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東方幻双夢  作者: クシャルト
黒花編 第漆章 震天
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第六十四話

 霊夢は改めて神奈子と諏訪子があそこまで追い詰められていた理由を悟った。

 神奈子と諏訪子、そして早苗が交戦していた黒虎は身体の大きさの割に素早く動き、羽による斬り付けや突進などの強力な近距離攻撃を放ってくる。近距離戦が危険ならば遠距離戦を仕掛ければいいと考えて距離を離すと、鬼火を出現させて弾幕のように放ってきた。しかも鬼火の威力は道端に生えている樹木を一瞬にして焼けただれさせてしまうほど強力なものだ。これだけなら八俣遠呂智が暴妖魔素によって生み出した未確認妖怪達と大して変わらないが、何故かこの妖怪はそれらよりも強く感じる。

 それだけではない。この黒虎からは常に八俣遠呂智の未確認妖怪とは違うおどろおどろしい魔力と途轍もない殺気が発せられているようで、近付くだけで肌を針で刺されるような錯覚に襲われる。もしかしたらそれが八俣遠呂智の未確認妖怪よりも強いと感じる原因なのかもしれない。

 黒虎の素早い動きになんとか付いて行こうと高速で空を駆け、陰陽玉と封魔針を放って攻撃を仕掛けるが、黒虎は空気の壁を蹴ってステップするかのような動きでそれら全てを回避してくる。


「やっぱり、速い……!」


 霊夢の言葉が聞こえたのか、神奈子が黒虎の様子を伺いながら霊夢へ言い返す。


「そうだよ! こいつ速さはそこら辺の妖怪を上回ってる!」


 諏訪子が霊夢の方へ視線を向ける。


「ひょっとしたら、今はここにはいないけど、魔理沙に匹敵する速さかも!」


 二人の言葉に霊夢は思わず頷けてしまった。確信はないけれど、この黒虎の速さは幻想郷で最速と言われる文の移動速度には程遠いが、幻想郷で二番目に速いと言われる魔理沙の飛行速度に匹敵しているような気がする。だからこそ、俊敏にこちらの攻撃を回避し、一気に距離を詰めて攻撃を仕掛けるような戦法が出来るのだろう。自分、早苗、神奈子、諏訪子と言ったあまり速度を上げて飛ぶ事を得意としていない自分達からすれば、あの中々追いつく事の出来ない速度を持つ黒虎はかなりの強敵だ。


「それ、当たってるかも。こいつを捉えるのはそう簡単な事じゃない」


 直後、早苗がスペルカードを構えて叫ぶように伝えた。


「でも、ありったけのスペルカードを放たれて、全部回避し続ければ疲弊して動きが鈍るはずです! 奇跡「客星の明るすぎる夜」!」


 早苗がスペルカードの名を叫ぶと、黒虎の真上に巨大な光球が出現した。黒虎が自らの真上に現れた光球を何事かと思って見あげたその直後、光球の内部から無数の光槍が飛び出し、内側から貫かれた光球は破裂。そして光球を内部から突き破る形で現れた光槍は刃先を黒虎に向けて飛翔を開始した。光槍は目で捉えるが難しい程の速度で飛び、黒虎の身体に突き刺さろうとしたが、黒虎は瞬時に光槍が迫り来る方角へ視線を向け、空気の壁を蹴っているかのように軽い身のこなしで空中を跳ね回り、自らの身体を貫こうとした光槍を全て回避した。かと思いきや、避ける事が困難なスペルカードを回避されて唖然としている早苗へ顔を向け、かっと口を開けると、お返しだと言わんばかりに口内から無数の青白い鬼火の弾丸を発射した。


「早苗! 攻撃行った!!」


 霊夢の叫び声で早苗はハッとし、流星のように空を駆けて迫り来た無数の鬼火の弾丸から逃げるべく、その場から離脱した。目標を見失った鬼火の弾丸の群れはそのまま真っ直ぐ誰もいない空を進み続けて、やがて消えると思われたその次の瞬間、鬼火の群れは突如として群れのうちの一つの元へ集まり、融合し合って大きな一つの弾丸へ姿を変えた。巨大な『一つ』となった鬼火の弾丸は大きな弧を描くように飛び、攻撃を回避できて安心している早苗に狙いを定めて一目散に突撃を開始した。

 この事には弾丸の放つ物音を聞いた諏訪子が気付き、弾丸がまだ生きていて、もう一度早苗を狙っている様を目の当たりにするなり顔を蒼褪めさせ、早苗へ叫んだ。


「早苗! あの鬼火合体して生きてる! 避けてッ!!」


 諏訪子の声で早苗は振り向き、顔を蒼褪めさせた。先程避けたはずの鬼火弾が大きな意一つとなってこちらに向かってきていた。しかも、もう肌で熱気が感じられるほどの距離まで近付かれている。


「そんな!」


 早苗は咄嗟に回避行動をとり、先程と同じように鬼火弾を避けようとした。かと思いきやその次の瞬間、一つとなっていた鬼火弾は分裂し、また元の弾幕へ戻って早苗へ襲い掛かった。まるで、早苗の動きを呼んでいたと言わんばかりに。

 それを見るや否、霊夢は悲鳴を上げるように叫んだ。


「合体の次は分裂!?」


 続いて、神奈子が叫ぶ。


「早苗ッ! 避けろ!!」


 神奈子の指示に早苗は咄嗟に従い、迫り来た弾の間を縫うように切り抜け、弾幕の中から脱出した。しかしその直後、弾幕は再び集まって一つの鬼火弾となり、弧を描いて早苗の元へ軌道を修正し、再度突撃を開始した。避けた鬼火弾がまだ追ってきている事に早苗は驚き、大いに焦って声を上げた。


「なんで追ってくるのよぉ!!」


 霊夢は咄嗟に考えた。恐らくあの鬼火弾は一種の思念誘導(ホーミング)弾だ。弾幕の状態で発射され、避けられた際には一つとなってもう一度対象の元へ向かい、弾幕になる、避けられると一つになって対象へ戻るを繰り返す、当たるか破壊されるまで消える事のない厄介な性質を持った弾なのだろう。しかもあれらは全て気を一瞬で焼けただれさせるくらいの威力を持ったもの、当たってしまったらただでは済まない。それが避ける事が出来ない性質を持っているものだから、余計に性質が悪い。あれを回避するには、防御してやり過ごすか、地面に衝突させて消滅させるかのどちらしかないだろう。

 だが、防御してやり過ごすという方法が取れるのは、恐らく自分や紫などの強力な結界を張って身を守る事が出来る者くらいだろう。あまり結界術を得意としていない早苗が防御してやり過ごすという方法を摂ろうものならば、防御を破られて被弾してしまう。こうなったらやる事はただ一つ。あの鬼火弾に攻撃を当てて破壊する、だ!

 思い付くなり、霊夢は早苗に指示を下した。


「早苗! 追ってくる鬼火に攻撃しなさい!」


 びゅんびゅんと飛び回りながら、早苗は霊夢の方へ視線を向ける。


「なんですって!?」


 霊夢はもう一度叫ぶように早苗に指示をした。


「追ってくる鬼火に攻撃を仕掛けなさい!!」


 早苗は霊夢からの指示を理解すると、速度を上げて飛び、鬼火弾との距離を離し始めた。やがて鬼火弾との距離が大幅に遠くなると、早苗は振り向き、咄嗟にスペルカードを発動させた。


「神籤「乱れおみくじ連続引き」!!」


 早苗の声の直後、その手元におみくじのような模様が描かれた大量の札が出現し、早苗はそれらを一枚残らずばら撒くように、黒虎の放った鬼火弾へ向けて投げ付けた。放たれた札は全て鬼火弾の元へ向かい、鬼火弾もまた、飛んでくる札の元へ急ぎ、やがて正面衝突した。鬼火弾と札は互いにぶつかるなり大爆発を起こし、爆発に呑み込まれる形で消えた。

 自分を追いかけまわしていた鬼火弾が消えて、早苗は思わず胸を撫で下ろした。


「やっと消えた……」


 早苗を追い回す鬼火弾が自分の提案した作戦で消せた事を確認するなり、霊夢は口元を少しだけ上げた。


「よし……! 鬼火弾は今の方法で消せる! これであいつも倒せ」


 振り向いて、黒虎を視界に入れたその時だった。


[ころしてやる]


 耳の奥に声が聞こえてきた。霊夢は思わず立ち止まり、棒立ちした。


「え?」


 今の声は何だ? と確認するよりも先に、もう一度声が聞こえてきた。


[ころしてやる ちぎってやる さいてやる そいでやる きってやる やいてやる つぶしてやる ころしてやる]


 声色と言葉のはっきりした声がもう一度聞こえてきた途端、胸の中で何かが蠢いたような錯覚を感じ、背筋に鳥肌がぞくっと立った。声色は懐夢くらいの少年の声だった。しかしそれは普通の声ではなく、まるで何かを強く憎み、怨んでいるかのような激しい憎悪が込められた声だ。それが、どこからか聞こえてきた。

 霊夢は辺りを見回して、今この場にいる皆の声と今聞こえきた声を照らし合わせた。しかし、誰の声もあの声のものとは一致しない。神奈子も諏訪子もあんな声じゃないし、自分も早苗もあんな声じゃない。この場には、あのような声を出せる者は存在していない。空耳か何かだろうか? 自分は空耳や幻聴が聞こえてしまうほど疲れているのだろうか。いや、そもそもこの声は他の者達の耳にも届いて……。


「霊夢! 何してんの!!」


 諏訪子の声でハッと我に返って、霊夢は目の前を見た。そこには腕にある羽を振りかぶり、こちらを斬り付けようとしている黒虎の姿があった。いつの間にか、黒虎が目の前まで移動してきていたらしい。


「しまっ―――」


 霊夢は瞬時に距離を取り、黒虎の攻撃を回避しようとしたが、それよりも先に黒虎の刃が動き、自分の身体に迫り来た。そして黒虎の刃が自分の身体を切り裂こうとしたその時。


「御柱「メテオリックオンバシラ」!!」


 神奈子の叫び声にも似た声が辺りに木霊したとほぼ同時に黒虎の身体が突如として消えた。自分に当たるはずだった攻撃が寸前まで来たところで消えた事に霊夢は頭の中が痺れたようになって、その場に立ち尽くしてしまった。しかし、その直後に地面の方から聞こえてきた轟音で我に返り、音の発生源と黒虎を探そうと下へ視線を向けた。いつの間にか地面に巨大な御柱が突き立てられており、黒虎がその下敷きにされているのが見えた。


「あ……」


 それを見て、黒虎が突然消えて自分に攻撃が当たらなかった理由を霊夢は理解した。あの御柱は神奈子のスペルカードによって出現するものだ。それが黒虎を下敷きにして自分が無傷でいるという事は、どうやら、自分は間一髪のところで神奈子に助けられたらしい。

 そう思った直後、早苗が隣までやってきて声をかけてきた。


「霊夢さん、大丈夫ですか!?」


 霊夢はゆっくりと早苗に視線を向けた。


「早苗……うん……」


 直後、前の方にいる神奈子が怒鳴り声を上げた。


「霊夢! 何やってんだ!」


 神奈子の声に霊夢は身体をびくんと言わせた。まるで、思い切り怒鳴り付けられた子供のように。

 霊夢は慌てて神奈子に言い返した。


「ご、ごめん。なんか、変な声が聞こえて……」


 神奈子は顔を顰めた。


「変な声だと?」


 霊夢は神奈子の反応にきょとんとした。


「え? あんた達、聞こえてないの?」


 早苗が頷く。


「はい。私と霊夢さんと、神奈子様と諏訪子様の声以外、何も聞こえていませんが」


 霊夢は驚いた様子で早苗と目を合わせた。


「え? それ、本当?」


 神奈子が霊夢の傍まで寄ってきて、自らの腰に手を当てる。


「おい霊夢どうしたんだ。いきなり棒立ちしたり変な声が聞こえたなんて言って。お前なんだかおかしいぞ」


 霊夢は神奈子と顔を合わせた。


「だって……本当に聞こえたんだもん」


「まだ言うか。そりゃ多分お前の幻聴か空耳……」


 神奈子が言いかけたその時、諏訪子が下を見て、悲鳴を上げるように大声を出した。


「大変だ! あの黒い虎、いないよ!」


 言われて、一同は神奈子が召喚した御柱がある場所へ目を向けた。もうそこに御柱はなく、同時に黒虎も姿を消していた。それを見るや否、神奈子は舌打ちをして辺りを見回した。


「あいつ、まだ生きてやがったか!」


 霊夢は辺りを見回して、咄嗟に考えた。神奈子と諏訪子を一度あそこまで追い詰めた黒虎だ。あの一撃を受けて絶命し、消滅したとは考えられない。恐らく、御柱の下敷きにされて動けなくなっていたが、御柱が消えると同時にその場を離脱し、自分達の目に捉えられないように移動しているのだろう。そして、自分達を纏めて攻撃し、殺す機会をうかがっているに違いない。

 霊夢は考えを纏めると、一同に指示を下した。


「皆、散らばって! 固まってると皆纏めてやられるわ!!」


 霊夢の指示を聞いた一同は頷き、霊夢の指示通り散開して辺りを警戒し始めた。霊夢もまた同じように辺りを見回したが、空と山と草原が広がっているだけで、一際目立つ黒色である黒虎は一向に見つからない。別なところに逃げたのだろうかと一瞬考えたが、黒虎の放つあの異様な殺気はこの辺りからまだ感じられる。どこかに逃げたというのはないようだ。しかし、殺気は感じられても姿は見えない。


(どこに……?)


 更に辺りに視線を配ったその時。


[ころしてやる]


 また耳の奥に、声色と言葉のはっきりした声が聞こえてきた。霊夢は驚いて、もう一度辺りを見回した。……やはりだ。神奈子には空耳か幻聴じゃないかと言われたが、これは空耳や幻聴じゃない。何かがこの声を発して、自分の耳に届けている。


「誰……!?」


 辺りを再三見回した直後、背後から悲鳴が聞こえてきた。


「ぐああッ」


 霊夢は吃驚して、咄嗟に振り向いた。そこでは、姿を消していた黒虎がいつの間にか現れて、神奈子の身体を刃のような羽で斬り付けていた。黒虎の刃に斬られた神奈子の身体はもう一度鮮血を噴出し、衣服を赤黒く染め上げた。


「神奈子ッ!」


 霊夢が呼び掛けたのとほぼ同時に黒虎は軽く後退し、助走を付けて神奈子へ勢いよく突進した。神奈子の身体は投げられた石のように地面へ一直線に飛ばされ、吹っ飛ばされたのとほぼ同時に轟音を立てて地面へ衝突した。その始終を凍り付いたように見ていた早苗は、声を上げた。


「神奈子様ッ!!」


 直後、黒虎の視線が神奈子から早苗に向いたのに霊夢は気付いた。狙いが、早苗に変わった。


「早苗! そいつ、あんたのところに行くよ!!」


 早苗はハッとして黒虎の方へ視線を向けた。怯える早苗と殺気を放つ黒虎の目が合い、黒虎が早苗へ襲い掛かろうとした次の瞬間、黒虎の背後へ諏訪子が回り込み、スペルカードを発動させた。


「神具「洩矢の鉄の輪」!!」


 諏訪子の声の直後、光を帯びた無数の鉄輪が諏訪子の周囲に出現し、一斉に黒虎の元へ高速で飛んだ。そして鉄輪が黒虎の身体へ到達し、切り裂こうとした刹那、黒虎はその場で身体をコマのように回した。鉄輪は回転する黒虎の身体に弾き飛ばされてそのまま消えてしまった。諏訪子の不意打ちは、失敗に終わり、諏訪子はひどく驚愕したような表情を浮かべた。


「そんな……!」


 黒虎は身体を回転させるのをやめると、空気の壁を駆けあがるように上空へ昇り、壁を蹴るように跳ねて諏訪子の背後へ回り込むとそのまま勢いを付けて突進した。諏訪子は避ける間もなく高速で迫り来た黒虎の身体に吹っ飛ばされ、神奈子と同じように轟音を立てて地面へ衝突。神奈子のようにそのまま動かなくなってしまった。

 諏訪子の身に起きた出来事の始終を同じように見ていた早苗は悲鳴を上げた。


「諏訪子様ッ!!」


 早苗の横で、霊夢は唖然としてしまった。偉大なる神であるはずの二人に黒虎はいとも簡単に戦闘不能の重傷を負わせ、沈黙させた。自分が戦った時でさえ、あれほどまでの傷を与える事は出来なかったというのに。いや、そもそも自分が戦った時は相手に瀕死の重傷を与えるような攻撃はしなかったのだが。それでも、あの黒虎の攻撃力と敏捷性と知性は並大抵なものではない。何としてでも倒さなければ、町がどうなるかわかったものではない。

 霊夢は意識を固く持つと、黒虎の狙いがどこに向けられているのかを確かめようと黒虎に視線を向けた。黒虎の目線は早苗の方へ向けられていた。目線の先にいる早苗は今、二人の神がやられてしまった事にひどく驚き、二人を叩きのめした黒虎に怯えてしまっている状態だった。あの様子では、すぐにあの二人の二の舞にされてしまう。

 それだけじゃない。あの二人は神だからあのような攻撃を受けたところで動けなくなるくらいで死にはしない。でも早苗は現人神とは言われるけれど事実上は特殊な力を使う事の出来るただの人間だ。あの二人のように黒虎の猛攻撃を喰らおうものなら一瞬にして殺される。


「早苗ッ!!」


 呼びかけた次の瞬間、黒虎は早苗に向けて突撃を開始した。自らの命を狙っている黒虎が動き出したにもかかわらず、早苗は怯えたままで動こうとしなかった。

 霊夢は「間に合え!!」と心の中で叫ぶと、スペルカードを構えて発動させた。


「霊符「夢想封印」!!」


 霊夢の声の直後、霊夢の両手に七色に輝く光が集まり、霊夢が腕を振るうと、集まった光は七色の光を放つ光弾となって黒虎の元へ一直線に飛んだ。そして光弾が黒虎に着弾しようとしたその次の瞬間、黒虎は素早く空中で身を翻し、迫り来た光弾を回避。霊夢は自分の放つ高い誘導性能を持つ光弾を黒虎がいとも簡単に回避した事に驚いたが、直後に笑みを浮かべた。


「それで、避けたつもり?」


 霊夢が呟くと、光弾は黒虎の放つ鬼火弾のように弧を描いて軌道を修正し、黒虎にもう一度狙いを定めて一直線に突撃した。光弾は先程よりも早く黒虎の元へ飛び、黒虎の身体へ着弾しようとしたが、黒虎はもう一度身を翻して光弾を回避した。かと思えば、黒虎は飛び去った光弾に顔を向け、かっと口を開いて口内からひときわ大きな鬼火弾を発射した。鬼火弾は軌道を修正しようとした光弾へ激突し、爆発。霊夢の放った光弾は爆発に呑み込まれる形で消滅した。


「む、夢想封印が!」


 霊夢はまた唖然としてしまった。まさか、妖怪の攻撃で重複の力を持つ自分の光弾が消されてしまうとは思っても見なかった。今までは、妖怪の唯一の天敵は自分が持つ調伏の力だった。だから、調伏の力をぶつけさえすればどんな大妖怪でも倒す事が出来た。だのに、あの妖怪は攻撃で調伏の力を消滅させて見せた。即ちあの妖怪は調伏の力を克服した妖怪である事を意味する。


(調伏の力が通じないなんて……)


 調伏の力は、妖怪だけでなく、神にも悪魔にも効く力だ。だからこそ、自分は幻想郷を紅い霧で覆い尽くしたレミリアとフランドールにも、幻想郷中の神々の進行を牛耳るべく現れた早苗、神奈子、諏訪子にも勝てた。だが、それが効かないという事は、あの妖怪は『妖怪でも神でも悪魔でもない存在』という意味になる。


(妖怪でも神でも悪魔でもない……いったい何なの!?)


 その時、霊夢は今の状況を思い出してハッとした。そうだ、今早苗があの黒虎の狙いの的にされているのだ。悠長に考えている暇など、無かった。

 霊夢は少し焦って早苗へ視線を向けて、顔を蒼褪めさせた。黒虎は早苗に襲い掛かり、今にも刃のような羽で早苗の身体を切り裂こうと振り被っていた。早苗は黒虎の姿に呆然としていて、一向に回避しようとする気配を見せない。


「早苗ぇッ!!」


 霊夢の声が木霊し黒虎の刃が早苗の身体に到達しようとしたその時だった。

 突然、一本の稲妻が空を切り裂いて降り注ぎ、黒虎の身体を貫いた。落雷に当てられた黒虎は姿勢を崩し、力なく地面へ落ちた。

 霊夢と早苗は言葉を失って呆然と立ち尽くした。いったい、何が起きたんだろうかと混乱した。

 そのうち、霊夢が早苗よりも先に我に返り、雷が降ってきた上空を眺めた。しかし、空のどこを見ても白くて綿のような雲が浮かんでいるだけで、大雨と雷を降らせるような雷雲らしき雲は見えない。


「い、今のは一体……?」


 霊夢は真下を見た。そこには皮肉にも神奈子と諏訪子と同じように地面に倒れ、動けなくなっている黒虎の姿があった。その時、霊夢はひらめいた。今ならば、黒虎に止めを刺し、倒す事が出来るかもしれない。


「今なら、やれる!」


 霊夢はスペルカードを構えて、未だ呆然としている早苗に声をかけた。


「早苗! スペルカード! あいつにスペルカードをぶつけて、止めを刺すのよ!!」


 霊夢の声に早苗はようやく我に返り、頷いてスペルカードを構えた。

 そして、忌まわしき黒き異形の虎に狙いを定め、二人はほぼ同時にスペルカードを発動させた。


「奇跡「客星の明るすぎる夜」!!」


「神霊「夢想封印」!!」


 二人の叫び声の直後、黒虎の真上に巨大な光球が出現し、内部から光の槍を放って破裂。光の槍は一本残らず黒虎の身体へ突き刺さり、それに追い打ちをかけるように巨大な七色の光を放つ光弾が降り注ぎ、調伏の力の大爆発を引き起こして黒虎を悉く呑み込んだ。

 爆発によって舞い上がった土煙が晴れると、黒虎は全身傷だらけで、羽が折れて使い物にならなくなっている状態で地面に倒れ、動かなくなっていた。その時ようやく霊夢と早苗は自分達が勝利した事を認識し、ほっと胸を撫で下ろした。


「か……勝った……」


 霊夢の呟きに早苗が続く。


「えぇ……命辛々だったような気がします……」


 直後、早苗はハッとして、黒虎と同じように地面に倒れている神奈子と諏訪子に視線を向けた。回復に向かう暇がなかったせいで、二人はあの時から変わらず動く気配を見せないでいる。


「神奈子様! 諏訪子様!」


 早苗が飛び込むように神奈子と諏訪子のいる地面まで急降下すると、霊夢もその後に続いて急降下し、地面へ降り立った。

 二人は倒れる二人の神に寄り添った。二人の怪我は先程のものほどではなかったが、それでも十分に重症と言えるくらいのものだった。それに、二人とも黒虎の攻撃を受けて地面に叩き付けられた衝撃のせいなのか、気絶してしまっている。そんな二人を見て、早苗は治癒術を二人へかけようとしたが、霊夢がそれを制止し、先程と同じように札を二人の傷に貼り付けて「活!」と唱え、二人の怪我を治癒した。直後、神奈子と諏訪子は意識を取り戻したのか、閉じていた眼を開いてむくりと起き上がった。

 起き上がる二人を見て、早苗は瞳を震わせた。


「か、神奈子様、諏訪子様……」


 神奈子は頭を掻きながら早苗と目を合わせた。


「あれ……早苗……?何が起きたんだ?」


 霊夢は溜息を吐いた。


「あんた達、気を失ってたのよ。あの黒い妖怪でも神でも悪魔でもない何かの攻撃を喰らってね」


 諏訪子が頭を軽く抱える。


「そうなんだ……確かにあいつの攻撃を喰らってから記憶がないかも……」


 神奈子は霊夢へ目を向けた。


「んで、あの化け物はどうなったんだ?逃げられたか?」


 早苗は首を横に振った。


「霊夢さんと私で倒しました」


 霊夢は黒虎が倒れている場所を指差した。


「ほら、あそこに死体が転がってるでしょ」


 神奈子と諏訪子は霊夢の指差す場所に転がる黒虎の亡骸を見て、「おぉ」と呟いた。

 その後神奈子は早苗と顔を合わせると、微笑んで早苗の頭に手を置き、そのまま優しく撫でた。


「そうかそうか。私達でも倒せないような奴を倒したのか。すごいぞ早苗」


 神奈子に撫でられながら、早苗は少し不思議そうな表情を浮かべた。


「でも、なんだか不思議な出来事があったんです」


 神奈子は首を少し傾げる。


「不思議な出来事だって?」


 早苗は自分に襲い掛かってきた黒虎に突如として雷が落ち、黒虎がそのまま落下した出来事を神奈子に話した。それを聞くなり、神奈子は少し驚いたような表情を浮かべた。


「雲がないのに落雷があっただと?」


 霊夢が頷いて腕組みをする。


「えぇ。突然ズドンと落ちてね。あの黒い化け物、たまらず落ちたわ。それで私達が止めを刺したわけ」


 諏訪子が少し上を眺める。


「何もないところで落雷っていうと……」


 早苗は諏訪子へ目を向ける。


「知ってるんですか、諏訪子様!?」


 早苗の問いかけには諏訪子ではなく神奈子が答えた。


「心当たりはあるんだけど……ちょっと嫌な展開かも」


 霊夢は目を細くした。


「嫌な展開? どういう事よそれ」


 神奈子は両掌を広げた。


「何でもないよ。とにかくお前達は運が良かったって事だ。その落雷とやらに感謝しな」


 霊夢と早苗は傾げた。直後、諏訪子が立ち上がり、亡骸となった黒虎に近付いてその身体を舐めまわすように観察した。


「しかしまぁ、何なんだろうねこいつは」


 神奈子が立ち上がり、霊夢と早苗を連れて諏訪子の隣に並んだ。

 神奈子もまた、興味深そうに黒虎の身体を眺めた。


「こんなのが私達をあそこまで追い詰めるなんて……幻想郷は変わったもんだ」


 早苗は首を横に振った。


「そんなふうに変わってほしくないです。というか変わってないと思います」


 霊夢もまた、神奈子や諏訪子と同じように舐めるように黒虎の身体を見た。傷だらけになってはいるものの、黒い毛並みの刺繍のような赤と紫の刺々しく禍々しい模様がはっきりと見える。そして、腕と背中からは紅い刃のような羽が生えている。完全なる未確認妖怪だが、こいつは多分『妖怪』ではない。何故なら妖怪の天敵であるはずの調伏の力が通用しなかったのだから。妖怪だけではなく、神にも悪魔にも効くものが効かないとなれば『それ』以外の存在であると断定せざるを得ない。だが、そんなものは今まで生きてきた中で見た事がない。正確に言えば、今日生まれて初めて見た。


(ほんと……何なのかしらこいつ……ん?)


 横たわる黒虎の亡骸を見ていたところ、霊夢はある事に気付いた。

 黒虎の模様の中に、一際大きくて形のはっきりとした模様がある。紅い線で構成された、桜の花によく似た形をした模様だった。黒虎の身体にはっきりと浮かび上がるそれは、まるで生き物の身体に咲いた黒い花だった。


「黒い……花……?」


 どうしてこんな模様がと思った次の瞬間、黒虎の亡骸は突然霧のように細かくなって崩壊し、土煙のようになった。突然の事に一同は驚き、黒い霧から離れた。直後、神奈子が驚きの声を上げた。


「な、何なんだ!?」


 諏訪子が続く。


「き、霧になった……?」


 かと思いきや、黒い霧はすーっと消えてなくなった。そしてその直後、一同は唖然としてしまった。黒虎の身体だった黒い霧の中から、地面に横たわる子供が出てきたのだ。


「え、こ、子供!?」


 早苗が声を上げると、霊夢が恐る恐る近付いて、黒い霧から出てきて倒れている子供の様子を伺った。子供は街や西の町に行けば普通にいるような、茶髪のごく普通の人間の男子だった。霊夢は更に近付いたが、子供は動く気配を見せなかった。

 その様子をまざまざと見て、諏訪子は恐る恐る霊夢に声をかけた。


「し、死んでる……?」


 霊夢は「わからない」と一言返すと、子供の喉元に手を当てた。少し弱いが、とくん、とくんと脈打っている。


「……生きてるわ。かなり衰弱してるけど」


 霊夢がそう言うと、三人は霊夢の傍に寄ってきて、倒れている子供へ目を向けた。

 そのうち、早苗が呟くように言った。


「よかった……死んではいないんですね」


 霊夢は頷いた。


「えぇ。でもこの子、どこの子かしら……」


 諏訪子がしゃがみ込み、子供の顔を確認する。


「街の子か、西の町の子か……それとも近隣の村の子か……?」


 神奈子が諏訪子の隣にしゃがむ。


「そもそも、何でさっきの化け物からこいつが出てきたんだ? まさかこいつがあの化け物になってたとでも言うのか?」


 霊夢は『考える姿勢』をした。確かに、あの黒虎からこの子供が出てきたのは謎すぎる。もしこの子が妖怪の子で、今が八俣遠呂智の異変の時だったならば、暴妖魔素妖怪になっていて、倒されて元の姿に戻ったという答えが出せるが、生憎この子は妖怪ではなく人間の子供で、しかも八俣遠呂智の異変は無事に終わって暴妖魔素は一つ残らず消滅している。いったい、この子供は何なのだろう。どうして、あの黒虎から出てきたというのだろうか。どんなに考えても答えが出てこない。何故こんな事に……?

 だが、ひとまずこの子をどこか安全な場所に運ぶ必要があるし、詳しく調べる必要がある。

 霊夢は素早く考えを纏めると、他の三人に声をかけた。


「ひとまずこの子を慧音のところに運びましょう」


 早苗は驚いた。


「えぇっ。街に行かせるんですか?」


 霊夢は頷く。


「えぇ。だって、このままここに置いておくわけにもいかないし、こうなった以上は詳しく調べる必要があるからね。この子の身内の事とか最近の出来事とかね。慧音なら子供への対応も上手だし、問題ないでしょう」


 神奈子が腕組みをする。


「確かにこいつの事は詳しく調べる必要がありそうだな。この出来事について解明しないと色々危なそうだ」


 諏訪子が頷く。


「とにかく、運ぶんなら早いところ運んじゃおう」


 霊夢は子供を懐夢を抱きかかえる時と同じ要領で抱き上げて、上空へ舞い上がった。三人もそれに続いて上空へ舞い上がり、合流して慧音のいる街へ向かった。


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