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東方幻双夢  作者: クシャルト
遠呂智編 第陸章 遠呂智
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第五十九話

 次に目を覚ました時、霊夢は草の上で寝転んでいた。

 草はまるで布団のようにふかふかしていて、どこからか心地のよい風が吹いてくる。

 あまりの気持ちよさに、霊夢はどうして自分がここにいるのか、先程までいたあの真っ黒な岩の中から、どうやってここに来たのか、考えられなくなった。というよりも、そんなものはどうだっていいと思い始めたと言った方が正確かもしれない。

 霊夢は寝返りを打って辺りを確認したが、自分以外の人や動物の姿は見当たらなかった。自分はどうやら、一人でここにいるようだ。

 だが、それすらもどうでもいいと思って、もう一度寝返りを打ち、仰向けになった。

 空は蒼くなく、白かった。まるで、空全体が雲に覆われているかのようだったが、曇りの日のように暗くなかった。

 太陽がどこにもないにもかかわらず、暖かい。そしてその暖かさと草の寝心地、吹いてくる風はどれも心地よく、強い眠気を誘ってきた。どこにも人はいないし、誰の邪魔にもなっていない。……このまま眠ってしまっても大丈夫そうだ。


「起きたばっかりだけど……もう一回寝よう……」


 霊夢はゆっくりと瞳を閉じた。

 その時、耳に風で揺れたものとは違う草の音が聞こえてきた。まるで、重い何かに踏まれたような音だった。霊夢は目を開き、上半身を起こし、少し眠たい目で音の発生源を探した。

 とても広い草原だった。地平線の彼方まで草原が広がっていて、木や川、建物といったものはどこにもない。ただ、草だけが大地を埋め尽くしているだけの場所だ。

 その草の中に人が一人立っているのが見えた。それも大人ではなく、明るい茶髪で、黒い巫女服のような服を身に纏った子供だ。だが、こちらに背を向けているため、顔を確認する事は出来ない。

 霊夢は子供を見るなり、首を傾げた。……あの子供の後ろ姿、見覚えがある。

 いや、見覚えどころではない。あの子供から、とても親しみを感じる。まるで、これまで一緒に暮らしていたかのような親しみが、あの子供から感じて仕方がない。

 霊夢は子供が気になって仕方なくなり、声をかけた。


「貴方は、誰?」


 子供は振り返った。まるで少女のようだが、よく見れば少年だとわかる顔付で、右目が紅く、左目が藍色という不思議な特徴を持つ顔立ちだった。

 その顔を見た途端、霊夢は頭の中に衝撃が走ったのを感じた。そして、ここに来る前に何をしていたのかをはっきり思い出した。

 そうだ、自分はあの少年を助けようとしていた。

 本当は自分と一緒に暮らしていたのに、ある時を境に離れ離れになってしまった少年。自分はそれが嫌で、少年を取り戻すべく、危険に身を投じていた。そして何かがあって、少年を助ける事に失敗したはずだったが、そんな事はなかったようだ。

 少年はここにいる。今、自分の前にいて、こっちをずっと見ている。

 安堵感を胸に抱きながらその少年の名を、霊夢は呼んだ。


「懐夢!」


 霊夢は立ち上がり、懐夢へ歩み寄った。


「ここにいたのね。さぁ、うちに帰りましょう」


 懐夢への距離をぐんぐん縮めたその時だった。突如として地面が波打ち、霊夢と懐夢は宙に舞いあげられ、やがて地面に落ちた。地面と衝突した際に鈍い痛みが全身に走ったが、霊夢はすぐに顔を上げて、周りを見た。

 霊夢は驚いた。懐夢の後ろに、とてつもなく大きな蛇のような姿をした怪物がいつの間にか現れていて、今にも懐夢を食べてしまおうと睨みを利かせている。

 顔を蒼褪めさせて、霊夢は叫んだ。


「懐夢!逃げなさい!!」


 その声が懐夢に届く前に、怪物は懐夢を頭からがっぷりと喰らい、口の中に放り込むと、そのままごくりと音を立てて飲み込んでしまった。

 怪物の腹の中へ懐夢が落ちる瞬間をまざまざと目に入れ、霊夢は力が抜けてしまったようにその場に座り込んでしまった。そして、懐夢と離れ離れになってしまった理由と、目の前に鎮座する怪物を思い出した。

 あの怪物の名前は、八俣遠呂智だ。かつて幻想郷を支配しようと目論んで、当時の巫女に封印されたが、今更になって復活した魔神だ。そして八俣遠呂智は、懐夢を身体の基礎にして復活を遂げ、懐夢を身体の中に閉じ込めた。自分は懐夢を救うべく、八俣遠呂智と戦っていたのだ。

 霊夢は立ち上がって、身構えた。


「そうだ……お前が……お前が懐夢を!」


 八俣遠呂智は霊夢と目を合わせるなり咆哮し、霊夢は思わず耳を塞いだ。

 咆哮が終わると、霊夢はすぐにスペルカードを構えて目の前の蟒蛇へ狙いを定め、発動させようとした。


「霊符「夢想封」


 言いかけたところで、霊夢は言葉を区切った。

 このまま目の前の蛇の怪物目掛けて最大出力のスペルカードを撃ち込めば、倒せる。何せ自分のスペルカードは、妖魔を調伏する力なのだから。

 だけどもし、その攻撃が八俣遠呂智の腹の中にいる懐夢に届いてしまったら、懐夢はどうなる?

 懐夢を助け出さないまま、八俣遠呂智を倒してしまったら、どうなってしまう?

 八俣遠呂智を倒してしまえるほどの威力を孕んだ攻撃だ、そんなものを八俣遠呂智よりも弱い懐夢が受ければただでは済まない。喰らった時点で、死んでしまうだろう。

 

「もしここで攻撃したら、懐夢が……」


 懐夢を助けるための戦いなのに、八俣遠呂智と一緒に懐夢を殺してしまったら、元も子もない。

 しかし、このままでは攻撃する事も出来ない。攻撃したら懐夢を傷付けて、殺してしまうのだから。

 霊夢は顔を上げて、八俣遠呂智を見た。

 どこかわからない場所で、目の前に大きな蛇の怪物がいて、まさに襲われようとしているというのに自分は全く攻撃する事が出来ない状態の構図を見て、霊夢はふとある事を思い出した。……だいぶ前にも、こんな事があった気がする。

 いつの事だったのか上手く思い出せないが、確かに自分はこのような場面におかれた事がある。

 いつだっただろうか。いつ……。


「あ……!」


 思い出した。

 懐夢と出会った朝に見た夢だ。あの夢の中で、自分は赤黒い荒れ果てた地で、仲間が全員倒れている中で、とても巨大な蛇の怪物と対峙していた。身を護ろうと、蛇の怪物を攻撃しようとしたが、何故か攻撃する事を躊躇ってしまって、いつまでも攻撃できないというよくわからない状態に陥らされていた。あの時の巨大な蛇の怪物と、目の前にいる蟒蛇、八俣遠呂智の姿を照らし合わせてみたところ、非常に酷似していた。

 そして、攻撃したくとも出来ないような状態になっている。周りに倒れた仲間はいないし、ここが美しい草原であるというあの夢とは差があるが、内容は完全に同じだ。

 あの夢は、いつか自分の前に現れる現象である正夢だったのだ。

 だがどうする。そんなものがわかったところで、この状況は変わらない。


「どうすれば……どうすれば……」


 八俣遠呂智への攻撃に懐夢を巻き込まなければいいのだから、出力を下げて八俣遠呂智だけを攻撃するようにするか。しかしそれでは威力が足りなくなり、すぐに反撃される。おまけに、あの蟒蛇の事だ。一発攻撃を受けただけで激昂し、本気でこっちを殺しに来るだろう。即ち返り討ちにされる。

 では出力を大きくして、八俣遠呂智だけを狙って攻撃するか。だがそれではきっと威力が大きくなりすぎて、懐夢を巻き込んでしまう。それに、八俣遠呂智がそれで倒せるという保証はないし、最悪の場合懐夢が攻撃に巻き込まれて死に、八俣遠呂智は生きているなどという事が起こりかねない。

 あれも駄目、これも駄目と思い付く考えがすぐに否定され、どんどん打つ手が消えて行く。


「どうすれば……いいのよ……」


 呟いて、下げていた顔を上げたその時に、霊夢は八俣遠呂智の首がすぐ近くまで来て、自分の身体に噛み付こうとしている事に気付いた。


「しまっ――」


 言いかけて八俣遠呂智から距離を取ろうとした瞬間に、八俣遠呂智は待ってましたと言わんばかりに霊夢の胴体にがぶりと噛み付いた。

 霊夢は噛まれる!と思って悲鳴を上げて身体を硬くしたが、八俣遠呂智の牙は容赦なく霊夢の身体を貫き、衣服、皮膚、筋肉、内臓を爆ぜさせた。気が狂いそうになる痛みに霊夢は金切声にも等しい叫び声をあげて、血を大量に吐き出したが、八俣遠呂智は悲鳴を止めさせようと思ったのか、霊夢の身体を咀嚼するように何度も噛んだ。

 巨大で鋭い牙が身体を貫く度に、皮膚が筋肉ごとが引き裂かれ、骨がへし折られて粉々に砕かれ、穴の開いた腹の中で、ずたずたにされた内臓が血と筋肉や骨の破片と一緒に卵焼きのようにかき混ぜられる。

 気が狂いそうになる痛みと、自分の身体が壊されていく感覚で意識がぼんやりしてきて、霊夢はここに来る前の自分の状態を思い出した。

 自分は八俣遠呂智と戦ったが、噛み付かれて腹に穴を開けられ、瓦礫の下に埋められた。そして気が付けば、この草原の中で一人たたずんでいた。そして今、こうやって八俣遠呂智に全く同じ目に遭わされている。


(……あぁそうか……)


 自分は今、死のうとしているのだ。

 無理もない。八俣遠呂智に噛まれて腹に穴をあけられて、瓦礫の下に埋められたのだ。どんな人間や妖怪だって、それくらいされれば死んでしまう。

 今、自分の身体を噛む事で壊している八俣遠呂智は、八俣遠呂智の姿をした『死』だ。極限まで衰弱した生命が終わりを迎える時にやってくるのが『死』だが、その『死』が自分のところへやってきたのだ。

 この異変の中で何度か死にかけて、その度に生き延びたが、今度こそ自分は死ぬ。何故なら、『死』が直々に自分を迎えにやってきて、必要なくなる身体を今壊しているのだから。

 ……なんとあっけない終わり方なのだろう。

 博麗の巫女として生き、その使命を全うするまで死なないと決めていたつもりなのに、わずか十七歳になった歳でその人生が終わってしまうなんて。たった数年で、博麗の巫女の交代が起きてしまうなんて。

 霊夢はぼんやりとする意識の中、首を動かして『死』の透き通った腹の中に浮かぶ懐夢の姿を目に入れた。

 この異変を終わらせたら、懐夢ともう一度暮らすつもりだった。

 懐夢に嘘を吐いていた事を謝り、互いに嘘を吐かないで暮らしていこうと考えていた。そして、その生活の事を考えると、嬉しくて、楽しくて胸が高鳴り、心が弾んだ。

 だが、それももう消える。叶わないまま、泡沫(うたかた)のように自分とともに消えるのだ。

 それだけではない。自分は、懐夢を救うために戦ったのに、結局懐夢を助け出す事は出来ず、こうして死ぬ。嘘を吐いていた事を誤る事も、好きな食べ物を作ってやる事も、『だいじょうぶ、だいじょうぶ』のおまじないをしてあげる事も出来ずに、死に呑み込まれる。


「ごめんなさい、かいむ……あなたに……なにもしてあげられ……なかった」


 霊夢はそっと瞼を閉じた。



           *



 その頃、八俣遠呂智と交戦していた魔理沙達は、互いに手を止めていた。

 ……やられてしまった。八俣遠呂智を倒す切り札であった博麗の巫女である霊夢が、八俣遠呂智の猛攻を受けて、瓦礫の下に埋められてしまった。おまけに八俣遠呂智は霊夢に瀕死の重傷を負わせていたのだ、もう霊夢は助からない。というよりも、もう霊夢は死んでいるだろう。

 最大の切り札は、失われた。

 それだけではない。今いる者達だって、八俣遠呂智が放つ熱光弾の豪雨をなんとか切り抜けて生き残った十数人だし、誰一人として霊夢のような調伏の力を使えない。それ以外の力を最大出力にしてぶつけたところで、あの八俣遠呂智の巨体の前では焼け石に水だ。――戦力が、圧倒的に足りない。

 がっくりと肩を落として、慧音は呟いた。


「……霊夢が……やられるなんて」


 紫が呆然として、霊夢の埋まる瓦礫を見つめる。


「霊夢……そんな」


 直後、文がゆらゆらと飛んできて、やがて紫にしがみ付いた。


「紫さん、霊夢さんがやられたら、私達はどうすればいいんでしょうか」


 紫は答えない。その様子は、霊夢がやられた事が余程想定外だったように思えた。

 レミリアがぎりっと歯ぎしりをする。


「霊夢がやられない事が前提の作戦だったのね。だから霊夢がやられた今、詰んだって事か」


 咲夜が肩を落とす。


「もう打つ手なしって事ですね……」


 魔理沙が呟く。


「みんな、ほとんどやられたか。力及ばず……か」


 早苗が口を覆って、瞳から涙を零す。


「ここまで来たのに……こんなのって……」


 早苗は八俣遠呂智を見つめた。八俣遠呂智の首達は、やるべき事を終えたかのように一息を吐いていて、霊夢の埋まる瓦礫へ視線を向けていた。こちらに興味をなくしたのか、こちらはもはや障害ですらないと思ったのか、一切こちらに視線を向けず、ただ瓦礫を見つめていた。勿論、今まで散々吐いてきた火炎放射や水流放射、熱光弾を作り出す粒子の放出など、全くやる気配を見せない。

 だが、八俣遠呂智は今はああしているだけで、こちらからの攻撃を喰らえば怒り出し、こちらに熱光弾の豪雨を再び降らせ、最悪の場合は霊夢を襲った時のように、その巨体による捕食攻撃で、攻撃の芽を摘んでくるに違いない。

 そうなったら、こちらは今度こそ全滅してしまう。完全な、手詰まりだ。


「あんなのに……幻想郷が終わらされるなんて……」


 八俣遠呂智の身体を見つめたその時、早苗は気付いた。

 ……八俣遠呂智の、進化した火を司る首の下にある地面に、新緑色の光を放つ何かがある。

 なんだあれはと思って目を凝らしてみたところ、それは霊夢の手から外れて落ちた草薙剣だった。しかも、持ち主である霊夢が手放し、霊夢自身が死亡したにもかかわらず、刀身に白い文字のような模様が浮かび上がったままになっている。


「草薙剣が……」


 その時、早苗の頭の中に、一筋の光が走った。

 草薙剣は博麗の巫女が持つ調伏の力と共鳴する事によって、あのような白い文字のような模様を刀身に宿すと言っていた。もし持ち主である博麗の巫女が死ねば、共鳴する相手を失い、あの模様は消えてしまうはずだ。だのに、草薙剣には模様が浮かび上がったままになっている。これはつまり、草薙剣と共鳴する相手はまだいなくなっておらず、共鳴したままになっているという事だ。

 そしてそれが何を意味するのか分かると、早苗は袖で涙を拭い、皆に声をかけた。


「皆さん、まだ、終わってませんよ」


 その場にいる全員の注目が早苗に集まり、そのうちの諏訪子が声をかける。


「終わってないって……」


 神奈子が続く。


「この状況でか?何があるんだよ他に」


 早苗はくるりと身体を一同の方へ向けた。その顔にはこれまでとは違う、余裕や希望に満ちた表情が浮かべられている。


「聞いてください。この戦い、まだ勝ち目はあるかもしれません」


 早苗の言葉に一同は首を傾げ、咲夜が腕組みをする。


「まだ何が残っているというの?」


 早苗は八俣遠呂智の火を司る首の下の地面を指差した。


「あそこに、光るものが見えませんか?」


 一同は早苗の指差す場所を見て、そこに草薙剣が落ちている事に気付くと、驚きの声を上げた。それまで呆然としていた紫がさぞ吃驚したような表情を浮かべて、呟く。


「あれは草薙剣……しかも光を宿したままになっている……?」


 早苗は頷いた。


「紫さん、前に言いましたよね?草薙剣は博麗の巫女が持つ、調伏の力に共鳴して光と模様をその身に宿すって。共鳴相手がいなくなったはずなのにまだ共鳴を続けているという事は……」


 魔理沙があっと閃いたように声を上げる。


「霊夢が、まだ生きてる!?」


 早苗はもう一度頷いた。

 紫が目を見開く。


「確かに貴方の言う通りだわ。共鳴相手がいないはずなのに共鳴を続けているという事は、共鳴相手がまだ生きているという事に他ならないもの」


 レミリアが腕組みをする。


「だけどどうするのよ。それがわかったところで、この状況を打破できるなんて思えないんだけど」


 早苗は皆を見回して、作戦を伝えた。

 まず今動く事が出来る者達で八俣遠呂智の首の注意を惹き、本体とその周辺を無防備な状態にする。その時に早く飛ぶ事が出来る者が八俣遠呂智の懐へ飛び、落ちている草薙剣を霊夢の元へ届ける。共鳴する草薙剣を共鳴相手である霊夢のすぐ近くまで持っていく事が出来れば、草薙剣が何かしら起こすはずだ。

 早苗が話している途中で、輝夜が割り込む。


「ちょっと、何かしら起こすってどういう事よ。まさか、草薙剣が霊夢に何かしらの効果を齎す事を賭けるって意味じゃないでしょうね?」


 早苗は頷いた。


「全く持ってそういう意味です」


 永琳が軽く溜息を吐く。


「草薙剣は神器……確かに一つや二つ奇跡くらい起こしそうな代物ではあるけれど」


 神奈子が腕組みをする。


「それに賭けるというのはあまり褒められるものではないな。いくら早苗でもね」


 早苗が表情を引き締める。


「確かに、これは全て私の思い付きなので、草薙剣を霊夢さんに近付けても、何も起きないかもしれません。でも私は、この状況を打破する可能性が少しでも残っているというのであれば、それに賭けてみたいと思っています」


 幽々子が表情を険しくする。


「もしも、それを試して何も起きなかったなら?」


 早苗は沈黙する。

 魔理沙がふっと鼻を鳴らし、俯く。


「その時の事は何も考えないってわけか……」


 魔理沙は顔を上げる。


「私は乗ったぜ、その作戦」


 早苗が驚いたように魔理沙へ視線を向け、更に一同が魔理沙へ注目を集める。

 魔理沙は続ける。


「だってどのみち、このまま何もしなければ私達は八俣遠呂智に殺されて、幻想郷も外の世界もあいつが支配する闇の國になる。もしこれを防ぐ唯一の方法が早苗の作戦なら、私は大賛成だ。成功する確率は1%、いや0.001%かもしれない。だが決して0%じゃないはずだ」


 魔理沙はぎゅっと拳を握りしめた。


「その0%じゃない成功確率に、私は賭けるよ」


 一同を重い沈黙が覆った。

 かと思いきや、一番最初に作戦を立てた紫が名乗り出た。


「なるほど、そこまでこの幻想郷のために必死になってくれるなら、私もその博打に乗ろうじゃないの」


 紫を皮切りに、一同から次々と声が上がり、やがてその場に残っている全員が、早苗の作戦に乗ると言った。一部の者、または自分以外誰も乗らないと思っていた作戦だったので、作戦に乗ってくれた一同の顔を見たら、早苗は全身が熱くなるくらいに嬉しくなって、思わず頭を下げた。


「皆さん、ありがとうございますッ!」


 顔を上げて、早苗はぐるりと一同を見回した。今いる者達は、魔理沙、神奈子、諏訪子、紫、慧音、妹紅、輝夜、永琳、幽々子、妖夢、レミリア、咲夜、フランドール、パチュリー、さとり、こいし、映姫、小町、文と自分を含めた20人だった。しかし、これだけいれば、八俣遠呂智の首の注意を引く事は出来るはずだ。

 考えたその時、魔理沙が声をかけてきた。


「早苗、草薙剣の回収は私がやるよ」


「よろしいんですか?」


 魔理沙はにっと笑った。


「素早く動くのは得意なんでね」


「わかりました」


 早苗は大きな声を出した。


「皆さん!戦闘を開始してください!!」


 早苗の声を皮切りに、魔理沙を除いた一同は一斉に八俣遠呂智へスペルカードによる攻撃を放った。八俣遠呂智は最初の一撃が届いた時点で、一同が攻撃を再開した事に気付き、激昂。反撃と言わんばかりに数本は上空へ向かって粒子を放出し、無数の熱光弾に変えて一同へ降らせ、残った首は火炎放射や水流放射などと言ったそれぞれが司るものを一同へ放ち始めた。しかし一同は隙間を縫うように八俣遠呂智からの攻撃を回避し、八俣遠呂智の首への攻撃を続行。八俣遠呂智は更に激昂して一同へ攻撃を集中させた。

 もはや八俣遠呂智が一同へ攻撃を仕掛けるのに精いっぱいになったその時、魔理沙は箒に跨り、スペルカードを発動させた。


「いくぜ……彗星「ブレイジングスター」!!」


 魔理沙が叫ぶと同時に箒と魔理沙の身体に光が纏われた。その直後に魔理沙は、星屑の形をした光を撒き散らしながら宇宙を駆ける彗星のように八俣遠呂智の下にある草薙剣目掛けて飛んだ。八俣遠呂智の首達は他の者達に邪魔されて動けず、突進する魔理沙にも気付かない。これ以上ない好機に、魔理沙は速度を上げて、八俣遠呂智の懐に入り込んだ。そこで魔理沙はスピードを落とし、輝きながら地面に落ちている草薙剣を掻っ攫うように手に取った。

 その時だった。ぬっと、目の前に八俣遠呂智の首が現れて、魔理沙は思わずその場に停止してしまった。


「なっ!?」


 現れた八俣遠呂智の首は、自分が相手にしていた光を司る首だった。

 何故だ。首は全て他の者達が引き付けていて、この場には現れないはずなのに。

 魔理沙は咄嗟に他の者達が攻撃している首を見た。攻撃されている首は全部で七本で、一本その場にいない。魔理沙はこれがどういう事なのか理解するなり、冷や汗を垂らして目の前に鎮座している首と目を合わせた。


「なるほど、私達の作戦はお見通しってわけかい」


 八俣遠呂智は目の前にいる小さな魔理沙に向かってあんぐりと口を上げて、噛み付こうと魔理沙に迫った。魔理沙はぎょっとして回避しようと後退したが、首の一部が箒に当たってしまい、魔理沙は空中で大きく姿勢を崩した。八俣遠呂智はこれ見逃しと言わんばかりに、もう一度口を開けて魔理沙に喰らいかかった。首の巨大な口が身体に噛み付こうとしたその瞬間に魔理沙は身を翻し、首の攻撃を回避。首の目元付近へ飛び上がると、懐から一本の瓶を取出し、首の目へ投げ付けた。瓶は一直線に首の目へ飛び、もうすぐ目にぶつかりそうになったところで炸裂し、強い閃光と爆発を起こした。


「私特製の閃光爆弾瓶だ!」


 強い光と爆発を目に受けた首は悲鳴を上げて地面へ倒れ、のた打ち回った。

 魔理沙は今だ!と叫ぶと草薙剣の柄を掴んで身体を霊夢の埋まる瓦礫へ向けた。


「霊夢、目を覚ませ――――――――――ッ!!!」


 魔理沙は腕に力を込め、草薙剣を瓦礫目掛けて投げ付けた。草薙剣は弓から放たれた矢のように、光を纏って一直線に飛び、瓦礫を砕いて中に入り込み、消えた。


           *



「霊夢、目を覚ませ――――――――――ッ!!!」


 ぼんやりとした意識の中、聞こえてきた声で霊夢は目を開けた。

 聞き覚えのある声だった。これまでに、何度も聞いてきた声だ。

 これは、魔理沙だ。こんな事をこんな声で言う人と言えば、魔理沙しかいない。

 だがどうしてここで魔理沙の声が聞こえてきたのだろうか。もうすぐ死ぬというのに。死ぬ前の幻聴か何かだろうか。


「ま……りさ……?」


 辺りを見回して魔理沙を探したが、どこにも魔理沙の姿はない。やはり、幻聴だったらしい。


「そうよね……だれも……たすけてくれな」


 その時、『死』が突然叫び声を上げ、身体を噛むのをやめた。

 流石に驚いて『死』の姿を見てみたところ、『死』の額周辺に新緑色に輝く何かが突き刺さっていて、『死』は白目を剥いて硬直してしまっていた。まるで脳を貫かれて死んでしまった蛇のように。


「なにが……」


 言いかけた直後、『死』は突き刺さる何かを中心に、白い光となって消え去った。

 突然解放された霊夢の身体は地面に落ち、激突。強い衝撃を受けて霊夢は呻いた。

 理解できなかった。今、一体何が起きたというのか。何故、突然『死』が消え去ったのだろう。

 目を開き、真横を見て、霊夢は驚いた。

 『死』の額に突き刺さっていたものと同じ光を放つものが、自分のすぐ横の地面に突き刺さっている。どこかで見た事のある形をしているような気がするが、光があまりに強いせいでうまく形をとらえられず、正確な形というものがわからない。


「なに」


 霊夢が呟いた直後、光は徐々に弱くなり始め、やがて光の下に隠されていたものが姿を現した。

 霊夢は目を見開いた。そこにあったのは、八俣遠呂智を倒すべく自分が握っていた神器、草薙剣だった。しかも、自分の手から離れたにもかかわらず、白い文字のような模様を浮かび上がらせている。


「これ……くさなぎの……つるぎ……」


 霊夢はそっと手を伸ばし、『死』の額に突き刺さった草薙剣に触れた。その瞬間、草薙剣は強い閃光を放ち、霊夢の身体を包み込んだ。霊夢は眩い光に目を閉じたが、その時身体に異変が起きた事に気付いた。

 今まで身体に走り続けていた意識が遠くなるような痛みが消え去り、ずたずたにされて、重りを付けられたかのように動かなかった身体が水泡のように軽くなっている。

 ぼんやりしていた意識がはっきりしてきて、霊夢は驚いた。あれほどずたずたにされていたはずの身体が、いつの間にか元通りに治っている。


「身体が……!」


 草薙剣が突然現れ、『死』が消え去り、自分の身体が治った。

 この事が何を意味するのか、霊夢はすぐに理解して、立ち上がった。


「なによ。私はまだ死ぬには早すぎるって?」


 その時、どこからかまた声が聞こえてきた。それだけではない。今度は何か爆発のような音も混ざっている。しかも、発生源が近い位置にあるのか、かなり大きな音だ。

 霊夢は辺りを見回したが、どこにも音の発生源と思われるものは見つからない。けれど、かなり近い位置にあるかのように大きな音が聞こえてくる。どこだろう、と思ってもう一度見まわした時に、霊夢は音の発生源が草薙剣である事に気付き、その刀身を眺めた。

 草薙剣の刀身はガラスのようになっていて、そこに映像が映し出されていた。

 霊夢は驚いた。映し出されている映像は、手を組んで八俣遠呂智に立ち向かった仲間達が、八俣遠呂智と激しい攻防戦を繰り広げているという内容だった。しかも、仲間達は八俣遠呂智の猛攻に押され、今にも押し潰されてしまいそうになっている。


「みんなッ!」


 皆が危ない。助けに行かなければ。

 そうだ。自分に死んでいる暇などどこにもない。

 八俣遠呂智から幻想郷を護っていないし、幻想郷を侵す暴妖魔素の脅威だって取り除いていない。そして何より、懐夢に謝っていないし、懐夢との生活を取り戻すという自分自身的には最大の目標を達成できていない。

 それに、もし自分が死んだら、誰が懐夢を護るのだ。

 誰が懐夢を支えてやるのだ。

 誰が懐夢におまじないをしてあげられるのだ。

 こんなに沢山未練を残しているのだ、死ぬ事などできやしない。

 いや、そんなの絶対に許さない。


「……死んでる暇、ないわねッ!!」


 叫んだ瞬間、辺りの空間そのものに亀裂が走り、やがてがしゃんという硝子が割れて落ちるような轟音と共に草原は砕け散って消えた。




        *




 八俣遠呂智との戦闘を繰り広げたものの、八俣遠呂智の持つ圧倒的な力に押されていたその時だった。どぉんという猛烈な轟音が辺りに木霊して、八俣遠呂智も、戦っていた一同も驚いて攻撃を中止、何事かと大口開けて音の聞こえてきた方へ注目した。

 そこは、霊夢が埋まっていた瓦礫の山だったが、瓦礫はすべて吹き飛んでなくなっており、代わりに巨大な閃光の柱が間欠泉のように激しく天に向かって伸びていた。

 逆さになった滝のように空へ立ち昇る閃光に、魔理沙は呟く。


「な、なんだ?」


 紫が閃光より流れ来る力を感じて、驚いたように呟く。


「これは、博麗の力……!?」


 早苗が目を見開く。


「まさか、霊夢さん……?」


 その時、激しく天へ立ち昇っていた閃光は消え、一人の少女が姿を現した。

 手に新緑色の光を宿す一本の剣を握り、身体を紅白の衣装で包み、長い黒髪を風で揺らすその姿を見た一同は、歓喜の表情を浮かべ、その少女の名を叫んだ。


「霊夢ッ!!」


 霊夢は答えず、目の前に鎮座する八俣遠呂智を視界に収めた。

 意外な事に、山の如く大きな青白い結晶と、そこから山に巻きつく事が出来るくらいに巨大な八本の龍の首を生やす怪物は、瓦礫より現れた、己より何倍も小さいはずの自分に恐怖の表情を浮かべていた。自分が出てきた事が、余程予想外で、恐ろしい事だったのだろう。


「今度こそ……決着をつけるわよ、この蟒蛇」


 霊夢は光を宿す草薙剣の柄を握りしめると、空中へ舞い上がった。



次回、最終決戦。

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