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東方幻双夢  作者: クシャルト
邂逅編 第弐章 巫女と子
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第十七話

 水無月、緑が青々と萌ゆり出す月。


 懐夢は今、幻想郷の上空へ向かっていた。今日、チルノ達と共に幻想郷の名所を見て回る約束をしたのだ。


 懐夢は胸を踊らせていた。この幻想郷はまだまだ自分の見たことのないもので満たされている。どんなものがあって、どんな人がいて、どんな驚きがあるのか、それを知るのが楽しみで仕方がないのだ。何よりも、皆と共に廻れるというのが良い。


「早く集合場所に行かなきゃ!」


 顔に少しの笑みを浮かべて、懐夢はびゅんっと速度を上げて飛んだ。

 しばらく飛んでいると、霧の湖が見えてきた。

 そしてその真上に浮かぶチルノ、ミスティア、ルーミア、リグル、大妖精の姿も確認できた。


「いたいた!おーい、みんなー!」


 声を掛けると、チルノ達の視線は懐夢の方へ向き、そのうちのいつものメンバーの一人であるリグルが懐夢に向けて手を振った。こっちだよというジェスチャーだ。

 懐夢はそれに答えるようにチルノ達へ飛び寄った。


「遅いぞ懐夢!」


 チルノが文句を言うと懐夢は「えぇ~」と言った。


「時間ぴったりに来たはずだけど」


 懐夢は懐から懐中時計を取り出し、その文字盤を見た。

 時計の針は約束の時間である午前十時ぴったりを指していた。


「あ!懐夢の時計遅れてる!」


 時計を見たチルノが言うと、他の全員がそれぞれの懐中時計を取り出した。

 そして全員揃って見たが、どれも十時ぴったりを指し示しており、チルノの言う事がおかしく思えた。


「えっと……チルノちゃんの時計は何時を示してるの?」


 大妖精が恐る恐る尋ねると、チルノは懐から懐中時計を取り出して、皆にバンと見せつけた。

 皆はそれを見るなり思わず苦笑してしまった。

 チルノの時計は、午前十時二十分を差していて、尚且つ止まっていたからだ。……明らかに、チルノの時計の方が壊れている。


「チルノ……懐夢が遅れてきたっていうけどそれ、チルノの時計が壊れてるだけだから……」


 ミスティアが苦笑しながら言うと、チルノは驚いて自分の時計を見た。

 そして目を丸くした。自分の時計の針が、物の見事に止まっている。


「あれぇ……おかしいな」


 チルノが呟くと、一同は大笑いした。

 途中チルノが「笑うな!」と怒鳴ったが、一同の笑いはなかなか止まらず、ついにチルノさえも笑い出してしまった。

 そしてようやくその笑いが収まると、懐夢が言った。


「それで、今日どこに行くんだっけ?」


 チルノが胸を叩いた。


「あたいについてきてよ!いいところ教えてあげるから!」


 チルノが自信満々に言うが、懐夢達は少し不安を抱いた。


「えっと……それってどんな場所?」


 ルーミアがそっと尋ねると、チルノはぷいっとそっぽを向いた。


「とにかく来てみてよ。すっごい場所なんだから!」


 そう言うとチルノはびゅんっと飛び立ってしまった。

 時計が壊れていた事についさっきまで気付かなかったチルノが勧める場所とは一体どんなところなのだろうか。……まともな場所ではないかもしれない。

 しかしチルノを一人にするわけにはいかないので、結局のところ行くしかない。

 気を重く感じながら、五人はチルノの後を追って飛んだ。

 五人はすぐにチルノに追いつき、チルノの後に続いて飛び続けたが、その途中懐夢がある事を閃いた。

 そうだ、大妖精はチルノと最も長い付き合いの妖精だ。チルノの事を詳しく知っているかもしれないし、聞けばチルノが行こうとしている場所がわかるかもしれない。

 懐夢は閃くと小声で隣を飛ぶ大妖精に話しかけた。


「ねぇ大ちゃん、チルノがお勧めの場所ってどんなところ?」


 大妖精は話しかけられるなり軽く上を見た。


「そう……ですねぇ……残念だけどわかりません。チルノちゃんとは長いけど……流石にチルノちゃんがどこへ行こうとしているかまでは……」


 大妖精もチルノが行こうとしている場所がわからないようだ。

 それを聞いた懐夢は大妖精に軽く礼を言い、前を飛ぶチルノを見た。

 もはや何も拒絶せず、ただ出されたものを見るしかない。余計な事を考えるのはやめよう。

 懐夢はそう考えて、周りと共に空を駆けた。

 そのうち、チルノが高度を落とし始め、やがて地面へ降りた。

 一同が続けて地面へ降りると、チルノは近くにある岩の洞窟を指差した。


「ここが、あたいのお勧めの場所だよ!」


 一同は首を傾げてしまった。どこからどう見てもただの岩の洞窟だ。外観だけではとてもお勧めの場所だとは思えない。それとも中に何かあって、それこそがチルノのお勧めなのだろうか。


「チルノ、ここ岩の洞窟だよ。チルノは岩の洞窟がお勧めなのかー?」


 ルーミアが軽く首を傾げると、チルノは掌を広げて首を横に振った。


「まぁ中に入ってごらんよ。腰を抜かすと思うから」


 チルノは一同に言うとそそくさと洞窟の中へと歩いていってしまった。

 一同は洞窟の中がどうなっているのか、少し不気味がりながらチルノの後を追って洞窟の中へ入り込んだ。

 洞窟の中を進んでいると、ぐっと気温が下がり始めた。

 体で感じる限り、洞窟の中は真冬の幻想郷並みに寒い。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。


「……ッさぶ」


 懐夢は、すぐに震え始めた。

 洞窟の寒さが身を締め付けているような感覚さえ覚えた。


「ほんと……さぶいッ……」


 その時、横から同じように寒がる声が聞こえてきた。

 誰かと思ってその方向を見てみたところ、そこにはリグルが居た。リグルは半身をマントで包み込んで震えていた。

 そういえば、リグルは蟲の妖怪で自分と同じ、寒さが苦手な妖怪だ。


「リグル……さぶいの……?」


 震える声で話しかけると、リグルがこちらに顔を向けて、震えた声を出した。


「懐夢も……?」


 懐夢は震えながら頷いた。

 リグルは震えながら苦笑した。


「あはは……わたしたち、おんなじだね……」


「……にたものどうし……だね……」


 懐夢もまた苦笑すると、ミスティアとルーミアと大妖精が不思議そうな目で見てきた。


「どうしたの二人とも。そんなにがくがくと震えちゃって」


「寒いのかー?そんなに寒くないぞー?」


 ミスティアとルーミアに話しかけられて、懐夢とリグルはぎこちなく答えた。


「さ、さぶいよ。だって、ぼくたち、さぶさ、に、よわい、ようかい、だもん」


「ミスティア、たち、みたいに、さぶさが、へいきじゃ、ないんだ、よ」


 そんな二人を見て大妖精が心配そうな顔をした。


「あの、大丈夫ですか?これ以上先はもっと寒いような気がしますが……」


 二人は震えながら首を横に振った。


「だいじょうぶ、じゃ、ない。これ、いじょう、さぶいの、むり」


「わるい、けど、ここで、またせて、もらう、ね」


 懐夢とリグルが立ち止ると、残った三人は二人の身を心配しながらチルノを追って洞窟の奥へと向かって行った。

 一方懐夢とリグルは寒さに晒され続けるのは苦だったので、とりあえず来た道を戻って洞窟の外へ出て、日の当たっているところを見つけるとそこへ歩き、座った。


 ぽかぽかと差す陽気に当たっていると、冷えた体に温かさが戻ってきた。

 懐夢は自分達を照らす光とその温かさを感じて呟いた。


「はぁ、生き返ったぁ」


 隣に座るリグルも頷いた。


「ほんと、なんか生き返ったような気がする」


 懐夢は少し驚いたようにリグルを見た。


「リグルも?」


 リグルは笑んで頷いた。

 それを見た懐夢は苦笑した。


「ほんと、僕達って似てるね」


「うん。なんか、そっくり」


「でも、せっかくチルノが見せてくれようとしたの、見られなくて残念だなぁ」


「それなら今度、防寒具着て来ようよ。そうすれば、見られるでしょ」


「あ、それいいね」


 二人で話し合っていたところ、後ろの洞窟から声が聞こえてきた。

 振り返ってみたところ、チルノ達が洞窟の中から出てきていた。

 その中のチルノは、かなり不機嫌そうな顔をしていた。……何に不機嫌になっているのか、丸わかりだったが。


「ひどいよ!せっかくあたいがいいもの見せてやろうとしたのに!懐夢とリグルったら!」


 二人を噛み付くように怒鳴るチルノを鎮めようと大妖精が声をかけた。


「仕方ないよチルノちゃん。二人は寒さに弱くて、あれ以上進めないんだから」


「でもすごかったよねぇ」


 ミスティアによれば、洞窟の中にはチルノとレティが作成したという溶けない氷を彫って作った彫像がたくさん置かれていたらしい。動物を掘ったものもあれば妖怪を掘ったもの、はたまた人間を掘ったものと、いろいろあったそうだ。そしてそれらはすべて、洞窟の天井に開いた小さな穴から差す僅かな光を浴びて、キラキラと美しく輝いていたらしい。


「へぇ~、いいなぁ」


「今度防寒具着て来るよ」


 二人で言うと、チルノはむすっと溜息を吐いた。


「さてと、次はどこ行くんだっけ」


 懐夢がすたっと立ち上がると、リグルが追うように立ち上がり、挙手した。


「はいはい!次は私!」


 一同の視線がリグルに向いた。


「え?次はリグル?」


 リグルは突然びゅんっと上空へ舞い上がった。

 一同は突然の事に驚いたが、同じように上空へ舞い上がると、そこにはリグルが居た。

 そのリグルに、ルーミアが声をかけた。


「リグル、いきなり飛び上がってどうしたの?」


 リグルは腰に手を当てた。


「チルノと同じように、私にもお勧めの場所あるんだよね。ついてきてよ!」


 そう言うと、リグルは身を翻してある方向へ飛び始めた。

 一同は先程と同じような不安に駆られながらも、リグルの後を追って飛んだ。

 しばらく飛んでいると、先程のチルノと同じようにリグルは高度を落とし始め、やがて森の一角に着地した。一同も追って着地したが、そうするなり不思議がって周りを見た。

 辿り着いた場所は、ただの森だったからだ。


「リグル?ここ、普通の森じゃないの?」


 懐夢が尋ねると、リグルはふふんと言った。


「ここはね、私が住んでいる森なの」


 一同は首を傾げた。

 何故、リグルの住んでいる森に連れて来られたのだろうか。

 それを気にしたチルノがリグルに話しかけた。


「リグルの住んでいるところが、リグルのお勧めの場所なの?」


 リグルは頷いた。


「付いてきてよ」


 リグルはそう言うと、森の中へ向けて歩き出した。

 一同は同じようにリグルの後を追い、付いて歩いた。

 しばらく進むと、大きな水辺が見えてきた。

 その水辺のすぐ近くまで寄ると、リグルは立ち止まった。

 水辺に連れて来られたことを不思議がった一同の内、大妖精が声を出した。


「水辺……ですね」


 ミスティアが尋ねた。


「ここに何があるの?」


 リグルは振り向いた。

 リグルによると、ここは蛍達のすみかになっており、この時期夜になると配偶期を迎えた蛍達が光を放ちながら水辺を舞うという。それはとても幻想的で、見た者を魅了し、釘付けにするほど美しいという。


「へぇ~……それ、見てみたいなぁ!」


 懐夢が目を輝かせると、リグルは笑んだ。


「夜、またここにみんなで集まってよ。そしたら、蛍達が迎えてくれるわ」


 リグルの言葉に一同は胸を躍らせた。

 夜巻き起こるとされる蛍達の宴が、楽しみで仕方ない。


「さてと、私のお勧めの場所の紹介はこれで終わり。次は誰?」


 リグルが一同に声をかけたその時、一同の耳に野太く、大きな音が飛び込んできた。

 それは、獣の咆哮によく似ていた。

 一同はきょとんとして、きょろきょろと周りをを見た。


「い、今の音って……!?」


 何かに似ている。

 もっとも記憶の新しい音としては、あの巨大な、巨大で七つの首を持った竜が発した声。

 その音と、先程聞こえてきた音は、酷似していた。


「森に何か入り込んだのかも……ッ!」


 リグルは音を聞くなり血相を変えて、音が聞こえてきたと思われる方向へ向けて飛び立った。


「ちょっとリグル!」


「追おう!」


 残された一同もまたリグルの飛び立ったところへ向かった。

 少し飛ぶと、すぐに地面に降りたリグルの姿が見え、一同はリグルのすぐそばに着地した。


「リグル、どうし―――」


 一同の内チルノが尋ねようとした瞬間、一同はリグルの目の前にいたものに硬直した。

 そこにいたのは、長い尾と藍色の鱗に身を包んだ胴体から七本の首を生やしている竜だった。そう、あの時襲いかかってきた未確認妖怪だ。


「あ……あの時の……」


 一同は竜の姿に思わず硬直してしまった。

 竜の持つ全ての目は一同へ向けられており、口元から涎が垂れていた。明らかに、この竜は飢えている。

 今にも竜はこちらに襲いかかってきそうだ。

 そのうち、チルノが口を開いた。


「に、逃げろぉぉ!!」


 チルノが叫ぶと、一同は来た道を飛んで戻ろうとした。

 しかしその時、懐夢がある事に気付いた。リグルが、動こうとしていない。


「リグル!何してるの!逃げなきゃ!!」


 リグルは背を向けたまま言った。


「逃げれないよ。こいつを野放しにしたら、蛍達が危ない。こいつから、あの子達を守らなきゃいけない!」


 一同は止まってリグルを見た。リグルは振り返って険しい顔をした。


「逃げるなら逃げて。私は、残ってあの子達を守るから」


 リグルのその表情を見て、一同は思った。

 あの妖怪と戦ったところで、勝ち目はないかもしれない。

 けれど、リグルを置いて逃げる事などできやしない。

 そんな事をしたら、全員で後悔する羽目になるし、下手すればリグルがあの妖怪に殺されてしまうかもしれない。そんなの、金輪際ごめんだ。

 でも戦ったら全員で死ぬかもしれない。あんな奴に勝てる自信などない。

 だけど後悔だけはしたくない。


「みんな、逃げるの止め。リグルに手貸そう」


 チルノの言葉に全員が頷いた。

 そして一同はリグルの元へ戻り、リグルの隣に並んだ。

 リグルは驚いた様子で隣をきょろきょろと見回した。


「え、皆?」


「リグル一人だけに、いい格好させないんだから」


 ルーミアがにやりと笑って呟くと、チルノ、ミスティア、大妖精、懐夢も頷いた。


「リグル、一緒に戦うよ。こんな奴、皆でかかればあっという間に倒せるよ!」


 懐夢がスペルカードを構えると、リグルは頼もしさを感じてニッと笑った。


「皆、ありがとう。いくよッ!」


 リグルの掛け声を皮切りに一同は飛び上がり、散らばった。

 しかしそれでも竜の首は全員を注視しており、散らばっても目線をそれぞれに向けたままだった。


「まずはこの首を落とすよ!」


 懐夢の叫びと共に、一同は一斉にスペルカードを発動させた。


「氷塊「グレートクラッシャー」!!」


「蛍符「地上の流星」!!」


「夜符「ナイトバード」!!」


「鷹符「イルスタードダイブ」!!」


「霊符「夢想封槍」!!」


 竜の首に向けて巨大な氷塊が、流星のような光弾が、まるで夜を駆ける鳥のような闇弾が、鷹のような闇弾が、光槍が襲いかかった。

 しかしそれらを喰らおうとも竜はびくともせず、平然と身構えていた。


「効いてない……!?」


 懐夢が驚くと、チルノが再度スペルカードを放った。


「雪符「ダイアモンドブリザード」!!」


 チルノが手を上にかざすと、上空から竜へ向けて無数の氷柱が降り注いだ。

しかし、氷柱は全て竜の鱗に当たるなり、全て砕けてしまった。

 竜の鱗は全くと言っていいほど傷付いておらず、竜は平然とした顔をしていた。


「だ、駄目だ、効いてないよ!」


 ミスティアが叫ぶ。

 その時、懐夢はある事を考えた。

 このまま戦い続けても勝ち目はないだろう。

 こうなったら、霊夢や魔理沙に助けを呼ぶしかない。

 いずれにせよこいつを放っておいたら、後々大変な事になりそうな気がする。

 懐夢は考えると、すぐにあまり攻撃を繰り出していない大妖精へ声をかけた。


「大ちゃん!こいつの事を霊夢や魔理沙に知らせて!」


 大妖精は焦ったような反応を示して懐夢を見た。

 懐夢は大妖精と顔を合わせて続けた。


「早く!こいつを放っておいたら、街や村まで行っちゃって危ない!だから、早く霊夢や魔理沙や慧音先生にこいつの事を伝えて!」


 大妖精は承り、「わかりました!」と言うと一人上空へ舞い上がり、そのまま森を飛び去った。


「懐夢!避けて!!」


 懐夢が視線を大妖精へ向けていたその時、チルノが叫び声を上げた。竜が勢いよく身体を回して、共に回った尻尾で懐夢を弾き飛ばそうとしていたからだ。

 しかしチルノの叫びも虚しく、懐夢の身体に太い竜の尾は直撃。

 懐夢は尻尾に弾かれる形で吹っ飛ばされ、森の奥へと消えて行った。


「懐夢!!」


 一同が叫び、懐夢を追おうとしたその時、竜の七つの口が一斉に開いた。

 一同がそれに気付いたその時、竜は一同へ向けて一斉に放った。



           *



 一方その頃博麗神社では、霊夢、魔理沙、早苗、金色のセミロングヘアで白と青を基調とし赤のラインの入った衣服を身に纏い、頭に赤いカチューシャを付けた魔法の森に館を構える人形を操る魔法使い、アリス・マーガトロイドの四人による茶会が開かれていた。

 その中でも魔理沙は、アリスの作って来たクッキーをほぼ貪る形で食べていた。


「美味ぇ!今日のアリスのクッキー滅茶苦茶美味ぇ!!」


 アリスのクッキーは所謂プレーンで余計なものが混ぜられていないものであったが、サクサクとした食感と程よい甘さ、香ばしい香りの三拍子がそろっていてとても美味しかった。

 その夢中でクッキーにがっつく魔理沙の頭をアリスが軽く叩いた。


「調子に乗って一人で食べてるんじゃないわよ。まぁ数はかなりあるんだけどね」


「いいじゃないかよ。そんなすぐになくならないだろ?」


「いいえ無くなるわ。魔理沙が食べ続ければ」


 そんな二人のやり取りを見ていた早苗は苦笑しながら霊夢に話しかけた。


「残念でしたね懐夢くん。せっかくアリスさんが来てくださったのに」


 霊夢はアリスの淹れた紅茶を啜りながら答えた。


「仕方ないわよ。あの子だって自分の友達との約束があったんだから」


 アリスは視線を霊夢に向けた。


「そもそも、その子にはあまり興味がなかったのだけれど、魔理沙が博麗神社に面白い子供が来たって何度も言うから、一度見てみたいと思ったのよね。でもいないなら仕方ないわ」


 その時アリスは何かを思い出してピンと指を鳴らし、懐から一つの小包を取り出し、霊夢に差し出した。

 アリス曰く、これは予備用に作っておいた懐夢の分のクッキーらしい。

 お菓子が大好きな懐夢の事だ、とても喜んで食べるだろう。


「ありがとう。帰ってきたら渡すわ」


 霊夢は小包を受け取った。

 それを見て早苗が言った。


「意外でしたよ。まさか幻想郷にもクッキーが存在しているなんて」


 周りの注目が集まり、その周りの内のアリスが尋ねた。


「貴方外の世界から来たって言ってたけど、外の世界じゃクッキーは一般的なお菓子だったのかしら?」


 早苗は頷いた。


「えぇ。外の世界には沢山の種類のお菓子があって、クッキーはその代表格ともいえるお菓子でした。それがまさかここ幻想郷にも存在していたなんて、本当に意外でした」


 その時、魔理沙がある事を思い出したのか、頬張っていたクッキーを全て飲み込んで早苗に声をかけた。


「そういえば文の新聞で見たけど、早苗、卯月に突然現れた入道雲の中に飛び込んだそうだな。なんでそんな事をしたんだ?」


 アリスが続いた。


「私も気になっていたわ。早苗、貴方なんでそんな事をしたのよ。雹を降らせるような積乱雲の中に飛び込むなんて、正気の人間のやる事じゃないわよ?」


 言われて、早苗はびくりと反応を示した。


「え……えっと……それは……」


 早苗が二人の質問に答えようとしたその時、中庭へ続く廊下への扉が突然開いた。

 その場にいた全員が驚き、何事かと思ってその方向を見たところ、また驚いた。

 そこには、息を切らして俯いている大妖精の姿があった。


「あれ、あんたチルノや懐夢と友達の大妖精じゃない。どうしたの?」


 霊夢が尋ねるや否、大妖精はかっと顔を上げた。


「みなさん、大変です!見た事のない妖怪が、リグルさんの住む森に現れて、暴れてて、今、チルノちゃん達が、戦ってるんです!」


 大妖精の言葉に、大妖精を除くその場にいた全員が驚いた。


「未確認妖怪だって……!?」


 その言葉を聞いた霊夢と魔理沙は顔を合わせた。

 大妖精の知識がどの程度のものかは知らないが、もしこの前のような強力な未確認の妖怪がまた現れたというのであれば、野放しには出来ない。もしこの前のような妖怪だったならば、今度こそ街や村に被害が及ぶ。そうなったら大惨事確実だ。


「あの、大妖精さん?チルノ達が戦っているという事は、その場には懐夢くんもいるという事ですよね?」


 早苗の問いかけに大妖精は頷いた。

 それを聞いた霊夢はわずかにだが顔を青褪めさせた。

 チルノ達よりも強力なスペルカードを使えるが総体的な強さではチルノ達よりも何倍も弱い懐夢が、自分達すらも苦戦した強力な妖怪と戦っている。

 ……チルノ達も危ないが、懐夢が危ない!

 霊夢は一思いに立ち上がると大妖精に声をかけた。


「大妖精!場所はどこ?すぐに向かうわ!」


「来ていただけますか!こっちです!!」


 大妖精は中庭に出て上空へ舞い上がった。霊夢もそれに続いて中庭に駆け出し、上空へ舞い上がってしまった。


「お、おい霊夢!」


「なんかやばい事になってるみたいね。魔理沙、早苗、追うわよ!」


「はい、追いましょう!」


 魔理沙、アリス、早苗の三人も慌てて中庭に出て、霊夢の後を追って上空へ舞い上がった。

 そして四人とも空へ上がったのを確認すると、大妖精は四人に声をかけてリグルの住む森の方へ飛び始め、四人もその後を追って飛び始めた。



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