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東方幻双夢  作者: クシャルト
邂逅編 第参章 大賢者
20/151

第二十話

バカルテット回。

 上白沢慧音は、驚いた。

 七つ首の竜の妖怪を倒した後、自宅にある書物庫であの妖怪に関する情報を探っていたのだが、その時、あるものが発覚したからだ。

 あの妖怪の名は七頭竜(しちとうりゅう)

 鋼鉄のような強度を持った藍色の鱗に身を包み、巨大な蜥蜴のような体から七本の蛇のような首を生やし、火を吐く事が出来る極めて珍しい種類の妖怪だ。

 しかし、慧音が驚いたのはそこではなかった。

 慧音が驚いたのは、この妖怪が活動した時期と、近縁種の妖怪がいた事だ。

 妖怪に近縁種が居るというのは別に不思議な事ではない。現に、烏天狗である文と妖怪の山にいるとされる白狼天狗が近縁種同士だ。

 慧音は、七頭竜について述べられている部分を諳んじた。

 七頭竜が初めて現れたのは江戸時代末期。そして、この世から消えたのは明治時代初期。

 これはつまり、七頭竜は、すでに絶滅していなくなっているはずの妖怪である事を意味する。こんな事、普通では絶対にありえないはずだ。

 ――何故そのような妖怪が、現れたというのだろうか。既に滅んだ種であるはずの妖怪が、何故今更になって……

 慧音はそう思いながら、七頭竜の近縁種の妖怪が載っているとされる頁を開き、諳んじた。

 七頭竜の近縁種。それは七頭竜のように巨大な身体を持っているが、首が七本ではなく三本しか生えていない竜の妖怪だった。蒼い鱗を身に纏い、名は三首竜(みつくびりゅう)というらしく、七頭竜と同じく詳しい姿が描かれていた。

 慧音はこれを見て驚いた。この三首竜の姿が、この前街から離れた野山や村に被害を出し、博麗の巫女である霊夢に討伐されたと文の新聞に書いてあった三本首の竜の妖怪に酷似していたからだ。

 慧音は資料にしおりを挟むと、とっておいた新聞を探し、見つけると順番に捲っていった。

 そのうち、あの三本首の竜の記事を見つけると、先程の資料を開き、照らし合わせた。

 ――完全に合致した。あの時の妖怪は、この三首竜だ。

 慧音は新聞を戻すと、三首竜の資料を更に諳んじた。

 そして、またまた驚いた。

 三首竜の出現時期と活動時期と絶滅時期が、七頭竜とほぼ完全に同じだった事だ。この妖怪も、もうすでに絶滅したはずである妖怪だったのだ。

 それだけではない。この二種類の妖怪は、同じ時期に生まれ、同じ時を刻み、同じ時期に絶滅した。

 二つの種類でこれだけ事柄が合致している妖怪など、そうそういない。

 ――この二種類の妖怪には、一体何があったというのだろうか。

 そして何故、絶滅したにも関わらず、この幻想郷に現れたというのだろうか。

 ……謎は深まるばかりで、何一つ答えが出なかった。


 慧音は溜息を吐き、しおりを七頭竜と三首竜の頁に挟み、資料を閉じ、本棚に仕舞った。

 時刻を確認してみたところ、もうすぐ午後の授業の始まる時間だった。

 ふと耳を澄ましてみれば、午後からやってくる妖怪の子供達の声が教室の方から聞こえる。

 七頭竜に襲われ、重傷を負ったものだからどうなるか心配だったが、その心配は余計だったようだ。

 永琳の薬の効果は裏切らなかった。


「やはり子供達は元気だな」


 慧音は呟くと今日の授業をまとめた筆記帳を持ち、部屋を出ると学童達のいる教室に入った。

 そこで慧音は騒ぎの原因を見つけた。ルーミアと懐夢だ。

 ルーミアが懐夢にくすぐりかかって、懐夢は脇をくすぐられて大笑いして転げまわっている。


「こちょこちょこちょこちょこちょ懐夢こちょこちょっ!!」

 

「あはっ、ルーミア、そこ、駄目だって、あはっ、あはははははははははははははぁっ!!」


 慧音は二人のやり取りを見て思わず苦笑いしてしまった。

 七頭竜に襲われて重傷を負わされたというのが嘘みたいだ。

安心を通り越して呆れた。


「こーちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!」


「あはっ、あははっ、調子に、乗る、なぁっ!」


 懐夢はルーミアの拘束から逃れようと、暴れた。

 その時、懐夢の手がルーミアの頭に差し掛かり、やがてそこに付いている布に触れた。

 懐夢は髪の毛ではない何かが手に当たったのを感じ取ると、それをそのまま掴んだ。

 

「これ、リボン……!」


 懐夢がそのままリボンを掴むと、ルーミアは懐夢をくすぐるのをやめた。

 懐夢はルーミアの行動が止まった事に驚き、リボンを掴んだままルーミアを見た。

 その時、


「それに触るなッ!!」


 慧音が突然怒鳴って駆けてきて、懐夢の手を掴むと無理矢理ルーミアのリボンから離させた。

 懐夢は慧音に腕を掴まれて驚いたが、同時にかなり強い痛みを腕から感じた。かなりの力で握られているようだ。

 慧音の顔を見てみれば、普段の慧音からは想像も付かないような、険しい表情を浮かべていたが、腕の痛みがひどくて意識が上手く回らない。


「せ、先生、痛い!痛い!!」


「あっ……」


 学童の叫びを聞いて慧音はハッと我に返り、掴んでいた懐夢の手を離した。

 懐夢とルーミアは、突然怒鳴り、腕を掴んできた自分に呆然としている。


 慧音はそのうちの懐夢を視線の中に入れた。目を真ん丸くして、口をパクパクとさせている。

 ……完全に吃驚(びっくり)してしまっているようだ。更に手を見てみれば、自分が握りしめた跡が、赤く残っていた。 横にいるルーミアも、同じように吃驚してこちらを見ていた。


「……すまない。驚かせてしまったし、痛い思いをさせてしまったな」


 慧音は微笑みを取り繕うと腰を落とし、懐夢の腕に出来た赤い跡を撫でた。

 懐夢は、それすらも吃驚した様子で見ている。

 一通り懐夢の腕を撫でてやると、慧音は立ち上がって教室を見回した。

 今現在教室にいるのは自分を合わせて、三人だけだ。学童はこの二人だけで、それ以外の者達は見当たらない。

 欠けているのはチルノ、リグル、大妖精、ミスティアの四人だ。

 

「懐夢、ルーミア。チルノとリグルと大妖精とミスティアはどうした?」


 懐夢はようやく吃驚するのをやめて、話してくれた。

 大妖精は薬の付けられ方が甘かったのか、怪我があまり治っていないそうで、家で安静にしているらしく、チルノは大妖精の世話のために欠席、ミスティアも大妖精と同じで怪我の治りが少し浅いため療養の為に欠席、リグルは不明だそうだ。


「不明?不明とはどういう事だ?」


 ルーミアによると、あれ以来誰もリグルとは会ってはおらずリグルが今どこにいて、何をしているのかわからない状態らしい。

 リグルは確かにあの七頭竜によって住処を焼かれてしまった。

 行動力のあるリグルの事だ。恐らく別の住処を探しに行っているのだろう。

 他の三人も具合がよくなればまた寺子屋に戻ってくることだろう。


「そうか。わかったよ。

 お前達、来てもらったところすまないが、もう帰っていいぞ」


 言われて、驚く懐夢とルーミア。

 大勢のために用意した授業をたった二人の為にやったところで、休んでいる者達と差が開くだけだ。

 今日はひとまずこの二人を帰らせ、休んでいる者達がまた寺子屋に来たら改めて授業をすればいい。

 慧音がこの事を話すと、懐夢とルーミアは納得したように頷いた。


「お前達ももう完全に元気とはいえ病み上がりなんだ。今日くらいは体を休めるんだぞ」


 懐夢とルーミアはまた頷き、そのうちのルーミアは懐夢に声をかけた。


「一緒に帰ろ、懐夢」


 懐夢が頷くと、ルーミアはにっと笑って寺子屋の出口へ駆けて行った。

 やがて懐夢も自分の鞄の紐を肩にかけて立ち上がったが、そこできょとんとしてしまった。

 慧音が、寺子屋の出口を見て険しい表情を浮かべていたからだ。

 何で出口を見ているのかわからなかったが、もしかして出て行ったルーミアを見ていたのかもしれない。


(ルーミア……)


 その時、懐夢の頭の中にある事が浮かんだ。

 それはついさっきの事。くすぐってくるルーミアを離そうとその身体に手を伸ばし、うっかり頭のリボンを掴んだ時だ。

 慧音はあの時、ルーミアのリボンを掴むや、物凄い勢いで駆けてきて、がっと腕を掴んできた。

 何故慧音がそうしてきたのかは分かった。自分が、やってはいけない事をやってしまったからだ。

 慧音に怒鳴られて腕を掴まれて痛い思いをしたのは、いけない事をしてしまった自分の自業自得だ。

 だけど、慧音はあの時、いつもとは違ったような気がしてならない。

 その時の偶然見えた慧音の顔に浮かんでいた表情は尋常ではなかったし、いつもよりも暴力的に手を掴んできていた。おかげで、手にくっきりと掴まれた跡が出来た。

 ……何故、あの時慧音はあんなふうになったのだろう。

 どうして、ルーミアのリボンに触れるのはいけない事なのだろう。

 あんなの、ただのおしゃれのはずなのに。


「慧音先生」


 か細い声に反応を示し、慧音は懐夢を見た。


「どうした。手、まだ痛むか?」


 心配そうな表情を浮かべる慧音に懐夢は腕の跡を見ながら頷く。


「痛いです。でも仕方ないです。さっき先生に怒ったのは、僕がいけない事をしてしまったからなんでしょう」


 懐夢はまたきょとんとした。

 いつも何かしらの答えを返してくれる慧音が、何も言ってくれなかったからだ。

 そればかりか、慧音は懐夢から視線逸らして、ルーミアの出て行った出口を見ていた。


「あれ、先生?」

 

 慧音は黙ったまま答えない。

 何故答えてくれないのだろう。

 そうだとか、お前が悪いんだとか、言ってくれればいいのに。

 

 その時、懐夢の中にある考えが浮かんだ。

 もしかしたら、今ならば怒られた理由を通じて、ルーミアのリボンについて聞く事が出来るかもしれない。

 どうして、あの時自分の事を怒ったのかと聞いてみれば……。


「あの、先生」


「なんだ」


 慧音はようやく答えくれた。


「悪い事をしたのには反省してます。でもどうして、あの時怒ったんですか?

 僕はルーミアのリボンに触っただけなのに。ルーミアのリボンに、何かあるんですか?」


 慧音は俯いて、また黙った。

 懐夢はむっとして、慧音に問いを続けた。


「慧音先生」


「お前が―――」


 慧音が懐夢の言葉に割り込むように言った。


「お前が"それ"を知る必要は、微塵もない。

 ……帰れと言っただろう。早く帰れ」


 そう言われても懐夢は引き下がらなかった。

 ここで引き下がってしまったら、何か重要な事を聞けずに終わるような気がしてならない。


「でも先生―――」


 その時、慧音はがっと噛み付くように懐夢の方を向き、怒鳴った。


「お前が知る必要はないんだ!!帰れと言っただろう!!帰れ!!早くッ!!」


 獲物に襲いかかる狼のような慧音の形相に懐夢はびくっとし、まるで"慧音から"逃げ去るように教室を飛び出し、やがて寺子屋を出た。

 

 教室の中には慧音だけが残され、しばらく息を荒げていたが、そのうち胸を撫で下ろすと、自分の行いを省みた。

 懐夢はまだ何も知らない。

 何も知らないからこそ知識を求める、知識欲の旺盛な子だ。

 知識を求めて、自分の授業を真剣かつ楽しそうに、聞いてくれる子だ。

 今回も同じように、知りたくてあんな事を言ってきたのだろう。

 けれど"あれ"だけは知ってはならない。

 "あれ"だけは、知られてはならないし、どんなに知りたがられても、教えてはならない。

 ……これを、暴力と怒鳴る以外で伝える方法くらい、あったはずだ。


「何をやって……何を言っているんだか……これじゃあ、まるで私は、どんな生徒にも怒鳴って暴力を振るう、暴力教師じゃないか……」


 慧音は両手で顔を覆った。


  

  *



 懐夢は今、街をルーミアと歩いていた。

 ルーミアが出てくるのが遅い懐夢を帰り道で待っていてくれたのだ。

 合流した時、懐夢の顔色がいまいち悪い事にルーミアが心配してくれたが、懐夢は何でもないと言って歩き出した。

 しかしその中でも、懐夢はある事が気になって、気になって仕方がなかった。

 それは勿論、ルーミアのリボンの事だ。

 どうしてルーミアのリボンに触れる事がいけないのか。

 ルーミアのリボンを取ってしまったら、どうなるのか。

 そればかり考えてしまって、隣にいるルーミアの言葉もあまり頭に入らなかった。


「ねぇ懐夢ってば」


 その時、ようやく懐夢は我に返って、ルーミアの方を見た。


「な、何?」


 ルーミアは心配そうな表情を浮かべていた。


「懐夢、元気ないよ。もしかして上白沢先生に掴まれたところ、痛むの?」


 懐夢はその時驚いて立ち止まった。

 ……今、ルーミアが慧音の事を上白沢(・・・)先生と言った。

 ルーミアと友達になってから四ヶ月余りだが、ルーミアは慧音の事を必ず慧音(・・)先生と呼ぶ。

 上白沢(・・・)先生などとは、ほぼ絶対に呼ばないし、本人も慧音先生と呼ぶのを気に入っていると言っていた。

 だのに今、上白沢(・・・)先生と言ったような気がする。―――聞き間違いだろうか?


「ルーミア、今なんて言った?」


 ルーミアは、首を傾げて不思議そうな顔で答えた。


上白沢(・・・)先生に掴まれたところ、痛むの?」


 懐夢は目を丸くした。

 言った。

 今ルーミアは間違いなく上白沢(・・・)先生と言った!

 いつもは慧音先生としか呼ばないはずなのに、どうしてだろう。


「ルーミア、今君、上白沢先生って……普段は慧音先生って呼ぶはずなのに、何で?」


 懐夢に問われて、ルーミアは目を丸くした。


「あ、あれ?私、上白沢先生って……あ、あれっ、あれ?」


 不安な表情を浮かべて戸惑い出すルーミア。

 どうやら本人にも何故自分が上白沢先生と呼んでいるのかわからないらしい。

 

「……ルーミア?」


「…………ひっ」


 声をかけたその時、ルーミアは片手で頭を抑えた。

 懐夢は吃驚して、ルーミアに声を再びかけた。


「ど、どうしたのルーミア?頭痛いの?」


 ルーミアは苦悶の表情を浮かべて答える。


「なんだか……頭が少し痛い……それに……」


 ルーミアは途中で言葉を区切った。

 やがてルーミアは頭痛が止んだのか、頭から手を離したが、顔色が蒼褪めていた。


「ルーミア、大丈夫?」


 ルーミアは青褪めた顔で無理矢理笑顔を取り繕い、懐夢に言った。


「ご、ごめん懐夢。何だか具合悪くなってきちゃった。私、もう家に帰るね」


 ルーミアはそう言うと、飛び立って自分の家のある方向へ飛んで行ってしまった。

 突然具合が悪くなったと言っていたが、怪我の後遺症だろうか。

 何にせよ少し心配だが、ルーミアの事だ。きっと大丈夫なはずだ。


「僕も早く帰ろうっと」


 懐夢は博麗神社を目指して空へ飛び立とうとした。

 しかし、その直後に飛び立とうとするのをやめた。

 街の人混みの中に、見覚えのある人影が見えた。

 目を凝らしてよく見ると、翡翠色のポニーテールで、蒼い服を身に纏い、背中から何かを生やした少女だった。

 懐夢は驚いた。

 その少女は、今日寺子屋を怪我の為に欠席した大妖精だ。

 しかも背中をよく見てみれば、大妖精の象徴である羽根に包帯が巻かれていた。

 

「大ちゃん!?」


 懐夢は大妖精の元へ駆けた。

 大妖精も駆けてくる懐夢を見つけて、声をかけてきた。


「あぁ懐夢さん。こんにちは」


 大妖精は笑みを顔に浮かべて懐夢に挨拶したが、懐夢は少し焦ったように言った。


「駄目だよ!大ちゃん羽根にすごい火傷負ってたんだから、安静にしてないと!」


 大妖精は変わらず笑んだ。


「大丈夫ですよ。火傷も永琳さんの薬のおかげでかなりよくなりましたから、明日には完治しそうです」


「本当?」


「えぇ。ご心配ありがとうございます」


 笑む大妖精に懐夢は少し安心を抱いた。

 しかし、気になる事がある。

 大妖精は何のために街に来たのだろう。

 そして、大妖精の介抱をしているはずのチルノはどうしたのだろう。


「ならいいんだけど……チルノは?どうして街にいるの?」


 懐夢が尋ねると、大妖精は答えた。

 チルノは怪我の治りが少し浅い状態で昨日の夕方に目を覚まし、大妖精を家に連れ帰るとそれ以降自らの事をそっちのけで大妖精の介抱を始めたらしい。

 ただでさえ夏で動きが鈍っていて、尚且つあの竜と戦った疲れが残っている状態だというのに、まったく眠らず、休みもせず、飲み食いもせずに。


「チルノったらまたそんな無茶を?」


 大妖精は苦笑いしながらも嬉しそうに言った。


「おかげでここまで傷を治す事が出来ました。

 でも代わりにチルノちゃんが……」


「え!?」


 驚く懐夢に、大妖精は言った。

 チルノは大妖精の介抱を無茶してやったため、どっと疲れを感じたのか、突然倒れてそのまま眠ってしまったらしい。

 大妖精はその時かなり驚いたが、チルノがただ疲れて眠っただけだと理解すると、チルノをベッドに寝かせ、自分は歩いて街までやって来たという。

 自分の介抱を頑張ってくれたお礼に、何か好きなものを買ってやろうと。


「そうなんだ」


「えぇ。明日には寺子屋に戻ります。それじゃ―――」


 大妖精は一通り話すと、懐夢の元から去ろうとした。

 懐夢はその一瞬で考えた。

 大妖精は歩いてやって来たと言っていたからきっとまだ飛べないのだろう。

 そんな子を、一人で買い物させて、尚且つ一人で帰らせるのは危険だ。

 それに、大きな怪我を負ったというのにここまで来たという事は、大妖精もチルノと同じくらいの無茶をしているという事だ。


「待ってよ!」


 大妖精は振り向いた。


「僕も手伝うよ。大ちゃん一人じゃ不便だろうし、大変でしょ?」


 懐夢が大妖精に歩み寄ると、大妖精は首を傾げた。

 寺子屋の方に出なくていいのか?と尋ねているのだろう。


「寺子屋なら、もう終わったんだ」


 今日は自分とルーミアの二人だけで授業にならないと慧音先生に言われた。

 だから今日は午後からは休みであると懐夢が説明をすると、大妖精は納得したように頷いた。


「っていうか大ちゃん、動けるなら寺子屋来てもよかったんじゃ?」


「チルノちゃんが外に出るのを許してくれなかったんですよ。今だってチルノちゃんが寝てる間を見計らって出てきたんですから。

 チルノちゃんが起きる前に帰らないと」


「そっか。じゃあ、急がないとだね」


 二人は言葉を交わし合うと、商店街の方へ向かった。

 昼間だけあって、食べ物屋や居酒屋、定食屋などからいい匂いが漂ってきている。

 街のどこへ行ってもいい匂いがするので、街全体が食べ物のいい匂いに包み込まれているようにも思えた。

 

 その途中、懐夢が大妖精に尋ねた。


「ところで、何買うの?」


 大妖精は答える。


「肉屋さんに売っているハンバーグです。チルノちゃんは、肉屋さんのハンバーグが大好きなんです」


 懐夢はへぇーと言った。

 ハンバーグと言えば、自分の大好物でもあるものだ。

 ハンバーグという名前は博麗神社に住み始めてから知ったのだが、自分がもっと幼かった頃から母が肉を丸めた料理を作ってくれることがあった。それに肉屋に売っているハンバーグは酷似していたものだから最初に見た時は吃驚してしまったが、その後母の作ってくれた料理がハンバーグという名前だったという事を知った。

 肉屋に売っているハンバーグはこの前妖怪退治で金を得た霊夢が買って来てくれて、焼いてくれたがそれもまた美味しかった。まぁ母の作ったものと比べれば、母の作ったものの方が美味しかったが。


「それじゃ、それ買っていこうか」


 その時、懐夢はふとある事を気にした。

 そういえば、大妖精は何故お金を持っているのだろう。

 誰かから貰っているわけでもあるまいし、稼いでいる様子も見られない。


「ねぇ大ちゃん?」


「はい?」


「大ちゃんってどこでお金得てるの?」


 大妖精は「あぁ」と言った。


「それは、チルノちゃんが作ってくれる氷を売る事で得ています」


 大妖精によると、チルノは自分の力を使って妖力を宿した溶けない氷を作る事が出来るらしく、これがまた街で高く売れるらしい。実際、魚屋や肉屋などの品物の冷凍保存に、チルノの作った氷が用いられているそうだ。

 この氷を売っているのはチルノなのだそうだが、チルノは売り上げの半分を大妖精にあげているらしい。

 大妖精はチルノから貰った金で、今こうして街に来ているそうだ。


「なるほどねぇ……チルノの能力って意外な事に使えるものなんだね」


「そうなんですよ。チルノちゃんはかなり強い力を持っていますから、それくらいはお茶の子さいさいなんですって」


 懐夢はまたふーんと言った。

 その時、ふとある事を思い出した。

 前、霊夢から教えてもらったが、この幻想郷に存在する妖精というのは、大凡全てが何らかの自然現象が具現化したものであるらしい。

 今自分の友達となっているチルノは、見ての通り「氷」が具現化した妖精だ。

 他の妖精達も、見てみれば何が具現化した妖精なのかがわかる。

 しかし、大妖精は何なのだろう。

 何が具現化した妖精なのか、見ただけではわからない。


「そういえば大ちゃんはさ」


「あ、懐夢さん肉屋に付きましたよ。行ってきますね」


 大妖精は肉屋の中へ行ってしまった。いつの間にやら肉屋の前に辿り着いていたらしい。

 懐夢はこの話は大妖精が買い物を済ませてからにしようと思い、大妖精の後を追って肉屋の中へ入り込んだ。



   *



 肉屋でチルノの大好物であるハンバーグを買うと、二人は街を出てチルノの家に向かっていた。

 というのも、懐夢が飛べない大妖精を案じて、家まで送ると言い出したからなのだが。

 他愛もない会話をしながら、六月の暖かい風を受けながら草原を歩いていると、途中大妖精が言った。


「そういえば初めてですよね。懐夢さんと二人で歩くのなんて」


 言われて懐夢はあっと言った。

 そういえばそうだ。

 普段はチルノ、ミスティア、ルーミア、リグル、大妖精、自分の六人で遊んでいるが、今日は皆怪我をしていて揃う事が出来ない。

 こうやって大妖精と二人で歩くのは、初めてだ。

 それだけじゃない。こんなふうに話し合うのも、初めてかもしれない。


「そういえばそうだし、こうやって話し合うのも初めてなんじゃない?」


「あ、それもそうですね」


 大妖精は笑った。

 その時、二人の目の前の方から風が吹いてきた。

 心地の良い暖かな風だったが、懐夢はある事に気付いた。

 今、風に乗って不思議な匂いが流れてきていた。

 柔らかくて、優しい匂いだったが、どこか嗅ぎ覚えのある匂いだった。


「これって……大ちゃん、ちょっと匂い嗅がせて」


 一言言って鼻を凝らし、大妖精の匂いを嗅いだ。

 大妖精の匂いもまた、柔らかくて優しい匂いだった。そしてそれは、今流れてきた風の匂いによく似ていた。……いや、完全に同じだ。

 真剣に匂いを嗅ぎ比べる懐夢を見て、大妖精は首を傾げた。


「どうしたんですか?懐夢さん」


 懐夢は大妖精と目を合わせた。


「今、流れてきた風から大ちゃんと同じ匂いがしたんだ」


「それが?」


「……チルノって自然現象の氷が具現化した事で生まれた妖精なんだよね?

 そこで大ちゃんは何の具現なのかなって考えてたんだけど……大ちゃんはもしかして……」


 大妖精は懐夢が何を言おうとしているのかを悟ったように微笑み、答える。


「そうですよ。私は自然現象の"風"が具現化した妖精なんです」


 懐夢は目を丸くした。

 だから、風から大妖精と同じ匂いがしたのだ。


「風なんだ。文ちゃんと同じだね」


 大妖精は苦笑いする。


「確かに新聞のあの人と同じですけど、私は微風(そよかぜ)くらいしか起こせません。

 あの人みたいに暴風や竜巻は起こせませんよ」


 懐夢も思わず苦笑いしてしまった。

 大妖精が暴風や竜巻を起こす様を想像したら、かなり怖くなったからだ。


「それにあの人との大きな違いは羽根が傷付いていると飛べない事です。

 ここら辺は私達全ての妖精に共通する事なんですけれどね」


 懐夢はへぇーっと言った。

 今のは初耳だ。

 そして、大妖精が飛べない理由もわかった。


 そうしていると、チルノの家が見えてきた。

 チルノの家は大きな木の上に建てられているツリーハウスだ。

 懐夢は今までチルノの家を見た事が無かったため、大妖精に言われて吃驚した。


 梯子を上り、家の入口の前に辿り着くと、戸が勝手に開いた。

 何事かと二人で驚くと、中から髪の毛をぼさぼさにしたチルノが出てきた。

 チルノは出てくるなり大妖精を見て、噛み付くように言った。


「大ちゃんどこ行ってたのさ!怪我して危ない状態だってのに!!」


 大妖精はその気迫に圧倒されてしまったが、苦笑いしながら答えた。


「だ、大丈夫だよチルノちゃん。私の怪我なら、もうすぐで完全に治るところまで来たから。チルノちゃんが必死に看病してくれたおかげで」


 チルノはきょとんとした。

 その様子を見て、懐夢は思わず笑った。


「チルノも大丈夫そうだね。よかったよかった」


 懐夢の声を聞いて、チルノはようやく懐夢の存在に気付いた。


「あれ、懐夢じゃん。なんで懐夢も一緒なの?」


 大妖精は懐夢の方を軽く見て言った。


「懐夢さんが一緒に買い物してくれたんだよ」


 大妖精は続けて買い物袋をチルノに見せた。


「今日はハンバーグだよ。チルノちゃんが大好きな」


「マジで!?え?え?なんで!?」


「大ちゃんが必死に看病してくれたお礼にだって」


 チルノは大妖精を見た。


「あ、ありがとう大ちゃん」


 大妖精はにっこりと笑った。

 直後、大妖精は懐夢と顔を合わせた。


「懐夢さん、せっかく来たんですから、上がっていってください」


 懐夢は首を横に振った。


「あ、いいよ。もう帰るから。そんないきなり上がったら」


 懐夢が大妖精の誘いを断ると、チルノがずかずかと歩いて寄ってきて、やがて腕を掴んできた。


「上がるのだ懐夢。あんたはあたいの友達。あたいの家に来たなら、上がる権利がある!」


「いや、その理屈はおかしい」


 そう言いながらも、懐夢は仕方なくチルノの家に上がる事にした。

 博麗神社に帰っても今頃霊夢はいないだろうし、宿題も出ていないから暇なだけだ。

 帰る時間になるまで二人と遊んでいた方がよほど楽しいだろう。


 そう思いながらチルノに腕を引っ張られて、家の中に入れられた。

 その後、懐夢は大妖精に案内されて、居間に該当する部屋に来ると、椅子に座わるよう言われ、言われるまま椅子に腰を掛けた。

 懐夢のテーブル越しの目の前の椅子にはチルノが座った。

 

 チルノは座るなり腕組みをして、話し始めた。

 

「あの時は惜しかったなぁー!あの時あたいが本気を出せば、あんな竜なんて一発だったのに」


 懐夢は呆れたように言った。


「あの時は皆揃って攻撃効かなかったでしょ。それで結局負けて、皆でこうやって怪我しちゃったんだから」


 チルノは「ふーんだ!」と言ったが、その直後改まった様子で訪ねてきた。


「そういえば懐夢ってあの竜に吹っ飛ばされた後どこ行ってたの?」


 懐夢は気付いた。そういえばチルノ達にはあの後の事を全く話していなかった。 

 皆が揃った時に話そうと思っていたが、やはり今この場で話そうと思い、あの時の事を全て話した。


「へぇー!あんた命蓮寺に行ってたんだ」


「そうそう。それで住職の白蓮さんと一緒に街に戻って来たんだ。それでその後君達が怪我をして尚且つ気を失った状態で慧音先生の家に運び込まれたって慧音先生と早苗さんから聞いたから、慧音先生の家に行って、そこにいた藤原妹紅さんと一緒に君達の治療の手伝いをしてたんだよ」


「そうだったんですか。

 懐夢さん、私達が気を失ってる間に介抱をしててくれたんですね」


 部屋の奥から大妖精がコップが三つ乗った四角いトレーを持ってきて、その上にある三つのコップをテーブルのチルノの前、懐夢の前、そして空いた椅子の前に置いた。


「懐夢さん。はい、冷たいものどうぞ」


「はぁ、冷たいものどうも」


 懐夢はコップを手に取った。

 コップそのものがひんやりとしており、中には氷の入った飲み物が入っていた。

 そこから漂ってくる匂いを嗅いでみると、少し薄い柑橘系の匂いと、蜂蜜の匂いがしてきた。

 どうやら、柑橘系の果物の果汁と、蜂蜜を混ぜ合わせたものを水で割ったもののようだ。


「あたいの妖力が入ったスーパーウルトラデラックスギャラクシーダイナミックアブソリュートゼロ氷が入ってるから、キンキンに冷えてるよ」


「それ、適当に単語を並べただけじゃん」


 懐夢はそう言って飲み物を口に運んだ。

 チルノの生成した氷が入っているおかげか、飲み物はチルノの言う通りキンキンに冷えていて、外に出て温まった身体を冷やしてくれた。それに、柑橘系の香りが効き、蜂蜜の甘さが出ていてとても美味しい。


「これ、蜂蜜入ってるね」


 大妖精曰く、柑橘系の果物は森で摂れ、街でも買える物で、蜂蜜はリグルがくれるものらしい。

 

 その時、大妖精がある事に気付いてチルノの頭に手を伸ばした。


「チルノちゃん、リボンが乱れちゃってるよ」


「え?あぁいいよ。別にもうどこもいかないし」


 チルノのリボンを見たその時、懐夢はある事を思い出した。

 そうだ……ルーミアだ。

 この二人ならば、ルーミアと付き合いの長い子の二人ならば、ルーミアのリボンについて何か知ってるかもしれない。


「ねぇ二人共、ルーミアのリボンについて何か知らない?」


 チルノと大妖精はきょとんとして懐夢を見た。


「ルーミアのリボン?」


「ルーミアさんのリボンですか?」


 懐夢は頷く。


「うん。ルーミアってずっとあのリボン付けてるでしょ?

 あのリボンを外してとこ、僕見た事なくてさ」


 チルノと大妖精は顔を合わせ、やがて戻すと大妖精が言った。


「そういえば、私達もルーミアさんがリボンを外しているところ見た事ありません」


 懐夢はきょとんとした。


「大ちゃんも?」


 大妖精は頷いた。

 続けてチルノが言った。


「あたいも見た事ない」


「チルノも?」


 どうやら二人もルーミアがリボンを外しているところを見た事が無いらしい。


「あぁわかった!ルーミアのリボンには何か壮大な秘密があるんだよ!」


 考えたその時チルノが椅子から立ち上がった。


「壮大な秘密?」


「そう!今度皆が揃ったら、ルーミアのリボンを外してみようよ!この作戦は名づけて」


「駄目だよ!」


 チルノの言葉に割り込むように懐夢が立ち上がった。

 二人はきょとんとして懐夢を見た。


「え?なんで?」


 首を傾げるチルノに、懐夢は全てを話した。

 それを聞いた二人は驚き、そのうちのチルノは目を細めた。


「ひっどぉ!ルーミアのリボンを外そうとしただけで怒鳴って腕ぎゅぅっとするなんて!慧音先生ひどぉ!」


 チルノはそういうが、大妖精は様子が違った。


「そのリボンに……私達に知られたくない何かがあるんじゃないでしょうか?」


 大妖精の考えは全く懐夢と同じだった。

 慧音は、ルーミアのリボンを引っ張った懐夢に暴力を振るって無理矢理離させた。

 これは、ルーミアのリボンが外されると困る理由が慧音にあるからだとしか思えない。


「やっぱり何かあるんだよ。ルーミアのリボンには……」


「わかったぁぁ!!」


 懐夢の呟きを聞いた瞬間チルノは叫んだ。

 嫌な予感が懐夢と大妖精の中に入った。


「な、何がわかったのチルノちゃん?」


 大妖精の問いにチルノは両手を腰に当てて答えた。


「ルーミアのリボンに、慧音先生の知られたくない恥ずかしい過去が書かれてるんだよ!!」


 懐夢と大妖精は目を点にした。


「は??」


「あたい達に知られたくない慧音先生の過去がルーミアのリボンに刻まれているから、慧音先生は懐夢に暴力的に当たったんだよ!あたい達に見つかって暴露されるのが怖いんだよ!」


 チルノの説明はどこか雑だったが、妙に説得力があった。

 もしチルノの言った事が本当なのであれば、あの時の慧音の行動も納得できる気がする。

 恥ずかしい過去を知られたくないから、あぁやったのかもしれない……。

 恥ずかしい秘密を暴露されたくないから、あんなふうに怒鳴ったのかもしれない……。

 どんどんそんな気がしてきてしまった。


「確かに……それありえるかも」


「でしょうーッ!?」


 チルノはバンとテーブルを叩いた。


「よし決めた!明日寺子屋で全員揃ったら、ルーミアのリボンを外す作戦を決行する!そして、慧音先生の秘密を暴くのだ!」


 懐夢と大妖精は苦笑いしながら「おー」と言った。

 しかしその直後に懐夢が言った。


「でもさ、もし見た事がばれたらどうするの?確実に慧音先生の逆鱗に触れるよ?」


 チルノは冷静に答えた。


「大丈夫。寺子屋で皆で見て、見た事黙ってて、あたいん家来て大笑いすればいいんだから」


 懐夢は納得した。

 確かにそれならば、慧音にばれずに秘密を見る事が出来るかもしれない。

 

「よぉぉし!燃えてきたぁ!」


 秘密を知れるとはいえ、くだらない作戦を立てて燃えるチルノを二人は苦笑しながら見ていた。

 


「……でもなんだか、胸がざわざわする……」




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