フランドールの事を追い詰めている可能性がある。それに、もしフランドールが<黒獣(マモノ)>を撃破した場合、中から出てきた人や妖怪も、<黒獣(マモノ)>と同じ勢いで破壊してしまうかもしれない。<黒獣(マモノ)>について知るためには、それは避けなければならない。


「レミリア、懐夢、霧の湖に行くわよ。その<黒獣(マモノ)>、フランドールを襲ってる可能性があるわ」


「フランが、押されてる? っていうか、何なのよそのマモノって……」


「向かいながら話すわ。懐夢、戦闘になったら援護お願いね」


 懐夢が頷くと、レミリアが懐夢へ視線を向けた。


「え、懐夢貴方戦えるようになったの?」


「そうだよ。レミリア、戦闘になったら手を貸してね」


 レミリアは少し戸惑った様子で「わかった」と頷いた。

 二人の準備が既に完了している事を確認すると、霊夢は二人に声をかけた。


「二人とも、行くわよ!」


 地面を蹴り上げて上空へ舞い上がり、秋の風を浴びながら、霊夢は霧の湖の方角へ身体を向けて、一気に加速した。


(<黒獣(マモノ)>……なんとしてでも止めなきゃ)







       *





――あれ、ここは。

  薄暗い。どこだろう。こんなところ知らない。

  あれ、どこからか魔の気を感じる。なんだろう、いかなきゃ。

  いかなきゃ。いかなきゃ。


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