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東方幻双夢  作者: クシャルト
双つ夢の譚
149/151

第百四十七話

 霜月十七の日。


 とうとう、待ちに待った大宴会の日がやって来た。この日を待ちわびていたと言わんばかりに、カレンダーを見ながら懐夢は燥いでいた。霊夢も同じようにこの日の事を待ちわびていたわけなのだが、どうも心の中で何かが引っ掛かって仕方がなかった。


 今日、霜月十七の日、十一月十七日……何かがあったような気がする。毎年、何かがあったような気がしてならないのだが、それが何なのかが全く思い付かない。何かがあったのに思い出せない。心の中に何かが引っ掛かっているような、喉に魚の骨でも引っかかっているような、複雑な気持ちを抱いたまま、霊夢は大宴会の日を迎えたが、その日になってから、霊夢、懐夢、愈惟の三人を驚かせる出来事が起きた。


 まだ霜月だというのに、朝、目を覚ましてみると異常なまでに寒さを感じた。何だこの寒さはと思いつつ窓を開けてみれば、そこに広がっていたのは銀世界。まるで師走や睦月を思わせるような大雪に、幻想郷は見舞われていた。まさかレティの仕業かと思ったが、レティの力が発動したような感じはなかったため、単に寒気が流れ込んできて、雪を降らせただけであるとわかった。


 師走の終わりごろや睦月のような大雪。辺り一面を白一色に染め上げる雪。じっとそれらを見ていると、霊夢の胸の中にある事柄が浮かんできた。そうだ、懐夢と出会った時のことだ。懐夢と出会った時もこんなふうに雪が降り積もっていて、とても寒い日だった。……その時からだ、様々な事が始まって行ったのは。


 懐かしんでいると、懐夢が厚着をして声をかけてきた。霊夢が起きる前に愈惟は出かけていて、後は霊夢を待つだけであるという。時刻を確認してみれば、既に午前九時半。大宴会の開催時刻は午前十時からと聞いていたから、なるべく遅れないでいかなければならない。


 早く行こうという懐夢に答えて霊夢も少し厚着をし、博麗神社を出て、街へ向かおうとしたその時に、霊夢と懐夢は重要な事を思い出した。一昨日、霊夢が愈惟と暮らす事が決定した直後の事だ。突如慧音が走り込んできて、街の集会所を、賢人達が使う事となってしまい、大宴会の開催が出来なくなってしまった事を告げてきた。

 その事を知った霊夢達は大いに慌てたが、その後大宴会の準備のためにやってきた早苗を捕まえて話してみたところ、西の町の集会所ならば使う事が出来るかもしれないという事を思い付き、早苗はそそくさと西の町に向かい、三十分ほどした頃で戻ってきた。結果は、使用可能だった。


 早苗曰く、最初は西の町の賢人達は駄目だと言ったそうだが、神奈子と諏訪子が神の命令であると怒鳴りつけてやったところ、縮こまって許可を出したらしい。半ば脅迫じゃないかと懐夢がつっこみを入れたが、大宴会は中止にならなかった事にその場にいた全員が歓喜し、西の町の集会所で準備をする事になった。しかし、その準備にも相変わらず霊夢は参加させてもらえなかった。



 その結果、大宴会の開催は西の町で行われる事となり、霊夢と懐夢は空を飛ばずに、歩きで西の町の集会所を目指して進む事にした。普段田んぼがある風景――それらは全て雪に埋まり、さながら雪原と化していた。

 雪が降り積もって、冬の匂いが風に乗って広がる雪原を歩きながら、懐夢は霊夢の前を走りつつ、その名を呼んだ。


「霊夢―! 早く―!」


 霊夢は少し苦笑いしながら、雪を踏み、懐夢を追いかける。


「待ちなさいー」


 距離が縮まると、懐夢は更に速度を上げて雪原の奥の方へ走り出した。今歩いている速度では、懐夢に追いつく事は出来そうにない。霊夢は頬を上げて、強気に笑い、走り出す。


「待ちなさいって!」


 雪は結構積もっていて、ちょっと気を緩めただけで足を取られて転びそうになるが、霊夢は大して気にしようとせずに、懐夢の後を追って走った。追いかけられる懐夢は、あまり速く走ろうとは考えていなかったのか、距離がぐんぐんと縮まっていく。そして走り出してからわずか数秒程度で、懐夢のすぐ後ろに追いついた。気付いていないのか、じっと前を見たまま走り続けている。今背中に手を当てられたら、さぞ驚く事だろう。


「追いついた……あっ」


 懐夢の背中に両手で触れた瞬間、足が雪に引っかかり、つんのめった。ぐらりと身体が前のめりになり、真っ白な雪で視界が埋まる。転ばないように何とか踏みとどまろうしたが全く無意味で、霊夢は冷たい雪の中に飛び込んだ。


 ぼふっという柔らかい音が聞こえて、全身に雪の冷たさが走ったかと思えば、近くでもう一度ぼふっという音が聞こえた。雪の中から顔を上げて、首を横に何度も振って顔にこびり付いた雪を払い落としてから、周囲を見渡した。さっきまで追いかけていた懐夢の姿が見当たらない。


「あれ?」


 どこいったのかなと思いきや、すぐ目の前で懐夢が身体を起こした。どうやら一緒に転んでしまったらしく、懐夢は霊夢へ顔を向けて、不機嫌そうな表情を浮かべる。


「ちょ、何でいきなり笑うの?」


「だって貴方ったら、顔が、斑模様になってるんだもん」


 弟は吃驚して自分の顔を頻りに触ったが、そのすぐ後に目を向けてきて、指を差した。


「っていうけど、霊夢だって同じような事になってる」


「えぇっ!?」


 顔を触ってみたら、ぼろぼろと雪が落ちるのを感じた。顔を振った時に落ちたと思っていたけれど、全くと言っていいほど雪は落ちずに、顔にへばり付いていた。

 思わず本当だと言って、弟と顔を合わせると、もう一度笑いが込み上げて来て、霊夢は大きな声を出して笑った。弟もそれに触発されたのか、とても大きな声で笑い出した。

 二人の声が誰もいない雪原に木霊する中、霊夢は途中で笑うのをやめて、目の前で笑い続けている弟を見つめた。

 弟は視線を感じたのか、笑うのをやめて、姉と目を合わせた。


「どうしたの?」


「ちょっと、こっち来てくれる?」


 手招きすると、弟はゆっくりと寄ってきた。弟がすぐ目の前まで来たところで、霊夢はそっとその身体に差し伸べて、すっぽりと抱き締めた。そして、ぎゅっと両手で抱き締め、その髪の毛に顔を埋める。





 どれだけこの子に助けられただろう。

 こんなふうに誰かを抱き締めたり、さっきみたいにおいかけっこをしたり、大笑いしたりするのは、あの時、あの日までの私ではあり得なかった。


「霊夢?」


「何でもないわ。ただ、貴方と出会った時もこんな日だったなって思ってね」


「そういえばそうだったね。あの時もこんなふうに雪が降ってて」


「そうそう。それから、とても色んな事があったわね」


 本当に、色んな事があった。あの日から、あの時から、本当に、色々な事が起きた。

 最初は懐夢との出会いだった。午前中に魔理沙の家から戻ってきてところで、賽銭箱の近くに会った不自然に盛り上がる雪を退けてみたら、子供が出てきた。それが、今ここにいる懐夢。私はその時、慧音に懐夢を預けたのだけれど、後々懐夢の事が気になって仕方がなくなって、結局懐夢の事を引き取って養っていく事にしたんだっけ。


 その後から、連鎖するように色んな事が起きた。

 暴妖魔素の妖怪との戦いに、そこで色んな事を知って、この幻想郷の歴史の事を知った後に起きた、復活した八俣遠呂智との戦い。<黒獣(マモノ)>の異変、<黒獣(マモノ)>との戦いと<黒服>との戦い。そこでも色んな事を知って、私は本当の自分を取り戻した。……そして最後の、初代の博麗の巫女であり、天照大神の一族の最後の末裔であり、紫の娘である霊華との戦い。その時に、私は紫が本当はどんな人物だったのかを思い知った。


 この一年で、これまでにいないくらいに戦い、これまでにないくらいの真実を知った。そして何より、この一年のおかげで、元の自分を取り戻す事が出来た。もしこの一年、戦い、そして真実を知らなければ、きっと私は今でも去年の自分と同じだっただろう。その変わる切っ掛けを作ったのは懐夢だ。


 何故なら、全ての事柄の始まりは、懐夢との出会いだったのだから。


「色んな事があったし、色んな事が変わったわ。それは全部、懐夢と出会った時から始まってるの。この一年は、この一年のほとんどの事が、貴方との出会いをきっかけに始まってる。そんな気がしてならないのよ」


 懐夢は私の胸の中で頷く。


「そういえば、なんかそんな気がする。……ぼくもね、霊夢と出会ってから色んな事が変わったよ」


 そうだ。懐夢を取り巻いていた事情も、懐夢自身も、この一年で大きく変わった。

 懐夢は元々大蛇里という、紫曰く霊華の妹である瑠華が築いた村で暮らしていた。だけど、村は騙されていた天志廼の人達に攻撃されて全滅。懐夢は両親と一緒に天志廼の人達に襲われたけれど、殺されずに助かった。その時に懐夢は八俣遠呂智の魂を身体に宿して生き返り、私の住む博麗神社にやって来た。私の匂いを、愈惟さんの匂いと間違えて。その時から、懐夢の新しい生活が、一生が始まったんだと私は思う。


 懐夢は慧音の経営する寺子屋に通う事になり、そこで沢山の友達を作り、あのチルノ達のメンバーの一人にもなった。当時腐れ縁でしかなかった魔理沙や早苗達とも仲良くなって、穴を埋めるように友達を増やしたりしていった。そんな懐夢の心が、私にかけられていた術を弱くして、私自身を出て来れるようにしてくれたんだ。その結果、腐れ縁でしかなかった人たちと、仲良くなって、友達になる事が出来たんだっけ。


 これまで私に深入りしてくる人はいなかった。

 だけど懐夢はどんなに遠ざけようとも近付いてきて、私の中に入り込んできた。そして見る見るうちに、私は懐夢と仲良くなっていった。そんな懐夢を、私は養子という形で家族にした。懐夢は百詠懐夢から博麗懐夢へ名前を変えて、更に紫の提案で天志廼の霊紗のもとで修行を積み、強さを手に入れて、異変が起きた際に私の事を守る<博麗の守り人>となった。

 その時から、私は懐夢と一緒に異変に立ち向かい、襲い来る敵と戦い、そして異変を終わらせた。きっと懐夢が大蛇里にいたままだったら、こんな事はなかっただろうし、懐夢の世界は狭いままだっただろう。この一年で、私だけじゃなく、懐夢も変わったんだ。


「二人して大きく変わったものね。前と今じゃ」


「うん。それにぼくには、今までいなかった兄弟が……お姉ちゃんが出来たから」


「そうね。私も孤児(みなしご)だったから兄弟や家族がいなかったけれど、今年になってそれが出来た。貴方っていう弟と、愈惟さんっていうおかあさんが。その切っ掛けを作ったのは、全部貴方よ懐夢」


 懐夢は何も言わなかった。どうしたのかと思って、声をかけようとしたその時に、懐夢は声を出した。


「ねえ、お姉ちゃん」


「なにかしら」


「お姉ちゃんはどうして、ぼくを博麗神社に置こうって思ったの。あのまま、慧音先生のところに預けてしまってもよかったはずなのに」


 とうとう、聞いてきた。知りたがりの懐夢の事だから、きっとすぐに聞いてくるだろうと思ってたのに、なかなか尋ねて来なくて不思議だったけれど、ようやく訪ねてきた。私が懐夢を博麗神社に置こうと考えた理由を。


「……似てたのよ。貴方が」


「似てた? 何に」


「私よ。貴方は貴方くらいの私にすごくよく似てたのよ。両親を失って、寂しそうにして、苦しんでいる貴方が、その時の私によく似てたの。私も先代の巫女……()()()を失ってから、寂しくて、悲しくて、苦しかった。そんな気持ちを抱いている事を、既に経験しているせいだったのか、貴方から感じたのよ。貴方にあんな思いをさせたくなくて、私は貴方を受け取ったのよ。ようするに、放っておけなかったの」


「そうだったんだ……」


「でも、私はそれを失敗だったなんて絶対に思わない。今言ったように、私が代わるきっかけを作ったのは貴方だったんだから。貴方がいたからこそ、今の私がある」


 私は懐夢の身体を少し強く抱きしめた。


「懐夢、ありがとう。あの時私のところに来てくれて……博麗神社の生活で嫌な顔一つしなくて、そして、私の家族になってくれて」


 お礼を言うと、懐夢は顔を上げた。


「ぼくの方からも、ありがとう。身寄りのなかったぼくを引き取ってくれて、ぼくを捨てないでいてくれて、ぼくの、お姉ちゃんになってくれて……ありがとう、お姉ちゃん」


 懐夢の笑顔。何度も見ているけれど、全然飽きない懐夢の笑顔を目の当たりにすると、愛おしさが込み上げて来て、私は思わずもっと強く懐夢の身体を抱き締めた。ちょっと強く締めすぎたのか、懐夢は「痛い」って言ってきて、私は吃驚して懐夢の身体を離した。


「そういえばお姉ちゃん、気になってた事があるんだけれど、霊華さんとの最後の戦いの時に、お姉ちゃん、<黒獣(マモノ)>みたいになって、目がぼくの目と同じ色になったけれど、あれはなんだったの」


 霊華との最後の戦いのとき、霊華が神器を奪い取って復活した時に、私も同じように復活した。あの時は、霊華の攻撃を受けて、私の身体は動く気配を見せてくれなかった。けれど、途中で身体に何かが入り込んで来て、尚且つ身体の中で何かが動き出したような感覚と、色々な種類と属性を含んだ暖かい力が全身に溢れるような感覚が出て、私は起き上がる事が出来た。


 映姫と小町、そして紫によれば、あの時霊華の妹である瑠華が魂のまま幻想郷へと抜け出していたそうだから、きっと、瑠華が私の身体に来たんだろう。それだけじゃない……私の身体にはかつての博麗の巫女達の心の結晶であり、私を苦しめる原因を作っていた宿痾である『花』が取り込まれていた。復活した時には、様々な種類と属性を含んでいるような暖かい力が漲って行ったから、きっと『花』も私に力を貸してくれたんだ。


「あの時、私の身体に取り込んでいた『花』が力を貸してくれたんだわ。そして、そこに加えて、霊華の暴走を知った瑠華が私の身体に入り込んで、もっと力を貸してくれた。そうだって思ってる」


「『花』が、力を貸してくれたんだ……」


「『花』だってこの幻想郷を生きようとする意志を持っているもの。きっと、霊華に幻想郷を滅ぼさせないって、私に霊華に対抗できる力を与えてくれたんだわ。そして、暴走し、苦しんでいるお姉ちゃんを救おうと、魂だけになりながら、瑠華が駆け付けて私の中に入り込んで、私にさらに力を貸してくれた。はっきり言えば、奇跡が起きたんだと思う」


 懐夢はにっこりと笑った。


「やっぱり、紫師匠の言う通りだったね」


「というと?」


「修行してる時に紫師匠は言ってたんだ。お姉ちゃんは『奇跡の巫女』だって。お姉ちゃんは奇跡を呼び寄せる力を持ってて、幻想郷を守ってくれるって」


 奇跡の巫女。そういえばそんな事を、八俣遠呂智を倒した後の大宴会で紫に言われたような気がする。


「奇跡の巫女……か。私には過ぎた名前だと思うけれどなぁ」


「そんな事ないよ。お姉ちゃんは奇跡の巫女だったから、八俣遠呂智を倒せて、<黒獣(マモノ)>を倒せて、自分を取り戻す事が出来て、そして霊華さんを救う事が出来た。そう思ってるよ、ぼくは」


「なんだか、私が奇跡に頼らなきゃ何もできないみたいじゃない」


 懐夢は吃驚したような顔になる。


「えぇっ、ぼくそんな言い方してた!?」


 慌てる懐夢に思わず笑った。


「奇跡を起こしたのは、私じゃない。貴方達幻想郷の皆よ。皆がいたからこそ、私は奇跡を起こせたんだと思う。皆がいなかったら、きっと、奇跡は起きなかったって、思うわ」


「ぼく達が、奇跡を……」


「うん。だから私が『奇跡の巫女』なのは、奇跡を皆が力を合わせて呼んでくれるからよ。大宴会に行けば皆に会えるから、皆にまたお礼を言わないとね」


 その時、懐夢は何かに気付いたような顔になった。声をかけようとすると、懐夢はその前に言った。


「ねえ、お姉ちゃん。今日が何の日だか、覚えてる?」


 私は思い出した。

 そうだ、今日は何の日だっけ。ずっと考えていたけれど、一切思い出せない。何かあったような気はするんだけれど、どんなに考えても、頭の中に靄が立ち込めているみたいで、考え出す事が出来ない。


「それなのよ。何かあったような気がするんだけど……ねぇ懐夢、何があったか覚えてない?」


「大宴会会場に行けばわかるよ。お姉ちゃん、行こう!」


 そう言って、懐夢は私の手を掴んで雪原になった道を走り出した。ぎゅうぎゅうと引っ張られながら私は走ったけれど、その途中で考えても、やっぱり今日が何の日だったのかは思い出せなかった。まぁ懐夢曰く大宴会会場へ行けばわかるって話だから、付いていけばわかる事か。全く、何のために私を準備に行かせなかったのかな。


 そんな事を考えながら雪の積もる西の町に辿り着くと、早速私達は道行く人々に目を向けた。人々や妖怪達はこの寒波と雪が余程予想外だったのか、少し慌てた様子で、忙しなく騒いでいた。一方子供達は広場で集まって雪合戦や雪だるま作りをして遊んでいるのが見える。大人達は大変そうだが、やはり雪が降れば喜ぶのは子供達だと、私は思った。


 この楽しそうに遊ぶ子供達というのは、異変が終わった今まで見る事が出来なかった光景の一つだ。今までは幻想郷が異変に襲われて居たせいで、民の皆も戦々恐々として居て、子供達もあまり外に出る事が出来ず、遊ぶ姿を見る事は出来なかった。しかも異変の最中に<黒獣(マモノ)>が街を襲ったなんて事があったから、尚更だ。


「子供達が、遊んでいる……みんな、外に出て来れるくらいに、幻想郷に平和が戻ったのね」


「そうだよ。それもこれも、お姉ちゃんのおかげだよ」


 懐夢はそう言って、私に手を引き続けた。


「そんなお姉ちゃんの事を、みんなが待ってるんだよ。ほら、行かないと」


「わかってるから、わかってるから、引っ張らないの」


 そう言いながら手を引かれ、私は西の町の中を歩いた。やはり、思った通り、街の中は平穏を取り戻している。まるでこの前まで異変で戦々恐々していたのが嘘みたいだ。そんな中、大宴会を開くんだから、きっと八俣遠呂智の時よりも盛り上がるだろうし、楽しいだろうな。

 思っていると、あっという間に集会所の目の前に辿り着いた。街にある集会所と大して変りのない、民家と比べれば大きめに作られている、木造式の建造物だ。耳を澄ませてみると、中から色んな声が聞こえてくる。皆、集まっているみたいだ。


「さてと……私は準備をしなかったわけだけど……どんな事になってるのかしら」


「とにかく入ってみてよ。きっと吃驚するから!」


 考える暇も与えないといわんばかりに、懐夢は私の背中を押して、強引に私を宴会会場の中へと放り込んだ。思わず入り込んだ時に目を瞑り、身体が止まったところで目を開けると、私は思わず驚いた。そこにあったのは八俣遠呂智、喰荊樹、博麗霊華の異変に、一緒に立ち向かってくれた人と妖魔と神達の姿で、料理が所狭しと並べられたテーブルを囲むように座って、私の事を見ていた。


「み、みんな……」


 みんなの視線が一斉に集まっている事に気圧されていると、比較的近くにいた魔理沙が立ち上がって、私の元へと寄ってきた。


「みんな、来たぞ! 今回の主役が!」


 主役? 何を言っているのと言おうとした次の瞬間に、アリスが立ち上がって、部屋の角に設置されているピアノへと向かって行き、鍵盤に手を添えた。一体何をするつもりなのか、何が始まるのかと思ってみんなを見回していると、アリスがみんなに声をかけた。


「みんな、声を合わせて! せーの!」


 アリスの声に合わせて、私を除くすべての皆が一斉に歌いだした。すごく単調だけど、明るくて穏やかな歌。しかも、何故か私の名前が入っている。この歌は何だろうと思うけれど、同時に嬉しさにも似た気持ちが溢れ出てくる。これは、なに?



 そしてみんなが歌い終わると、静寂が集会所を包み込んだけれど、それをみんながもう一度打ち破った。


「霊夢、十八歳の誕生日おめでとう!!」


 「へっ?」と私は目を丸くした。十八歳の、誕生日? 私の、誕生日?

 魔理沙が笑顔を浮かべて私に声をかけてきた。


「紫から聞いたぜ。十八年前の今日が、お前が先代の巫女に育てられ始めた日であり、博麗霊夢としての誕生日だってな。だからこっそり、この日に合わせて大宴会を開く事にしたんだよ」


 思い出した。そうだ、今日は……私の誕生日だった。異変とかが重なってすっかり忘れてたけれど……今日で私、十八歳になるんだ……。


「じゃあ、この大宴会って……」


 懐夢がにっこりと笑う。


「異変を全て終わらせた記念と、お姉ちゃんの誕生会だよ!」


 早苗が立ち上がって、私に歩み寄る。


「さぁさぁ霊夢さん、座ってください。今日は貴方の日です。この大宴会の主役も、貴方です!」


 その時、ようやく気付いた。そうか、みんな、こんな事をするために、大宴会を私の誕生会にするために、私を準備に参加させなかったんだ。そしてみんな、私の誕生日をこんなふうに祝ってくれる……。

 まさかこんなふうに祝ってもらえるなんて。もう、誕生日を祝われる事なんてないって思ってたのに。博麗の巫女になったあの時からずっと、こんな事はないって思ってたのに。そんなふうに考えていると、視界がぐにゃりと歪んできて、頬に温かい何かが伝った。

 みんなの驚くような声が聞こえてきて、魔理沙が声をかけてくる。


「れ、霊夢どうした」


 懐夢が更に声をかける。


「もしかして、嫌だった?」


 私は首を横に振った。嫌なわけない! こんなの……こんなふうに……。


「違う、違う」


 私は涙を零しながらみんなに言った。


「こんなふうに、大勢で誕生日を祝ってもらうの、初めて、だから、嬉しくてぇ……」


 思わず、私は袖で顔を覆った。暖かい涙が袖にしみ込んでいくと同時にみんなの安堵するような声が聞こえてくる。そのうちに、魔理沙の声が混ざる。


「お前って、意外と涙脆かったんだな」


 早苗の声がする。


「それが本当の貴方なんですね、霊夢さん」


 そうだ。きっとこれが本当の私なんだろう。今まで博麗の巫女に施される術のせいで出来なかったことが、こんなふうにできる。嬉しい事を素直に喜べて、嬉しすぎる事を泣く事も出来る。それを私に与えてくれたのは……。

 そう思おうとした時に、服の裾を引っ張られるような気を感じて、私は袖から目を話し、そこに向けた。満面の笑みを浮かべた、弟の顔があった。


「お姉ちゃん、食べよう。お姉ちゃんの誕生会なんだから、思いっきり楽しんで!」


 私は涙を拭いて、頷いた。そして、戦いの際、みんなに号令するように言った。


「みんな、私からもお礼を言うわ。八俣遠呂智を一緒に倒してくれて、喰荊樹を止めてくれて、暴走した博麗の巫女を救うのを、一緒にやってくれて、そして……」


 一呼吸置くと、また涙が出てきたけれど、私は構わずに笑んだ。


「私を取り戻してくれて、私の誕生日を祝ってくれて、ありがとう!!!」


 私の声が集会所中に響き渡ると、一斉に拍手と歓声が起こった。

 そして私は、魔理沙、早苗、懐夢に連れられながら、みんなのいる場所へと向かった。その足取りは、これ以上ないくらいに軽くて、嬉しいものだった。





             *




 霊夢の誕生会を兼ねた大宴会は一時間経った今でもその盛り上がりを収める事はなかった。先日義理と言う形で娘になり、懐夢の姉となった少女、博麗霊夢を少し遠くから見ながら愈惟は微笑んでいた。霊夢はとても良い子だ。それは一緒に過ごした昨日一日だけでわかった。何より、霊夢は自分がまだ八つだった頃に亡くなった姉によく似ており、これ以上ないくらいの親近感を感じる。だからなのだろう、霊夢との暮らしは悪くないと感じれるのは――。

 そう思いながら飲み物を口に運ぶと、隣の方から声が聞こえてきた。


「愈惟」


 あまり聞き覚えのない声色。誰だろうと思って顔を向けたところで、愈惟は驚いた。声の主は、幻想郷の大賢者を務める妖怪、八雲紫だった。


「紫様!」


「様なんてつけなくていい。紫でいいわ」


 そう言って、紫は愈惟の隣に腰を下ろした。


「その様子だと、あの子……霊夢とは上手くいったみたいね」


「はい。霊夢とは無事に……家族になる事が出来ました」


「そうでしょう。あの子は本来のあの子を取り戻す事が出来た。そして、元の霊夢がこの幻想郷で暮らしていくには時に支えてくれる人が必要不可欠だった。そこに、貴方達を選んだのよ。閉ざされていたあの子の心に、張りこむ事が出来た懐夢と、その親である愈惟、貴方を」


 愈惟は苦笑いする。


「私達なんかでよかったのでしょうか。もっと適性のある人達が……」


「それが貴方達だったと言っているのよ。貴方達は、霊夢が誰よりも心を開いている人達……だから、これから霊夢をお願いするわね。急なお願いかもしれないけれど」


「ちょっと不安ですが、上手くやっていきます。私も、娘が出来たみたいで、嬉しいですから」


 その時、紫は何かに気付いたような顔になって、愈惟を見つめた。いつの間にか見つめられている事に愈惟は首を傾げ、紫に声をかける。


「紫さん? どうなさったんですか」


「ねぇ愈惟。貴方、瑠華と言う名前を知らないかしら?」


 愈惟は目を見開く。


「瑠華……『百詠瑠華』でしたら私の祖母、懐夢から曾祖母にあたる人の名前です」


「百詠……瑠華!? 貴方の祖母が、瑠華!?」


 愈惟は顔を少し遠くにいる霊夢に向ける。


「それに、あの霊夢ですが……亡くなった姉によく似ているんです。私が八つほどの時に亡くなった姉に……」


「貴方のお姉さんですって? その人は、どうなっていたの」


 愈惟の顔に少しだけ悲しみが浮かぶ。


「山奥で、死体になってました。手紙に赤子を抱えて向かうとありましたから、その時、赤子を抱えていたそうなのですが、姉もその夫も赤子を抱えていなかったらしくて……」


 愈惟は紫に顔を向けた。


「紫さん、何故貴方はこのような事を私にお聞きになるんですか」


 紫は納得したような表情を浮かべた後に、目を覆った。口元には笑みが浮かんでいる。


「そうか……そうだったのね……だから霊夢はあんなに強くて、懐夢も博麗の力を使う事が出来て、愈惟はあんな状況でも生き残る事が出来た……」


 独り言を呟く紫に愈惟は首を傾げる。


「あの、紫さん?」


 紫は目元を袖で拭って、顔に笑みを浮かべた後に愈惟の手に自らの手を伸ばした。


「愈惟……不仕付けな事を言うかもしれないけれど、どうか、貴方の祖母、懐夢の曾祖母の孫でいる事を、誇りに思ってくれないかしら」


 愈惟は柔らかな笑みを浮かべる。


「誇りに思っていますよ。私の祖母が、大蛇里の初代の村長なんですから。祖母がいたから大蛇里はあって、今まで続いていく事が出来た。私の母……懐夢の祖母は、瑠華を目指して村長になって、私も瑠華を目指して、村長を志したのですが、大蛇里はその前に……」


 紫は首を横に振った。


「いいのよ。貴方達が生き残ってくれただけで、私は嬉しいの。これからも、しっかり生きて頂戴」


「はい。これからは霊夢と懐夢と共に、しっかり生きていきます。大蛇里の皆、矢久斗の分まで」


 愈惟がにっこりと笑むと、紫は思わず泣きそうになった。


「あぁやはり……そっくりだわ……」


 紫は立ち上がって、霊夢と懐夢の元に向かった。それまで他の者達と他愛のない会話をしていた霊夢と懐夢は、紫が近付いてきた事に気付き、顔を向ける。


「あぁ紫。おかあさんと何を話してたの」


 紫は何も言わず笑み、腰を落として、両手で霊夢と懐夢を抱き寄せた。紫のあまりに突然な行動に一同は驚きの声を上げ、抱かれた霊夢と懐夢は慌てる。


「ちょっと紫、何をして……」


「師匠? どうしたんですか」


 紫は首を横に振り、二人を更に抱き締めた。


「霊夢、懐夢。ありがとう、この世界に、幻想郷に生まれてきてくれて」


 二人は突拍子もない言葉に反論したくなったが、紫の穏やかな笑みを見て、そうは思わなくなった。紫は二人の事を抱き締めて、かつての子供達の事を思い出しながら、心の中で呟いた。


(霊華、瑠華。貴方達の血は途絶えてなんかいない。ここでこうして、しっかりと生きているわ。そしてこれからもきっと、続いていくわ)


 紫は二人を抱き締めながら、言った。


「霊夢、懐夢。これまでいろんなときに貴方達と接してきたし、親交を深めて来たけれど、改めて、言わせてもらえるかしら」


 霊夢と懐夢は背後の紫に顔を向ける。


「なに、紫」


「なんですか、紫師匠」


 紫は少しだけ涙を流しつつ、顔に笑みを浮かべた。


「幻想郷を救ってくれて、ありがとう。……愛しているわ、二人とも」


 これまで霊華にしか口にしなかったその言葉に、霊夢と懐夢、そして一同は驚いて言葉を失ったが、やがて霊夢が微笑んで、言った。


「いいえ、私こそ。貴方には何度も助けられた。それに……」


 霊夢は周囲を見回した。どこを見ても、八俣遠呂智の時から霊華の時まで一緒に戦い続けてくれた仲間達の姿がある。かつては異変を起こして、自分に退治されて、自分の友人や知り合いになった者達。その者達は今、幻想郷に危機が訪れれば、力を合わせて戦ってくれる、これ以上ないくらいに頼もしい仲間達になった。


 胸に手を当てて、この異変の記憶を探れば、どの記憶にも仲間達の姿がある。この異変は仲間達がいたからこそ解決できた異変……その仲間達との記憶を思い出すだけで、心の中で感謝の気持ちが溢れてくる。


「私は何度も貴方達に助けられ、そして誕生日を祝ってもらった。貴方達全員、私の大切な人々……改めて、言うね」


 霊夢は感謝の気持ちを心から身体へ移し、言葉として、仲間達に贈った。




「ありがとう。みんな、みんな、大好きよ」




 幻想郷を守りし者――博麗の巫女、博麗霊夢。幻想郷を守るためだけに生かされていた『人形』から、『人間』へと戻った少女。

 その新しい(じんせい)が、産声を上げた瞬間だった。





                            ≪東方双夢譚・おわり≫


東方幻双夢、これにて完結。

元ネタや解説と、後書きを投稿し、この小説は完全に完結となります。



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