第四十話
霊夢達は草花が無くなり葉が全て散った鋭利な樹が立ち並ぶ森の中を駆けていた。
当初、草花もなく樹の葉も全て散っているから見晴らしがよくなっていて、すぐに悲鳴の根源を見つけられると思っていたが、樹は葉を失っても尚霊夢達の視界を遮って悲鳴の根源を見つけるのを邪魔して来た。
その最中、魔理沙が苛立ちながら呟いた。
「畜生!どこなんだ今の悲鳴の元は!」
霊夢が前を向いたまま答える。
「こっちの方で間違いないわ。でも樹が多くてどこにいるんだか……!」
妹紅が何かを閃いたような表情を浮かべ、提案する。
「そうだ!私の力でここいらの樹を全部焼けばいいんだ!これだけの森で火事が起きればその妖怪だって」
「却下だ!他の森へ火が回ったらどうする!それに、そんな事をすれば妖怪だって逃げるぞ!」
慧音が怒鳴ると、妹紅は「えぇーっ」と言った。
「じゃあどうすればいいんだよ!こんなんじゃ未確認の妖怪なんて」
妹紅が言いかけたその時、霊夢はある事に気付いてその場に立ち止った。
他の者達も霊夢の後に続くように立ち止まり、そのうち魔理沙が声をかけてきた。
「どうした霊夢」
霊夢は答えず、目を細めて前をじっと見た。
……奥に何かがいる。遠くて全体的な形がうまく把握できないが、確かに黒い何かが森の奥で蠢いている。もしかすると、先程上空で見えた『黒い物体』かもしれない。
「見つけた……!」
霊夢はその蠢く何かの元へ走った。
他の者達も慌てて走り出したが、霊夢は気にせず、ただそこに向かって走った。
『黒い物体』にある程度近付くと、ようやくその具体的な形がわかって来た。黒い物体は、人の形をしている。どうやら、人だったらしい。
更に近付くと、髪の毛の形や色だとか服装だとかがはっきりしてきた。人影は、深緑色のぼさぼさとした髪の毛をしていて、黒いマントを羽織っている。身体つき的に、十代の子供のようだ。後ろを向いているため顔などはわからなかったが、それだけはよくわかった。
霊夢は驚いた。これらの特徴は、リグルの特徴だ。あの人影は、リグルだとでも言うのだろうか。
「リグル……!?」
霊夢の呟きに慧音が反応を示した。
「なんだと?あれがリグルだというのか?」
霊夢は頷き、叫んだ。
「間違いない。リグル!!」
リグルと思わしき人影は後ろを向いたまま反応を示さなかった。
霊夢達は更に人影に近付き、やがてそれの真後ろに辿り着いた。やはり、人影はこちらに背を向けているリグルだった。
リグルはこちらが真後ろまで来ようとも一向に反応を示さず、ただこちらに背を向けている。
そんなリグルに、慧音は声をかけた。
「リグル、ここで何をしている。家で休んでいろと言ったはずだ」
その時、リグルの方から声が聞こえてきた。
「……ちゃんとおたべ……そうしないと……つよくなれないよ……」
声は一同の耳に届き、そのうちの魔理沙が一歩前へ出た。
「お前、何を言って……」
魔理沙は言葉を途中で止めて、驚愕してしまったかのような表情を浮かべた。
霊夢はそんな魔理沙を不思議がり、声をかけた。
「どうしたのよ魔理沙」
魔理沙はゆっくり手を動かし、リグルの足元を指差した。
「リグルの前……見てみろ……」
霊夢、慧音、妹紅の三人は魔理沙の指差す場所を見て、魔理沙と同じように驚いた。
リグルの足元というよりも、リグルの目の前に広がる土の露出した地面にいくつもの人骨が転がっていて、それらには蝗、蛍、蟻、蟷螂、蜻蛉、蜂といった夥しい数の蟲がびっしりと集っていた。
その様子から察するに、蟲達は人骨に纏わり付く肉を喰らっているようだった。
一同はあまりの光景に言葉を失ったが、そのうち妹紅が口を開いた。
「な……なんだよこれ……」
慧音が唖然としながら続く。
「蟲が……人を喰っている……!?」
その時、ようやくこちらの存在に気付いたのか、リグルが振り向いた。
そこで一同はまた驚いてしまった。普段は穏やかで少しやんちゃなリグルが目つきを今まで見た事が無いほど鋭く禍々しいものにして、顔中にべったりと血を付けていたからだ。……もうそこに、いつものリグルの面影などなかった。
霊夢は驚きを呑み込み、顔を険しくするとリグルへ声をかけた。
「リグル、これはどういう事?この蟲達はあんたが指揮してるの?」
霊夢の質問にリグルは答えなかった。
続いて、慧音がリグルへ声をかけた。
「答えろリグル。その蟲達は何故人を喰らっている。その蟲達は人を喰らう蟲ではないだろう?」
直後、リグルは大きく頬の肉を上げて不気味な笑みを浮かべた。
「おいしそうなの……みっけ……」
慧音は怒鳴った。
「おい!聞いているのかリグル!」
その次の瞬間、地面を転がる人骨に集っていた蟲達が一斉に霊夢達の方へ向き、人骨から飛翔すると、そのまま黒い帯のようになって猛スピードで霊夢達の元へ突撃した。
霊夢達は突然の事に驚き、蟲の群れの襲撃に備えて防御の姿勢をとったが、妹紅だけは防御姿勢をとらずに霊夢達の目の前に躍り出て、地面へ勢いよく手を当てた。
「だぁッ!」
妹紅が掛け声を出した直後、目の前の地面から分厚い壁のような火柱が勢いよく上がり、無数の蟲が作り出した黒い帯はその中へ飛び込んだ。
空へ向かって強く立ち上る火に包まれた黒い帯は瞬く間に煤となり、完全に消え去ると、妹紅は立ち上がって「ふぅっ」と一息吐いた。
その後ろで妹紅の行動を見ていた慧音は、少し安堵したような声で妹紅に言った。
「た、助かったぞ妹紅」
妹紅は振り向かず、身構えた。
「礼なんていい。それよりも、あいつだ。明らかに様子がおかしいぞ」
その言葉には霊夢も同感だった。
リグルと言えば普段は穏やかで、少しやんちゃするくらいの比較的無害な妖怪の少女で、あのような目つきをしてあのような笑い方をし、蟲達に人を襲わせるような事はしない。だが、今リグルは今まで見た事がないような恐ろしい目つきをし、背筋が凍るような不気味な笑みを浮かべ、蟲達に人間を喰わせていて、今自分達に向けて人間を喰った蟲達を放ってきた。明らかに、リグルの様子はいつも懐夢やチルノ達と遊んでいる時と違っている。まるで存在そのものが変わってしまっているようにも見えない事もない。
「リグル、こんなのいつものあんたじゃない。一体どうしたっていうのよ」
霊夢が声をかけた瞬間、リグルは一瞬で不気味な笑みを顔から消し、無表情になった。
リグルが突然表情を変えた事に霊夢達は驚き、警戒し、そのうち魔理沙が呟いた。
「な、なんだよ」
直後、リグルの顔に激しい怒りの表情が浮かび上がり、口がわずかに開いた。
「なかま……ころした……どうして……じゃまする……」
声はとても小さかったが、確かに聞き取れた。どうやらリグルは蟲達が殺された事にひどく腹を立てているらしい。
リグルの怒りの声を聞いた慧音は問いかけた。
「お前の行動がおかしいからだよ。答えろ、何故このような事をするんだ」
リグルは答えず、ぎりぎりと歯軋りを始めた。
その時、霊夢はある事に気付いた。―――どこからか蟲の羽音のような音が聞こえる。それも、この位置からでも聞き取れるほど大きいうえに、どんどん大きくなっていっている。
(なに……この音……?)
そう思ったその次の瞬間、音の発生源の位置が掴めた。
音の発生源は……自分達の背後だ。しかも、かなり近くまでやってきている。もうすぐ、ここへ突立つする。霊夢はそれに気付くと、一同に声をかけた。
「皆!伏せて!!後ろから何か来る!!」
霊夢の言葉を受けた一同は咄嗟にその場に伏せた。そして最後に霊夢が伏せたその直後、霊夢達の真上を猛烈な羽音を出しながら何かが通っていくのが感じられた。
一体何が通っていたのだろうかと思って顔を上げてみると、森の奥の方から先程リグルが放った黒い帯よりもさらに大きな黒い帯が猛烈な羽音を立てながら、リグル目掛けていくつも飛来してきていているのが見えた。羽音が聞こえてきている事から察するに、あれらもまた夥しい数の蟲が形成するもののようだ。
それを見た魔理沙は思わず声を上げた。
「な、なんだありゃぁ!?」
妹紅が顔を青白くしながら続く。
「あれ……全部蟲だってのか……!?」
あまりの光景に一同が唖然としていると、黒い帯がリグルの身体に巻きつくように集い始め、やがてリグルの身体は黒い帯によって隠れてしまい、見えなくなった。そして四方八方からの黒い帯の流れが止まると、それは瞬く間に蠢く黒い塊へと姿を変えた。
「な……何が起ころうとしているのだ……?」
「わからないわ……こんなの、今まで生きてきた中で初めて見るわ……」
慧音の言葉に霊夢が答えると、蠢く黒い塊は不気味など大きな羽音を立てながら宙に浮かび上がった。
直後、黒い塊はどんどんその形をどんどん変えて行った。そしてその変形が終わると、霊夢が呟いた。
「な……なにこれ……」
黒い塊が象った物。それは緑色の鱗に身を包み、二本のカブトムシの角を生やし、口からクワガタムシを顎が生やし、手が蟷螂の鎌、足が飛蝗の足、翼が蜻蛉の羽根のような形状になっている、長い尻尾を持つ、霊夢達の身の丈を遥かに越えた大きさの、紅い瞳の蟲の竜だった。
見た事もないようなその姿に一同は呆然とし、魔理沙が口をパクパクさせながら呟いた。
「な……なんだよこれ……」
慧音もまた同じように呟いた。
「まさか……何十万、何百万、何千万もの蟲達が集まり、一つの生物となったというのか……?」
それを聞いた霊夢は思わず驚いた。
この幻想郷に生きる生物達の中には、集まって一つの大きな生物のような形を作って行動するものもいる。そうする事によって周りの生物達を慄かせ、敵から身を守る事が出来るからだ。
だがそれは、あくまで一つの生物のような形を取るだけであって生物そのものになるというわけではないし、第一そんな事ができるはずない。……だのに、この蟲達はリグルを中心に一つの生物となった。それも、全然見た事のない異形の竜に。
「そんな事……ありえるっていうの……?」
霊夢が呟いたその時、蟲の竜は吼え、腕の鎌を開いて振りかぶった。
「来るぞ!避けろ!!」
慧音が声を出してそれを聞いた一同が後退した直後に蟲の竜は思い切り鎌を振り下ろした。
鎌は霊夢が立っていた場所へ勢いよく降り注ぎ、轟音を立てて地面へ深く突き刺さった。
「な、なんて威力……」
それを見て霊夢は思わず息を呑んだ。今避けれずにあれに当たっていたら、一溜りもなかっただろう。
直後、蟲の竜はまた吼え、身体を勢いよくぐおんっと身体を回し、蟲の竜の身体と共に回った尻尾が勢いよく一同の元へ飛んできた。そして尻尾が一同を薙ぎ払おうとしたその時、一同は咄嗟に飛び上がり、森の上空へ出た。
そのすぐ後に、下の森の方から大木が何本もへし折られ、地面へ倒れ込むような音が響いてきた。
一同は音の聞こえてきた下の方を見て、驚いた。先程まで自分達の後ろの方にあった葉を失った樹が、蟲の竜が放った一撃によって根こそぎ倒されていたからだ。
そのうち、妹紅が顔を少し青褪めさせながら呟いた。
「なんつー攻撃力だ。あれ、本当にリグルなのか?」
慧音が身構えて答える。
「わからん。だが、あれほどまでの攻撃力を持ち、幻想郷の環境を荒らし続ける存在を放っておくわけにはいくまい!」
霊夢はそれに頷き、スペルカードを取り出して一同に声をかけた。
「皆、一斉掃射を仕掛けるわよ!あいつは、ここで倒す!」
一同はそれを聞くと、同じようにスペルカードを取り出し、下にいる蟲の竜に向けて発動させた。
「霊符「夢想封印」!!」
「魔空「アステロイドベルト」!!」
「不死「火の鳥-鳳翼天翔-」!!」
「野符「武烈クライシス」!!」
一同がスペルカードを一斉に発動させると、熱弾と光弾と火炎弾が一同より放たれ、それらは豪雨となって蟲の竜へ降り注ぎ、やがて大爆発を引き起こした。
直後、その爆発によって露出した地面の土が分厚い土煙となって舞い上がり、蟲の竜はその中に隠れてしまって見えなくなった。
「どうだ!」
魔理沙がガッツポーズをして言ったその時、霊夢はまたある事に気付いた。
……土煙の中から音がする。他の皆はまだ気付いていないようだが、とても大きな羽音のような音が、土煙の中から響いてきているのが感じ取れる。
(まさか、この音って!)
霊夢は気付くと、一同に声をかけた。
「皆!散らばって!!あいつ、まだ生きてるわ!!」
霊夢が叫び、一同が霊夢の方を向いたその次の瞬間、もくもくと上がっていた土煙を引き裂き、何かが勢いよく上空へ飛び上がり、一同の元へ突進して来た。
一同は咄嗟の出来事に対応できず、逸れの突進をもろに喰らい、それぞれ別の方向へ跳ね飛ばされた。
そのうち霊夢は空中で受け身を取り、鈍い痛みを全身に感じながらこちらに向かって飛んできたものを見た。
そこにあったのは、弾幕の一斉掃射で倒したと思われていた蟲の竜の姿だった。蟲の竜は息を荒げながら、背中に生えた六枚の蜻蛉のそれのような形をした翼を高速で羽ばたかせて飛び、じっとこちらを睨みつけていた。
「なるほど……まぁ背中の羽根は飾りじゃないとは分かってたけれど……」
霊夢は少し笑むと懐から札を数枚取り出し、構えた。
「その羽根、もがせてもらうわ!!」
霊夢は叫ぶと、勢いよく札を蟲の竜へ投げ付けた。
札は真っ直ぐ飛び、やがて竜の甲殻へ直撃したが、鋼のような光沢を放つ甲殻に跳ね返されて、全く傷を付けれずに地面の方へ落ちて行った。それを見て霊夢はごくんと唾を呑み込んだ。
「嘘……!?」
ただの蟲の集合体であるはずの竜が、自分の投げた札を弾き返した。
そればかりか、よく見てみればあの竜の身体には傷が無い。先程、四人でスペルカードによる熱弾、光弾、鳥のような形の火炎弾の豪雨を飛ばしてやったというのに、どこにもそれによってついた傷が見当たらないのだ。もしかしたら隠れていて見えないだけかもしれないが、それにしても傷が少なすぎる。
霊夢はこれを見て、思わず息を呑んだ。
本当にこいつは、ただの蟲の集合体なのだろうか。もはや、別な存在に変わってしまっているようにも思える。
その時、蟲の竜の背中の方から声が聞こえてきた。
「化け物めッ!「パゼストバイフェニックス」!!」
聞こえてきたのは妹紅の声で、妹紅は竜の真上に出て竜の注意を引くなりスペルカードを発動させ、全身に炎を纏い、まるで神話に出てくる焔の鳥のような姿になって竜へ突進した。しかし、何度突進しても妹紅は竜の身体を包み込む緑色の甲殻に跳ね返されて一向に竜にダメージを与えられなかった。だが妹紅は諦めず、竜の身体に突進しては跳ね返され、突進しては跳ね返されを何度も繰り返した。
妹紅の身体を包む炎はその勢いを無くしていき、そして再度竜の身体に突進してその甲殻に跳ね返されると、炎は完全に消えてしまった。直後、竜は身体をぐおんっと回し、勢いよく尻尾を叩き付けて妹紅を更に上空へ弾き飛ばし、咄嗟にその方向へ頭を向け、かっと大きく口を開いた。
その次の瞬間、竜は妹紅へ向けて口からいくつも光弾を放った。光弾は真っ直ぐ飛び、弾き飛ばされた妹紅へ直撃すると炸裂し、大爆発を引き起こした。直後その中から妹紅は飛び出し、煙を上げながら地面へと落下して行った。その有様を見て、慧音が声を上げた。
「妹紅ッ!!」
霊夢は妹紅の事も見ていたが、それよりも竜の放った光弾に注目していた。
竜の放った光弾は、炸裂や大爆発などはしたものの、リグルのスペルカード「蛍符「地上の流星」」によって放たれる光弾によく似ていた。やはり、姿かたちが変われども、あの竜は『リグル・ナイトバグ』なのだ。
「姿が変わってもリグルである事に変わりはないか……!」
霊夢が呟いた直後、今度は箒に跨った魔理沙が竜の前に躍り出てスペルカードを構えた。
「妹紅の仕返しだ!魔符「スダーダストレヴァリエ」!!」
魔理沙は宣言すると、星屑のような光を身に纏い、竜の顔面目掛けて勢いよく突撃した。
そして魔理沙の突撃が竜の顔面に直撃しようとしたその時、突然魔理沙の動きが止まった。
霊夢は突然の事に驚き、どうしたものかと思って目を細めながら竜の顔面の前にいる魔理沙を見た。
魔理沙は身体を竜の口元から生えた巨大なクワガタムシの顎にがっちりと掴まれていて、身動きが取れずにいた。
霊夢はまた驚き、息を呑んだ。
あの竜は迫り来た魔理沙を咄嗟に顎で捕まえ、突進を阻止したのだ。
「魔理沙!逃げなさい!!」
霊夢は魔理沙に声をかけたが、魔理沙は苦しそうな答えを返してきた。
「くそ……離せぇ……!!」
魔理沙は竜の顎から逃れようと必死にもがくが、竜の顎の力は強く、全く動かない。
その時、竜はそのまま口を大きく開き、何やら口内を光らせ始めた。それを見て魔理沙は冷や汗を掻きながら呟く。
「お、おいまさか……冗談はよせ」
魔理沙が言ったその次の瞬間、竜は先程妹紅へ放ったものと同じ光弾を放った。
魔理沙の身体は光弾の直撃によって竜の顎から抜けたが、光弾に思い切り押されて竜から離され、やがてその破裂に巻き込まれて、爆発に呑まれた。直後、魔理沙は空に逆巻く爆炎から放り出されたかのように飛び出し、黒煙を出しながら森の中へと落下して行った。
その様子を最初から最後まで見ていた霊夢は顔を青褪めさせ、叫んだ。
「魔理沙ッ!!」
霊夢が叫んだ直後、慧音が声を上げた。
「霊夢!こいつから目を逸らすな!」
霊夢はハッとし、竜の方に視線を戻した。
竜は今、慧音のスペルカードによる熱弾と光弾の豪雨に当てられていた。しかし効果は先程の妹紅や自分の攻撃と同じで、放たれた光弾と熱弾は全て竜の体を覆う甲殻に弾かれて、竜に傷をつける事なく落ちていた。
慧音は歯軋りをして掃射をやめ、もう一度スペルカードを構えた。
「弾は効かないか……ならばこれならどうだ!
未来「高天原」!!」
慧音がスペルカードを発動させると慧音の周囲に九つの青白い光球が出現し、慧音が腕を前に突き出すと光球は一斉にレーザー光線を竜へ向けて照射した。しかし、竜はレーザー光線で焼かれようとも痛みを受けている様子を見せず、そればかりかレーザー光線を放つ慧音の方へ顔を向けて口を開き、火炎弾を発射した。
慧音は竜が火炎弾を発射したのを確認すると光球を消してレーザー光線の照射をやめ、その場から退避して飛んできた火炎弾を回避した。
その一部始終を見て、霊夢は気付いた。今の竜が放った火炎弾は、リグルのスペルカード「灯符「ファイヤフライフェノメノン」」によく似ていた。恐らくあの竜は、リグルのスペルカードや弾幕すらも放つ事ができるようだ。それらを見て、霊夢は思わず呟く。
「強固な甲殻と凶悪な攻撃力、そしてスペルカードによる弾幕展開可能か……こりゃ、そのままでいたほうが強くていいんじゃないかしら」
まぁ、本当にあれがただのリグルの変身なのか、リグルに戻す方法があるのかどうかすらわからないのだが。
それにしても、どうやって倒すべきだろうか。慧音の弾幕も、妹紅の爆炎にも、魔理沙の突進にも耐えたあの甲殻を破壊しない限り、あの竜にダメージを与えるのは難しそうだ。
(でもどうやってあいつの甲殻を……)
霊夢はふと慧音を追いかけている竜の甲殻を見た。その時、ある事に気付いた。
……竜の甲殻に焦げている部分がある。素早く動いているので見えにくいが、確かに竜の甲殻の一部の光沢が失われて、焦げている。
(あの部分……)
霊夢は考えた。あの部分は、先程まで慧音がレーザー光線を照射していた場所だ。照射されていた時、竜は何ともないような顔をしていたが、あの時攻撃はちゃんと通っていたのだ。だから、あのように焦げ付いたに違いない。
その時、霊夢の頭の中に一筋の光が走った。―――焦げたものを更に焼き続ければ、崩壊する。
あの甲殻の弱点は、恐らく熱だ。熱で焦がし続ければ、あの甲殻が崩壊し、攻撃が通るようになるに違いない。
(あ、でも……)
今戦っている中で、レーザー光線やビームなどを扱えるのは慧音と魔理沙、爆炎などを放つ術を使えるのは妹紅だけだ。生憎、魔理沙と妹紅は先程の竜の攻撃によって撃墜されて戦闘不能になってしまっていて、残っているのは慧音だけだが、慧音の火力だけあの甲殻を焼き切る事は不可能だろう。魔理沙と妹紅の力があれば……。
「恋符「マスタースパーク」!!」
「不死「火の鳥-鳳翼天翔-」!!」
その時、霊夢の右方向の背後の地上から極太のレーザー光線が、左方向の背後から鳥の形をしたいくつもの火炎弾が竜へ飛来し、直撃。
竜は火炎弾の突撃とレーザー光線を受けて大きく上に打ち上げられたが、すぐに体勢を立て直してその場に留まった。
霊夢は何事かと思って振り返った。そこにはこちらに向かって飛んできている魔理沙と妹紅の姿があった。
いつの間にか復帰した二人の姿に、霊夢は驚きながらも喜び、声を上げた。
「魔理沙!妹紅!」
二人はすぐに霊夢の元へ辿り着き、そのうち魔理沙が軽く笑みを浮かべながら言った。
「驚いたか」
「えぇ驚いたわ。蓬莱人の妹紅はともあれ、あんたどうやって復帰したの?」
魔理沙は懐から空瓶を取り出した。何でも、竜に撃墜されて地面に叩き落とされた直後にパチュリーに作ってもらった回復剤を飲んで復帰し、竜の隙を突いてスペルカードを放ったそうだ。
一方妹紅はリザレクションという回復術を使って素早く復帰し、魔理沙と息を合わせてスペルカードを放ったらしい。
「なるほどね」
霊夢が言った直後、竜に追われてここから離れていた慧音が戻ってきて、感激の声を上げた。
「妹紅、無事だったか!」
妹紅は慧音と顔を合わせ、少し呆れたように苦笑いした。
「慧音忘れたのか?私は蓬莱人だ。あの程度の攻撃で死ぬわけない」
慧音はそうだなと言って笑った。
直後、竜が大きく咆哮した。顔を見てみれば、怒りの表情を浮かべているように見えた。
魔理沙は呟いた。
「私達の復帰に怒ったみたいだな」
妹紅が一同に声をかける。
「どうするよ。あいつの殻、硬すぎて攻撃通らないぞ」
霊夢が答えた。
「いいえ。あいつの甲殻は無敵じゃないわ。壊す方法、見つけた」
その一言を聞いた途端、一同は霊夢に注目し、そのうち魔理沙が言った。
「本当なのか!?」
霊夢が答えようとしたその時、竜は固まる一同に向けて猛スピードで突進した。
一同は咄嗟に散らばって突進を回避し、そのまま飛び始め、飛びながら妹紅が霊夢へ声をかけた。
「どうすればいいんだ!?」
霊夢は他の者達に聞こえるほどの大声で、思い付いたこの竜の弱点を話した。
それを聞くなり、慧音が納得したように答えた。
「そうか、熱か!確かに焼き続ければどんな物質も脆く崩壊する……」
魔理沙がニッと笑う。
「あいつの殻も例外じゃないって事か!」
霊夢が頷く。
「そうよ!あいつの甲殻にレーザーとか炎とかを出来るだけ長くぶつけて!そうすれば、あいつの甲殻を割る事が出来るはずよ!」
妹紅は止まり、手に魔方陣を展開した。
「ならさっそく実行!火炎放射だッ!!」
妹紅が手を突き出すと、展開された魔法陣から猛烈な火炎が放射され、竜の甲殻を焼き始めた。
竜は甲殻を焼かれるなり悲鳴を上げ、素早くその場を飛び去ろうとした。
しかし妹紅がこれを許すわけが無く、妹紅もその後を追いながら同じ部分に火炎を放射し続けた。
「私もやるぜ!恋符「ノンディレクショナルレーザー」!!」
魔理沙も竜の後を追いながらスペルカードを発動させた。魔理沙の周りに慧音のそれよりも大きな光球が出現し、太いレーザー光線を竜の甲殻目掛けて照射し始めた。
その後すぐに慧音も竜の傍に飛び、先程のスペルカードを発動させ、周囲に九つの青白い光球が出現させて、そこから一斉にレーザー光線を竜の甲殻に向けて照射を開始した。
竜は甲殻を焼かれるのを嫌がったのか、更に速度を上げて飛んだり、体を回したりして尻尾で一同を薙ぎ払おうとしたが、一同は竜からの攻撃を回避し、ぴったり竜の傍に付いて飛んで、攻撃を続けた。
それを上の方を飛びながら見ていた霊夢は目を細めて竜の甲殻を見た。
……やはり予想は外れていなかった。竜の甲殻はあちこち焼け焦げ、光沢を失い、全体的に亀裂が走っていた。いくつもの高熱を長時間集中的に当てられたことによって、脆くなったのだ。
「今攻撃すれば!」
あいつの甲殻を、崩せる!
霊夢はそう確信すると、レーザー光線や火炎放射を撃ち続ける一同に声をかけた。
「もういいわ皆!そいつから離れて!!」
霊夢の声を聞いた一同は攻撃をやめて、竜から離れた。
竜は突然攻撃が止まった事にきょとんとしたのか、動きを止めて辺りを見回した。どうやら、攻撃を受け続けていたせいで霊夢の声を聞きとる事が出来ず、霊夢の存在に気付いていないらしい。
霊夢は懐から一枚のスペルカードを取り出し、咄嗟に発動させた。
「神霊「夢想封印」!!」
霊夢の宣言の後、両手に七色の強い光が集い、大きな光弾となって竜の元へ飛んだ。
それらが竜の甲殻に着弾すると、光と衝撃波を出して炸裂し、竜の甲殻はそれに呑み込まれた。
その次の瞬間、竜の甲殻に走っていた亀裂が大きくなり、やがてバキバキと音を立てて甲殻は崩れ落ちた。長らく自分達を苦しめていた甲殻が、ついに破壊され、甲殻の中に隠れていた竜の本体が露出した。
竜の本体を見て、一同は思わず驚いた。竜の甲殻に覆われて隠れていた部分は鱗に包まれた場所だったのだが、鱗は全て雪のように真白く、太陽の光を受けて輝いていた。
竜の光輝く白い鱗を見て、魔理沙は思わず呟いた。
「本体は白かよ!」
その時、霊夢は竜の身体を見てある事に気付いた。
あの竜の身体から、何やらオーラのようなものが立ち込めている。青白い色の、霧のようなオーラが竜の身体から上がっているのだ。甲殻に包まれていた先程までは上がっていなかったというのに。
(何かしら……あれ……)
そう思ったその時、竜は速度を上げて飛び、一同の目の前で止まると咆哮した。
一同が何事かと思ったその時、竜はその場にうずくまるような姿勢をとり、やがて勢いよく広げると全身から赤、青、白、蝶型の凄まじい量の光弾によって形成される弾幕を展開した。
突然放たれた弾幕に一同は焦り、迫り来る光弾を避けながら霊夢が呟いた。
「これは、リグルのラストワード「季節外れのバタフライストーム」!?」
慧音が避けながら続く。
「違いない!やはり、あいつはリグルなのか……!」
魔理沙が飛び来る光弾を避けながら続く。
「この!今まで噛み付きとか火炎弾とかだったくせにいきなり弾幕とか!」
妹紅が最後に言う。
「でも、こんな弾幕を張るって事は、あいつもうボロボロって事なんじゃないか?」
霊夢は頷く。弾幕勝負の際、ラストワードと言われるスペルカードを使うという事は、もう後がないという意味だ。つまり、あの竜はもう瀕死に等しい状態で、あと一撃でも喰らえば倒れるくらいにまで弱っているという事だ。
「あと一発で止めか……なら!」
霊夢はスペルカードを手に持ち、勢いよく弾幕の中へ飛んだ。
弾幕の中を潜り抜けてその根源に辿り着く事になれている霊夢は迫り来る赤、青、白、蝶型の光弾の間縫うように飛び、やがてその弾幕の根源である竜のすぐ近くへ辿り着いた。直後霊夢は素早く竜の背後に回り込み、スペルカードを発動させた。
「これでお仕舞!神霊「夢想封印」ッ!!!」
霊夢は思い切り力を込めて竜の背に向けて七色に輝く巨大な光弾をいくつも放った。それらが竜に到達したその次の瞬間、いくつもの巨大な光弾は一斉に炸裂、爆発し、竜の身体を呑み込み、吹き飛ばした。
爆発を諸に受けた竜の身体は弾幕の展開をやめ、崩壊してバラバラになりながら地面へ落ちて行った。
……勝った。
「勝ったぁ……」
霊夢は大きな溜息を吐いた。その直後、離れていた魔理沙達が笑みを浮かべながら飛んできた。
「霊夢ー!」
魔理沙達はすぐに霊夢の元へ辿り着き、慧音が喜びの表情を顔に浮かべて言った。
「……やったな」
霊夢は頷いた。
「なんとかね。でも流石に疲れたわ」
妹紅が腕組みをする。
「全くなんだったんだあの化け物。あんなの、千年くらい生きてきた私でも見た事ないよ」
魔理沙が辺りをきょろきょろと見回す。
「そういえば、リグルはどうなった?」
そう言われて霊夢はハッとし、竜が落ちた真下を見た。
真下は丁度森の広場に位置する場所だったのだが、そこの中央に何かがあるのが見えた。崩れた竜の身体ではない何かが、ある。
「あれじゃないかしら」
霊夢は一同を連れて急降下し、何かがあると思われる森の広場に着地し、辺りを見回した。
その時、疑問を感じた。この広場のどこを見ても、バラバラになった竜の亡骸が見当たらず、地面に焼け焦げた無数の蟲の死骸が落ちているだけだった。霊夢は思わず呟いた。
「あれ……あの竜の死骸が無い……」
妹紅が答える。
「多分蟲の死骸に分解したんじゃないか?あいつ、蟲達が合体して生まれたみたいだったし」
その時、魔理沙が突然声を上げて、ある方向を指差した。
「いたぞ!リグルだ!」
一同は魔理沙の指差す場所を見た。
そこには、まるで雪のように積もった蟲の死骸の中で倒れている裸身のリグルの姿があった。
「リグル!!」
慧音はリグルを見つけるなり、声を上げてリグルの元へ駆けつけ、その身体を抱き上げ、揺すった。
霊夢達も慧音の後を追ってリグルの元へ駆けつけて、リグルを見た。
リグルはぐったりとしていて動く様子を見せず、呼吸している様子すらも見られなかった。
慧音はそんなリグルの体を揺すり、声をかけ続けた。
「リグル!しっかりしろリグル!!」
その時、魔理沙が慧音に言った。
「待てよ慧音、起こしたらさっきみたいにいきなり襲いかかってくるんじゃ……」
「そもそもそいつ、生きてるのか?」
妹紅が言った次の瞬間、リグルの口から声が漏れた。
一同の注目がリグルに集まり、慧音がもう一度リグルの名を呼ぶと、リグルはゆっくりと目を少し開いた。慧音と霊夢は安堵の表情を浮かべ、魔理沙と妹紅は驚きの表情を浮かべた。
「リグル!」
「生きてた……」
霊夢と妹紅が言うと、リグルは近くを軽く見まわし、やがて慧音と目を合わせて小さく口を開いた。
「けい……ね……せん……せ……い……ここ……どこ……?」
慧音は答えた。
「詳しい事は後で話すし聞く。街の私の家へ行こう」
霊夢が提案し返した。
「いいえ、博麗神社に行きましょう。あそこには早苗もいるし、治療具も揃ってる」
慧音は頷いた。
「それもそうか……わかった。神社へ行こう」
慧音はリグルを抱いたまま立ち上がった。
リグルはまた小さく声を出した。
「せんせい……わた……し……」
慧音は声をかけた。
「すまないリグル。それに着せる物が無い。少し寒いだろうが、我慢してくれ」
リグルは頷き、目をゆっくりと閉じた。
「よし、それじゃ、博麗神社に行こうぜ」
魔理沙が言った直後、一同は再び上空へ舞い上がり、博麗神社に向かって飛んだ。