第百三十三話
<災いの巫女>、博麗霊華。それが、今まで記憶喪失で、博麗神社に居候していた霊華の本当の名だと、紫は言った。そして、霊華こそが八俣遠呂智を封印した後に大罪を犯し、大賢者達の手によって封印された巫女であるとも、紫は言い、その巫女の話を聞いていた者達は唖然としてしまった。
「霊華が……封印された巫女……?」
霊夢の言葉に、紫ではなく、霊華が答える。
「そうだとも。妖怪達は私を恐れ、封印したのだ。しかし、どういう事なのか、その封印は解かれ、私は幻想郷に解放されていた。記憶を除去されてな」
その時、混み合う一同の中を掻い潜り、何者かが霊夢の隣に現れた。それは、文だった。
「文?」
霊夢に声をかけられても、文は答えずに霊華を見つめ続け、やがて何かに気付いたような表情を浮かべた。
「お前……お前はっ……!!」
霊華は文に目を向ける。
「貴様は確か……あぁ、私がまだ生きていた頃の大天狗の娘か」
そう言われて、霊夢は大天狗の話を思い出した。そういえば、文の父親である先代の大天狗は、八俣遠呂智を封印した巫女によって殺害され、文はそれ以来博麗の巫女に強い憎悪を抱いていると聞いていた。霊華は紫に寄れば八俣遠呂智を封印した巫女、即ち……。
「博麗の死神……父様の仇!!!」
そうだ、文からすれば、霊華は父親を殺した張本人……愛する父親を殺した宿敵だ。
激しい憎悪を孕んだ表情を浮かべる文に、霊華は冷たく言い放つ。
「貴様はあの時の天狗娘か。その様子だと、私の事を余程恨んでいるようだな。まぁ私も同じだがな」
「許さない……お前だけは絶対に許さない!!」
霊華の顔にもまた、激しい怒りが満ちた表情が浮かぶ。
「それはこちらも同じだ。貴様らの事は決して許さんぞ、妖怪共め! そして、妖怪に加担する人間と神もだ!」
霊華は武器を分離し、二つの剣として両手に持ったかと思えば、紫に向けて斬りかかった。襲い掛かってきた霊華の刃を、紫が持ち前の傘で受け止めたのを確認すると、霊夢ははっとした。
もう霊華は自分の知っているあの霊華ではない。今ここにいる霊華は、八俣遠呂智を封印して、暴走した災いの巫女。そして文の父親の仇……自分達の、敵だ!
「みんな、戦闘用意! 霊華は、敵よ!!」
霊夢の声は一同に届き、霊夢の声を受けた一同は上空へと舞い上がり、霊華との交戦体勢になった。それに応じたのか、霊華は紫から飛び離れて上空へ舞い上がる。
そして、霊夢達と同じ高度に辿り着いたところで、霊華は止まった。辺りを五十人以上の人、神、妖怪達が取り囲み、一斉に睨みを利かせている。
「貴様ら……私とやるというのか」
霊夢が札と大幣を構える。
「やるに決まってるでしょうが……でも、まさか記憶を取り戻したあんたが、敵になるなんて……!」
「私も、こんなに大事な事を忘れていたとは思ってもみなかった。そして、今まで憎き存在と共に生活をしていたとは、反吐が出るぞ」
魔理沙が歯ぎしりをする。
「何なんだよ霊華! お前、この前会った時と比べて、まるで別人じゃねえか!」
慧音が身構える。
「寧ろあれが霊華の本来の姿と考えるべきか……何にせよ、開けてはならない箱を開けてしまったのかもしれないな」
霊華が一同を見回した後に懐に手を入れ、二枚の札を取り出した。
「貴様ら全員が私に立ち向かうなど、無茶も甚だしい。戦うのであれば、これらとやるがいい」
そう言って霊華が札を空へ放り投げた瞬間、札は光となり、徐々にその形を紙から何かの動物のような形に変えて、巨大化した。あまりに唐突で不可思議な光景に一同が息を呑んだ直後、光は弾けて、中にあったものを露出させた。
光の中から出でたのは、前進が雪のように白い毛に覆われ、ところどころに赤い隈取のような模様が入っている尾の無い巨狐と、白い甲殻と鎧に身を包み、巨狐と同じように隈取のような模様を持ち、手に巨大な戟を持った龍だった。
現れた龍の方を見て、霊夢は驚いた。あれは、八俣遠呂智の封印の場を守っていた龍式神と同じだ。確か紫に寄れば、龍式神などの式神は、全て封印された巫女が生み出したものだという。そして封印された巫女というのが、あの霊華。即ち龍式神などは全て霊華が生み出した存在という事になる。
「あれは、龍式神!?」
霊華が霊夢に目を向ける。
「ほぅ、私の式神を知っているのか霊夢」
「えぇ。八俣遠呂智の封印の場所で、戦わせてもらったわ。まさかあんたの作品だったってのは、驚きだけどね」
紫に着いてきていた藍が、巨狐の式神を見て、驚きの声を上げる。
「趣味の悪い……あれは空狐か」
紫は口元を覆った。空狐、それは藍のような妖狐が、三千年生きた暁に辿り着く最終形態だ。尾を無くし、神に等しき強力な力を司る狐。その一段階前である天狐が、凛導であり、天狐の更に下の段階にいるのが藍だ。即ち、あの空狐の式神は、藍がいつか辿り着くであろう姿だ。
「貴方が辿り着く最後の姿よ、藍。でも、それが敵として現れるとは、恐ろしい事もあるものね」
「しかし紫様。あれはあくまで式神……本物の空狐ではありません」
藍がそう言った瞬間、巨狐は紫に向かって吠えた。その刹那に、紫は指示を出した。
「霊夢、魔理沙、懐夢、レミリア、咲夜、フランドール、妖夢、早苗、紗琉雫、文、映姫、幽香! 貴方達は霊華を! 他の人達はこの式神を倒した後に、霊華との戦いに臨んで!」
紫の指示は一同全体の耳へと届き、そのうち、霊華との戦いを任された十二人は龍式神と空狐式神の注意を周囲の者達に任せて、霊華の元へと駆けつけた。
同時に、龍式神と空狐式神は残った者達を追って、霊華から大きく離れる。そして、懐夢が霊華に声をかける。
「やめてください霊華さん! どうして、どうして霊紗師匠を!?」
霊夢が懐夢に声をかける。
「懐夢、残念だけどあいつはもう私達の知ってる霊華じゃない。霊華は、貴方が教えてくれた昔話に登場する、『大罪を犯した巫女』なのよ」
魔理沙が箒を構える。
「なら聞けるな。あんたの犯した大罪って何なんだ、霊華。ずっとそれが気になってたんだよ」
霊華はふっと鼻を鳴らした。
「お前達に教える必要などない。大罪と言うのも、世界が最もふさわしき形に直される事を恐れた妖魔達が勝手に言い出した事だ。私は罪を一つも犯してなどいない」
映姫が持ち前の不思議な板の先端を霊華に向ける。
「それでも、妖魔達に大罪と言われるような所業は普通の所業とは言い難いです。貴方がどんな罪を犯そうとしたのか、私は閻魔として知りたいところですが」
霊華は映姫に目を向ける。
「貴様……地獄の閻魔か。確かに罪と聞けば聞く耳を立てたくなるような、意地汚い奴だ」
霊華は一息吐いて、言った。
「だが、ここまで知りたいと言われたのであれば、言ってやる。私の目的は、この世界をあるべき姿に戻す事だ」
レミリアが眉を寄せる。
「世界を、あるべき姿に戻す?」
霊華は下を向いた。
「本来この世界は、神と人間が永久に暮らしていけるのを目的として作られた世界。しかし、そこに妖怪や魔物と言った邪なる存在が紛れ込み、増殖し、いつしかこの世界の支配者のようなものにまでのし上がり、日常茶飯事、人間と神を脅かすようになってしまった。本来ならば、妖怪や魔物など邪な言った存在は、消し去られなければならない。この世界に存在してはならないものだ」
その時、霊夢はハッと気付いた。
「まさか、あんたの目的って……妖魔を幻想郷から絶滅させる事!?」
霊華は霊夢に目を向けた。
「察しがいいな霊夢。そのとおりだ」
霊華の答えに一同は驚き、妖夢が言う。
「幻想郷から妖魔を絶滅させる……だと!?」
早苗が驚愕した表情を顔に浮かべる。
「幻想郷から妖魔がいなくなる……そんな事になったら!」
霊華は首を横に振る。
「妖魔だけではない。妖魔の持つ妖力も消し去るのだ。さすればこの世界、幻想郷は神と人間が平穏に暮らせる世界となる。そこに妖魔などという存在は、必要ないのだ」
霊夢は一瞬顎に手を添えた。霊華の言っている事は、神と人間が平穏に暮らせる世界に幻想郷を作り変える事。そのために、妖魔と妖力を完全に滅却するという。
しかし、そこで一度問題が発生する。いや、妖魔と絶滅させると言っている時点でもう問題どころではないのだが、ある重大な問題が、発生するのだ。
それは博麗大結界だ。博麗大結界は、博麗の力と、神の力である神力、妖魔の力である妖力、そして人の持つ力である霊力によって構成されており、このうちのどれかが欠けたら、脆く崩壊してしまうようになっている。妖魔と妖力をこの幻想郷から完全に排除するというのが、霊華の計画。もしも霊華の計画が遂行されてしまったら、博麗大結界は妖力という名の楔を抜かれて崩壊させられてしまう。幻想郷を覆う博麗大結界が破壊されてしまったならば、幻想郷の民達のうち、神、妖魔、妖精は死に絶える。
それに、外の世界に突然放り出される人間達だって無事であるはずがない。
つまり、霊華の計画は、せっかく取り戻した幻想郷の平和を乱すだけではなく、幻想郷そのものを滅ぼし、幻想郷の民達を死に絶えされるもの。これを暴挙と呼ばずして何と呼ぶというのだ。
考えを纏め、霊夢はごくりと唾を呑み込んで、一同に言った。
「みんな、大ざっぱに言えば、こいつの目的は今ある幻想郷の全てを滅ぼす事よ。それこそ、八俣遠呂智と喰荊樹のようにね!」
霊夢の言葉に、紗琉雫が答える。
「そんな事だろうと思ったさ。妖魔を絶滅させようって言ってる時点で、もうまともな事は言わないってわかってるからな」
霊華は頷いた。
「そうだ。私達は相いれない。お前達は必ず私の邪魔をし、私の望む世界を拒む。よって私はお前達を排除しなければならない」
霊華は武器を構え、先端を霊夢に向けた。
「龍式神と空狐式神が倒れたとしても、お前達はここで潰され、終わる」
咲夜がナイフを霊華に向ける。
「終わるのは貴方よ、博麗霊華」
妖夢が両手に刀を持ち、構える。
「貴方の暴挙を放っておくわけにはいかない。ここで、落させてもらう」
文が団扇を構える。
「父様の仇……今こそ討たせてもらうわ……!!!」
霊華が武器を振り回し、構える。
「是非もないな。来るがいい。私自らが、潰してくれる」
霊華の言葉の刹那に、一同は空を蹴り上げて、飛び回った。直後に、遠距離攻撃に秀でた者達が弾幕を霊華に向けて放つ。
八俣遠呂智の時と比べて密度は低いが、ほとんど隙間のない光弾と熱弾の波が、霊華に押し寄せた。しかし、霊華は動かずに迫り来る熱弾と光弾の波をただ見つめていた。
弾幕を目にして動かない霊華に、一同がどういう事だと眉を寄せると、霊華が小さく口を動かした。
「私に挑むと言っておきながら、これだけの攻撃しか出来ぬのか貴様らは」
霊華はぐっと足に力を込めるような姿勢を取ったかと思えば、まるで空気の床を蹴るようにして飛び上がり、急加速。流れ飛ぶ熱弾と光弾の間を縫い、弾幕を放っていた早苗の目の前まで急接近した。
突然接近されて驚く早苗に、霊華は意外そうな表情を浮かべる。
「……この弾幕は貴様のものだったのか。妖魔と交わりし穢れた巫女」
そう一言言って、霊華は早苗の腹部に両足を付けて、そのまま蹴り飛ばした。早苗の身体は悉く、遥か遠方へと吹っ飛ばされていったが、それを見た紗琉雫が高速移動し、吹っ飛ばされた早苗の背後に辿り着いて、その身体を抱き止めた。
「大丈夫か、早苗!」
早苗は紗琉雫に抱き止められながら咳き込んで、言った。
「大丈夫ですけれど、蹴りだけでもすごい威力です……それに、弾幕にも動じていません」
紗琉雫は霊華の方へと目を向けた。霊華は今、文と映姫の放つ弾幕の中に閉じ込められ、縦横無尽に飛び回っていた。
激しい怒りを込めた文の攻撃と、地獄の閻魔らしい強力な攻撃の雨と霰に、霊華は早苗の時のように攻撃出来ず、飛び回るだけだった。
その様子を目の当たりにした映姫は、霊華へと声をかける。
「博麗霊華。貴方のやろうとしている事は文字通りの大罪です。貴方は、裁かれなければなりません」
直後、霊華が制止して、飛んでくる弾を少し動くだけで回避するようになる。
「裁きだと? 鬼やら妖魔やらが巣食う地獄の閻魔風情が私を裁くだと? 寝言は寝てから言うものだ」
映姫は何も言わずに、懐からスペルカードを取り出し、構えた。
「そうですか。反省する気があるのであれば、加減をしてあげるつもりでしたが、仕方がありません」
映姫は静かに宣言した。
「審判「ラストジャッジメント」」
映姫の言葉の直後、映姫の周囲よりその手に持たれる板によく似た弾が無数に出現し、超高速で霊華の元へと飛び交った。
まるで槍のような無数の弾の雨。これに耐えられたものはほとんどいない。例え災いの巫女と言われる霊華であっても致命傷は避けられぬはず――そう映姫が思ったその時だった。
霊華の指元に一枚のカードをのようなものが出現し、瞬く間に光となって消えた。その刹那に、霊華の口が動き、言葉を紡ぐ。
「断神「鏡反斬舞」」
そう言って、霊華が持ち前の剣で迫り来た槍のような弾の大群を横薙ぎすると、映姫のスペルカードによって放たれた弾は全て霊華に当たる直前で制止した。
突然弾が静止した事に映姫が首を傾げ、他の一同が攻撃をやめた直後、槍のような板状の弾は突如くるりと反転してその先端を映姫に向け、そのまま移動を再開した。放った弾が帰ってきた事に映姫が驚いた直後に、スペルカードによって放たれた槍のように鋭利な板状の弾は次々と主である映姫の身体に突き刺さった。そして全ての弾が移動をやめて消え去った頃には、映姫は頭を除く身体のいたるところから鮮血が吹き出させて、身体を紅く染め上げ、脆く地上へと落下した。
あの地獄の閻魔である映姫が落とされた事に一同は大いに驚き、霊夢が声を上げる。
「え、映姫!?」
魔理沙が信じられないような表情を浮かべ、呟く。
「嘘だろ、映姫がやられるなんて……!?」
レミリアが焦ったように言う。
「何が、今何が起きてああなったの!?」
咲夜が答える。
「今、弾が反転したように見えたけれど……」
霊夢はふと考えた。今、映姫の放った弾は霊華に当たる寸前でベクトルを百八十度回転させ、映姫へと戻った。その前に霊華は何らかのスペルカードを使っていたように見えたので、あれは霊華のスペルカードの効果によるものと考えるのが自然……霊華は飛び道具を跳ね返すスペルカードを持っているのだ。――そのスペルカードを使う事によって映姫の弾幕を反転させ、映姫を自滅とほとんど同じ形で撃破した。
「みんな、飛び道具を使っては駄目! 映姫みたいに跳ね返されるわ!!」
霊華が武器を振るう。
「なるほど、察しがいいな霊夢。攻撃したければするがいい。お前達の放つ弾の全てを弾き返してやる」
レミリアが舌打ちをして、スペルカードを構える。
「あの閻魔の攻撃はちゃんとした形のものだったから跳ね返されたのよ。不定型な光弾なら、返せないはず!
フラン、貴方も続きなさい!」
「はぁいお姉さま!」
レミリアの声に合わせて、フランドールもスペルカードを構える。
「紅符「スカーレットシュート」!!」
「禁弾「スターボウブレイク」!!」
レミリアとフランドールの叫びに等しき宣言の直後、二人より無数の紅い光弾と火炎弾の弾幕が発射され、霊華へと襲い掛かった。またスペルカードを使用して跳ね返すに違いないと霊夢は呼んだが、その予想を霊華は裏切った。霊華は、レミリアとフランドールの放つ弾幕をただ見つめているだけで、その場を動こうとしなかった。
「霊華……!?」
霊夢が言ったその次の瞬間に、レミリアとフランドールの放つ弾が、霊華の身体に直撃した。――ように見えたにもかかわらず、霊華の身体は傷付かなかった。
その後、霊華に絶え間なく二人の弾が直撃したが、霊華の身体は一切傷を負う事が無かった。攻撃しているのにダメージを与える事が出来ていないという異様な光景に、一同はごくりと息を呑み、そのうちの一人である咲夜が声を上げるように言う。
「一体何が起きているの!? どうして攻撃が、効いていない……!?」
レミリアとフランドールは攻撃を注視し、唾を呑み込んで、汗を垂らした。
「ど、どうなってるのよ……いくら攻撃しても、あいつにダメージを与えられないなんて!」
「すっごい……なんで私達の攻撃が効いてないの、あいつ!」
霊華がレミリアとフランドールを見上げる。
「言い忘れていた。お前達妖魔の攻撃は私には通じない。私を本気で殺したいと考えているならば、直接殴りにでも斬りにでも来るのだな」
霊華の言葉に乗るように、幽香が霊華に背後から飛びかかった。顔に、これ以上ないくらいに興奮した笑みを浮かべて。
「面白いわねあんたッ! まさしく私が求めていた最強クラスの敵――ッ!!」
霊華は即座に幽香に反応したが、それを上回るかのごとく、幽香の拳が霊華の腹へと食い込んだ。みしみしという重い何かが軋むような音が霊華の身体から鳴り響き、帰ってきた手応えに幽香が笑う。
そして、もう一つと言わんばかりに幽香が身体を回し、霊華を蹴り飛ばそうとしたその時に、霊華はかっと顔を上げて、幽香の目と自らの目を合わせた。いきなり動き出した霊華に幽香は思わずびくりと驚いたが、すぐさま意識を攻撃に向けて、霊華の身体目掛けて回し蹴りを放った。空気を裂く強力な遠心力を纏う幽香の蹴りが霊華の顔に炸裂しようとした刹那、霊華は姿勢を下げて幽香の足を回避。
攻撃が外れて、勢いあまりよろけた幽香の身体に拳を付けて、霊華は静かに言う。
「戦闘で興奮するとは、みっともない」
霊華の言葉に嗤い、体勢を立て直そうとした次の瞬間、霊華はぐっと幽香の身体に拳を食い込ませた。
ほとんど勢いを纏っていない拳が幽香に当たった次の瞬間、幽香の身体は紙屑の如く遠方へと吹き飛んだ。
明らかに勢いが足りていない拳なのに、幽香が吹っ飛ばされた事に一同は驚き、その内の一人である懐夢が驚く。
「ゆ、幽香さんが何で……!?」
咲夜が何かに気付いたような顔になって、懐夢に言う。
「あれは、寸勁だわ!」
「寸勁?」
「えぇ。僅かな動作で高い威力を持つ攻撃を放つ方法の事よ。美鈴が得意なんだけど……まさか寸勁まで使えてしまうなんて!」
咲夜が言った次の瞬間、霊華の元で金属がぶつかるような音が鳴り、火花が舞い散った。
何事かと霊華に目を向けてみれば、文の団扇と霊華の武器が激突し合い、鍔迫り合いを巻き起こしていた。文は息を荒げ、顔には憎しみに満ちた表情を浮かべている。
「博麗の死神……お前だけは殺す!!」
「復讐か、天狗娘。そうだな、私も同じ気持ちだよ。私もお前達妖怪が許せない。
だが、復讐とは虚しい連鎖を引き起こすものだな」
文が歯を食い縛り、霊華に迫る。
「知ったような事を言うな! お前さえいなければ、父様は、父様はぁッ!!」
霊華の顔に静かな怒りが浮かび上がる。
「それはこっちの台詞だよ。お前達さえいなければなぁッ!!」
霊華は文の団扇を弾き返し、文をよろけさせるや否、咄嗟にスペルカードを取り出して発動させた。
「風に呑み込まれて滅しろ、天狗。風神「疾風招来」」
霊華の宣言の直後、文を暴風が包み込み、完全に閉じ込めた。文は咄嗟に逃げようとしたが、風はそれを許さず、刃となって文の身体を無慈悲に切り刻んだ。文の身体のありとあらゆる場所が切り裂かれ、背中より生える翼は規格外の暴風によりへし折れ、皮膚の欠片、血液、黒い鴉の羽、そして文の悲鳴が巻き起こる風に舞い上げられるが、包み込む神風は閉じ込めた烏天狗の少女を切り裂き続ける。
そして風が止んで解放された頃には、文は文字通りの満身創痍となって、血と羽を舞い散らせながら力なく地面へと落ちて行った。
父の敵討ちを望んでいた文があっけなく落とされ、仇討が返り討ちに終わった光景に、霊夢は悲鳴を上げる。
「文ぁッ!!!」
霊華は落ちて行った文に冷たく言い放った。
「その程度の強さで仇討をしようなど、なめているのか」
霊華が地面から空へ視線を戻したその時、周囲の時間が凍結したように止まった。時間が凍結した、人物、自然を含めた空間は、まるで色が抜けてしまったようになり、そこに、咲夜は一人だけ色を持っていた。
霊華が文へ注意を向けた瞬間に、自分だけが持つ時間を操る程度の能力を発動させ、自分以外の時間を凍結させたのだ。辺りを見回せば、一同も自然も色を失い、全く動かない。そして、悍ましい力を持って、次々と仲間達を倒していく霊華も、だ。流石の霊華も、時間を止められてしまっては身動きもとれないし、攻撃だって出来ない。勿論、迫り来た攻撃に対応する事も。
「貴方が今までどんな思いをしてきたのかはわからないけれど、全力でやらせてもらうわ」
咲夜は一枚のスペルカードを取り出し、光に変えて吸収した後に、両手にナイフを持ち、構えた。
そして、全ての時間が止まった空間を飛び、目標である霊華に接近する。
「傷魂「ソウルスカルプチュ」
言いかけた瞬間、あるまじき出来事が起きて、咲夜はぎょっとした。
時間を停止させられて、身動きも思考も出来なくなっているはずの霊華が、動いて、迫り来た咲夜と目を合わせたのだ。
他の皆の動きは完全に止まっているのに、霊華だけは身体を動かし、同じく時間が止まっていても動ける自分と目を合わせる事が出来た事に咲夜は思わず動きを止めた。
おかしい、時間が止まっているはずなのにどうして――そう思った直後に、動けないはずの霊華は口を開いた。
「時間を操る術の持ち主か。そんな優秀な人間が、妖魔に仕えているとは嘆かわしい限りだよ。そして、貴様もまた妖魔に組する者、私の排除対象だ」
霊華は一枚のカードを指元に出現させて光に変換すると、呟くように宣言した。
「幽神「包霧時惑」」
霊華の宣言の直後、咲夜の周囲に分厚い霧が立ち込めて、視界を完全に遮った。何事かと咲夜が周囲を見回した刹那、咲夜の身体は突如として切り刻まれ、瞬く間に全身切り傷だらけとなった。突如として霧が立ち込めて、身体を鋭い何かに何度も斬られるという、理解しがたい状況を目の当たりにして、何が起きているかわからないまま、咲夜は術を解除。
空間に色が戻った瞬間に、咲夜は鮮血を撒き散らしながら、状況を理解できないまま地面へと落ちた。
いきなり咲夜が満身創痍となって落ちた光景に、レミリアとフランドールが驚きの声を上げる。
「さ、咲夜ぁ!!」
「嘘、何で咲夜が!?」
霊華は自らの手を見つめた。
「私よりも強力な術者であったならば、私の動きを完全に止める事も出来たかもしれないが……私よりも弱い術者でありながらあんな術を使うとは、自殺行為も甚だしいな」
レミリアとフランドールは、文が博麗の死神と呼ぶ霊華に目を向けた。父と母を休眠という形で失った後に、ようやくできた家族のような存在、十六夜咲夜。それが今、満身創痍となって落ちて行き、倒れた。そして霊華は咲夜の事を弱いと侮辱して見せた。その言葉を聞き、光景を見た瞬間に、レミリアとフランドールは頭の中でタガが弾け飛んだのを感じ取った。絶対に、許さない!!
二人は八重歯を口元から覗かせるや否、二人は紅い光を纏って霊華の元へと飛び込んだ。愛しき咲夜をあんな目に遭わせた、博麗の死神に。
「博麗霊華ァァァァァァァッ!!!」
霊華はすぐさま二人の吸血鬼に反応を示し、その方へ向いた。既に、レミリアの魔槍とフランドールの炎剣が顔のすぐ近くまで迫り来ていた。
二人は激しい怒りを込めながら、忌まわしき死神の顔に、魔槍が突き刺さり、炎剣が食い込む感触が手に伝わるのを待った。しかし、いつまで経ってもあの肉が裂けて血が飛ぶ感覚はやってこなかった。
どうしたと思って死神の顔を見つめたところで、二人は驚いた。死神は左手で魔槍を、右手で炎剣を握り締め、抑え込んでいた。魔槍の放つ邪気と炎剣の放つ爆炎が腕を包もうとも、平然としている。
「貴様ぁ……!!」
レミリアが呟くと、死神は冷たく言い返す。
「吸血鬼か……それがあんなに優秀な人間を支配しているとはな。だから貴様らは許せないんだよ」
霊華はレミリアの手から魔槍を、フランドールの手から炎剣を引き抜くと、先端が二人に向くように持ち、更に左手に炎剣を、右手に魔槍を持ち替えた。
そして、霊華に攻撃を仕掛けようと動き出そうとしたレミリアに炎剣を、フランドールに魔槍を突き刺し、そのまま空へと投げ付けた。二人は吐血しながら空へと吹っ飛ばされ、霊華はすかさずスペルカードを発動させた。
「沈め。燃神「火鳥翔飛」」
霊華の宣言の直後、霊華の武器の形が少し変わり、まるで弓のような形となり、弦が出現した。霊華が弓に変形した武器を構えて、弦を引くと、手元に燃え盛る光の矢が出現、そして、霊華が二人に狙いを定めて弦を離すや否、燃え盛る光の矢は不死鳥のような火炎を纏う巨鳥に姿を変えて、吹っ飛ばされて身動きの取れない二人に一目散に飛翔。二人の吸血鬼の元に辿り着くや否、爆炎を伴う大爆発を引き起こして二人を悉く呑み込んだ。
猛烈な爆音と風圧が周囲に響き渡り、一同が顔を蒼褪める中、二人の吸血鬼は爆炎から吹っ飛ばされる形で現れて、衣服と翼を燃やしながら、地面へと脆く落ちて行った。
その光景を目にした霊夢と懐夢が叫ぶ。
「レミリア!!」
「フラン――ッ!!」
かつてこの幻想郷に異変を起こして、後々知り合いや友達となった者達が次々と落とされていく様は、一同を恐怖させる。
それがたった一人の巫女の仕業であるから、尚更恐ろしさに拍車をかけていた。
そしてその巫女が、今まで自分達と一緒に暮らし、三色を作ってくれて、まるで家族のように接してくれていた霊華だという事に、霊夢と懐夢は恐怖せざるを得なかった。