第百二十一話
「お前さ、寂しくないのか」
黒い服を身に纏い、黒い典型的な魔女のそれとの形をした帽子を被った友人、霧雨魔理沙の問いかけに、私、博麗霊夢は首を傾げる。
「どういう意味よ」
テーブルに肘をつきながら、魔理沙はもう一度私に問う。
「そのままの意味だよ。お前、あんな神社に一人で住んでて寂しくないのかって」
どうしてそんな事を聞いてくるのか、わからない。
「唐突に何を聞くのよ」
魔理沙の隣に座り、紅茶を啜っている金髪の少女、アリス・マーガトロイドが紅茶の入ったカップを皿の上に置き、魔理沙と同じように私に問う。
「私も思ってたわ。霊夢、貴方はあんな神社に一人で暮らしていて寂しくないの」
「だぁかぁら、何でそんな事を唐突に私に問うのよ。何かあったの」
「いや、お前の事を見てるとたまに思うんだよ。あんなところにたった一人で住んでいて寂しくないのかって」
目の前のカップに手を伸ばし、中に入った紅茶を啜った後、答える。
「あんた達も似たようなもんじゃない。変な森に住居を立てて一人で暮らしてる。私とほとんど同じ状況じゃないのよ」
アリスは手製の人形をテーブルの上に置いた。
「私には人形がいるから寂しくない」
魔理沙は辺りを見回してから、霊夢に目を戻した。
「私の場合は辺り一面に散らばる道具達がいるから寂しくないぜ」
なにそれ、馬鹿みたい。
「そんなのがあって寂しくないんなら、じゃあ私も寂しくないわ。神社にもたくさんものがあるし、あんた達の家にはない酒造も書庫もあるからね」
テーブルに肘をつき、両手を頬に当てた。
「それで、何でこんな事を聞いてくるのよ。いい加減私の質問にも答えてくれるかしら」
魔理沙は椅子の背もたれに寄りかかり、手を頭の後ろで組んだ。
「いや、何となく気になったんだよ。あんな何もない神社にずっと暮らしていて、寂しくないのかなって」
アリスがもう一度紅茶を啜った後、私に視線を向ける。
「その様子だと、問題なさそうね。流石霊夢と言ったところかしら」
「流石私って、どういう意味よ」
「そのままの意味よ。いついかなる時も揺るぎ無い心を持っている博麗霊夢だわって言ったのよ」
「そうでなきゃ、博麗の巫女なんか勤まらないわ」
魔理沙が霊夢の手に、自らの手を静かに置いた。
「だけどさ、たまにこうして、誰かと遊んだり、他人と話をしたりするのは大切だと思うぜ」
あぁ、そうか。この二人はこんなくだらない理由で私をここまで呼んだのか。
「もしかして、私を呼んだ理由って、私に話をさせるため?」
アリスがふふんと笑う。
「半分正解で半分外れってところかしらね。貴方をここに呼んだ理由は、大体が魔理沙よ」
「はぁ?」と言って魔理沙を見つめると、魔理沙はにっと笑った。
「お前をここに呼んだのは、お前に話をさせるためだ。というか、私がお前と話がしたかったからだぜ」
こんな事を言っているが、魔理沙はしょっちゅう博麗神社に来て私と話をしている。だから、話がしたいという欲求は満たされているはずだ。首を傾げて、魔理沙にこの事を話すと、魔理沙は首を横に振った。
「そうだけどさ、いつも神社にいる時のお前は私の話を聞くばっかりで、自分から何かを話そうとしないじゃないか。だから、外に出ればちょっとは口が軽くなるんじゃないかと思ったんだ」
アリスが呆れたような表情を浮かべる。
「でも、貴方は通常運転だったわね」
私は邪魔くさい魔理沙の手を離して、もう片方の手を振った。
「結構よ。そもそも、何を話せっていうのよ。話す事なんか、お金の話と、妖怪退治と、お酒の作り方の話くらいしかないわ」
「そういえばお前お酒作ってるんだっけ。未成年のくせに」
霊夢は溜め息を吐くように言う。
「そうよ。そうでもしなきゃお金は入ってこないからね。まぁでも、街の人々の間じゃかなり人気らしくてね。売りにいくとこれまたがんがん売れるわけよ。おかげで生活費には全く困らないわ」
アリスが両掌を上に向けた。
「その代わり、お賽銭の方は全くもらえてないみたいだけど」
霊夢は溜め息を吐いた。
「そうよ。生活費が増えてくれるのはすごく嬉しいけど、お賽銭が増えないのは痛いわ。誰かお賽銭箱がいっぱいになるくらいにお賽銭を入れてくれないかしら」
「金の話をするのはいいが、もうちょっと他の話に興味を持てるようになった方がいいぜ、霊夢」
「え、何で? 何でそんな事をしなくちゃいけないの」
「何でって……お前からすれば楽しい話かもしれないけれど、私達からすれば金の話なんか面白くないぜ。そして今日ここに来てから、お前は何だかずっと退屈そうにしてる」
アリスが腕組みをする。
「珍しく魔理沙に同感だわ。貴方は物事に興味を持たな過ぎよ。だからどんなところに行っても退屈そうにしてるんだわ」
「なんて言われてもねぇ。実際私からすれば、正直な話、毎日お茶でも飲んでだらだらして、たまに異変解決に出かけるっていう日常が送れていれば、それでいいのよ。だから他の事にはあまり興味が湧かないわ」
魔理沙が眉を寄せる。
「お前なぁ……」
窓の方へ目を向けてみると、空は晴れて、太陽に照らされて雪が虹色に輝いている。
「まぁ、よっぽど大きくて危険な異変が起きた時には、あんた達に協力を頼み込むかもしれないから、その時はお願いね」
「それ、こっち見ないで言う言葉か?」
魔理沙の言葉に何も答えずに、椅子から降りた。そして出口の方まで向かうと、魔理沙が声をかけてきた。
「ちょ、霊夢帰るのかよ!?」
振り向いてみると、魔理沙とアリスの二人は揃って驚いたような顔をしていた。
「えぇ帰るわよ。結構重要な相談とかがあって呼ばれたと思って来たんだけど、そうじゃないみたいだしね。話す事も特にないから、もうお暇させてもらうわ」
冷たい言葉を吐いて、私はアリスの家の出入り口の戸を開き、外へ出た。雪が太陽の日を浴びて眩い光を放ち、木に積もった雪はばたばたと音を立てて地面へと落ちている。太陽が出ているせいか、少しだけ暖かく感じた。
「さてと、帰るとしますか」
とん、と地面を軽く蹴って空へ舞い上がり、魔法の森の上空まで身体を持って行くと、博麗神社の方へ身体を向けて、飛び立った。冬の冷たい風を浴びながら空を駆け、博麗神社へ向かおうとしたその時、ふと思い出して、その場に停止した。……そうだ、アリスの家に行った後に、昼食の食材を買うために街へ寄ろうと考えていたんだった。危うく、忘れてそのまま帰ってしまうところだった。
「いけない、いけない」
くるりと身体を街の方に向け直すと、そのままびゅんっと加速して空を駆けた。
街の前まで来たところで降下し、ふわりと音をたてないように静かに着地。少し遠くにいるにもかかわらず、すぐ近くにあるかのような人々の賑わうの音を聞きながら、街の中へと入りこんだ。街の中はまだ十時であるにもかかわらず真昼間や夕暮れ時のように賑わっており、活気のある人々や妖怪達が、ある者は忙しそうに、ある者は楽しそうにのんびりと行き交っている。相も変わらず、賑わう街だ事。
行き交う人々の中へと入りこみ、間を縫うようにして目的地へ歩んだ。
目的地は八百屋と肉屋だ。最近あまり彩のあるものを食べていないから、たまにはそういったものを食べようという気になった。それに、今日はいつもよりも多めに金を財布に入れてきた。若干多めに買っておけば、昼間だけではなく夕食の材料にする事だって出来る。
買い物はすぐに終わった。買った肉と野菜が入った買い物袋を腕にぶら下げた時、いつもよりも重く感じられたのが、どこか嬉しくて、少し心を弾ませた。そして、帰路へ向かおうとしたその時だった。
「―――、早く――!」
「待ってよお姉ちゃん、お母さん――!」
ざわめきの中から特徴的な声が聞こえて来て、思わず振り返り、目を向けた。その方向には七、八歳くらいと思われる小さな男の子が姉と思われる十、十一歳くらいの女の子と、二人の母親と思わしき三十代くらいの女性の元へ駆けている光景があった。男の子はすぐに姉と母の元へたどり着き、母親は顔に笑みを浮かべて、やってきた息子の頭を軽く撫でた後、息子、娘と手を繋いだ。
「ほら、帰るわよ」
母親の言葉に男の子と女の子は元気よく「はーい!」と答え、母親、姉弟と手を繋いだまま、人混みの中へと歩き出し、消えていった。どこにでもいるような幸せそうな親子の様子を釘付けになって見ていたが、親子の姿が見えなくなったところで、私は胸の中がひんやりとしたような気がして、耳の中で先程の魔理沙の言葉が響き渡ったのを感じた。
―――お前は寂しくないのか。あんな何もない神社で暮らしていて、寂しくないのか。
確かに私は何もない博麗神社に孤独で暮らしているけれど、これまでその生活に寂しさを感じた事はない。一人でいる事にも、慣れきっているようなものだ。だからどうという事もないはずなのだが、あの誰もいない、森閑とした博麗神社とその風景を思い出し、これからそこへ帰ると考えた途端、親子を見た時と同じように胸の中がひんやりしてきた。
(……寂しくなんか、ないんだから)
くるりと振り返り、我が家へ足を進めた。
でも、途中で私は足を止めて、誰もいない林の中に降りた。
ここなら、誰にも聞かれないし、誰にも見られないだろう。
「……何よッ!!」
目の前の木をどすんっと殴りつける。手に痛みが走ったけれど、そんなの気にしない。
何が、寂しくないのか、よ! あんな何もないところで暮らさせられて、寂しくないわけがないでしょうが!!
私が何をしたっていうのよ。何で私はあんな事をさせられてるのよ。何かの罰? 私何もしてない。私からは何もしてない。何も恨みを買うような事はしてない。
なのにどうして! なんで私はこんな事をさせられてるのよ。何かある度に駆り出させられて、変な奴らを戦って、初めて出会った人と仲良くしたいと思っても出来なくて、時々気持ち悪い変な妖怪や怪物とも戦う事を強制される。そんな事なんかしたくないのに!
そして周りの連中は知らんぷり。私が出来ない普通の暮らしを平然と私の目の前でやってのける! ……母さんを殺した癖に、私をこんなところに繋ぎとめた癖に!
そもそも何で、大賢者の連中は私の事をここまでこんなふうにしておくのよ。あんた達は何のために幻想郷の賢者をやってんのよ。幻想郷の事が第一で、幻想郷を護るために戦う巫女の事は放置だって言うの。ふざけないで!!
「皆……皆……大ッ嫌いよ!! 街の連中も、大賢者も、どいつもこいつも、全員ぶっ殺してやる!!」
「こんな幻想郷なんか……こんな幻想郷なんか、ぶっ壊れちゃえええええ!!!」
*
黒い閃光のドームは消え去り、一同は無縁塚へと戻ってきた。
しかしその顔色は<黒服>を除いて青白く、唯一健康そうな顔色をした<黒服>が笑う。
「いかがでしたか。これが、貴方達幻想郷の民を護ってきた博麗の巫女と、博麗の巫女の真の願いですよ」
魔理沙が信じられないような顔をして、自らの頭を抑える。
「まさか……今のが、博麗の巫女の……過去……?」
布都が首を横に振り、身構える。
「な、そんなわけがないだろう! しっかりするのだ皆の者!」
マミゾウが頷く。
「大方、あいつが見せた幻か瞞の類じゃろう。気にするでないぞ!」
二人の声に一同は頷き、身構えるが、その中で三人だけ、動かない者がいた。
それは、紫と懐夢、そして霊夢だった。
三人に驚くように、紗琉雫が声をかける。
「おいお前ら何やってるんだ! あいつを、あの嘘吐き巫女をやるぞ!!」
その時、紫の口が動いた。
「……いいえ皆。あそこにいる黒い巫女は、嘘吐きなんかじゃない。あいつが見せた物は全て、本物よ。そして話も、全部本当の話」
一同は驚愕したように紫に目を向け、天子が怒鳴りつける。
「何言ってんのよ! あんたまであいつに毒されたわけ!?」
「毒されてなんかいない。だって私達は……博麗の巫女に相応しい女の子の心を強くするために、感情抑制や記憶消去などを施していたのだから」
幻想郷の大賢者の一人である紫の思わぬ回答に、一同は唖然としてしまい、身構えるのをやめてしまった。そのすぐ後に夢はむくりと立ち上がり、不安定にふらふらと歩き、やがて紫にしがみ付いた。
「なんなの……なんなのこれ……紫、これ……なんなの、私、こんな記憶……こんな記憶を……」
紫はしがみつく霊夢を悲しそうな顔でじっと見つめていたが、何も答えようとはしなかった。
霊夢は紫の服の裾を力強く掴み、紫の身体を揺すった。
「教えて、教えてよ紫……紫ぃ……ゆかりぃぃぃ……!!」
どんなに揺すられても紫は答えようとしない。
「答えてよ……どうして黙ってるの……こういう時、何でも教えてくれたじゃないの……」
直後、霊夢は頭を押さえて崩れ落ちた。
「いや、いやぁあ、いやあああああ、やめてぇ、やめてぇえ、あたまのなか、ぐちゃぐちゃにしないでぇ」
その様子を、一同は戦慄していたが、同時に<黒服>の言っていた事、見せた映像が全て事実であった事を悟った。霊夢は今、封印されていた記憶を思い起こされて、現在の記憶と封印された記憶が頭の中でかき混ぜられて、ひどい混乱状態に陥っているのだ。そうでなければ、あんなふうになるはずがない。
混乱する霊夢を見つめながら、<黒服>が囁くように口を開く。
「うーん、どうやら完全に記憶を思い出させる事は出来ませんでしたか。まぁ相手は幻想郷の大賢者、そう簡単に打ち破れるものではありませんしね。
さてと霊夢、貴方は歴代の巫女達よりも強い願いを抱き、新たな世界を築く神の娘……」
<黒服>は一歩ずつ霊夢へと近寄り、両腕を開く。
「これから貴方は幻想郷中に『花』の『種』を撒き、同胞を増やし、巫女を超えて、<黒獣>の頂点に立つ<黒花の神女>となり、新たな世界の秩序そのものになるのです」
霊夢は振り返り、ぐしゃぐしゃになった顔で首を横に振る。
「ちがう、ちがう、ちがうちがう、わたしは、そんなんじゃ、ない」
<黒服>はにっと笑う。
「誤魔化してはいけませんよ霊夢。既に貴方に出ているはずですよ、<黒花の神女>としての資格が」
そう言って、くいっと<黒服>が指を動かすと、突然地面が盛り上がり、細長い何かが次々と地表に姿を現した。それは、黒い色をした、花を持たない荊だった。
一同が突然現れた荊に驚くや否、荊はまるで触手のように自由自在に動き回って、霊夢の周囲にいた者達を全て弾き飛ばし、霊夢から遠ざけた。霊夢は驚いて、遠ざかった者達に叫ぶ。
「み、みんなぁ!!」
弾かれた者達は霊夢を助けるべく、荊へ攻撃を加えたが、荊には霊夢が使うそれと同じ結界が張られているらしく、全ての攻撃が弾かれて意味をなさなかった。そればかりか、荊は徐々にその数を増して、まるで邪魔をするなと言わんばかりに一同を攻撃し始めた。
一同が荊によって動きを止められるや否、霊夢の周囲で動き回っていた荊の数本が、霊夢の手足に巻き付き、霊夢の身体を瞬く間に拘束した。手足をいきなり縛られて、宙吊りにされて、霊夢は思わず悲鳴を上げたが、それを聞いた<黒服>は軽く喉を鳴らした後に、再度指を動かした。<黒服>の指示を受けた荊の一本は、素早く悲鳴を上げる霊夢の口元に巻き付き、霊夢の悲鳴を無理矢理遮った。
「んん、んん――!」
<黒服>はにこりと笑い、霊夢に声をかける。
「さぁ、みなさんにお見せいたしましょうか、霊夢」
<黒服>の言葉の直後、荊の数本が霊夢の身体へと伸び、いつもとは違う厚い服の中に入り込んだ。荊の棘が肌に食い込む痛みを感じて、霊夢は荊がさらしの中にまで入り込んでいる事に気付いて顔を蒼くし、口を塞がれたまま叫んだ。
「んぅ、ぅんう! んん――、んんん――! ンンン――――ッ!!!」
直後、霊夢の服の中に入り込んだ荊達は急に外へと動き出し、霊夢の服を引き千切った。ばりっという嫌な音を立てて、霊夢の身を包んでいた服はばらばらの布きれとなって宙を舞い、地面へと落ちて行った。周囲に一糸まとわぬ霊夢の身体がさらけ出され、ほぼ全ての者の目に霊夢の裸身が映し出されたが、一同はあまりの光景に言葉を失った。
霊夢の血色の好い美しい肌に、黒い花の模様と、赤と紫の刺々しく、禍々しい模様が浮かび上がっている。しかもその花の模様は三つあり、胸元に日本水仙、腹の周囲に鳳仙花、背中に鳥兜の花のような形のが出現していた。
身体に黒い花の模様と赤と紫の刺々しくて禍々しい模様のあるもの、それはまさしく<黒獣>だった。
本来ならば幻想郷を護るはずである博麗の巫女。その身体に幻想郷を崩壊させる存在である<黒獣>の模様が浮かび上がっているという矛盾に一同は釘付けになって、<黒獣>の模様を身体に宿す博麗の巫女、霊夢を見つめていた。
「んんんん―――、んんんん――――、ンンンン――――!!!」
見ないで、見ないで、見ないで。叫んでも伝わらないし、隠そうとしても隠れない、いつの間にか現れていた、呪われた模様。
その存在に気が付いたのは昨日の夜だ。風呂に入ろうと思って脱衣所に入り、上着を脱いでさらしを外した時に、あるはずのない<黒獣>の模様が浮かび上がっていた事に初めて気付いた。いつ現れたのだろうと考える前に叫びそうになったが、霊夢は必死に口を押えて、我慢した。そして、これが近頃自分を苦しめていた宿痾の正体である事を悟った。
その時、どうすればいいかと考えて真っ先に思い付いたのが<黒服>だった。<黒服>は<黒獣>の親玉、即ち<黒服>に聞けばこの模様が何なのか、治し方がどうなのかわかるはずと思って、今日に臨む事にして、霊夢は身体に現れた<黒獣>の模様を隠すために普段着ない服を着た。――まさか、<黒獣>の親玉が自分だなんて思ってもみなかった。
「霊夢、あぁああ……わたしの可愛い霊夢……」
<黒服>は霊夢に寄り添い、相変わらず微笑みを顔に浮かべた。
「貴方が先代の巫女、霊凪の子になってから、予兆はありました。でもそれが確信に変わったのは、霊凪が殺されて、貴方が当代の博麗の巫女になってわたしが貴方の中に宿り、心の中に沢山の邪な感情を抱いている事を知った時……その時悟ったのです。貴方こそが、長らく博麗の巫女達が望んできた願いを叶えられる神女であると……」
「んんん、んんん、んんん、んんんんんんんんんんんん――――――――ッ」
<黒服>の言葉の直後に、かつて霊夢の身体を診察した事のある永琳が驚きの声を上げる。
「どういう事? 私は霊夢を診た事があるけれど、その時は何もなかったわ!」
<黒服>は永琳に目を向ける。
「それはそうでしょう。だってわたしが具現できるのは、霊夢の感情が高ぶった時だけですから、普段では霊夢の身体を調べ上げたとしてもわたしを見つける事は出来ませんよ」
<黒服>は霊夢の胸に手を当てる。
「今ならば、わたしを見つける事が出来るでしょうね。記憶を取り戻し、霊夢の感情がこれまでにないくらいに高ぶっている今ならば、わたしは常に霊夢の身体に具現化していられます」
<黒服>は霊夢の身体から手を離し、一同を見回した。
「さてと、貴方方が欲しかった答えをお教えします。わたしの正体は過去の博麗の巫女達の邪な心と願いの総帥。そして貴方方が<黒獣>と呼ぶ存在が起こす異変の犯人は、わたし達博麗の巫女と、当代博麗の巫女である博麗霊夢です」
<黒服>は残念そうな表情を浮かべる。
「願わくば、これまで霊夢と共に過ごしてきた貴方達も、わたし達の作る新たな世界の民になってもらいたかったんですが、そんなのを認めるわけもありませんね」
一同は何も答えず、<黒服>と<黒獣>になりかけた身体の霊夢に呆然とする。
そんな一同を見下ろしながら、<黒服>は微笑みを顔に浮かべて言った。
「もしわたしを止めたいと考えているのであれば、霊夢を殺せばいいでしょう。わたしは霊夢の身体の中にある『花』が意志を伝える為に本体から離れている分体なので、本体は霊夢の中にあります。だからわたしを倒したくば、霊夢を葬る必要があるのですが、果たしてそのような事が貴方達に出来るかどうか……まぁわたし自身もそんなにあっさりやられるつもりはありませんが」
<黒服>は霊夢の胸に再度手を当てた。直後、霊夢の身体から赤黒い閃光が発せられ、霊夢は絹を裂くような悲鳴を上げ始める。しかしそれもまた口元に巻かれた荊によって、くぐもった小さな声になって周囲に発せられた。
「んんん――――――――――――ッ、ンンンンンンンンン―――――――――!!!」
<黒服>は霊夢から放たれる閃光を全身に浴びながら、にっこりと笑った。
「ほら、もう朝ですよ。お友達が外で待っています。おはよう、わたし達の家族。
新しい世界の始まりですよ」
「ンンン―――――――――ッ!!!」
霊夢の叫びが周囲に木霊するのと同時に、霊夢から三つの赤黒い光の珠が上空へ向けて放たれ、一同の周囲に高速で降下した。かと思いきや、三つの赤黒い光の珠は地面に着いたところでそれぞれ形を変えていき、やがて三匹の異形の怪物を形作ったところで弾けて、仲から形作ったものを出現させた。光の珠から現れたのは、特徴的な花の模様と赤と紫の刺々しく、尚且つ禍々しい模様をその黒い身体に浮かばせた、背中から猛禽類のそれと同じ黒翼を生やした巨虎と、足の先端が人の手になっており、蜻蛉のそれを大きくしたような翼を胴体から生やした異形の巨蜘蛛、黒い鱗と口角に身を包んだ禍々しい輪郭が特徴的な飛竜だった。
一同は三匹の怪物の出現に驚き、その内の一人である慧音が叫ぶ。
「ま、<黒獣>だと!?」
神子が驚愕したような顔になる。
「今の、霊夢から生まれたように見えましたが……」
布都が神子と同じような顔をする。
「まさか、本当に霊夢が<黒獣>の親玉だというのか……!?」
<黒服>はにっこりと笑って、返事をした。
「だからそう言ったではありませんか。さぁ、わたし達の家族よ、その人達をこの『新たな世界の秩序』そのものである『黒花の神女』の最初の贄にしなさい」
三匹の<黒獣>は<黒服>の声に呼応するように顔を上げ、一同に身体を向けて身構え、咆哮した。それをいち早く察知したレミリアが、叫ぶ。
「来る! みんな、戦うわよ!!」
レミリアの声に一同は武器を抜き、霊夢の身体より生み出された<黒獣>へ攻撃を開始した。