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東方幻双夢  作者: クシャルト
完結編 最終章 博麗の巫女
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第百三十二話

 紫は目を覚ました。そこは、いつもと変わらない自宅の寝室だった。

 何度目だろう、こうやって気が付けば寝室の布団の上に眠っていたというのは。

 ゆっくりと身体を起こすと、身体に軽く痛みが走り、紫はここに来る前の事を思い出した。あの時、巨大な黒い荊から魔理沙と懐夢、リグルを守り、そのまま気を失った。

 あれからどうなったのだろうか。あれほどの巨大な荊が成長しようものならば、幻想郷が滅んでしまう。しかし、今いるところは間違いなく幻想郷の我が家だから……。


「御目覚めになられましたか、紫様」


 聞き慣れた声が聞こえてきて、紫はその方向に目を向けた。そこには、式である藍がいたのだが、その顔には安堵の表情が浮かんでいた。


「藍……ここって、私の家よね」


「えぇそうですとも。紫様は喰荊樹の攻撃を受けて、気を失っておられたのです」


「喰荊樹? 喰荊樹ってまさか、あの天志廼を呑み込んだ荊の事?」


「そうです。霊夢によって発生した、博麗大結界を蝕み、幻想郷を滅ぼす荊の樹です」


 紫は吃驚して、藍の目を見つめた。


「そ、それならこんな事をしている場合じゃ、無いじゃないの!」


 藍は首を横に振った。


「いいえ。もう良いのですよ」


 紫はきょとんとする。


「いいって……何が」


「喰荊樹はたった今、霊夢を助けに行った懐夢の手によって崩壊し、跡形もなく消え去りました。だからもう、喰荊樹の異変は終わりを迎えています」


 紫は思わず微笑んだ。


「そっか……懐夢が……霊夢を助け出したのね……まるで、八俣遠呂智の戦いの時みたいだわ」


「紫様が眠っておられる間に、片付いた事が奇跡みたいなものでしたよ。今、懐夢は霊夢達と共に博麗神社へと戻ってきております」


 直後、藍の表情が険しくなった。


「以上がいい知らせですが、ここからは悪い知らせです」


「何があったの」


「幻想郷の大賢者の最高権力者、伏見凛導の死亡が確認されました」


 紫は驚いた。


「凛導が、死んだの」


「はい。どうやら喰荊樹による天志廼の崩壊の前に、死亡したようなのです。凛導が持っていた最高権力は、他の大賢者達の意見の元、紫様へと委ねられました」


 紫は目を藍から逸らした。凛導が死んだという事は、幻想郷と博麗の巫女が解放されたという事だ。即ち『変革』の成功……なのだが、あれほど憎かった凛導が死んだというのが、どうにも腑に落ちなかった。


 本当は凛導と戦い、凛導を説得させて、幻想郷の支配と博麗の巫女を幻想郷を護るための道具にするのをやめさせるのが目的の『変革』だった。しかし、凛導を倒すという目的はなされたものの、凛導を説得するというのは失敗してしまった。凛導を打ちのめした後に説得し、共に幻想郷で生きようと思っていたのに……。


 多分だが、そんな凛導を殺したのは霊夢だろう。あの時、霊夢は階段の上の方から来ていた。凛導もまた、あの階段の上にあるものを好んでいたため、よくあの階段の上には来ていた。その時に丁度、<黒獣(マモノ)>と化した霊夢と鉢合わせになって、凛導へ強い憎しみを抱く霊夢にそのまま殺害されたのだろう。


 確かに変革の際に霊夢と戦ってもらうつもりではいたが、まさか本当に殺害してしまうとは思ってもみず、紫は頭を抱えた。


「変革は成功したのね……でも、凛導は死んでしまった、か」


「そういう事になりますね。それで紫様、これからどうするつもりなのです」


「どうするつもりって」


「霊夢を助け出しに行く前に、懐夢が言っておりました。また博麗の巫女を幻想郷を護るための人形にするのは許さないと。凛導亡き今、主導権は紫様の元にありますが、紫様は博麗の巫女を人形にする考えで?」


 紫は首を横に振った。


「藍、私は凛導の考えに反対だったのよ。だから博麗の巫女を人形にするなんて考えない。霊夢には人間らしい博麗の巫女として生きてもらうわ。それが私達幻想郷の民に出来る、博麗の巫女への贖罪のはず。今回の異変は、幻想郷の民への竹箆返しだとしか考えられないからね」


 藍は頷いた。


「左様でございますか。ならば私もその考えに賛同いたします」


「そう。これからよくなるわよ、幻想郷と博麗の巫女の関係は」


「そうでしょうね。ようやく異変が終わり、幻想郷に平和が戻ったのですから」


 紫は「うん」と言った直後に、何かを思い出したような仕草をして、藍に問うた。


「そういえば藍、喰荊樹は博麗大結界を侵していたのよね? 私が寝ている間の博麗大結界の維持とか補強は誰が行っていたのかしら」


「博麗大結界の維持でしたら、先々代巫女こと、霊紗がやっておりました。流石歴代最強の巫女というべきなのか、博麗大結界は侵されようとも、びくともしておりませんでした」


 紫は頷いた。確かに霊紗は強いし、術の出力もこれまでのどの巫女よりも高い。その上結界に関する術も使えるから、万一博麗大結界に何かあっても、霊紗に任せておけば何とかなる。いや、霊紗ならばなんとかできるのだ。


「やっぱり頼もしいわ、霊紗は。流石、歴代最強の巫女ね」


「そうですね。しかし、霊紗によると、協力者がいたおかげで、いつもより上手く行ったそうです」


「協力者?」


「えぇ。ほら、紫様が夢で呟くれいかと同じ名前を持つ少女、霊華ですよ。彼女は記憶を失いながらも結界に関する術を使えたらしく、懐夢が霊夢を助けに行っている間、霊紗と共に博麗大結界を補強してくれたそうです」


 聞いて、紫は顔を蒼くした。


「そ、それってどういう事!? 霊華が、博麗大結界に干渉したって事なの!?」


「そ、そうでしょう。だって博麗大結界の補強は、結界に干渉しなければできない事ですから」


 藍は驚きながら言う。


「というか紫様、どうなされたのです。急に慌てて……」


 紫は藍を無視して、凛導との会話を思い出した。






「それで、あの子……霊華の記憶はどこに仕舞ったのよ」


「あの子の記憶ならば、取り除いた後に博麗大結界の中へと流した。博麗大結界は幻想郷の民として生きているならば、決して触れる事のない場所だ」


「博麗大結界の中……か。随分変な場所に隠したものね」


「十分だろう。もしあの子に、記憶を取り戻してほしくないならば、あの子を博麗大結界に近付けない事だ」




        *




 凛導は確か、博麗大結界に霊華を近付けてはいけないと言っていた。

 もし藍の話が本当ならば、霊華は博麗大結界に触れて……!


「藍、霊華は今どこにいるの!?」


「霊華ならば、きっと博麗神社にいると思われます。霊紗と共に、懐夢達の帰りを……」


 紫は博麗神社の方角へ目を向けた。


「大変だわ……霊紗が危ない!!」





        *




「!?」


 博麗神社に向かって飛んでいる最中に、懐夢は急停止した。

 妙な気を感じた。いや、今も尚感じ続けている。その証拠に、肌がピリピリして、嫌な感じだ。


 急停止した懐夢に驚き、周囲の一同も同じように急停止し、魔理沙が懐夢に声をかける。


「どうしたんだよ懐夢。急に止まるなんて、危ないぞ」


 懐夢は周囲の者達に声をかけた。


「ねえみんな。変な気を感じない?」


 霊夢が首を傾げる。


「変な気、ですって」


「うん。何だか変な気を感じて、肌がピリピリしてるんだ」


 リグルが懐夢に言う。


「懐夢も感じてるんだ?」


「リグルもそうなの?」


 チルノが懐夢に言う。


「リグルだけじゃないよ。あたい達もみんなそんな気を感じてる」


 懐夢はこの気を感じる者達に挙手を求めた。直後、一同の中の『妖魔』に分類される者達が挙手をしてみせて、霊夢はそれを見て驚いた。


「これだけの数が……一体どこからそれを感じるの」


 懐夢は気が飛んでくる場所に身体を向けた。そこは、目的地である博麗神社のある方角だった。


「神社……博麗神社だ。博麗神社から感じ取れる」


 霊夢は他の者達もそうなのかと声をかけた。やはりみな、博麗神社から気を感じると答えた。


「博麗神社に、何かあるのかしら」


 慧音が霊夢に言う。


「あるいは、博麗神社に何か出現したか……」


 早苗が困ったような表情を浮かべる。


「そんな! まだ何かあるんですか」


 神奈子が歯を食い縛る。


「八俣遠呂智と言い、<黒獣(マモノ)>と言い、今度は何なんだ! まだ終わらないっていうのか!」


 霊夢は一同に声をかける。


「みんな、ひとまず警戒しつつ博麗神社へ向かいましょう。何が出るかはわからないから、用心してね」


 一同の了解を得た後に、霊夢は嫌な予感を感じつつ、もう何も起こらないでくれと祈りながら、一同を引き連れて博麗神社に向かった。


 博麗神社前の階段で降り、霊夢は振り替えって、一同に声をかけた。


「みんな、用心して。何が起きるか本当にわからないから」


 一同はそれぞれの武器を構え、霊夢に頷いた。そして霊夢が前を向いたその時に、博麗神社の方から爆発音のような音が聞こえてきて、霊夢を含めた一同は驚いた。そのうちの一人である魔理沙が言う。


「なんだ今の音!?」


 懐夢が博麗神社に顔を向ける。


「博麗神社から聞こえてきたよ!?」


 霊夢は唾を飲んだ。確か、皆の話によると、博麗神社には霊紗と霊華がいるという。今の音は明らかに博麗神社から聞こえてきたから、もしかしたら霊紗と霊華の身に何かあったのかもしれない。


「みんな急いで! 霊紗と霊華に何かあったんだわ!」


 霊夢は一同を引き連れて、階段を駆け上がった。いつもならば動物や鳥の声が聞こえるこの辺りも、今は何一つ聞こえてこない。動物や鳥達すらも逃げ出す何かが、博麗神社にいる。そう思いながら霊夢は階段を駆け上がり続けて、やがて博麗神社の境内へ辿り着いた。


 そして、一同は言葉を失った。

 境内には霊紗と霊華の姿があった。しかしそれは決して普通な光景ではなかった。霊華が霊紗の首根っこを掴み、持ち上げているのだ。掴まれている霊紗の身体には多数の大きな傷があり、髪の毛が解かれている。


 あの歴代最強と吟われる巫女、霊紗が強い力を持ってはいるが使い方がわからず、非力であるのと何ら変わらない霊華に、首を掴まれて持ち上げられているという信じがたい光景に、霊夢は口をパクパクさせて、霊華に声をかけた。


「れ、霊華……?」


 霊華はゆっくりと顔を霊夢へと向けた。いつもならば、暖かくて穏やかな表情が浮かんでいる霊華の顔。今そこには氷のように冷たくて、生きているのか死んでいるのかすらわからなくなるような、何もない表情が浮かべられていた。

 様子の可笑しい霊華に、懐夢が声をかける。


「霊華さん、どうしたんですか!? 何をしてるんですか……」


 途中で、懐夢は言い留まった。言葉を区切った懐夢に霊夢が声をかける。


「懐夢、どうしたのよ」


「この肌のピリピリする感じ……霊華さんから感じる……」


 霊夢は驚いて、再度霊華に目を向けた。

 直後、霊紗の顔が動き、その口から小さな声が漏れた。


「れ、霊夢……逃げろ……こいつは……こいつはぁ……!!」


 霊華は咄嗟に霊紗に顔を戻して、霊夢に再度顔を向け直した。かと思いきや、霊紗を掴んだ腕を振りかぶり、霊紗の身体を霊夢達の方へと投げ付けた。どしゃっという音を立てて霊紗は境内の石畳に激突し、霊夢の足元まで転がった。あまりに無残な姿になった師の姿に、懐夢は悲鳴を上げる。


「霊紗師匠!!」


 慧音が一同に声をかける。


「治療が出来る者、霊紗に治癒術を!」


 慧音の声を聞いた一同の中の、治癒術の使える者達が霊紗に集まり、一斉に術を賭け始める。霊紗が治療される様を横目で見ながら、霊夢は霊華に言う。


「霊華……何やってるのよあんたは! あんたはこんな事をする奴だったの!?」


 霊華は何もない表情のまま、霊夢に言った。


「博麗霊紗……そして博麗霊夢……どいつもこいつも出来損ないだな」


 霊夢は顔を顰めた。


「な、何を言っているのよあんた」


「そのままの意味だ。お前達は出来損ないって事だよ」


 霊夢は気付いた。霊華の喋り方がいつもと違う。それに声色もいつものように透き通ったものではなく、どすの利いた低いものとなっている。


「何なのよ……どうしたっていうのよ霊華!!」


「気安く呼ぶな。反吐が出る」


 魔理沙が霊夢の隣に並ぶ。


「確かお前、記憶喪失だったよな。まさか、お前……」


 霊華は魔理沙に目を向ける。


「そうだ。ようやく思い出したよ。自分が何者で、何をしようとしていたのかを、な」


 霊華は突然腕を突き上げた。直後、霊華の真上の空間にスキマのような裂け目が出来、中から何かが姿を現し、霊華の腕へと降りた。霊華の腕に捕まれたそれは、柄の両端に両刃の剣が付けられているような、または剣と剣が柄尻で合体しているような、奇妙な武器だった。

 霊華は降ってきた武器を振り回した後に、呟くように言った。


「私の名は……博麗(はくれい)霊華(れいか)。博麗の巫女だ」


 霊華の名乗りに、一同が驚きの声を上げ、霊夢が言う。


「博麗の巫女、ですって!?」


 早苗が言う。


「ど、どういう事なんですか。今のところ確認されている博麗の巫女は、霊夢さんと霊紗さんの二人だけのはずじゃ……」


 霊華は武器の刃先を早苗に向ける。


「その者達と一緒にするなと言っている。忌まわしき妖怪の山に巣食う巫女が」


 直後に、紗琉雫と神奈子、諏訪子が早苗の前に躍り出て、紗琉雫が弩を霊華に向ける。


「早苗への侮辱はそこまでだ」


「なんなんだいお前は。霊夢と同じ博麗を名乗ったり、霊夢を出来損ないだの言って」


「それにその武器……なんか見た事あるんだけど、あんたは一体」


 霊華は三人の神を見回し、呟くように言った。


「……この感じは八坂神(やさかのかみ)洩矢神(もりやのかみ)、そして天津獣神(あまつけもののかみ)か。随分と落ちぶれたものだな」


 三人の表情に驚きが浮かび上がり、神奈子が霊華に問う。


「私達を知っているのか、お前は……!?」


 霊華は頷いた。


「あぁ知っているとも。同類だからな。だが、今言ったように随分と落ちぶれたな。

 そんな妖怪の山に住まう巫女とつるんで、妖怪と共に暮らしているとは、さぞかし身体の中に穢れが溜まっている事だろう。神としては考えられぬ姿だ」


 霊華は一同の方へ目を向ける。


「そこにいる者達もだ。妖怪達と徒党を組んでいるという事は、排除されても構わないという意思表示だと受け取っていいんだな」


 これまでの霊華からは考えられない言い回し、声色、攻撃性に霊夢は混乱しながら、声をかけた。


「霊華……あんた、何をする気なのよ」


 霊華は霊夢へと目を向ける。


「まさか……私が忌まわしき妖怪達に封印された後に、博麗の巫女というものがここまでおちぶれるとは思わなんだ。いや、妖怪達が身を守るために取った策か?」


 霊華は武器を霊夢に向ける。


「いずれにせよ、貴様らは出来損ないだ、博麗霊夢、博麗霊紗。貴様らのように妖怪と組んでいるような輩に、博麗の巫女などという名も職も必要ない。妖怪達諸共……消し去って」


「やめなさい、霊華!!」


 突如、上空から声がしたかと思えば、霊華に向けて熱弾と光弾の豪雨が降り注いだ。熱弾と光弾の雨が当たる寸前で、霊華は咄嗟に後方へ回避し、雨が降り注いだ上空に目を向けた。

 そこには、喰荊樹との戦いの最中、自宅で療養をしていた紫の姿があった。上空に浮かぶ紫の姿に霊夢は驚き、声を上げる。


「紫!」


 紫は霊夢の目の前の位置に降りて、霊夢達と霊華の間に入り込んだ。

 そして、険しい表情で、霊華に声をかける。


「霊華……記憶を取り戻したのね」


 霊華の表情が、激しい憎悪を抱いたものに変わる。


「八雲紫……忌まわしき妖怪の長めが……お前達が私を封印したのは、幻想郷を完全な妖怪の巣に変えるためだったか!!」


 その言葉で、霊夢は思い出した。そう、八俣遠呂智を封印した巫女の事だ。

 その巫女は幻想郷に蘇った八俣遠呂智を倒した後に、大賢者達によって封印された。そして今、霊華は大賢者である紫に向かって自分を封印したと言った。


「封印……? まさか大賢者に封印された巫女って!」


 紫は頷いた。


「そう……貴方達の目の前にいる、記憶喪失だった女の子……<災いの巫女>、博麗霊華よ」


最終章、開幕。

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