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東方幻双夢  作者: クシャルト
完結編 第拾壱章 神女覚醒
133/151

第百三十一話

 春から夏にかけて吹くような温かい風を受けて、ぼくはそっと瞼を開いた。空の色は雪のように真っ白く、雲一つなかった。けれど、不思議な事に、白い空には何の違和感も感じない。普通なら青いのにね。


 身体を起こしてみると、辺り一面に彼岸花の花畑が広がっていた。この暖かい風に吹かれて、ゆらゆらと揺れている様はまるで焚火みたいで、とても綺麗だった。でも、ぼくはこんなふうに沢山の彼岸花が咲いている場所なんか知らない。


 花畑って言ったら幽香さんの育ててる花畑が最初に思いつくけれど、幽香さんの花畑とは違うみたいだ。大して違いは分からないけれど、ここは幽香さんの花畑ではない事だけがわかる。ここは、何なんだろう。


 そもそもぼくはどうやってここに来たんだっけ。思い出そうとしても、頭の中に霧が立ち込めているみたいで、ここに来る前の事が思い出せない。ぼくはどうしたんだっけ。

 立ち上がって周囲を見回しても、辺り一面彼岸花。それ以外のものは見つからない。こんなに大きな花畑が、幻想郷にはあったんだ。ぼくがまだ知らなかっただけで。だけど、ここは幻想郷のどの辺りなんだろう。


「懐夢」


 その時、ぼくを呼ぶ声が耳に届いてきた。ぼく以外にもここに来た人がいるみたい。だけどなんだろう今の声……随分聞き慣れた声みたいだったけれど、見回しても人影ひとつ見当たらない。もしかしたら気のせいかな。風の音が、声に聞こえただけかな。


「懐夢」


 そう思っていると、もう一度声が聞こえてきた。風の音じゃない、これは声だ。聞こえてきた方角もわかるくらいにはっきりしている。そして声が聞こえてきた方角は……後ろだ。


「誰……」


 振り返って、ぼくは言葉を失った。

 数えきれないほどの彼岸花の花畑の中に、一人の男の人が立っていて、ぼくに目を向けている。髪の毛は黒くて短くて、目が紅く、それほどがっちりはしていないけれど、しっかりとした身体つきをしていて、蛇を模したような不思議な青い刺繍の入った白い服にる、ぼくよりも背の高くて、比較的若い男の人……ぼくはその男の人に見覚えがあった。ううん、見覚えどころじゃない。だって、その男の人は……!


「お……おとうさん……?」


 男の人の特徴は、百詠(びゃくえい)矢久斗(しぐと)……ぼくのおとうさんにそっくり……ううん、完全に同じだった。


「おとうさん? おとうさんなの」


 おとうさんにそっくりな男の人は、静かに微笑んで、もう一度言った。


「懐夢」


 男の人の声は、聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころじゃない……これはおとうさんの声だ。あそこにいるのは……間違いなくおとうさんだ!

 でもなんで。おとうさんは死んだはずだ。あの日、変な人達に襲われて……おかあさんと一緒に死んじゃったはずなのに、どうしてここに――そう思うよりも先に、ぼくは足元の彼岸花を散らしながら、おとうさんに向けて走り出し、やがてその胸に飛び込んだ。


「おとうさん、おとうさんなんだよね!?」


 おとうさんは頷いた。


「そうだよ、懐夢」


 ぼくはおとうさんの胸元で、息を吸った。鼻に、蛇の妖怪が持つ独特のものと、暖かさと優しさ、そして力強さが混ざり合ったような匂いが流れ込んでくる。この匂いは間違いなく、小さい頃から何度も嗅いできたおとうさんの匂いだ。この人は、おとうさんだ……。


「おとうさん……おとうさん……!!」


 おとうさんの胸に顔を擦り付けていると、おとうさんはぼくの背中に手を回した。もう絶対に受けられないと思っていた、おとうさんの温もり。おかあさんや霊夢とはまた違う、おとうさんだけしか持っていない温もりを感じて、ぼくはもう一度、おとうさんに会う事が出来た事を実感する。


「会いたかった……会いたかったよおとうさん……!!」


「懐夢、お前、ちょっと見ない間に、こんなに大きくなったんだな」


 ぼくは頷く。


「うん。ぼく大きくなったよ。いい人に会って、強くなれたんだ」


「そうか。お前を大事にしてくれる人にも、会えたんだな」


「そうだよ。博麗霊夢っていう人……その人のところに今住ませてもらってるんだ。それにね、友達もたくさんできたんだよ。皆、いい人ばっかりだよ」


「そうなのか。お前は俺達のところから離れて、そんなにも大きくなったんだ」


 その時、ぼくは思い出した。そういえばここはどこなんだろう。おとうさんはぼくよりも何倍も物知りだから、わかるはず。


「ねえおとうさん、ここはどこなの。どうして、おとうさんはここにいるの」


 おとうさんは顔を上げた。


「ここは生と死の境の場所といったところだ。懐夢、お前は今死のうとしているんだ」


 思わず驚いた。ここが、生と死の境目? そういえば、前に紫師匠が生と死の境の場所には沢山の彼岸花が裂いていて、さらに多くの彼岸花が咲く場所に行けば死に、逆に彼岸花のない場所に行けば生に辿り着くとかなんとか言っていたような……。

 ここには沢山の彼岸花が咲いているから……もしかして。


「ぼく、死んじゃったの?」


「いや。お前は俺みたいにまだ死んでいない。でも、このままお前が彼岸花の花畑の奥まで行ってしまえば、お前は俺と同じように死んでしまうだろう」


 そこではっきりした。やっぱりおとうさんは死んじゃってるんだ。


「おとうさんは、死んじゃったんだね……」


「あぁ。丁度お前と別れた直後に、ここよりも沢山の彼岸花が咲いている場所に飛ばされて、死んだ」


 あの時……襲われた時だ。おとうさんはあそこで、死んじゃったんだ。そしてぼくだけが、博麗神社に、霊夢のところに辿り着いて助かったのか。まぁ正確には身体の中に八俣遠呂智が宿ったおかげで蘇生して、助かったんだけどね。


「だけどな懐夢。お前が辿り着いたここは、彼岸花の数は少ない。ここから彼岸花のない場所まで行けば、お前は生を取り戻せるだろう」


「ぼく、生きれるの」


「あぁ。彼岸花はここから南、丁度俺が向いている方向に行けば行くほど少なくなり、なくなる。完全に彼岸花がなくなったら、そこは生の世界だ。お前は、そこへ行かなければいけないよ。それにな、懐夢」


「なぁに」


「耳を澄ませてごらん。お前の後ろの方角へ、な」


 おとうさんに言われるまま、ぼくは耳を澄ませた。風の音に混ざって、何かが聞こえてくる……これは、声だ。それも一人だけじゃなくて、大勢の声。しかも全部聞き覚えがある。


「これ……みんなの声……」


「そうだ。お前が俺達と別れた後に出来た知り合いや友達、大事な人達がお前を呼んでいる。死なないでくれ、死なないでくれってね」


「じゃあ、ぼくはどうしたら……」


 おとうさんは微笑んだ。


「簡単さ。皆の声がする方向に、行けばいい。そうすれば、お前は生の世界へ、みんなの元へ戻れる。まさか、この声を裏切って死の世界へ行くつもりじゃないだろう」


 そうだ。ぼくは死んでなんかいられない。みんなのいる世界に戻って、みんなと一緒にもっともっと、生きていきたい。でもそうしたら……。


「でもそれじゃあ、おとうさんは……?」


「俺の事は大丈夫だ。お前は俺よりも大事な存在を見つける事が出来た。お前は俺のために死ぬよりも、大事な存在のために生きるべきだ」


「じゃあおとうさんは、一緒には帰れないんだね」


「あぁ。ここにお前が来る事も、もうないだろう。これで、本当にお別れだな」


 そう聞いて、一気に涙が出てきて、目の前が見えなくなる。これで、本当にお別れだ。今までぼくを育ててくれたおとうさんと、お別れだ……。


「おとうさんっ……!!」


 おとうさんの手が、ぼくの頭に当てられる。


「本当に、お前はいい子に育った。俺はお前が誇らしくて仕方がないよ。でもな、帰ればきっとお前はもっと誇らしい子に、大人に成長できるだろう。それにお前にはもう、守ってやりたい存在があるはずだ」


 頭の中に、霊夢、リグル、魔理沙、早苗さん、慧音先生、チルノ達と言った大切な人々の顔が思い浮かぶ。そうだ、ぼくは霊夢を、そしてみんなを守ってやりたいって思ったから、強くなったんだ。


「うん」


「そうだろう。だからこんな場所で立ち止まってないで、早く行け。大事な人達の元に」


 ぼくはおとうさんの胸から離れ、一歩、生への道に踏み出した。


「しっかり生きろ。俺と愈惟の、たった一人の、自慢の息子よ」


 ぼくは頷いて、振り向き、みんなの声のするところへと、生へと走り出した。足で無数の彼岸花を踏みながら、決して振り返る事なく、走り続けた。


 ぼくは生きなきゃいけない。

 さようなら、おとうさん。ぼくを育ててくれて、ありがとう。







       *



「懐夢ぅぅ……!!」


「こんなの、こんなのってないよぉ……!」


 一同は泣いていた。せっかく霊夢が助かって、喰荊樹が消えて、<黒獣(マモノ)>が完全に消滅し、今まで異変に晒され続けていた幻想郷に真の平和が戻ったというのに、懐夢が死んだ。死因は、今まで溜め込み続けてきた負担を一気に身体に受けた事による衰弱死。


 ようやく幻想郷が平和になったというのに、幻想郷の平和と霊夢の命を救うために戦った懐夢が、まるで幻想郷の平和を取り戻したのと引き換えに死んだという事実を、幻想郷の民達は受け入れる事が出来なかった。誰一人としてその場を離れる事が出来ず、霊夢の胸に抱かれている懐夢の遺体に泣く事しか、出来ずにいた。


 髪の毛をぐしゃぐしゃと掴んで、魔理沙がぼろぼろと泣く。


「懐夢ッ……懐夢ッ……こんなのってねえよ……こんなのって……」


 早苗が口元を抑えながら、無く。


「そんな……せっかく幻想郷が平和になったんですよ……なのに、懐夢くんだけが……」


 今まで涙をほとんど零した事のなかった慧音すらも、ぼろぼろと泣きながら、擦り出すような声で言った。


「何故だ……わかっていたとはいえ……どうして懐夢が犠牲にならなければ……ならなかったのだ……」


 文が拳を握りしめながら、すすり泣く。


「私が書きたかったのは大スクープであって……訃報ではないですよ懐夢さんん……!」


 冷たくなった懐夢の身体に顔を押し付けながら、リグルが泣く。


「こんなの、こんなお別れやだよぉ、懐夢ぅぅぅ」


 最後に、懐夢の身体を抱き締めながら霊夢が言う。


「嫌だ……いやぁ……逝かないで懐夢……懐夢……」


 霊夢が力強く、動かなくなった懐夢の身体を抱き締めたその時だった。


「……逝かないよ、お姉ちゃん」


 霊夢、そして他の一同ははっとした。今、懐夢の声が聞こえたような気がする。死んだはずの、懐夢の声が、どこからかした。

 霊夢は目を丸くしながら、懐夢の顔を見つめた。そこには、目を開いてこちらを見ている、懐夢の顔があった。


「か……いむ……?」


 一同は目を丸くして、懐夢の事を見つめた。その内の一人である魔理沙が、きょとんとしたような様子で懐夢に声をかける。


「懐夢、お前……生きてるのか」


 懐夢は苦笑いして、魔理沙を見返す


「ぼくが、死んでるように見えるの」


 リグルが恐る恐る、懐夢に声をかける。


「懐夢、ねぇ、私の事わかる?」


 懐夢はリグルの方を見つめる。


「リグル。心配かけちゃってごめんなさい」


 懐夢が笑むと、リグルは目にぶわっと涙を浮かべて、懐夢の身体にしがみ付いた。同時に、周囲の者達は涙を引っ込ませて、笑いだしたり、苦笑いしたり、怒り出したりした。その中の一人である慧音が、懐夢に声をかける。


「懐夢、お前、お前は……」


「生きてますよ、慧音先生。ちゃんと帰ってきました」


 慧音は目に涙を浮かべて、懐夢を怒鳴りつけた。


「馬鹿者! 起きるのが遅すぎる! お前がいつまでも起きないから、死んでしまったと思ったんだぞ!」


 懐夢は苦笑いして、慧音に謝った。


「ごめんなさい慧音先生。戻って来るのに時間がかかってしまいまして」


 その後、懐夢はゆっくりと自分の身体を抱いてくれている、霊夢の方へ顔を向けた。


「お姉ちゃん、戻って来たよ、ぼく」


「貴方……なんで……貴方が今まで放った術の反動で、貴方は衰弱死するしかないって……」


 懐夢は笑んだ。


「おとうさんが、助けてくれたんだ。ぼくを、死のところから生のところへ戻してくれたんだよ。だから、お姉ちゃん達がいるここに、戻って来れたんだ……」


 早苗が驚いたように言う。


「そんな事が……でも、きっと奇跡が起きたんですね……」


 死後の世界に詳しい、死神の小町がにっと笑う。


「なかなか根性のある死者がいたもんだね。死にかけてる子の精神世界に現れて、生の域に戻す事によって蘇生するとは」


 今まで泣いていた文が、目を腫れさせながら、懐夢に言う。


「よかったです……懐夢さんの訃報を書く事にならなくて……いいえ、寧ろとんでもない大スクープに出会えて、最高に嬉しいです!」


 霊夢はそっと、懐夢の手を握った。


「懐夢……貴方……本当に……本当に……」


「大丈夫だよ。前に言ったじゃない。ぼくは死なないって。お姉ちゃんを守るために、絶対に死なないって」


 霊夢は懐夢の手を離すなり、懐夢の身体を思い切り抱き締めて、泣き出した。


「よかった、よかったぁ、もう、本当に、死んじゃうんじゃないかって、死んじゃったんじゃないかってぇ……」


「大丈夫だよ、ぼくはちゃんと生きてるよ。ちゃんと、喰荊樹の中から、幻想郷に戻って来たよ」


 霊夢は泣きながら頷き、そっと言った。


「おかえりなさい、懐夢。私の……たった一人の弟……」


「ただいま、お姉ちゃん」


 二人の様子を見て、周りの一同は溜息を吐いたり、目元を拭ったりして、安堵したような様子を見せた。

 直後、懐夢は何かを気付いたような顔になって、霊夢に声をかけた。


「そうだお姉ちゃん。『花』はどうしたの」


 言われて、霊夢は思い出した。そういえば、『花』に向けて術を放って、化身を消し去ったが、残った『花』がどこへ行ったのか定かになっていない。


「そうだわ、『花』は……」


 懐夢から顔を離して、周囲を見回したその時に、霊夢は気付いた。懐夢の右隣に、見た事のない奇妙な白い花が咲いている。一目見ただけで、霊夢はその花が普通ではない事に気付き、懐夢に声をかけた。


「懐夢、貴方の隣……」


 懐夢は隣の地面に目を向けて、何かに気付いたような顔になった。


「あ、これって……!」


 霊夢は懐夢の身体を離すと、地面に咲く奇妙な花に近付いた。

 花の形は、桜、鳥兜、鳳仙花、水仙の花が混ざり合ったような複雑で、不思議な形をしていた。花の存在には周囲の者達もすぐに気付き、リグルが不思議がるように言った。


「これは……<黒獣(マモノ)>の模様に似てる……」


 霊夢は気付いた。そうだ、これが『花』だ。ずっと自分の中に宿っていて、自分に理不尽で凶悪な痛みを齎していた宿痾の正体。そして、自分の邪な心に反応して、<黒獣(マモノ)>を生み出していたこの異変の元凶だ。


「みんな、これが、あいつの言ってた『花』よ」


 霊夢の言葉に、一同は驚き、一歩後ろに下がった。

 そのうちの一人、布都が身構える。


「こ、これが<黒獣(マモノ)>を生み出していた、博麗の巫女の負の心か! おのれ、そんなものは今すぐに滅却しなければ」


 霊夢は掌を布都に向ける。


「待って頂戴。そんな事をしてしまったら、これを抱き続けて、苦しんできた博麗の巫女達があまりに可哀そうよ」


 魔理沙が霊夢に声をかける。


「じゃあどうするっていうんだよ」


 霊夢は何も言わずに花に近付き、そっと、花を手で包んだ。直後、花の幹と葉が光になって消え、花だけになって、霊夢の両手の上に乗った。一同が鼻に驚く中、それを霊夢は胸元に近付けてみせた。


 かと思いきや、花は光に包まれ、霊夢の胸の中に吸い込まれるようにして、消えた。どう見ても花が霊夢の胸に吸い込まれたようにしか見えなかった光景に一同は再度驚き、懐夢が瞠目して霊夢に言う。


「お、お姉ちゃん!?」


 慧音が驚いたように霊夢に言った。


「霊夢、花を吸収したのか!?」


 霊夢は頷いた。


「そうよ。私から離れた『花』を、私の中に戻したの」


 早苗が焦った様子を見せる。


「そ、そんな事をしたらまた<黒獣(マモノ)>が生まれて……!!」


 霊夢は首を横に振った。


「それはないわ。もうこの花には<黒獣(マモノ)>を生み出す力はない。この花は力を失った、博麗の巫女達の様々な願いが込められた心よ」


 慧音が焦る。


「だ、だがその花は、博麗の巫女達の憎悪や独占欲といった邪な感情が集まったものなのではないのか。それを取り込んだという事は、お前もまた、悪意に呑み込まれて……」


 霊夢はもう一度首を横に振った。


「どうやら、それもないみたいなのよ。この花は巫女達の邪な感情を閉じ込めてる。もしこの花が壊れたら、それこそ私の心を呑み込んでしまうかもしれない。でもね……」


 霊夢は顔を上げて、一同を見回した。


「博麗の巫女達は、自分達が人間らしい博麗の巫女として生きられる世界っていうのを望んでいた。さっきのあんた達の話を聞く限りでは、幻想郷の最高権力者は紫になったそうじゃない。博麗の巫女が人間らしく生きていける幻想郷を作る事を目標としていた紫が」


「もし、あんた達がさっきの言葉通りに私の友達になってくれて、幻想郷が私を、博麗の巫女を人間らしく生きさせてくれれば、きっとこの花の中に閉じ込められた邪な感情も、癒されると思うの。だって、博麗の巫女が人間らしく生きられるっていうのは、博麗の巫女達が心から望んでいた事だから……きっと、この博麗の巫女達の心は、幻想郷で人間らしく生きられれば、幻想郷への邪な感情を……喜びの感情に変えてくれると思うの。そうすればきっと、いつかは満足して消えて行くと思うわ」


 霊夢は一同に頼み込むように、頭を下げた。


「だからお願いみんな。どうか、残された博麗の巫女達の、傷だらけの心を、癒してあげて」


 一同は黙って霊夢の事を見つめていたが、やがて魔理沙がふっと笑って霊夢に言った。


「それが、私達幻想郷の民が博麗の巫女に出来る罪滅ぼしってやつだな」


 レミリアが腕組みをして言う。


「もともとこの異変は、私達幻想郷の民への竹箆返しなんでしょ。なら、私達は散々迷惑をかけた博麗の巫女に、贖罪をしなければならないわね」


 早苗が霊夢に笑む。


「やりましょう、みなさんで。今まで霊夢さん達博麗の巫女に助けてもらい続けた、恩返しを!」


 霊夢は一同を見回した。全ての者の顔に、笑みが浮かんでいた。


「みんな……ありがとう。きっと、この花も喜ぶわ」


 一同は頷いたが、霊夢は何かを思い出したような顔になって、一同に言った。


「あぁでも、流石に毎日べたべたしてくるのはやめてね。本当に、友達らしく接してくれるだけで、いいからさ」


 魔理沙がふふんと笑う。


「そうだな。霊夢にぺたぺた出来るのは、弟の懐夢の特権だからな」


 霊夢が顔を少し赤くする。


「か、からかわないでよ!」


 霊夢の様子に、一同は声を出して笑った。

 その最中、懐夢が霊夢に声をかけた。


「お姉ちゃん、博麗神社に帰ろう。みんなでまた大宴会をしよう!」


 霊夢は思い出した。そういえば、この異変を終わらせたときには大宴会を開くと言っておいた。


「そうだったわね。みんな、帰りましょう! 今日は、大宴会をするわよ!!」


 その時、魔理沙が何かを思い出して、笑った。


「おっと! って事は、霊華のご馳走を食えるんだよな!?」


「えぇ。みんな喜んで。今博麗神社にはとびっきり美味しいご飯を作れる人がいるの。今日はその人から教えてもらいながら料理を作りましょう! すっごく美味しいのよ」


 霊夢の言葉に、一同の目が輝き出す。

 慧音が笑んで、一同に声をかける。


「そうとなれば決まりだな。みな、博麗神社に帰るぞ!」


 一同は「おぉっー!」と声を合わせて叫んだ。

 その後、一同は空へと舞い上がり、博麗神社目指して飛び立った。




         *




 一方、博麗神社。

 喰荊樹による博麗大結界への侵喰を防ぐべく、大結界へ術を施していた霊紗と霊華は、喰荊樹の崩壊を目視したところで、大結界へ術を施すのをやめた。喰荊樹が崩壊したという事は、懐夢が霊夢を助け出し、異変を終わらせたという証拠に他ならない。弟子が立派に指名を成し遂げた事に、霊紗は笑んだ。


「あいつめ、やってくれたな! 流石は霊夢の義弟……私と紫の弟子だ」


 霊華が地面に膝を付きながら、呟く。


「終わったんだ……」


「あぁ終わったとも。これでこの異変は解決されたはずだ。もうじき懐夢達が戻ってくるだろう」


「そう」


 霊紗は霊華に顔を向けた。霊華は地面に跪き、下を向いていた。

 霊紗は、博麗大結界補強の術を霊華と共に施してから、霊華の事が気になって仕方がなかった。霊華は見た事も触った事もない、博麗大結界を補強する術の事を知っていて、自分と共に大結界の補強を行ってくれた。それだけならまだよかったのだが、問題は術を発動させてから発生した。


 術を施してから数分後、霊華は突然頭を抱えて跪いた。霊紗は無理するなと言って、霊華に退くよう指示したのだが、霊華はそれを無視、術の出力を突然強くして立ち上がった。霊紗は霊華が平然としている事と、その術の出力に驚きながらも、共に術を施し続けた。しかし、それからこの時まで、霊華は一言も言葉を喋らなかった。


「ところで霊華。お前大丈夫なのか。途中で頭を抱えて倒れかけたが」


 霊華は静かに言った。


「……取り戻したんだよ」


「取り戻した? 何をだ」


 その時、霊紗ははっとした。霊夢によれば、霊華は記憶喪失で、自分が何者であったか、どういったところにいたのかなどを理解できずにいた。そんな霊華が取り戻したという言葉を使ったという事は……。


「まさか、記憶を取り戻したのか?」


 霊華は静かに頷き、ゆらりと立ち上がった。


「あぁ。どうやら博麗大結界の中に、私の記憶はあったらしい」


「そうか。それはよかった」


「あぁよかったよ。まさか」


 霊華は霊紗に目を向けた。


「こんなに大事な事を、忘れてしまっていたとはな」


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