第七十三話
霊夢と早苗は神社から飛び立って、街へやってきた。
街は相変わらず賑わっていた。数えきれないほどの人と妖怪が行き交い、店の前で客寄せが我先にと言わんばかりに客を呼んでいる。何もかもいつもどおりのはずなのだが、今回は少し違って見えた。早苗と二人で歩いているせいなのかもしれない。
そもそも、早苗と二人で街をぶらつくというのは今回が初めてだ。今までは異変の際に対立しあったり共に力を合わせて戦ったりするか、信仰を得るための計画を立てたり、異変の対策や調査すべき事を離し合ったりする際に神社で話し合うかのどちらかで、一緒に街を歩いたり物事を楽しんだりするという事は全くと言っていいほどやってこなかった。
だから、こうして見慣れた街を歩いているのに新鮮さを感じているのかもしれない。
そう思いながら歩いていると、隣を付き添うように歩いている早苗が声をかけてきた。
「さて霊夢さん、どこに行きますか?」
聞かれて、霊夢は考えた。
街と言えばたくさんの店がある。だから買い物をする際にはほとんど困らないのだが、いざこうして買い物のメモなどを持たないでぶらつく事を目的に来てみると行き場所に困る。しかも、生きたい店などをほとんど考えてこなかったから、余計にどうすればいいかわからない。
霊夢は困った表情を浮かべて、呟いた。
「うーんと……そうねぇ……」
早苗は霊夢の顔色を見て、苦笑いした。
「もしかして、行きたい店とか考えてこなかったってパターンですか?」
霊夢は思わず頷いた。
「だってあんたったらいきなり来て私を街に連れ出すんだもの。行きたい店なんか考えてないわよ」
早苗は「えー」と言った。
「私のせいですか。でも霊夢さんだって出かける時乗り気だったじゃないですか」
「そうだけどさ……」
その時、自分の右隣を見て、霊夢は立ち止まった。
自分達のいる場所から右隣りには店があったのだが、店の前に沢山の小物が置かれた棚と台があって、若い娘が客寄せをしている。更に店の中へ目を凝らしてみれば、店の前のものよりも沢山の小物が並べられている棚と台が見えるし、沢山の若い娘と子供が頻繁に出入りしているのもわかる。どうやら、小物を売っている店のようだ。しかも外観を見る限りでは、近頃開店したばかりのように見える。
立ち止まって店を見ていると、早苗がまた声をかけてきた。
「あれは、新しく出来た小物屋さんですね。というよりも、装飾品屋さんでしょうか?」
「そうっぽいわね」
早苗は霊夢の顔を見た。
「あのお店に興味があるんですか?」
「えぇ。装飾品の専門店なんて見た事がないからね。今まで装飾品は服屋に売ってたから、専門店は興味があるわ」
早苗はにっこりと笑った。
「それじゃあ、入ってみましょう! あの若い女の人達の中に紛れ込むように!」
早苗はそう言うと、そそくさと店の中に駆けて行った。霊夢は早苗が突然駆け出した事に少し驚いて、慌てて店の中へと追いかけた。
そして、店の中へ入ってみたところで、霊夢は驚いてしまった。商品棚に並べられている装飾品はどれも色鮮やか且つ、動物を模したもの、植物を模したもの、花を模したものなど様々な種類があり、そのほとんどが服屋でも見た事のないものばかりだ。しかもどれも作られたばかりなのか、煌びやかに輝いているように見えた。
棚と台に並ぶ装飾品の数々を見て、早苗は目を輝かせた。
「すごい……西の町でもこんなに装飾品を取り扱っているお店はありませんよ!」
霊夢は頷く。
「そうね……意外と沢山あって驚いたわ」
直後、早苗が何かを見つけたような表情を浮かべて棚に手を伸ばし、置かれている装飾品の内一つを手に取った。
「霊夢さん、ちょっとこれ見てください!」
言われて、霊夢は早苗の手元にある装飾品を見た。それは、可愛らしい猫の顔を模した形をした白い髪飾りだった。
「あら、可愛いじゃないの」
早苗は頷いた。
「そうですよね! こういうのって外の世界でも人気だったりするんですよ! 他にもたくさんあるみたいですよ!」
霊夢は辺りの商品棚を見回した。その時、あるものが目に映り込んで、霊夢は思わず動きを止めた。
「あれ……」
霊夢は商品棚に手を伸ばし、自分の目を止めたものを手に取った。
それは、早苗の髪の毛にもついているような蛇を模した髪飾りだったのだが、身体の色が黒くて、目の部分が蒼いものだった。
「これ……」
その目の蒼い黒蛇の髪飾りを見て、霊夢は懐夢の事を思い出さざるを得なかった。色が黒くて目の蒼い蛇と言ったら、自分の中では懐夢しかいない。
懐夢がこれを見たら、なんというだろうか。どういった反応をするだろうか。自分と同じ色が黒くて目の蒼い蛇を見たら……喜ぶかな。
そう思ったその時、隣から早苗の声が聞こえてきた。
「あれ、霊夢さん。それって私が使ってるのと同じじゃないですか?」
早苗の声で、霊夢はハッと我に返った。
「え、なに早苗」
早苗は霊夢の手に持たれている蛇の髪飾りをもっとじっくりと見た。
「やっぱり、私の使ってるのと同じです。あ、でも色が違いますね。黒くて目が蒼い……」
霊夢は少ししどろもどろしながら答えた。
「うん。早苗が使ってるのに似てたから、珍しいなと思って」
そう言った直後、店内を廻っていた若い女性店員がやってきて、霊夢に声をかけた。
「あれ博麗の巫女さん、贈り物ですか?」
霊夢と早苗は少し驚いて、思わず店員の方を向いた。
店員は顔に微笑みを浮かべて、霊夢の手に持たれている黒蛇の髪飾りを指差した。
「そちらの髪飾りは、男性用となっております。それをお持ちになっているという事は、誰かに差し上げるおつもりで?」
霊夢は首を横に振った。別に、誰かにあげたいという思いがあって手に取ったわけではない。
「そうじゃないんです。ただ、珍しいなと思って手に取っただけです」
霊夢は棚に髪飾りを戻して、他にないかと思って商品棚に目を配った。
その直後、霊夢は黒蛇の髪飾りを見つけた時のように目を止めて、それを手に取った。
「これって!」
霊夢が手に取ったもの。それは先程早苗が手に取った猫の髪飾りと同じようなものだったが、犬か狼の顔を模した形をしていて、色が猫のものと同じように白かった。霊夢はこれを見て、懐夢ではないある者の事を思い出した。
そう。白い狼と言えば早苗が小さい頃から一緒にいて、早苗が自分を育ててくれた人の一人と言っている神獣の事でもある。
そういえば、懐夢も自分の前から姿を消したが、早苗によると神獣もまた早苗の前から姿を消してしまっていると言っていた。あれから数週間経ったが、未だに早苗は神獣に会えたという話をしてこない。早苗もまた、神獣に会えないままが続いているのだろうか。
考えていたその時、店員がまた声をかけてきた。
「あら、そちらを選びになるとは」
霊夢はハッと我に返って、店員と顔を合わせた。
「これは」
店員は人差し指を立てた。
「そちらの髪飾りはこの街の中でも当店でしか買う事の出来ないものです。当店のオリジナルというものです。
まぁ形は他の店でも真似できるようなものですが、問題は材質です」
「材質?」と霊夢は首を傾げて髪飾りを触った。表面がつるつるとしていて、軽く叩いてみるとかん、かんという鉄が叩かれたような音がした。
どうやら、かなり良質な鉄で出来ているようだ。店員はこれが良質な鉄でできている事を言いたかったようだ。
「鉄みたいだけど」
店員は頷いた。
「そうですよ。でも、その鉄はこの街で作られた鉄ではありません。神秘の街、『天志廼』にある踏鞴製鉄所にて作られました玉鋼を使っております」
霊夢はもう一度首を傾げた。店員は今、『天志廼』という言葉を口にした。
そんな名前は聞いた事がないし、そのような街も見た事がない。いったいどこの事なのだろうか。
「あの、『天志廼』って?」
店員は困ったような表情を浮かべた。実は、天志廼の事は店員もよくわからないらしい。
「わからないの?」
「えぇ。あまり大きな声では言えませんが、博麗さんにはお話ししたいと思います」
何でも、この店を開く前に、『注文すればこの幻想郷に他とない良質な鉄で物を作る事が出来る』という謳い文句を掲げている『天志廼』という街がある事が店長の手によって発見された。天志廼という聞いた事のない名の街の存在を怪しがった店長は、寺子屋の慧音にこの街に関する資料がないか探してくれるよう依頼したそうだ。
数日後、慧音は天志廼に関する資料を発見した。それによると、天志廼はかつての『人間の里』、即ち『街』であり、他では見られないほどの大規模な踏鞴製鉄所を構え、この幻想郷で唯一鉄や銅といった金属の生産が盛んに行っている街だという。更に調べたところ、街に出回っている刀や包丁、装飾品は全て天志廼で作られた玉鋼が使われているらしく、天志廼で作られる金属はこの幻想郷の中で最も良質なのだそうだ。
慧音はこれを理解したところで更に調べたそうだが、これ以外の資料はほとんど見つからず、ただ金属の生産が盛んに行われている街である事しか判明しなかった。慧音は注意する必要はあるが、依頼をしてみる価値はあると店長に言った。ダメならば街の製鉄所に頼めばいいと言って。
慧音の話を呑んだ店長が試しに連絡してみたところ、翌日業者が交渉にやってきたそうだ。結果、交渉は成功し、数日後に天志廼の玉鋼によって作られたと書かれた装飾品がたんまりと届いたそうだ。店長は偽者で簡単に壊れてしまうのではないかと疑って、店員達を集めて衝撃を与えたり叩いたり、叩き付けたりする等の乱暴の扱いというのをやってみたが、装飾品はどれも街の防衛隊が使うような刀のように硬く、壊れる気配を見せるどころか傷付きすらしなかったという。
結果、どれも商品として売るに等しいものだとわかって、売り出したそうだ。
「ちょ、って事はこの店の商品全部実験されたものなわけ!?」
店員は苦笑いした。
「いいえ。実験に使われたのは届いた商品のごく少数です。そのごく少数でそういう事がないか調べて、残りを商品として売り出しております」
直後、霊夢は考えた。天志廼などという街の名は初めて聞いたし、その存在も初めて知った。しかもその街はかつての街であるとの事だ。そのような大事な情報は基本的に紫辺りが教えてくれそうなものだが、紫は全くと言っていいほど教えてくれていなかった。懐夢が帰ってきたら紫に問い詰めた方がよさそうだ。
「あれ、霊夢さん、それって……」
隣からの早苗の声で霊夢はハッとして、早苗の方へ顔を向けた。
「な、何早苗」
早苗は霊夢の手元をじっくりと見た後、問いかけた。
「それは……」
早苗の問いかけには霊夢ではなく、店員が答えた。
「天志廼の玉鋼で作られた白い狼の髪飾りです。お子さんなら男女問わず、大人では女性に人気の商品ですよ」
早苗は髪飾りをじっと見つめて、霊夢に声をかけた。
「あの、霊夢さん。それ、ちょっと渡してみてくれませんか?」
霊夢はきょとんとして、しどろもどろしながら早苗に髪飾りを渡した。
霊夢から髪飾りを受け取ると、早苗は回して裏面を見たり、髪留めの部分を見たりして、髪飾りに隈なく目を配った。
髪飾りを見る事に夢中になって黙り込んでいる早苗に霊夢は声を掛けようとしたが、すぐにやめてしまった。
(あ……)
次の瞬間、店員が早苗を不思議がったのか、早苗に声をかけた。
「あの、お客様?」
早苗は顔を上げて店員と目を合わせ、にっこりと笑った。
「気に入りました! これ、買います。おいくらしますか?」
店員と霊夢はきょとんとしたが、店員はすぐに表情を戻した。
「あぁ、そちらなら千百円になります」
店員の言葉と髪飾りの値段に霊夢は驚いてしまった。あの髪飾りが、そんなにするものだとは思っても見なかった。
「えぇっ、そんなにするの!?」
店員は苦笑いした。
「えぇ。何せ天志廼の玉鋼を使っていますから。成人式用のですと天志廼の玉鋼製で一万五千円ほどかかります」
霊夢はひゃぁと言った。髪飾りに一万五千円など、たまったものではない。それにそもそも、あんな普通の髪飾りに千百円も使うというもの考えられない。
思うなり、霊夢は早苗に声をかけた。
「早苗、そんなのでいいわけ?」
早苗は頷いた。
「構いません。だって気に入ってしまったんですもの」
そう言った後、早苗は会計の方へそそくさと歩いて行ってしまった。
霊夢は店員と共にその場に残されたが、そのすぐ後に店員が霊夢へ声をかけた。
「博麗さんも、何か買われますか? 今は開店記念大売出し中ですから、どれもお安くなってるんですよ」
霊夢はえぇっと驚いてしまった。今、この店の商品は安売りされているらしい。という事はあの髪飾りも今は千百円だけど、本来はもっと高い値段という事になる。多分二千円以上はしそうだ。
「……待てよ?」
霊夢はふと思い付いた。今が安売り中ならば、普通高くて手を伸ばせないような値段のものも比較的安く買う事が出来るという事だ。そう考えれば、あの髪飾りの値段だってお得だと思える。今ならば、高いものも安価で買えるかもしれない。そしてその中には自分が好むものも、懐夢が好みそうなものもあるはずだ。
考えを纏めるなり、霊夢は目を輝かせて店員に言った。
「買うものありそうです! ちょっと行ってきます!」
*
霊夢と早苗は装飾品屋から出て、街の中を歩いていた。
霊夢はあの後、装飾品を三つほど買った。一つはいたって普通な紅い鉄の髪留め。早苗曰く外の世界で言うヘアピンだ。
もう一つは、懐夢用に買った青い髪留めだ。懐夢は比較的長い髪の毛でいる事を好んでいたから、これを付けてやったら喜ぶだろう。
そして最後の一つ。それは、先程手に取った黒い蛇の装飾品だ。霊夢は髪留めを二つ選んだ後、最初に手に取った蛇の飾りが引っ掛かっていて、結局買う事にしたのだ。その値段は意外にも早苗の買った白い狼の髪飾りと同じ千百円だったため、比較的手頃に買う事が出来た。……本来の値段が二千八百円だと店員から聞いた時は背筋が凍るような気がしたが。
一方早苗はというと、自分の元へ戻ってきた時には買ったものが四つに増えていて、満足そうな表情を浮かべていた。
買ったものの一つは早苗が気に入ったと言って買った白い狼の髪飾り。これは自分の頭の右の方に付けるためらしい。
二つ目は橙色の紅葉の形をした天志廼製の髪飾り。これは神奈子へのお土産だそうだ。
三つ目は早苗の付けている物とはまた違う形をした、天志廼製翡翠色の蛙の髪飾り。これは諏訪子へのお土産らしい。
そして最後の一つは白い翼の形を模した天志廼製の髪飾り。これは誰のためだと尋ねたところ、紗琉雫という聞いた事のない名前が出てきた。
紗琉雫というのは近頃守矢神社にやってきた男神で神奈子と諏訪子と古い付き合いらしい。しかもその神は今後の異変の際、早苗達に協力するつもりでいるらしく、あの黒虎のような異形が現れるのを待っているそうだ。しかも場合によっては自分とも会う機会があるかもしれないらしい。
「紗琉雫……ねぇ」
街中を歩きながら霊夢が呟くと、早苗は頷いた。
「えぇ。ご本人曰く力には自信があるそうです。異変の時には頼れる存在になるかもしれませんよ」
「へぇ~っ。でもそれは自称でしょ? それじゃあわかんないわよ。寧ろ逆に足を引っ張る存在になったりしてね」
「いいえ、それはないと思います。あの人の近くにいたところ、力のオーラと言いますか、そういうものを感じましたし」
霊夢は目を細くした。
「本当に?」
「えぇ。何なら今度紗琉雫様に会ってみてくださいよ。きっと納得すると思います」
霊夢はそのうちねと言って早苗から目を逸らして自分の隣の方を見た。
その時、目にまた気になるものが映り、霊夢は足を止めた。
目に止まったのは大きな店だった。しかし、のぼりなどは立っておらず、椅子や机が並んでいるわけでもないので何の店なのか一瞬わからなかったが、懐夢のように鼻を利かせてみたところ、店の中からお菓子のような甘い匂いと茶と珈琲のような匂いがして来たため、この店が喫茶店である事を霊夢はすぐに理解した。
「喫茶店かぁ」
霊夢が呟くと、早苗は「あぁ!」と言って傍に寄ってきた。
「ここって確か、広告に書いてあった喫茶店ではありませんか!?」
霊夢は早苗の方へ視線を向けた。
「え、そうなの?」
早苗によると、街の情報部の者達から無料配布される広告にこの喫茶店がお菓子の美味しいお店として紹介されていたそうだ。
この店のお菓子はどれも美味しいそうなのだが、近頃出たばかりのクリーム餡蜜というのが一際美味しいという。
それを聞くなり、霊夢は心を躍らせた。甘い物が食べたい気分だったから、そのクリーム餡蜜というのは丁度よさそうだ。
「へぇ、それはよさそうね。入ってみましょうか」
霊夢は早苗を連れて、そそくさと店の中へ入り込んだ。
流石広告に書かれるだけの店なのか、店の中は家族連れや友人同士、恋人同士と思われる客達で賑わっていた。
あまりの人の数に霊夢は一瞬驚いてしまったが、まぁ当然だなと思い、店員に空いている席に案内を尋ねた。店員は店の壁際の席が空いていると教えてくれて、霊夢と早苗は賑わいの中を進み、店員から教えてもらった席に座り込んだ。
席に座るなり、霊夢は辺りを見回した。店の中は先程の装飾品屋のように御洒落に飾られており、とても煌びやかだった。
「へぇ、お洒落な店ね。これだけ人が入るのもわかる気がするわ」
霊夢は早苗に言ったつもりだったが、早苗はメニュー表を見るのに夢中で全く話を聞いていなかったため、独り言になってしまった。
その時、目を輝かせてメニュー表を眺めていた早苗が口を開いた。
「すごい、どれも美味しそう! でもやっぱりここまで来たんだから広告に載ってるクリーム餡蜜かな?」
早苗はメニューから霊夢の顔へと目線を変えた。
「霊夢さんはどうします? 私はクリーム餡蜜にしますけれど!」
霊夢は早苗の目を見つめた後、口を動かした。
「私も同じのでいい。クリーム餡蜜二つ頼んで頂戴」
早苗は「了解しました!」と元気よく言うと、同じように元気のいい声で店員を呼んだ。
やがて若い男性の店員がメモ帳を持ってやってくると、早苗はクリーム餡蜜を二つ注文した。店員は頷いてメニューを承諾すると、厨房の方へそそくさと駆けて行った。店員が去って行った後、早苗は身体を伸ばして呟いた。
「はぁー、楽しみだなぁ! 広告に乗るって事は、それくらいに美味しいって事だもんね」
早苗は霊夢に再び目を向けた。
「ねぇ霊夢さん! 霊夢さんもそう思うでしょう?」
霊夢は早苗をじっと見たまま答えなかった。そして、気付いた。
やはり、今日の早苗は不自然だ。なんだか、いつもより元気がよすぎる。
そもそも早苗に違和感を感じていたのは神社に早苗が来た時からだ。早苗はいきなり来たと思ったら自分と懐夢を誘い、懐夢がいないとわかると自分と二人で行こうと言い出し、自分の手を引いて街までやってきた。そしてほぼ、外の世界で言う『ハイテンション』なまま今ここに至っている。こんな事、普段の早苗ではやりそうにない事だ。早苗は機嫌が良かったりいい事があってもおしとやかなままで変に元気になったりしない子だし、何より早苗のその元気がどこかわざとらしい気がする。まるで、明るくて元気な女の子を演じているかのようだ。そういう事をするという事は、何かあったという事だ。
それに、本人は気付いていないようだが、早苗は一度ぼろを出している。それはあの装飾品屋で白い狼の髪飾りを手に取った時の事だ。
あの時早苗は、白い狼の髪飾りを見つめて、『あの顔』をしていた。そう、大事な人に会いたいけれど会えなくて、寂しくて仕方がない時に浮かべる表情だ。自分と懐夢によく見せてきた『あの顔』を、あの時の早苗はしていた。
早苗があの顔をする時は、決まって神獣に会えない日が続いた時だ。早苗が神獣と再会する前までは、神獣の話をする度にほとんどの確率であの顔をしていたが、早苗と神獣はルーミアが暴妖魔素妖怪となった時の戦いで再会したので、もうあの顔をする事はないと霊夢は思っていた。しかし、あの時早苗が『あの顔』をしたという事は、自分の憶測通り、早苗と神獣はあれから会っていないという事を意味する。
神獣は早苗に会うためにちょくちょく守矢神社に行くと言っていたらしいのに、神獣は来ていない。いつまでたっても神獣は来ない。
(早苗は……)
きっと寂しさを抱いているに違いない。そしてその寂しさを隠したり紛らわしたりするためにこうして自分を誘って街をぶらつき、明るい女の子のように振る舞っているのだろう。今回だって懐夢がいたところで……。
「霊夢さん? 何をぼーっとしてるんですか?」
早苗の声を聞いて、霊夢は我に返った。
早苗は相変わらずの笑顔で、もう一度声をかけてきた。
「ほら、もうすぐデザートが来ますよ!」
その時、霊夢は思った。やはり、早苗は空元気をしている。
言わなきゃ駄目だ。こんな空元気を早苗に続けさせるわけにはいかない。
「ねぇ早苗」
霊夢が言いかけたその時だった。
「あっれぇ。霊夢と早苗じゃんか!」
店の入り口の方から聞こえてきた威勢のいい声に二人は驚き、思わず入口の方を見た。
店の入り口には黒と白を基調とした服に身を包み、大きな黒い帽子をかぶった金髪の少女が顔に笑みを浮かべ、こちらに身体を向けて手を振っていた。
その少女の姿を目の中に入れるなり、二人はほぼ同時にその少女の名を口にした。
「ま、魔理沙!」
「魔理沙さん!」
魔理沙は「おす」と一言言うと、霊夢と早苗のいる席まで近付いてきて、霊夢に隣いいかと尋ねた。
霊夢がいいよと答えるなり、魔理沙は空いている霊夢の隣の席に腰を掛けた。
そのすぐ後に、早苗が魔理沙に声をかけた。
「魔理沙さん、どうしてここに?」
魔理沙は早苗に目を向けた。
「私は暇で街をぶらぶらと歩いていただけだよ。八俣遠呂智の異変が終わったらやる事なくなっちまったからな。
そういうお二人さんは?」
早苗は魔理沙に買い物の事を話した。
魔理沙はそれを聞くなり、「えぇー!」と驚きの声を上げた。
「二人で楽しく買い物!? なんだよ、私を誘ってくれてもよかったじゃんかよ!」
霊夢は呆れたかのような表情を浮かべた。
「あんたの所在地なんてわからなかったし、あんたが暇してたって事もわからないのに?」
魔理沙はぶーと言って軽く頬を膨らませた。
直後、早苗がもう一度魔理沙に言った。
「でも魔理沙さん。霊夢さんったら困った事に、買い物をしてる間もずっと寂しそうな顔をしていたんですよ」
霊夢はきょとんとした。
「え?」
魔理沙もまたきょとんとした。
「マジか?」
早苗は頷いた。
「はい。どうやらご本人には自覚がないようなのですが」
霊夢は驚いてしまった。寂しそうにしているのは早苗の方だと思っていた。
しかし、どうやら自分もまた、早苗と同じように寂しそうな表情を浮かべていたようだ。それも、無意識なうちに高頻度で。
でも、そうは言うけれど早苗だって寂しそうな表情をしたり、空元気したりしていたではないか。
霊夢は思うなり、早苗に言おうとした。
「でも、早苗あんただって」
言いかけたその時、魔理沙が割って入るように言った。
「え? 何でだよ。霊夢には懐夢がいるだろ? 寂しくないはずだろ?」
魔理沙が霊夢へ視線を向けると、早苗が魔理沙に懐夢の事を話した。
それを聞くなり、魔理沙は驚いたような表情を浮かべた。
「はぁ? 懐夢は修行に出て神社にいない? あいつ、そんな生意気な事を?」
早苗は頷いた。
「えぇ。ですから、霊夢さんはまた懐夢さんのいない一人暮らしに戻ってしまっているんです」
魔理沙は霊夢へ顔を向けた。
「本当なのか霊夢?」
霊夢は前を向いたまま静かに頷いた。
「えぇ。懐夢なら強くなるためにって言って、紫と一緒に私の知らない場所に修行に出かけたわ。もう一月くらい会ってないし、連絡もないわ」
魔理沙は少し悲しそうな表情を浮かべた。
「せっかく一緒になれたのに、また離れ離れになったのかよ」
「そうよ。でもこれはあの子が決めた事だから、私は何もいない。そもそも連絡すらも取れないしね」
魔理沙は霊夢の目が見れるように身体を動かした。
「なんだよそれ。お前、そんな事言って、寂しくないのかよ」
霊夢は顔を上げた。
「……魔理沙、一個わかった事あるわ」
「え?」
霊夢はまた俯いた。
「一人暮らしを長年した後に二人暮らしをして、また一人暮らしに戻るとかなり堪える」
「ようするにそれ、今寂しいってわけだろ?」
霊夢は答えようとしなかった。
その時、早苗が口を開いた。
「ねぇ霊夢さん、勘の鋭い貴方の事だから、気付いているんでしょう」
改まる早苗に霊夢は静かに口を動かした。
「何に」
「この買い物の間、私が空元気をしてた事に」
霊夢は目を見開いて、早苗と顔を合わせた。
早苗は続けた。
「実は私、あれから神獣様と一回もお会いしていません。……すごく、寂しいです。
だから、その寂しさを紛らわせようと思って、今回霊夢さんをお誘いして、買い物に来たんです」
霊夢は驚いた。ここまで推測通りだとは思っても見なかった。
早苗は更に続けた。
「でも、霊夢さんはそれ以上に寂しそうにしていました。懐夢くんがいない事に悲しんでいるように見えました。
だから霊夢さんに元気になってもらおうと思って、あぁいうふうにしたんです」
霊夢は吃驚してしまった。早苗が空元気をしているのは自分の寂しさを紛らわすためだと思っていた。
しかし、まさか無意識のうちに寂しそうにしている自分のためだとは思っても見なかった。
「あんた……それ本当?」
早苗は頷いた後、俯いた。しかしすぐにまた顔を上げて霊夢と目を合わせた。
「あの、霊夢さん。そう一人で抱え込もうとしないでください。貴方は決して一人なんかじゃないんですよ。
貴方の周りには沢山の人がいます。だから……」
早苗が言いかけると、魔理沙が霊夢に肩にぽんと手を置いた。
「そうだよ霊夢。お前には私達がいるんだ。もっと頼ってくれたっていいんだぜ」
霊夢は吃驚して魔理沙と顔を合わせた。
「な、何よそれ」
魔理沙はふふんと笑って霊夢から目を離した。
「お前は一人じゃないって言いたいだけさ。
それに懐夢の事だ。お前に立派になった姿を見せたくて連絡を取らなくなったんだろうし、あいつは絶対に霊夢のところに帰る」
魔理沙は霊夢と目を合わせた。
「だから待ってればその内帰ってくるよ。そうしたら、目一杯甘えさせてやるといいよ。同時にお前も懐夢に甘えりゃいい。そして、懐夢が帰ってくるその時までは、私達に頼るといいさ。いくらでも相手になってやるからさ」
魔理沙がにっと笑うと、早苗もまたにっこりと笑んだ。その二人の笑顔を見て、霊夢は身体の中が熱くなるくらいに嬉しくなった。初めて調査と探究、戦闘以外で、懐夢以外の頼れる存在を見つけたと思った。
それがわかった途端、霊夢の顔に自然と微笑みが浮かび上がり、口が動いた。
「ありがとう、二人とも」
霊夢が笑うと早苗と魔理沙もまたにっこりと笑った。
かと思いきや、魔理沙は苦笑いした。
「というか霊夢、お前すっかり懐夢がいないとダメな寂しがり女の子になったな。可愛くなりやがって」
霊夢は頬を紅くして、魔理沙に顔を向けた。
「ちょ、何よそれ!」
魔理沙はぐふふと笑って霊夢に答えを返そうとはしなかった。
その直後、霊夢達の席へ不思議な形をした椀が二つ載ったお盆を持った店員が歩み寄ってきた。
「失礼いたします。ご注文のクリーム餡蜜二つです」
三人の視線が一斉に集まる中、店員は静かに早苗と霊夢の前に器とスプーンを置いた。
器の中にはサイコロ状に切られた透明な寒天、蜜豆、求肥、小豆餡、白玉が所狭しと言わんばかりに敷き詰められていて、その上にたっぷりと生クリームが乗り、更にその上から黒蜜がかけられている。それはまさに、先程のメニュー表に書かれていたクリーム餡蜜にそのものだった。
クリーム餡蜜の姿を見るなり、霊夢と早苗は目を輝かせて、魔理沙は驚きの声を上げた。
「うわ、すごい!」
「なにこれ、美味しそう!!」
「え、え、なにそれ!? 何そのすごく美味そうなの!?」
早苗は魔理沙にクリーム餡蜜について説明した。
それを聞くなり、魔理沙はまた声を上げた。
「私が来る前に頼んでた広告にも載ってるデザートだって?
それは食べないわけにはいかないな!」
魔理沙は店員に声をかけた。
「おい兄さん、私にも同じものを頼む! あ、大盛りで!」
餡蜜を運んできた店員は苦笑いした。
「申し訳ございませんが、大盛りというのはございません」
「えぇっ。じゃあ並盛でいいや」
店員はかしこまりましたと一礼して、厨房へ駆けて行った。
霊夢はもう、独りじゃない。




