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東方幻双夢  作者: クシャルト
黒花編 第漆章 震天
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第七十一話

 藍と橙が霊夢の補佐となった翌日。

 霊夢は街に来ていた。買い物やぶらつく為に来たのではない。寺子屋の教師、上白沢慧音に呼び出されたからだ。

 慧音が来たのは昨日、自分と藍と橙とで夕飯の支度をしていた時だった。玄関から戸を叩く音が聞こえてきて、こんな時間に誰が来たのだと思って玄関に向かい、戸を開けてみたところ、そこに慧音はいた。それもかなり深刻そうな表情を浮かべて。

 霊夢はその時、慧音と長々と話をさせられるのではないかと思ったが、慧音は口を開くなり、明日の午前中は授業がないから、午前十時になったら寺子屋に来てくれと一言言って去って行ってしまった。

 霊夢はその時きょとんとしてしまったが、慧音の事だから何かあるに違いないと思い、翌日に寺子屋へ行くと藍と橙に伝えた。そして今日、藍と橙に留守番を頼んで、こうして街へ来た。

 街は午前十時でも十分に賑やかだった。あちこちの店の前で客寄せが行われていて、人々があちこち行き交っている。客寄せの声と人々の声、店から聞こえてくる様々な音が混ざり合って少し煩いくらいだが、霊夢はこれこそがこの街の姿だと思って、構わず歩いた。

 その最中、霊夢はいつも茶菓子を買う茶屋の前で立ち止まった。茶屋の前にのぼりが立てられていて、大きな赤文字で「団子安売り中」と書いてあった。


(団子……)


 中にある商品棚に並べられている団子を見て、初めて懐夢と街に出て買い物をした時の事を霊夢は不意に思い出した。あの時、神社を出た時からずっと付いてきていた懐夢が立ち止まって、団子を物欲しそうな目で見ていたものだから仕方ないと思って、自分は団子を買った。……その時だ。懐夢の好物が団子であると理解したのは。


(紫は……)


 懐夢に修行を付けている紫は、懐夢に団子を与えているのだろうか。もし与えていないのであれば、懐夢は団子が食べれなくて困っているに違いない。帰ったら式である藍に、紫に懐夢に団子を食べさせるようにと連絡するよう言わなければ。

 そして、懐夢が帰ってきたらまたここで団子を買って、神社に帰って一緒に食べよう。


(帰ってきたら、買ってあげなきゃ)


 霊夢はそう心の中で呟いて、一瞬顔に微笑みを浮かべ、止まっていた歩みを再開して寺子屋を目指した。

 賑わう街中をしばらく歩いていると、慧音が教師をやっている寺子屋の前に辿り着いた。普段ならば中から子供達の声が聞こえてきたり、沢学音が聞こえてきたりするのだが、今日は全くそんな事はなかった。


「今日はどんな話になるのかしら……」


 霊夢は戸を開けて、寺子屋の中に入り込んだ。誰もいない廊下を歩き、慧音がいると思われる教務室の前に辿り着くと、入口の戸を軽く叩いた。


「慧音ー? 来たわよー」


 霊夢の声が森閑とした寺子屋の中に響いた直後、教務室の中から慧音の答えが返ってきた。


「入ってくれ」


 霊夢はゆっくりと戸を開けた。入った瞬間、うっすらと古紙の臭いが鼻を突いたが、霊夢は大して気にしなかった。何故ならば、入ってすぐのところにある座敷に慧音がこちらに身体を向けて正座をしていたからだ。その様子は、如何にもこちらがやってくるのを堂々と待っていたように見えた。しかし、顔はこちらに向いておらず、下を向いている。


「慧音?」


 慧音は顔を上げて霊夢と目を合わせた。


「ちゃんと来てくれたな。座ってくれ」


 霊夢は頷くと、靴を脱いで座敷に上がり、慧音の目の前に正座した。

 そのまま二人は黙り込んだが、その内の霊夢が口を開いた。


「それで、要件って何よ。何の話があって私を呼んだのかしら」


 慧音は表情を少し穏やかなものにした。


「お前のところにいる懐夢についてだよ。懐夢は今どうしているんだっけか?」


「え?」


「ほら、お前の話だと八雲紫のところで修行をしているんだろう懐夢は。

 この事は他の学童達には話していないから、他の学童達が心配し始めて。とくに、一週間に一日は一緒に遊べると聞いていたチルノ達が、懐夢と遊べない事に混乱し始めてだな」


 霊夢は「あぁ」と言ってから、少し顔を顰めた。


「懐夢なら、元気に修行に取り組んでるって話よ」


 慧音は首を傾げた。


「話?」


 霊夢は頷いた。


(あいつ)、当初とは違う形で修行を進め始めてさ」


「なに?」


 霊夢は慧音に懐夢の今の状態を話した。

 慧音は眉を寄せた。


「博麗神社に、帰ってこなくなっただと?」


 霊夢は頷いた。


「それだけじゃないわ。情報がほとんど回ってこないのよ。紫に尋ねても藍が答えを返してきて……ただ、順調に修行に打ち込んでるって」


 霊夢は顎に手を添えた。


「あ、いや順調どころか紫が吃驚するほど高速で進んでるとか」


 慧音はもう一度首を傾げた。


「どういう事だ?」


 霊夢は懐夢の知識欲の事を慧音に話した。

 慧音は納得したように笑みを浮かべた。


「なるほど、あの知識欲が紫との修行に行かされているという事か。確かにあいつは飲み込みが速いからな」


 霊夢もまた笑みを浮かべる。


「そうそう。だから紫も吃驚してるみたい」


「そうかそうか。それはそうとして、どうして紫本人が応じないんだ? そういうのは紫自身が言うべき事なのではないのか?」


「わからない。ただ、修行に打ち込んでるっていうのを藍に答えさせてるみたい」


 霊夢は腕組みをして、目を窓の方へ向けた。


「まぁその藍も紫からの命令で博麗神社(うち)に来てるんだけどね」


 慧音は驚いたような表情を浮かべる。


「なんだと? お前のところに紫の式が来てる?」


「えぇ。なんでも、次の異変の際、私の補佐になるためだとか」


 慧音は「え?」と言った。


「異変だと? また何か異変が起きようとしているのか?」


 霊夢は頷いた。


「紫の話によると、そういう事らしいわ。というか、もう異変は起きているわ。

 ある人の手によってね」


 慧音は目を見開いた。


「なんだと? もう異変は始まっているだと?」


 霊夢は表情を引き締めて、慧音に黒服の霊夢の事を話した。

 それを聞くなり、慧音は酷く驚いたような表情を浮かべた。


「お前に似た姿をした何かが現れた……だと?」


 霊夢は頷いた。


「えぇ。黒い服を着て、紅い目をした奴よ。声色も喋り方も私とは明らかに違うから、一発でわかるけどね。そしてそれが、今起ころうとしてる……ううん、もう起きてる異変の元凶よ」


 慧音は腕組みをして、顎に手を添える。


「そしてそいつの狙いは、今ある幻想郷を崩壊させて「新たな秩序の世界」を作り上げる事……か」


 慧音は怒りの表情を浮かべ、ぎりっと歯ぎしりをした。


「まるで、八俣遠呂智みたいではないか」


「えぇ。でも危険性はもしかしたら八俣遠呂智よりも上かもしれないわ。それに……」


 霊夢がいったん言葉を止めると、慧音は目線を霊夢へ戻した。


「それに?」


 霊夢は口を開いた。


「そいつは、あの黒い異形と関係性を持つわ。倒したら男の子を吐き出した、あれと」


「本当なのか?」


 霊夢は腕を動かし、掌を広げた。


「私の憶測でしかないけれど、あいつがあの子をあんな姿にしたんだと思う。

 あの子が異形になってた時、身体に黒い花の模様があったの。そして私に似た何かは、頻りに黒い花という言葉を口にしたわ」


 慧音が拳を握る。


「子供を異形にしたというのか!?」


「あくまで推測なんだけど……いいえ、『推測』じゃなくて『事実』だと思う」


 霊夢は慧音に尋ねた。


「ねぇ慧音。あの子にはそういうのとかなかった? なんか、悪用されそうな部分っていうか」


 慧音は下を向いたまま答えた。


「以前話した通りだ。自分達を苛めて怪我をさせた子供達に強い復讐心を抱いていた」


 直後、慧音はハッと何かに気付いたような表情を浮かべて、霊夢と顔を合わせた。


「まさか、そいつはその復讐心を増大させてあいつを妖怪化させたのではないのか?」


 言われて、霊夢は考える姿勢をした。

 確かに、慧音の言う事は(あなが)ち当たっているかもしれない。

 人が持つ感情には『正』と『負』の二つの属性があると師匠に教わった事がある。『正』は喜びや笑い、楽しさといった明るい感情を指し、反対に『負』は怒りや悲しみ、復讐心や怨念などといった暗い感情を指す。この二つには聖気と邪気が宿っていて、人の強さとなると遥か昔から言われており、『正』には聖気が、『負』には邪気が宿り、力になるとされているが、問題はそれではない。問題は……その強さだ。

 『正』と『負』。これが力になった時、邪気を宿す『負』の方が強い力となると言われているのだ。実際、怒りや悲しみに任せて力を振るうと、正の何百倍もの威力を出す事が出来ると教わった。更に、大事な人を傷つけられて殺されたり、大事なものを壊されたりした人が犯人に復讐したり、はたまた殺害しようとした時にその身にとても強い力を宿しているのはそのためだとも教わっている。

 あの時の少年は、強い復讐心という『負の感情』を持っていた。その正の何百倍もの強さを持つ『負の感情』を黒服の霊夢(あれ)が何らかの方法で更に強力な邪気と力に変え、少年の身体を蝕ませてあの異形へ変化させたと考えれば、辻褄が合う。

 それに、黒服の霊夢はどんな力を持ち合わせているのかを見せる前に姿を消したから、どのような力を持っているのかは不明なままだ。だから『人の持つ『負の感情』を増大させて邪気と力に変え、人を蝕ませて別な姿へ変えさせる力を、黒服の霊夢は持っている』とあっても何ら不思議ではない。

 霊夢は考えを纏めると、慧音に話した。


「その可能性は高そうね。私はあいつと一戦交えたけど、どんな力を持っているのかまでは洗い出せなかった。だから、そんな力を持っていたとしても何ら不思議ではないわ」


 慧音は顔に恐怖の表情を浮かべて俯いた。


「だとすると何という事だ……そいつは、この幻想郷に暮らす全ての生物を異形化させる事が出来るというのか……!?」


 霊夢は首を横に振った。


「落ち着いて頂戴、慧音。まだそうと決まったわけじゃないし、あの子があぁなった理由だって私の机上の空論でしかないわ。だから、そんなに慌てる必要はないと思う」


 霊夢は目つきを鋭くした。


「でも、あいつの目的は幻想郷の破壊。だから、絶対に止めなきゃいけないし、警戒を怠ってはならないわ。それに、あいつの事については入念に探求する必要があると思うわ。正直、わからない事が多すぎる」


 慧音は不安そうな表情を浮かべる。


「探求って……どうやって?」


黒服の霊夢(あれ)は、またあの異形みたいなのがまた現れると言っていたわ。もし黒服の霊夢(あれ)とあの異形に関係があるなら、黒服の霊夢(あれ)はその時に姿を現すはず。その時に、情報を吐き出させるわ」


「ま、待て霊夢」


 霊夢は首を傾げた。

 慧音は表情を変えぬまま霊夢に尋ねた。


「お前、そいつに負けたんだろう? また挑んだら、返り討ちにされるのではないのか?」


 霊夢は頷いた。


「えぇ負けたわ。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。あいつは絶対に放っておけないと思うから。幻想郷の未来がかかってるのよ」


 霊夢は続けた。


「とにかく慧音。あいつはどんな力を持っていて、何を仕出かすかわからないから、入念に警戒して。あと、出来る限りでいいから、あの子が異形化した理由とか、過去にそういう事がなかったとか、調べて頂戴。この異変、一刻も終わらせないと」


 慧音はきょとんとして、頷いた。


「わ、わかったよ。街の者達に呼びかけておく。だが……」


「え?」


「お前、随分と乗り気だな。今回前よりも積極的にこの異変に立ち向かおうとしている気がするぞ」


 霊夢は頷いた。


「当然よ。だって……」


「だって?」


「幻想郷は皆が暮らす世界だし、何より懐夢がいる世界よ。懐夢と一緒に生きていく世界を、壊させたくない」


 慧音はまたきょとんとしたが、すぐ微笑みを顔に浮かべた。


「なるほど、懐夢の生きる世界を守るためか……もうすっかり『姉さん』だな霊夢」


 霊夢は「え?」と言った。

 慧音は笑みを浮かべた。


「わかったよ。私も幻想郷の民の一人として、皆が暮らす世界とたった一人の家族を守ろうとするお前に手を貸そう。そう言いたかっただけだ」


 霊夢はよくわからないまま礼を言った。


「あ、ありがとう。あんたの力、借りるわ」


 その直後、慧音は何かを思い出したかのように霊夢へ再度声をかけた。


「あ、そうだ霊夢」


「なによ」


「やはり、懐夢とはしばらく会えないのか?」


 霊夢は頷いた。


「えぇ。紫の話によるとしばらくは無理みたい。彼自らがそれを選んだみたいだから。……そんなのやめてほしかったのに」


 慧音は困ったような表情を浮かべた。


「そうか……さてどうしたものかなぁ」


 霊夢は首を傾げた。


「懐夢がいない間に何かあったの?」


 慧音は髪の毛をくしゃっと掻いた。


「いや……懐夢があまりに来ないものだから、午後の部の学童達が懐夢を心配し初めてな。特に……」


 霊夢は一瞬考えた。寺子屋の午後の部の学童達と言えば、チルノ達だ。

 その中で懐夢を最も心配しそうな者と言えば、リーダー格であるチルノだろうか。


「チルノ?」


 慧音は首を横に振った。


「私も最初驚いたのだが……懐夢を最も心配していたのは、リグルだ」


 霊夢は驚いた。まさか、慧音の口から出てくる名前が、チルノではなくリグルだとは思っても見なかった。


「リグル?」


 慧音は頷いた。

 何でも、リグルは懐夢が寺子屋に来なくなってから、妙にそわそわしたり、懐夢はいないのかとか、懐夢は来ていないのかとか、懐夢は病気になってしまったのかとか、結構な頻度で慧音に尋ねたりするようになっているらしい。そのくせ、何故そんなに懐夢を心配するのだと尋ねてみると、全く答えを返さなくなるらしい。


「そんな事になってたのあの子?」


「あぁ」


 しかし、ここで霊夢はおかしいなと思った。

 懐夢が心配ならば、懐夢の住居である博麗神社に来て安否を確かめればいい。だけど、リグルは懐夢が修行の場から帰ってこなくなったり時から、一度も博麗神社に来てはいない。


「懐夢が心配? なら博麗神社に来て確かめればいいのに……」


 慧音は両掌を広げた。


「それも出来ないらしい。でも、リグルはかなり懐夢の事を心配しているから、懐夢が強くなろうして、博麗神社ではない別な場所で修行に明け暮れているという真実を教えるべきかもしれない」


 霊夢はもう一度腕組みをする。


「でもリグルは博麗神社(うち)に来れないんでしょう? それじゃあ教えようがないわ。

 あんたが教えるべきなんじゃないの?」


 霊夢は呆れたような表情を浮かべた。


「というか、なんで心配な相手に会えないのよ。博麗神社(うち)に来て確かめれば一発解決じゃないのよ。慧音、何でかわかる?」


 直後、慧音は霊夢と同じように呆れた表情を浮かべて溜息を吐いた。


「……霊夢、お前は近頃、表情が豊かになって、穏やかになって物わかりが少し良くなったと思ってたよ。でもこういうのは全くわからんのだなお前は」


 霊夢は首を傾げる。


「何が」


「ほら、わからないのか?」


「だから何が」


「わからないか?」


「何が!?」


 慧音は本当に呆れたような表情を浮かべた。


「霊夢、今一度確認しろ。懐夢の性別は?」


「は?」


「だから、懐夢の性別はなんだって聞いてるんだ」


 霊夢は考えてすぐ答えを出した。沢山の女の子、女性の中に紛れているから一見わかりにくいが、懐夢は男の子だ。


「懐夢は男の子よ。大人になれば男性。更にいえば半妖の男の子。それがどうかしたの?」


「そうだ。じゃあリグルの性別はなんだ?」


「女の子よね。妖怪の女の子。……懐夢と何歳違いだっけ?」


「三個違いだ。懐夢とリグルには三歳の差があるが……ここで何かわからないか?」


 霊夢は「え?」と言った。

 慧音は続けた。


「リグルの年齢は人間に換算すると十三歳だ。十三歳は異性への興味が非常に増幅する多感な時期だ。

 ここまでくれば、わかるはずだ」


 霊夢は考える姿勢をして、思考を巡らせた。

 懐夢は男の子、リグルは女の子。そしてリグルは今多感な時期の真っ最中であると慧音は言っている。更にリグルは、あのメンバーの中でも最も懐夢の事を心配している。なのに、懐夢の事を確かめるために、博麗神社(うち)に来る事は出来ないし、どうしてそこまで懐夢を心配しているのかと尋ねられても答える事が出来ない。一体、リグルに何があったのだろうか……。

 そう思ったその時、霊夢の中にようやく一筋の光が走った。懐夢は男の子、リグルは女の子。男の子と女の子の関係と言えば……!


「まさか……リグル……」


 霊夢は顔を上げて、慧音と目を合わせた。


「懐夢を……好きになったってやつ……?」


 慧音はゆっくりと頷いた。


「あぁ、間違いない」


 霊夢は目を見開いた。リグルは懐夢が好きという言葉を聞いた途端、胸の中に冷たい風が吹いたような気がした。

 何より、リグルが懐夢に恋心を抱いたというのが信じられなかった。


「嘘ぉ……だって、懐夢はまだ十歳になったばかりよ? それにまだあの子はそういうのを知らないわ。それにあの子には惚れた腫れたは早いと思うわ。実際リグルの事を気にかけている様子もなかったし……」


 慧音は溜息を吐いた。


「そうだろうと思ったよ。懐夢はまだそういうのを知らないんだ。だが、リグルはもうそれを知っていて、そうなってしまっている。よく言う片思いってやつになってしまってるんだ」


「どうすんのよこの構図……」


 慧音は腕組みをして、軽く唸ってから窓の外へ目を向けた。


「懐夢とリグルに勉学を教える教師としては、二人には両思いになってもらって、付き合ってほしいところだよ」


 慧音は霊夢へ目線を戻した。


「でも、見たところ懐夢はお前に付きっきりだ。多分『霊夢一直線』状態にでもなってるに違いない。

 今回の修行だって、お前を守りたいがために強くなろうとして選んだ事なのだろう?」


 霊夢は頷いた。


「そうよ。私と一緒に戦って、私に怪我をさせたくないからっていう理由で、あの子は修行を選んだわ。個人的には嬉しい限りだけど、あの子は私一直線な状態よ。……リグルにとっては最悪の状態ね」


 霊夢もまた窓の外へ視線を向けた。


「まぁあの子は、私一直線っていっても私には『家族的な好意』を抱いているみたいだから、私に恋心を抱いているわけじゃないとは思うけれど……」


 霊夢は下を向いて、拳を握りしめた。


「でも、リグルに好きって言われたら、懐夢はどうなるんだろう……全く想像が付かない……」


 慧音は小さく霊夢の名を呼んだあと、霊夢へもう一度声をかけた。


「なぁ霊夢、お前はどうしたい? というか、どう思っているんだ?」


 慧音に言われて、霊夢はきょとんとした。


「私?」


「あぁ。リグルはきっと懐夢が好きだ。懐夢に恋心というものを抱いているんだ。懐夢と養子関係で、懐夢の義姉弟(かぞく)としてはどう思っているんだ?」


 霊夢は考えた。正直なところ、懐夢にはまだそういうのは早い気がする。だからリグルはその思いを懐夢がそういうのを知るまで保留するか、懐夢の事はすっぱりと諦めるかのどちらかにしてもらいたところだ。だがそうしてしまうとリグルはその間苦しむ事になってしまいそうだし、諦めてしまえと言うのは酷だ。

 だけど、もし懐夢がリグルを好きになってしまったら、リグルの事ばかり考えるようになって、最終的にはリグルに付きっきりになってしまうかもしれない。そうなったら、きっと懐夢は自分の事など気にもかけなくなるだろう。自分と暮らすよりも、リグルと暮らす方が楽しいと思い始めて、博麗神社を出て行ってしまうかもしれない。二人での生活がようやくまた始められると思ったのに、自分はまた一人暮らしに戻されてしまう……。

 胸の中がひんやりとしてきた。そんなのは嫌だ。また一人暮らしに戻されるなんて、ごめんだ。だけど、リグルには苦しんでほしくないし、懐夢だって……。


「……ごめん……なんか、わからなくなってきた。どうしたら……いいんだろ……」


 慧音は霊夢に近付き、その肩に手を乗せた。


「そう思い詰めなさんな。まだ答えを出す必要はないよ」


 霊夢は首を横に振った。


「でも、答えは出さなきゃいけないじゃないの……どうしよう……」


「今はそんなに思い詰める必要はないんだってば」


 霊夢は小さくありがとうと言った。


「……探求しなきゃいけないのは、黒服の霊夢(あれ)の事だけじゃなさそうね」


「そうだな……調べることは山ほどありそうだ。とにかく、今後については要警戒だな。困ったならまた相談に来い。……彼らもきっと私のところに相談に来るだろうから、それも踏まえてお前と話をするよ」


 霊夢は頷いた。


「わかった。また相談に来るね」


 慧音はにっこりと笑った。


「あぁ。いくらでも頼っておくれ。さてと、話は以上だ。お互い、気を付けて行こう」


 霊夢はもう一度頷いた。しかし、直後慧音が何かを思い出したような声を出した。


「あ、そうだ霊夢」


「何よ?」


「懐夢が帰ってきたら、まず私のところに来るように言ってくれ」


 霊夢は頷いた。


「わかったわ。懐夢が帰ってきたら、慧音のところに行くよう言っておく」


 慧音は頼んだぞと言った。

 その後、霊夢は立ち上がり、慧音に礼を言うと靴を履いて教務室を出て、やがて寺子屋を出て街中を歩き、外れまで来たところで上空へ飛び上がり、博麗神社を目指して飛んだ。



――黒い種の存在に気付きましたか。

 流石は、わたしのかわいい霊夢だわ。だから貴方は秩序にふさわしいのです。

 さてと、黒い種は順調に育っています。はたして誰の種が一番最初に目を出して花となるのでしょうか……。


黒花編第漆章『震天』終了。感想お待ちしております。

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