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東方幻双夢  作者: クシャルト
黒花編 第漆章 震天
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第六十九話

 霊夢は黒服を身に纏った『自分』との戦いを開始した。最初は『自分』がもう一人いる事そのものに心底驚いたのだが、更にそれが自分の思っている事や過去の記憶などを当ててきたものだからもっと驚いた。そして、そのすぐ後にこの黒服を身に纏った『自分』が幻想郷を滅ぼすという目的を持っている事が判明したため、霊夢は交戦体勢を取った。

 戦いは通常通りスペルカードによるものだが、スペルカードルールによる決闘、弾幕ごっこという遊びではない。未確認妖怪、暴妖魔素妖怪、八俣遠呂智といった者達と戦った時と同じ、生きるか殺されるかの戦いだ。そもそも、相手がやろうとしているのは幻想郷を紅い霧で覆うとか、春を来させず、ずっと季節を冬にするだとか、終わらない夜といった異変ではなく、この幻想郷そのものを滅ぼし、『新たな秩序の世界』とかいうのを作り出すというものだ。決して、お遊び感覚でどうにかなるようなものではないし、相手だってお遊び感覚でやってはいない。相手は、この幻想郷を完全に滅ぼすつもりでいるのだ。そんなのに弾幕ごっこなどというものが通じるわけがないし、もしそんな感覚で挑もうものならば瞬く間に殺されてしまう。

 幻想郷を守る存在である自分がそんな事になってはいけないし、それにここでこいつを倒さなければ、幻想郷は滅ぼされてしまう。それだけは何としてでも回避しなければならない。

 ……目の前にいる『自分』を、いや、自分という名の異変を全身全霊を以って対峙しなければならない。

 倒さなければならない。

 場合によっては滅さなければならない。

 殺さなければならない。


「幻想郷を滅ぼそうとしてるんなら、容赦しないわよ!」


 少し殺気立たせて恫喝しても、黒服の霊夢は穏やかな微笑みを顔に浮かべていた。


「あらあら、いつものスペルカードルールによる弾幕ごっこの決闘ではないのかしら。女の子同士の決闘は、スペルカードルールによる弾幕ごっこだったはずだけど」


 霊夢は舌打ちをした。


「そんな気さらさらないくせに! それにお前は幻想郷を滅ぼすんでしょう?」


 黒服の霊夢は「うふふ」と笑った。


「そういう事になりますね。だって『新たな秩序の世界』を作るには今ある幻想郷が邪魔なのですもの」


 霊夢は懐から大量に封魔針を取出し、黒服の霊夢の微笑みが浮かぶ顔に狙いを定めた。


「世界を丸々一つ滅ぼそうと考えてるような奴に、弾幕ごっこで勝負を仕掛ける馬鹿はいないわッ!!」


 霊夢は黒服の霊夢の狙いを定めた直後に、十本ほどの封魔針を素早く投げ付けた。

 封魔針は空気を切り裂いて黒服の霊夢目掛けて一直線に飛び、うち一本が黒服の霊夢の額に突き刺さろうとしたその刹那、黒服の霊夢は空中で身体を翻して飛んできた封魔針を全て回避し、霊夢に視線を向けた。


「あらら、弾幕ごっこではないから本当の殺し合いなのだと思ったのですが、その程度ですか?」


 霊夢はぎりっと歯ぎしりをして黒服の霊夢を睨んだ。

 今の黒服の霊夢の動きは、自分が敵からの攻撃を避ける際に取る動きに非常に酷似していた。

 黒服の霊夢(アレ)は自分と会った時、『もう一人の自分』であると言っていた。最初は姿形が似てるだけ、自分の行動を異常なまでに観察していて、そのおかげで自分の心のうちを悟ったかのように話せるだけで、もう一人の自分というのは嘘に決まってると霊夢は思っていたが、回避時の行動、陰陽玉を武器にしてる点といった自分と酷似している点を見ていたら、本当に何らかの事情によって現れた『自分』なのではないかという気がしてきた。

 だがそんなのはどうでもいい。何故ならば、あれの目的は幻想郷の破滅。本当に『自分』なのだとしても、それ以外の者なのだとしても止めなくてならないという事実は揺るがないし、あれの蛮行と凶行は止めなくてはならない。


「私と同じ動きをして余裕かますんじゃないわよ!」


 霊夢は懐からスペルカードを取り出し、発動させた。


「霊符「夢想封印」!!」


 霊夢が叫んだ直後、両手に光が集まり、腕を振るうと集まった光は七色の光を放ついくつもの光弾となって放たれ、空を裂いて黒服の霊夢の元へ飛んだ。

 黒服の霊夢は接近する光弾の存在を確認するなり、封魔針を回避した時のように身体を翻してようとしたが、光弾は黒服の霊夢が回避行動を寸前で着弾し、炸裂。七色の光の爆発を起こして黒服の霊夢を飲み込んだ。黒服の霊夢が爆発に呑み込まれる様を見て、霊夢は身構え直した。


「出力を倍にして撃ち込んだんだ。無事じゃすまないわよ」


 霊夢はじっと黒服の霊夢を飲み込んだ爆発を見ていたが、やがて爆発が晴れ、中から現れたものを見るなり、驚いた。

 爆発の中から出てきたのは黒服の霊夢だった。その身体を自分が使うスペルカード、『夢符「二重結界」』によって出現するものによく似た球状の結界がすっぽりと覆っていて、身体を見ても傷は見られない。どうやら、あの光弾が当たる瞬間に結界を展開し、防御したようだ。

 そして黒服の霊夢を包む結界が消え去ると、黒服の霊夢は口元に手を当てた。


「危ない、危ない。結界を張っていなかったらどうなっていたかしら」


 霊夢は唾を飲み込んだ。そう一筋縄ではいかないとは思っていたけれど、まさか自分と同じ防御方法で防がれてしまうとは思ってもみなかった。あそこまで行動が似ているとなると、やはりあれは自分なのではないかという気がしてくる。というよりも、他人だとは思えなくなってくる。そう考える度に、霊夢は「そんな事はない、あいつは他人だ」と思い込んでいたが、段々にそれも薄くなってきた。


「どうなってんのよ……防御方法まで私と同じになってるなんて……」


 黒服の霊夢は穏やかに笑った。


「当然ですよ。わたしは貴方、貴方はわたし。同じ者だから繰り出す攻撃や行動はどうしても似てしまうわ」


 黒服の霊夢は笑顔のまま懐から一枚の小さな紙を取り出した。目を細めて黒髪の霊夢の手元に注目し、その形と書かれている内容を見るや否、霊夢は驚いた。黒服の霊夢が懐から取り出した紙は、自分が使っているスペルカードとほぼ同一のものだった。


「それ、スペルカード!?」


 黒服の霊夢はゆっくり頷くと、スペルカードを前へ突き出してその名を口にした。


「霊符「夢想妙珠」」


 黒服の霊夢が囁くように言った直後、黒服の霊夢の両手に赤色と青色の輝きを放つ光が集まった。光は黒服の霊夢の手元で融合して光の珠へ姿を変え、黒服の霊夢は光が珠になったのを確認すると、霊夢へ視線を向けて腕を突き出した。

 光の珠は光弾となって黒服の霊夢の手から離れ、流星の如く霊夢の元へ一直線に飛来。

 霊夢は自分が放つものとほぼ同一の光弾の接近に驚き、先程の黒服の霊夢のように空中で身体を翻して回避しようとしたが、それより先に光弾は着弾する寸前のところへ来た。

 霊夢は光弾の着弾を回避できない事を咄嗟に悟り、瞬時にスペルカードを発動させた。


「夢符「二重結界」!!」


 霊夢の掛け声の直後、霊夢の目の前に二重の結界が展開された。その刹那、黒服の霊夢が放った光弾が結界へ着弾し、炸裂。光の爆発が引き起こされたが、霊夢は結界に守られて爆発による傷を負う事はなかった。しかし光弾とその炸裂によって引き起こされた爆発の威力は相当なものだったらしく、二重の結界は硝子のように砕け散ってしまった。

 霊夢が刹那にも等しき時間で判断を下し、光弾とその爆発を防御した事に黒服の霊夢は軽く驚いて、口に手を当てて微笑んだ。


「あの一瞬で回避から防御に転じるなんて。流石は幻想郷を守る最強の存在、博麗の巫女。

 でも、それは本当の力ではありませんね」


 霊夢は一瞬きょとんとした。


「本当の力、ですって?」


 黒服の霊夢は続けた。


「わたしは知っているのですよ。貴方は今、貴方の意志に反する事をやっている。だから、本当の力を出す事が出来ないのです。もし貴方が本当の力を出していたのであれば、わたしなどとっくに倒せているはず」


 霊夢は怒鳴った。


「出鱈目を言うのもいい加減なさいッ! 私の本当の力? 何よそれ!」


 黒服の霊夢は苦笑いした。


「だから、わたしは出鱈目など言っていません。全て貴方の心の事を言っているのです。貴方に自覚というものがないだけなのですよ」


 霊夢はとうとう自分の怒りが頂点にまで達して、腹の底から震えが来たのを感じた。

 さっきから言わせておけば、やれ自分の心を言ってるだの、出鱈目など言っていないだの言ってきて、自分と同じ姿をして、自分と同じ技を使って、自分と同じ行動すらも取る。他人であるはずなのに、自分と全く同じ事をする者を見るとここまで不快で腹が立つものなのかと、霊夢は思うなり怒鳴って、スペルカードを構えた。


「さっきから言わせておけばぁッ!! 神霊「夢想封印」」


 霊夢がスペルカードの名を叫び、発動させたその次の瞬間、黒服の霊夢は一気に霊夢との距離を詰め、霊夢の目の前まで来ると瞬時にスペルカードを発動させた。


「神技「天覇風神脚」」


 黒服の霊夢のスペルカードは霊夢のスペルカードの発動を上回り、霊夢の腹部に黒服の霊夢の縦回転八連続回し蹴りが炸裂。腹部に重い連続攻撃を受けた霊夢の身体は風に吹かれた布のように今いる空よりも上空へ舞い上げられた。しかしその直後、黒服の霊夢が素早く上昇して霊夢へ接近。連続攻撃を受けた霊夢の腹部に乗った。


「わたしの勝ちですよ、霊夢」


 黒服の霊夢が足でとん、と霊夢の腹部を叩くと、霊夢の身体は超重量の重りを付けられたかのように落下。霊夢は轟音を立てて地面へ衝突した。


「く……は」


 全身を走る鈍い痛みと衝撃、そして腹に走る強い痛みに霊夢は悶えた。と思ったその時、腹と胸の底から強い吐き気が突き上げてきた。


「うぶッ……お゛ええ゛ッ」


 霊夢は何とか吐き気に耐えようとしたが、すぐに耐え切れなくなり、うつ伏せの姿勢になって吐いた。更にその際に吐瀉物が器官の中に入り込んだらしく、霊夢は吐いた後激しく咳き込んだ。

 しばらく咳き込んでいると、吐き気と咳は徐々に治まっていったが息苦しさが残り、霊夢は息を荒げながら黒服の霊夢を探すべく辺りを見回した。――そこで、思わず唖然としてしまった。

 いつの間にか、黒服の霊夢が空から降りてきて自分のすぐ横に立っていた。その顔を見てみれば、先程と変わらない微笑みが浮かべられている。その変わらない微笑みを見た途端、霊夢は背筋に強い悪寒が走ったのを感じ、逃げようと立ち上がろうとした。


「あらあら、逃げないで」


 黒服の霊夢は腰を落として霊夢の両頬に両手を当てた。

 頬を包む柔らかくて氷のように冷たい感覚と突然目の前まで近付いてきた黒服の霊夢の顔に霊夢は驚き、動きそのものを止めてしまった。霊夢が動かなくなると、黒服の霊夢はにっこりと笑って霊夢へ声をかけた。


「霊夢。先程から怒鳴り散らしていましたが、貴方は怒りを感じていませんね」


 霊夢は目を丸くした。

 黒服の霊夢は霊夢の顔に自らの顔を近付けた。


「貴方はわたしに怒りを抱いてはいません。貴方が抱いているのは恐怖。わたしが怖くて仕方がないのでしょう」


 霊夢は黒服の霊夢の手を振り払おうとしたが、黒服の霊夢の手はまるでこちらの頬を力強く掴んでいるかのように離れなかった。そればかりか、黒服の霊夢の腕を掴んで離そうとしても黒服の霊夢の力が強くて離れないうえに、黒服の霊夢の肌は氷のように冷たくて、触っていたら手が(かじか)んできた。


「力は本当にやりたい事をやっているわたしの方が強いのです。貴方は本当にやりたい事をやっていないから、わたしに勝つ事が出来ないのですよ」


 黒服の霊夢は変わらず笑顔だった。まるで母親のように穏やかで優しく、近くにあると嬉しさを感じさせるかのような笑顔と、優しくて聞き心地のいい声色なはずなのに、霊夢は全くそんな事を思わなかった。それどころか、黒服の霊夢の笑顔を見て、その真紅の瞳と瞳を合わせていると背筋から全身にかけて強い悪寒が走り、身体ががたがたと震え出す。……それを感じてようやく、霊夢は黒服の霊夢の言葉通り、自分が黒服の霊夢へ並々ならぬ恐怖を抱いている事に気付いた。同時に、先程まで抱いていた怒りと不快感もまた全て恐怖であった事にも霊夢は気付いた。

 直後、黒服の霊夢は霊夢との距離を少しずつ縮め始めた。


「震えていますよ霊夢。わたしが怖いのですね」


 霊夢はがたがたと震えながら、悴む手で黒服の霊夢の腕を掴んで離そうとした。しかし、黒服の霊夢は全く自分を離そうとしない。黒服の霊夢は徐々に距離を詰めてくる。

 黒服の霊夢の顔を見ているうちに、自分がどういった恐怖を抱いているのかを霊夢は悟った。

 まず、自分と全く同じ存在であるという恐怖。本来この世に一人しかいないはずの自分が目の前にいて、自分の身に起きた事や自分が思っている事を次々と当ててくる。

 それだけじゃない。それは自分と同じ容姿だけではなく、全く同じ力を持っていて、それを使って攻撃を仕掛けてくる。その事に、自分は本能的に恐怖しているのだ。

 もう一つは、相手が自分と同じ力を持っていて、尚且つその威力や出力が自分を上回っているという恐怖。黒服の霊夢は霊符「夢想妙珠」という霊符「夢想封印」を下回るスペルカードで自分の使った防御用スペルカード、夢符「二重結界」を破ってきた。明らかに自分よりも術の出力が高い。そしてそれは、自分と同じ力で自分を殺す事が出来るという事を意味する。自分は、『自分に殺されるかもしれない』という可能性に恐怖しているのだ。そして、『自分を殺せるだけの力を持つ自分』が今、自分を笑顔で拘束して、尚且つ迫ってきている。

 これに恐怖しない人間や妖怪が、一体どこにいるというのだろうか。


「いやだ、いやだ、やだやだやだ!! 離して、はなしてッ!!」


 霊夢が取り乱すと、黒服の霊夢は「あら」と呟いて微笑んだ後、そっと霊夢の震える身体と頭へ手を伸ばして抱き締め、霊夢の顔を自分の胸に付けさせた。

 そして黒服の霊夢はそっと呟いた。


「怖がらなくていいのですよ。勝負でない時は、わたしは自分から貴方を傷付けたり、殺したりなんかしません。だからそんなに怖がらなくていいの。大丈夫だから」


 黒服の霊夢は霊夢の頭に手を添え、その髪の毛をそっと撫でた。


「大丈夫よ霊夢。貴方はわたしを怖がらなくていいの。だって貴方はわたしにとって、これ以上ないくらいにかわいくて愛おしい子なのだから。大丈夫よ。だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 黒服の霊夢に髪を撫でられ、囁かれた言葉を聞いた途端、霊夢は黒服の霊夢の胸の中で目を見開いた。今、黒服の霊夢は自分を「これ以上にないくらいにかわいい子」と言った。その言葉は、昨日の朝、胸痛で倒れて気を失う寸前に現れた女性が言っていた言葉に非常に似ている。それだけではない。あの時の事をよく思い出してみると、聞こえてきた女性の声色と黒服の霊夢の声色は非常によく似ているような気がする。いや、もしかしたら全く同じかもしれない。


「……まさか」


 霊夢の思いを察したかのように、黒服の霊夢は頷いた。


「そうですよ。あの朝、胸痛で苦しむ貴方の元へ現れたのはわたしです。

 大好きなおかあさんじゃなくて、申し訳ありませんでしたね」


 霊夢は目を見開いた。やはり、あの時の女性はここにいる黒服の霊夢だった。もしかしたら、もしかしたら母かもしれないと思っていたのに、まんまと裏切られた。


「やっぱり……お前だったのね!!」


 霊夢は黒服の霊夢の胸の中でもがき、暴れた。しかし黒服の霊夢の腕はがっちりと自分を拘束しているらしく、全く動く気配も、離す気配も感じられない。

 胸の中で暴れる霊夢に、黒服の霊夢は苦笑いした。


「あらあら暴れてはいけませんよ。せっかく抱き締めているのに」


 黒服の霊夢はもう一度霊夢の髪の毛へ手を差し伸べた。


「暴れる必要はありませんよ。もう少し大人しくなさい霊夢。わたしのかわいい霊夢……」


 黒服の霊夢の手が霊夢の髪に触れようとして、霊夢が髪を触られると思って身体を固くしたその時だった。どすん、という鉄のように固い質感を持った物質が比較的柔らかい質感の物質に突き刺さったような音が聞こえてきて、霊夢は目を見開いた。


(え?)


 何が起きたのと思ったその時、霊夢は気付いた。……自分を拘束している黒髪の霊夢の力が弱まっている。自分を抑える力がなくなってしまったのだろうか。


(抜け出せる!!)


 霊夢は心の中で叫び、黒服の霊夢の手を振り払った。黒服の霊夢の腕は簡単に自分の身体から外れ、霊夢は拘束が説かれたのを確認するなり黒服の霊夢の胸から顔を離して、一気に後方へ下がった。そこで、黒服の霊夢の身体を見て驚いた。

 黒服の霊夢の腹の服が血で濡れて赤黒く染まっていて、口からは血が垂れている。そして何より、黒服の霊夢はその場にぐったりとして動く気配を見せなかった。どうやら誰かに攻撃されて腹に重傷を負ったようだ。


「だ、誰が……?」


 霊夢が呟いた直後、上空から声が聞こえてきた。


「よかった。どうやら本物には当たらなかったらしいな」


 霊夢は声の聞こえてきた方向へ視線を向けて、驚いた。そこにいたのは、懐夢を修行させると言って姿を消した紫の式神である藍だった。しかもその手には弾幕で使われるものよりも大きな青色の苦無手裏剣が持たされている。

 藍の姿を見るなり、霊夢は思わず声を上げた。


「藍!?」


 藍はゆっくりと降下し、真下の地面へ着地した。直後藍の声に反応したのか、黒服の霊夢が背後へ身体を向けた。その時に、黒服の霊夢の背中に藍が手に持っている物と同じ苦無手裏剣が刺さっているのが見えて、霊夢は驚いた。

 黒服の霊夢は微笑みを崩さずに、藍に声をかけた。


「八雲藍……ですか」


 藍はほぅと言った。


「私の事を知っているのか。随分と情報通だな」


 藍は苦無手裏剣の刃先を黒服の霊夢へ向けた。


「さてと、何故お前はそんな姿をしているのだ? はやく元の姿に戻れ」


 黒服の霊夢はうふふと笑った。


「それは出来ませんわ、藍。何故ならわたしは霊夢。もう一人の霊夢なのですから、これが元の姿です」


 藍は目を細めた。


「随分とおかしな事をいう奴だな。霊夢はお前の後ろにいる。それに霊夢はそんな声色じゃないしそんな喋り方もしないし、何よりそんな黒い服は着ない。だから、お前が霊夢なわけがない」


 直後、霊夢が声を上げた。


「藍、気を付けて! そいつは……そいつは幻想郷を滅ぼそうとしている危険人物よ! そう、八俣遠呂智みたいな!!」


 藍は驚いたような表情を浮かべた。


「なんだと? 貴様、それは本当か?」


 黒服の霊夢は頷いた。


「そういう事になりますね。わたしの目的は『新たな秩序の世界』の構築ですから、幻想郷は滅びてしまうでしょうね」


 藍は苦無手裏剣をもう一本出現させて、両手に苦無手裏剣を持って身構えた。


「そうか。幻想郷を滅ぼすのが目的か。ならば、お前にはここで死んでもらう必要があるな」


 黒服の霊夢は首を横に振った。


「それは適いませんわ藍。わたしは貴方達に殺されてしまうほど華奢ではないの」


 黒服の霊夢はゆっくりと起き上がると、首を動かして横目で背後にいる霊夢と目を合わせた。


「霊夢、貴方にはとても重要な秘密があるのよ。それも、貴方が知る事が出来ないような秘密が」


 霊夢は自分の胸に手を当てた。


「私の秘密……?」


「そう。そして貴方が私に勝てなかった理由はただ一つ。それはさっきも言った通り、貴方が本当にやりたい事をやっていないからなの」


 黒服の霊夢は笑顔を作った。


「もし貴方が真実を知りたいと思ったならば、今後この幻想郷で次々と咲き始める『黒い花』を摘み取りなさい。そして『黒い花』について探求なさい。そうすれば必ず貴方はわたしの元に、真実に辿り着くわ。まぁ、貴方に出来るのであれば、だけどね」


 黒服の霊夢は身体を霊夢へ向けて、にっこりと笑った。


「貴方に花の祝福があらん事を……」


 そう言って、黒服の霊夢は黒い光となって、跡形もなく消えた。その直後、黒服の霊夢の背中に刺さっていた青色の苦無手裏剣は地面へと落ちた。……最後の言葉を聞く限り、どうやら術を使って逃げたらしい。

 それは藍も思ったらしく、藍は落ちた苦無手裏剣を拾って、呟いた。


「逃げたか……」


 その時だった。急に身体に力が入らなくなり、霊夢はその場にぺたんと座った。激しい攻撃を受けた後遺症だろうか、徐々に意識が薄くなってきて霊夢は倒れそうになったが、その際に、自分が地面へ倒れ込もうとしているのに驚いた藍がこちらに走ってくるのが見えた。

 そして地面へ倒れる寸前、藍に身体を支えられて、地面へは倒れなかったとほっとした途端に意識が一気に遠のき、辺りが真っ暗になった。


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