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東方幻双夢  作者: クシャルト
完結編 最終章 博麗の巫女
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第百四十二話

 霊夢達は博麗霊華との戦闘を、最後の戦いを開始した。

 霊華の力は神器を取り込んだ事により増幅されてはいるものの、妖魔達の攻撃を防いでしまうあの障壁の再発生は確認されていない。つまり今の相手は、攻撃力が高くなっているが、防御力面はほぼ無防備と言っていい状態だ。それに紫の話を聞く限りでは、霊華は本来の姿を取り戻しているとの事。


 それはつまり、もう霊華にも後がないという事だ。ここで倒す事に成功すれば、霊華はもう抵抗する手段を失う。――今こそが霊華を倒して平和な幻想郷を取り戻す最後のチャンスだ。

「何としてでも霊華を倒し、幻想郷を取り戻す」、一同はそう心の中で決意をし、天照大神のごとき姿になった霊華との戦闘を、開始した。


「博麗霊華……絶対に止める! みんな、戦闘を開始して!!」


 霊夢の高らかな号令を受けて一同は散らばり、霊華を囲むようにして陣取った。しかし、霊華は全くと言っていいほど動じず、辺りをきょろきょろと見回すだけだった。動きを見せない霊華に目を向けつつも、霊華を囲んだ者達は一斉にスペルカードを発動させ、霊華に向けて光弾と熱弾で構成された猛烈な怒涛を放った。

 隙間も逃げ場もない絨毯攻撃。流石の霊華も二十人近くから発せられる弾幕は回避できまいと一同がそう思った時に、霊華は右手に天羽々斬を、左手に天叢雲剣を構え、姿勢を低くした。


「真断神「刃鼠斬舞」!!」


 霊華が乱舞するかの如く二つの神器を振るうと、迫り来ていた全ての弾が空中で静止した。そしてその次の瞬間に弾は向きを霊華から一同の方へ翻し、直進を再開。隙間のない絨毯弾幕は放った一同へ襲い掛かる。弾幕まで跳ね返されるのは想定外だったのか、弾幕で霊華を攻撃しようとした二十人の者達は跳ね返った弾幕に呑み込まれ、落ちて行った。

 いきなり二十人が落とされた事に、残った者達が震えあがるや否、霊夢は素早く指示を下す。


「回復術が使える人、降りて落された人達の回復をお願い!」


 霊夢の指示を受けた、回復術を持つ者達は頷いて降下。落ちて行った者達の元へ向かい、その傷の治療を開始した。その最中、魔理沙が後ろ頭に手を当てる。


「くそ、霊華のスペルカード、さっきよりも強くなってるぜ」


 霊夢は頷いた。先程落された者達が放った弾幕は、一発一発の威力は低いもので、跳ね返されても致命傷には至らない程度の威力のもののはずだった。しかし霊華の攻撃で跳ね返った弾幕を浴び、深刻なダメージを受けて落されたという事は、あの弾幕に霊華の神力が上乗せされていたとしか考えられなくなる。


 今までは単純に跳ね返すだけのスペルカードだったが、強化された今は跳ね返す際に神力を上乗せして、倍の威力にして放つというものに強化されているらしい。しかもあの霊華の神力はこれまでのどの敵よりも強いもの……それを喰らおうものならばひとたまりもない。


「みんな、気を付けて! 霊華のスペルカードで跳ね返されたら、倍の威力になって飛び道具が帰って来るわ! 弾幕や飛び道具で攻撃する時は、跳ね返される事を頭の中に入れて頂戴!」


 霊夢の指示を受けた一同は頷き、その内の一人であるフランドールが炎剣を手に、霊華へ急接近した。


「飛び道具が駄目なら、接近戦よ!! 禁忌「レーヴァテイン」!!」


 フランドールが勢いよく炎剣を振り回すと、燃え盛る刃が霊華の元へ迫る。全てを焼き焦がさんとする刃は瞬く間に霊華の元へ到達し、その身体を炎で焼き焦がして斬り裂こうとした次の瞬間、燃え盛る刃は鉄と鉄がぶつかり合ったような轟音を立てて、その動きを止めた。


 いつのまにか、霊華と炎剣の間には、鏡のような円形の盾が出現しており、その盾の姿を見た霊夢は驚いた。あれは、先程まで自分が使っていた八咫鏡だ。あれが攻撃を防いでいるという事は、霊華は八咫鏡を盾にするという方法を思い付いたらしい。まぁ元から盾のように使えそうだと思えるものだったため、使用方法は間違っていないだろう。


 直後、霊華は炎剣を八咫鏡で抑え込んだまま後退し、天羽々斬と天叢雲剣の柄尻同士を合体させて、先程まで使っていた武器のような形状にすると、そのまま弓のような形に変形させ、光で形成された弦を引いた。


「真撃神「虎光雷槍」!!」


 宣言の直後、霊華は弦を離して矢を放つ。直後、矢は黄金の雷で構成された虎へ姿を変え、フランドールへ突進。フランドールが回避しようと動き出した瞬間に、雷撃の猛虎はその身体に噛み付きかかり、雷撃の大爆発を引き起こし、フランドールを呑み込んだ。猛烈な閃光と轟音が巻き起こり、猛虎は消滅したが、爆発に呑み込まれたフランドールは満身創痍となって地面へと落下した。

 悍ましいまでの力を持つ吸血鬼であるフランドールが撃破された事に一同は息を呑み、再度震え上がったが、フランドールと同じ紅魔館に務めるパチュリーが、落ちて行ったフランドールを追って地面へ着地、回復術による治療を開始した。


 出来るだけ高出力の攻撃をぶつけ、逆に攻撃されたら即座に回復、出来るだけ多くのダメージを霊華に与える作戦を続けるつもりでいるが、霊夢はどうも不安で仕方がなかった。霊華はあのとおり神器を得た事によりこれまでにないくらいの力を得て、爆発的な火力を用いて、こちらの攻撃をものともせずに撃墜させてくる。


 しかも霊華は先程、回復術を持っている事を自分達に教え、更に回復術はあの紋様から無限供給される神力を使っているため、紋様がある限りは無限に回復する事が出来る。今のところは攻撃されたら回復し、サイド攻撃を仕掛けるという持久戦のような戦術を取っているが、それで霊華が倒せるとは思えないし、何より自分達の妖力や霊力、神力は有限だ。神力無限の霊華に持久戦で勝てるはずがない。


 霊華に勝つにはやはり戦法を変える必要がある。霊華の無限神力の供給源はあの胸に刻まれている紋様……あれを何とかして消し去る事が出来れば、霊華の無限神力は消え果て、霊華の神力は有限になる。そうなれば持久戦でも勝てるが、そうなったら回復される前にありったけの火力をぶつけて倒してしまう方がいいだろう。


 だが問題はあの紋様はどうやったら消す事が出来るのか、だ。これまで散々霊華にダメージを与えたのに、あの紋様だけは傷付いている様子を見せていなかったし、どんなに攻撃を重ねても消えやしなかった。そもそもあの紋様の正体が掴めていないため、どのような攻撃を仕掛ければ消えるのか、不明だ。


 霊夢は一呼吸を置くと、かつて天照大神の一族の末裔である博麗一族に仕えていた唯一の妖怪であり、霊華をあそこまで育て上げた張本人である紫に声をかけた。


「紫、あいつの紋様の正体は?」


 紫は目を細めて、戦闘を続けている霊華の胸元に目を向ける。


「あの紋様は、天照大神の一族だけが持つ紋様を混ぜて、霊華が独自に開発した紋様だわ。その効果はわかるとおり、霊華に無限の神力と生命力を与えて、霊華が目的を果たすまでその身体を死なせない……」


「そんなものはわかりきってるわよ。あんなものがあったら、どんなに戦っても勝ち目がないわ。対処策みたいなのは何かないわけ」


 紫は口元を覆う。


「方法と言えば、過度な攻撃を仕掛けて紋様を完全に粉砕するかだけど……でも貴方達の持ちうる攻撃力だけじゃ全然足りない。どんなに力を込めて彼女の身体をぼろぼろにしたところで紋様の力の方が勝ってしまう」


「じゃあどうすればいいのよ」


 紫は何かを考え込むような姿勢になり、顎に手を添える。


「……元を辿ればあれも神力であるし、天照大神の力が継続されて、若干の変異をしたものが博麗の巫女が持つ、調伏の力……もしかしたら、最初に行った事が再度有効かもしれないわ」


「最初に行った事、ですって?」


「えぇ。私達はあの子と再戦した時に、神器の力を使って霊華の身体を覆う障壁を打ち消したじゃない。あの時と同じ原理であの子の紋様、というかあの子自身に向けて強大な博麗の巫女の力をぶつける事を出来れば、あの子の紋様を打ち消す事が出来るかもしれない」


 そういえば、霊華と再戦する際にやった事と言えば、霊華の神力の障壁を神器の神力で打ち消した事だ。神力と神力をぶつける事で、対消滅を招く……それが霊華のあの紋様にも適応されるというのであれば、それこそが霊華に勝つ唯一無二の方法かもしれない。


 しかし、ここで一つ問題が浮かび上がる。先程、霊華の障壁を撃ち管事が出来たのはこちらが神器を持って、神力を放つ事が出来たからだ。今となっては神器は霊華の持ち物。神力をぶつける方法などどこにもないに等しい。神奈子や諏訪子はいるけれど、彼女達の神力では確実に押し負けてしまう。


「でもどうするっていうのよ。神器は全部霊華に持って行かれたのよ? 神器なしじゃ、私達が神力を放つ方法なんか……」


「聞いてなかったかしら、霊夢。天照大神の力は神力であり、天照大神の力から変異して生まれたのが博麗の巫女の力なのよ。この場に博麗の巫女の力を使う事が出来る人が、二人もいるじゃない」


 そう言われて、霊夢は気付いた。そうだ、博麗の巫女の力を使える者は確かに二人この場にいる。一人は自分事博麗霊夢、もう一人は男性であるはずなのに、博麗の巫女と同じくらいの出力の博麗の力を使いこなす事の出来る、博麗懐夢だ。もし自分達の持つ博麗の力で霊華の神力を対消滅させる事が出来るのだとすれば、勝機が見えるはずだ。


「その話、まさか嘘とか言わないわよね?」


 紫は険しい表情で言った。


「私を誰だと思っているの。私は博麗一族の家来になった妖怪……博麗一族の事ならそこら辺の人の何十倍も知識があるわ」


 霊夢は紫の瞳に、懐夢が真実を言う時に浮かべると色と同じ色が浮かんでいる事を察して、紫が嘘を言っていない事を確認。にっと笑って紫に言った。


「わかったわ。その知識、信じさせてもらうよ。私と懐夢で、出力を臨界まで高めるわ」


 霊夢は懐夢を呼び寄せて、指示を下す。


「懐夢、どうやら勝利の鍵は私達が持つ博麗の力だけみたいなの」


「ぼく達の、博麗の力?」


「そう。だからみんなに霊華を引きつけてもらって、私達はその間に博麗の力を思いっきり高め続けるの。私は臨界までやるつもりだけど、貴方も自分の限界を超えるつもりでやってくれるかしら」


 懐夢は首を横に振った。


「ぼくも臨界までやるよ。お姉ちゃんだけにそんな事はさせないんだから」


 いつも以上に頼もしく見える弟の姿を目にして、霊夢は微笑んだ後に一同に声をかけた。


「みんな、もっと頑張って! 色んな術を最大出力にしてぶつけるのよ!!」


 霊夢の声を聞いた一同は頷き、凄まじき神力をその身に纏う霊華に狙いを定めて、スペルカードを連続で発動させた。まず、慧音と妹紅、レミリアと咲夜、神奈子と諏訪子が霊華に向けて放つ。


「天罰「スターオブダビデ」!!」


「銀符「シルバーバウンド」!!」


「終符「幻想天皇」!!」


「藤原「滅罪寺院傷」!!」


「御柱「ライジングオンバシラ」!!」


「鉄輪「ミシカルリング」!!」


 六人からそれぞれ違う属性、形の熱弾と光弾の弾幕嵐が放たれ、怒涛の如く霊華の身体を呑み込もうと迫った。辺り一面を覆い隠す弾幕が迫り来ても、霊華はまるで動じる気配を見せつけず、そればかりか、弾幕の第一弾が直撃しようとしたその次の瞬間に、スペルカードを発動させた。


「真風神「風馬疾天」!!」


 宣言の刹那、霊華は暴風に身を包んで前方へ突撃を開始した。霊華を包み込む暴雨府はまるで白馬のような姿へと変化し、迫り来る様々な光弾や熱弾を紙屑のように吹き飛ばして突き進み、やがて弾幕を放っていた者達の元へ辿り着き、撥ね上げた。風の白馬にはねられた者達は縦回転しながら上空へ吹っ飛ばされ、そのまま地面へと勢いよく落ちて行った。


 かつて八俣遠呂智や喰荊樹の討伐のために共に戦った仲間達が次々落ちて行く光景を見つつ、霊夢と懐夢は力を溜め込み、より大きなものへと増大させていた。幸いなのか、霊華は仲間達と戦う事に集中しきっていて霊夢と懐夢が力を溜め込んでいる事に気が付かない。しかしその事には戦う者達のうちの一部が気付いており、霊夢と懐夢の力が最大以上になるまで霊華の気を引き続ける事に集中していた。


 その中の一人である妖夢が白楼剣で霊華の背後から斬りかかる。普段ならばもう片手に楼観剣を携えているのだが、楼観剣は折られてしまったために使えない。それを天叢雲剣で補っていたのだが、それもまた奪われてしまったために、白楼剣一本で戦う事になってしまった。しかし妖夢はそれをほとんど気にせずに、白楼剣に力を込めて、一気に霊華との間合いを詰めた。


 そして霊華の背中に白楼剣の刃が食い込もうとした瞬間に、鋭い金属音のような音が鳴り響き、白楼剣はその場で静止した。霊華と白楼剣の間に、フランドールの炎剣を防いだ八咫鏡が再びその姿を現していた。しかもフランドールの時と違って、八咫鏡からは炎の結界のようなものが発生しており、白楼剣を紅く染め上げていた。


「それで隙を突いたつもりか」


 霊華は天羽々斬を手放すと、両手で天叢雲剣を握り、動きを止めている妖夢に狙いを定めつつ、身体をぐるりと、回した。同時に天叢雲剣がすさまじい閃光と赤い雷撃をその身に纏う。


真神技(しんじんぎ)天叢雲斬(てんそううんざん)」!!」


 霊華が宣言しつつ身体を勢いよく回すと、遠心力を纏った天叢雲剣の刃が妖夢の身体に叩き付けられた――と思われた瞬間に、天叢雲剣はまるで妖夢の白楼剣が八咫鏡に止められた時のように、妖夢に届く寸前で轟音と共に停止。


 いつまで経っても痛みや衝撃がやってこない事に、身体を固くしていた妖夢はきょとんとして目を開いたが、そこで大いに驚いた。自分と天叢雲剣の間に、見覚えのある人影が現れていて、天叢雲剣を抑え込んでいる。意識をはっきりさせて目を凝らしてみれば、そこにいたのは自分に剣技を教え込んでくれた師匠であり、唯一無二の祖父である妖忌だった。


「お、お祖父様!?」


 妖忌は二本の刀を両手に構えて天叢雲剣を防ぎつつ、孫に声をかけた。


「馬鹿者、何をしとるか! さっさと離れて体勢を整えろ!!」


 妖夢は思わず頷き、バックステップを行って妖忌と霊華から大きく離れた。直後に妖忌は力を緩めて霊華の天叢雲剣を上に飛び出して回避、同じようにバックステップをして妖夢の隣に並んだ。


「お祖父様……」


「全く、大賢者達と共に突入してみればこの有様か。あの巫女め、神器をこちらから奪い取るとは……!」


 妖忌が妖夢に声をかける。


「妖夢、俺はお前に一刀流でも戦えるよう指導したはずだ。俺は二刀流で戦わせてもらうが、一刀流で戦って見せろ!」


 妖夢は一瞬きょとんとした後に頷き、表情を引き締めて、白楼剣を両手で握り、祖父の隣に並んだ。


「はい、お祖父様!!」


 妖忌と妖夢。半人半霊の二人の姿を目にして、霊華は再び右手に天羽々斬を、左手に天叢雲剣を構えた。


「貴様は確か、私が封印される寸前の戦いで私に立ち向かった……!」


「魂魄妖忌だ。覚えておけ!!」


 妖忌はそう叫ぶと、二本の刀に光を宿させて霊華に急接近、目の前から技を仕掛ける。


「断霊剣「成仏得脱斬」!!」


 宣言と共に、妖忌は×印を描くように剣を交差させて、霊華の身体を切り裂いた。本来の姿を取り戻してからの霊華でも、そのあまりの速さに太刀筋が見る事が出来ず、妖忌の攻撃を諸に受けて、後方へ吹っ飛ばされた。その隙を突いて、妖夢が妖忌の背後から飛び出し、霊華へ急接近した後にすかさずスペルカードを発動させる。


「断迷剣「迷津慈航斬」!!!」


 妖夢の宣言の刹那、白楼剣は光に身を包み、漢字によく似た模様をその身に映し出す巨剣へと姿を変える。そして変化した白楼剣を妖夢は力いっぱい振り被り、霊華に狙いを定め、叩き付けた。猛烈な光が霊華の身体を包み込み、切り裂き、吹っ飛ばす。


 確かな手ごたえを感じて、妖夢はぐっと歯を食い縛った。――ようやく当たった。これまで当てる事が出来なかった剣技を、霊華に当てる事に成功した。この手応えがそうだ。ようやくあいつに攻撃を……。


 そう思いながら顔を上げたその時に、妖夢はハッとした。いつの間にか、霊華は体勢を立て直して、両手の神器を光らせている。まさか、あの一瞬で体勢を治して、攻撃態勢に移ったのか――そう思った瞬間に、霊華の口から言葉が漏れた。


「真神祇「双刃響明」!!」


 次の瞬間に、霊華より妖夢目掛けて、二本の剣型神器が襲い掛かった。まるで剣そのものが生命を宿し、意志を持って動いているかのように妖夢に怒涛の攻撃と斬撃が殺到し、その数が二十六回に達したところで一旦緩やかとなり、妖夢の身体が鮮血を散らしながら浮き上がり、完全な無防備となる。そして最後の一撃と言わんばかりに、二本の剣は交差して妖夢の身体に二十七回目の攻撃を行った。


 二本の剣による強力な一撃を受けた妖夢の身体は地面へと吹っ飛ばされ、轟音を立てて衝突する。それまで他の者の治療を行っていた者達は撃墜された妖夢の元へ駆けつけて、満身創痍となった妖夢の治療を開始する。


「無駄な事を……!」


 霊華が言った次の瞬間、霊華は咄嗟に八咫鏡を横方向へ動かして、結界を展開した。直後に、二本の刀を持った妖忌が轟音と共に衝突して、鍔迫り合いを開始する。


「貴様も諦めないな、妖忌」


 妖忌がフッと笑う。


「博麗霊華……弱くなったな」


「なに?」


「二百年ほど前にお前と戦った時、お前は妖怪やそれに味方にする人間などには容赦せず殺しを行っていた。しかし今のお前と来たら、一人も妖怪を殺す事に成功していない。今の俺の孫ですら殺すに至っていないとは、随分と弱くなったものだな、霊華!」


 霊華は顔を顰めて、歯を食い縛る。


「貴様……!!」


 霊華は天叢雲剣、天羽々斬を振るって妖忌にその刃を当てようとしたが、妖忌は素早くその場にしゃがんで回避、そのまま大きくバックステップして霊華から距離を取った。霊華は追いかけようと急に突き進んだが、すぐさまその場に踏みとどまった。目の前に、二人の烏天狗が姿を現したのだ。その顔立ちと気配は二人揃って似ており、片方は目が若草色、もう片方は燃えるような赤で、二人で全く違う服を着ている。


「貴様ら!」


 現れたのはかつて殺した大天狗の、その妻と娘だった。先程見た時には娘の方しかいなかったが、いつの間にか親の方もやってきている。そして二人揃いに揃って、その手に天狗の特徴である団扇を持って構えている。


「博麗霊華……今度こそ逃がしはしません」


 大天狗の言葉に霊華は答える。


「それはこちらも同じだ。この場にいる者は私がこの手で全滅させてやる」


 文が団扇を霊華に向ける。


「出来るの、あんたに。さっきから戦ってる人たちを一人も殺せていないあんたに」


「何……?」


「あんたはそれだけの力を持っておきながら、さっきから誰も殺してない。私の父様の時みたいな事を、一回もやってない」


「何をしようが私の勝手のはずだぞ」


 大天狗がそれに答える。


「いいえ、貴方の勝手を許すわけにはいきません。ここで、貴方を止めます!」


「妖怪のお前達に出来るものか!」


 霊華はスペルカードを発動させて、腕を振るった。


「真爆神「進爆光猪」!!」


 宣言の直後、霊華の目の前に巨大な光の珠が出現し、やがて光で出来た猪を作り上げた。猪は二人に狙いを定めると、空を蹴るようにして一目散に走り出した。猪突猛進――その言葉を体現するかの如く猪は猛スピードで二人の鴉天狗に突撃し、撥ね上げようとした次の瞬間に、二人の鴉天狗は持ち前の速度を発揮して猪の攻撃を回避し、大きく猪から離れた。猪は直進を続けた後にその身体から閃光を放ち、大爆発。その光景を背にしながら二人の鴉天狗は霊華に直進しつつ、スペルカードを発動し返す。


「「幻想風靡」!!」


 宣言の直後、二人はその速度を光の速さと見間違えんばかりにまで引き上げ、霊華に突撃を開始した。あまりの速度に二人の身体はまるで刃のような真空に包み込まれ、すれ違う度に霊華の身体を切り裂いた。二人の鴉天狗による超高速の連続突進。霊華の身体には瞬く間に大きな切り傷が出来て行き、霊華の顔は苦痛で歪んでいく。が、そこで霊華は一気に歯を食い縛り、急に体勢を立て直して腕を広げ、その先に天羽々斬と天叢雲剣を立てた。その次の瞬間に、文は天羽々斬に、大天狗は天叢雲剣に激突して鍔迫り合い状態になり、ようやくその動きを止めた。


無礼(ナメ)るなッ!!」


 霊華は二本の神器を振るって二人の鴉天狗を上空へ打ち上げて、無防備な状態を作ったところでスペルカードを発動させる。


「神霊「夢想封印」!!」


 宣言の直後、霊華の周囲に霊夢の放つそれによく似た大きな光の珠が出現し、瞬く間に二人に向けて飛翔。吹っ飛ばされて無防備な二人の鴉天狗の元に到達したところで光の大爆発を起こした。爆発に呑み込まれた二人の鴉天狗は同じように吹っ飛ばされる形で爆発の中から飛び出し、そのまま地面へ落ちて行った。しかし、そこでもまた治療を行える者達が駆けつけて、その傷の治療を開始する。


 その光景を目にして、懐夢は悲鳴のような声を上げる。


「お姉ちゃん、文ちゃんと大天狗さんが!」


 霊夢は喝を入れるように懐夢に言う。


「集中しなさい懐夢! ここは、皆に任せるのよ!」


 懐夢はぐっと歯を食い縛った後に再び目を瞑り、意識を集中し始めた。同時に、周囲に札が浮遊し、回転を始める。


 一方、文と大天狗が敗れた瞬間を目の当たりにした魔理沙とアリスは舌打ちをした。

 霊夢と懐夢の力を高めるために霊華の気を引いているとはいえ、霊華の力は先程比べて遥かに強くなっており、次々と落とされて行っている。既に過半数が撃墜されて、残った者達は回復術を使える者達で、落された者達への治療にてんてこ舞いになっているような状態で全く霊華に攻撃する事が出来ない。


 回復術を使える知り合いであるパチュリーは勿論、白蓮や神子、早苗と紗琉雫といった強者達も回復術を扱えるために戦闘に参加出来ない。それに回復術による進行状況も芳しくなく、回復された者達が再度戦闘を開始するまではまだ時間がかかるようだ。


「くそ、どうすればいいんだ」


「私達で霊華と戦い続けるしかないわ。でも、治療班の回復は進んでいるから、もうすぐみんな立ち上がれるようになるわ。そうしたら、みんなで一斉攻撃を仕掛けるのよ」


 直後、魔理沙の隣に人が降り立った。何者かと思って目を向けてみれば、それは天子と衣玖だった。


「天子、衣玖!」


 天子は剣を構えて魔理沙に言う。


「へこたれるのは早いわよ。私達はあいつが倒れるまで戦い続けなきゃいけないんだから」


「そのとおりです。私達がやらなければなりません」


 かつて異変を起こし、博麗神社を地震で倒壊させたことのある天子と、龍神に仕えている衣玖。その二人の姿に不思議な頼もしさを感じて、魔理沙はにっと頬を上げた。


「そうだな……私達はへこたれない!」


「もしくはへこたれてる暇なんかない、よ」


 アリスの言葉に頷いた直後、霊華が魔理沙達の存在に気付き、翼を羽ばたかせた。


「貴様らは続けるのか、戦いを」


 魔理沙が首を傾げる。


「なんだぁ? 私達がお前に降参するとでも思ったのか?」


 アリスがスペルカードを構える。


「降参なんかしないわよ。あんたを止めるその時までね!」


 衣玖が言う。


「貴方の行いは龍神様も許さないでしょう。龍神様に代わり、私達が貴方を討ちます!」


 天子が剣を霊華に向ける。


「そういう事よ! 観念するのはそっちだわ!!」


 霊華は歯を食い縛って、身構えた。直後、その周囲に無数の高速回転する勾玉が出現する。


「……落ちろ。真神器「八尺瓊勾玉」!!」


 宣言の直後、霊華の周囲に飛んでいた一部の勾玉が魔理沙達目掛けて猛スピードで飛翔し、残った勾玉達はその身体に力を溜め込み、レーザー光線を照射した。無数の勾玉とレーザー光線の弾幕の接近を確認するや否、四人は一気に散らばって車線から抜ける、その間を縫うように進むなどして弾幕を回避、そのうち、霊華の目前にまで接近する事の出来た天子は素早くスペルカードを発動させ、その剣を光らせる。


「剣技「気炎万丈の剣」!!」


 妖夢や妖忌のそれに匹敵するような、腕が霞んで見えるほどの超速度の剣技。連続する斬撃が霊華の身体に一瞬で切り傷を作り上げ、鮮血を散らせる。しかし、どれだけ斬り付けられようとも霊華の胸に光る紋様は消えず、一層のその光を強くするだけだった。弱点がわかっているのに全く傷付かないという光景に天子は歯ぎしりをする。

 天子の突撃に続いて後方から衣玖がスペルカードを発動させる。


「龍魚「龍宮の使い遊泳弾」!!」


 天子が腕を力強く突き上げると、その周囲に魔方陣が発生し、そこから雷の弾が無数に出現し、魚の群れの如く霊華へ突撃をした。天子は衣玖の弾が飛んできている事に気付くや否、霊華の身体を蹴る形で霊華から距離を取り、退避。その直後に衣玖の放った雷の弾が霊華の元へ次々直撃し、小さな雷の爆発を何度も引き起こした。

 青いプラズマのような爆発を受けて無防備になった霊華の身体に狙いを定め、アリスはスペルカードを発動させた。


「咒詛「蓬莱人形」!!」


 アリスの宣言の直後に、その周囲に無数の人形達が姿を現し、手に光を宿し、太いレーザー光線として霊華に向けて照射した。光線は一瞬にして連続で霊華の元に辿り着き、霊華のその身体を焼き焦がす。しかし、霊華の身体は全くと言っていいほど焼き焦げず、紋様には傷一つつかない。その様子を視認しながら、アリスが歯を食い縛る。


「何で消えないのよ!!」


 そのうち、レーザー照射が止むと、霊華はかっと目を開けてアリスの姿をその瞳に映した。


「その程度かッ! 神霊「夢想封印」」


「邪恋「実りやすいマスタースパーク」!!!」


 霊華がスペルカードを発動させようとした寸前で、霊華を魔方陣を伴う極太のレーザー光線が包み込んだ。驚いて三人が霊華の背後の方へ目を向けてみれば、魔理沙がミニ八卦炉から極太のレーザー光線を発射しているのが視認出来た。アリスに注意が向いた隙に、魔理沙が背後へ回り込んでスペルカードを発動させたらしい。


 魔理沙の放つレーザー光線に圧されて、霊華は遥か上空まで吹っ飛ばされていった。そして魔理沙がレーザー光線の照射をやめたところで、天子が霊華の飛んで行った方角を見つつ呟く。


「やったの!?」


 衣玖が首を横に振る。


「いいえ、ものすごい勢いで戻って来てます!!」


 衣玖の言葉の直後に、霊華は空気と雲を切り裂きながら急降下して魔理沙達の目で確認できるほどの高さまで戻ってきて、驚いている四人にスペルカードを発動させた。


「真燃神「飛翔紅蓮鳥」!!」


 霊華の宣言の刹那に、その周囲に紅蓮の爆炎で構成された鳥が百羽ほど出現し、一斉に四人に向けて飛び立った。紅蓮の鳥達の接近を確認した四人は回避しようとしたが、そんな事させるかと言わんばかりに紅蓮の鳥達は四人へ突っ込み、大爆発。四人は紅蓮の爆炎を受けて多数の火傷を負い、服を燃やしながら地面へと落ちて行った。


 かと思われた直後、それまで地面に落とされていた者達、そして回復に向かっていた者達が一斉に地面より飛び立った。いきなり地面から一同が飛び出してきた光景には流石の霊華も驚き、その隙を突くように飛び上がった者達は一斉にスペルカードを発動、怒涛や豪雨といった言葉でもあらわす事の出来ないほどの隙間のない弾幕――弾の壁を霊華に向けて放った。


 霊華は咄嗟に八咫鏡を前に突き出し、巨大な結界を展開したが、弾の壁がぶつかった瞬間に大きく押されて空へあげられる。スペルカードを発動させようにも分厚い弾の壁がぶつかってきているせいで防御体勢を崩す事が出来ない。


「おのれ……!!」


 それでも霊華は反撃できる機会を伺い、スペルカードを発動させようとしたが、その次の瞬間に霊華の身体は何かに当たられたかのように上空へ打ち上げられた。何事かと霊華がその方向へ目を向けた瞬間に、同じような攻撃が何度も霊華の身体に襲い掛かった。その回数は九回に及び、九回目の攻撃が終わった時に霊華は攻撃が飛んできた方向へ目を向ける事が出来た。そこにあったのはここに来る前に龍人式神を使って撃破した古狐、<九尾>の姿だった。尾が拳の形に変形しているため、どうやらあれによって攻撃されたらしい。


「古狐……!!」


 もう一度龍人式神で、そう思った時に、霊華は目の前に視線を向けてハッとした。九尾の上空に、人がいる。……大妖怪、八雲紫だ。


「八雲、紫……!!」


 紫は険しい表情を浮かべて一枚のスペルカードを発動させる。


「今回ばかりは、力づくで言う事を聞いてもらうわよ、霊華。「深弾幕結界 -夢幻泡影-」!!」


 紫の宣言の直後に、霊華を覆うように結界が出現し、同時に結界内を複数の光の珠が飛び回り、無数の弾を吐き出すように放出した。霊華を閉じ込める結界の中は瞬く間に光弾と熱弾で満たされ、それらは一斉に身動きの取れない霊華の元へ飛び込んだ。光弾と熱弾は雨の如く、霊華の身体に直撃し、連続炸裂。結界内は光弾と熱弾の炸裂によって発生した光に包み込まれ、霊華の姿を隠した。

 そして、最後の弾が炸裂したのを最後に結界はそのエネルギーを暴発させて大爆発。霊華は爆発の中へと消えて行った。

 これまでにないくらいの一斉攻撃と八雲紫による弾幕攻撃にさらされた霊華の姿に、一同は息を呑む。今度こそ、倒す事に成功したか。そう思ったその時に、爆発を吹き払うようにして霊華がその姿を現し、一同の瞳の中に映し出された。


「真大神「天狼召光明」」


 霊華の静かな宣言の直後、霊華より強力な光と浄化の力の波動が発せられ、霊華の近くにいた一同は逃げる間もなく、波動と閃光の嵐に呑み込まれた。

 そして、閃光と波動が治まった頃には、霊華に立ち向かった者達は全て博麗神宮の地面の上に倒れ込んでいた。残らず地面へと落ちた者達に、霊華は息を少し切らせつつ、呟く。


「私の計画を邪魔する者は誰であろうと許さない……私は絶対に、私が望む世界の実現を」


「いいえ。貴方はそんな事を望んではいないわ」


 霊華はハッとして声の聞こえてきた方向へ顔を向けた。そこにあったのは、これまで共に生活をし続けていた博麗の巫女とその守り人である霊夢と懐夢だった。

 二人からは霊華の持つ力と全く同じ力が感じられ、その証拠に、二人の背中からはゆらゆらと白いオーラのようなものが出ていて、周囲には白く、細かい光の粒が漂っている。


「霊夢、懐夢……貴様ら、今まで隠れていたか……!!」


 懐夢が霊華に言う。


「霊華さん、貴方が戦っているところを、ぼく達はずっと見てました。それでわかった事があります。

 貴方はぼく達と一緒に暮らしていた霊華さんのままです」


 霊華が顔をしかませる。


「なんだと」


 霊夢が静かに言う。


「貴方は憎むべき妖怪を含む私達と戦った。でも貴方は大きな力を発揮しようとも、その力で妖怪を殺そうとはしなかった。貴方は、大きな力を使って牽制していただけなのよ」


 霊華が腕を振るう。


「ふざけるな。私の目的は妖怪を絶滅させて、人と神の世界を作る事だ」


 懐夢は首を横に振る。


「ううん、霊華さんはそんな事を望んではいません。貴方は、自分で自分を苦しめてる」


「何を言うか! 私は私の望む世界を作ろうとしているだけだ!」


「それよ。それが貴方を苦しめてる。そして、貴方の胸に刻み込まれたその紋様が、その苦しみの証であり、苦しみそのもの。貴方にやりたくない事をやらせる、『呪い』!」


 懐夢は刀を仕舞い込んで、腕を前に突き出した。


「だから、ぼく達は貴方を止めます。貴方を、これ以上苦しまないようにします!!」


「博麗霊華……博麗の巫女として、貴方という異変を、全身全霊を以って退治させてもらいます!!」


 霊夢と懐夢が交互に言い放った直後、二人の周囲にそれぞれ七つ、合計十四個の光を放つ陰陽玉が出現し、高速で回転を開始する。同時に、二人の身体が透き通ったガラスのように半透明となる。

 その光景に霊華は一瞬驚いたような表情を顔に浮かべて、すぐに険しい表情に変える。


「その技は……なるほど、博麗一族の最終奥義はお前達に残っていたという事か。そしてそれが、私達の幕……」


 霊華はばっと腕を突き上げた。


「よかろう、ならば――」


 霊華が宣言するかの如く言い放つと、その周囲に黒い部分がそれぞれ深紅色、赤色、橙色、黄色、金色、若草色、緑色、深緑色、水色、青色、紫色になっている十二個の陰陽玉が出現し、同じく高速回転を開始する。その姿はまるで生きる虹を纏っているようにも見え、同時に霊華の身体もまた半透明となる。


「私も博麗の巫女として、全身全霊を以ってお前達を退治しよう!!」


 咆哮のような声を上げて、霊夢と懐夢は霊華を、霊華は霊夢と懐夢を目指して、光の如く速さで前進。そして、互いの距離が一気に縮まり、互いの顔が視認出来るところに来たその時に、三人は一斉に叫んだ。


「夢想天生!!!」


 三人の咆哮の直後、霊夢と懐夢、霊華より、天照大神の一族だけが取得していたとされる浄化の力で構成された猛烈な閃光と波動が球体の形で発せられた。波動はその大きさを増し続け、やがて互いにぶつかり合ってところで増大を停止した。霊華の攻撃を受けて、博麗神宮の地面へ落とされた者達が轟音と閃光に引かれて顔を上げると、そこには二つの白い波動の球体がぶつかり合っているという光景があった。しかし、その内の右側にいるのが霊夢と懐夢、左側にいるのが霊華である事が、三人の姿が見えなくても、そこから感じる力でわかった。


 いよいよ始まった最後の戦い。幻想郷の運命を決める最終決戦。それが博麗の巫女同士の戦いであるとは誰にも予想で出来なかったし、そしてそれは、誰かが横から入り込む事が出来るようなものではない。一同は博麗神宮から、空で繰り広げられる最後の戦いを見守る事だけを考えていた。

 しかし、そう思い始めた束の間、霊華側の波動が徐々にその大きさを増していっている事に気が付き、アリスが言った。


「そんな、押し返してるですって!?」


 慧音が歯を食い縛る。


「あれだけの戦闘を繰り広げておきながら、まだあんな力を残しているとは……霊華は、どれほど圧倒的な存在なんだ!?」


 魔理沙が言い返す。


「そうだ。霊華は圧倒的な存在だ。……その圧倒的な存在を、私達の友人は超えようとしているんだ!」


 早苗が首を横に振る。


「で、でも駄目です! このままじゃ、霊夢さん達が押し返されてしまいます!」


 霊華の夢想天生が霊夢と懐夢の夢想天生を押し返そうとしているのは明白だった。現に、霊華の放った波動の球体が、もう二人の放つ波動の球体よりも一回り程大きくなっている。

 その光景を見つめて一同は焦りと恐怖を覚え、そのうちのレミリアが言う。


「なんとか、なんとかならないの!?」


 咲夜が拳を握りしめる。


「足りないんだわ……霊夢と懐夢の神力が、霊華の神力を下回っている……霊華の神力を上回らなければ、勝てない!」


 パチュリーが眉を寄せる。


「二人は臨界まで出力を上げているのに、霊華はそれ以上だなんて……」


 文が辺りを見回す。


「何か、何か方法はないんですか!?」


 その時、紗琉雫が何かを思い付いたような表情を浮かべて、紫に話しかけた。


「八雲! あいつらの力は確か、天照大神の力、神力と同質なんだよな!?」


 紫は驚いたような反応を見せた後に、答える。


「え、えぇ。博麗の力は、天照大神の一族の力に手を加えたものだから、普通の神力との違いは、浄化や調伏が出来るかどうかの違いだけで、大元は神力と同質だわ」


 紗琉雫は顔を上げた。


「なら……方法はあるかもしれねえ」


 神奈子が驚いたように言う。


「何かあるのかい?」


「以前、早苗に言った。おれは人からの信仰を得る事によって強い力を得るって。それはな、実は全ての神にも言える事なんだ。

 神は人々から信仰を得る事によって、存在と強さを得る。同時に、信仰を受ける事で神力もその強さを増す……もしあいつらが使っているのが神力なら……!」


 諏訪子がハッとしたように言う。


「信仰を受ける事が出来れば、霊華の力を上回れるかもしれないのかい!?」


 紗琉雫が頷く。


「違いないだろ! だってあいつらの使ってる力は、元を辿れば天照大神の力……神力なんだからよ!」


 早苗が一同に声をかける。


「みなさん……霊夢さんと懐夢くんに、信仰心を、信仰心を送ってください!」


 妖夢が言い返す。


「どうやって!? 博麗神社の賽銭箱にありったけの賽銭を入れろとでもいうのか!?」


 今まで信仰などした事が無いからわからない。どうすればいいのかと一同が混乱を始めたその時に、沈黙を貫いていたリグルが、首を横に振った。


「違うよ。みんな、聞いて!」


 一同は静まり返り、リグルへ視線を向ける。

 リグルは静かに言った。


「私達はずっと……霊夢と懐夢に助けられてきた。暴妖魔素の妖怪の時、八俣遠呂智の時は霊夢に、<黒獣(マモノ)>の時、喰荊樹の時は霊夢と懐夢に、ずっと私達は助けられてきた。

 でも私達は守られて、助けられてばっかりで、何も返してあげてない。何もしてあげてない。だからこの場で、それをやろうよ」


 一同がしんと静まり返る中、妹紅が口を開く。


「だけど、もう私達には力が残ってない……何もできないのと一緒だぞ」


 リグルは首をもう一度横に振った。


「出来るよ。あの二人に向かってちょっと手を合わせて、心の中で言うの。今までずっと、助けてくれたり、守ってくれたりして、『ありがとう』って」


 その一言に、一同はハッとしたようになって、慧音が言った。


「確かに私達は霊夢と懐夢に礼を言った事はあったが、本当に心を込めて、全身全霊で礼を言った事はない……」


 魔理沙が顔を上げる。


「本当だ。何度も助けてもらって、守ってもらってるのに、私達は全身全霊であいつらに礼を言った事ない。感謝した事、ないや……」


 リグルが言う。


「そうだよ。みんなで心の中で霊夢と懐夢に感謝しよう。それを……あの二人に届けるんだ。

 みんなの心を一つにして、全身全霊の感謝(ありがとう)で……あの二人の背中を押してあげようよ! それが、私達に出来る、霊夢と懐夢への信仰だよ!!」


 そう言い放ち、リグルは圧倒的な存在に立ち向かう二人の方へ身体を向けて、胸の前で手を組み、顔を下に向けた。

 その姿を目の当たりにし、かつて博麗の巫女に守られ、助けられてきた者達もまた胸の前で手を組み、顔を下に向けて、心の中で言った。


 一緒に戦ってくれてありがとう


 助けてくれてありがとう


 守ってくれてありがとう


 一緒に幻想郷で生きてくれてありがとう


 今までずっと、ありがとう




        *




 一方、霊夢と懐夢は手を合わせ、力を放ち続けていたが、霊華の力はそれを上回るものだった。

 せっかくみんなに気を引いてもらって、時間を稼いで、ありったけの力を臨界まで高めているというのに、届かない。博麗霊華の力を、打ち破る事が出来ない。

 弱気になって、懐夢が声を上げる。


「お姉ちゃん……足りない……霊華さんに……届かない……!!」


 弟の声に応じて、霊夢は歯を食い縛る。


「もっと力を出しなさいって言いたいところだけど……私のも……届かない……あと一歩の所なのに……一歩足りない……!!」


 どんなに出力を上げようとしても、もう臨界地点にいるから上がらない。これ以上上げようとすれば身体が持たなくなって、霊華に完全に押し潰される。

 多分、霊華の力に届きそうなんだろう。自分達の力は、霊華に届きそうであるのだろう。だが、あと一歩だけ、あと少しだけ、ほんの少しだけ、足りない。そのほんの少しの足りなさで、負けようとしている。今ある幻想郷を、霊華に渡そうとしている。

 霊華の夢想天生によって発生する波動の球体が大きくなると同時に、意識がどんどん霞み始めて、身体から感覚が消えていく。幻想郷から、消えて行く。


 この幻想郷の事は大嫌いだった。母を殺し、霊夢と言う人間を、誰も愛する事が出来ず、誰にも愛される事の出来ない人形に変えた幻想郷が、大嫌いだった。

 でも、今はこの幻想郷が大好きだ。人形だった頃に出会った男の子が、幻想郷を変えてくれた。人形から人間へと戻してくれた。そうして、その男の子が生きるこの世界を、大好きになった。守りたいと思うようになった。もっともっと、この幻想郷で生きたいと願うようになった。いや、今もそう思っている。


 だけど、それは叶わない。かつて絶望し、自暴自棄に走っている博麗の巫女によって、幻想郷は崩壊されようとしている。そしてその博麗の巫女に、勝てない。力が、及ばない。

 ひょっとしたらこの博麗の巫女、博麗霊華は本当に幻想郷を人と神の世界に変えようと、妖怪を絶滅させようとしているのかもしれない。この力がそうだ。この力はきっと、霊華の意志そのものだ。幻想郷を守りたいという自分達の意志よりも、幻想郷を完全に作り変えたいという霊華の意志の方が強いのだ。そして自分達の意志は、霊華の意志に塗り潰されようとしている。


 薄れゆく意識の中で、霊夢は弟に手を伸ばし、その身体を抱き締めてやろうとしたが、途中で止めた。

 駄目だ。今ある幻想郷を、弟と共に生きる幻想郷を守れなかった自分に、弟を抱き締めていい権利など無い。申し訳なくて、仕方がない。

 それにみんなもだ。この場にいるみんなにも、いや、この幻想郷に生きる全ての民に申し訳が立たない。


 ――守れなくて、ごめんなさい。

 ――力が足りなくて、ごめんなさい。


 霊夢は幻想郷の民へ呟き、弟に目を向ける。


 ――幻想郷を守れなくてごめんなさい。

 ――あと一歩のところで止まっちゃうお姉ちゃんで、ごめんなさい。


 霊夢はそう呟いて、目を閉じた。


 ――止まるな!!


 その言葉で霊夢は現実に戻ってきた。全く聞いた事のない声。懐夢のでも、霊華のものでも、下にいる皆のものでもない。一体誰の声だ。

 そう思った時に、霊夢は身体から何かが抜けるような感覚を感じた。何事かと霊華の方を見てみれば、波動に混ざって尾を持った白い球体のようなものが霊華の元へ飛んで行こうとしている。


 その光景は懐夢の目にも見えているらしく、なんだあれはと二人で凝視した瞬間、球体は波動をすり抜けて霊華の元へ到達。瞬く間にその形を変えて、ショートヘアの十八歳くらいの女性の姿となって霊華へ接近し、唖然としている霊華の頬をいきなり叩いた。波動が発せられる音に混ざって乾いた音が響き渡り、霊華の身体が大きく仰け反る。

 何事かと二人で思った瞬間に、女性は霊華の背後へ周り、その身体をがっちりと押さえつけた。何が起きているのかわからないまま、霊夢と懐夢が呆然としていると、女性は力強く言った。


「霊華ちゃんの動きを止めた! 今のうちだよ!!」


「あ、あんたは!?」


 霊華は少し後ろを見て、驚いたような顔になる。


「お前……いえ、貴方は……!」


 女性は霊夢と懐夢に叫ぶ。


「霊華ちゃんは、心のどこかで、妖怪を殺したくない、人と神の世界なんか作りたくないって考えてるんだよ!! だから、あんた達で霊華ちゃんを止めるんだ!!」


 懐夢が瞬きを連続させると、女性は霊夢に目を向ける。


「諦めんな霊夢!! あんたは駄目なお姉ちゃんじゃない! 懐夢の素敵なお姉ちゃんだ!! それに、みんなの事を守る博麗の巫女だ! 下を見てみろ!!」


 女性に言われるまま、霊夢は下を向いた。そこには霊華によって落とされた仲間達の姿があったが、どの者も祈るような姿勢をして、じっとしていた。

 しかしその直後に、霊夢は耳に声が、心に思いが届いてくるのを感じ取り、驚いた。


 一緒に戦ってくれてありがとう


 助けてくれてありがとう


 守ってくれてありがとう


 一緒に幻想郷で生きてくれてありがとう


 今までずっと、ありがとう


 礼を言っている。みんなが、自分達に向けて礼を言っている。感謝、してくれている……。

 これまで異変で敵対し合い、それを切っ掛けに交流を作り、大きな異変に立ち向かう仲間となってくれた者達の声。それを聞いていると、心を中心に身体が暖かくなり、力が一気に高ぶった。

 それは懐夢も感じているらしく、少し戸惑ったように下を見ている。


「これは……!?」


 女性が答える。


「みんなの心だ! あんた達はこうやってみんなから感謝されるような、ありがとうって言われるような素晴らしい人達だ! なのにあんた達、そんな人達を守らないでどうするんだ!

 今ここであんたらが負けたら、あんた達に感謝して、あんた達を愛してくれる人達はみんな死んで、そんな素晴らしい人達が生きるこの世界は終わるんだ!!」


 女性は咆哮するように言った。


「あんた達は霊華ちゃんと同じ博麗の巫女なんだ! あんた達ならできる!! やる気を出せ阿呆んだらァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 耳を劈くような咆哮に等しき叱咤激励。

 それが耳を通じて身体の中に流れ、心の奥底へ辿り着いた時に、霊夢の中にあった申し訳なさやここで負けるという気持ちは、すべてガラガラと音を立てて崩れ去った。



 そうだ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。

 この世界は、幻想郷は、私を人形から人間へ戻し、こんな私を愛してくれた人達でいっぱいだ。

 刃向ってはいけないはずの幻想郷のルールに刃向い、打ち破り、幻想郷を変えてくれたみんな。そして今も尚私の事を愛してくれているみんな。

 そんなみんなの感謝の声が聞こえる。これに答えないでどうするんだ。こんなに素晴らしい世界を、人々を、そしてその未来を守らないでどうするんだ。


 そうだ。この世界は、幻想郷は素晴らしい。きっと霊華はそれをわかっていない。

 ――それを伝えるんだ。この世界は、変えなくても素晴らしいって事を! みんなが共に手を取り合って生きていける素晴らしい世界だって事を!!


 私は弟に目を向けた。そこには、笑みを浮かべた弟の姿があった。


「お姉ちゃん!!」


 私は頷いた。もう、何をすればいいのかわかるらしい。


「えぇ懐夢! いくわよ!!」


 みんなから受け取った思いを、暖かい力を全て振り絞り、放出する力に乗せる。

 それまで大きかった霊華の波動が一気に小さくなり、私達の波動が一気に大きくなる。


「――これで、終わりだッ!!!」


「――これで、終わりよッ!!!」


 懐夢と私は叫んだ。叫びながら、圧倒的な存在に、原初の博麗の巫女へ力を放った。

 博麗霊華の夢想天生は破られた。そして、私達の放つ夢想天生がその大きさを更に増す。

 そして、霊華はもはや驚愕しきって何が起きているのかわからないような顔のまま、見覚えのない女性にがっちりと掴まれたまま、私達の放つ波動の中に吸い込まれるようにして呑まれた。


 最後に、波動は調伏と神力の大爆発を引き起こした。

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