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東方幻双夢  作者: クシャルト
黒花編 第玖章 災花
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第九十二話

 霊夢は霊紗との話を終えた後、霊紗の住居を出て、博麗神社に戻る事にした。今回の目的はあくまで懐夢が手に入れた力を戦闘以外で出さないようにさせる事であり、天志廼や霊紗の住居に遊びに来たわけではない。 本を読む事に夢中になっていた者達を集めて、紫にもう帰ると伝えて住居の入り口の前まで行くと、紫と霊紗が中から出てきた。


「もう帰るのか、霊夢」


 霊紗の声に霊夢は頷く。


「えぇ。だって私の目的は懐夢の力を制御できるものにしてもらう事だったからね。

 ところで、本当に大丈夫なんでしょうね」


「大丈夫だとも。今度また剣道の試合でもやらせてみるといい。もう力は出なくなってるはずだ。まぁ、本人の意思次第ともいえるがな」


 懐夢が頷く。


「わかってます、師匠」


 霊紗は魔理沙達の方へ顔を向け、すまなそうな顔をした。


「霊夢の付き添いで来た君達、茶の一つも出してやらなくてすまなかったな。霊夢や懐夢と話をしている間、さぞや退屈だっただろう」


 魔理沙が首を横に振り、微笑む。


「そんな事ないぜ。色んな本を読ませてもらって、すごく楽しかったぜ」


 早苗が一礼する。


「私も、幻想郷の歴史の描かれた書物を閲覧する事が出来て満足できました」


 文がにっこりと笑う。


「とても有意義な時間を過ごせました。出来れば、今度は取材に来たいと思っています」


 霊紗は軽く頭を下げた。


「それならよかった。また来るといいよ。今度はしっかり持て成してやるからな」


 霊紗は続けて霊夢と懐夢に視線を送る。


「君達もだよ、霊夢に懐夢。今度は遊びに来るといい。天志廼の街を、案内してあげよう」


 懐夢は頷き、にっと笑みを浮かべた。


「よろしくお願いします」


「同じく。天志廼の名物とか、教えて頂戴」


 霊紗は軽く頷くと、紫の方に目を向けた。


「紫、お前もそろそろ天志廼から出るべきじゃないか。今回は随分と長くいた方だと思うが」


 紫はふっと笑った。


「そうね。少し長居しすぎたかもしれないわ。懐かしい気持ちに、長く浸かっていたいと思ったのかもね」


 霊夢が首を傾げる。


「え? どういう事?」


 紫は首を横に振って、霊夢に微笑んだ。


「何でもない。ただの昔話よ。さぁ霊夢、帰りましょう。途中まで一緒に行くわ」


 霊夢はどうも腑に落ちなかったが、ひとまず頷き、霊紗に目を向けた。


「それじゃあね、霊紗。今度来た時には母さんの事とか、教えてくれるかしら」


 霊紗がそっと笑む。


「あぁいいともさ。ゆっくり聞かせてあげよう」


 霊紗の言葉を耳に入れると、霊夢は身体を出口の方へ向けて、かつて博麗神社として機能していた建物から出て、階段を使って山を降りた。行く時は、ただの古びて苔生した石段としか感じなかったが、先程の建物がかつての博麗神社であり、この石段はかつて博麗神社の参拝客が使っていたものだったという話を思い出すと、不思議な親近感が湧いた。

 山を完全に下りったところで霊夢は立ち止まり、遠くに目を向けた。……かなり遠くに天志廼の街が見える。


「それもしても、随分と距離があるわね。歩きで戻るのは億劫だわ」


 文が提案する。


「でしたら、空を飛んでいきましょう。そうすれば、出口までひとっ跳びですし」


 魔理沙が箒に跨る。


「そうと決まったら、みんな、いくぜ!」


 魔理沙はいつもどおり箒に力を込めて飛び立とうとした。しかし、本来ならばふわりと浮くはずの魔理沙の身体と箒はいつまでたっても浮かび上がらず、直立不動だった。


「魔理沙、何やってんの」


 懐夢の声に、魔理沙は首を傾げる。


「あれ、おかしいな」


 続けて、魔理沙はその場でジャンプを繰り返した。しかし、何度ジャンプしても魔理沙の身体と箒は上空へ向かおうとしない。

 その様を見て、早苗が苦笑いする。


「あの、魔理沙さん、本当に何をやっているんですか?」


 魔理沙が焦りを顔に浮かべる。


「と、飛べない……!?」


 紫を除く一同が一斉に「え?」と言い、そのうちの慧音が魔理沙に問う。


「どういう事だ? 飛べないって」


「そのまんまだよ。飛べないんだ。いつもどおり飛ぼうとしても、飛べないんだ!」


 霊夢は首を傾げた後、地面を蹴り上げて宙へ舞い上がろうとした。しかし、いつもならば身体が泡のように軽くなって、ふわりと上空へ行けるはずなのに、何度繰り返しても身体が軽くならず、上空へ飛び上がる事はなかった。いつもどおりの事をやっても、何も起きない。

 魔理沙の言っていた事は、本当だった。……飛べない。


「本当だわ、飛べない……」


 他の者達も上空へ舞い上がろうとしたが、誰一人として上空へ向かう事はなかった。

 その中で唯一翼を持つ文は翼を開いて一生懸命に何度も羽ばたいたが、それでも飛ぶ事は出来なかった。


「あや、あやや!? これは一体どういう事で……!?」


 一同が慌て(ひし)めく中、紫が苦笑いしながら言った。


「天志廼では空を飛ぶ事は出来ないわよ。ここは術のほとんどを無効化する特性を持った結界の中だからね。この結界の外に出なきゃ、空を飛べないわ」


 霊夢が驚き、紫に声をかける。


「結界ですって?」


「えぇそうよ。っていうか、それくらい貴方ならわからないかしら霊夢」


 紫から目を向けられて、霊夢は気付いた。

 この街には非常に不自然な点が多い。妖怪の山の中にあったはずなのに、それよりも大きな山があったり、天門扉という扉を通らなければ入る事が出来なかったり、外にはなかった壁が中にあったり、天志廼で生まれた者しか入る事が出来ないなど、奇妙極まりない。だが、今の紫の言葉でこの奇妙な点の正体がわかった。天志廼は、幻想郷から隔離されている。それこそ、幻想郷が外の世界から隔離されているのと同じように。


「天志廼は、結界に覆われた街……?」


 紫はふっと鼻で笑い、頷いた。


「そうよ。この街は幻想郷から隔離された街……だから、幻想郷の民からは神秘の街や、秘密の街だなんて言われるのよ」


 懐夢が興味深そうな顔をして紫に声をかける。


「どうしてそんなに秘密にされてるんですか。ぼくからすると、他の街と変わりないように思えるんですけど」


 霊夢が続いて紫に声をかける。


「それに、あんたさっき霊紗に、懐かしい気持ちに浸かっていたかったとか言ってたけど……」


 紫は視線を霊夢と懐夢から逸らした。


「貴方達にはあまり関係のない話よ。それに、あまり思い出したいと思えるものでもないしね」


 その時、霊夢はハッとした。紫が顔をこちらから逸らす時、紫が今まで見た事がないくらいに悲しそうな顔を浮かべていた。そしてその顔は、今の紫の発言が本物である事を簡単にわからせてくれた。


「そう。なら言わなくたって結構よ。まぁ少し気にはなるけれどね」


 霊夢が呟くと、魔理沙が驚きの声を上げた。


「マジかよ。霊夢、紫の話が気にならないのか」


「えぇ。それに、何だか掘り出されたくないみたいだしね。かなりマジな方向で。無粋な真似はやめておきましょう」


 霊夢が言うと、一同は黙り込んだが、その沈黙を紫が破った。


「さてと、空は飛べないから、行きの時と同じように歩きで戻るわよ。付いてきなさい」


 一同は頷き、紫の後を追って歩みを進め、農道を通り抜け、天志廼の街の中へと再び足を踏み入れた。初めてこの街に踏み込んだ時のように天志廼の民達はどうやってここに余所者が入り込んだんだと言わんばかりの目で一同を睨むように見つめてきたが、一同はなるべく天志廼の民達と目を合わせないように、顔を見られないように軽く下を向いて歩き、霊夢は再度懐夢の頭に帽子を被せて顔を隠させた。それだけでもかなり不快だと言うのに、街のあちこちから漂ってくる鉄や炭の焦げたような臭いが、一同の一刻も早くこの街から出て行きたいと言う気持ちを助長した。

 霊夢はその中で、街と霊紗のいる建物では居心地に酷い差があると思った。


「こんなに居心地に差のある場所なんて、初めて来たわ」


 前を歩く紫がそれに答える。


「今度この街の人々に教えさせましょう。貴方達は決して怪しい者ではないってね。次は貴方達には、観光に来てもらいたいからね」


 魔理沙が小さく言う。


「観光ね。ここに観光になるようなものがあるのか?」


「ありますとも。この街はこれでも観光名所だらけだからね。街の人達の警戒を解いたら、案内してあげるわ。まぁ、その前に異変を解決する必要がありそうだけどね」


 霊夢は頷いた。今は天志廼に観光に行く暇など無い。一刻も早く、<黒獣(マモノ)>異変を終わらせて、<黒服(クロ)>の正体を暴き出さなければならない。いや、それ以前に<黒服>は幻想郷の崩壊を企む八俣遠呂智とほぼ同じ、またはそれ以上に危険な人物だ。あの<黒服>を止めなければ、新名所を観光する余裕など持てない。


「そうよ。今の異変は、かなりやばいんだから」


 慧音が驚いたように言う。


「まさか、お前達が相手にしていた新種の妖怪の異変か? あの異変はそれほどまでに危険なものなのか」


 霊夢がシーッと注意して、小声で答える。


「帰ったら聞かせてあげるわ。今は街中よ。街の人に聞かれたらどんな反応されるか、わかったものじゃないわ」


 慧音は辺りを見回した後に頷き、口を閉じた。

 街の人々の刺すような視線を浴びながら街中を歩き続けていると、鉄の臭いと墨の焦げたような独特な臭いが鼻を突かなくなり、やがて街の人々の視線も感じられなくなった。顔を上げてみれば、もうそこに天門扉があった。下を向いて気が付かなかったが、いつの間にか街を抜けて来ていた。


「さてと、天門扉まで来たわけだけど……」


 紫は振り返り、一同を見回した。


「貴方達はどうやってこの扉を開けたのかしら。ここの扉は大賢者と認定された者か、天志廼で生まれた人しか開ける事が出来ないのよ」


 一同は驚きの声を上げ、その内の文が言う。


「大賢者か天志廼で生まれた人しか開ける事が出来ない扉、ですって?」


 慧音が驚きの表情のまま天門扉を見つめる。


「そんな仕組みだったのか、この天門扉というのは……」


 魔理沙が霊夢を指差す。


「霊夢だよ。私がどんなに力を込めても開けられなかったその扉を、霊夢が開いたんだ」


 早苗が続ける。


「霊夢さんがその扉に触れた瞬間、扉が自分からガラガラと開いたんです」


 紫が霊夢を見つめながら目を見開く。


「それは本当なの、霊夢」


 霊夢は頷き、少し首を傾げた。


「どういう事なのか、私が手を触れた途端、扉は開いたわ。天志廼で生まれた人じゃないのにね、私は。結構杜撰(ずさん)な管理体制なんじゃないのこの扉」


 紫は何かを考え込んでいるかのような、顎に手を添える姿勢を取り、ぶつぶつと独り言を漏らした。


「やっぱり霊夢は……いや、やっぱり間違いなかったのね……」


 突然独り言を漏らす紫に首を傾げて、懐夢が声をかける。


「紫師匠、どうしたの」


 紫は懐夢の声にハッとしたかのように顔を上げ、首を横に振り、苦笑いをした。


「何でもないわ。さぁ、天志廼を出るわよ。扉は私が開けるわ」


 紫が扉に手を触れて、扉があいたその時、霊夢はぞっとして振り返った。

 気配がする。それもかなり強力で、小さい頃に無理やり覚えさせられて、嫌悪感しか抱かなくなった気配だ。身体が小刻みに震えて、胸の奥の心臓が強く、早く脈打っている。多分、今自分は顔を真っ青にしている。


「この気配ッ……!」


 霊夢は一同から飛び出し、周囲を見渡した。森と茂みがあり、遠くに天志廼の街があるだけで、自分達以外誰もいないように見えるが、気配はしている。気配がするという事は、その気配の元凶が近くにいるという事だ。そしてその気配の正体を、霊夢は吐き出すように言った。


「凛導ッ!!」


 名を呼ぶと、紫と懐夢が一番最初に反応を示し、次に魔理沙と慧音、最後に早苗と文が首を傾げた。

 凛導。大賢者の中で最も強い権力を持ち、自分を無理矢理博麗の巫女の座に就かせて無茶苦茶な修行を施し、先代巫女(はは)だけではなく、何人もの女性と少女を自分の都合のいい形の幻想郷を保つための生贄にしてきて、今尚幻想郷を支配している忌まわしき天狐。その忌まわしき天狐の気配を、この周囲から感じ取れている。


「霊夢、どうしたんだよ」


「どうしたのだ霊夢。それに、なんだその『りんどう』という言葉は」


 魔理沙、慧音に続いて早苗と文が口を開こうとしたが、それを遮るようにどこからともなく声が聞こえてきた。


「……やはり気付いていたか。流石は博麗の巫女と言ったところだな」


 凛とした男性の声だった。霊夢が辺りを見回そうとした次の瞬間、近くの茂みが揺れ、中から人が一人姿を現した。しかし、現れたのは『人』ではなく、人の姿に似てはいるものの、セミロング程の長さの銀色の髪の毛で、頭から狐の耳を生やし、白と赤と金色が特徴的な、平安貴族が纏うそれと同じような形の服装を身に纏い、手に錫杖を持ち、頭髪と同じ色の毛に包まれた四本の尻尾を生やした、整った顔立ちの、翠色の瞳の男性だった。――この男性こそが、母を殺した忌まわしき天狐、伏見凛導だ。

 霊夢はその男の姿を見て、激しい嫌悪と憎悪が心の中で渦巻くのを感じ、拳を握りした。


「凛導……!!」


 母を殺した忌まわしき天狐は霊夢に目をくれず、紫の方に目を向けた。


「お前がここに入れたのか」


 紫は鋭い目つきで言い返した。


「どうかしらね。本人達に聞いてみたら」


 凛導はそのまま目を魔理沙に向けた。

 狐のそれと比べてとてつもなく鋭い瞳に魔理沙は慄き、思わず口を開いた。


「わ、私達は野暮用があって来たんだ。ここに入れたのは―――」


「言わなくていいッ!!」


 いきなり霊夢に怒鳴り付けられて、魔理沙は吃驚して、口を閉じた。他の者達も霊夢の怒りに満ちた形相に驚き、慄いて口を開けないでいた。

 霊夢は目の前にいる忌まわしい天弧を睨みつけたが、霊夢が口を開ける前に天狐は口を開いた。


「随分と偉業を成し遂げたな霊夢。我から逃げ隠れる日々を送っていて、嫌々修行を受けていた少女が、まさか過去の博麗の巫女が成しえなかった八俣遠呂智の討伐をやってしまうとは」


 表情を一切作らず、無表情に近しい顔のまま淡々と喋り、忌々しい天狐は自分を褒めてきたが、嬉しさを感じなかった。


「お前に褒められたところで嬉しくなんかないわ。あれ以来見かけないなと思ってたら、まさかこんな場所に尻尾を巻いて隠れていたなんてね」


「隠れていた、か。お前はそう感じるのか。まぁいい。好き勝手に感じていろ」


 凛導はしゃんっと錫杖を鳴らした。


「ただ、我もお前の事を見縊っていたようだ。まさかお前があそこまでやってしまうとは、思ってもみなかった。見てないうちに、立派になったものだ」


 ぎりぎりと音がするくらいに、霊夢は歯を食い縛った。こいつ、明らかにこっちをからかっている。自分の都合のいい幻想郷を保つための最高の逸材だったから、母を殺して博麗の巫女の力を無理矢理継承させて、自分を博麗の巫女に仕立て上げたというのに。どこまでも、忌まわしい天狐だ。


「だが……」


 凛導は懐夢へ視線を移し、鋭い目で懐夢を睨むように見た。


「そのような子供を養子にしていいなどという事を許した覚えはないのだが」


 霊夢は咄嗟に凛導の視界の前に入り込み、自分で懐夢を隠した。


「この子の事は私が決めた事よ。お前にどうこれ言われる筋合いはない」


「それを許した覚えがないと言っているのだ。お前は自分に決定権があると思っているのか」


 霊夢は歯が擦り減りそうなほどに歯を食い縛った。本当に、どこまでも憎悪を抱かせる奴だ。


「……消えろ。お前と話したい事なんか、ない」


 凛導は何も言わずに霊夢を見つめていたが、やがて目を細めて、口を開いた。


「お前は、我が憎いか」


「……今のお前から見て、私がお前を憎んでいないように見えるの」


 凛導はフッと鼻を鳴らした。


「そうだな。憎悪は我に向けていればいい。その他の場所には向けない事だ。

 寧ろ、()()()()()()()()()()()事に感謝してほしいものだが」


 霊夢は眉を寄せた。


「何をわけのわからない事を言ってる。お前以外に誰を憎めっていうのよ」


 天狐は答える様子を見せず、じっと霊夢を睨むように見つめていたが、やがて紫の方へ視線を移した。


「八雲紫。お前は自分の役割を果たしているのか」


 紫は扇を懐から取り出してばっと開き、口元を隠した。


「果たしていますとも。心配しなくたって結構よ」


 霊夢は振り返って紫の顔を見るなり、気付いた。顔には出ていないので気付かないが、紫は今、まるで、大切なものをいくつも奪ってきた相手を目の前にしているかのような激しい憎悪に満ちた目をしている。凛導を倒す変革の筆頭は、伊達ではなかった。


「それに貴方は霊夢を心配しているようだけど、もうそんな必要はないわ。霊夢は、八俣遠呂智を倒すほどの奇跡を起こして見せた」


「ならば問おう。お前は霊夢が強いと思っているか」


「えぇ強いわ。だって、八俣遠呂智を倒したのよ。これを強いと言わないでなんとするのよ」


 凛導は「そうか」と言い、再度霊夢に目を向けて、表情を変えぬまま言った。


「霊夢、強くあるのだな。幻想郷のために」


 霊夢は痛みが走るほどに強く拳を握りしめた。何が、幻想郷のためだ。本当は『自分が一番都合いい形、自分が支配できていると実感できている幻想郷の形のために』のくせに。だが、異変を終わらせて、霊紗、紫、そして皆と力を合わせて変革を起こせば、こいつの支配は見るも無残に崩れ去り、幻想郷は解放される。


「言われなくたって、そうするわよ……今に見てなさい」


 凛導は少しだけ首を傾げたが、霊夢は振り返り、天門扉に近付いて、立ち止まった。


「……もう、私達の前に現れるな。今度現れたなら、八俣遠呂智みたいにしてやる」


 霊夢はそう言い残すと、天門扉に足を踏み入れて、天志廼から姿を消した。その後を追うように懐夢、魔理沙、慧音、早苗、文も続いて天門扉へ消えた。その場には紫と凛導が残され、紫はあった時から表情を少しも変えていない凛導へ声をかけた。


「貴方は本当に、何のためにこんな事を」


 そう言い残して、紫は天門扉へ足を踏み入れて、天門扉を閉めた。

 鬱蒼とした森と茂みに囲まれた場所に一人取り残されて、凛導は呟いた。


「あの霊夢が護る幻想郷にならば……もう……放ってもよさそうだな。解放の刻は来たれり……か」




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