第四十八話
エピソード・早苗Ⅳ
早苗は、痛みを感じながら上を見て驚いた。そこにいたのは、人の髪のような鬣を生やし、まるで空を映したような鮮やかな蒼色の瞳でこちらを見ている白金色の毛をその身に纏った巨大な狼だった。顔と身体の大きさからするに、全長七メートルはありそうだ。
その狼を見て、早苗は思わずある言葉を口にした。
「……あ……なた……は……?」
白狼は何の音も出さず、動かず、じっと早苗を見ていた。その時、近くから獣の咆哮と思われる音が聞こえてきて、早苗はそこを見た。音が聞こえてきた先にはいつの間にか身体を起こして立ち上がっている獣の姿があった。
獣の身体は、あちこち焼き焦げており、まるで白と黒の斑模様のようになっていた。だが、身体が斑模様のようになろうとも、獣は白いオーラを身に纏い、目を赤く光らせながら恫喝の唸り声を出してこちらを睨んでいる。
そんな獣の姿を見て、早苗は思わず呟いた。
「まだ、やるというの……?」
早苗が言った直後、巨大な白狼はその身体を起こし、大きな足音を立てながら早苗の目の前まで歩き、止まった。その際に白狼のほぼ全身が見え、早苗は驚いた。
白狼の背中からは六枚、鷲のそれのような翼が生えており、首元からは空色の羽衣のような物が何枚も生えている。明らかに白狼はただの狼ではない。別な『何か』だ。
(翼……それに首から羽衣……)
早苗は白狼の姿を見て、もう一度神獣の姿を思い出した。
神獣も、あれと同じように背中から翼を生やし、首から羽衣のようなものを生やしていた。だが、今目の前にいるあれは神獣よりも翼と羽衣の数が多い。神獣に似た姿をしているが、あれは何なのだろうか。
早苗がそう思った時、それまで恫喝の唸り声を出していた獣が大きな声で吼えた。どうやら、近付いてきた白狼に威嚇をしたつもりらしい。
直後、白狼も獣に負けじと口を開き、吼えた。しかしその声は獣のように野太くて低い音ではなく、まるで指笛のように甲高い音だったが、決して弱くはなく、力強い声だ。
次の瞬間、獣は闇の剣を七本ほど己が目の前に召喚し、白狼に向けて撃ち出して先制攻撃を仕掛けた。
剣は白狼目掛けて一直線に飛び、やがてその身体に突き刺さろうと衝突した次の瞬間、金属音にも似た鋭い音を出して白狼の身体に弾かれ、地面に落ち、消えた。
それを見て早苗は思わず声を上げて驚いた。……あの白狼、獣の攻撃を弾いた。高速で撃ち出されてこちらを刺し殺そうと飛んでくるあの闇の剣を、弾いた。今の瞬間に何が起きたのか、全く分からない。
驚いていると、白狼は再度吼えてと勢いよく地面を蹴り、どしどしと轟音を立てながら走って獣に急接近。元の色と焦げで斑模様を写している獣の身体に勢いよく噛み付いた。
獣は痛みに悲鳴を上げ、白狼の口から逃れようと暴れたが、白狼は決して口から獣を離さない。
その直後、獣が突然大きな悲鳴を上げた。何事かと思って獣を見てみれば、身体に青白くて太い稲妻が何本も走っている。
それを見ただけで、早苗は今白狼が獣に電流を流しているのを理解した。どうやら、あの獣は電気を操る事が出来るらしい。まぁあのような見た事のない生物だ、何をしても不思議ではない。
と思っていたのも束の間、白狼は電気によって獣が動けなくなったのを確認すると、勢いよく地面に叩き付けて口から離した。獣の身体は勢いよく地面を転がり、すぐに止まったが、一向に動く気配を見せなかった。
直後、白狼は獣の方に身体を向けると身構え、口を軽く開いた。次の瞬間、白狼の口内と羽衣が蒼色に光り始め、徐々にその大きさと強さを増し、やがて光の明るさが眩しいほどにまで大きく、強くなると、羽衣に電気が走り始め、白狼はかっと大きく口を開いた。
その直後、白狼の口より獣のそれを超える、電気を纏った極太のビーム光線が獣に向けて発射された。放たれたビーム光線は地面を抉りながら倒れる獣の元に一目散に向かって飛翔し、すぐさま獣の身体に直撃。強力な放電を伴う大爆発を引き起こした。
獣はものの見事にそれに巻き込まれ、爆炎の中へ呑み込まれる形で姿を消した。勝敗は、決した。
最初から最後まで白狼と獣の戦いを見ていた早苗は、唖然とした。……勝った。あの白狼が、自分達を追い詰めた獣を、いとも簡単に倒して見せた。
「す、すごい……」
早苗が呟きかけたその時、白狼はくるりと身体の向きを変えて、どしどしと大きな足音を立てながら早苗の元に戻ってきた。そして、ほぼ目の前まで来ると白狼は立ち止まり、顔を早苗の方へ向けた。
「え、なに……?」
白狼と目を合わせた早苗が呟いた直後、突然、白狼ががっと顔を突き出した。まるで、弱った獲物に噛み付こうとするかのように。
早苗は悲鳴を上げ、左手で頭を覆い隠し、身体を硬くした。
神獣に似たこの白狼は、自分を食べに来たのだ。自分の血の匂いを嗅ぎ取って、ここまでやって来たのだ。あの獣を倒したのは、獲物を横取りしようとするためだったのだろう。
そして邪魔者が消えた今、ようやくこの白狼は餌にありついたというわけだ。
いずれにせよ、自分は喰われる運命だったのだ……。
思いながら震えていたその時、早苗は背中に不思議な感触を感じた。
獣が放った剣によって付けられた背中の大きな傷口を柔らかい何かが押し、濡らしている。いや、粘液のようなものを付けていると言った方が正しいかもしれない。
今何かが、傷口を押して、粘液のようなものを傷口につけている。なんだろうか。
「あれ……?」
背中の感覚を不思議がった直後、早苗は背中に違和感を感じた。……痛みが、消えて行っている。まるで、湯の中に溶ける薬や砂糖のように、スーッと消えて行っているのだ。
その時、早苗の耳に奇妙な音が届いた。それはペチャペチャという、犬が舌を使って何かを舐めているかのような音だった。どう考えても近くにこんな音を出すものなどないはずなのに、どうして、こんな音が鳴っているのだろう。
痛みの消失といい、ペチャペチャという音といい、今、何が起きているというのだろうか。
考えていると、背中に柔らかい物が当たっている感じがなくなった。自分の身体から離れたようだ。
早苗は背中が気になって、左手を使って背中を触り、驚いた。傷で凹凸があるはずの背中が、元通り平坦になっている……背中から、傷が消えているではないか。
(嘘……傷が無くなってる……?)
早苗は服を少し捲り、直接傷のあった部分を触った。やはり、傷はない。完全に、元通りの背中になっている。
(何故……?)
誰かが治癒術をかけてくれたのだろうか。今この場にいる中で、自分以外で回復術が使えるのは霊夢だけだから、遠距離から霊夢が回復術をかけてくれたのだろうか。いや、そもそも今霊夢はあの獣が放った剣に追いかけられてそれどころではなかったはず。という事は、それまでこの場にはいなかった誰かがこの場所に駆けつけてきてくれて、自分に遠距離から治癒術をかけてくれたのだろうか。だとすればそれは一体誰……。
ふと考えていたその時、早苗は吃驚して考えるのを途中でやめてしまった。今度は、左足に柔らかい物が当たり、ペチャペチャと音を立てながら粘液を付けられている。この感触といい、この粘液の感じといい、聞こえてくる音といい、どうやら背中の時と同じものが動いているようだ。同じものが、今度は左足で動いている。
「また……?」
呟いた直後、背中の時と同じように痛みがスーッと消えた。
痛みが突然消えた事に驚いて、早苗が左足に手を伸ばすと、柔らかい何かは身体から離れた。そして、そのまま手を伸ばし、粘液を付けられた左足を触ってみたところ、背中と同じように傷が消えて元通りになっていた。しかも、それまで消えていた感覚も見る見るうちに戻ってきている。
「足が……」
早苗は左足を動かそうとしてみた。先程は感覚がなくなっていて、動かそうとしても動かなかったが、今は普通に動いてくれた。……完全に元通りだ。
その時になってようやく、早苗はさっきから自分の身体に粘液を付けている何かの行動パターンと、傷の治癒が回復術によるものではない事に気付いた。
この粘液を付けている柔らかい何かは背中と左足に粘液を付けて、離れた。これから察するに、傷口のある部分に粘液を付けている気がする。そして粘液を付けられた部分は、瞬く間に傷と痛みが消えて、元通りになった。
(もしかして……)
柔らかい何かが付けてくれる粘液は、傷を治す力を持っていて、柔らかい何かは、自分の傷を治すために粘液を付けてくれていたのではないだろうか。というか、この柔らかい何かは一体何なのだろう。そして、付けてくれている粘液も、一体何だというのだろうか。一体どういう目的や意図があって、こんな事をしているというのだろう。
と思っていたその時、今度は右手に柔らかい物が当たったのを感じた。
早苗は考えるのをやめて「チャンスだ」と思った。背中と左足はどんなに首を動かしても見えなかったが、右手なら見る事が出来る。ようやく、柔らかいものの正体を知る事が出来ると思って、早苗は右手を見た。
そこには、粘液で濡れた、紅い色をした何かがあった。
見た感じ、犬や狼の舌に似ている気がする。舌だろうか?
と思っていると、舌らしきものはペチャペチャと音を立てながら動き、右手に粘液を付けた。いや、舌ならば舐めていると言った方が正しいかもしれない。
早苗は舌の正体を知ろうと、上を見て、驚いた。そこには、こちらを喰おうとしてきたはずの白狼の姿があった。白狼は舌を出して、頻りに早苗の右手を舐めている。まるで、主人の怪我を治そうと必死に傷を舐める犬のように。
呆然として白狼が自分の右手を舐める様を見ていると、背中と左足の時と同じように痛みがすっと消えて、感覚が戻ってきた。試に動かしてみると、元通り動いてくれ、胸元まで持ってきて様子を見てみたところ、傷がすっかり消えて、背中と左足の時と同じように元通りになっていた。
早苗は両腕を地面に立てて、上半身を起こそうとした。先程まで動けなかったのが嘘のように身体が動き、両腕で身体を起こし、両足で立ち上がると、それまでこちらの身体を舐めていた白狼は一二歩下がって伏せ、頭を下げて、早苗の目の高さと同じくらいまで自らの目線を下げた。
早苗は白狼と目を合わせた。
「あの……貴方は一体……」
その時、早苗は白狼の変化に気付いた。この白狼、こちらを見て微笑んでいる。まるで、無事でよかったと言っているかのように。猛々しい見た目に反する優しい微笑みを見た途端、早苗はハッとした。
白狼の微笑みが……神獣にそっくりだ。神獣がよく自分に向けてくれた微笑みに、白狼の微笑みはそっくりだ。
いや、ほぼ完全に同一と言ってしまってもいいかもしれない。それほどまでに、似ている。
(そういえば……)
先程から白狼には違和感を感じていた。白狼の姿は、背中に猛禽類のそれに似た翼が生えている、白金色の毛並み、全長七メートルほどの巨体、首筋から羽衣のような器官を生やしているなど、神獣に似過ぎているのだ。更に、自分が神獣に助けを求めて叫んだ直後に、この白狼はやって来た気がする。
もしかして、とは思うが、姿は違えど、この白狼は……。
「貴方は……神獣様ですか?」
尋ねると、白狼は頷くような仕草をした。直後、白狼は何かを呟くかのように口を動かし、それを見た早苗は思わず驚き、口を両手で覆った。
今、白狼は口を動かして、「さなえ」と呟いた。いや、呟いたような気がする。もしかしたら見間違いかもしれないが。
早苗は思うと、口を覆うのをやめて白狼へ声をかけた。
「あの、もう一度、もう一度言ってもらえませんか?少し、感じ取れませんでした」
白狼は一瞬きょとんとしたような表情を浮かべると、すぐに微笑みの表情へ戻し、口を動かした。それを見て、早苗は呆然と立ち尽くした。
やっぱりだ。……やっぱり、この白狼は「さなえ」と呟いている。声を出してはいないものの、ちゃんと口で言っているのだ。自分の名前を呼んでいる……。
そして、このような見た目で自分の名前を知っているものと言えば、一人しかいない。
「神獣様……神獣様なんですね?」
恐る恐る尋ねると、白狼は頷いて、笑んだ。
白狼が浮かべた笑みは、神獣が浮かべる笑みと全く同じものだった。
こんなのが出来るのは、自分が見てきた中では神獣しかいない。それを神獣と似た姿をしている白狼がしたということは、この白狼が神獣であるほかない。
姿が変わっていようとも……神獣だ。この白狼は、神獣だ!
それに気付いた途端、瞳から涙があふれ出てきて頬を伝い、唇と身体が震えた。
ようやく会えた。ようやく、ようやく、もう一度、会う事が出来た……。
「し……んじゅ……う……さまぁ……」
早苗は神獣の元に駆け寄り、白金色に輝く毛に抱き付いた。
毛の手触りは、ふかふかで、触っていると気持ちよさに包まれるようなものだった。……自分が大好きだった神獣の毛と、完全に同じだ。この毛並みと手触りも、他の動物達は持つ事が出来ず、神獣だけが持っているものだ。
やはり神獣だ。今自分が抱き着いているものは、神獣だ。
「神獣様……神獣様ッ……」
毛に頬を擦り付けながら、早苗は呟いた。
「逢いたかった……ずっとずっと……逢いたかった……!!」
やがて早苗が声を張り上げて泣き始めると、神獣は「くるるるる」という高く、優しげな声を出して腕を静かに動かし、早苗の小さな体をそっと抱き寄せた。そんな事が出来るのも、普通の妖怪や動物とは違う神獣だからこそだ。
今までの悲しみや寂しさを吐き出すように、早苗は泣いた。懐かしい感触を持つふかふかの毛に包まれながら、神獣に抱かれながら、声を張り上げて、思い切り泣いた。
その一方、霊夢と文はというと、二人から少し離れたところで見ていた。
先程から、唖然としてしまう出来事が連続して起きた。自分達が苦戦していた獣を突如として現れた神獣がいとも簡単に撃破し、早苗の傷を舐めて癒し、今こうして早苗に泣きつかれている。二人そろって、何が何だか、もうよくわからないと思っていた。
その中で、霊夢はふと考えた。
前から気になっていたのだが、早苗の言っていた神獣の姿と、あの神獣の姿は何故違うのだろうか。早苗が言っていた時は、神獣は背中に二枚の翼を、首から四枚の羽衣のようなものを生やした巨大な白金色の毛を持つ狼だと言っていたが、あれは根本的なものは変わらないが、頭の付近に蒼色が混ざった髪のような鬣が生えていて、翼が六枚に、羽衣が十六枚ほどに増えている。
これは瘴気の竜と戦っていた時に現れた神獣の姿を見た際にも思った事なのだが、どうして神獣の姿は変わっているのだろう。初めは、早苗が会っていたという神獣とは違う種類なのではないかと思ったが、それでは早苗を助けにやって来た事が、早苗と親しくしている仕草をする理由が付かない。
早苗にあぁ言う事をするという事は、あれが早苗の会っていた神獣だという証明になる。あれは姿は変わっているが、早苗と親しくしていたという神獣と同一個体だ。しかもあの神獣と思われる獣は早苗の傷を舐めるだけで回復させた。こんな事が出来るのは神と呼ばれる存在くらいだ。これもまた、あの獣を神獣と確信付ける証明だ。
(でもなんで姿が……)
と考えたその時、後ろから声が聞こえてきて、霊夢は振り向いた。
そこには戦いの最中、ずっと茂みに隠れていた懐夢がこちらに向かってきている姿があった。懐夢はすぐに霊夢の隣に辿り着き、やがて声をかけた。
「霊夢、あれって……」
霊夢は頷いた。
「そうよ。あれこそが神獣。早苗が、逢いたがってた神獣」
懐夢は早苗と神獣を見て、小さく「あぁ」と言った。
早苗は今、神獣に抱き付いて泣いているのだが、悲しい顔をして泣いていない。寧ろ、とても嬉しそうな顔をして泣いている。……嬉しくて仕方がないのだろう。逢いたくても逢えなかった人に、自分を育ててくれた人に、ようやく逢う事が出来たのだから。嬉しくて仕方がないから、ああいうふうに泣いているのだろう。
(早苗さん……逢えたんだ……大好きな家族に……)
思ったその時、突然文が声を上げた。
「あぁもう我慢できませんッ!守矢神社の巫女、東風谷早苗の前に現れた正体不明の巨大狼!そしてそれに泣き付く守矢の巫女!たまりません!大スクープです!」
文がカメラを手に取り、そのシャッターを押そうとした時、懐夢は素早く文の手を抑えて、シャッターを押させないようにした。
「駄目!撮らないで!」
文は吃驚して懐夢と顔を合わせた。
「え……」
きょとんとする文に、懐夢は必死になって訴えた。
「あの狼は、神獣は早苗さんの家族なんだ!早苗さん、やっと家族に会えたんだ!だから、
撮らないで!そっとしてあげてよ!」
文は困ったような顔をした。
「あやや……ですがしかし……」
霊夢は腕組みをして文を睨んだ。
「他人の不幸と幸運をニュースにして広めるのは、誉めれる行動じゃないわよ、文。少しくらい自重なさい」
文は霊夢を見た。
「ですが!こんなスクープ滅多に」
霊夢はキッと文を睨んだ。
「大天狗だって、私と同じ事を言うはずよ」
そう言うと、文は黙って俯いた。その後、カメラを懐に仕舞った。
「……わかりました。撮れないのは悔しいですけど、今回は我慢します。このスクープは、この場にいる人だけの秘密にしましょう」
文が言うと、霊夢と懐夢は頷くと、再び早苗と神獣の方へ視線を戻した。
その時だった。神獣が早苗から手を離して立ち上がり、大きな六枚の翼を羽ばたかせて空へ飛んで行ってしまった。しかも早苗を置いて、だ。
神獣が早苗を置いて飛んで行った事に三人は驚き、早苗に駆け寄った。
「ちょっと早苗、神獣飛んで行ったじゃないの」
霊夢が声をかけると、早苗は振り向いて霊夢と目を合わせた。頬の辺りに涙の痕があり、目が紅く腫れていたが、早苗は笑っていた。
「大丈夫です。神獣様は、また逢いに来てくれるそうです。守矢神社に、来てくれるそうなんです」
三人は首を傾げた。どうしてそんなことがわかるのだろうか。早苗と神獣は、会話している様子を全く見せていなかったのに。話し声すらも、立てていなかったというのに。
どういう事だ?と霊夢が尋ねると、早苗は答えた。
何でも、神獣に抱き付いていた時、神獣の気持ちが念話というか、テレパシーというか、そういったものが早苗の中に流れてきたらしく、そこで今度から守矢神社にちょくちょく来ると神獣は早苗に伝えたそうだ。だから、早苗は神獣と別れても、そんなに悲しくなかったそうだ。
それを聞いた懐夢は、表情を変えないまま、早苗に言った。
「神獣探しの必要、無くなったんですね」
早苗は苦笑いしながら頷く。
「はい。何だか、申し訳ありません」
懐夢は首を横に振った。
「いいんです。早苗さんが大事な家族に会えたなら、僕も嬉しいから」
懐夢は黙った。その直後、文が声を上げた。
「あ!三人とも、あそこ!」
文が驚いたような声で、前方を指差した。
見てみれば、そこにはうつ伏せになって倒れている金髪の少女の姿があった。それは間違いなく、あの獣へと変化を遂げていたが、神獣の攻撃を受けて倒れ、元の姿を取り戻したルーミアだった。
「ルーミア!」
倒れた少女がルーミアである事がわかると、他の三人よりも先に懐夢がルーミアの元へと駆け寄ったが、辿り着いた途端、懐夢は「わぁっ」と声を上げた。
何事かと思って近付いてルーミアの身体を見たところ、すぐに懐夢が悲鳴を上げた理由がわかった。ルーミアはリグルの時と同じように、裸身だったのだ。
霊夢はルーミアが裸ん坊である事を確認すると、懐夢の頭を掴んで後ろを向かせた。
「恥ずかしいなら後ろ向いてなさい」
懐夢は頷いて、ルーミアに背を向けて立った。その直後に早苗がルーミアへ声をかけた。
「ルーミアさん!ルーミアさんしっかりしてください!」
ルーミアは反応を示さなかった。声をかけても反応を返さない事を確認すると霊夢はルーミアの身体を抱き上げて、揺すった。
「ルーミア!ルーミア!」
揺すって読んでも、ルーミアは反応を示さなかった。だが、身体は比較的温かく、心臓の鼓動も感じられたため死んでいない事だけはわかった。でも、かなり深くまで気を失ってしまっているらしい。何にせよ、このまま放っておくのは危険だ。
「ひとまず、博麗神社に運」
言いかけて、霊夢は「待てよ?」と思った。
今ルーミアは感染症による変化から姿を戻したばかりだ。今ルーミアの身体を調査や検査、解析をすれば感染症の正体や、原因や原理がわかる可能性がある。
そして、この幻想郷でそういう事を得意としているのは、永遠亭の名医、八意永琳ただ一人だ。今、ルーミアを永琳の元へ連れて行き、解析や検査を願えば、聞いてくれて、感染症の正体を掴んでくれるかもしれない。
いや、そうするならばルーミア一人だけではなく、同じ感染症を発症したと思われるリグルと大妖精も一緒に解析や検査をかけてもらう必要があるかもしれない。いや、更にそうするならば彼女らの教師である慧音もいた方が……。
霊夢は思い付くや否、懐夢に声をかけた。
「懐夢、リグルと大妖精と慧音を連れて、永遠亭に向かってくれるかしら?」
「え?何で?どうして永遠亭に?」
「私はこれから永遠亭にルーミアを連れて行って、永琳にルーミアを調べてもらう。そうすれば、感染症及び異変の正体と解決の糸口が見つかると思う」
文が思い付いたように言う。
「確かに!永琳さんの診療にかかれば、どんな病気だってわかりますもんね。それは良策です」
霊夢はルーミアを抱き上げたまま立ち上がると、文と早苗に指示を下した。
「文、早苗、あんた達はこれから妖怪の山に向かって、大天狗にこの事を伝えて頂戴。永琳に頼んでみて、OKもらって調べてもらって、感染症の正体がわかったら私が直接行って、他の大賢者に伝えるよう言うから」
文と早苗は頷き、そのうち早苗が言った。
「わかりました。妖怪の山へ至急向かいます」
文が続けて言う。
「霊夢さんも、永琳さんがOKしてくれるよう、交渉頼みますよ」
二人は言うと、上空へ舞い上がり、妖怪の山の方へ飛んで行った。
その場には霊夢と霊夢に抱きかかえられているルーミア、懐夢が残されたが、すぐに霊夢が後ろを向いている懐夢に声をかけた。
「懐夢、行って頂戴」
懐夢は頷き、早苗と文と同じように上空へ舞い上がり、街の方へ飛んで行った。
そのすぐ後に霊夢もルーミアを抱えたまま上空へ飛び上がり、永遠亭のある迷いの竹林の方へ飛んだ。
*
永遠亭に着くと、霊夢は早速永琳のいる八意診療所に入り込んだ。
戸を開けた時、うっすらと消毒の臭いがしたが、霊夢は構わず中へと入り込み、すぐに永琳を見つけて声をかけた。
「永琳!」
永琳は振り返って霊夢を見て、驚いた。
「あら霊夢じゃない……って、それは!?」
きっと抱きかかえている裸ん坊のルーミアを見て驚いたのだろう。
霊夢は永琳に頼んだ。
「この子をベッドに寝かせて頂戴。話はそれからよ」
永琳はひとまず頷き、ベッドの掛け布団を捲ってそこにルーミアを寝かせるよう指示、霊夢はそれを承ると、ルーミアをベッドに寝かせて掛け布団をかけた。丁度その直後に懐夢、慧音、リグル、大妖精が診療所の中に入ってきて、永琳は四人の到着に、慧音、リグル、大妖精はベッドに寝かされているルーミアに驚き、その後永琳が霊夢に問いかけた。
「それで霊夢、用件って?」
霊夢は永琳と目を合わせた。
「ルーミア、リグル、大妖精の三人を診てほしいの」
永琳は首を傾げた。
「どういう事?」
霊夢はこの三人の身に起きた事を、その原因が感染症にある事を永琳に話した。
永琳はそれを驚きながら聞き、やがて顎に手を添えて下を向いた。
「なるほど、それでこのルーミアはさっきまでその別な妖怪になっていたと。そっちのリグルと大妖精は前に別な妖怪になって暴れ回っていたと」
霊夢は頷いた。
「そうよ。この原因を、あんたに調べてほしいのよ。この子達の身体を診て」
永琳はきりっと表情を引き締めた。
「……わかったわ。もしそれが本当に感染症なるものなら、幻想郷が危険にさらされている事を意味するからね。やってみるわ。というか、やっぱり何かしらあったのね」
霊夢は首を傾げた。永琳はこの前三人を診断した時の事を霊夢に話した。
「頭がぼーっとしたり意識が混濁してるのに異常無しだった?」
永琳は頷く。
「えぇ。でも今回ではっきりしたわ。この子達には何かしらあるのよ。それが貴方の提唱する感染症とかなのかは調べてみなければわからないけれど、この前よりも強い検査と解析をやってみるわ」
永琳は立ち上がった。
「慧音、この子達、しばらく借りることになるけれど、いいかしら」
慧音は腕組みをした。
「構わない。この子達は大事な学童だ。次の授業には万全の状態で励んでもらいたいからな。ここで不安因子を取り除いてくれ。お前達、いいな?」
慧音の言葉に、リグルと大妖精は頷いた。
永琳は霊夢と慧音に声をかけた。
「調査の結果が出たら、うどんげを博麗神社と慧音の家に向かわせるわ。そしたら、来て頂戴。結果を教えるから」
霊夢と慧音は頷いた後、霊夢が言った。
「頼んだわよ。あんたの診断と調査結果が、この一連の解決の糸口になるから」
永琳はふふんと笑った。
とうとう判明?




