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東方幻双夢  作者: クシャルト
黒花編 第漆章 震天
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第六十八話

 霊夢達が黒虎と戦い、元の少年の姿に戻した翌日の博麗神社、午前十時半。


 霊夢は縁側に座り、夏の風を浴びながら考えていた。そう、黒虎の異変についてだ。

 あの黒虎は強力な力を振り回して暴れまわっていた。ここまではいい。問題は、あの黒虎を倒した瞬間、黒虎の亡骸が霧散し中から生きた少年が現れたという事。そしてさらに、その少年がひどい苛めを受けていて西の町にいる自分達を苛めた連中を激しく憎み、怨んでいたという事、その少年が数日前に行方をくらましていた事だ。傍から見れば謎だらけで何の関係性もない事柄だが、霊夢はこれら全てに何らかの関係性があると思えて仕方がなかった。

 その原因を探すのは簡単だった。この異変は、あの時に似ている。八俣遠呂智が復活しようとして、魂を懐夢に宿らせ、暴妖魔素(ぼうようウイルス)を撒き散らして幻想郷の者達に次々と感染させていた異変、『蛇神異変(へびがみいへん)』の時の、暴妖魔素に感染した妖魔達に。

 あの異変の時に発生した物質、『暴妖魔素』に感染した妖魔達は凶暴化して人間、動物、植物問わず襲い掛かり、やがて暴妖魔素を使って別な妖魔へ変化を遂げ、更に暴れ狂うようになっていた。しかも、その妖魔はとても強い力を持ち、生半可な攻撃では倒す事はかなわない。更に幻想郷の秩序維持のために襲ってはならないはずの博麗の巫女だろうが人間の暮らす街だろうが平気で殺そうとし、壊そうとする。

 ここまで来てしまうともう打つ手がないと思われがちだが、その妖魔達にはとある欠点がある。それは攻撃を受けて衰弱させられると暴妖魔素が弱まり、元の姿に戻るという事だ。自分達はこの方法を用いて暴妖魔素に感染した妖魔達を基の姿へ戻し、最終的に異変を終わらせた。

 あの異変の時に、この異変はとてもよく似ている。

 暴妖魔素が進化して人間にも感染するようになって、感染した少年が理性を失って別な妖魔へ姿を変えて暴れまわり、散々暴れ回った後自分達の攻撃を受けて衰弱し、元の姿に戻った。例えではあるが、そういうふうにしか思えないのだ。


(暴妖魔素が変化した? いや、でも……)


 暴妖魔素が少年に感染したというのはあり得ないだろう。暴妖魔素は永琳が名を付けた八俣遠呂智の身体を構成する物質だが、その名の通り妖魔にしか感染しない特性を持った物質だから人間は感染しないし、何よりその母体である八俣遠呂智が討伐されて死んだ際に、共に消滅しているのでこの幻想郷のどこを探しても暴妖魔素はない。だから、あの少年が暴妖魔素に感染してああなったというのは根本的にありえないのだ。勿論、暴妖魔素が変化したというのも。


 だとすると、あの異変の正体は、原因は何なのか。暴妖魔素に代わる新たな危険因子がこの幻想郷に現れて広がろうとしているのか、はたまたその危険因子をばら撒いている元凶がもう既にいて、その危険因子を利用した大規模な異変を起こそうとしているのか。

 今後起ころうとしている、または起こりそうな異変の内容ならば過去の経験から色々思い付く事が出来るが、全て推測だ。自分は未来を読めるわけではないから、実際に何が起ころうとしているのかなどわかりやしない。

 だが、また良からぬ事が、八俣遠呂智の時のような凶悪な異変が起こってしまいそうな、そんな気がしてならない。

 霊夢は胸がざわざわと騒ぐのを感じて、胸に手を当てた。


「また、あんなのが起きるかもしれないっていうの……?」


 その時、霊夢は思い出した。あの黒虎の身体に入っていた模様についてだ。

 あの黒虎の身体には禍々しく、刺々しい模様が入っていた。しかし、その中に一つだけ、綺麗な花の形をした一際大きな模様があった。戦っている最中は気付かなかったが、亡骸となって動きが止まった時に見つけて、黒虎の亡骸が霧散するまで霊夢は思わず釘付けになったように見ていた。

 あれは、一体なんだったのだろうか。どうして、如何にも必要がなさそうな花のような模様があったのだろう。そう思ったその時、霊夢は昨日の朝を思い出した。

 自分が胸痛で倒れ、気を失いそうになった時に現れた女性。自分の事を「私のかわいい霊夢」と言っていたあの女性は、自分が気を失ってしまう寸前で、花を咲かせましょうとかなんとか、風見幽香のような言葉を囁くように言っていた。そして自分が気を失った直後に、あの黒虎は西の町の近くに姿を現し、早苗達に襲い掛かっていた。


(まさか、花って!)


 あの女性の言っていた『花』とは、あの黒虎の模様を差すのではないだろうか。

 いや違う。もしかしたら、あの黒虎そのものが女性の言う花なのかもしれない。もしそうだとしたら、あの異変の元凶またはそれを知る人物はあの女性という事になる。


「あの人が……あの異変の犯人……?」


 しかし、あの女性にはとある疑惑がある。それは、もしかしたらあの女性は先代の博麗の巫女、即ち自分の母かもしれないという疑惑だ。あの女性は自分が胸痛で倒れて気を失いそうになった時に現れ、花がどうたらと言った後に母と自分しか知らない言葉を口にして、自分の事を「私のかわいい霊夢」と言った。こんな事を言うのは、母くらいだ。

 いや、母以外にあのような言葉を口にできる人物などこの幻想郷にはいないだろう。

 これらの事から、あの女性は死んだと思わせておいて、実は生きていた自分の母なのではないかという疑惑が自分と早苗の手によってたてられた。最初は信じ難かったが、考えているうちにそんな気がしてきて、霊夢はあの女性が気になって仕方がなくなった。

 もしあの女性が本当に母だったならば、花について尋ねるつもりだ。あの黒虎の事を告げてきたのだから、どうしてあのような事になっていたのか、どうしてあのような異変が起きたのかなどを全て知っているはず。

 だがもし母じゃないとすれば、力で脅してでも自分と母しか知らない言葉を知っているのかを聞き出すつもりだ。何故赤の他人が自分と母しか知らない言葉を知り、そしてなぜこのような異変を起こしたのか、全て吐き出させる。そうでないと、頭と心の中に霧のように立ち込めているもやもやが晴れない。何としてでも、聞き出さねば。

 しかし、一つだけ困っている事がある。それは、あの女性が今どこにいるのかわからないという事だ。あの女性はどこからともなく自分の元に現れて、色々言ったが、自分はその最中に気を失った。そして目を覚ましたらどこにもその女性はいなかった。だから、今女性がどこにいるのか、そもそもどこから来たのかもわからない。


(……でも)


 一つわかる事がある。あの黒虎のような異変がまた起きるのであれば、その女性も姿を現すかもしれないという事だ。あの女性の口ぶりから察するに、あの黒虎と黒虎の身体の花の模様、そしてあの女性が言っていた『花』とは全て同じものであるに違いない。そして全てが同じものというのが本当ならば、次にあのような異変が起きた時に女性はきっと姿を現す。その時こそ、女性に接触するチャンス、真実を知るチャンスだ。

 霊夢は上空を眺めて、呟いた。


「……待ってなさいよ。次会ったら、あんたの正体を掴んでやるんだから」


 霊夢は表情を険しくしたが、すぐに欠伸をして表情を眠そうなものへ変え、ごろんとその場に仰向けになった。

 また黒虎のような異変が起きたら女性の真実を掴んでやると考えては見たものの、本当にあのような異変がまた起きるとは限らないし、次起きるとしてもいつ起きるかわからない。数日後になるかもしれないし、はたまた数十日後かもしれないし、更には数か月、数年後になるかもしれない。それにあの異変と女性の関係性だって、自分が仮定した机上の空論でしかないから、本当にあの異変と女性に関係があるのかも定かではない。……ひょっとしたら、深く考えたのは無駄だったかもしれない。


「まぁ、正直あんな異変はもう起きてほしくないけど」


 霊夢はもう一度大欠伸をした。はっきり言って、退屈だ。

 懐夢がいた時は一緒に話をしたり、遊んだり、料理をしたり、勉強につきあったり、一緒に出かけたり出来たから全くといっていいほど退屈ではなかった。しかし今懐夢は自分の知らないところに修行に出かけていて、この神社にはいない。

 霊夢は横になって、蹲るような姿勢をした。心の奥底から寂しさが少しずつ湧いてきて、胸の奥底でとても小さな痛みが走るを感じた。前までは神社に誰もいないのが普通だと思って、一人で暮らしていても平気だったのに、懐夢が来てからは神社に懐夢がいなければ落ち着かず、寂しさを感じるようになった。今だって自分の隣に、夜の縁側に座った時に膝の上に懐夢がいないのが寂しい。

 早く、元の懐夢との生活に戻りたい。ここ最近、そんな事ばかり思うようになってしまった。


「懐夢……早く帰って来てよ……貴方とまた……一緒にいたい……」


 霊夢は寝転がったまま屈み、目を閉じた。そのまま夏の暑さを感じながら眠りに就こうとしたその時だった。


「ふーん、ふーん、ふーん、ふーん、ふーん……ふーん、ふーん、ふーん、ふーん、ふーん……ふーん、ふーん、ふーん、ふーん、ふーん、ふーん……ふんふーん、ふんふーん……ふんふーん……」


 どこからか歌声が聞こえてきて、霊夢は目を開けて身体を起こした。


「なに……?」


 辺りを見回しても、自分以外の者姿はない。空耳か? と思ったその直後、もう一度声が聞こえてきた。


「ふーふーふーふーふー、ふんふー、ふーふー、ふーふー……」


 空耳ではない。どこかに、声の主がいる。それも、自分のすぐ近くだ。


「誰……!?」


 霊夢は立ち上がり、靴を履いて縁側から降り、中庭に出て周囲をもう一度見まわした。しかし、やはりどこにも声の根源と思われる者はない。全く、見当たらない。


「え……どこなの……?」


 その時、もう一度声が聞こえてきた。声の聞こえてくる方角は自分の真後ろで、少し高い場所らしい。

 霊夢は振り返り、声の聞こえてくる方角へ目を向けた。そこは神社の屋根の上だったのだが、そこに、声の根源と思われる者がいた。夏の強い日の光を浴びてはっきりとしているその姿を見るなり、霊夢は言葉を失ってしまった。

 ……『自分』だ。自分の着ている服の紅い部分が黒に、白い部分が灰色になった服を身に纏った『自分』がもう一人、神社の瓦の上に腰を掛けて歌を歌っている。それも、目を閉じ胸に手を当てて、歌う事に集中しきっている。


「わ……私……が……もう一人……?」


 霊夢の言葉が届いたのか、屋根の上にいるもう一人の霊夢、黒服の霊夢は歌うのをやめて、ゆっくりと瞳を開いた。

 もう一人の霊夢の、血のような真紅の瞳と自分の瞳があった瞬間、霊夢は背筋にぞくりと強い悪寒が走ったのを感じて震え上がった。

 直後、黒服の霊夢はその顔に微笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。


「おはよう霊夢。いい朝を迎えたわね」


 黒服の霊夢は穏やかににっこりと笑った。


「あのマモノとの戦いで重傷を負うんじゃないかと思ったけれど、そんな事にならなくて安心しましたよ」


 霊夢はハッとして、黒服の霊夢に噛み付くように言った。


「な、何なのよあんた!」


 黒服の霊夢は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに微笑みの表情を戻した。


「わたしは……貴方。貴方はわたしであり、わたしは貴方……」


 霊夢は呆れてしまった。

 どうやら、あれは『自分』になりきったつもりになっているらしい。


「あんたが私ですって? 変な冗談を言うのね」


 霊夢は自分の胸に手を当てた。


「私はここにいるわ。だからあんたは私じゃない。さっさと化けの皮剥いじゃないなさい偽者」


 黒服の霊夢は表情を変えずに足元に両手を置いた。


「偽者だなんて、結構な言い草ね。わたしを否定するのは、貴方自身を否定する事に他ならないのよ」


 霊夢は歯ぎしりをした。どうやら、あれは本当にもう一人の自分になりきっているつもりになっているらしい。


「だったらその証拠を見せてみなさい。あんたが私であるっていう証拠を」


「いいけれど、どこからお話ししましょうか?」


「全部よ。私について重要な事を全部」


「一から離すと長くなるから、ここ最近の出来事でもいいかしら?」


 霊夢は頷いた。


「えぇ構わないわよ。話せるんならね」


 黒服の霊夢は頷き、にっこりと笑んで口を開いた。


「それじゃあ、お話ししましょうか……博麗霊夢という一人の女子の事を」


 黒服の霊夢はゆったりと話し始めた。


「貴方はまず、去年、一昨年と、様々な異変に巻き込まれ、その都度解決させて来た。

 異変が起きている時こそが、自分が輝ける時。これは使命なのだから避けられない。そう思っていた」


 霊夢は腰に手を当てた。

 どうやら向こうは自分が異変を解決して回っている事は知っているらしい。まぁ自分自身と言っているのだから当然と言えば当然だが。


「なるほど、そこは知ってるの」


 黒服の霊夢は続けた。


「でもそれがない時、自分はとてつもない退屈に襲われる。誰も遊んでくれないし、滅多に誰も話しに来てくれない。

 誰か来てくれたとしても、表面的な付き合いしかしてくれない。そんな毎日が、自分と本気で向き合おうとしてくれない皆が大嫌いだった」


 霊夢はえぇ?と言ってしまった。確かに異変がない時は基本的に退屈で、それが嫌になる時もあった。

 しかし、自分はやってくる人々を大嫌いと思った事はないし、みんなが表面的な付き合いしかしてくれていないと思った事もない。

 あいつは絵空事を言っている。やはり、偽者だ。


「外れ! 私はそんな事を考えた事はないわ! やっぱりあんたはただの偽者ね」


 黒服の霊夢は屋根から降りて、霊夢の目の前の地面へふわりと降り立った。


「いいえ、それはありませんわ。だって私は貴方自身。貴方が心の奥底で思っている事なら何でも知っているわ。

 普段絶対に出そうとしない感情や、貴方が心の片隅に置いてる願いとかも、よく知っているわ。……話を続けましょう」


 黒服の霊夢はゆっくりと霊夢に歩み寄った。


「でも、そんな貴方の日々が変わったのは今年の如月。雪の降る朝、神社の前に一人の男の子が倒れていた。

 その子の名前は百詠懐夢。故郷も、親も、友達も、全部を失って貴方のところに来ていた。丁度貴方と同じような境遇の子供だったわね」


 黒服の霊夢は続けた。


「貴方は懐夢が目を覚ましたら、街の上白沢慧音のところに彼を連れていった。

 慧音は快く懐夢を受け入れてくれて、貴方はそこで博麗神社に帰った。もう懐夢に関わる事など無いと思って」


 黒服の霊夢が一歩ずつ迫ってくるのを見て、霊夢は思わず後ろに下がってしまった。

 黒服の霊夢は更に続けた。


「でも慧音は懐夢を貴方のところに返しに来た。結果として、貴方は懐夢を引き取る事になった。懐夢と一緒に、暮らす事になった」


 黒服の霊夢はにっこりと笑って、掌を合わせて顔に運び、頬を手の甲に付けた。


「面倒と思ったのは最初だけ。貴方は懐夢と一緒に暮らすうちに、懐夢が可愛くて、愛おしくて、仕方がなくなった。

 懐夢の事を好きでたまらなくなった。ようやくこの幻想郷で愛おしいと思えるものを手に入れる事が出来たと思えた」


 霊夢は目を見開いた。

 黒服の霊夢は続けた。


「そして貴方は、懐夢を自分一人だけのものにしたい考えた。懐夢に迫ってくる手はすべて振り払いたいって思うようになった。

 だって、ようやく手に入れた愛おしいものだもの。無くなったら寂しいもの」


 霊夢は黒服の霊夢に怒鳴った。


「そんな事ない!!」


 黒服の霊夢は立ち止まり、にっと笑んだ。


「それは本当なのかしら? じゃあどうして貴方はあの子に、博麗の巫女の後継者(あととり)でもない懐夢を養子にして、『博麗懐夢』なんて名前を与えたのかしら?」


 霊夢は黒服の霊夢から目を逸らした。


「あの子には家族が必要だったからよ。だからあの子を養子にして、家族に迎えた。それだけ―――」


 その時、黒服の霊夢は霊夢の目の前まで来て、霊夢の頬に両手を当てた。

 頬に走る柔らかな感触と氷のような冷たさに霊夢は吃驚して、思わず黒服の霊夢に視線を戻した。


「目をそらしてはいけませんよ、霊夢」


「さ、触るなッ!!」


 霊夢は黒服の霊夢の手を振りほどき、もう一度後ろに下がった。

 黒服の霊夢は一瞬驚いたような表情を浮かべて、もう一度笑みを浮かべた。


「でも、貴方は本当に彼が家族を必要としていると考えて、彼を養子にしたのかしら?」


 霊夢は目を鋭く、表情を険しくした。


「どういう意味よ!」


 黒服の霊夢は表情を変えずに答えた。


「わたしの前で嘘を言うのはいけませんよ。というより、わたしに嘘を吐いても意味がありません。

 ……彼を養子にしたのは彼のためというのは建前。本当は、自分自身のため」


 黒服の霊夢は両掌を胸の前で合わせた。


「貴方が懐夢を独占できる形にするために、養子という形で彼を家族にした。

 そうすれば、誰も彼を奪ったり出来ない。彼を自分だけのものに出来る。そうでしょう?

 そう思ったのに、八雲紫が懐夢をどこかに連れ去ってしまった。それが許せないし、彼がいないのが寂しくて仕方がない。」


 霊夢はぎりっと歯ぎしりをして腕で目の前を払った。


「そんなわけないでしょうがッ!! さっきから延々と出鱈目ばっかり言って!!」


 黒服の霊夢は微笑んだ。


「出鱈目は言っていませんよ。貴方の心にあるものをただ言っているだけです」


 霊夢はキッと黒服の霊夢を睨んだ。


「違うわ。あんたの言ってる事はみんな嘘よ。だって、私はそんな事を考えた事はないもの」


 黒服の霊夢はきょとんとしたような表情を浮かべた。


「あらそうなの……やはり貴方は貴方自身を知らないのね。いえ、貴方自身を知る事が出来ないのね」


 霊夢は「はぁ?」と言った。


「私が、私自身を知らない?」


 黒服の霊夢は頷いた。


「えぇ。貴方は貴方の中に眠る重要な秘密の存在を知らない。いいえ、知る事が出来ないようにされているの。

 だからわたしの言葉を絵空事だの嘘だの言って、否定する。わたしが貴方自身だと言っても認めようとしない」


 霊夢は表情を険しくした。


「お前……何が狙いよ」


 黒服の霊夢はにっと笑った。


「わたしは貴方を救いにやってきただけです」


「私を救いに?」


 黒服の霊夢は頷いた。


「そうです。貴方を縛り付ける鎖を断ち切り、新たな世界の秩序ともいうべき存在になってもらう。

 そうすれば貴方は何も縛られず、博麗の巫女という役職からも外れ、自由に生きる事が出来ます。あ、勿論懐夢も一緒にしましょう」


「新たな世界の秩序……ですって?」


「そうですよ。皆が貴方を崇める。皆が貴方を愛する世界です。もう貴方を縛り付けるものはありませんし、誰も貴方を寂しくなんかさせません。

 貴方が全てから解き放たれた世界なんですよ」


「そんなもの、どうやって作るのよ。今、ここには幻想郷があるのよ」


 黒服の霊夢はにっこりと笑った。


「勿論、この幻想郷の全てを破壊して秩序を無に帰してです。即ち、この幻想郷を丸々作り変えるという事ですよ」


 霊夢は目を見開いた。

 やはりだ。口ぶりからして、かなり拙い事を企んでいるのではないかと思っていたが、やはりこういう事を企んでいたのだ。

 自分の偽者かと思っていたが、違った。こいつはあの八俣遠呂智のような危険人物だ。幻想郷に被害が及ぶような計画を考えているような者は、博麗の巫女として排除し、正さなければならない。


「そんな事させないわ! 今ある幻想郷を壊すだなんて、絶対に許さない」


 霊夢は身構えた。

 黒服の霊夢は顎に指を添えた。


「わたしの言葉がわからなかったかしら。わたしに嘘を吐いても意味はないって。

 わたしは貴方の望んでいる事を言っているまでですよ」


 霊夢は懐から札と封魔針を取り出して、周囲に光を纏う二つの陰陽玉を召喚した。


「出鱈目言わないで。幻想郷は壊させないわ。みんなを、壊させない!」


 黒服の霊夢は微笑みを顔に浮かべた。


「わたしと戦うのかしら? いいでしょう。わたしが力を振るえば、貴方もわたしが貴方である事を認めるでしょうし」


 黒服の霊夢はばっと腕を上に突き上げた。その直後、黒服の霊夢の周りに自分が使っているものとほとんど同様な陰陽玉が二つ出現した。


「もしわたしが貴方に勝ったならば、わたしは貴方の望みを実行するとしましょう」


 霊夢はぎりっと歯を食い縛った後、黒服の霊夢に噛み付くように言った。


「ふざけんじゃないわよッ!!」


 霊夢は地面を力強く蹴って上空に舞い上がった。


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