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東方幻双夢  作者: クシャルト
完結編 第拾壱章 神女覚醒
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第百二十二話

 見渡せば、そこはいつも使っている寝室の中。気付いたら、博麗神社に戻ってきていた。

 いつ帰ってきたのかはわからない。でも、いつの間にか帰って来ていた。目に見える風景が無縁塚から博麗神社の寝室の中に変わっていた。仲間達が戦っていたような気がするが、そんなものさえも放っておいて帰って来ていた。

 なんだか肌寒い。身体を見れば裸だった。胸と背中と腹に<黒獣(マモノ)>と同じ模様が出ている。

 神社には帰りを待っている霊華がいたはずだが、今はどこにもいない。薄らと、「出て行け、行くなら守矢神社に行け」と言ったような覚えがある。多分、無意識のうちに追い出してしまったのだろう。

 霊華はあまり精神が強くないみたいだし、割と怖がりな方だから、すぐに出て行った事だろう。相手がこんな模様に包まれた身体をしていたら尚更だ。

 壁に凭れ掛かり、そのまま横へ倒れる。


「私が……<黒獣(マモノ)>の根源だったなんて」


 『人間』だと思っていた。でも本当は幻想郷を護るために設定された『人形』だった。

 感情を抑えつけられ、他人に興味を抱かないようにされ、都合の悪い記憶は消され、最強の力をその身に宿され、過去から引き継がれてきた邪な花を受け継がされた。だからだ、感情の薄い奴だと言われていたのは。

 頭の中がぐちゃぐちゃしている。まるでいろんなものを一か所に突っ込んで混ぜ合わせたように、今の記憶と封じられた記憶が入り乱れて、何を考えているのかわからないくらいになっている。


 本当は知っていたのだ。自分が『人間』ではなく、『人形』にされている事を。

 人を好きになったり、愛したり、大事にしたいと思え無くされてる事を。普通の人間として暮らす事を出来なくされてる事を。その度に、幻想郷(このせかい)を恨んだ。幻想郷(このせかい)を壊したいと、何度も思った。自由になりたい、『人間』に戻りたいと願った。

 でもその都度、記憶を消去された。正確には頭の片隅に追いやられていたのだが。

 そんな事を明かされて、消されていた記憶を蘇らされて、狂わない人間がどこにいるというのだ。


 その気持ちが、<黒獣(マモノ)>の花を生んだ。他の者達に種を植え付けて<黒獣(マモノ)>にした。

 だから<黒獣(マモノ)>の声が聞こえたんだ。<黒獣(マモノ)>は自分から生まれた存在……だから自分だけ<黒獣(マモノ)>の声を聞く事が出来たのだ。<黒獣(マモノ)>は、周囲に漏れ出した自分の一部だったのだ……。


 幻想郷(このせかい)を護る……それが博麗の巫女だ。でも、本当は、博麗の巫女は幻想郷(このせかい)を護りたいなんて思っていなかった。寧ろ逆に、幻想郷(このせかい)を壊したいと思っていた。

 当然だ。だって幻想郷(このせかい)は『人間』である自分達を『人形』に作り変えて、守らせているのだから。自由を散々奪い尽くしているのだから。

 そんなところから逃げ出したいと思わない人が、巫女が、どこにいるというのだ。


 三角座りの姿勢になり、裸の身体を抱く。


「もう何も見たくない……感じたくもない……」


 見ようとすれば壊したいっていう欲が、感じようとすれば抜け出したいという欲が突き上げてくる。どんどん、<黒服>の言う邪な心に意識が呑み込まれて言っているのがわかる。

 多分もう、自分は<黒服>……かつての博麗の巫女達の願っていた事を叶える存在なのだ。

 今まで暴妖魔素(ぼうようウイルス)の怪物だの、八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)だの、<黒獣(マモノ)>だの、化け物と呼ばれるようなものを散々狩ってきた。きっと化け物を狩る毎に化け物に近付いて行って、ついには化け物になってしまうようになっていたのだろう。いや、はっきり言ってしまえば、博麗の巫女そのものが、元から化け物と呼べる存在で、本当は博麗の巫女と称えられるのではなく、化け物と罵られるべき存在であったのだろう。


 もう私は化け物なのだ。


 さっきまでいた仲間達も、きっと私が異変の首謀者だと知って、襲ってくるに違いない。

 そうに決まってる。だって私は<黒獣(マモノ)>っていう幻想郷(このせかい)を滅ぼす存在を生み出すんだから。しかも私の中にある博麗の力は幻想郷で最も強い力。しかも私の中には<黒服>の本体である『花』があるらしい。

 『花』は博麗の力に寄生して、歴代の博麗の巫女が今まで成長させてきたもの……きっと歴代の博麗の巫女の力の全てを持っているんだろう。それと博麗の力が合わされば、危険極まりない力になる。――そんなものを誰が放っておくというんだ。

 きっとみんな私を殺しに来る。私が死ねば、きっと私の中にある『花』も死ぬ。これで、<黒獣(マモノ)>の異変は解決される。

 どうせなら自殺でもしようかな。そうすれば……あ、駄目だ。

 前に紫が、「博麗の巫女に自裁は許されない。しようとしても出来ない。博麗の巫女の力が、安全装置として作動して、それを防ぐから」って言ってた。

 だから私は自殺できないんだ。博麗の力に防がれて……死ねない、なにこれ。

 じゃあやっぱり私は殺されるしかないんだ。皆に殺されるしか、方法はないんだ。

 もう私に待ってるのは、邪な心に喰われるか、皆に殺されて死ぬかのどちらかだけだ。


 ずっと、嘘を吐かれてたんだ。

 私は街の貧しい人達から生まれたんじゃない。山奥で死んだ親子の子。母さんは前者の方を教えてくれたけれど、それだって嘘だった。

 本当は感情も思いもちゃんとあった。でもそれらは全部抑圧されていたんだ。大賢者の誰かの手によって。<黒服>が言うからには、暴走した賢者がやったらしいから、多分凛導だろう。あいつのせいで、私の人生は嘘と誤魔化しで塗り潰されたんだ。

 もうおかしいんじゃないの。なんなのこれは。

 私が生きてきた意味ってなんだったの。私は博麗の巫女になってから人間扱いされてなくて、いつの間にか本当に人間じゃなくなってた。それで、守るべき人達に殺されようとしてる。どうなってるの、これ。

 心も頭も変になりそう。いや、もう変になってるのかも。

 もう何もしたくない。私が動き出したら、また<黒獣(マモノ)>が出る。みんな、<黒獣(マモノ)>になる……死にたくても死ねない……。


「懐夢……」


 懐夢。博麗懐夢。私の養子、義弟……私を守ってくれる男の子。

 一緒に戦って、一緒に異変を解決して、平和になった幻想郷で暮らそうって言ってたのに、約束守れなかった。だって、まさか私が異変の首謀者だったなんて知らなかったんだもん。


 あの子はどうするのかな。私を殺すのかな。私が死んだあとはどうするのかな。


 私の後継者はもう既に決まっているだろう。多分、同じ巫女である早苗辺りが上等。あの子の使命はあくまで博麗の巫女を守る事であって、博麗霊夢を守るのが使命じゃない。私が死んだとしてもあの子の使命は(つつが)なく続いていく。


 けれど、もしかしたらあの子は、私から離れようとしないかもしれない。

 あの子はずっと私の傍にいて、私と一緒に暮らしていた。私の事を「大好き」って言ってくれてた。でも、私が異変の首謀者であり、博麗の巫女でなくなったなら、あの子を私から放さなきゃいけない。

 あの子の首に繋がれている、私っていう名前の鎖を斬ってあげなきゃいけない。さもなければ、あの子は私と一緒に死んでしまうかもしれない。あの子はまだたったの十歳だし、好きな子もいる。

 だから、あの子には未来を生きさせなきゃ。



        *



 一方、守矢神社。

 霊夢と共に無縁塚に向かった者達は、<黒獣(マモノ)>を倒して守矢神社へと向かったが、そこまでに誰一人として何も言う事が出来なかった。

 幻想郷を護る存在、博麗の巫女……それが、博麗霊夢。 そして霊夢は今まで自分達と一緒に力を合わせてこの異変、<黒獣(マモノ)>事変に立ち向かっていて、今日、無縁塚にて異変の首謀者と思わしき存在と接触し、異変を解決し、終わらせようとした。

 そこで聞かされたのは、<黒獣(マモノ)>が全て霊夢より発生していたという事と、博麗の巫女が随分昔からこの幻想郷を滅ぼそうと企んでいたという事だった。勿論、そんな事を霊夢自身が知るはずもなかった。大賢者達によって記憶と感情を操作され、そういう事を考えられない、考えたとしても忘れてしまうようになっていたのだから。

 幻想郷を護るはずの博麗の巫女が、本当は幻想郷を壊す事を望んでいた。異変を解決するために戦っていた霊夢が、実は異変の首謀者だった。――その矛盾を知ってから、一同は茫然としたままだった。

 守矢神社の広い境内に集まった後に、人混みをかき分けて、紫がここの巫女である早苗に声をかけた。


「早苗、ちょっと来てくれるかしら」


 地面に三角座りをして足の間に頭を入れている早苗は何も言わない。しかし、すぐに近くにいた紗琉雫が紫の前に躍り出た。


「こんな時にどこへ連れて行くつもりだ」


「ちょっと二人きりで話がしたいのよ。お願い」


 紗琉雫は紫の顔に浮かんでいる険しいのか、悲しいのかよくわからない顔に首を少し傾げた後に、頷いて、早苗の肩を軽くポン、ポンと叩いた。


「早苗、八雲が呼んでる」


 早苗は顔を上げて、紫と目を合わせた。


「何でしょうか」


「いいから、ちょっと二人きりにならせてもらえるかしら」


 早苗は辺りを見回した後に、頷いて立ち上がった。


「わかりました。どこへいけばいいんでしょうか」


 紫は守矢神社の方へ目を向けた。


「守矢神社の中がいいでしょうね。本堂のあたりを借りれるかしら」


「結構です」


 紫は残りの一同に「ひとまずこの場で待機」と声をかけて、一同を留まらせると、静まり返っている守矢神社の本堂へと入り込んだ。早苗はもう一度辺りを見回して、こちらに背を向けている紫に声をかけた。


「それで紫さん、話ってなんですか」


 紫は静まり返る守矢神社の空気を軽く吸いこんで、吐いてから、そのまま話を始めた。


「博麗の巫女は、幻想郷の中の人間と妖怪のバランスを保ち、「博麗大結界」の管理を務めているっていうのはわかるわよね」


「はい、わかります」


「管理者たる博麗の巫女がいなくなるという事は、博麗大結界が、幻想郷(このせかい)が存在を保つ事が出来ないという事を意味するわ」


 紫の語りに早苗は首を傾げる。


「それは霊夢さんが、博麗の巫女で無くなろうとしてるって事ですか」


 紫は頷く。


「えぇ。あの子は博麗の巫女でなくなる。ううん、あの子は早急に博麗の巫女じゃなくならせなければならないわ」


 早苗は驚いた。霊夢は<黒獣(マモノ)>を生み出す根源であると判明し、<黒服>が博麗の巫女ではなく、<黒花の神女>という存在になると言っていた。しかし、霊夢を博麗の巫女でなくすとはどういう事か。


「どういう事ですか……?」


「そのままの意味よ。あの子は<黒獣(マモノ)>を生み出す元凶……幻想郷の大賢者としては、早急にあの子をこの幻想郷から抹殺しなければならないわ」


 早苗は一瞬驚き、歯を食い縛った。

 霊夢は今、<黒獣(マモノ)>を生み出す元凶そのもの、この異変の首謀者だ。だから早く霊夢を止めなければならないが、元はと言えば大賢者達が博麗の巫女に記憶消去や感情抑制などの術を施したせいで、このような事になった。


「そうですけど……誰のせいだって思ってるんですか。貴方達大賢者が博麗の巫女にそんな事をしていたばっかりに、こんな事になったんじゃないんですか」


 紫はもう一度頷いた。


「えぇ。貴方の言う通りよ。私達大賢者は博麗の巫女に二つ術をかけて、思いのままに操っていた。今回の異変の原因は、私達と言っても差し支えない」


 紫は俯いた。


「……元はと言えば、一人の大賢者が最初の巫女を失った時に狂ったのが原因だった。あの人は突然私達への相談もなしに、博麗の巫女を自分の意のままに操れる存在に変えた。私達は驚いて、止めようとした。

 でも、それを止める事は出来なかった。あの人がやった事は、幻想郷を管理していくうえではこれ以上ないくらいに効率的だったから、誰も反論できなかった。私達はただ、従うしかなかった」


 早苗は拳を握りしめた。


「効率的って、そんな事のために博麗の巫女を苦しめるような事をしたんですか!」


 紫は首を横に振った。


「私は気付いてたのよ。彼のやっている事が、あの子達に何らかの悪影響を与えていたっていう事を。でも誰も彼のやる事に反論しないし、反論できなかったから、私はこっそり計画を練っていた。彼の元から博麗の巫女を助け出し、博麗の巫女を『人間』に戻す計画を。そして、私が助け出す巫女は、霊夢になるはずだった」


 早苗は俯く。


「でも、霊夢さんはもう……」


 紫は再度深呼吸をした。


「早苗、貴方は霊夢がどんな子なのか知ってたかしら」


 早苗は首を横に振った。


「わかりません。霊夢さんが、あまり自分の事を語ろうとしない人だったので……」


「そう。まず、そこから教えて行こうかしら」


 そう言って、紫は霊夢の事を早苗に教えた。


 霊夢は元々、身元不明の親子の赤子だった。

 ある時、これまでにないくらいの博麗の巫女に適応する子供の反応を紫が拾い、向かった先の山奥に、男女の遺体と、生きている赤子を見つけたのが始まりだった。紫は当初驚き、生きている赤子を抱き上げて博麗の巫女に適合しているかどうかを確認したが、やはりそこで大きな反応を赤子は返した。


 紫は赤子を衣類に包むと、その場を立ち去って天志廼へ行き、大賢者達を集めて会議をした。その時に赤子がどれくらい博麗の巫女の力に適合しているかどうかを見せたところ、大賢者達は驚き、その子供こそが次代の博麗の巫女に相応しいと言った。


 紫も同じ意見を胸に抱き、早速当代の博麗の巫女であった少女、博麗(はくれい)霊凪(れいな)の元に赤子を持って行き、これが次代の博麗の巫女になるであろう子供であると伝えた。霊凪は驚きながらも大喜びし、赤子を受け取って、早速名前を付けて見せた。博麗霊夢という、立派な名前を。

 それ以降、霊夢と名付けられた赤子は霊凪の子となり、大賢者達から期待を寄せられながら、すくすくと育って行った。


 紫は一旦説明をやめた。

 早苗は少し驚きながら、静かに言った。


「霊夢さんは……ちゃんとした親子の出身ではなかったんですね」


「えぇ。正直言って私自身もあの親子が何者だったのかわからなかったからね。

 でも、この霊夢を、暴走した大賢者である……伏見凛導は見逃すわけがなかった」


 伏見凛導。その名を聞いて、早苗はぎょっとした。

 前に天志廼に行った時に懐夢から聞いた、大賢者の一人で、霊夢の母親である先代の巫女、博麗霊凪を殺した者だ。


「凛導……」


「凛導がどういう人なのかわかるわよね?」


「わかります。というかもしかして、その暴走した大賢者って……」


 紫は頷いた。


「そう。最初の巫女を失った時に狂った大賢者……それは凛導に他ならないわ」


 早苗はごくりとつばを飲み込んだ。

 紫は続けた。


「凛導は、博麗の力に比較的高い値で適合している少女を見つけては、博麗の巫女にするというのを繰り返していたのよ。……それまで博麗の巫女に務めていた者は異変や事故に巻き込ませて死なせ、強引に世代交代させて次々と新しい博麗の巫女を生み出していたの。

 そうする事で、自分が最も都合がよいと思う幻想郷を保とうとしているの。これまでに、何人もの少女や女性が、そのためだけに命を落としてきた。その中で唯一生き残った巫女は、貴方達が天志廼で会った先々代巫女の霊紗だけよ」


「そんな……だから、霊凪さんも……」


 紫は頷いた。


「そうよ。霊凪よりも霊夢の方が博麗の巫女に適合していたから、霊凪は用済みとされて、異変に巻き込まれる形で殺されてしまった。そして、残された霊夢を凛導は私達から掻っ攫い、『人形』にした。これまでにないくらいに適合していた霊夢は、彼にとっては最高の素材だったのよ」


 早苗は口を覆った。


「そんな……なんでそんな酷い事を……凛導さんは何のためにそんな事を」


 紫は顔を上げて、しばらく黙った後に、口を再度開いた。


「最初の巫女を蘇らせるためよ。最初の巫女はわけあって命を落としたの。凛導は最初の巫女の事を忘れられなくて、最初の巫女を蘇らせたいがために幻想郷の支配者になり、幻想郷を最初の巫女が蘇って問題がない形に作り変えて行ったの。博麗の巫女を最強の障害排除人形にする事でね」


紫は顔を下に向けた。


「私はそれを認める事が出来ず、彼に反旗を翻す時を伺っていた。一刻も早く、博麗の巫女を『人間』に戻してやりたいと思っていた。霊凪が私に託した霊夢(たからもの)には、『人間』として生きてもらいたかったから」


 紫は顔を片手で覆った。


「でも、それはあまりに遅すぎた。霊夢は今……言わなくてもわかるでしょう」


 早苗は俯いた。

 今の霊夢は博麗の巫女でありながら周囲の人間、妖怪を<黒獣(マモノ)>に変えて幻想郷を崩壊を狙う危険な存在だ。これまで博麗の巫女が抱いてきた邪な心が濃縮されたものをその身を宿して。


「霊夢さん……霊夢さんはもう……」


 紫は顔を上にあげた。


「私は落ち度だらけだったわ。あの人が彼女達に記憶消去や感情抑制をかける事によって何らかの悪影響が彼女達に出ているとは思っていたけれど、まさかあそこまで危険なものが出来上がっているとは思ってもみなかったし、何より霊夢自身がそれの成長を手助けできるくらいに、邪な心を持っていたというのが予想外だったわ」


 紫は顔を戻した。


「このままじゃ、霊夢は<黒服>の言う通り、幻想郷(このせかい)を滅ぼす存在になる」


「ま、待ってください。幻想郷(このせかい)が滅ぼされたら、外の世界も……!」


「そうよ。幻想郷(このせかい)が滅ぼされたら、今度は外の世界が霊夢に襲われて、この星そのものが<黒服>の言う新たな秩序の世界にされてしまう。それを回避するには、霊夢を討伐するしかない」


 早苗はその時気付いた。この状況は、八俣遠呂智の時と同じだ。

 八俣遠呂智の時も幻想郷(このせかい)が壊されたら外の世界も攻め込まれるから、八俣遠呂智を討伐すると言って戦った。それが今回は、一番出てきてほしくなかった霊夢が討伐対象になっている。幻想郷(このせかい)を破壊する事を目的とする八俣遠呂智ではなく、幻想郷(このせかい)を守る事が使命のはずの、霊夢。

 そして、今更になって早苗ははっとした。そういえば、何故紫はこのような事を話したのだろう。こんな話ならば、皆の前でやってもいいはずなのに。

 気になって、早苗は紫に声をかけた。


「あの、紫さん。先程から気になっていたのですが」


「何かしら」


「どうして、このような話を私にしたんですか。こんな話、皆様の前にするべき話ではありませんか」


 紫はゆっくりと振り向き、早苗と目を合わせた。


「……本来博麗の巫女は、先代の巫女から正式な継承を経て誕生する者……だけど、不測の事態によってそれが出来ない場合は、前もって大賢者達に認定された人間に巫女を継承させる事になる」


 早苗は口をぱくぱくさせて、紫に言った。


「それって、まさか……」


 紫は髪の毛を掴んだ。


「霊夢は『これまでずっと正式な継承を経た力』を受け継いで巫女になった。でも、それにあの『花』が含まれているのだとすれば、霊夢から受け継いでしまったら『花』も一緒に受け継いでしまう。

 だからあの子からは力を受け取らず、私達で再度博麗の力を練成するしかない。まぁ元があるから何とかなるだろうけれど、霊夢のそれと比べたらかなり弱い力になるでしょう」


 紫は髪の毛から手を離して、早苗に一歩近づいた。


「でも、貴方には神獣と<博麗の守り人(はくれいかいむ)>という大きな力が持たされる。足りない分はこの二人で補う事が出来るわ。この二人の力があれば貴方の力は霊夢に匹敵するものになる……」


 早苗は首を横に振った。


「ちょ、ちょっと待ってください。それ、それって」


 紫は構わずに再度言った。


「博麗の巫女に相応しい条件は、人間の女性である事と、巫女になるにふさわしい力量を備えている事、そして、博麗の巫女の力に適合しているかどうか」


 紫は静かに言った。


「結構前から知っていたけれど、貴方は博麗の力に適合しているわ、早苗」


 そう言われて、早苗は紫に呼び出された理由と、紫がここまで長々と話した理由を悟った。


「まさか紫さん……私に、霊夢さんの後を継げ、と?」


 紫は静かに頷いた。


「今のところ、貴方以外に博麗の巫女の力に適合した女の子はいない。だから、霊夢がいなくなった後に博麗の巫女が出来るのは貴方だけ……貴方が皆を先導して、黒花の神女である霊夢を討伐し、博麗の巫女になるのよ」


 早苗は呆然として、紫の事を見つめたが、その目には紫の姿は映らず、これまで霊夢と過ごしてきた思い出が映し出されていた。霊夢とは去年出会ったばかりだが、この一念でぐっと仲良くなれたし、同じ巫女同志気があったりして、楽しかった。一緒に戦った時も、頼もしくて、安心できて仕方がなかった。

 そんな人を殺さなければならないなんて、恐ろしい悲劇だ。


「そんな……何とかできないんですか!? 霊夢さんを助ける方法は……ないんですか!」


 紫は表情を変えずに答えた。


「私だってそうしたいわ。だけど、貴方はそれを思い付けるの。あんなふうになったあの子を救う方法が、貴方はわかるのかしら」


 早苗は俯いた。


「それは……わかりません。でも、私は霊夢さんを殺す事なんて、出来ません」


 紫はふぅと溜息を吐き、玄関口の方へ目を向けた。


「貴方はそうでしょうね。でも私達はそうは言っていられないわ。<黒獣(マモノ)>の根源が霊夢とわかった以上は、霊夢は止めなければならないし、貴方が巫女になる前に『変革』を起こさなきゃいけないわ。

 貴方はここで待っていなさい。私達だけでいくから」


 紫は目の前にいる早苗を退けて、外に出た。

 外に出ると同時に、紫に一同の視線が集まった。注目を浴びながら、紫は言い放った。


「皆、戸惑っているかもしれないけれど、私達が倒さなければならない存在が決まったわ。

 倒さなければならないのは、博麗霊夢。あの子こそがこの異変の犯人であり……」


 その時、魔理沙が紫に割り込んだ。


「ごめん紫、今それどころじゃないんだ!」


 紫はきょとんとして、魔理沙の方へ目を向けた。

 魔理沙の隣で慌てた様子を見せている、リグルが紫に言った。


「懐夢が、懐夢がいないの! ここから離れるなって事で、みんなでいたんだけど、いつの間にか懐夢だけいなくなってて……!」


「なんですって?」




        *


 あの子には未来を生きさせなきゃ。

 懐夢は早苗のところに行っても大丈夫。早苗とも仲がいいし、意外と色んな人と仲良くなれる性格だから……。


「霊夢――――ッ!!」


 そうそう、こんなふうに私の事を呼ぶ。だから早く私から解き放ってあげないと……。

 その時、私ははっとして身体を起こした。寝室の入り口の方に、今考えていた懐夢が、いつの間にか姿を現していた。髪の毛が乱れて、ぼさぼさしている。急いできたのかな。


「懐夢……」


 懐夢は走って来て、私の顔を見て一瞬驚いてから、私の手を力強く掴んだ。


「霊夢、早く逃げよう!」


「逃げる……?」


「そうだよ! 魔理沙や早苗さん、みんなが霊夢を殺そうとしてるんだ! だから、早く逃げなきゃ!!」


 あぁそうか。そりゃそうだよね、私<黒獣(マモノ)>を生み出す存在だもん。いち早く殺してしまわないと危ないもん。みんな、殺しに来るに決まってる。っていうか、殺しに来る事はわかってたんだけど。

 でも、それでいいんだ。私が死ねば、この異変は終わって、幻想郷には平和が戻るんだから。


「いいのよ、懐夢」


 懐夢が驚いたような顔をして、私を見つめる。そんな顔を見ていたら、いつの間にか顔が微笑んできた。


「いいの。それで、私はここで死ぬべきなんだわ」


「な、何を言ってるの霊夢……」


「私はこの異変の元凶……私が死ねば『花』も死ぬ。そうすれば、幻想郷にも平和が戻るわ。だから私は、ここで死ぬ事を選ぶわ。

 でもね懐夢。貴方は未来を生きていける。これからも、ずっと……」


 そう言って、私は何度も抱いた懐夢の身体を、抱き締めた。

 身体いっぱいに懐夢の温もりが包み込み、鼻の中に懐夢の匂いである、『お日様の匂い』が流れ込む。何度も抱いて、何度も嗅いだ匂いだけど、やっぱりいい匂いだし、暖かい。この安心感が好きで、懐夢の事をよく抱きしめたりしたんだっけなぁ。

 最後に、これが出来て本当によかった。


「ありがとう懐夢。ほんの少しの間だったかもしれないけれど、今まで生きてきた中で、貴方と過ごした日々が、一番充実していた。一番、幸せな時だったわ。でも、貴方にはもっと大きな幸せが待っているわ。私と過ごした日々よりも、暖かくて、大きな、充実した日々が、貴方を待ってる……。

 だから、貴方はこれからも、私から続く博麗の巫女を守り続けて、生きて……


 生きて、幸せになりなさい」


 そう言って、私は手刀を作り、懐夢の項目掛けて振り下ろした。

 こんっという音と手応えが帰ってくると同時に、懐夢の身体が少し重くなった。顔を見てみれば、目を閉じて、眠ったように気を失っていた。……これで、いい。

 ほんと、最期の時に懐夢に会えて、懐夢の顔を見れて、懐夢の身体を抱き締める事が出来て、よかった。

 これで、死ねる。『花』と一緒に、死ぬ事が出来る。そうすれば、もうこの幻想郷に禍根は残されな……


 いや、残される。

 凛導(あいつ)がいる。凛導(あいつ)が残っていたら、例え新しい巫女が生まれたとしても、『人形』にされてしまうし、下手したら懐夢も凛導(あいつ)の手によって『人形』にされてしまうかもしれない。凛導(あいつ)なら、やりかねない。

 今まで感じたくなかった気を、私は探した。そして、見つけた。

 妖怪の山の遥か奥に、いる。いや、これは天志廼だ。凛導(あいつ)は天志廼に留まったままでいるんだ。これで最後なんだ……禍根は、残しちゃいけない。懐夢が生きる、幻想郷のためにも。


「最期にひと仕事、するとしようかしら」


 私は箪笥からいつもの服と下着を取り出して纏うと、玄関から外へ出て、妖怪の山、その奥の天門扉へと向かった。


 待っててね懐夢。貴方の生きる世界の禍根を、消すから。

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