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東方幻双夢  作者: クシャルト
邂逅編 第参章 大賢者
24/151

第二十四話

前半エピソード・早苗Ⅱ

 


「八俣遠呂智の伝説?」


「そうなのよ。魔理沙、文、早苗、何か知らない?」


「わかりませんねぇ……そんな話聞いた事がありません」


 紫の家に行った翌日の午前十一時、博麗神社に早苗と魔理沙と文がやってきた。

 早苗は遊びに、魔理沙はいつも通り暇潰しに、文は取材にだ。

 霊夢はそこで魔理沙と文と早苗に八俣遠呂智の伝説について話した。

 三人の答えは良くも悪くも期待通りで、『知らない』だった。

 三人の祖直な答えに霊夢が溜息を吐いた後、魔理沙が煎餅を頬張りながら霊夢に尋ねた。


「その話、どこで聞いたんだ?」


「母さんと懐夢から。てっきり母さんだけが知ってる話だと思ってたんだけど、どうやらお懐夢の故郷にも伝わっていたみたいなのよ」


 文は少し驚いたような表情を浮かべて言った。


「懐夢さんの故郷に伝わってるんですか。先代の博麗の巫女も懐夢さんの故郷から知り得たのでしょうか?」


「それは違うわ。母さんは大賢者から聞いたって言ってた」


 霊夢が答えると早苗が小難しい表情を浮かべた。


「でもこの話が本当である確証はあるんですか?ちょっと信じ難いと言いますか……」


 霊夢は文を見た。


「多分本当の話だと思うわ。これにも、書いてあったから」


 霊夢は言うと目の前のテーブルに置いておいた筆記帳を開いた。

 その筆記帳に全員の注目が集まり、魔理沙が口を開いた。


「あれっ。それなんだ?」


「懐夢の母さんの日記よ。大蛇里で見つけた」


 早苗と魔理沙と文は驚いた。


「懐夢くんのお母様の日記……ですか?」


「え?大蛇里?なんで懐夢の母さんの日記があの廃墟に?」


 そして、文が何かに気付いたような表情を浮かべた。


「も、もしかして懐夢さんの故郷って……」


 霊夢は頷いた。

 

「えぇ。あの崩壊した村よ。カルト集団に壊されたあの村」

 

 文と魔理沙はさぞ驚いたような表情を浮かべ、早苗は首を傾げた。


「え?懐夢くんの故郷?大蛇里?何の事ですか?」


 そういえば、文は幻想郷一の情報屋で、魔理沙はこの文から聞いたから大蛇里の事を知っているが、早苗にはまだ懐夢の事をあまり話していないし、大蛇里が何なのかもわからないのだろう。

 首を傾げる早苗に霊夢は言った。


「何の話をしているのか、教えてあげるわ」


 霊夢は魔理沙と文と共に、早苗に懐夢と大蛇里の関係、そしてそこで何が起きたのかを全て話した。


 話を終えると、早苗は驚いたような仕草をしたのち悲しげな表情を浮かべた。


「懐夢くん……そんな目に遭ってたんですか……」


 霊夢は頷いた。


「そうよ。全てを失った状態でここ博麗神社に来たんだから。色々あったけど止むを得ず引き取ったわ」


 早苗は少し俯いた。


「あの歳で家もご両親も友達も失ったなんて……ひどいです」


「全くよ」


 霊夢が一息吐いた後、文が霊夢に話しかけた。


「でも、懐夢さんの母様も知っていたとはいえ、本当の事だとは分かりませんよね?もしかしたら嘘を吹き込まれていたかもしれませんし」


 霊夢は日記を数ページ捲りながら答えた。


「それを確認するために明日紫と旧地獄の旧都に行くのよ。この伝説について知る人が、旧都に新しく出来た温泉にいるらしいから」


 霊夢がそう言った途端、魔理沙と文と早苗は目を輝かせた。


「温泉行くのか!?私も行きたいぞ!」


「良いですね温泉!取材ついでに私も行きたいです!」


「温泉ですか!進行集めついでに行かせてください!!」


 霊夢は軽く溜息を吐いて、髪をくしゃっと掻き上げた。


「切り替え早いなあんたら。行きたきゃ勝手についてきなさい。ただし利用費は自腹ね。私は私と懐夢の分しか出さないから」


 魔理沙と文と早苗は構わないと言った。付いてくる気満々のようだ。

 その後、魔理沙が霊夢に問いかけた。


「って……ん?懐夢も行くのか?」


 霊夢は頷いた。


「昨日話してみたら明日寺子屋は休学日だから、付いて行くって言ってたわ。温泉に入るのは初めてみたいだから、わくわくしてるそうよ」


「そうなんですか。あ、でも懐夢くん寂しそうですね。私達皆女性ですから男性である懐夢くんは一人で温泉に入る事に……」


 霊夢は早苗を見た。


「それについては大丈夫よ。霖之助さんが付いていてくれるそうだから。霖之助さんの薀蓄を聞きながら温泉に入れるんだから懐夢、大喜びすると思うわ」


 魔理沙は苦笑いした。


「懐夢は知りたがりだからなぁ。香霖の薀蓄を喜んで聞けるなんて、羨ましいぜ。私は五月蠅いとしか思えないよ」


 直後、霊夢は若干表情を暗くした。


「でも、これからは幾分か『知る事』を控えるみたい。前に、知りたがったせいで下手すれば一生罪を負う事になる失敗をしてしまったから……」


 霊夢以外の全員が驚き、そのうちの魔理沙が言った。


「あの懐夢がか!?何をしたんだ?」


「あんた達にも話せない事よ。……大変だったんだから、本当に」


 早苗はがっかりした様子を見せた。


「そんなぁ……そこをなんとかして教えてくれたっていいじゃないですか」


 霊夢は目を若干細くして早苗を見た。


「これ、私の身内の話。あんたが『あれ』との関係を話さないのと同じよ」


 その途端、早苗は「うっ」と言い、魔理沙と文は食いつくように早苗を見た。


「え?何々?『あれ』との関係?早苗、なんだそれ?」


 早苗は魔理沙から視線を離した。


「貴方達には関係ないです」


 早苗は魔理沙の質問を跳ね除けたが、続けて文が興味津々そうな顔をして早苗に問いかけた。


「『あれ』?『あれ』とは何の事ですか?もしかして恋人とか!?」


 早苗は俯き、首を横に振った。

 文の言葉を聞いた魔理沙は文と同じような表情を浮かべた。


「え!?早苗に恋人!?マジかよ!!」


 早苗はまた首を横に振った。

 早苗の様子を見て、霊夢は言った。


「あんた達、やめなさい」


 霊夢は二人に制止をかけたが、魔理沙と文はそれを跳ね除け、とうとう早苗に寄って、問いかけた。


「なぁなぁ、どんな(ひと)なんだ!?俗に言う『イケメン』だったりするのか!?」


「ねぇねぇ!恋人なんでしょう!教えてくださいよぉ!守矢の巫女に恋人が出来たなんて前代未聞の大スクープですよ!!」


 その時、それまで口を閉じていた早苗の口が開いた。

 そしてその直後、早苗はいきなり大声で怒鳴った。


「そんなものじゃない!!軽々しく言わないでッ!!!」


 あまりの声の激しさに魔理沙と文は背を伸ばし、口を閉じた。

 そしてそれを見ていた霊夢も思わず背を伸ばして黙ってしまった。

 重い沈黙が部屋を覆ったが、直後早苗ははっと顔を上げて、二人を見て頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。いきなり怒鳴ったりして……」


 魔理沙と文は少し吃驚(びっくり)したような様子で、首を横に振った。


「あ、いや……こっちこそ悪かったよ。聞いちゃ悪い事を聞いちゃった」


「すみません。つい記者の血が騒いで……不快にさせてしまって本当にごめんなさい」


 三人が謝罪し合う中、霊夢は早苗を見た。

 ―――今の早苗の様子は、普段の早苗からは考えられないようなものだった。

 やっぱりだ。早苗は神獣との関係や神獣の話をすると様子が変わり、『いつもとは違う早苗』になる。

 神獣の話をしてくれたあの時だって、いつもとは違う様子を見せていたし、空から聞こえてきた指笛に似た音を聞いた時、見た事のない表情を見せ、普段からは考えられないような行動をとった。

 地上で誰かが鳴らした、ただの指笛の音が嵐でくぐもって聞こえてきた音なのかもしれないというのに、それを聞いた途端嵐の中を舞いあがり、入道雲の中へ飛び込み、結果雹に撃たれて大怪我を負ってしまった。

 

(もしかして……)

 

 霊夢はふと思いつき、口に指を当てると力を込めて指笛を吹き鳴らした。

 甲高く複雑な音程の音が博麗神社中に鋭く木霊すると、それを聞いた魔理沙、文、早苗は思わず硬直したが、その後文と魔理沙は霊夢を見た。


「霊夢、いきなりなんだよ」


「また吃驚したじゃないですか」


 二人に言われても、霊夢は二人を見ず、じっとある方向を見ていた。

 声をかけても霊夢が答えを返さないので、魔理沙と文は不思議がり、その方向を見て、驚いた。


 早苗が窓際に立って忙しなく空や中庭を見ていた。


「……ど、どうした早苗?」


 魔理沙が声をかけると、早苗は小さく呟いた。


「今の音……」


 早苗の言葉を聞いて文が答えた。


「今の音ですか?今のは霊夢さんの指笛ですよ。突然霊夢さんが指笛を吹いて」


 早苗は振り向いた。

 顔には酷く驚いたような表情を浮かべ、真っ直ぐ霊夢を見ていた。

 霊夢もまた、早苗と目を合わせて、ある事を悟った。


 今早苗は、自分の指笛を聞いて外を忙しなく見た。

 そして文に言われるまで音を指笛の音だと認識できていなかったような事を言った。

 これから察するに早苗は指笛の音を最初に聞いた時、別な音だと思い込んだのだろう。

 そしてその別な音とは多分、神獣の鳴き声だ。あの時空から聞こえてきた、早苗が幼いころから何度も聞いたという、指笛に似てはいるが違う神獣の鳴き声に聞こえたのだろう。


 だが、それは普通に考えればおかしい事だ。

 あの時入道雲から聞こえてきた音が神獣の鳴き声ならば、確かに指笛によく似た音ではあった。

 しかしあの後指笛の音と聞き比べてみたところ、神獣の鳴き声と指笛の音は似てはいるものの、かなり違っていた。

 あの音を何度も聞いたと言う早苗なら、聞こえてきた甲高い音が神獣の鳴き声なのか、指笛の音なのかくらい識別できるはずだ。

 だけど、今早苗は自分の鳴らした指笛の音を神獣の鳴き声だと思って窓の外を見た。

 ―――早苗はよく聞けば分かる神獣の鳴き声と指笛の音の識別がつかなくなっている。


「ゆび……ぶえ……?」


 早苗の呟きに霊夢は頷いた。


「そうよ。今の音は私の指笛の音」


 霊夢の答えを聞くと、早苗は目を見開き、やがて俯いた。


「……ッ」


 早苗は両手でスカートを掴むと、力強く握りしめた。

 その様子を見て、魔理沙と文は早苗に声をかけた。


「ど、どうしたんですか、早苗さん?」


「何なんだよ。今の音、何か別な音に聞こえたのか?」


 魔理沙と文に声を掛けられても早苗は反応を示さなかった。


「おい早苗……」


 魔理沙が続けて声をかけてみたところ、早苗はゆっくりと足を出し、そのまま玄関の方へ歩き始めた。

 霊夢はこの場を去ろうとしている早苗に声をかけた。


「早苗……」


 早苗は立ち止まった。


「……今日はこの辺で御暇させていただきます……明日の温泉には参加するので……」


 早苗は静かに言うと、玄関の方へ歩いて行った。

 その場を重い沈黙が覆い、そのうち魔理沙が霊夢に声をかけた。


「なぁ霊夢……私達、早苗に悪い事したかな……?」


 霊夢は溜息を吐いた。

 やはり早苗は神獣と何かあったのだ。

 非常に悲しくなり、切なくなる出来事があったに違いない。

 そしてそれ以降、ずっと神獣を求めているのだろう。

 神獣と会う事に渇望しているからこそ、指笛と神獣の鳴き声を間違えたのだ。


「……そうみたいね。まさか、指笛で傷付くようになってるなんて思いつかなかったわ」


 文が物悲しい顔をした。


「早苗さんに……何があったというのでしょうか……」


 霊夢は早苗の出て行った玄関を見つめ、呟いた。


「……さぁね。そればっかりは、本人から聞かないとわからないでしょうね」


 霊夢が言った後、魔理沙と文は黙り込んだ。

 その時、その静寂を引き裂くように、声が聞こえてきた。


「おーい!霊夢―――!!」


 霊夢、魔理沙、文はその声を聞いて思わず驚いた。

 聞こえてきた声は、聞き覚えのあるものだった。


「この声……」


 霊夢が呟いた次の瞬間、廊下を駆ける音を鳴らしながら声の発生源は霊夢達の元へやってきた。

 霊夢達がその方向を見ると、そこには懐夢の髪の毛にも似た薄く明るい茶色のロングヘアーを先の方で一つにまとめ、頭の左右から身長と不釣り合いに長く捻じれた角を二本生やし、白のノースリーブの服を着て紫のロングスカートを履き、頭に赤く大きなリボンをつけ、左の角に青いリボンを付けた真紅の瞳の少女だった。

 少女の姿を見て、霊夢と魔理沙は「おや」と言い、文は驚いた。


「萃香じゃないの。どうしたの」


 この少女の名は伊吹萃香。

 かつて妖怪の山を支配していた一族『鬼』の一人だ。

 

 レミリアと同じように過去に異変を起こして霊夢と戦った事があり、同じように敗れているがそれ以降から霊夢と仲良くなり、博麗神社によく足を運ぶようになっている。いわば博麗神社の常連客だ。


「霊夢のところのお酒、貰いに来たんだ!」


 萃香が満面の笑みを浮かべて言うと、霊夢は「またぁ?」と言い返した。

 萃香は少女であるが、かなりの酒呑みで様々な酒を口にしており、特に霊夢の造った酒を好んで呑んでいる。そのため、酒が切れるとこうやって霊夢の元へ酒を要求しに来るのだ。


 霊夢は、面倒くさそうに萃香に言った。


「他のところの酒で我慢しなさいよ。私の家の酒はいつでもあるわけじゃないんだから」


「やだ!霊夢のところの酒が一番美味しいんだ!」


 萃香は子供っぽく言い返すとずかずかと霊夢に歩み寄り、その顔に自らの顔を近付けた。

 その時、萃香から漂ってきた酒の臭いに霊夢は思わず鼻を摘まんだ。


「酒くっさ!懐夢がいたら逃げ出すレベルね」


 萃香はきょとんとした。


「かいむ?」


 霊夢は気付いた。

 そういえば、萃香がやってくるのは懐夢が寺子屋に行っている間ばかりで、懐夢と萃香が会った事はないし、懐夢の事を萃香に話した事もない。


「そういえばあんたには話してなかったわね」


 霊夢は懐夢の事を簡略に萃香に教えた。

 萃香はそれを聞くなり、笑みを浮かべた。


「ここに新しく住むようになった奴!?どんな酒豪なんだ!?」


 魔理沙が苦笑いしながら答えた。


「いやいやいや、懐夢はまだ十歳だ。到底酒呑める年齢じゃないよ」


 萃香は残念そうな顔をした。


「えぇ~なんだぁ。せっかく呑み友になれると思ったのに」


 文が苦笑いしながら答えた。


「もう十年すれば一緒に呑めますって」


 萃香は文を見て「そうだね」と言った後、霊夢を見直した。


「んで霊夢。お酒まだ?」


 霊夢は溜息を吐いた後面倒くさそうな表情を浮かべて立ち上がった。


「わかったわよ。待ってなさい」


 霊夢はそう言うと、居間を出て台所の方へ向かって行った。

 霊夢が去った後、文がある事を思い出して萃香に声をかけた。


「あ、そうそう萃香さん」


 萃香は文を見た。

 文は続けた。


「明日、私達自腹で温泉行くんですけど、一緒にどうですか?」


 萃香は首を傾げた。


「温泉?温泉って妖怪の山のか?」


 魔理沙が答えた。


「そこじゃなくて、地底の旧都に新しく出来た場所だよ。霊夢が行くっていうから皆で行こうって話になってたんだけどさ」


 その途端、萃香は目を輝かせた。


「本当か!?本当にあの温泉に行くっていうのか!?」


 魔理沙と文は迫った萃香に少し驚きながら頷いた。

 話によれば、萃香もあの温泉に行こうと考えていたらしい。


「温泉は皆で入るに限るよ。そして湯に浸かっての一杯もまたたまらん!」


「お、いいねぇ。私も温泉行ったら飲もうかな」


「旧都に出来た温泉、その湯の質、風呂場からの光景、どうすれば温泉を最大限に楽しめるか!明日はネタに困らなそうです!」


 三人がしばらく盛り上がっていると、霊夢が小さな酒樽を抱えて戻ってきた。


「はい萃香。これお酒ね」


 霊夢はそう言うと萃香に酒樽を手渡した。

 しかし、萃香は酒樽をまじまじと見つめた後霊夢に口答えした。


「霊夢、樽がいつもより小さいぞ」


 霊夢は腕組みをして答えた。


「あんたがお酒をもらいに来まくるのと近頃街での売り上げがいいせいで、もうほとんど残ってないのよ。今台所の酒蔵にあるのは皆発酵中」


 萃香は「えぇーっ」と言った。


「他の奴にも売ってるのか!私だけに売ってくれよ!」


「あぁいいわよ。ただしとびきり高額にするけど?」


 霊夢がニヤッと笑うと萃香はぐぬぬと言った。

 流石に、霊夢の請求しそうな額を払うだけの金はない。


「相変わらずきついこと言うな霊夢」


 苦笑いする魔理沙に霊夢は答える。


「しょうがないわよ。今まで以上に稼がないと、懐夢と一緒には暮らしていけないんだから」


 萃香はむーっと言ってしかめ面をした。


「わかったよ。これで我慢する。でもその代わり今日そいつに会わせてくれ」


「懐夢に?まぁいいけど、その前にそのお酒の臭い消しておいた方がいいわよ」


 萃香が首を傾げると、魔理沙が苦笑いしながら萃香に言った。


「懐夢はな、物凄く鼻のいい奴なんだよ。変な悪臭なんか漂わせておけば、すぐに逃げられるし、会って早々嫌われるぞ」


 萃香はまたまた「えぇーっ」と言った。


「わ、わかったよ。でもお酒の臭いってどうやったら消せるんだ?」

 

 その時、霊夢はある事を思い出した。

 前に香霖堂で読んだ本の中に、酒の臭いを消す方法が書かれたものがあり、それによると、物凄く濃い茶を大量に飲めば茶の作用で酒の臭いを消す事が出来るらしい。

 霊夢は思い付くや否、萃香に話しかけた。

 

「萃香、いい方法があるわよ」


 萃香だけではなく文と魔理沙も霊夢の方を見た。


「本当か霊夢!?」


「えぇ。かなり効き目のあるやり方よ。今から用意するわね」


 霊夢はそう言うと、台所に向かって行き、数分後、手に大きな湯呑と茶葉の入った器と急須が載った盆とやかんを持って戻ってきて、居間のテーブルの上に置いた。

 

「なにそれ?」


 萃香が尋ねると、霊夢は香霖堂で読んだ本に書いてあった説明を三人に施した。


「物凄く濃いお茶を大量に飲むのか!?」


「そうよ。そうすれば、お茶の持つ作用があんたの身体にこびり付いたお酒の臭いを消してくれるわ」


 霊夢は急須に大量の茶葉を入れ、続けてやかんの中の湯を入れ、蓋を閉じ、十数秒待つと大きな湯呑に茶を注ぎ、やがて萃香に差し出した。


「はい萃香飲みなさい」


 霊夢が不気味な笑みを浮かべる中、萃香は恐る恐る湯気の湧き立つ湯呑の中を覗き込んだ。

 そこでは、物凄く濃い色をした茶がほんの少し波打っていた。……物凄く苦そうだ。

 しかし、懐夢に会うには臭いを消しておかなければならないそうだし……。


「い、頂きます……」


 萃香は恐る恐る湯呑を持ち、茶を口に運んだ。



      *



 夕方五時丁度。

 寺子屋の授業を終えた懐夢は、博麗神社に帰ってきた。

 いつもどおり石段をあがり、鳥居を潜り、境内を歩き、神社の中へ入ったところで懐夢は気付いた。

 

 玄関に並ぶ靴の中に、見た事のない靴がある。

 こんな時間に、誰か来ているのだろうか。


「ただいまー」


 靴を脱いで揃えて、廊下を歩き居間に着いて、懐夢はきょとんとした。


「あら懐夢おかえり」

 

 居間には霊夢と、頭から二本の捻じれた角を生やした明るく薄い茶色で長い髪の毛の少女がいた。

 勿論、このような少女はこれまで見た事が無い。


「た、ただいま」


 答えたその時、少女はくるりとこちらを向いて、「おおっ!」と言って立ち上がった。


「あんたが懐夢か!ほんと、十歳の坊主って感じだな!」


 突然近付いてきた少女にしどろもどろしながら懐夢は言った。


「な、なんなの君は……?」


 直後、霊夢がこの少女についての説明を施してくれた。

 この少女の中伊吹萃香。霊夢の友達で、よく博麗神社に遊びに来るらしく、今も遊びに来ている最中だったという。


「萃香っていうんだ。僕は、」


 懐夢が言おうとしたその時、萃香が割り込んだ。


「『百詠懐夢』だろ?霊夢から聞いたよ」


 懐夢はきょとんとした。 

 霊夢によると、自分の事を既に萃香に教えていたらしい。


「まぁなんだ。今まで結構な回数ここに来てはいたんだけどあんたと会うのはこれが初めてだからさ。これからよろしくね」


 萃香はニッと笑い、懐夢は軽く笑んで頷いた。

 直後、萃香は懐から一枚の酒器を取り出して懐夢に差し出した。


「早速なんだけど、一緒に一杯やらない?」


 萃香が言った直後、霊夢が立ち上がり、萃香の真後ろまで歩いて拳骨を萃香の頭に下した。

 萃香は頭を押さえてその場に屈み、懐夢はきょとんとしてしまったが、そのうち霊夢が懐夢に言った。


「この子ったらお酒を呑むのが大好きでね。こうやって未成年にも平然とお酒を呑まないかって言い出すのよ。貴方はまだ十歳なんだから、駄目よ」


 霊夢に言われて、懐夢は屈む萃香を見た。

 萃香は確かに今未成年である自分にお酒を勧めてきた。一緒に呑まないかと言って。

 あぁ言ってきたという事は、単にお酒が好きなだけではなく、誰かと一緒にお酒を呑むのが好きなのだろう。

 それに母が言っていた。

 『一緒にお酒を呑み、お互いを教え合う事によって仲良くなれ、友達になれる事がある』と。 

 萃香はきっと、初めて会う自分と一緒にお酒を呑み、自分の事を知り、友達になりたいと思って自分にお酒を勧めてきたのだ。


「萃香」


 萃香は痛そうな表情を浮かべながら顔を上げた。

 懐夢はニッと笑い、萃香に言った。


「これから霊夢と一緒に夕ご飯作るから、食べる時になったら一緒に呑もうよ。霊夢と僕と萃香の三人で」


 萃香は喜びの表情を浮かべた。


「本当か!?」


「僕と霊夢はまだお酒呑めないからこの前街で買ってきたジュースになるけど、でも一緒に呑もうよ。萃香の事知りたいし、僕もいろいろ話したいから。ね?」


 萃香は大きくうんと頷き、にっこりと笑った。

 それを見ていた霊夢は思わず微笑んだ。


(……お人好しなんだから)


 その後、霊夢は懐夢に声をかけた。


「萃香と一緒に食べるんなら、一食余計に作らないといけないから、気合入れなさいね?」


 懐夢は頷いて笑んだ。


      *


 夕方六時十五分。


「いただきまーす!!!」


 三人の声によって、夕食が始まった。

 今日の夕食の献立は鶏肉に醤油と砂糖と酒と味醂で作ったタレをかけて焼いたものと、風呂吹き大根と豆腐と和布(わかめ)と油揚げの味噌汁だ。

 

「酒の(さかな)に丁度よさそうなものばかりじゃないか!気が利くね!」


 懐夢と霊夢はニッと笑い、そのうち懐夢は酒の入った徳利を持って萃香に声をかけた。


「はい萃香、お酒」


「お、入れてくれるのか」


 萃香は持ち前の酒器を懐夢に差し出した。

 懐夢は萃香の酒器にそっと酒を注ぎ、萃香がいいよと言ったところで止めた。

 霊夢はそれを少し驚いた様子で見て、懐夢に声をかけた。


「へぇ~、貴方お酒の注ぎ方とかまで知ってるんだ」


 懐夢は頷いた。


「村でのお祭りの時とか、おじいちゃんやおばあちゃん、おとうさんにお酒を注ぐおかあさんの事よく見てたから」


 霊夢は『ほぉ~っ』と言ってジュースを口に運んだ。

 続けて懐夢も自分のコップに瓶に入ったジュースを注ごうとしたその時、萃香が止めた。


「懐夢、瓶貸してくれ。あんたにも注いでやるよ」


 懐夢はありがとうと言って瓶を萃香に渡し、続けてコップを差し出した。

 萃香は瓶を手渡されるなり、懐夢のコップになみなみとジュースを注いだ。


「うわわっ!萃香、入れ過ぎ!」


 懐夢は少し焦り、そっと口を近付けてジュースを少し飲んだ。

 萃香はそれを見てごめんごめんと言って笑った後、酒器の酒をぐいっと呑んだ。


「ん~~~~~~~~~~~~っ、やっぱり霊夢のところの酒は美味いなぁ!」


 萃香が酒の感想を述べると、霊夢は微笑んだ。

「そりゃそうよ。だって母さんの作ってたお酒のレシピを使って作ったんだもの。美味しいわよ」


 萃香と懐夢はへぇ~っと口をそろえて言った。


「霊夢のおかあさん、お酒造ってたんだ」


「先代巫女の酒か。道理で美味くて、街で売れてるわけだ」


 その時、懐夢が酒の入った徳利の口に鼻を近付けて匂いを嗅ぐ仕草をした。


「……お酒の匂いしかしない」


 萃香はあっはっはと笑った。


「そりゃそうさ。酒は匂いだけじゃ味はわからないよ。実際に呑んでみないとね」


 霊夢が続いた。


「貴方がこのお酒を呑めるのは後十年後ね」


 懐夢はむ~っと言って軽く顰め面をした。

 それを見た萃香は、ふと呟いた。


「そーいや、最後に一緒に男と呑んだのは、親父とだったな」


 霊夢と懐夢は萃香を見て、そのうちの霊夢はさぞ意外そうな表情を浮かべた。


「へぇ~~~っ!あんたにも親父さんがいたんだ」


 萃香は苦笑いした。


「いやいや、いるよ。勝手に殺すなって」


 懐夢が続けて問いかけた。


「どんな人?」


 萃香は顎に手を添えて上を見た。


「そうだなぁ……私と同じ酒好きで、人前じゃ冷静だけど本心は情熱的で、結構な筋肉質で、今は旧都に暮らしてて、旧都の鬼達を束ねて旧都を地霊殿の奴らと一緒に守ってる存在になってるよ」


 霊夢と懐夢はまたまたへぇーっと言った。


「それはまた偉い人ね」


「ちょっと会ってみたいかも」


 萃香は苦笑いした。

 萃香曰く、萃香の父親はいつも旧都をぶらぶらと歩いてて、家にはあまり帰って来ない自由気ままな人だから会うのは難しいという。決して悪い人ではないそうなのだが。


「まぁ明日旧都に行くんだから、捜してみるといいよ。さぁ、私の事は話したから次は懐夢の番だ。いろいろ教えてもらおうか」


 萃香に言われると、懐夢は食事をしながら自分の事を話し始めた。



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