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東方幻双夢  作者: クシャルト
完結編 最終章 博麗の巫女
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第百四十三話

 霊夢と懐夢。二人の放った最後の術。その術によって放たれた波動の嵐は博麗霊華を、そして博麗神宮を呑み込み、消し飛ばした。主を失った式神、博麗神宮が崩落を開始した時に、一同には飛べるだけの力が戻ってきており、即座に退避。博麗神宮の崩落から逃げ去った後に、強力な閃光が発せられる、博麗神宮の方へ目を向けた。その強さのあまり、霊夢と懐夢の姿も、そして霊華の姿も確認する事が出来ない。


 博麗神宮が崩落した事により、霊華は霊夢と懐夢に敗れたのだとわかった。しかし、三人がどうなったのかまでは把握できない。何より、あの二人は臨界付近にまで術の出力を上げて霊華に叩き込んだ。そんな事をしたらどうなってしまうのかまでは、考えられない。まさか、霊華と共に死んだのではと一同の心がざわついた時に、突如、上空で巻き起こっていた閃光と波動の嵐が収まり、消えた。

 驚いた一同がその中へと目を向けてみれば、そこにはぼろぼろになった霊夢と懐夢。そして、霊夢の抱きかかえられている霊華の姿があった。……三人は生きていた。


 一同は声を上げずに霊夢達に近付こうとしたが、他の者達よりも先に紫が飛び出し、霊夢達の元へと駆けつけた。紫は声を出さずに、霊夢に抱えられている霊華の身体を見つめた。至る所傷だらけだったが、髪の毛の色は元通りの黒に戻り、その胸からは、呪いにも等しき紋様が姿を消していた。

 霊夢は何も言わない紫に、何も言わないまま霊華の身体を差し出した。紫は頷いて霊華の身体を受け取り、そっと抱き上げた。何度も抱き上げてきた霊華の身体だったが、今回はより一層重く感じた。


「霊華」


 そっと声をかけてやると、霊華の口元がわずかに動き、声が漏れた。そして、ゆっくりとその瞼が開き、光を取り戻した赤茶色の瞳がその姿を現した。

 その瞳の中に、かつての母の姿が映り、霊華は記憶を取り戻してから一度も口にした事のなかった言葉で、紫を呼んだ。


「おかあさん……」


 母は小さく答えた。


「おはよう霊華。やっと目を覚ましたのね」


 霊華は首を動かして、周囲を見回した。そこにいたのは、敵だと思っていた者達だった。


「私は……そっか……私、負けたんだ……」


 霊夢が頷く。


「えぇ。残念だけど、私達の勝ちよ、霊華」


 霊華はもう一度「そっか」と言って、視線を母へと戻した。

 母は静かな声で言った。


「霊華……貴方は前まで妖怪を平気で殺すような子だった。だけど、今回貴方は一人も死者を出す事が無かった。それは、どうしてかしら」


 霊華は譫言のように言った。


「わからなくなったんだ」


「わからなくなった?」


「……私はずっと、妖怪なんか滅んでしまえって思ってた。その思いのまま、戦い続けるつもりだった。だけど、戦ってる最中で記憶を失っている間に霊夢と懐夢と一緒に暮らした記憶が出てきて、わからなくなったの。あの時、すごく楽しかった。人間と妖怪の間に生まれた子供とか、とても素晴らしいって思ってた。妖怪と生きるのが、楽しくて仕方なかったんだ。その時の記憶が一気に溢れてきて、頭の中で混ざり合って……そしたら、何が正しいのかわからなくなっちゃった……自分のしてた事が、思ってた事が正しかったのか、わからなくなっちゃった……」


 霊華の瞳に涙が浮かぶ。


「今の幻想郷が本当に素晴らしくて、滅ぼしたくなくなっちゃった。人と神の世界に作り変えたく、無くなっちゃった。何が何だか、わからなくて、妖怪とか、殺せなくなってた……」


 霊華は不安そうに母に訴えた。


「ねぇおかあさん……私ってどうすればよかったのかな……何をすればよかったのかな……」


 紫は溢れ出て来そうな涙をこらえて、子に言った。


「……貴方はね、悪い夢を見ていたのよ。貴方の胸にあったものが、貴方にずっと悪い夢を見せ続けていたの。……貴方自身では目覚める事が出来ないようになっている、悪い夢を……」


 紫はそっと、この額に手を添えた。


「でも、貴方の身体からそれは消えた。だから貴方は目を覚ましたのよ」


 霊華は目を閉じて、軽く深呼吸をした。


「そっか……家族を殺されて、その時に決意をして身体に刻んだあの紋様……あれが全部の失敗だったんだわ……。

 何にもわからなくなってた……皆の事も……おかあさんの事も……かつて自分が目指したものも……みんなわからなくなってた」


 懐夢が小さく言う。


「それでも……そこまで霊華さんを追い詰めてしまったのはぼく達妖怪です……」


 霊華が答える。


「そうね……だけど、私に幻想郷の素晴らしさを教えてくれたのも、貴方達妖怪だわ……人間と神がわかり合えるように、人間と妖怪もまた、わかり合える……」


 霊華は周囲を見回した。


「私が目指した世界は……一番最初に目指した世界は……人と妖怪と神が一緒に暮らす世界だった。皆が一緒に暮らして、一緒に手を取り合っていける世界……だった。でも私は勝手に人と神が一緒に暮らせる世界の方がいいって思って……沢山の妖怪達を殺した……」


 紫が言う。


「それも、元はと言えばわかり合おうとしなかった妖怪のせいよ。貴方のやった事は確かにこれ以上ないくらいに悪い事だったけれど、良い竹箆返しになったわ。おかげで、こうして人間と神と妖怪は共に暮らせる世界は実現したのだから。でもね、この世界を実現させるきっかけを作ったのは、実は一人の人間だったの。誰だと思う?」


 霊華が首を傾げる。


「……誰?」


 紫は微笑んだ。


「……瑠華なのよ。貴方が博麗の巫女になってから、私達から離れた瑠華が、人間と妖怪が一緒に暮らせる村を作って、その文化を人間と妖怪が一緒に暮らしていける事を、幻想郷中に広めたの。そして、瑠華を筆頭に、人間と神と妖怪が一緒に手を取り合って暮らしていける世界が、実現した……」


 霊華は驚いたように目を見開き、やがて穏やかな顔をした。


「そっか……瑠華が……私が出来なかった事を……瑠華がやってくれたんだね……」


 紫が懐かしむような顔になる。


「そうよ。貴方達はずっとそうだった。霊華が出来ない事を瑠華が出来て、瑠華が出来ない事を霊華が出来る。貴方達は常にそうやって、互いを補い合い、生きてきた。……それは貴方達が別れた後も、変わらなかったのね……」


 霊華が何かを思い出したような顔になる。


「あぁそうだ。私が負けた時に、瑠華の声が聞こえたの。それに、あの時は瑠華がすぐ傍にいて、私の事をがっちり固めているような感じがして……」


 映姫と小町がハッとしたように言う。


「まさか……抜け出した魂って……」


「霊華の妹さんだったのか……」


 霊夢と懐夢もまた、驚いたような顔になった。あの時、突然霊華を叩いてがっちり抑え込み、叱咤激励をしてくれたのは、紫から聞いている、霊華の妹である瑠華だったらしい。


「瑠華が……霊華を止めに来た……?」


 紫は目に涙を浮かべたまま苦笑いした。


「あの子……まさか貴方を止めに……本当に昔から、身の程知らずの無茶をする子……」


 霊華が穏やかに笑う。


「やっぱり瑠華は、私が困ったら助けに来てくれる人だったんだ……瑠華も……私が悪い夢から起きるのを手伝ってくれたんだね……それに、よかった……瑠華が私の望んだ世界を、私の代わりに完成させてくれて……いっぱいお礼をしないと……こんなに素晴らしい世界を作り上げた……お礼を……」


 霊華はまた何かを思い出したような顔をした。


「あぁそうだ。ねぇおかあさん、おとうさんは? おとうさんはいないの」


 霊夢、懐夢、霊紗、紫がハッとして、俯いた。

 おとうさん。凛導の事だ。まさか凛導が狂った後に死んでしまったとは言えない。いや、死んでしまった事は告げなくてはならないけれど、狂っていた事は……。

 紫は小さな声で言った。


「ごめんなさい……おとうさんは死んでしまったの。貴方が、記憶を取り戻す前に……」


 霊華は一瞬目を見開き、やがて戻した。


「そうなんだ……おとうさん……会いたかったな……」


 霊紗が霊華に近付き、腰を落とした。


「お前のおとうさんは死んでしまったよ。だけど、最期の時まで、お前の事を愛していた。お前を、想っていたよ……」


 霊華は驚いたような顔をした後に、嬉しそうな顔をした。


「そっか……でもよかった。私、こんな事をしてしまったから、おとうさんに嫌われたんじゃないかって思ってたんだけど……よかった……」


 霊華はそっと顔を傾けて、一同の方を見た。


「みんな……ごめんなさい。散々迷惑をかけたわね……今なら、貴方達の方が正しかったって……思えるわ……そんな貴方達と、また暮らしてみたかったな……」


 懐夢が言う。


「暮らせます! 霊華さんも一緒に帰りましょう! そしてまた一緒に……」


 霊華は首を横に振った。


「それは出来ないわ、懐夢」


 その時、一同は気付いた。霊華の身体が無数の光となって、徐々に崩れつつあった。霊華と言う存在が、消えかかっている。

 霊夢が悲鳴を上げるように言う。


「霊華、貴方、身体が……!」


 霊華はうんと頷いた。


「私の身体にあった紋様が消えて、そのツケが回ってきた……あれだけ高出力の術を撃った反動が、私の身体に帰って来てるのよ。だからもうじき、私は消える」


 一同がざわめき出し、懐夢が呟くように言う。


「そんなっ……」


 霊華は溜息を吐いた。


「……生きてみたかったなぁ……かつて私が望んだ世界を……みんなが手を取り合って暮らす世界を……でも私は沢山悪い事をしてしまった……そんな権利は……ないんだろうね……」


 霊華は霊夢の方へ顔を向ける。


「……霊夢」


 霊夢は拳を握りしめながら、答える。


「なに」


「これからの幻想郷をお願いね。貴方ならきっと、この幻想郷を守っていけるわ。だって貴方は、こんなにも沢山の人に愛されているんだから。貴方は私から受け継いだ力を持ってる……その力で、これからもみんなを……幻想郷を守ってあげて……そして、懐夢と末永く……仲良くね……」


 言われた瞬間、霊夢はぶわっと涙が押し寄せてくるのを感じて、思わず顔を袖で覆った。

 続けて、もう既に泣きそうになっている懐夢に、霊華は声をかけた。


「懐夢」


「なんですかっ……」


「貴方を見た時から、貴方は誰かに似てるって思ってた……貴方は瑠華によく似ているんだわ。瑠華みたいにとは言わないけれど、貴方も霊夢と仲良く、助け合って、そして貴方も霊夢と同じで、私の力を受け継いでいるんだから、幻想郷と、貴方を愛してくれるみんなを守って頂戴……」


 とうとう、懐夢はぼろぼろと涙を流して泣き出し、頷いた。


「はいっ。まかせてくださいっ」


 紫が霊華の名を呼び掛ける。


「霊華……ッ」


 母の目から、とうとう涙が零れ、頬に落ちた。しかし、それはまったく冷たくなく、とても暖かかった。


「……おかあさん。ごめんなさい。ずっと、ずぅっと、迷惑をかけて、ごめんなさい」


「いいの。いいのよ。全ては私がいけなかったの。私が貴方を守ってあげられなかったから……貴方はあんなに苦しんで……こんな事に……」


「ううん。おかあさんは悪くない。全部悪いのは、私だよ。何の償いも出来ないけれど……本当に、迷惑をかけてごめんなさい。でもおかあさん」


「なぁに」


「……ありがとう。私達の事を、育ててくれて……私を博麗の巫女にしてくれて……。

 苦しい事も、嫌な事も、沢山あったけれど、それでも私、おかあさんがおかあさんで本当によかった」


 力ない霊華の言葉を受けて、一同は静かにその目に涙浮かべた。

 紫はぼろぼろと涙を零しつつ、霊華の身体をきつく抱きしめた。


「私こそ、私こそ、貴方達に出会えて本当によかった。貴方達と一緒にいた時が一番、私が生きてきた中で輝いていた。貴方達と一緒にいる時が、一番幸せだった。

 貴方に、貴方に出会えて本当によかった。ありがとう霊華。血の繋がってない私をおかあさんって言ってくれて……私と一緒にいてくれて……生まれてきてくれて、本当にありがとう」


 霊華は抱き締められて、母の温もりを身体いっぱいに受けながら、言った。


「……もうすぐ、瑠華とおとうさんのところに逝けるんだ……瑠華とおとうさんに逢えたら……沢山話さなくちゃ……いっぱい……いっぱい……」


 霊華は途中で言い留まり、紫に再度言った。


「でもねおかあさん、ちょっと不安なんだ……」


 紫は霊華の身体を少し遠ざけて、その顔を見つめた。


「不安?」


「うん。無事に瑠華とおとうさんのところにいけるかどうか、不安なんだ。私……二十三歳になったけれど……おかあさん、小さい時に私達にやってくれたおまじない、してくれるかな……」


 紫は涙を零しながら頷き、笑み、霊華の額に手を添えて、優しく撫で上げた。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 母に撫でられながら、霊華はそっと深呼吸をし、安堵しきったような表情を顔に浮かべて、囁くように言った。


「ありがとう、おかあさん。私はいつまでも、おかあさんの子供だよ……」


 紫は再度霊華の身体を抱き締めて、その髪の毛に顔を埋めた。


「そうよ。貴方は私の……愛おしい子供……」


「……おかあさん、今までごめんなさい。だいすき」


「えぇ……私も大好きよ、霊華。愛してるわ……」


 母と子の、最期の会話。それが終わると、霊華の身体は瞬く間に光となって紫の胸の中で弾けた。そして、ふわりと無数の羽のような形となって、空へ昇って行った。


 幻想郷を滅ぼそうとした恐るべき存在、<災いの巫女>。天照大神の一族の最後の末裔であり、八雲紫の娘。かつて幻想郷を今と全く同じ形にするために奮闘した、博麗の巫女。

 その命が燃え尽きた光景がはかなく、切なく感じられ、それまで霊華と戦闘を繰り広げていたにもかかわらず、一同の一部は声を上げて、一部は声を上げないように、泣いた。


 八俣遠呂智から始まった、幻想郷を襲い続けた史上最大の異変の数々。その全てが終わった事を告げるかの如く、夜明けが始まり、空が明るくなっていった。


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