第三話
懐夢が博麗神社に住む事になってから一週間の日が過ぎた。
一週間という間に懐夢は神社での霊夢との生活に慣れ、毎日が楽しいと思っていた。
神社での霊夢との二人きりの新たな生活、寺子屋での慧音による新たな授業、そこで出来た新たなる友、人里での人々や陽気な妖怪達との接触。
どれも懐夢にとって新鮮なものだった。
そして懐夢は今、その人里にやってきており、その中のこの前霊夢と共にやってきた茶屋の前に来ていた。
何故茶屋に来ているのかというと、この前霊夢が買った団子を最後に茶を飲む際近くに添える茶菓子が切れてしまい、霊夢に、人里の茶屋から茶菓子を買ってくるよう頼まれたからだ。
懐夢は霊夢に渡された金を確認した。霊夢が懐夢に渡した金は七百円。
七百円で買えるものといえば煎餅が四十枚入った袋詰めか、十二串の団子だ。しかし後者の団子は今の季節の寒さによってすぐに固くなってしまい、食べにくくなってしまう代物、ようするに冬には向かない食べ物だ。恐らくそれを買っていったとしても霊夢は喜びもしないだろう。ここは前者の煎餅を選ぶべきだ。
懐夢は茶屋に入り込むと早速店の棚にあった煎餅が四十枚入った袋を手に取り、会計を担当している店員の元に持っていって金を支払って会計を終わらせるとそそくさと煎餅が四十枚入った袋を持って店の外へ出た。
これで霊夢から頼まれたおつかいは完了だ。
「さてと……用件は済んだし、さっさと帰ろうかな」
懐夢の通っている寺子屋は午前終了で午後以降授業がなく、午後からは放課となっている。
今の時刻は十三時、つまり一日に受けるべき授業が終わった放課後というわけだ。だから懐夢はこうして人里を歩き回って霊夢のおつかいをこなしていたのだ。そしてそのおつかいも終わり、街でやることは無くなった。あとは霊夢の待つ博麗神社に帰るだけである。
しかしその道中、つまるところの獣道で懐夢は違和感を感じた。まだ十三時だというのに周りがまるで夜にでもなったかのように闇に包まれて暗くなっているのだ。来る時は時刻と相応に明るかったというのに。
けれども懐夢は特に何も考えず、暗くなっている周りをただ見ながら来た道を戻り続けた。
きっとこの幻想郷の現象について博識な霊夢に話せばこの暗さの正体もわかるだろうと思ったからだ。
「まぁいいや。このまま真っ直ぐ歩けば神社に着くだろうし、これも霊夢に聞けばわか」
懐夢が安心しきって歩みを続けたその時、懐夢は肩に違和感を感じて立ち止まった。
それはまるで何かが肩に乗っているような感覚に近しいものだった。そう、何かが肩に乗っかっているような気がするのだ。そしてその肩に乗っているものは質感、温度、重さ、形からして人の掌が最も近い。どこかの悪戯が好きな人が自分を驚かせようと肩に掌を乗せているのだろうか。
それとも自分に用件があり、自分を呼び止めようとして掌を肩に乗せたのだろうか。
しかしこの方に乗る掌は軽い。この軽さからしてこの掌は大人の掌ではなく子供の掌だ。自分と同じくらいの子供が自分の背後から肩に掌を乗せている。やはり自分を驚かせようとしているのだろうか。
「……貴方は食べられる人類?」
その時、懐夢の耳に声が飛び込んできた。
それは、高くて幼げな、少女のような声だった。
間違いない、この声の主こそが肩に掌を乗せてきた張本人だ。
懐夢はその声に驚き肩に乗っていた掌を振り払って咄嗟に声のした方向を見た。
そこにいたのは金色の髪をショートボブにまとめあげ、頭の左側の髪に赤いリボンのような布を結び、白黒の洋服を身に纏った深紅の瞳の少女。
身長は自分よりも少し低いくらいだろうか。
そしてその少女は少し微笑みながらこちらを見ていた。
「え……女の子……?」
懐夢は声をかけてきた存在が少女だったことを知るなりきょとんとし、この少女こそ自分の肩に掌を乗せてきて、尚且つ声をかけてきた存在だということを悟った。しかし、すぐにそれは消え、代わりに様々な疑問が沸いて出て懐夢の頭を埋め尽くした。
何んでこんなところに女の子がいるの?
何でこの女の子は僕の肩に手を乗せてきたの?
というか「貴方は食べられる人類?」ってどういう質問?
「ねぇ、貴方は食べられる人類?」
二度目の質問に懐夢はまたびくりと反応を示し、一度考えるのをやめたその時、懐夢は何かを感じ取った。
そう、少女の匂いだ。少女の明らかに人間の少女のものとは違う匂いを放っている。これは妖怪の匂いだ。
この少女は人里に沢山いる妖怪達と同じような、人の姿をした妖怪だ。
そしてこの目の前にいる少女の姿をした妖怪は自分を今にも食べようとしている。妖怪にとって人間は基本的に食べ物なのだから。
しかしこのまま黙って食べられるなど金輪際ごめんだ。
どうにかして、どうにかしてこの妖怪を説得しなければ。それを理解してくれるほどの知性を有しているかどうかまではわからないが、やるしかない。
しかしどうする。
どうやってこの少女の姿をした妖怪を説得すればいい。
如何にしてこの少女を説得して食欲をなくさせる?
迷いに埋め尽くされた懐夢の頭の中をあるものが浮かび上がった。
そう……母の教えだ。
母の教えの中に、自分を食べようとしている妖怪を退ける方法があったのだ。
懐夢は浮かび上がった母の教えを信じ、答えを待つ少女にようやく答えを返した。
「……食べれるよ」
「ほんと!? じゃあ遠慮なくいただきま」
少女が懐夢に齧り付こうとしたその時、懐夢は少女の言葉に口を挟んだ。
少女の動きはその瞬間でぴたりと止まり、懐夢を話を聞く姿勢となった。懐夢はそれを確認すると少女に話し続けた。
「食べた後、後悔しないならね」
懐夢は自分を食べたらどうなるのか少女に話した。
まず懐夢の肉は凄まじいほど不味くてろくに食べれたものではない。
更にそれを無視して食べてしまった場合、食べた者には強い呪いがかけられ、その瞬間から千八百二十五日間下痢と嘔吐と死ぬほどの腹痛に苦しむことになる。
……これこそが、母の教えてくれた妖怪を騙す言葉だ。
懐夢が不気味な笑みを顔に浮かべて嘘を少女に言うと少女は首を傾げた。
どうやら懐夢の言っていることがうまく伝わっていないらしい。
懐夢はそれを把握するなり、詳しく少女に説明し始めた。
「つまり、君が僕の肉を食べたなら、君は五年後の今日までずっと何を食べても吐き出してしまい、吐き出さなかったとしても下痢にして出してしまい、常にお腹が痛くてたまらなくなる」
懐夢がわかりやすく説明すると、説明を受けた少女は一気に顔を青褪めさせた。
何を食べても吐き出し、吐き出さなかったとしても下痢し、治まらぬ激しい腹痛に五年もの間襲われ続ける自分の姿が安易に想像できたのだ。
たった一人の人間を食らったがために、五年間毎日腹の異変に襲われ続ける自分が。
「それでも……食べる?」
懐夢が少女に顔を近付けて尋ねると少女はさぞ不安な顔をして首を横に大きく振って答えた。
「食べたくない! 食べたくない……んだけど……でも……」
その時、少女の腹部より獣が喉を鳴らす時に出すような音がした。
それは出した張本人である少女の耳にも届き、懐夢の耳にも当然届いた。
「あぅ……」
やがて少女は音の鳴った腹を押さえて少しだけ頬を赤らめ、懐夢はまたきょとんとした。
「お腹空いてるの……?」
少女は頷いた。
「……うん。昨日から何も食べてない……」
懐夢はそれを聞くなり、何故少女が自分を食べようとしていたのか、悟った。大きくなってしまった空腹を満たそうとして、自分を食べようとしていたのだ。しかし食べることは結局できず、それにより空腹はまたその大きさを増そうとしていた。
懐夢は少女への気持ちを変えた。
この少女の空腹を満たしてやりたい、この少女を何とかしてやりたいと思い始めた。自分の肉以外の食べ物はないだろうか。
懐夢は自分の手元を見た。
そこには先程茶屋で買った四十枚の煎餅が入った袋があった。
懐夢はそれを見て閃いた。――そうだ、これだ。
懐夢は思うと少女に四十枚の煎餅が入った袋を開き、その中から一枚の煎餅を取り出して少女に差し出した。
「ほら……これ、お煎餅」
少女は首を傾げて煎餅を見た。
「これは……?」
懐夢は手元の煎餅を揺らした。
「お腹空いてるんでしょ? ほら、君にあげる。結構な枚数あるからさ」
懐夢が微笑んで言うとそれまで不安げな表情を見せていた少女は一気に喜びの表情に顔を変え、懐夢の差し出した煎餅を手に取ってバリバリと音を立てながら食べ始めた。
そして瞬く間に食べ終えてしまった。
掌くらいの大きさの煎餅だから瞬く間に食べ終えてしまって当然である。
「あ、もう食べ終わっちゃった? じゃあ次」
懐夢が少女に煎餅を渡そうとしたその時少女はバッと懐夢の手から煎餅の入った袋を掠め取り、袋の中に手を突っ込んで一気に食べ始めてしまった。
懐夢は少女に煎餅の入った袋を掠め取られたことに焦ったが、少女の様子からもう袋は取り戻せまいと素直に諦め、少女が袋の中にある煎餅を食べるさまをただ見た。
少女は瞬く間に四十枚の煎餅を食べ終え、一息吐くと懐夢の方を向いて笑み、言った。
「美味しかったよ! ありがとう!」
懐夢は少し照れたような表情をした。
「そう? それならよかったよ」
少女の浮かべた笑みは、自分を食べようとしてたとは思えないほどの愛らしい笑みだった。
直後、少女はふとある事を思い出したように懐夢に言った。
「あ、そうだ。まだ名前教えてなかったね。私はルーミア。貴方は?」
名前を聞かれ、懐夢はハッとした。
「え? あぁ、僕は懐夢。百詠懐夢……って、あれ?」
懐夢はあることに気付いた。
周りが先程よりも暗くなっているような気がするのだ。まるで月のない夜のような暗闇が辺りを包みこんでいる。
ルーミアは辺りを見回す懐夢を見て首を傾げた。
「どうしたの?」
懐夢は視線をルーミアに戻した。
「さっきからずっと思ってたんだけど、どうしてこの辺りすっごい暗いんだよね。しかも今更に暗くなったような気がして……ねぇルーミア、何か知らない?」
先程から気にしていたことをルーミアに話し、問いかけた。
それを聞いたルーミアは「なーんだ!」と言って懐夢に答えを返した。
「それ、私の能力だよ。」
懐夢は少し首を傾げた。
「え? ルーミアの能力?」
ルーミアは自分の能力について説明した。
ルーミアの能力は闇を作り出し、操り、光を遮ることができる能力で、太陽の光を遮るために辺りを真っ暗にしてたそうだ。ちなみにさっきよりも辺りが暗くなったのは懐夢のおかげでルーミアの空腹が満たされて、元気が戻ってきたからだという。
ルーミアが言うと懐夢はそれに納得したが、同時に身震いを始めた。
暖かさの根源である陽の光がルーミアの能力によって発生している闇によって遮られているため、ただでさえ寒いこの場の気温が更に下がりつつあるのだ。
「……寒いね。寒いの苦手なんだ僕」
ルーミアはきょとんとした。
「そーなのか。じゃあちょっと消そうか」
ルーミアは懐夢が寒がっているのを知るとその場で腕を広げた。すると次の瞬間辺りを覆っていた闇はいくつものどす黒い奇妙な球体に姿を変え、ルーミアの体に吸い込まれ始めた。
そしてその流れが止まった時には辺り一面に広がっていた闇は消え去り、陽の光が再びこの獣道に降り注いでいた。同時に下がっていた気温も上がり始めた。
懐夢はそれを呆然と見ていた。
「すごい……本当に闇を操れるんだね……」
ルーミアはどうだ、すごいだろと言っているように「えっへん」と答えた。
その後、懐夢へ尋ねた。
「そういえば、懐夢は何でここにいるの? この先、霊夢がいる神社だけど」
懐夢はぴくっと反応して答えた。
「あぁ、僕神社に住んでるんだ。だから、これから帰るんだよ。神社に」
ルーミアは懐夢の言葉を聞いて「そーなのかー」と返した。
それを聞いた懐夢はルーミアについて気になっていたことを思い出し、ルーミアに尋ね返した。
「そういえば、ルーミアこそここで何をしていたの?」
懐夢が問いをかけた途端、ルーミアは何かを思い出したような声を上げ、懐夢を驚かせた。
「いっけない! 慧音先生の授業を受けるために寺子屋に行こうとしてたのを忘れてた!!」
「慧音先生の授業?」
ルーミアが焦っている理由を懐夢はいまいち理解できなかった。何故なら寺子屋の授業は既に午前中をもって終わっており、現在時刻は十三時、すなわち午後。授業を受けるために寺子屋に向かう必要など全く無い。
「慧音先生の授業なら午前中でとっくに終わったよ?」
それを聞いたルーミアはきょとんとした。
その直後、ルーミアはまたまた何かを思い出したように懐夢を指差した。
「あ! もしかして……貴方が慧音先生の言ってた『新しく寺子屋に入ってきた子』ってやつ!?」
ルーミアはまた忘れていたことを思い出した。
三日ほど前に慧音が寺子屋に新入生がやってきたと言っていたのだ。
しかし同時に、その新入生は自分達とは違う授業を受けて帰っているから会うことはないとも言われた。
その時はいつもどおり「そーなのかー」の一言で聞き流していたが、たった今懐夢が寺子屋のことを口にしたのを聞いたことによってこの前慧音の言っていた"会うことのできない新入生"の話を思い出し、この目の前にいる懐夢こそがそれなのではないかと思ったのだ。
「う……うん。一週間前に寺子屋に入学したばっかりで……」
懐夢は正直にいかにも自分がこの前入学したばかりの新入生だとルーミアの問いかけに答えた。
それを聞いたルーミアは瞳を輝かせ、懐夢の手を掴んだ。
「やっぱりね! 一緒に来てよ! 皆に紹介したいから!!」
懐夢は驚いた。
「えっ!? ちょ、ちょっと……!!」
ルーミアは懐夢の手を掴んでそのまま獣道を走り出した。
妖怪であるためなのかルーミアの懐夢の手を引く力は半端なものではなく、懐夢が何をやったところで止められそうに無いほどのものだった。
懐夢はルーミアの引く力を確認すると抵抗することを諦め、目を瞑って下を向くとルーミアに引かれるまま引かれ続けた。
そしてルーミアが懐夢を引っ張り続けてやってきたところは懐夢が午前中授業を受けていた寺子屋の前。
ルーミアは寺子屋の前に辿り着くなりそのまま懐夢を引っ張って寺子屋の中へ駆け込み、いつも授業が行われている教室へ入り込んだ。
「みんなー! 新入生連れて来たよー!」
それを聞いた懐夢は顔を上げて目を開いた。
そこは毎日午前中慧音の授業を受けている教室。そしてその教室内には懐夢がまだ見たことの無い者達の姿があった。
その人数は四人で、一人は背中に氷で出来た羽を生やし、青色の洋服を着た水色の髪の毛で髪型をセミショートヘアーにして頭頂部周辺に蒼いリボンを付けた少女。
もう一人は特徴的な帽子を被り、人間のものではない耳を生やし、背中から鳥の物とも蝙蝠の物とも蟲の物とも言えぬ異形の翼を生やし、赤茶色の洋服を着た赤桃色の髪の毛の少女。
更なるもう一人は黒と白を基調とした洋服と黒いマントを身に纏い、ふさふさとした深緑色のセミショートヘアーの、頭から二本の黒い蟲の触角を生やしたどこか少年のような少女。
そして最後の一人は青色を基調とした洋服を身に纏い、緑色の髪の毛をポニーテールにしている、背中に美しい翼を生やした少女。
そしてこれら見たことの無い者達はルーミアと懐夢をじっと見ていた。
その直後、赤桃色の髪の毛で背中に異形の翼を生やした少女がやってきたルーミアに話しかけた。
「ルーミア、随分時間ギリギリに来たみたいだけど……その男の子は?」
ルーミアは懐夢を前に突き出した。
「この子こそが慧音先生の言っていた寺子屋の新入生だよ! おなかが空いて困ってた私を助けてくれたんだ!」
四人の少女の視線は一斉に懐夢へ集まった。
四人もの少女に視線を向けられた懐夢は頬を赤くし、目を瞑った。
やがて、四人が近付いて来た音を聞くと、目を開けた。
そこには先程まで自分に視線を集めていた少女達の姿。しかも先程と違って目の前まで来ている。その光景に、思わず懐夢は驚き、すぐに少女達のうちの一人である、水色の髪の少女が懐夢に話しかけた。
「へぇ~……あんたが慧音先生の言ってた新入生か。ねぇ、名前なんて言うの?」
懐夢はしどろもどろに答えた。
「か……懐夢……百詠懐夢……近頃ここに来た……半妖だよ」
懐夢の名乗りはその場にいた全員の耳に届き、全員が懐夢の名と懐夢が半妖であることを理解した。
その直後少女達はそれに答える形で懐夢に名乗り始めた。
「へぇ~! 懐夢か。あたいはチルノだよ」
「初めまして。大妖精です」
「ミスティア・ローレライだよ。みすちーって呼んでね」
「リグル。リグル・ナイトバグだ。よろしくね」
水色の髪で氷の翼を生やした少女はチルノ、緑色の長髪で美しい翼を生やした少女は大妖精、赤桃色の髪で異形の翼を生やした少女はミスティア、深緑色の髪の毛の頭から触角の生えた少女はリグルと、それぞれ懐夢に名乗った。
懐夢は全員の名を聞くと、小さく「よろしく」と呟いた。
その次の瞬間教室の出入り口の戸が開き、教室の外から何かが教室の中へ入ってきた。見てみればそれは、寺子屋の経営者で、学童達の教師である慧音だった。
「さぁ、午後の授業を始め……って、おや、懐夢?」
慧音は教室にやってくるなり違和感を感じた。
教室の中に既に帰ったはずの懐夢の姿があったからだ。
慧音は懐夢に声をかけた。
「懐夢、どうしてここに? 午前の授業は終わったぞ」
懐夢は質問返しをした。
「慧音先生、寺子屋は午前で終わりじゃないんですか? そして、この人達は?」
寺子屋は午前終了のはずなのに、何故この者達が寺子屋に来ているのか、というかこの者達はいったい何者なのかと懐夢は慧音に尋ねた。
慧音は一つ溜息を吐き、答えた。
「……お前には話す必要は無いと思っていたのだが……知られたからには仕方がない」
慧音は寺子屋の仕組みについて説明を始めた。
この寺子屋には、午前の部と午後の部というのが存在しており、午前の部は人間の子供が受けるべき授業を、午後の部は妖怪が受けるべき授業を行っており、今ここに来ている五人は午後の部を受ける妖怪達だ。時々この五人以外の妖怪達も来る事もある。懐夢はそれを黙ってじっと聞いていた。
慧音は一通り話すと懐夢の方を見直した。
「懐夢、お前だが、お前が午後の部の授業を受ける必要は無い。何故なら」
慧音が言いかけると、リグルが割り込むように言った。
懐夢は半妖、つまり半分が人間でもう半分が妖怪だから、人間が受けるべき授業と妖怪が受けるべき授業、両方受ける必要があるのではないかと。
リグルが言うや否、慧音を除くその場全員がそれに反応し、残った慧音は「あ」と言った。
……半妖とは人間と妖怪の混血種で、噛み砕いて言えば半分が人間で半分が妖怪である存在だ。
人間と妖怪、どちらかの種族であったならば必要な知恵は限られているため前者は午前の授業を、後者は午後の授業を受ければいいが、半分が妖怪で半分が人間である懐夢にいたっては両方の知恵が必要となるため両方の授業を受ける必要があるのだ。
慧音はリグルに言われるまで、それに気付かなかった。
「……そう言われてみればそうだな……彼は妖怪としての部分が小さいから人間の知恵だけ教えればいいと思っていたが……」
慧音は懐夢を見つめ直した。
「懐夢、お前はどうしたい? 妖怪の受けるべき授業、受けるか?」
尋ねられた懐夢は突然の問いかけに少し驚きはしたもののすぐに答えた。
「僕もこう見えて半分は妖怪ですから、妖怪が必要とする知識も欲しいです。午後の授業も……受けたいです」
それを聞いた慧音は「わかった」と答え、その場にいる少女達全員に伝えた。
「お前達、聞いてのとおり懐夢が今から午後の授業も受けることになった。共に授業を受ける以上、仲良くするんだぞ」
慧音の言葉を聞いたチルノ、ミスティア、大妖精、リグル、ルーミアは返事を返した。
それを聞いた慧音は軽く溜息を吐くと教室内に備えられた黒板の前に立ち、手に持っていた出席簿を開いた。
それと同時に授業を受ける生徒達もそれぞれの席へ座り、慧音はそれを確認すると出席を取り始めた。
「それでは出席を取るぞ。リグル・ナイトバグ!」
「はい!」
「ミスティア・ローレライ!」
「はい!」
「ルーミア!」
「はい!」
「チルノ!」
「はい!」
「大妖精!」
「はい」
「百詠懐夢!」
「はい」
「よし!これより午後の授業を開始する」
慧音が生徒全員の名を呼ぶと、生徒全員がそれに答え、生徒全員の声を確認すると慧音は早速妖怪が受けるべき寺子屋の午後の授業を開始した。