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東方幻双夢  作者: クシャルト
遠呂智編 第肆章 白の魔神
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第三十五話

 霊夢が天狗の里を訪れた二日後。寺子屋にて、いつもどおり午後の授業が始まった。

 時計の針が一時を差した直後に慧音が戸を開けて入ってきて、点呼を取って学童達の出席を確認すると、今日の授業内容が書いてあると思われる筆記帳を開き、口を開いた。


「今日の授業は国語だ。それで『竹取物語』という話をやる」


 その『竹取物語』という名を聞いたチルノは、何やら小難しい顔をして口を開いた。


「たけとりものがたり?竹林で竹を取るお話?」


 チルノの意見を聞いた懐夢は苦笑いした。


「いやいや、そんな単純な物語じゃないと思う」


 慧音もまた苦笑を浮かべてチルノを見た。


「如何にもお前らしい発想だな。だが、残念ながらそれは違うよ」


 慧音は説明を始めた。

 竹取物語とは、日本最古の物語と言われているもので、成立年、作者共に不明で、仮名によって書かれた最初期の物語であるらしい。そして、どのような物語なのかというと、光り輝く竹の中から生まれ、竹取の老夫婦に育てられた一人の少女の物語なのだという。

 そのあらすじを聞くなり、リグルは驚きの声を上げた。


「竹の中から生まれる!?って事は、その女の子は妖怪!?」


 慧音はまた苦笑を浮かべた。


「とりあえず、内容を黒板に書くから、それを筆記帳に写せ。それから話について説明をしよう」


 慧音はそう言って、黒板に話を書き始めた。

 学童達は筆記帳を開き、筆を持つと黒板と筆記帳を交互に見て、慧音の書く話を写し始めた。


『今は昔、竹取の翁という者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつよろづの事に使ひけり。名をば、讃岐の(みやつこ)となむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。翁言ふやう、

「我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり」

 とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。うつくしきことかぎりなし。いと幼ければ籠に入れて養ふ』


 ここまで書いて慧音は文字を書くのをやめ、学童達が書写を終えるのを待った。

 書写は、大妖精、懐夢、リグル、ミスティア、ルーミア、チルノの順で終わり、最後のチルノが書写が終了したという合図代わりの挙手をすると慧音が学童達を見まわし、尋ねた。


「皆の中で、この文の意味が分かった者は居るか?」


 慧音の問いかけに学童達は首を傾げ、そのうちリグルが懐夢に声をかけた。


「ねぇ懐夢。この文の意味わかった?」


 懐夢は顎に手を当てて、霊夢と同じ『考える姿勢』をとった。

 書写した文章は普段書いている文章とは仮名遣いが違って、意味が少しわかりにくかったが、だいたいの意味は掴む事が出来た気がする。

 まず『今は昔、竹取の翁といふ者ありけり』の部分。

 最初の『今は昔』は、恐らく昔話の冒頭によくある『昔々あるところに』と同じ意味だろう。それで、『竹取の翁といふ者ありけり』という部分だが、『翁』というのは『おじいさん』と同じ意味だとこの前教わったので、多分『あるところに竹取の翁というおじいさんが居ました』という意味だ。これらをつなげれば、『昔々あるところに、竹取の翁というおじいさんが居ました』という文章になる。

 次に、『野山にまじりて竹を取りつつよろづの事に使ひけり』の部分。

 この『よろづ』という言葉は『様々な事』という意味だと前に慧音先生が教えてくれた。多分、この文章は『山の中に入って竹を取り、様々な事に使っていた』っていたという意味だろう。そして、この文に繋がっている『名をば、讃岐の(みやつこ)となむ言ひける。』の部分は、このきっと『竹取のおじいさん』の名前を説明している文章だ。

 その次、『その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。』の部分。これは多分『竹林に生い茂る竹の中に、光る竹が一本ありました』という意味だろう。これはあまり深く考えなくてもわかった。……まぁ正解なのかどうかまではわからないが。

 続けて、『あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。』の部分。

 これは多分『竹取のおじいさん』の行動を表している文章で、『その竹を怪しんで近付いて見たところ、筒の中が光りました』という意味になるのだろう。

 そして次の『それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。』だが、『それを見てみたところ、三寸ばかりなる美しい人がいた』という意味だろう……多分。

 その次、『翁言ふやう、「我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり」』の部分。

 冒頭の『翁言ふやう』は、『おじいさんは言いました』という意味だとわかったが、次の『「我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり」』の部分はよくわからなかったので勘だが、『「儂が毎朝毎晩見る竹の中にいるのだからわかったよ。きっと儂の子になってくれるはずの人だ」』という意味だろう。

 そして最後の『とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。うつくしきことかぎりなし。いと幼ければ籠に入れて養ふ』の部分。

 これの冒頭は『おじいさんはそう言って』で、その次の『手にうち入れて家へ持ちて来ぬ』は『手の中に入れて家へ持って帰り』で、次の『妻の嫗に預けて養はす』は『妻であるおばあさんに預けて育てた』で、そのまた次の『うつくしきことかぎりなし。』は『美しい事限りなし』で、『いと幼ければ籠に入れて養ふ』は『小さいので籠に入れて育てた』という意味だろう。


 とりあえずここまでつなげてみたところ、この文章の意味は、


『昔々あるところに、竹取の翁というおじいさんが居ました。おじいさんは山の中に入って竹を取り、様々な事に使っていました。おじいさんの名前は讃岐の造といいました。

 その竹の中に、一本だけ光る竹がありました。怪しがって寄ってみたところ、筒の中が光りました。その筒の中を見てみると、三寸ばかりなる美しい人がいました。おじいさんは言いました。

「儂が毎朝毎晩見る竹の中にいるのだからわかったよ。きっと儂の子になってくれるはずの人だ」と。

 おじいさんはそういうと手の中に入れて家へ持って帰り、妻であるおばあさんに預けて育てた。美しい事限りなし。小さいので籠に入れて育てた』


 という形になった。

 正解かどうかはわからないが、これは少し自信がある。きっと、こんな意味合いに違いない。

 そう思って『考える姿勢』をやめてリグルに答えようとしたその時、慧音が声をかけてきた。


「その様子からすると、お前はわかったみたいだな?懐夢」


 懐夢は少し吃驚して慧音を見た。


「あ……はい。わかりはしたんですけど、あってるかどうかまでは……」


 慧音は微笑んだ。


「言ってみろ。答えになっているかどうか、聞いてやろう」


 懐夢は頷き、立ち上がると心の中で考え出した答えを慧音に述べた。

 そしてそれが終わると、他の学童達はさぞ驚いたような表情を浮かべ、そのうちのチルノが言った。


「嘘ぉ!そんな意味だったの!?」


 ルーミアがほぇ~っと言って、続いた。


「なんだか昔話みたいだね」


 直後、慧音が微笑んでうんうんと頷いた。


「なるほど。八割ほど正解だ。だが引っ掛かりやすい場所に引っ掛かっていたな」


 懐夢はぽかんとした。

 引っ掛かっていたという事は、この文の中には何か罠みたいなものでもあったというのだろうか。

 それとも、慧音の出したこの問題そのものが引っ掛け問題だったとでも言うのだろうか。


 考えた直後、慧音が口を再度開いた。


「この文章のただしい意味は、こうだ」


 慧音によると、この文章の意味は


『今となっては昔の事、竹取りの翁という者がいた。野山に入って竹を取っては、様々な事に使っていた。名前は讃岐の造といった。彼が取っている竹の中で、根元が光る竹が一本あった。不思議に思って近寄ってみると、竹の筒の中が光っている。その筒の中を見ると、三寸くらいの人が大層可愛らしい様子で座っている。爺さんが言うには、「儂が毎朝毎晩見る竹の中にいらっしゃるので分かった。きっと儂の子になりなさるはずの人のようだ」と思い、掌に入れて家へ持ち帰り、彼の妻である婆さんに預けて育てた。可愛らしい事この上ない。大層小さいので、籠に入れて育てた』


 という事らしい。

 懐夢はそれを聞いて驚いた。

 少し適当に考えたところや勘で言ったところもあるのに、ここまで正式な答えと合っているとは思っても見なかった。

 慧音は微笑んで、懐夢の方を見た。


「この文章の意味は懐夢の答えとほぼ同じだ。だが懐夢、『うつくしう』の意味は『美しい』とか『綺麗』とかじゃなく、『可愛らしい』という意味だ。現代語とは違うから、要注意だ」


 慧音の言葉を聞いて、大妖精が呟いた。


「本当に引っ掛け問題みたいですね」


 慧音は頷いた。


「そうだ。それに、この物語はまだ序盤だ。まだまだ引っ掛け問題みたいな文章が続くから、解説を聞き逃すなよ」


 慧音が黒板の方へ振り返り、文字を書き始めると、学童達もまた慧音の書く文字を書写し始めた。


『竹取の翁、竹を取るに、この子を見つけてのちに竹取るに、節を隔ててよごとに金ある竹を見つくること重なりぬ。かくて翁やうやう豊かになりゆく。

 この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。三月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、髪上げなどさうして、髪上げさせ、裳着す。帳のうちよりも出ださず、いつき養ふ。この児のかたちけうらなること世になく、屋のうちは暗き所なく光満ちたり。翁、心地あしく苦しき時も、この子を見れば、苦しきこともやみぬ。腹立たしきことも慰みけり。翁、竹を取ること久しくなりぬ。いきほひ猛の者になりけり。

 この子いと大きになりぬれば、名を三室戸斎部(みむろどいんべ)の秋田を呼びてつけさす。秋田、なよ竹のかぐや姫とつけつ。このほど三日、うちあげ遊ぶ。よろづの遊びをぞしける。男はうけきらはず呼び集へて、いとかしこく遊ぶ』


 ここまで書いて慧音は手を止めた。

 今度は懐夢、大妖精、リグル、ルーミア、ミスティア、チルノの順で終わり、チルノがまた挙手をすると、慧音はまた学童達を見まわして、「この意味が分かった者は居るか」と尋ねた。

 その時点で、懐夢は『考える姿勢』をしてこの文章の意味について考えていた。


 まず最初の文章の『竹取の翁、竹を取るに、この子を見つけてのちに竹取るに、節を隔ててよごとに金ある竹を見つくること重なりぬ。かくて翁やうやう豊かになりゆく。』の『竹取の翁、竹を取るに、この子を見つけてのちに竹取るに、節を隔ててよごとに金ある竹を見つくること重なりぬ』の部分。

 これは恐らく『おじいさんが竹を取る時、この子を見つけてからというものの、節を隔てて節の間毎に金が入っている竹を見つける事が重なった。そうして、おじいさんは裕福になっていった』という意味だろう。

 だが、これの意味を考えて答えを導き出したとき、懐夢は正直驚いた。


(竹の中に金!?)


 普通に考えればありえない事だが、もしもそんな竹があるのであれば見てみたいし、その金が欲しいとも考えた。そうすれば、博麗神社の経営も今の生活ももっと豊かになって、霊夢が苦労する事もなくなるだろう。……まぁそんな竹など実在するわけないので、考えるだけ無駄なのだが。


 次の文章。

『この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。三月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、髪上げなどさうして、髪上げさせ、裳着す。』。

 まず最初の『この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる』の部分。この『児』というのは多分竹取のおじいさんの拾ってきた三寸の子の事で、次の文は『養うほどにすくすくと大きくなった』という意味だろう。そしてその次の文章は…


 そう考えようとしたその時、大妖精とルーミアの声が耳に届いた。


「チルノちゃん?どうしたの?」


「みすちー、どうしたのだー?」


 懐夢は考えるのをやめて、その方向を見た。

 先程まで元気だったはずのチルノとミスティアがぐったりとした様子で俯いていて、大妖精とルーミアが心配そうな表情を浮かべて声をかけていた。

 この位置からでは二人の顔色などは確認できなかったが、二人の具合が悪そうな事だけはわかった。一体、どうしたというのだろう。

 二人が心配になって、ルーミアと大妖精と同じように声をかけた。


「二人共、どうしたの?」


 声が届いたのか、チルノがようやく顔を上げてこっちを見た。

 チルノは顔は青褪めさせて、不安定な呼吸を繰り返していた。しかも身体をぐらぐらと揺らしており、今にも倒れてしまいそうだった。

 チルノの様子を見た慧音、懐夢、大妖精、リグル、ルーミアの五人は驚き、そのうち大妖精が声をかけた。


「チルノちゃん?大丈夫?」


 チルノは大妖精と顔を合わせて、無理矢理笑みを取り繕った。


「へ、へいきだよ……なんとも……ないから……」


 慧音は教団から降りてチルノの席の前まで歩き、腰を降ろした。


「そんなわけないだろう。どうしたんだチルノ、それにミスティアも……」


 その時、ミスティアとチルノは突然手で口を覆った。

 一同はそれに吃驚し、そのうちのリグルが声をかけた。


「どうしたの!?もしかして、気持ち悪い?」


 その直後、ミスティアがゆっくりと顔を上げて慧音と目を合わせた。

 ミスティアの顔もまたチルノと同じように青褪めていて、冷や汗を垂らしていた。


「せん……せい……といれ……いっていいですか……」


 チルノもそれに続いて、苦しそうに慧音に言った。


「あ……あたいも……いきたい……です……」


 慧音は廊下の方を指差した。


「あぁいっていいとも!トイレならすぐそこだ」


 慧音から許可をもらうと二人は立ち上がり、更に大妖精とルーミアが「ついて行く」と言って立ち上がり、四人は急いで部屋を出て、廊下を駆けて行った。

 二人が居なくなると、部屋を重い沈黙が覆った。

 やがて、懐夢が呟いた。


「二人とも、どうしちゃったんだろ……」


 慧音は廊下の方を見て、眉を寄せた。


「わからん。体調を崩して病気にでもなったか、食中毒を起こしたかのどちらかだな」


 更にリグルが廊下の方を向き、心配そうな表情を浮かべた。


「大丈夫かな……なんか、物凄く具合悪そうに見えたけど」


「大丈夫だよきっと。大ちゃんとルーミアもついていってるんだし」


 慧音は懐夢を見て苦笑を浮かべた。


「そう言うお前が、一番心配そうな表情を浮かべているのだが?」


 懐夢はきょとんとして、「あぅ」と呟いた。

 確かに、慧音の言うとおり、二人の事が心配だ。大妖精とルーミアがついて行ったのに、心の中に濃くて嫌な霧が立ち込めているみたいで、落ち着かない。今、二人がどのような状態になっているのか、気になって仕方がないのだ。


「正直言うと、二人がすごく心配です。あんなふうになった二人を見たの、初めてですから……」


 慧音は腕を組んで廊下の方を見た。


「実のところ私も初めてだ。あんなふうになった二人を見たのは」


「私もだよ。チルノとみすちーは、絶対に病気しない二人だと思ってた」


 懐夢は思わずきょとんとした。まさか、自分よりもチルノとミスティアと長く付き合っている慧音とリグルが、あんなふうになった二人を見たのは今日が初めてなんて思っても見なかった。

 そしてそれを聞いた途端、二人への心配が胸の中で大きくなった。今まで病気しなかった二人があんなふうになったという事は、余程の重病を発症してしまったのではないだろうか。そう簡単には治す事が出来ないような、重い病気を……。


 そう思っていたその時、ルーミアがミスティアの、大妖精がチルノの肩を支えながら戻ってきた。

 四人を見て、部屋に残っていた三人は立ち上がり、そのうちの慧音が四人へ声をかけた。


「あ、お帰り四人とも」


 大妖精が慧音と目を合わせて「只今戻りました」と答え、続けてリグルが尋ねた。


「二人共、何があったの?」


 それにはルーミアが答えた。

 ルーミアによると、チルノとミスティアの二人はトイレの個室で嘔吐したらしい。

 それで、胃の中の物をすべて出してしまって、あまりよくない状態らしい。というか、嘔吐をしてしまった時点でよい状態とは言えないのだが。

 ルーミアの説明を聞いた慧音はミスティアとチルノに近付き、その額に掌を当てた。


「……熱は無いな。となると、なんだろうか……」


 慧音は考えた。

 今言った通り、二人の額からは高い熱を感じなかった。これはつまり、二人の嘔吐の原因が食中毒でも風邪でもないということだ。だが、二人の顔色は胃の中の異物を吐き出した今も(すこぶ)る悪い。本来ならば嘔吐をして胃の中の異物を出してしまえば、顔色も少しはよくなるものなのだが、二人の顔色は変わっておらず、真っ青なままだ。それに呼吸も不安定だし、辛そうにしている。

 二人の体調不良の原因が何にせよ、二人をこれ以上寺子屋にいさせるのはよくない。ここは帰らせ、休ませるべきだろう。


「まぁいい。二人共、今日は帰って休むんだ。そんな調子じゃ、授業など受けれないだろう」


 チルノとミスティアは小さく頷いた。

 慧音は続けてルーミアと大妖精と顔を交互に合わせた。


「大妖精、ルーミア、二人の自宅まで二人を送っていってもらいたい。いけるか?」


 大妖精とルーミアは頷き、そのうちルーミアがニッと笑った。


「任せて!」


 続いて大妖精が微笑んだ。


「チルノちゃんを休ませたら戻ってきますので、授業は続けていてください」


 その直後、懐夢とリグルがミスティアとチルノの道具を全てそれぞれの鞄に仕舞い、ミスティアの鞄をルーミアに、チルノの鞄を大妖精に差し出した。ルーミアと大妖精はそれぞれの鞄を受け取ると肩にかけ、二人を連れて部屋を出て行った。

 再び四人が居なくなって部屋を重い沈黙が覆ったが、すぐに慧音が立ち上がり、教壇へ戻って懐夢とリグルに声をかけた。


「ひとまず、授業を再開する。二人共、四人が戻ってきた時見せれるようにしっかりと書写するんだぞ」


 慧音の言葉で、止まっていた授業は再開された。



      *



 その頃、博麗神社では、居間で霊夢、魔理沙、アリス、早苗、文の五人が集会を開いていた。

 この集会を企画したのは霊夢、魔理沙、早苗の三人で、アリスは魔理沙に、文は早苗に呼ばれてやってきた。

 呼ばれた三人のうちの一人であるアリスは、不機嫌な表情を顔に浮かべて魔理沙に言った。


「んで、何の用なの魔理沙」


 魔理沙は霊夢を指差した。


「それは霊夢から聞いてくれ」


 アリスは「はぁ?」と言ってテーブルを挟んで座っている霊夢を見た。

 直後、霊夢は自分の周りをぐるっと見回し、やがて口を開いた。


「今日集まってもらったのは、他でもない。ずばり、昨日の事の補足と懐夢の異常についてよ」


 アリスは目を半開きにした。


「懐夢の異常について?それに、昨日の事の補足?」


 わけのわからない話をされて困り顔をするアリスに、魔理沙、早苗、文が昨日天狗の里であった事を圧縮したような形にして話した。アリスは魔理沙達が昨日体験した事を聞くなる腕を組み、うんうんと頷いた。


「なるほど、それについての補足説明がこれから行われるのね」


 アリスが言った直後、文が挙手した。


「霊夢さん、昨日の霊夢さんと懐夢さんの会話に、気になるところがありました」


 霊夢は文の方に顔を向けた。


「なにかしら」


「昨日霊夢さんと懐夢さんが言っていた、「懐夢さんは一度死んだ」というのはどういう事なのでしょうか」


 文の問いを聞いて、早苗も挙手した。


「あ、それ私も気になってました。霊夢さん、懐夢くんが一度死んでいるとはどういう事なんですか」


 文と早苗の問いを聞いたアリスは「え?」と言って、霊夢の顔を見た。


「懐夢は一度死んでいる?なにそれ、どういう事?」

 

 霊夢は目を細めた。


「それは私にもよくわからないことなのだけれど、あの子、どうも一回死んだ事があるそうなのよ」


 アリスは首を傾げた。


「死んで生き返ったっていうの?」


 霊夢は懐夢が助けられた時に言った話を、全て四人に話した。

 それを聞いた後、魔理沙が呟いた。


「野山を歩き続けていたが、力尽きて倒れ、気を失い、そのまま死んだような気がしたけどすぐに目が覚め、身体に力が戻ってきて動けるようになって、神社に来た……か」


 霊夢は頷いた。


「えぇ。どうもあの子の異常は、その時から始まっているみたいなの」


 早苗が眉を寄せた。


「死んで、生き返った時からですか?」


 霊夢は一同を見回した。


「そもそも、この時点でおかしいと思わない?野山を歩き続けて力尽き、倒れて気を失えば、普通そのまま死に至るわ。でも、あの子は死なずにすぐに目を覚まし、また歩けるようになってここまで来た」


 霊夢は表情を険しくした。


「こんなの、誰かが倒れた懐夢に治癒術でもかけない限り、ありえないはずよ」


 一同は「確かに」と小さく呟き、霊夢は更に懐夢の異常な再生力、スペルカードと空を飛ぶ術の体得速度の事を話した。

 それらを聞いた一同は驚き、そのうちの文が言った。


「取得に十ヶ月かかるスペルカードと空を飛ぶ術をたったの二ヶ月で取得!?」


 魔理沙が下を向き、呟く。


「しかもレミリア達吸血鬼並みの再生力を持ち合わせてるなんて……」


 直後、早苗が再度挙手をした。


「それらは全て、懐夢くんの才能と生まれながら持つ能力なのでは?」


 霊夢は首を振った。


「そんな事なら、大蛇里にいる時に取得してるはずよ。それに、異常な再生力だって大蛇里にいた頃には持ち合わせていなかった」


 アリスが挙手をした。


「どうしてそんな事がわかるのよ。貴方、その頃の懐夢と交流あったの?」


 霊夢はアリスの質問に答える代りに、一冊の筆記帳をテーブルに置いた。

 一同が不思議そうに筆記帳を見ると、霊夢は口を開いた。


「これ、懐夢の母親の日記よ」


 一同は「ええっ」と驚き、早苗が尋ねた。


「懐夢くんのお母様の日記……ですか?」


 霊夢は早苗と顔を合わせて頷いた。


「そうよ。大蛇里に行った時に拾った。中を見てみたけれど、懐夢の成長記録とかがびっしり書いてあったわ。でもそこに、懐夢のスペルカードの事や空を飛ぶ術の事、異常な再生力、髪の毛の変色の事は何も書かれてはいなかった。これはつまり、懐夢が異常な再生力とかを手に入れたのは両親と死別した後って事を意味するわ。そこで私は考えたの」


 霊夢は目を閉じ、深呼吸した後目を開いた。


「懐夢は一度死んだ。けれど、何かが懐夢の身体に取り憑いて懐夢を蘇生させ、その後は懐夢に居座り、様々な異常を与えているってね」


「昨日霊夢さんが懐夢さんに言った言葉ですね」


 文が言った後、アリスは少し事情を理解できないような表情を浮かべた。


「なるほどねぇ……でもそれ、懐夢にとってはメリットだらけなんじゃないの?スペルカードは撃てるし、空は飛べるし、怪我だってすぐに治る。素敵だと思うけれど」


 魔理沙がアリスを見て苦笑した。


「得体の知れてるものだったらそう思えるかもな。でもそれが得体の知れないものだから怖いんだよ」


 霊夢は頷いた。


「魔理沙の言うとおりよ。私は懐夢の身体に憑いてるのが得体の知れないものだから危惧してる。それに、あんな異常な再生力やスペルカードと空を飛ぶ術の短期取得も可能にするんだから、懐夢の身体に憑いてるのは相当な力を持つ者だと思ってる。

 いつか懐夢の身体に憑いてるものが懐夢の身体を乗っ取って、物凄い力を出しながら暴れるなんて事態も可能性としてはあり得るわ。……私はそれが怖いのよ」


 一同はきょとんとした表情を浮かべた。

 霊夢は続けた。


「それにね、あの子の能力には、とある欠点があるのよ」


 一同が霊夢に注目を集めると、霊夢は静かに言った。


「あの子の力は、博麗神社にいる時には使えなくなる」



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