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東方幻双夢  作者: クシャルト
完結編 第拾章 黒獣襲来
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第百八話

 博麗神社を飛び出し、早苗は守矢神社へと戻ってきたが、心の中に黒い靄でもかかったかのように、誰かと話したい気分にはなれなかった。それもこれも霊夢のせいだ。あの巫女はぼろぼろのおかしな神社に住んでおきながら、自分よりも遥かに楽しそうに毎日を送っている。仲良くしてはいけないはずの妖怪達と仲良くして、自分よりもいち早く幻想郷に起きた異変を感知して解決に向かう。しかもその時にも、いつの間にか頼れる仲間が出来ていて、博麗神社に帰れば懐夢という心を温めてくれる存在がいる。更に、いつの間にか霊華などという人物までも、霊夢の友達のようになっている。霊夢は、神社の巫女としては自分より遥かに劣っているくせに、自分よりも楽しそうに、幸せそうに幻想郷の毎日を送っている。


(なんで……なんで……)


 幸せになっていいのは、幸せにならなければならないのは現実から爪弾きにされて、この幻想郷に移り住んできた自分のはずなのだ。苛められ、仲間外れにされ、異端者として現実から弾かれた自分こそが、この幻想郷で幸せにならなければならないはずなのに、幻想郷のオンボロ神社の巫女よりも幸福じゃない。信仰者も参拝客も沢山いる最高の神社に暮らしているのに、それが出来てない神社の巫女よりも、幸せを感じていない。

 ここに住んでいる神様、八坂神奈子も、洩矢諏訪子もそうだ。二人は自分の事を可愛がって、よくしてくれてるように見えるが、本人達は自分の事を可愛がり、よくしてくれている()()()なだけで、本当は全然自分の事をわかっていない。


 そうだ。この幻想郷の民全員が、私の事なんかわかってない。みんな揃って、私を爪弾きにしている。また、仲間外れにしている。

 こんなの、ぜったいおかしいよ。おかしいよ。おかしい。

 何で私が、こんな目に遭わなきゃいけないの。おかしい。

 どうして外の世界で苦しんでここに来た私が、移り住んだ幻想郷でまた苦しまなきゃいけないの。何であの巫女ばっかりが、幸せそうにしてるの。おかしい。


 こんなの、ぜったい、おかしい。


「おい、早苗?」


 声が聞こえてきて、早苗はふと我に返り、辺りを見回した。いつの間にか場所が守矢神社の玄関から、自分の部屋に変わっている。そして自分の傍には、心配そうな表情を顔に浮かべてこちらを見つめている、紗琉雫の姿があった。声をかけてきたのも、紗琉雫らしい。


「紗琉雫様」


「大丈夫か。帰って来てから、かなりの時間ずっと黙ってたけれど、出かけた先で何かあったのか」


 紗琉雫が腕組みをする。


「それに、帰ってくるのも妙に早かったしさ。一体何があったんだよ」


 早苗は何も言わずに時計に目を向けた。文字盤は午後の五時を示している。出かけたのが午後の一時くらいだったから、四時間ほど何もしないでいたらしい。そして紗琉雫は、言葉を聞く限り、ずっとこの部屋で自分の事を見ていたようだ。

 だが紗琉雫の事はどうでもいい。今は午後5時、夕飯の支度をしなければならない時間だ。


「ご飯の準備しなきゃ……」


 立ち上がろうとしたその時、紗琉雫に腕を掴まれて、早苗は紗琉雫に目線を送った。紗琉雫は首を横に振る。


「その必要はないよ。八坂が町の飯屋で食べようって言ってたからな」


「神奈子様が?」


 紗琉雫は頷いた。


「いつもお前に三食作らせてばかりだから、たまには休ませてやらなきゃなってさ。金は八坂と洩矢とおれが出すから必要ないよ」


 早苗は少し驚いた。神奈子と諏訪子が料理を奢ってくれたことは今まで生きてきた中で一度もない。どういう風の吹き回しなのかと思ったが、神奈子や諏訪子にもそれなりの考えがあるのだろうと思い直し、それ以上考えない事にした。


「ほら、そうとわかったら早く行こう。あいつらだってお前と飯食いに行くの、楽しみにしてるみたいだったからさ」


 何が楽しみにしてる、だ。可愛がってるつもりだけで、本当は何一つ理解していないくせに。いきなり外食するのも、いつもどんな料理の献立を作ろうか考え、悩んで、実行に移している自分の事なんか微塵も理解していないから考え付くようなものだ。

 そんな神達と外食なんて行きたくない。


「結構です」


 紗琉雫がひどく驚いたような顔になる。


「な、なぜだ」


「行きたくないんです。行くなら神奈子様、諏訪子様、紗琉雫様の三人で行ってきてください」


 紗琉雫が驚きながら慌てる。


「なんだよ、どうしたって言うんだ早苗。お前そんな事言うような子じゃなかった」


 紗琉雫の言葉の一つ一つが頭に来る。この人もそうだ。自分の事が心配だとか言って付きまとって来るし、なにも知らない、何も理解していないくせに自分の事が好きとか言ってくる。そして、いきなりここに一緒に暮らすとか言い始める始末。

 もう、許せない!


「うるさいッ!!!」


 紗琉雫はびくりとして、言葉を止めた。腹の中に溜まった泥を吐き出すように、早苗は紗琉雫を怒鳴りつける。


「行きたくないって言ってるでしょ!! もう放っておいてよ!!」


 早苗は紗琉雫の驚いた顔を睨み付ける。


「だいたいなんなのよあんたは! いきなり私が心配だとか言って、いきなり付きまとって来て、いきなり好きだとか言って来て! 何も知らないくせに勝手なことしないでよ!! 私が一緒にいたいのはあんたみたいな人じゃないッ!!」


 早苗は紗琉雫の胸に手を押し付けると、そのまま紗琉雫を突き飛ばした。床に尻餅をついて、紗琉雫は悲鳴に似た声をあげる。床に座る紗琉雫を見下して、早苗は更に怒鳴った。


「私の答えが聞きたいとか言ってたよね、じゃあ言ってあげる。大嫌いよあんたなんか!!」


 早苗は咄嗟に脚を構えて、紗琉雫を廊下の方へ蹴り飛ばした。廊下へ弾き飛ばされて、紗琉雫は今度こそ悲鳴をあげて、廊下に倒れ込んだ。そして、何が起きたのか理解できないような顔をして、早苗と目を合わせたが、早苗はすぐに紗琉雫から目を逸らし、戸を勢いよく閉めた。


「出てって!! もうほっといてよ!!」


 早苗の言葉に紗琉雫は唖然としてしまってその場から動けなかった。しかし紗琉雫はすぐに立ち上がり、戸の向こうにいる早苗に声をかけた。


「わかった。出ていくよ。ごめんな、早苗」


 そう言い残して、紗琉雫は早苗の部屋の前を跡にして、神社の奥の方へ歩いていった。

 一人部屋に閉じ籠った早苗は座り込み、畳の上に寝転がって、蹲るような姿勢を取った。


 もう嫌だ。もう誰とも会いたくない。神奈子にも、諏訪子にも、紗琉雫にも、会いたくない。そもそもどうして私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの。ただでさえ外の世界のゴミ共の仕打ちに耐え兼ね、神達と一緒に移住してきたと言うのに、またこんな目に遭わなきゃいけないの。神達だって、私の事なんか何も理解してくれなくて、勝手なことばっかりする。幻想郷の人達も、私を仲間、友達だなんて思ってない。どこにも、私の居場所なんかない。

 神獣様だってそうだ。神獣様も会いに来るとか言ってたのに、全然私に会いに来ないし、話だってわかってるかどうかわからない。神獣様も、私の事なんか何も理解していない。もう、嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 そもそも私がこんなに苦しんでいるのに、私より劣った神社の巫女、霊夢が幸せそうにしてるの。許せない。なんであんなおんぼろ神社の霊夢が幸せそうにして、立派な神社の私が苦しまなきゃいけない。許せない。

 なんであいつは幸せそうなの。なんであいつは幸せなの。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。


[奪っちゃおうよ]


 どこからか、声が聞こえてきた。神奈子だろうか、諏訪子だろうか。あの紗琉雫は神奈子と諏訪子に何も言わなかったようだ。入って来るなと釘を刺したのに。でも何故だか、聞き心地のいい声色だった。

 正体は何か。そう思って身体を起き上がらせて振り向いてみると、そこには自分が立っていた。髪の毛が少し黒くなっている事と目が紅くなっている事を覗けば、姿形は自分に完全に酷似していた。


「貴方は……」


 紅い目の早苗が微笑む。


[貴方だよ。貴方を助けに来た、貴方]


「私を助けに来た私?」


[そうだよ。貴方の心の中から出てきたんだ]


「私の心の中から出てきた……?」


 紅い目の早苗は頷く。


[苦しいよね。すごく、苦しいよね。誰にも理解してもらえなくて、誰からも仲間外れにされて、外の世界から逃げて来たのに、ここでも同じ目に遭わされてるなんて、理不尽にも程があるよね]


 紅い目の早苗が顔を近付ける。


[しかも、あの博麗の巫女が自分と全く逆の立場になってるのがムカついて仕方がない。あいつの神社はオンボロで、信仰者も参拝客もろくにいやしない、守矢神社と比べたら話にならない屑、ゴミ! なのに、あいつはすごく幸せそうに暮らしている。これも理不尽だよね]


 早苗は頷く。


「理不尽だ。あいつばっかり、あいつばっかりいい巫女だって言われて、幸せそうにしてる。私だって同じようにいい巫女だって言われてるのに、あいつみたいに幸せじゃない」


 紅い目の早苗は何かに気付いたように言った。


[そう! あいつの持ってるものこそ、この守矢神社に足りないもの! 幸せな巫女! それさえ手に入れば、守矢神社は幻想郷一の神社になる。完全な神社になる!]


 紅い目の早苗は早苗と目を合わせる。


[そうなったら、あいつの幸せは貴方の幸せに変わる。貴方が、幻想郷一の巫女になる]


 紅い目の早苗は笑う。


[そうなれば……この不幸せも消える。不幸せな巫女から、幸せな巫女になる。誰からも愛されて、誰からも苛められない、幻想郷で最高に幸せな巫女……楽園の素敵な巫女に!]


 紅い目の早苗はかっと早苗に顔を近付けた。


[このままじゃ、貴方は壊れちゃうよ。もうこんな生活、うんざりでしょ。抜け出したいでしょ]


 早苗はぼーっとしたような顔で紅い目の早苗に問う。


「どうすればいいの。私、抜け出したいけれど、やり方がわからない」


 紅い目の早苗は首を傾げる。


[簡単だよ。あいつを殺して、あいつの跡に就けばいいんだ。あいつを排除しちゃえばいいんだよ]


「でもあいつは強いよ。私の力なんかじゃ、どうやったって勝てない」


[そのために私は来たんだよ]


 直後、紅目の早苗の身体はどす黒く染まり始め、やがて完全に真っ黒になって、口と目が赤く輝いている化け物に変化した。口は胸元まで大きく裂けていて、血のように紅い光を放っている。しかし早苗は目の前の化け物に動じず、じっと化け物の姿を見つめていたが、やがて化け物が光を放つ口を開いて言葉を発した。


[わたしとひとつになれば、あいつだってころせる。さぁ、いっしょにくるしいのからぬけだそう、いっしょに、しあわせになろう。らくえんのすてきなみこに、なろう]


 化け物は大きな口を開き、早苗に口内の紅い光を浴びせた。早苗は紅い光を浴びて、視界が紅く染まろうとも気にせずにその場に座り込んだままだったが、やがて、笑んだ。


「一緒に、一つに、なろう」


 化け物は早苗の身体にばくりと噛み付くと、大きな口で早苗の身体を咥えたまま手を伸ばし、早苗の衣服を全て破り捨てて裸にすると、ごくりと呑み込んだ。




      *




 神奈子は諏訪子と紗琉雫を連れて守矢神社の廊下を死に物狂いで走っていた。今、神社の中にとてつもない邪悪な力が発生している。神の力が集うこの敷地内でこんな悍ましい程の邪悪な力が発生するなど、あり得ない。あり得るとすれば、どうにかしてこの神社の中に入り込んだか、何かがそれを招き入れたかのどちらか。そしてその邪悪な力の発生している場所は、早苗の部屋だ。


「早苗ッ!!」


 隣で走る紗琉雫が叫ぶ。

 煩さを感じながら、神奈子が紗琉雫に口出しをする。


「お前がもっと貼り付いてないからだ! もっとお前が早苗にしっかり貼りついていれば」


 紗琉雫が首を横に振る。


「早苗がおれに来るなって言ったんだ! おれは早苗の思うままにやっただけで……」


 諏訪子が怒鳴るように言う。


「もぉー、紗琉雫は早苗に甘いんだから!」


「ったく、口論は後だ! 今は急ぐ!」


 神奈子が怒鳴るように指示を下すと、二人は黙って走り続けた。廊下の角を曲がり、早苗の部屋への入口の戸に辿り着くと、紗琉雫が勢いよくその戸を開いた。


「早苗ッ!!」


 戸を開き、中を見たところで、三人は茫然としてしまった。部屋の中には早苗が使っている日用雑貨や家具があるだけで、早苗の姿はどこにもなかった。部屋に入り込んで、神奈子が辺りを見回す。


「いない……!?」


 諏訪子が紗琉雫に問う。


「紗琉雫、早苗は確かに部屋にいたよね」


「あぁ、現にさっきまで一緒に話をしてたんだ。どこかに出て行ったのか……!?」


 その時、神奈子は気付いた。早苗の部屋から感じていた邪悪な力の反応が、きれいさっぱり消えてなくなっている。離れた場所からでもわかるような、はっきりとした反応があったというのに、今はそれが嘘のように感じられた。


「あの邪悪な力の気配も感じない……一体何があったっていうんだ」


 諏訪子が神奈子と顔を合わせる。


「でもあれだけ凶悪な力の反応があったんだ。早苗に何かあったのは間違いないよ」


「あぁ、それは間違いない」


 二人が話していると、紗琉雫が驚いたような声を上げた。


「おいお前ら、これを見ろ!」


 紗琉雫の声を聞いて、二人は振り返った。そこで、紗琉雫が畳にしゃがみ込んで、何かを見つけたような仕草をしていた。神奈子が背中を見せている紗琉雫に声をかける。


「どうしたんだ」


 紗琉雫は立ち上がり、振り返ったが、その手に持たれている物を目に入れて、二人は首を傾げた。紗琉雫が持っていたのは引き裂かれてしまったようにズタズタになった白と青の二色の布きれだった。

 諏訪子が不思議がりながら、紗琉雫に話しかける。


「なに、その布きれ」


 紗琉雫が青ざめた顔で言う。


「これ、早苗の服だ」


 言われて、神奈子はハッとした。早苗はいつも、白と青の二色で構成された巫女装束を着ていた。更に、早苗の服は少し特殊な材質と質感で出来ていて、普通の服ではない事が見るだけでわかるようになっている。――紗琉雫の持っている布きれは、早苗の服のそれと合致していた。


「おい、それ、少し貸してみろ!」


 紗琉雫から布きれを奪い取り、神奈子は布きれの比較的広いところに手を当てて、撫でるように触った。やはり、早苗の着ている服の質感と同じだ。これは、何かに破り捨てられた衣服に間違いない。


「本当だ……早苗の服だよこれは。でも何でこんなのが」


 神奈子は周囲の畳を注視して、驚いた。あちこちに衣服の破片と思われる布切れが散乱していて、中には下着だったと思われる材質の布きれも混ざっている。それらは間違いなく、早苗が普段身に着けているものだった。

 神奈子は顔を蒼褪めさせて、布きれを握りしめた。


「なにが、何があったんだ」


 布の破片を手に持ちながら、諏訪子が呟くように言う。


「多分、邪悪な力を持った何かが早苗の部屋に来て、早苗の服を全部剥いでさらったんだ!」


 諏訪子の言葉を聞いて、紗琉雫が頭を抱える。


「おれが……おれがあの子のそばにいてやらなかったから……こんな事に」


 神奈子も頭を抱えたい気分だったが、それを我慢して紗琉雫を睨みつけた。今は絶望している場合ではない。一刻も早く、早苗の行方、そして生死を確認して、早苗を探さなければならないはずだ。


「絶望すんのは後にしな。紗琉雫、早苗の居場所を見つけられるか? お前、得意だろ?」


 紗琉雫は頷き、目を閉じた。そして何かを感じ取っているかのように沈黙した後に、かっと目を開いて大声を出した。


「早苗は生きてる! 居場所は……博麗神社だ!」


 神奈子は博麗神社のある方角に顔を向けた。早苗の身に何かあったのは間違いないが、その中でも諏訪子の言う邪悪な力を持つ存在が早苗をさらったというのが一番しっくりくる。一刻も早く早苗の元へ行かなければ、早苗の元に何が起こるか知れたものではない。


「急ぐぞ、博麗神社に!!」




              *



 一方、博麗神社。

 来客達は既に去り、霊夢と懐夢、霊華の三人に戻っていた。霊華は霊夢との約束通り、夕食の支度を始めており、霊夢と懐夢はその手伝いをしていた。しかし今日は昼に作った鍋の残り汁があるので、それを使ってご飯を雑炊にする事が出来る。そうなればご飯がおかずとなるので、あとは簡素に作っても問題はない。

 食器をテーブルの上に並べて、霊華が使った後の調理道具を洗い、拭き、食器棚に戻して、霊夢が霊華に問う。


「片付けはとりあえず済んだけれど、他に何かする事とかある?」


 調理台の弱火で昼間の残りの鍋汁を煮ながら、霊華は横目で霊夢の目を見る。


「とくにないわ。あとは座って待ってて頂戴。雑炊だから、簡単に出来上がるわ」


 その時、霊華は何かに気付いたような顔になって、霊夢に目を向けた。


「あぁそうだ、卵がない」


 懐夢が首を傾げる。


「卵、ですか」


「えぇ。卵が入った雑炊は美味しいでしょう。だから卵が欲しいところなんだけど、冷蔵庫にはなかった」


 霊夢が霊華の顔を覗き込む。


「卵くらいなら街に一っ飛びして買ってこれるけれど、買って来ようか?」


 霊華は首を横に振った。


「あぁいいの。卵はあくまで添え物だから、なくたっていいの。卵の入った雑炊は、また今度にしましょう」


 霊夢は「そう」と言って、ぐつぐつと汁が煮たつ鍋を見つめた。


「霊夢さん、霊夢さん」


 ぐつぐつ、ぐつぐつという音に混ざって、声が聞こえてきたような気がして、霊夢は辺りを見回した。周りには懐夢と霊華しかいない。でも聞こえてきた声は、この二人の声とは違うものだった気がする。

 振り返り、後ろにいる懐夢と目を合わせて、霊夢は尋ねる。


「懐夢、呼んだ?」


 懐夢は首を横に振り、玄関の方を指差した。


「玄関の方から声がしたよ」


 どうやら声は玄関の方から聞こえてきたものらしい。こんな時間に客でも来たのだろうか。まぁこの神社は色んな人物が突拍子もなくやって来る事で有名だから、今更何が来ても驚きもしないし、すぐに対応できるのだが。そんな事を考えながら、霊夢は台所から出て廊下を歩き、客が来ていると思われる玄関に足を運んだ。そこにいたのは日中突然やってきて、突然帰って行った早苗で、その姿を見た霊夢は驚いたような顔になる。


「早苗じゃないの。またまたどうしたの」


 霊夢は日中の事を思い出して、早苗に問う。


「あんた、日中様子がおかしかったように思えたけれど、大丈夫?」


 早苗は笑む。


「どこも悪くありませんよ。あの時はご心配をおかけしました」


 早苗の笑顔を見て、霊夢は軽く胸を撫で下ろした。


「よかったわ。あんたに何かあったんじゃないかって心配になったんだけど、何もないならそれに越した事はないわ。んで、私に何の用かしら」


 早苗は何かを思い出したような顔になって「そうでし」と言うと、霊夢に事情を話した。


「私は普段西の町で買い物をするんですが、今日は街で買い物をしようと思って出向いたんです。簡単な買い物ではありますが、霊夢さんと一緒がいいなと思いまして。

 霊夢さんはこれから買い物に行く事は出来ますか」


 霊夢は心の中で丁度いいやと呟いた。今、霊華が卵を欲しがっていたから、買いに行ってやれば喜び、雑炊を卵雑炊にしてくれるに違いない。それにもし霊華が卵を使わなくても、明日以降の料理に使うだろうから、買っておいて損はない。


「えぇいけるわ。丁度卵が欲しかったところなのよ。一緒に買いに行きましょう、早苗」


 早苗は「はい!」と元気よく頷いた。霊夢は早苗に「ちょっと待ってて」と声をかけると、台所へ戻り、霊華に卵を買って戻ってくるから、調理をしばらく待つよう伝えて居間へ行き、買い物用の手提げ袋を持って財布を懐に仕舞い、早苗の待つ玄関へと戻った。早苗はにっこりと笑顔を浮かべて、玄関先に立っていた。


「お待たせ、それじゃあ行きましょうか」


 早苗はもう一度頷いた。その後、二人は玄関から、薄暗い神社の外に出ると、地面を蹴り上げて空へ舞い上がり、秋の冷たい空気を浴びながら街へと飛んだ。

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