第百三十四話
霊華はごく短時間で、文、レミリア、フランドール、咲夜、映姫、幽香を撃墜して見せ、霊華への攻撃を回された者達を七人に減らした。まるで八俣遠呂智や喰荊樹より現れる<黒獣>が日にならないくらいの圧倒的な強さに一同は震えあがり、どう攻撃を仕掛けたらよいのかわからずに、混乱していた。
現に霊夢ですら、霊華を倒すにはどんな計画を立てればいいのかわからない。遠距離攻撃は、無効化または跳ね返され、接近戦を仕掛ければ圧倒的な戦闘能力に駆逐される。もはやどんな計画を立てたところで無駄に終わるか、返り討ちにされる事が目に見えていた。
(どうすればいいのよ……)
頭の中に、霊華と過ごした日々が浮かび上がり、優しくて暖かかった霊華の姿と笑顔が映り込むが、そのイメージを目の前にいる凶悪になった霊華がぶち壊す。あれは本当にあの霊華なのか、記憶を取り戻す前の霊華はどこへ行ってしまったのか。そもそもあれを本当に霊華と呼ぶべきなのか、もう何もかもがわからない。
ただ決定的にわかる事と言えば、あの霊華は止めなくてはならないという事。霊華の目的は今ある幻想郷を破壊して、幻想郷を根本から作り直す事……喰荊樹や『花』がやろうとした事とほぼ同じだ。これまでは自分がそれを行おうとしていたが、今は霊華がそれを行おうとしている。自分よりもはるかに強い力を持つ、霊華が。
せっかく幻想郷に平和が戻ったというのに、霊華がそれを壊そうとしている。そんな事を、幻想郷の民としても、博麗の巫女としても許すわけにはいかない。どんなに霊華が強くても、どれだけ力に差があったとしても、霊華の事は止めなくてはならない。
霊夢は深呼吸をすると、一同に叫んだ。
「みんな、奮起して! 八俣遠呂智の時みたいに本気を出せば、霊華だって倒せるはずよ!!」
「えぇ。そのとおりだわ霊夢」
いきなり背後から声がしたと思えば、四方八方から霊華の元へレーザー光線が飛来し、霊華の身体を焼こうと迫った。霊華は少し驚いた様子で全てのレーザー光線を回避し、周囲を見回した。それと同じように霊夢も辺りを見回したが、そこで驚いた。いつの間にか、式神と戦闘を行っていた者達が霊華を囲むように立ち回っているのだ。
「み、みんな!?」
驚く霊夢の隣に、慧音と妹紅が並ぶ。
「龍の式神も、空狐の式神も倒させてもらったよ」
妹紅がぐんぐんと肩を回す。
「あんなんじゃ準備運動にもならないよ。だから早速来させてもらった」
魔理沙の隣にアリスが並ぶ。
「八俣遠呂智と戦った後じゃ、ドラゴンと空狐なんか話にならないわ」
懐夢の隣に、リグルが現れた。
「懐夢、大丈夫だった?」
「ぼくは何とか。だけど他の皆がやられちゃった」
霊夢は人混みの中から紫と藍を見つけ出し、駆け付けて、紫に声をかけた。
「紫、霊華は何なの? あいつには、妖魔による攻撃が通じないわ」
紫が驚いたような顔になる。
「なんですって?」
「それだけじゃない。映姫とか、レミリアとフランとか、みんな落とされたわ」
紫は更に驚いて、霊華に目を向けて、呟く。
「まさか、記憶を失っている間に強くなったとでもいうの。でも、そんなはずは……」
藍が冷や汗を掻く。
「どうしますか紫様。あの霊華は私達の想像以上に拙い相手のようですよ」
紫は咄嗟に作戦を立てて、一同に号令した。
「みんな、既に数名落とされたわ! 回復術を使える人達は落とされた人達の元に向かい救助を! その他の皆は全力を尽くして霊華を倒して!」
その時、霊夢は気付いた。紫もまた、霊華の事がわからないのだ。これまで、霊華の事なら知っているような様子を見せていた紫だが、霊華は紫の知っているそれとは違うものになっているらしい。だから紫は変化を遂げている霊華に混乱し、焦っているのだ。
だが、今は四の五の言っている場合ではない。霊華への対策がわからない今は、無効化されるの前提に攻撃を続けて、無効化されなくなるまで戦い続けるしかない。霊華だってあれだけの出力の術を放ち続けて、疲れないはずがないのだ。
「あんたの言う通りだわ紫。みんな、戦闘を続けて! 三人一組になって一斉攻撃を仕掛けるのよ!」
霊夢の号令は高らかに響き渡り、一同の元へ届いた。一同の内、回復術を使える者達は落ちて言った者達の元へと駆けつけて治療を開始、残りは三人一組となって霊華の周囲に散らばり、弾幕やレーザー光線による攻撃を開始した。……しかし、どんなに一同が弾幕を放ち、霊華に当てても、霊華の身体は傷付く様子を見せなかった。そればかりか、霊華は余裕そうに腕組みをし、周囲を見回した。
「やはり群れる事を選ぶか。如何にも力のない妖魔らしい選択だ。だが、これだけの数がいるとなると、下手に散らばられたら厄介だな」
霊華は指元にカードを出現させて、光に変え吸収、宣言した。
「咲神「樹華繚乱」!」
霊華の宣言の直後、周囲の地面から轟音を立てて、無数の巨大な樹木が姿を現した。背後に巨大な樹木が出現した事に一同が驚くと、樹木は一同を囲むようにぐんぐんと伸びて、枝を伸ばし、やがて空を塞ぎ、霊華を含めた全員は瞬く間に樹のドームの中に閉じ込められた。半径六、七キロ前後あろう広い空間に閉じ込められて、霊夢は見回しながら呟く。
「これは……閉じ込められた……!?」
霊華がその呟きに返す。
「周囲を分厚い木々に覆わせてもらった。これならば逃げる事も出来ないし、私を逃がす事もない。存分に戦えるぞ」
天子が持ち前の緋想剣を構える。
「自ら決戦のバトルフィールドとかいうものを作ったわけ? 随分余裕じゃないの」
霊華はふんと鼻を鳴らして、武器を振り回し、構え直した。
「さぁ来るがいい。一匹残らず浄化してくれる」
霊華の声を皮切りに、一同の大半がスペルカードを一斉に発動させ、弾幕を展開。霊華に向けて暴風雨の如く撃ち込んだ。しかし、弾幕を形成する弾は全て霊華に触れた瞬間に蒸発するようにして消滅し、霊華に傷をつける事が出来なかった。攻撃を受け付けない霊華に一同が驚きの声を上げると、霊夢が一同に号令をかける。
「みんな、そんな半端な出力じゃ駄目! もっと出力を上げて霊華を狙うのよ!」
霊華が霊夢の号令に反応を示す。
「言っておくが、貴様ら妖魔の攻撃が私に通じると思うなよ。私に傷を付けたくば、戦える人間を繰り出してこい」
霊華の死角に魔理沙が入り込み、スペルカードを発動させる。
「なら、これだけの出力はどうだよ!」
魔理沙の手に持たれていたカードが光となってミニ八卦炉に吸い込まれる。光を携える八卦炉を両手で持ち、霊華に狙いを定めて、魔理沙は叫んだ。
「恋符「マスタースパーク」!!」
魔理沙の掛け声にも等しき宣言の直後、八卦炉は極太のビーム光線を発射。猛烈な速度で霊華の元に向かった。樹のドームに閉じ込められた空気を引き裂きながら前進するビーム光線――流石に霊華もこれには耐えられまいと、既に霊華と戦闘を行っていた者達が心の中で呟いた直後、霊華は迫り来るビーム光線の方へ身体を向け、指元にカードを出現させて、宣言した。
「境符「四重結界」」
霊華の小さな声の直後、その目の前に四枚の重なった光の壁が出現し、迫り来たビーム光線を受け止めた。ビームを受け止められて、魔理沙は歯を食い縛りながら出力を上昇させ、光の壁を打ち破ろうとしたが、限界付近まで出力を引き上げ、ビーム光線を太くしても光の壁は破れる気配を見せず、魔理沙は途中でビーム光線の照射を中止。次の瞬間に息を切らした。
「な、何なんだあの結界は……」
霊夢は驚きを隠せなかった。今、霊華が使ったスペルカードは四枚重ねた結界を発生させて身を守る、紫が使う「境符「四重結界」」と同一のものだった。
博麗の力だけではなく……いや、それ以上の力を使う上に紫と同じ術を使えるなんて、一体霊華は何者だというのか。そう思った直後、霊華は再度武器を弓に変形させ、残った片手でスペルカードを発動させた。
「撃神「虎雷浄矢」!」
霊華が弦を引き、光の矢を放った刹那、光の矢は猛烈な雷を纏い、まるで魔理沙の放ったビーム光線のようになって周りを囲む霊夢達の元へと飛翔した。あまりに大きな光の矢の接近に一同は驚き、即座に光の矢の射線から退いて回避。ビーム光線のような光の矢は樹の壁に大穴を開けて外へと飛んで行った。
樹の壁に穴が開いた事を確認するや否、一同のうちの十数名が外へ出ようと大穴に向かったが、直後に穴に樹が生え、瞬く間に塞がれてしまった。
「逃げようと思ったか。そうはさせない」
霊華が静かに呟くと、先程の魔理沙と同じように、早苗と紗琉雫、そして神奈子と諏訪子が霊華の死角に入り込み、一斉にスペルカードを放った。
「祈願「商売繁盛守り」!!」
「神砲「雷帝光矢」!!」
「御柱「メテオリックオンバシラ」!!」
「神具「洩矢の鉄の輪」!!」
四人の宣言の直後に、早苗からは大量の札、紗琉雫からは雷撃を纏った矢、神奈子からはエネルギーで構成された御柱、諏訪子からは強力なエネルギーを纏った鉄の輪が放たれ、霊華の元へと突撃した。四種類の姿形の違う神通力の接近に霊華は舌打ちし、呟く。
「妖魔に落ちた神共が……」
霊華は飛来してきた四種類の神通力の間を縫うようにして全て回避すると、咄嗟にスペルカードを指元に出現させ、光に変えて吸収した後に宣言した。
「凍神「氷嵐雪華」!」
霊華の宣言の直後、早苗達の周囲に無数の冷気を纏った氷の槍が出現し、刹那と言える時間で完全に包囲した。いきなり周囲に氷の槍が出現した事に驚いた早苗達が動いた瞬間、氷の槍は一斉に早苗達に襲い掛かり、早苗達を中心に冷気と氷で華を作り上げた。
しかし突如として生まれ出でた氷の華はガラスが割れるような音を立てて破砕。中心としていた早苗達守矢神社の者達と共に地面へと落ちて行った。
この中でも強者の集まりだった守矢神社の者達の墜落に、懐夢が悲鳴のような声を上げる。
「早苗さん、紗琉雫さんッ!!」
次々と、八俣遠呂智との戦いでも落ちる事のなかった者達が落とされていく上に、その元凶である霊華にはまるでダメージを与えられない。完全なる絶望的な状況に、霊夢は戦慄する。
「何なのよ……何なのよ霊華は!!」
得体のしれない恐怖と怒りに声を上げた直後、一同へ攻撃しようと動き出した霊華の側面に妖夢が飛び込み、二本の刀で斬りかかった。
「はぁぁッ!!」
掛け声とともに迫った妖夢の二本の刀を目視すると、霊華は咄嗟に武器を水平に向けて、妖夢の刀を受け止めた。がきぃんという金属と金属がぶつかる音が鳴り、火花が散って二人の顔が赤く照らし出される。
恐らく不意打ちをしたつもりであろう少女の剣士の顔を、霊華は見つめていたが、その側面を飛んでいる白い魂のようなものを目に入れて、呟いた。
「貴様……半人半霊というものか」
妖夢はぎりりと歯ぎしりをした後に答える。
「それを知ってどうするつもりだ」
「そんな中途半端な者すら存在してしまっているとはと、悲観していたところだ。それにこの刀……」
霊華は片手で武器を持ったまま、もう片方の手で、受け止めている妖夢の刀――楼観剣の刃を握り締めた。刀を素手で掴んだ霊華に、妖夢は思わずぎょっとしたが、霊華は構わず楼観剣の刃を見つめ続け、呟いた。
「……なるほど、妖怪によって鍛えられた刀……か」
霊華は顔を楼観剣から妖夢へ向け直し、楼観剣の刃を握り締めた。
「鈍がッ」
ばきんっ。
今まで折れる事なく主人を守り続けていた剣。師匠でもある祖父から受け継いだ、斬れないものなどあんまりない刀。その刃が、霊華という博麗の巫女なのかそうじゃないのか定かでない者の手にかけられた途端に、脆くへし折られた。
幽々子を守ると誓ったその時から、ずっと共にあった楼観剣が折り砕かれた光景を目の当たりにして、妖夢は言葉を失った。その瞬間は以前妖夢から楼観剣を見せてもらっていた懐夢の目にも映り、懐夢は叫ぶように言った。
「ろ、楼観剣が!!」
次の瞬間、霊華は折れた刀の先端部分を妖夢に向くように持ち直し、呆然として動かない妖夢に声をかけた。
「よほど、この鈍に愛着があるようだな。いかにも中途半端らしい!」
そう言って、霊華は刃を持った手を妖夢に突き出した。
それまで主人と自分を守り続けてくれた剣、楼観剣。その折れた刃は妖夢の腹部に食い込み、皮膚と、肉を引き裂いた。絶対にありえないだろうと思っていた愛刀の叛逆に、妖夢が目をかっと開いて吐血する。
「がふっ……」
妖夢の吐いた血を頬に受けつつ、霊華は咄嗟に指元にスペルカードを出現させ、光に変えて吸収し、武器を二つに分けて両手に持ち、妖夢と同じ二刀流になったところで、腹に刃を受けてよろける妖夢に吐き捨てるように言った。
「愛刀と共に沈むがいい、中途半端。
断神「刃鼠乱閃」!」
宣言した刹那に、霊華は両手に持たれる二本の剣で妖夢に斬りかかった。
縦斬り、横斬り、突き。ありとあらゆる種類の斬撃が十六回妖夢の身体を切り裂き、福の破片、鮮血、妖夢の悲鳴が宙を舞い、霊華が交差する斬撃を放ち×印のような切り傷を妖夢に作ると、妖夢は折れた楼観剣、残った白楼剣を手放して、地面へと落下した。
庭師兼世話係が倒されるや否、その主人である幽々子は口を覆って、すぐに叫ぶ。
「よ、妖夢――ッ!!」
幽々子の声、そして落下していった妖夢を目の当たりにして、一同はついに死神のごとき働きをする霊華に怒り、再度一斉にスペルカードを発動させて、隙間のない弾幕を霊華に向けて放った。しかし、一同の怒りを込めた弾が当たったとしても、霊華の身体は無駄だと言わんばかりに傷付かなかった。それでも、一同は砲撃をやめず、弾幕を霊華に浴びせ続ける。霊華の身体は弾幕に呑み込まれ、弾幕の外からでは見えなくなってしまった。
「今なら!」
霊華の視界が弾幕で埋め尽くされている事を察した霊夢は、咄嗟にスペルカードを構えた。どういうカラクリなのか、霊華の身体には妖魔による、妖力を含んだ攻撃が通用しないが、人間の攻撃ならば通じると霊華は言っていた。もしかしたら自分達をからかうための嘘かもしれないが、本当なのであれば、自分達の攻撃で霊華にダメージを与える事が出来るかもしれない。
それに懐夢もだ。懐夢は人間と妖怪の間に生まれた『半妖』であるが、使う力は博麗の力そのもので、妖力を含んでいない。だから懐夢も、この中で霊華に攻撃を通す事の出来る、数少ない攻撃出来る者のはずだ。
「懐夢、弾幕に紛れて私達も攻撃するわよ! 私達の攻撃なら、あの化け物に傷を付けられる!」
「わかった!」
霊夢の号令に従い、皆無もまたスペルカードを構えて発動させた。
「神霊「夢想封印」!!」
「神霊「夢想封槍」!!」
霊夢と懐夢の両手に光が集まり、霊夢の手には巨大な光の珠が、懐夢の目の前には巨大な光の槍が形成される。そしてそのまま二人が腕を振るうと、光の珠と槍は二人の手から離れて、弾幕の中に隠された霊華の元へ猛スピードで向かった。
二人の放った光の珠と槍が接近したのとほぼ同時に、他の者達が放っていた弾幕がその勢いを止めて、中に隠していた霊華を黙認できるようにした。その刹那に、霊華の目に光の珠と槍が映り込む。
あそこまで接近されたらスペルカードは間に合わない。ようやく霊華にダメージを与える事が出来る――そう思って、霊夢が叫ぶ。
「これでどうよ、霊華!!」
霊華の声に応じるように、光の珠と槍が、霊華に直撃する――と思われた瞬間、霊華は接近してきた光の珠と槍が当たる寸前で、ぶんっと腕で目の前を払い、飛んできた光の珠と槍に触れた。
次の瞬間、霊華に当たるはずだった光の珠と槍は何かに弾かれたようにその進行方向を変えて、猛スピードで壁に突っ込み、炸裂。霊華の遥か後方で光の大爆発を起こし、消えてしまった。
――弾かれた。術を使ってもいないのに、霊華は術によって飛来した光の珠と槍を、弾き飛ばした。八俣遠呂智や<黒獣>でさえ出来なかった所業に二人は頭の中が痺れたようになって、唖然とした。
ようやく攻撃が当たると思っていた霊夢と懐夢の攻撃が弾かれたという展開の裏切りに、一同もまた唖然としてしまい、その動きを止めてしまった。そんな一同の様子を見回し、現実離れした力を見せつける<災いの巫女>は呟く。
「奇襲でも仕掛けるつもりだったのか? そうでも、そうでなくても、実に浅はかな策だ」
霊華はレミリアとフランドールを撃墜した際に使用したスペルカードと同一のものを指元に出現させ、光に変えて吸収した。
「貴様らの事は塵だと思っていた。だが忘れていたよ。塵も叩けば五月蠅くなる事を」
霊華は武器を弓に変形させ、その弦を引き、光の矢を手元に出現させる。
「もう貴様らと戦う気は失せた。一気に沈めてくれる。燃神「炎鳥翔飛」!」
霊華が宣言すると同時に矢を放つと、矢は爆炎を纏う鳥となり、周囲の樹の壁に飛び込み、爆発した。その次の瞬間、周囲の樹の壁はあっという間に炎に包みこまれ、煙を上げて燃え盛り始めた。いきなり壁が燃え始めた事に一同は驚き、その内の一人である神子が声を上げる。
「樹に火を付けた……!?」
周囲の燃え盛る樹から発生する煙に布都が口を覆う。
「なんだ、煙で殺す気か!?」
その時、衣玖が何かに気付いたような顔になり、周囲を慌てて見渡し始め、その様子を不審に思った天子が、声をかけた。
「ちょっと衣玖、どうしたのよ」
衣玖は慌てたまま、叫んだ。
「違う、煙じゃない! みんな、身を守って!! 樹の壁がこっちに向けて倒れるわ!!」
衣玖の言葉が周囲に渡り、一同の耳に入ったその瞬間、一同を閉じ込めた燃え盛る樹の壁がみしみし、ばきばきという轟音を立てて折れ、閉じ込めている一同に向けて、無数の火の粉と黒煙を舞わせながら、樹の壁は倒壊した。