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東方幻双夢  作者: クシャルト
邂逅編 第弐章 巫女と子
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第七話


 私はね、元々は人里の貧しい夫婦の間に生まれたただの女の子だったの。博麗の巫女でも何でもない、ただの女の子。

 何でもない貧しい家の普通の人間として育っていく女の子のはずだった。

 でも、私が生まれた五日後に私の両親のもとに二人の妖怪の賢者が来た。

 彼らは私の両親のもとに来るなり私の両親に言ったそうよ。

 ――貴方達の子は博麗の巫女になるだけの才能と能力を生まれ持っている。

 是非貴方達の子を我らに渡していただきたい。もし渡してくれたならば、貴方達に一生食っていける大金を差し上げよう。ってね。

 私の両親は涙ながらにそれに乗った。

 何故ならば、私の両親は私が生まれた後の事は考えていなかったからよ。

 ――家の貧しさは私が増えた事によって更に増してしまう。

 こんな重要な事に私を産むまで気付かなかったそうなのよ。私の両親に選択肢は残されてなかったのよ。……間抜けなもんね。


 私は捨てられるように両親の家を去り、この神社に住まう先代巫女の元へ連れてこられた。

 先代巫女は、私を見るなり大喜びして、名を付けられる前に連れて来られた私に名を付けた。

 「霊夢」っていう名前をね。その後、私は先代巫女の養子になった。

 先代巫女は夢中になって私を育てた。私が可愛くて仕方なかったそうよ。


 私が育ち、物心がついた頃には、私は自然と先代巫女をおかあさんって呼んだわ。そして、私が貴方くらいの歳になって、先代巫女が私が養子である事を話してくれるまで、ずっと私は先代巫女から生まれたんだと思っていたわ。

 だって私は、生まれた五日後に両親から離され、ここへ来て、養子になったんだもの。

 両親の事なんて覚えてるはずもないわ。

 先代巫女から自分の話を聞いた時、私は少し驚いた。

 でも、先代巫女をおかあさんと思わなくなる事はなかった。だって、見ず知らずの赤ちゃんだった私を愛して、育ててくれた人だもの。

 その後どんなに自分に関する話を聞いても、先代巫女をおかあさんと思わなくなる事も、私を産んだ両親に会いたいと思う事も……なかったわ。

 だって先代巫女は、私の事をたった一人の愛しい娘って言ってくれたのだもの。それに答えるように私も思った。

 ―――長くて黒い綺麗な髪で、落ち着きがあって、よく笑う、とても優しくて、あったかい博麗の巫女。

それが私のたった一人の……大好きなおかあさん。私のこの世界でたった一人の親。


 私はずっとおかあさんと一緒にいる。


 この幸せはずっと続くんだ。


 ……そう、思ってた。


 おかあさんから自分の話を聞いた次の日の夜、とても大きな異変が起きた。

 なんでも見た事のない妖怪が現れて、人里、周辺の村、ところ構わず襲ってて、大きな被害が出てるとか。おかあさんはそれを知ると、私に神社にいなさいと言って、異変が起きた場所に向かおうとした。

 おかあさんは博麗の巫女、異変を解決して幻想郷の平和を守る人だったから、異変の解決の為に神社を出ていくのはよくあった。

 そして、無事に解決して帰ってきて、満面の笑みで私にただいまって言うのがいつもの事だった。

 出かけていくおかあさんを心配する事なんて、なかった。


 でもその時は違った。おかあさんが神社を出ようとしたその時、胸の中に抑え切れないほどの不安が沸いて出てきたの。

 ―――もしおかあさんが異変の解決に向かえば、おかあさんと二度と会えなくなる。そんな気がして仕方がなかった。

 私は必死になっておかあさんを止めた。不安で仕方がなくて、涙が出た。泣きながらおかあさんを止めようとした。


 でもおかあさんは止まってくれなくて、異変が起きたところに行ってしまった。


 その夜、おかあさんが帰ってくる事はなかった。


 次の日、ある人が神社にやってきた。その人はおかあさんを立派な博麗の巫女へ鍛え上げた、おかあさんの師匠なる男の人だった。

 その人は何か月かにいっぺん、おかあさんと顔を合わせるために神社へやって来る人で、おかあさんの話にもよく出てくる人だった。

 おかあさんはその人と話をするとき、笑顔になる。笑顔で、話をする。

 でも……私はその人が好きになれなかった。

 だってその人は私達とは違う白金色の髪の毛で、頭から狐耳が生えてて、くすんだ金色と赤を基調とした衣装を着て、お尻の辺りから髪の毛と同じ色の毛に包まれた四つの狐の尾を生やしている、普通の人とは全然違う人だったんだもの。姿を見ただけで、近寄りたくないと思った。

 更にその人は姿だけじゃなくて中身も嫌な人だった。

 おかあさんが笑って話しているのに、その人は無表情で話をするし、睨まれると背筋が凍るような気がするし、冷水のような冷たい言葉を吐く。


 私はその人が嫌で、嫌いで仕方なかった。だからその人が来る日になると神社のどこかに隠れて、その人が帰るまでずっと隠れてた。その度におかあさんに叱られたけど、気にしなかった。とにかくあの人とは会いたくないんだもの。


 そのひたすら嫌な人が、おかあさんのいない神社にやってきた。

 私はその人を見つけるなり、また隠れようとしたけれど、すぐにその人に捕まってしまった。

 私はその人に捕まるとふと思い出した。その人は昨日の夜、おかあさんに異変の発生を伝えるためにやってきてた。おかあさんは、その人から異変の発生を聞くと、その人と一緒に異変の解決に向かった。


 私は思い付いた。この人なら、おかあさんがどうなったか知ってるんじゃないかって。おかあさんと一緒に飛び立っていったこの人なら……。

 私はその人に、おかあさんはどうなったのと聞いた。その人は何食わぬ顔で答えた。


「巫女は死んだ。異変を起こした妖怪に止めを刺した直後にな」


 その瞬間、頭の中が痺れたようになった。

 ――巫女(おかあさん)は死んだ――

 その痺れた頭の中を、その人の言葉が木霊した。


 頭の痺れが取れると、私はその人に掴みかかった。

 何度も何度も、それは嘘だって叫んだ。

 ―――あのおかあさんが死ぬはずない。

 この人は嘘を吐いている。

 嘘を吐いて私を騙そうとしてる。

 おかあさんが死んだなんていう性質の悪い嘘を。


 何度も叫んだ。でも、その人は一切自分の言った事が嘘だなんて言わなかった。

 私はその人の目を見た。背筋が凍るような気がした。いや、体全体が凍りついたような気がした。

その人が……自分の言っている事は真の事だと言っている目をしていたから。


 信じたくなかった。


 受け入れたくなかった。


 でも、この人は嘘を吐いてなんかいない。本当の事を言ってる。


 おかあさんは……死んだ、と。


 もうおかあさんにはいない、と。


 その人の言葉を信じて、受け入れた時、一気に涙が出てきた。

 涙は目の奥からどんどん溢れてきて、もう声を出さずに泣かずにはいられなかった。

 大きな声を出して、私は泣いた。


 もうおかあさんはいない。


 もうおかあさんは帰ってこない。


 もうおかあさんとは話せない。


 もうおかあさんのご飯を食べれない。


 もうおかあさんとは寝れない。

 

 もうおかあさんとはお風呂に入れない。


 もうおかあさんから物事を教わる事は出来ない。


 もうおかあさんから愛される事は出来ない。


 そんなのが次々胸の中から湧いて出た。

 どこか遠くで雷の音が轟いている。そう思った。

 でもそれは雷の音なんかじゃなかった。


 それは、私の泣き声だった。雷の音みたいな泣き声を出して、私は泣いた。


 その後だった。おかあさんの死を伝えてきたその人が突然私に言い出した。


「お前は今博麗の巫女となった。今よりお前には幻想郷を守る使命と博麗大結界を維持する使命が課せられる。しかしお前はまだ力不足だ。よってこれより、修行を開始する」


 わけがわからなかった。博麗大結界とか幻想郷を守る使命だとか、意味が分からなかった。

 私はその人にそれらが一体何なのか、聞いた。その人は後後教えると言って答えてくれなかった。

 その後すぐに私は無理矢理修行させられることになった。朝昼夜問わず修行し、休む暇もないし、疲れようがなんだろうがお構い無しに立ち上がらされる。

 私は何度もそれから逃げようとした。でも逃げれなかった。

 どんなに逃げても、その人は必ず捕まえに来るから。

 逃げ出した私を見つけた時、その人は何もしない。

 ……何もしないけれど、睨んでくる。


 その人に睨まれると、身体が凍り付くような錯覚に襲われて、どこから湧いて出たのかわからない、心を壊そうとするような強い恐怖に心を埋め尽くされる。時には、胸の中に手を入れられて心臓を握られるような錯覚すら覚えたわ。


 修行するのは嫌だ。でも、逃げ出して見つかるのが怖い。

 見つかって捕まって……睨まれるのが怖くてたまらない。

 私はいつしか、逃げなくなった。睨まれるのが怖いから。


 そんな中、日が経つにつれ、修行がそこまできついとは感じなくなった。

 毎日の嫌な修行の成果はちゃんと出ていた。私は、しっかりと強くなっていた。だから、修行をきついと感じなくなったのよ。いつの間にやら結界を貼れたり光弾を飛ばしたりできるようになっていたわ。


 修行が始まって、おかあさんが死んで丁度一年になると、その人は修行をやめた。


「もう十分だ。これ以上修行をする意味はない」


 って私に言ってね。修行は、一年で終わった。その間に私は幻想郷で最も強い存在になっていたわ。だって、そうでなきゃおかあさんの跡は継げないからね。博麗の巫女という名を……。


 修行が終わると、私はその人の事をせっせと追い出した。


 一年の間に私は気付いたのよ。その人は、おかあさんを見殺しにした人だって。

 それに気付いてから何度その人の事を殺してやろうかと思ったかわからないわ。そして何度実行した事かも……わからない。

 でも、殺せなかった。何度殺そうとしたところで、その人は止めてくる。私の出鼻を挫いてくる。どんなに狙っても、私を挫かせてくる。

 そして、その人は殺そうとした私をまた睨んでくる。大嫌いな睨みをやってくる。

 睨まれると、あまりの恐ろしさに殺す気が失せる。胸の中を恐怖で満たされる。

 私はもうその人に睨まれるのが絶対に嫌になっていた。何が何でも、睨まれたくなかった。

 だから、殺そうとするのはやめて追い出す事にしたのよ。

 もうこれ以上神社に居座ってほしくない。

 おかあさんを見殺しにした屑みたいなやつを、いつまでも居座らせたくない。


 ……その人はいとも簡単に神社を出て行った。

 そしてそれ以来、その人が神社に来る事はなかった。

 私も、何かのために努力する事をしなくなった。

 努力なんか誰がするか。努力すれば……あいつを思い出す。

 おかあさんを見殺しにしたあいつを。狡いあいつを……。


 だから、努力なんか……しない。



「……まぁざっとだけど……これが私の身内の話よ」


 霊夢はじっと月と無数の星が浮かぶ夜空を見ながら自分の事を話していた。

 けれど、霊夢のその瞳には大きな月も、砂金のような星も、空そのものさえも映っておらず、表情は虚ろげで哀しげだった。


 懐夢は霊夢が話を始めた時点でそれに気付いていたが、終始無言でじっと霊夢を見つめて話を聞いていた。


「……私の話、難しかったかしら?」


 懐夢は首を横に振った。それを見た霊夢は苦笑した。


「そう。そりゃよかったわ」


 霊夢は大きな溜息を吐き、ぐいっと背伸びをした。


「貴方と話したら何だかすっきりしたわ」


 懐夢は首を傾げた。

 少し霊夢の声が聞き取り辛く、何を言ったのか聞き取れなかった。


「え?」


 霊夢は首を横に振った。


「いや、なんでもないわ。さてと……そろそろ中に入りましょう。四月の夜はまだまだ冷えるわ」


 霊夢が立ち上がって言うと、懐夢も頷いて立ち上がり、二人そろって居間の方へ歩き出そうとした。


 その時、胸の中に違和感を感じた。

 霊夢は驚いて立ち止まり、胸に手を当てた。

 ……まただ。また胸の違和感だ。

 それも、この前よりも少し大きくなっている。


 なんだ、これは…?


 霊夢が思ったその時、違和感は消えた。

 霊夢は胸の違和感がまた突拍子もなく消えた事に驚いたが、また偶然だろうと思い、居間の中へ入り込んだ。




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