表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方幻双夢  作者: クシャルト
遠呂智編 第陸章 遠呂智
61/151

第六十一話

 八俣遠呂智が討伐され、懐夢が無事に帰ってきたその時は、懐夢を知る者達がひどく驚いた。

 懐夢の髪の毛の色が黒に極力近い茶色になり、紅かった右目が左目と同じ藍色になっていて、顔を見ない限り懐夢だとわからなくなってしまったからだ。

 そこで、懐夢の真実を知っていた者達は懐夢の髪の毛と目の色は本来の色に戻っただけであり、今の姿こそが本当の懐夢の姿であると説明し、なんとか他の者達を説得させた。

 そのすぐ後に一同は撤収し、八俣遠呂智が出した被害などの報告は全て大賢者達に任せ、それぞれ住まう場所、家族や仲間がいる場所へと戻って行った。

 随分そっけない終わり方だなと魔理沙が去り際に呟いたが、こんなものだと言って霊夢も懐夢を抱えて魔理沙達と別れを告げ、我が家である博麗神社へと飛んだ。

 帰ってきた頃にはもう夜になっており、博麗神社の周りでは演奏会が開かれているかのように虫達が頻りに鳴いていた。

 霊夢はこの音を聞いて、ようやく異変が終わって静かな日々が戻ってきたという気になった。今まで異変に怯えていたのか、虫達は夜になっても一切鳴かず、沈黙を貫いていた。その虫達が再びこうして鳴き出したという事は、異変がようやく終わりを告げたという事だ。

 霊夢は軽く溜息を吐くと、懐夢へ声をかけた。


「懐夢、虫達が鳴いてるわ。やっと異変は終わったのよ」


 懐夢は答えなかった。 

 懐夢は霊夢の胸に寄りかかりながらくぅくぅと寝息を立てていた。いつの間にか眠っていたらしい。

 無理もない。今まで八俣遠呂智に身体を侵され、八俣遠呂智の身体の中に閉じ込められて、ようやく出てこれたのだから。安堵と疲れで、眠くなったのだろう。

 霊夢は微笑んで、小さく声をかけた。


「疲れたのね……私も疲れたわ」


 霊夢は歩みを再開し、玄関へ入り、神社の中に入った。

 灯りをつけていなかったため、中は暗く静まり返っていたが、霊夢は気にせず歩き、寝室へ入り込んだ。

 寝室の様子は今朝のままで、懐夢に使わせていた自分の布団が部屋の中央で敷かれたままになっている。行燈も、箪笥の様子も、本当に今朝から何も変わっていない。

 霊夢は布団に近付くと腰を下ろし、ゆっくりと懐夢を布団に寝かせようとしたが、懐夢は軽く呻いて霊夢の服にしがみ付いた。懐夢が離れて行かない事に驚いた次の瞬間、ぶちぶちっという布が裂けるような音が聞こえて、懐夢は布団へ落ち、転がった。


「え?」


 霊夢は思わず自分の身体を見た。

 着ている服は服は布きれ同然と言えるほどずたずたになっていて、上半身はほぼ半裸に近い状態だった。まるで懐夢が博麗神社(ここ)にやってきた時に着ていた服のようだ。

 無理もなかった。八俣遠呂智と戦い、熱光弾の雨を受けて、最後には草薙剣と八俣遠呂智が放つ衝撃波に晒された。そんな目に遭えば、どんな服であろうとあっという間に布きれ同然の見るも無残な姿になってしまう。

 誰にも言われなかったから気付かなかったが、今までこんな格好をして空を飛び、ここまで帰ってきたのかと思うと、霊夢は恥ずかしくてたまらなくなった。


「もう……何で誰も何も言わないのよ。服がこんなになってるとか……」


 直後、霊夢ははっとした。そうだ、懐夢の服だ。


 懐夢は裸身で八俣遠呂智の中から出てきた。着ていた服は暴妖魔素妖怪の時とほとんど同様で、八俣遠呂智と同化した際に消えてしまったらしい。

 そんな懐夢を連れ帰る時は、いつまでも裸ん坊にしておくわけにはいかないといって、永琳が傷を抑えるために懐に隠し入れていた大きな布で懐夢の身体を包んでくれた。今もこうやって布に包まれているが、いい加減服を着せてやらなければならない。

 懐夢は今まで怪我したり病気したりしなかった。身体に八俣遠呂智が取り憑いていて、それが驚異的な治癒力と免疫力を与えて懐夢の身体を護っていたからだ。

 だが、八俣遠呂智が消滅した今となってはその驚異的な治癒力と免疫力は消失。普通の半妖の身体に戻ったから、裸身で寝かせればすぐに風邪をひいてしまう。しかし問題はそれではない。


 懐夢の服は二着あり、交互に着る事によって毎日同じ服を着て外に出る事が出来た。しかし八俣遠呂智に取り込まれてしまったせいで、その片方が失われた。今箪笥に残っている懐夢の服は、一着しかない。つまり一日分しか懐夢の服はないのだ。明日着る分があっても、明後日着る分がない。

 自分の服を着せようとしたって、自分のは女の子用だから懐夢の身体には合わないだろうし、懐夢自身も嫌がって着ようとしないだろう。


「服……どうするかなぁ……こんな事なら懐夢に服を買ってあげれば……」


 腕組みをして、ふと辺りを見回したその時、布団の横に何かが置かれている事に霊夢は気付いた。なんだろうと思ってよく見てみたところ、綺麗に畳まれて積まれた衣服だった。


「何かしら」


 霊夢は服を手に取り、目の前にばっと広げた。色は白く、まるで霖之助が着ている和服と洋服が混ざり合ったようなデザインをした、懐夢くらいが着れば丁度いいであろう大きさの服だった。

 だが霖之助のものとは似てはいるものの、首の根元に帽子がついていて、足元に届くらいに長く、派手な模様が描かれた布の装飾もないなど結構な差がある。それに和服と洋服が混ざったようなデザインとはいえ、どちらかと言えば和服寄りで、神社の神主が着るような服に似てなくもない。

 

「何、この服……」


 手に取った服の下には、この服の下に着ると思われる水色の服と、これと合せて履くと思われる水色で、白い簡単な模様の刺繍が入った霖之助が履いているものと似たズボンが畳まれていた。

 それだけではない。そのズボンの下にも手に取った服と全く同じ服があって、その下にも同じ服とズボンが積まれている。どうやら、二着ずつ畳まれているらしい。

 それにしても、この服は一体なんなのだろうか。八俣遠呂智との戦いに出かけるまで沢山の人が集まっていたから、誰かの忘れ物か何かだろうか。

 そう思って、ズボンを揺らしてみたところ、ポケットからはらりと一枚の封書が落ちてきた。


 霊夢は不思議がって封書を手に取り、表を眺めた。黒々とした達筆で博麗霊夢殿へと書かれていた。

 裏返してみたところ、差出人の記入欄に、森近霖之助と書かれていた。どうやら霖之助からの手紙らしい。


「霖之助さん?」


 封を切り、中の紙を取り出して諳んじた。


――博麗霊夢へ。

 天狗の文から聞いたよ。八俣遠呂智の討伐と懐夢の救出の成功、おめでとう。

 以前君が頼んでいた懐夢の服、二着完成したから懐夢に着せてやってくれ。

 料金の方は八俣遠呂智の討伐に成功し、幻想郷を救ったという事で免除する。

 森近霖之助より―――


 霊夢は思わず吹き出してしまった。必要最低限な事しか書いていない、あまりにこざっぱりとした手紙だった。


「霖之助さんったら、もっと書く事あるでしょうに」


 霊夢は苦笑いしながら手紙を閉じた。そして、安心した。

 懐夢の服がないからどうしようかと思っていたが、その心配もなくなった。

 それに霖之助が作ってくれた服はいかにも懐夢が気に入りそうな感じだ。きっと喜ぶに違いない。


「よかった……」


 安堵した直後、大きな欠伸が出て、どっと眠気が襲ってきた。

 八俣遠呂智との決戦で、身体が疲れ切ってしまったようだ。

 無理もなかった。異変を起こした者との弾幕ごっこですらすごく疲れるというのに、あんなに大きな怪物と死闘を繰り広げたのだから。

 

「でも、寝る前に……」


 霊夢は立ち上がると、箪笥から寝間着を取り出し、それまで着ていた布きれ当然になってしまった服を脱いでさっと着込んだ。

 着ていた服は文字通りの布きれなので、もう捨てるしかない。この分はまた霖之助に仕立ててもらおう。

 続けて霊夢は懐夢が普段着ている寝間着を箪笥から取り出して懐夢の元へ持って行き、腰を下ろした。


「懐夢、ちょっと動くわよ」


 霊夢は懐夢の身体を包み込んでいる大きな布を剥がすと、素早く懐夢に寝間着を着せた。

 懐夢はよほど深く眠っているのか、寝間着を着せるために動かしても微動だにしなかった。どうやら、よっぽど疲れているらしい。

 そんな懐夢の寝顔を見て、霊夢は思わず微笑んだ。懐夢の寝顔は、今朝の苦しそうなものとは違い、すっかり苦しさが抜けて気持ちよさそうに眠っているようなものだった。

 そう、いつも見てきた、愛おしさを感じさせる懐夢の寝顔だ。……あの時から、もう見れないのではないかと思っていた、いつもの懐夢の寝顔。それをこうしてまた見る事が出来ているのが、霊夢はたまらなく嬉しかった。


(また……見れた……)


 霊夢はそっと懐夢の頬に手を伸ばし、指先で軽くくすぐった。

 その後、霊夢は懐夢の身体を軽く動かして布団の中に滑り込んだ。

 懐夢の身体が八俣遠呂智の中から出て来た時、まるで雪や氷のように冷たかったので、布団も冷たくなったのではないかと思ったが、いつの間にか懐夢の体温は元の温度に戻っていたらしく、暖かかった。

 そのぬくもりを感じて、霊夢はまた嬉しさを感じた。もう感じられないと思っていた温もりを、またこうして感じる事が出来る。

 もう、何もかもが嬉しくて仕方がない。

 そう思いながら霊夢は目を閉じ、眠りの中へと滑り込んでいった。



   *


「おい霊夢!起きろ!」


 うるさい声で、霊夢は呻きながら目を覚ました。

 ぼーっとする意識の中上半身を起こし、辺りを見回してみたところ、自分を起こしたと思われる魔理沙の姿が自分のすぐ隣にあった。

 魔理沙は何やら不機嫌そうな表情を顔に浮かべてこちらを見ていて、霊夢は「何故ここに魔理沙が?」と気にする前に声をかけた。


「魔理沙?」


 魔理沙はふんと鼻を鳴らした。


「ようやく起きたか。遅すぎだぜ」


 霊夢は目を人差し指で軽くこすりながら、首を傾げた。


「何、もうそんな時間?」


 魔理沙は頷いた。


「そうだよ。もうこんな時間だ」


 魔理沙は枕元に置いておいた目覚まし時計を手に取って、文字盤を見せつけてきた。

 霊夢は眠たい目を細めながら、時計の針が差している時間を確認した。時計の針は午前六時を示していた。いつもよりも二時間以上早い時間だ。


「何よ……まだ六時じゃない。起きるには早過ぎよ」


 魔理沙は首を横に振った。


「早くないよ。寧ろ遅い!」


「だから、なんで?」


 魔理沙は溜息を吐いた。


「霊夢、忘れたのか?今日が何の日か」


 霊夢は首を傾げる。今日は何か特別な日だっただろうか。

 何の行事もない普通な日だった気がするが。


「何かあったっけ?」


 魔理沙は怒鳴るように言った。


「今日の夜は毎年恒例の大宴会だろうが!」


 言われて、霊夢は小さく「大宴会?」と呟いてから、あっと言って気付いた。

 八俣遠呂智との戦い、暴妖魔素の異変に気を取られてすっかり忘れてしまっていたが、今月は毎年行う博麗神社大宴会がある月だった。そしてその実行日が今日だとは夢にも思っていなかった。


「今日!?本当に今夜が大宴会!?」


 魔理沙は呆れたように頷いた。


「だからそうだってば。もうみんな準備に取り掛かってるよ」


 霊夢はきょとんとした。

 皆が準備に取りかかっているとはどういう事だろうか。

 毎年大宴会の準備をするのは主に自分だけで、時折魔理沙や萃香といった極少人数が来て手伝ってくれるのだが、そんな大勢で準備をした事などない。


「みんな?みんなってどういう事?」


 魔理沙によると、今、博麗神社には魔理沙だけではなく、チルノ達や慧音と妹紅といった街の住民、香霖堂の霖之助、永琳や鈴仙と言ったレミリア達紅魔館の住民や幽々子と妖夢といった白玉楼の住民、白蓮達命蓮寺の住民、萃香と童子やさとり達と言った地底の住民達、早苗や文や大天狗と言った妖怪の山の住民が集まっており、それら全員で過去最大の大宴会の準備が進められているという。


「過去最大の大宴会ですって?」


 魔理沙は頷いた。


「ほら、八俣遠呂智が昨日お前の手で討伐されて、五か月くらい続いた暴妖魔素の異変も終わっただろう?みんなそれを祝いたくて、集まってきたのさ。今日の大宴会は過去最大の大宴会にしようって」


 魔理沙はにっと笑った。


「ちなみにだが霊夢、お前には大賢者達からすっごいご褒美があるそうだぜ」


 霊夢は目を見開いた。


「すっごいご褒美?報酬金!?」


「それだけじゃない。お前が八俣遠呂智を倒して暴妖魔素を消し、幻想郷を救ったっていう情報は街や西の町から、地底や地獄まで轟いているみたいでな。そこの住民達からも山のような感謝の品が届いてるぜ」


「本当に!?」


「あぁ。今言ったところにも暴妖魔素は深刻な影響を与えていたらしくてな。住民達は暴妖魔素に侵される事に戦々恐々としてたらしい。それを解決してくれたお前に感謝したくて、送ったそうだ」


 霊夢は目を輝かせた。

 近頃の金の収入源は未確認妖怪と暴妖魔素妖怪の討伐であったため、それがなくなった今、どうやって金を稼いでいこうかと悩みそうだったが、魔理沙の話が本当ならば、そんな事を考える必要はなくなるかもしれない。


「よかった……収入源消えちゃったから焦ってたのよ」


 魔理沙は苦笑いした後、立ち上がった。


「ほら、早く着替えろって。みんなお前を待ってるぜ」


 霊夢はにっと笑って立ち上がり、そそくさと着替えを済ませると、魔理沙と共に寝室から境内の見える縁側に出た。そこで、思わず驚いてしまった。

 魔理沙の言う通り、境内には幻想郷に住まう様々な者達が集まって、わいわい賑わいながら大宴会の準備をしていた。しかも至る所に酒樽や野菜という文字が書かれた木箱、肉と書かれた木箱がいくつも山積みにされた状態で置かれている。皆が賑わいながら博麗神社を行き交う様子は、八俣遠呂智との戦いの時を彷彿とさせた。

 あまりにすごい光景に、霊夢は呆然とした。


「すっごい人の数……こんな大人数で準備した事、無いわ」


 魔理沙が霊夢の肩を叩く。


「だから言っただろう?今日の大宴会は過去最大の大宴会になるって」


 霊夢は思わず頷いた。

 これだけの数で準備を進めて、大宴会を行えば相当な規模と豪華さになる。今夜の大宴会は、本当に今まで最も大きい宴会となるだろう。

 その時、霊夢を呼ぶ声が聞こえてきた。


「あ、霊夢ー!」


 聞き覚えのある声だった。霊夢ははっとして、声の聞こえてきた場所へ視線を向けた。

 そこには、境内からこちらに向けて走ってくる懐夢の姿があった。しかも服はいつもの黒い服ではなく、昨日寝室に置かれていた新しい白い服を着ている。当然、ズボンもあそこに置かれていたものだ。


「懐夢!」


 呼びかけた直後に、懐夢は目の前までやってきた。


「すごいよ、こんなに沢山の人で準備するなんて!これが博麗神社の大宴会なの!?」


 霊夢は少しぎこちなく答える。


「え、いや、今回は特別っていうか……」


 霊夢に割り込むように魔理沙が答えた。


「今回はいつもよりも豪華なんだ。お前の歓迎会と霊夢の勝利祝いでね」


「そうなんだ」


 魔理沙は頷いて縁側から飛び降り、懐夢に歩み寄った。


「しかしまぁ……なんか違和感あるなお前」


 懐夢は不思議そうな顔をして魔理沙と目を合わせる。


「え?違和感?」


「うん。今まで髪の毛、明るい茶色だったのに、霊夢の髪みたいに黒くなったし、目だって両目とも藍色になったし、着てるものも白くなったしさ。まるで別人みたいだぜ。っていうか、この服は何だ?」


「霖之助さんが作ってくれた服だよ。いつもの黒い服を着てったら霖之助さんに会って、霖之助さんが作った服を着てくれって言われてさ。寝室も戻ったら、あったから着た」


 魔理沙は「ほぉー」と言った後、懐夢の髪の毛を軽く摘まんだ。


「だけどこの髪の毛はなぁ。今まで色のイメージが強すぎるから、この色のお前は違和感あるな」


 懐夢は前髪を軽く摘まんで日に翳した。


「じゃあ染めて元の色に戻そうか?街の髪結いで出来るみたいな話聞いたけど」


「そんな必要はないわ」


 魔理沙に続くように霊夢が縁側から降り、懐夢へ歩み寄った。


「貴方は元の自分に戻れたの。周りから見れば違和感あるかもしれないけど、貴方はそれが一番の姿なのよ。だから、そのままでいなさい」


 懐夢は頷き、魔理沙がおっとと呟いた。


「そういえば、これが元の懐夢なんだっけ。八俣遠呂智が身体の中にいない、元の懐夢」


「そうよ。せっかく元に戻ったのだから、髪染めるとか変な事言わないで頂戴」


 懐夢は「はーい」と答えた。

 その後、懐夢は思い出したように霊夢に言った。


「あ、そうだ。霊夢、こっち来てよ。みんな物の配置の仕方とかどうすればいいのかわからないみたいで、困ってるんだ。だから、霊夢に話を聞きたいんだって」


 霊夢は腕組みをした。


「私に?そんな事しなくても勝手にやればいいのに」


 魔理沙が首を横に振る。


「そうはいかないよ。だって今回は過去最大の特別版だぜ?

 これまで大宴会の準備をやってきたお前の力が必要なんだよ」


 霊夢は魔理沙へ目を向ける。


「そんなもんかしら」


「そんなもんだよ。ほら、行くぞ!」


 魔理沙は霊夢の手を掴み、境内へ走り出した。

 霊夢は懐夢を連れて魔理沙に引かれるまま走り、やがて皆が行き交っている境内へ辿り着いた。

 霊夢がやってくるなり、そこで準備を進めていた者達の視線が一斉に霊夢へ向いた。

 皆の視線を浴びて、霊夢がびくっとすると、霊夢から比較的近い位置で準備を進めていた早苗が駆け寄ってきた。


「霊夢さん!」


「あ、早苗おはよう」


 早苗は一礼した。


「おはようございます。今日は大宴会ですね!」


「えぇ。魔理沙曰く過去最大の大宴会だそうじゃないの。皆張り切ってるみたいね」


「はい。今日の大宴会を成し遂げるために、皆さん気合を入れて準備してます」


 霊夢は境内の一角で山積みにされている酒樽と野菜の文字が書かれた木箱の群へ視線を向ける。


「それにしてもあの木箱と酒樽何?」


 早苗は「あぁ」と言って木箱と酒樽の群に目を向けた。

 何でも、あれこそが魔理沙の言っていた、街、西の町、近隣の村、妖怪の山、地底の繁華街、地獄からの贈り物らしい。その数は、百五十箱近くらしい。


「全部合わせて百五十ですって!?」


 早苗は頷いた。


「はい。みんな、霊夢さんに感謝してるんです。霊夢さんのおかげで、八俣遠呂智は倒されたんですから」


 霊夢は積み重なる木箱と酒樽を見て、心の中に嬉しさが満ちてくるのを感じた。

 こういう品を送ってこられたという事は、送ってくれた人達が無事に異変を乗り越える事が出来たという事だ。即ち、幻想郷に住まう人々を、妖怪達を無事に守り通す事が出来たという事を意味する。


「なるほどねぇ……でもしかしまぁ、こんな数をよく運んで来れたわね。時間かかったでしょ?」


 早苗は首を横に振った。


「私達のところは時間がかかりませんでした。何せ、神獣様が運んでくださったのですから」


 霊夢は目を丸くした。


「神獣が?」


「はい。私達が西の町の人々と一緒に荷車で運んでいたら、さっそうと神獣様が現れて、品物を荷車ごと咥えて博麗神社へ運んでくれたんです。その後も天狗の里と河童の里からの贈り物を咥えてこの神社に運んでくださいました」


 早苗は苦笑いした。


「まぁ、神獣様が現れた時は町の人々が吃驚して腰を抜かしていましたけど」


「そりゃそうよ。あんなのが突然現れたら誰でも腰抜かすわ」


 霊夢はふと空を見た。


「それにしても、変なタイミングで現れるものね。あれだけ戦闘力あるなら八俣遠呂智との戦いの時も助けに来てくれたらよかったのに、今更現われて何のつもりかしら」


 その時、霊夢は早苗の変化に気付いた。いつの間にか早苗は下を向いて、無表情に近い表情を浮かべている。

 霊夢は不思議がって、早苗へ声をかけた。


「早苗?どうしたのよ」


 早苗ははっと顔を上げて、首を横に振った。


「いいえ、なんでもありません」


 霊夢は首を傾げた。

 その直後、人混みの中から慧音が出てきて、声をかけてきた。


「霊夢、話は終わったか?」


 霊夢は慧音の方へ視線を向けた。


「あ、慧音。えぇ終わった」


 慧音は目の前まで来て、立ち止まった。


「なら、指示を出してくれ。皆、大宴会に必要そうなものを持ってきたり、倉庫から出したりしたが、どう配置すればいいかわからないのだ。そこで、お前の指示が必要だ」


 直後、魔理沙が肩に手を乗せてきた。


「霊夢、指示を出してくれ。八俣遠呂智と戦った時みたいにさ」


 霊夢はぐるっと辺りを見回した。先程と同じように、皆の視線がこちらに向いていた。

 そしてその目は、如何にも自分からの指示を求めているような色が浮かんでいるような気がする。

 ここまで来たからには、指示を下さなければいけないらしい。

 霊夢は仕方ないと思うと、博麗神社全体に響くように声を張り上げた。


「ここに集まった皆に伝えます!

 まず酒樽と木箱は台所の近くに置いて頂戴!あと、今は夏で食材が痛みやすいから氷や冷気で傷まないようにしておくように!宴会に出す料理の調理開始は午後三時頃から大人数で!

 うちの台所じゃ小さすぎるので外でも調理が出来る調理器具などを街などから借りてくるように!

 物の配置などはその場で指示するから尋ねて頂戴!」


 霊夢は更に声を上げた。


「それじゃあ皆!今日の大宴会を成功させるための準備を、開始して!」


 霊夢の声が博麗神社とその周辺に響き渡ると、集まった一同から「おー!」という力強い声が上がって、霊夢の声を追うように周辺に響き渡った。

 その直後、それまで止まっていた一同は準備を再開し、霊夢は軽く溜息を吐いた後、呟いた。


「さてと、私もやるかな!」




       *



 準備は一日を通じて一切の問題なく進み、夕暮れの午後六時半、過去最大の大宴会は開催された。

 霊夢による乾杯という大きな一言を、一同はそれはまた大きな声で繰り返し、手に持った酒やジュースを一気に飲み干した。それを皮切りに大宴会は始まった。

 懐夢は皆が集まり、仲良く酒やジュースを飲んで料理を食べる様子を見て、懐かしさが込み上げてくるのを感じた。かつて住んでいた村のお正月や祭りの時とかにもこうやってみんなで集まり、賑わいながらジュースや酒を呑み、料理を食べてる事があった。みんなが集まっているおかげなのか、そういう時に食べる料理は普段よりも美味しく感じる。だから懐夢は、そういう行事が大好きだった。

 村が滅んだという話を聞いてから、もうそんな事が出来ないと思っていたが、またこうやってみんなで集まってご飯を食べたり、ジュースやお酒を飲んだりする事が出来て、懐夢はとても嬉しかった。

 懐夢が辺りを見回している事に違和感を抱いたのか、近くにいるリグルが声をかけてきた。


「どうしたの懐夢。きょろきょろして」


 懐夢はリグルと目を合わせた。


「いや、なんでもないよ。ただ、こうやってみんなで集まってご飯食べたりするの、好きなんだ」


 隣に座っているルーミアが割り込むように話しかけてきた。


「懐夢もなの?私もなんだ!」


 ルーミアの隣にいる大妖精が笑みを浮かべる。


「皆で集まると、ご飯も美味しく感じますものね」


 チルノが料理を頬張りながら大妖精に続く。


「皆で食べる料理の味に勝る料理はない!これあたいの常識!」


 リグルの隣にいるミスティアがさらに続く。


「そうだけど、料理そのものは美味しいはずだよ。だっていくつかの料理には私の作ったのも混ざってるから」


 懐夢はミスティアの方へ視線を向けた。


「え!どこどこ!?」


 ミスティアは目の前に広がる数々の料理のうち、鰻の蒲焼きを指差した。


「あの蒲焼き。私が料理したんだよ」


 懐夢は蒲焼きを見つけると、箸を伸ばして一枚取り、皿の上に乗せた。こんがりとした焼き目が付いている肉にたっぷりとタレが付いていて、醤油と魚の香ばしい香りが鼻に流れ込んできた。

 懐夢は箸で鰻の身を取り、口に運んだ。ふんわりとした柔らかな食感の肉を噛み締めると、魚と甘辛い醤油ダレの旨味がじんわりと広がり、とても美味しかった。これが普段一緒に遊んでいるミスティアが作ったというのだから、驚きだ。

 直後、ミスティアが再び声をかけてきた。


「ねぇ懐夢、どう?」


 懐夢はにっこりと笑った。


「とっても美味しい!」


 ミスティアはよかったと言って、同じようににっこりと笑った。

 直後、ルーミアが箸を伸ばして、ミスティアの作った鰻の蒲焼きを二枚ほどとって更に乗せ、そのうち一枚を口に運んだ。


「ん、美味しい!」


「本当!?私もほしい!」


「それじゃ、私ももらおうかな」


「あ、ちょ、あたいも!」


 ルーミアに続いてリグルと大妖精とチルノも蒲焼きに集まって取り始めた。

 ミスティアの料理に集る皆を見て、懐夢が思わず笑ったその時、ルーミアから小さな声が聞こえてきた。


瑠空(るあ)、美味しい?……今日は美味しいの沢山食べるからね」


 懐夢は思わずルーミアの方を見た。

 ルーミアと目が合って、きょとんとしてしまった。


「ルーミア、今……」


 ルーミアは自分の唇の前で人差し指を立てて、シーッと言った。

 静かにしてという意思表示だ。


「あ……」


 懐夢が声を漏らすと、ルーミアは微笑んだ。


「二人だけの秘密でしょ?」


 懐夢ははっとして、やがて微笑みを浮かべて頷いた。




「懐夢、楽しそうね」


 こちらは霊夢と魔理沙と紫。とくに霊夢は少し遠くの方でチルノ達と宴会を楽しんでいる懐夢の事を見ていた。

 魔理沙は口にジュースを運びながら霊夢に声をかける。


「そりゃそうだろ。あいつにとっては初めての大宴会だ。楽しくて仕方ないはずさ。

 元の姿に戻れて、新しい服も着れて、皆とこうして一大イベントを楽しめた。良い事尽くめじゃないか」


 霊夢は「それもそうね」と言った後、料理に視線を戻して、口に運んだ。

 直後、紫が溜息を吐くように言った。


「ほんと、貴方達はすごい人達ね」


 霊夢と魔理沙はきょとんとしたように紫へ視線を向けた。

 紫は盃を軽く揺らした。


「だって、本当にあの怪物を倒して、八俣遠呂智の伝説を終わらせたのだもの。

 とくに霊夢、私は貴方に一番驚いたわ」


 霊夢は首を傾げる。


「私に?」


「えぇ。実は八俣遠呂智に懐夢が取り込まれて、倒された時、懐夢は一緒に消滅するはずだったのよ」


 魔理沙が驚いたような表情を浮かべる。


「マジかよ。でも懐夢は生きて帰ってきたぜ?」


 紫は霊夢と目を合わせた。


「これは私の憶測でしかないけれど、きっと霊夢の力が奇跡を起こしたのよ。

 八俣遠呂智が消滅する時、貴方の思いが力になって、懐夢を八俣遠呂智から切り離した。だから懐夢は八俣遠呂智の消滅に巻き込まれる事なく出てこれた。私はそう考えてる」


「私の力が……奇跡を……」


 紫は微笑んだ。


「人が人を思う気持ちは時にどんな理論も覆すというわ。貴方は身をもってそれを実証して見せた。そして奇跡を起こした。貴方はまさに、『奇跡の巫女』ね。こんな偉業、歴代の巫女もやってこなかったわ」


 魔理沙は霊夢へ視線を向けた。


「『奇跡の巫女』……」


 霊夢が行動を起こそうとした次の瞬間、紫は霊夢に笑いかけた。


「その『奇跡の巫女』に、私達大賢者はたんまりと報酬金を出します。大宴会が終わったら、楽しみにしていて頂戴」


 紫はそこで、霊夢が噛み付くようにこっちにくると思った。

 いつもの霊夢ならば、こういった金の話をすると目を輝かせて食いついてくるからだ。

 しかし、いつまでたっても霊夢はこっちに食いついてこなかった。そればかりか、こっちと目を合わせておらず、じっと懐夢のいる場所を眺めている。

 紫は思わずきょとんとして、霊夢に声をかけた。


「れ、霊夢、報酬金だけど……」


「それは明日にしてくれるかしら。今夜はちょっと、そういうのやめてほしいのよ」


「え!?な、何故かしら!?」


 霊夢は振り向き、にっと笑った。


「内緒。さぁて!料理を楽しもうとしますか。こんなご馳走、めったに食べれないしね」


 霊夢はそれまで皿に取っていた料理に箸を伸ばし始めた。

 その様子を、魔理沙と紫は呆然として見ていた。


「マジかよ……金に食いつかない霊夢なんて……」


 紫は表情を穏やかにした。


「違和感ばりばりね。でも、良い事だわ。さぁ、私達も宴会を楽しみましょう。まだまだ、宴会は始まったばかりよ」


 魔理沙は頷き、霊夢と同じように料理を食べ始めたが、その中で霊夢の事を思い出した。

 今、振り返った時の霊夢はこれまで見た事がないくらいに、穏やかで優しげな表情を浮かべていた。

 まるで、大好きな人を愛おしむ時に浮かべるような、霊夢とは縁がなさそうな表情を、霊夢は浮かべながら振り向いた。

 それだけではない。近頃の霊夢は、なんだか明るい気がする。いや、明るくなったと言った方が正しいかもしれない。

 霊夢は以前まで、何にも興味を示さず、自分達ともあまり好意的にかかわろうとせず、あまり表情を変えずにただぼーっとしていて、異変になると道塞ぐ妖怪を狩り尽くすかのような勢いで攻撃を仕掛け、とっとと異変を終わらせて帰ってしまうという、暖かさを感じられない性格の持ち主に見えていた。

 しかし近頃の霊夢は表情が豊かになり、顔にもどこか穏やかさが感じられ、自分達とも好意的にかかわるようになり、異変になると近隣の村や町の人々を心配するなど、暖かさを感じられるようなった。明らかに、霊夢はここ最近で変わっている。

 それは何故だろう、何が霊夢を変えたのだろうと思った瞬間に魔理沙はその答えがわかり、にっと笑んだ。


(そうか……お前が霊夢を変えたのか)


 魔理沙は心で呟くと、料理を口に運んだ。

 



      *



 大宴会は午後の十一時半まで大盛り上がりのまま続き、終わった。

 後片付けも大人数でやったため、あっという間に終わり、皆満足した様子でそれぞれの住む場所へ帰って行った。その後、霊夢と懐夢はささっと風呂に入り、寝間着に着替えて、寝室で寝る用意をしていた。

 その最中、懐夢が満足したような表情で呟いた。


「楽しかったなぁ大宴会。また来年が楽しみ」


 霊夢は答えを返さなかった。

 懐夢は続けた。


「大蛇里でもあんなに大きな宴会はやった事ないよ。ほんと、すごかったなぁ!」


 その時、霊夢が声をかけた。


「懐夢」


 懐夢は「なに?」と言って振り返って、きょとんとした。

 霊夢が正座して、こちらに視線を向けていたからだ。


「霊夢、なに?なんで正座してるの?」


 霊夢は自分の前をぽんぽんと手で叩いた。ここに座りなさいという意思表示だ。

 懐夢は頷き、霊夢の目の前に正座した後、もう一度霊夢に尋ねた。


「なぁに?」


 霊夢は微笑んで、懐夢の頬に両掌を当てた。


「……ありがとう」


 突然礼を言われて、懐夢はもう一度きょとんとしてしまった。


「え?僕何かしたっけ?」


 霊夢は続けた。


「貴方がやってきてこの神社に住むようになったあの日。

 あの日から私の日々は、人生は変わったわ。ううん、貴方が私の人生を変えてくれた」


 懐夢は首を少し傾げた。


「僕が……霊夢を……?」


 霊夢は少しだけ俯いた。


「私、貴方が来る前までは、異変の時くらいにしか人や妖怪と会わなくてね。いつもこの神社でぼーっとしてるような日々を送ってた。だから、誰もこの神社には来ない。誰も私に会いに来ない。つまらなくて、寂しくて、嫌だった」


 霊夢は顔を上げる。


「でも、貴方が来てからそんな事はなくなった。貴方がいてくれるから、寂しくないしつまらなくない。

 毎日が楽しくて仕方がなくなったのよ。そりゃ面倒な事もあって楽しくない時もあったけれど、何もないよりはずっとましだった」


 霊夢は懐夢の頬から手を離すと、そのまま身体へ伸ばして抱き寄せた。


「もし貴方と出会わなければ、私の日々は変わらなかったと思う。

 ……懐夢。貴方は私に新しい人生っていうものをくれたのよ」


 霊夢は懐夢の身体を抱き締める。


「だからね、今度は私が……私が貴方に、新しい人生っていうのをあげたい」


 懐夢は小さく呟いた。


「新しい……人生?」


 霊夢は頷き、懐夢の身体を離して目を合わせた。

 懐夢の藍色の瞳に自分の姿を、懐夢の姿を自分の瞳に映しながら、霊夢は静かに言った。


「懐夢、もしよかったらだけどさ、私と……家族にならない?」




      *




 二日後、午後十二時五十五分の寺子屋。

 懐夢はいつもどおり教室でチルノ達と話をしていた。


「一昨日の大宴会はすごかったね!」


 チルノが言うと、懐夢はうんと頷いた。


「料理はどれも美味しかったけど、ミスティアの作った蒲焼き、あれすっごく美味しかった!」


 ミスティアがふっふーんと鼻を鳴らす。


「あの時は気合を入れたからね。自分でも予想を超える味になってくれてて、びっくりしたよ」


 ルーミアが微笑みながら呟く。


「来年が楽しみだなぁ。来年はもっと豪華になってるかな?」


 大妖精がにっこりと笑う。


「来年もまた、みんなであんなふうにご飯を食べたいものですね」


 リグルがにっと笑みを浮かべた。


「皆さん、来年じゃないですよ」


 リグル以外の全員がリグルへ注目する。

 懐夢は首を傾げた。


「えぇ?来年じゃないって?」


「今から二週間後に、守矢神社の方で夏祭りがあるんだってさ!」


 チルノが驚きの声を上げる。


「本当に!?」


 リグルが頷く。


「早苗が言ってたんだ。大宴会から二週間後の日に、夏祭りをやるって。出店や屋台がいっぱい出るんだって」


 ミスティアが目を輝かせる。


「本当!?なら私もお店出そうかな!?」


 大妖精が軽く上を見る。


「大宴会の次は夏祭りですか……いいじゃないですか」


 ルーミアがにっこりと笑う。


「大宴会が終わったばかりなのに、もう楽しみな事が出来ちゃった!」


 懐夢が皆をぐるっと見回した。


「夏祭りかぁ……その時も、みんなで行こうね!」


 その場にいる全員が頷いた。

 直後、時計の針は午後一時を指し、がらがらと部屋の戸を開けて慧音が入ってきた。


「お前達、授業開始の時間だぞ」


 慧音の一声に一同は「はーい」と答え、それぞれの席に着いた。慧音は教壇へ上がり、室内をぐるっと見回した後、学童達の変化に気付いた。何やら、皆楽しそうな表情を浮かべている。


「どうした?そんな楽しそうな顔をして」


 学童達はにっこりと笑うだけで、何も言わなかった。

 慧音は軽く首を傾げてしまったが、「まぁいい」と一言呟いた後、懐夢へ視線を向けた。


「懐夢、昨日は随分と吃驚させられたが、その後はどうだ?」


 懐夢は笑んだまま答えた。


「何の問題もありません。いつもどおりです。それに、大賢者の人達がお金をすごくいっぱいくれたんで、向こう十数年は困らなそうです」


 慧音は穏やかに笑った。


「そうか。あまりに突拍子もなかったから、どうなるかと気がかりだったけど、それならいいんだ。霊夢としっかりやっていくのだぞ」


 懐夢は元気に「はーい!」と答えた。

 直後、慧音は出席簿を開いた。


「では出席を取るぞ」


 慧音は学童達の名を呼び始めた。


「チルノ!」


 チルノが明るい返事をする。


「ルーミア!」


 ルーミアが少し明るい返事をする。


「大妖精!」


 大妖精が静かな返事をする。


「ミスティア・ローレライ!」


 ミスティアが普通な返事をする。


「リグル・ナイトバグ!」


 リグルが少し静かな返事をする。


「百詠懐夢!」


 懐夢は返事をしない。

 慧音はあっと言って苦笑いした。


「あはは、いきなり間違えてしまったよ」


 慧音は軽く咳払いして、もう一度言い直した。


「百詠懐夢を改め……」


 慧音は少しだけ声を大きくした。


「博麗懐夢!」


 懐夢はにっと笑って、明るい返事をした。

 そのすぐ後に、いつもどおり寺子屋の午後の授業は開始された。

 幻想郷には、すっかり元の平和が訪れていた。



                        <<おわり>>

東方幻双夢、完結。

後にあとがきと元ネタ小ネタ集を投稿し、この小説は終了となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ