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東方幻双夢  作者: クシャルト
遠呂智編 第伍章 風雲
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第五十一話

終章、開始

 次に霊夢が目を覚ました時には、霊夢は寝室で自分の布団に寝転がっていた。それから察するに、誰かが自分の事を布団に寝かせてくれたらしい。

 霊夢はぼんやりとした意識で辺りを見回した。

 縁側に続く出入り口の障子を見てみれば、光が漏れているのが見えた。どうやら夜に入ったばかりの頃から朝まで寝ていたようだ。


「あ、目が覚めたのね霊夢」


 聞き覚えのある声がして、霊夢はその方に顔を向けた。そこには紫の式である藍と、永遠亭にある八意診療所の主治医、永琳の姿があった。


「永琳……藍……」


 そっと名前を呼ぶと、二人は歩み寄ってきて、枕元に腰を掛けた。そして、永琳が声をかけ返してきた。


「霊夢、大丈夫?」


 藍が続く。


「意識は正常か?」


 霊夢はうんと頷き、少しぼんやりした意識で身体を起こした。

 気絶する前に襲ってきた胸の痛みはすっかり消えていて、倦怠感もなく、身体を起こす事は容易だった。

 その様子を見て、永琳と藍はほっとしたような表情を浮かべ、そのうち永琳が安堵したような声で言った。


「よかった……身体は動かせるようね」


 霊夢はもう一度頷いた後、髪をくしゃっと掻いてから、永琳に尋ねた。


「聞きたい事山ほどある。何であんた達ここにいるの?今何時?寝てる間に何起きた?」


 永琳は表情を少し険しくした。


「それはまず私の質問に答えてからにして頂戴。霊夢、貴方、どうしたの?」


 霊夢は顰め面をした。


「どうしたのって?」


「どうしてあんな事になってたかって聞いてるの。貴方、ここで倒れていたのよ。しかも目の前に嘔吐して。一体全体何があったのかしら?」


 霊夢は胸を押さえた。


「また胸痛よ。しかも飛び切り大きいのが来てね、すぐに気を失っちゃったみたい」


 藍が目を見開く。


「気を失うほど、大きな胸痛が来たのか?」


 霊夢は頷いた。

 その後永琳が尋ねた。


「もしかして、この前のあれ?再発したの?今は大丈夫なの?」


 霊夢はもう一度頷いた。


「えぇ間違いなくこの前のと同じ。今は大丈夫よ。

 でも、あれは過去最大級のものだったわ。思い出しただけで寒気がする……」


 永琳が再度険しい表情を浮かべる。


「それは拙いわね。もう一度診察しましょうか?」


 霊夢は首を横に振った。


「結構よ。今はどうって事ないから」


 藍は霊夢と永琳を交互に見た。


「何の話をしているんだお前達は。霊夢、お前、何かあったのか?」


 霊夢は藍を横目で見た。


「あんたにはあまり関係のない話よ。さ、あんたからの質問には答えたわ。次はあんたが私の質問に答える方」


 霊夢は永琳と目を合わせた。


「もう一度聞くわ。何であんた達ここにいるの?今何時?寝てる間に何起きた?」


 永琳は答えた。

 まず一つ目、永琳達が博麗神社にいる理由。何でも、永琳は紫からある事を告げられて、永遠亭の住人全員に声をかけて、博麗神社まで連れて来させたところ、橙を連れた藍とばったり出くわしたそうだ。藍も、紫から同じような事言われ、橙を連れてここまでやってきたそうだ。

 二つ目、現在時刻。今は朝の八時三十分だそうだ。

 三つ目、自分が寝ている間に起きた事。永琳は藍たちと合流したのち、寝室で倒れている自分を見つけて、慌てて吐瀉物の除去、治癒術の施術をし、看病したそうだ。自分が眠っていた具体的な時間はわからないらしい。

 それを聞いて、霊夢は頭を片手で抱えた。自分は胸の痛みに倒れた後、次の朝まで眠っていたのだ。随分と長い間、眠ってしまった。

 その時、霊夢はふと永琳の話を思い出し、永琳に尋ねた。


「永琳……紫から何言われたの?それに藍も……」


 質問には藍が答えた。藍は主人である紫から突然、「これからとんでもなく危険な事が起こるから、博麗神社に避難し、そこを動くな。尚、この事をかつて異変を起こした事がある者及びその関係者達全員に告げ、出来るだけ多くの者達を博麗神社に避難するように誘導せよ。そして、同じようにそこを動かないように釘を刺せ」と言われ、橙を連れて博麗神社に来て、その後幻想郷にて異変を起こした者達の元へ向かい、声をかけれるだけかけ、博麗神社に集合、避難するように誘導したそうだ。なので、今博麗神社には相当な人数の人間、妖魔、神などが 集まっているらしい。

 話を聞き終えて、霊夢は即座に話の内容に疑問を抱き、藍に再度声をかけた。


「とんでもなく危険な事?何よそれ」


 藍は困ったような表情を浮かべた。


「それがわからぬのだ。だが……」


 霊夢は首を傾げた。


「だが?」


 藍は答えた。何でも、藍はこれを告げられる前に、誰かと連絡を取っている紫を見たらしい。しかもその時紫は非常に怒っていて、何度も連絡相手を静かに怒鳴っていたそうだ。

 霊夢は少し驚いた。いつも胡散臭く笑っていて、怒ることなどないのだろうと思わせるような紫が怒り、怒鳴っていたというのだ。それだけで、普通でない事がわかる。


「どういう事?紫が怒って、更に怒鳴ってたって……」


 藍は眉毛の上に人差し指を添えた。


「私にもわからん。しかし、あの時紫様はこう怒鳴っていたな。「貴方はどれだけあの子を苦しめれば気が済むの」って」


 霊夢は首を傾げた。


「『あの子』?『あの子』って誰?」


 藍は指を眉毛の上から離してから、首を横に振った。


「それがわかったなら、こんな事言わないで、真っ先にお前に紫様の話していた内容を伝えるよ」


 霊夢は藍から姿勢を逸らし、顎に手を添えて考えた。

 『あの子』と呼称され、紫と親しくしている人物とは、一体誰なのだろうか。自分が知っている人物でもあるのか、あるいは自分も知らない未知の人物なのか、あまり想像が付かないが、「『あの子』をどれだけ苦しめれば気が済むの」と紫が連絡相手を怒鳴りつけるくらいだから、余程紫から大切にされている人物なのだろう。そして、『あの子』と呼ばれる人物の身に何かが起き、紫はその原因を知っている、または原因そのものであると思われる人物と連絡して、その対応や、やり方について、怒っていたに違いない。


(『あの子』……『あの子』……『あの子』!?)


 ふと心の中で呟いたその時だった。まるで、山道に立ち込める霧が消えるようにそれまで考えていた事が消え、その中に隠れていたものが姿を現したかのように別な考えと、ある人物の姿が頭の中に浮かんできた。

 あの子といえば、自分があの子と呼ぶ人物と言えば、懐夢だ。胸痛に襲われる前に、自分に真実を告げられてショックを受け、博麗神社を飛び出していった……懐夢。

 そういえば今、懐夢はどこにいて、何をしているのだろう。まさか未確認妖怪と出くわし、襲われて、そのまま殺されてしまったのではないだろうか。あるいは、未確認でなくとも妖怪や碌な事を考えない人間に捕まって、酷い目に合されたりしているのでは……。

 胸の奥底から不安と心配と恐怖にも似た感情が溢れ出てきて、一瞬で心と身体全体に広まり、霊夢はいてもたってもいられなくなって、永琳と藍に大きな声で尋ねた。


「永琳、藍、懐夢は!?懐夢が今どこにいるか、わかる!?」


 霊夢の突然の質問と声の激しさに永琳と藍は心底驚いたような表情をし、やがて永琳が答えた。


「お、落ち着いて頂戴、霊夢」


「あの子、私と喧嘩しちゃって、神社を飛び出して行ってしまったの。それで、今どこにいるのかわからないんだけど」


 焦る霊夢に、藍がいきなり怒鳴りつけた。


「落ち着くんだ霊夢!!」


 霊夢と永琳はびくっと背筋を伸ばして、藍の方を見た。

 藍は険しい表情を浮かべて目を閉じ、やがて開いた。


「永琳」


 声をかけられた永琳は頷き、霊夢へもう一度声をかけた。


「霊夢、懐夢なら無事よ」


 霊夢は永琳と目を合わせた。


「本当に?」


 永琳は頷いたが、その後すぐに悲しげな表情を顔に浮かべた。


「無事なのだけれど……」


 口籠った永琳に、霊夢は尋ねた。

 

「何か……あったの……?」


 永琳は何も言わず立ち上がり、藍も同じように立ち上がった。

 きょとんとする霊夢に、永琳が声をかけた。


「立って霊夢。これから、大事な話があるの」


 藍が続く。


「懐夢の事も、そこで話そう」


 霊夢は二人の険しい顔を見て、何も言わずに頷き、立ち上がった。

 直後に永琳と藍は歩き出して寝室を出た。霊夢もその後追って歩いたが、やがて居間に辿り着き、驚いた。

 いつもは少し広いなと思っていた居間に、かなりの人々が集まっている。それも、藍の言っていた通り、かつてこの幻想郷にて異変を起こした者とその関係者ばかりだ。ここから見れる限りでは、蓬莱山輝夜、西行寺幽々子、聖白蓮、古明地さとり、伊吹萃香、フランドール・スカーレットなどと言った者達と、その関係者達の姿が確認できた。

 その者達は霊夢が入ってくるなり一斉に視線を向け、一斉に目を向けられた霊夢は思わずぎょっとした。


「ちょ、こんなに呼んだの!?」


 直後、人ごみの中から魔理沙と早苗が姿を現して、こちらに歩いてきて、霊夢の顔を見るなり先ほどの永琳のような、安堵した表情を顔に浮かべた。


「おぉ、起きたか霊夢」


「よかった、起きなかったらどうしようと思っていたところですよ」


 霊夢は魔理沙と早苗を交互に見て呟いた。


「あんた達……何でここに?というかこの人混み、一体なんなの?」


 霊夢が尋ねた次の瞬間、永琳の声が人混みで狭苦しくなった居間に鳴り響いた。


「注目――――――――――ッ!!」


 霊夢を含めた全員の視線が永琳に向けられ、一同の視線が集まった事を確認するなり、永琳は話を始めた。


「ここに集まってもらったのは、大賢者八雲紫の指示だけど、丁度良かったわ。貴方達に告げなくてはならない重大な情報があるの」


 永琳の言葉に部屋がざわめき出し、集められた人々の中で、輝夜が挙手した。


「何がわかったの?」


 永琳は咳ばらいをした。


「貴方達は、リグル、大妖精、ルーミアの三人が謎の感染症に感染し、別な妖怪となって暴れまわった話を知っているかしら?」


 部屋は再びざわめき出し、各所から「なにそれ!?」や「知ってる知ってる!」と言った声が上がると、永琳は「静粛に!」と声を出し、ざわめきを抑え込むと、話を続けた。


「それについて、驚くべき真実がわかったの」


 永琳は説明を始めた。

 感染症によって別な妖怪となった三人にはまず最初、頭がぼーっとするや、能力をうまく使う事が出来ないなどの症状が現れた。そしてその後に、突然凶暴性が異常なくらいに上昇し、人々を襲い始め、更にその後に別な妖怪へと変化を遂げ、縦横無尽に暴れまわり、街や周辺の村に大きな被害を出させた。

 永琳がいったん説明を区切ると、部屋は再びざわめいた。

 もう一度永琳は「静粛に!」というと、話を続けた。


 永琳は別な妖怪と化したリグル、大妖精、ルーミアの三人に病を調べる術を施した。しかし、何度術をかけても三人の感染症の正体は判明せず、そればかりか三人からは、身体に異常はなく、いたって健康であるという結果が返ってきた。

 永琳の言葉に一同はざわめき、そのうちの一人である文が人混みの中で挙手した。


「異常なしって……どう見たって異常でしょうそれ!」


 永琳は頷いた。


「えぇ異常ですとも。だから、私は術を限界出力である神素(マナ)レベルまで引き上げて、彼女達の身体に施した」


 永琳の発した「神素(マナ)」という言葉に、一同は首を傾げたが、霊夢が挙手して神素(マナ)とは何なのか説明を施した。

 神素(マナ)というのは、魔力、霊力、神通力などと言った「全ての力の源」であり、この幻想郷の遥か地下に、幻想郷全土に及ぶ源泉があり、そこから湧き出て幻想郷の民達に力を与えているものだ。

 元々は外の世界にも存在したが、魔力や霊力と言った力が信じられなくなり、神素(マナ)が生み出されない環境に変わってしまった事により外の世界からは消えてしまったが、幻想郷が出来た事により源泉が復活。今幻想郷に満ち満ちている。

 この世界、幻想郷を支える博麗大結界も元を探れば神素(マナ)で出来ており、尚且つ幻想郷に暮らす人間の身体は約三十五%、妖魔や神達の身体は約七十%が神素(マナ)によって構成されていると、霊夢が告げると一同は大きくざわめき出し、自らの身体をきょろきょろと見始めた。

 直後、永琳は一同に「静粛に」と告げると、説明を続けた。


「そこで、私は驚くべき真実を発見したの」


 永琳が三人を神素(マナ)レベルまで調べ上げた結果、発覚した事実。それは、神素(マナ)に混ざって奇妙な物質が存在していた事だ。しかもそれは、ルーミアが最もその数が多く、リグル、大妖精には少なかった。

 永琳は最もその物質が多かったルーミアから特殊な術を使って物質を採取、徹底的に調べ上げた。その結果、物質は神素(マナ)と共に妖魔の身体へ入り込む性質を持つ、一種のウイルスのような存在である事が判明した。

 この物質の性質により、永琳は感染症がこれによるものだと断定。そしてこの物質を「暴妖魔素(ぼうようウイルス)」と名付けるのに至った。

 暴妖魔素という言葉が登場すると、霊夢は思わずその言葉を繰り返した。


「暴妖魔素……?」


 永琳は説明をやめて、頷く。


「そうよ。妖魔を暴走させ、ついには変化させてしまう神素(マナ)によく似た性質を持つウイルス。だから、暴妖魔素」


 永琳は説明を続けた。

 暴妖魔素を発見し、名付けた後、永琳は他に感染者がいないか探そうと考え、試しに近くにいた慧音、チルノ、ミスティア、鈴仙、てゐにも同じ術をかけた。その結果、慧音、鈴仙、てゐの体内には暴妖魔素の姿はなく、チルノ、ミスティアの身体には存在している事が判明した。

 その事を話すと再び一同はざわめき、そのうち魔理沙が挙手をした。


「まさか、その二人もリグル達と同じように!?」


 永琳は首を横に振った。


「いいえ。意外な事に彼女達は体内に暴妖魔素を入れていたにもかかわらず、リグル達と同じ病気を発症することはなかったの。それも、彼女達はどうも結構長い事暴妖魔素を入れたようなのだけれど、全然病気を発症しなかったわ」


 「なんだって?」と声が上がったが、永琳は「静粛に」と言ってそれを抑え、更に説明を続けた。

 発症したリグル達、発症しなかったチルノ達、そして感染すらしていなかった慧音。この事から永琳は、暴妖魔素は妖魔にのみ感染し、感染しても感染症を発症する妖魔と発症しない妖魔が存在するという結論を導き出した。

 その時、霊夢の隣で話を聞いていた早苗がが挙手した。


「発症する妖魔と発症しない妖魔の違いは何ですか?」


 永琳は困ったような表情を浮かべた。


「それはわからない。けれど、感染しても発症する前にこの暴妖魔素を殺す方法はあるわ」


 一同から「えぇっ!?」という声が上がると、永琳はそっと呟くように言った。


「それは……ここ博麗神社に来て、博麗の力場から発せられる調伏の力を受ける事」


 もう一度一同から声が上がると、永琳は説明を続けた。

 八雲紫の指示を受けて、永遠亭の住民、及び解析と治療を施していた患者であるリグル達とその付添いであるチルノ達、慧音を連れて博麗神社にやってきて、そこでもう一度リグル達に術を施してみたところ、彼女達の身体にいたはずの暴妖魔素が全て死滅しているという結果が出された。

 それを聞くなり、一同はざわめき、その中に紛れていた妖夢が挙手した。


「どういう事です?どうして、暴妖魔素とやらはここに来た事で死滅したのです?」


 永琳は答える。


「それはわからない。けれど、私はここ、博麗神社にある調伏の力が暴妖魔素に作用し、死滅させたと考えたわ。というよりも、それ以外の可能性が考えられないのよ。現に永遠亭にいた時、暴妖魔素は彼女達の身体の中でぴんぴんしていたのだから」


 霊夢が呟く。


「そんなものが時間の経過でいきなり衰弱して死滅するなんてありえないわね。時限爆弾とかじゃあるまいし」


 早苗が霊夢の方を向く。


「でも、妖魔限定とはいえ『ウイルス』ですよ?『ウイルス』が調伏の力で死滅するなんてありえませんよ」


 永琳は早苗の方を見た。


「あら?私はいつ、暴妖魔素がそこら辺の『ウイルス』と一緒であると言ったかしら?」


 早苗は永琳と目を合わせた。

 永琳は一同の方へ視線を戻して、話を続けた。


「暴妖魔素は、あくまで私が魔素(ウイルス)と名付けただけであって、実際の病原体である『ウイルス』とは全く異なる物質よ。しかも、いつ、どうやって幻想郷に生まれたのか、どうやって広まったのか、全く分からない正体不明の物質でもあるわ」


 魔理沙が挙手する。


「わからないのかよ!そこをどうにかして解析できないのか?」


 永琳は額に二本指を当てる。


「やろうとしたわ。でも、結果は出なかったの」


 永琳はひとまず暴妖魔素についてわかった事を、今一度話した。


 一、暴妖魔素は妖魔にのみ感染する。

 二、感染しても症状を発症する妖魔と発症しない妖魔が存在する。

 三、暴妖魔素は博麗の力場で死滅するため博麗神社にいれば感染しない。

 四、もし感染してしまったとしても博麗神社に来る事によって体内の暴妖魔素を死滅させる事が出来る。

 

 永琳の説明はようやくここで終わり、永琳は一息吐いた。

 部屋を沈黙が覆ったが、一同の中に紛れ込んでいた地霊殿の主、古明地さとりが挙手した。


「あの、その暴妖魔素とやらは、どこに行くと感染してしまうのですか?その辺りがわからないとそもそも避けようが……」


 永琳は溜息を吐いた。


「……厄介な事に……それもわからないのよ」


 一同からまた「なんだって?」「えぇ!?」という声が上がった。

 永琳は言った。


 確かに、感染症に感染したリグル達を診て、リグル達の中に暴妖魔素(ぼうようウイルス)なる存在を見つけ、それが感染症の原因であると仮定した。しかし、どうしてリグル達しか感染者がいなかったのか、いつどういった経緯でリグル達が感染したのかまでは、わかっていない。

 リグル達に感染する以前にどんな行動をとっていたかと尋ねても、帰ってくる答えはいつも通り、普通に寺子屋にいって、普通に授業を受けて、終わった後に遊んでいただけの一点張りだった。もちろん、それを聞いただけでは感染経緯などわからないし、どのタイミングなのかもわからないのだ。

 永琳に言われて、霊夢は軽く顎に手を添えて、呟いた。


「……全く何だっていうのよ……その暴妖魔素とかいうのは……」


 その時、耳に聞き覚えのある声が届いてきた。


「それは、八俣遠呂智の身体を構成する神素(マナ)のようなものよ」


 声は縁側の方から聞こえてきて、一同の注目が一斉に集まった。

 一同の視線が集まったその先にいたのは、かつて異変を起こした者達に指示を下し、この場所へ集めさせた張本人である八雲紫だった。

 声の正体が紫とわかるなり、霊夢は声を上げた。


「紫!」


 紫は答えないまま静かに室内に入り、やがて永琳の隣に並んだ。

 その直後、幽々子が人混みの中から挙手した。


「どういう事なの紫」


 さとりが挙手する。


「そもそもどこへ行ってたんですか」


 魔理沙が挙手する。


「そもそも何で私達をここへ集めた」


 紫は掌を立てた。


「静粛にして頂戴。順番に話していくから」


 紫は飛んできた三つの質問に答えを返した。

 まず一つ目、どこへ行っていたのか。

 今紫は、他の大賢者達とその地を統治する者達の元へ向かい、短期間博麗の力場を発生させる札を渡して回っていた。その理由は各地に存在する妖魔達をある出来事から守るためだ。

 二つ目。どうしてこの場に沢山の人々、それもかつて異変を起こした事のある者達を集めたのか、それは、これから異変を起こせるほどの実力を持った者が必要になるからだ。

 三つ目。今言った言葉は一体なんなのか。

 これの答えに、今の質問が全て関係すると、紫は言い、その言葉に霊夢は首を傾げた。


「それ、どういう事?」


 紫は答えた。


「まず……貴方達は永琳から話を聞いたわね?」


 一同は頷いた。

 紫は続けた。


「私も貴方達の話をスキマを通じて聞いていたのだけれど、リグル達の身体から見つかった神素(マナ)によく似た物質を暴妖魔素と名付けたようね。呼び名が付いたおかげで、言いやすくなってありがたいわ」


 霊夢が言う。


「そんなのはどうだっていいわ。私達が気にしているのは暴妖魔素の正体よ。あんた、入ってくる時に何か言ってたみたいだけど、暴妖魔素について何か知ってるの?」


 紫は頷き、目つきを鋭くした。


「暴妖魔素の正体、それは八俣遠呂智の身体を構成する物質よ」


 紫は説明を始めた。

 かつてこの幻想郷を手に入れようと目論んだ魔神、八俣遠呂智は、その身体を神素ではなく、神素によく似た違う物質で構成させていた。それが、永琳の名付けた暴妖魔素である。

 暴妖魔素は、八俣遠呂智の身体を構成するだけの物質ではなく、妖魔の身体へ入り込み、増殖し、やがて妖魔の身体や精神を侵して八俣遠呂智に従順及び狂暴化させ、最終的には別な妖怪へ変化させてしまう凶悪なものでもある。かつてこの幻想郷は、八俣遠呂智より溢れ出た暴妖魔素に侵された妖魔達で溢れかえり、血みどろの沼地になり、八俣遠呂智の手に落ちそうになった事がある。

 それを聞いた霊夢は思わず声を上げた。


「それって!」


 紫は頷いた。


「そう。リグル達が感染した感染症よ」


 その時、魔理沙と早苗が顔に焦りを浮かべて声を上げた。


「ど、どういう事だよ?その話が本当なら、リグル達を感染症にかからせた張本人は八俣遠呂智の野郎だっていうのかよ!?」


「でも、八俣遠呂智は封印されていて、今の幻想郷には存在していないという話じゃありませんでした?ならどうして暴妖魔素が?」


 魔理沙と早苗の口から出た八俣遠呂智や封印といった言葉によって一同が混乱し始めると、紫が声を上げた。


「静粛に!」


 激しい紫の声に一同が黙ると、紫は八俣遠呂智の伝説を一同に話し始めた。

 やがて一同が八俣遠呂智というのがどういった存在なのかを理解すると、紫はようやく魔理沙と早苗の質問に答えた。

 八俣遠呂智は確かに封印されていて、この幻想郷に現れる事が出来ないようになっている。しかし、封印といえど無限ではない。百年、千年と言った年月が経てば劣化してきて、最後には解けてしまう。

 今、八俣遠呂智の封印は劣化してきていて、まさに解けかかっている状態だ。だから、その身体を構築する物質である暴妖魔素が幻想郷へ漏れ出て幻想郷の妖魔達の身体に入り込んで感染症を発症させていたり、幻想郷に八俣遠呂智が現れた頃にいた妖怪達が暴妖魔素を媒介にして幻想郷に出現していたりしているのだ。

 紫が説明を一旦区切った瞬間、霊夢が素早く声をかけた。


「八俣遠呂智が現れた頃にいた妖怪達が出現って……もしかして!」


 紫は頷いた。


「そうよ。貴方達が散々戦ってきた、未確認妖怪と言われる存在の事。まぁ、彼らはどっちかっていえば八俣遠呂智の身体から生まれた副産物みたいなものだから、妖怪にカテゴリしていいものなのかわからないけれど……そういうのが出始めるくらいに、八俣遠呂智の封印は弱ってきてしまっているの」


 今まで未確認妖怪と闘ってきた霊夢は思わず息を呑んだ。

 その直後、人混みの中に紛れていた妹紅が挙手した。


「ちょ、ちょっと待て。それが事実なら、最終的に八俣遠呂智は復活しちまうんじゃ?」


 紫は頷いた。


「そうよ。封印が解けてしまえば、八俣遠呂智は復活を遂げてしまう。

 そうなれば再び暴妖魔素が幻想郷中にばらまかれ、かつての惨劇が、(いにしえ)の災厄が繰り返されるわ」


 一同が息を呑んで黙ると、早苗が挙手をした。


「どうすれば、どうすればそれを止める事が出来ますか?」


 紫は険しい表情を浮かべる。


「もう一度、八俣遠呂智に封印をかけるしかない。というよりも、封印をかけなおすのよ。幻想郷中の実力者達が、力を合わせて」


 その時、霊夢がハッとして紫に声をかけた。


「もしかして、あんたがここに皆を集めた理由は!」


 紫はゆっくりと目を閉じた。


「そう、幻想郷の実力者である貴方達に、八俣遠呂智の封印をやってもらうためよ」


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