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東方幻双夢  作者: クシャルト
完結編 第拾章 黒獣襲来
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第百七話

 守矢神社。

 早苗は居間のテーブルの前に座りながら、考えに耽っていた。霊夢と共闘した戦いからしばらく経つが、未だに未確認妖怪の情報は転がり込んで来ない。これだけの時間が経っていれば、他の個体が現れても不思議じゃないのに、他の個体が現れたという話は神奈子もしていないし、文の新聞にも載っていない。普通なら、あれ以降の個体が現れず、平和が続いてるとポジティブに考えるだろうが、早苗はどうもそうと思えなかった。もしかして、他の個体が現れたけれど、霊夢や懐夢が倒して、情報が廻ってきていないだけなのではないのか。自分が駆け付ける必要なく、倒されてるのではないのだろうか。


(霊夢さんに聞けば、何かわかるかな)


 霊夢。博麗霊夢。博麗神社に住んでいる、自分と同じ巫女だ。この世界、幻想郷に移り住んできた時にいきなり食いかかって来て、自分達を打ちのめした後に友達になってくれた少女だ。しかし、霊夢が経営する博麗神社は全く信仰も参拝客もない、神社としては壊滅的なもので、守矢神社とは張り合いにならないようなものだ。にもかかわらず、霊夢の博麗神社には様々な人々、妖怪達が集まり、明るくて楽しい宴会が開かれる。守矢神社に集まるのは西の町に住まう、純粋な人間達ばかりで、祭りはともかく宴会の開催は博麗神社に頼りきっている状態だ。


 博麗神社には参拝客も信仰もない。妖怪達が集まっているから。守矢神社は、純粋な参拝客も信仰もあるから妖怪を集まらせるような事をしてはいけない。

 神社は信仰されて、参拝客がいれば十分。信仰と参拝客の存在が神社の経営を支えてくれる。守矢神社はそれが出来ているから、神社として純粋な形を保ててる。

 でも博麗神社はそれが出来ていない。信仰もなければ参拝客もない、経営はガタガタの異常な形。にもかかわらず、霊夢は不満そうな顔をしないし、寧ろ妖怪達や、癖のある様々な人々に囲まれて、楽しそうに、満足そうに毎日を送っている。神社はガタガタなのに。


(何で霊夢さんは楽しそうなんだろ)


 やはり、その辺りも含めて聞き出してみる必要がある。神社がガタガタなのに何でそんなに楽しそうなのか。そんなのでいいのかと。そしてあの未確認の妖怪がまた現れていないかを。

 そう思って、早苗は立ち上がり、今から玄関へ移り、靴を履いて玄関の戸を開いた。神社の中には神奈子と諏訪子の二人がいるから、出かけても大丈夫だ。軽く後ろを振り返り、前に進んだその時に、何かにぶつかったような衝撃を受けて、早苗は吃驚した。


「いたっ」


 少し後ろに下がり、前をもう一度見直して、早苗は驚いた。玄関の戸のすぐ前にいたのは、神奈子と諏訪子の知り合いである男神、紗琉雫だった。どうやら、紗琉雫とぶつかってしまったらしい。早苗が声をかけようとしたその時に、逆に紗琉雫が声をかけてきた。


「早苗、大丈夫か」


 早苗は鼻を軽く撫でながら、紗琉雫の顔を見上げた。


「紗琉雫様……」


 

「おれにぶつかったけれど、大丈夫か? 怪我してないか……」


 言いかけて、紗琉雫は驚いたような顔になった。いきなり紗琉雫の顔が変わったことに早苗はきょとんとして、紗琉雫に声をかける。


「紗琉雫様、どうしたんですか」


 続いて、紗琉雫は何かを悲しむような顔になって、俯いた。紗琉雫の表情があまりにも目まぐるしく変わるものだから、早苗は戸惑い、心配そうな表情を顔に浮かべる。


「紗琉雫様、どうなされたんですか」


 紗琉雫は顔を上げた。


「なぁ早苗、おれへの答えは見つかったか」


 言われて、早苗は首を傾げた。紗琉雫に何かいう事などあっただろうか。そう考えたその時に、早苗はふとこの前の事を思い出して、ハッとした。そうだ、確かこの前、紗琉雫に「お前の事が好きだ」と言われて、その答えを考えるために、紗琉雫が守矢神社に来なくなっていたのだ。神社での生活や信仰者の獲得、所謂リピーターの確保など、考える事が多くて、答えの事などすっかり忘れていた。

 当然、答えなど出せていない。


「あの時の答えは……まだ出せてません」


 ぎこちなく答えると、紗琉雫は首を横に振った。


「その必要は、なくなった」


 早苗は首を傾げる。


「どういう事ですか」


 紗琉雫は早苗の手を取り、自らの両手で包み込んだ。いきなり手を包み込まれて、早苗は驚きの声を上げる。


「しゃ、紗琉雫様?」


 紗琉雫は早苗の目をじっと見つめた。


「ごめん早苗。おれはもう、お前から離れているわけにはいかなくなった」


「私から離れているわけにはいかなくなった……?」


 紗琉雫は頷く。


「おれはずっとお前の事が心配だった。でも、まだ大丈夫だろうと思ってお前から距離を開けてた。だけど、お前、これまで以上にひどい状態だ。もうそんな事を、言ってる場合じゃないんだ」


 言われて、早苗はこの前の紗琉雫の言葉を思い出した。全く自覚がないけれど、紗琉雫によれば、自分の心はひどく疲れているらしい。だから紗琉雫はこうして心配していると、言っていた。


「だから早苗、お前や八坂、洩矢には悪いと思うけれど……今日からおれを守矢神社にいさせてくれないか」


「紗琉雫様が、守矢神社に?」


「あぁ。おれは八坂や洩矢から拒否されてはいるけれど、おれはお前が放っておけない。だから早苗、おれはお前のいるこの神社に――」


 紗琉雫の言葉に、早苗は自分の心と頭の中がひどく混乱してきたのをまざまざと感じていた。紗琉雫は確かに神奈子や諏訪子からあまりいいように思われていないから、守矢神社に住むのは難しい。だが紗琉雫は自分が心配だから、無理に守矢神社に住もうとしている。それに紗琉雫によれば自分の心はひどく疲れていて、この前よりもひどくなっているらしい。そのために紗琉雫はこんな深刻な顔をして……。

 その時、早苗は咄嗟にこれからの予定を思い出した。そうだ、これから博麗神社に行って霊夢に様々な事を聞こうと思っていたのだった。だからこんなふうに紗琉雫と呑気に話している場合ではない。


「あの、紗琉雫様」


 早苗に言葉を止められて、紗琉雫は驚いたような顔になる。


「私、これから出かけるんです。だから、そういう話は私が帰ってきてからでよろしいでしょうか」


 紗琉雫は戸惑ったような顔になる。


「出かける? そうか、出かけるのか」


 早苗は頷く。


「ですから、話は私が帰ってきてから……」


 そう言って、早苗が神社から出ようとしたその時、紗琉雫が咄嗟に早苗の肩を掴んだ。


「待ってくれ、早苗」


 早苗は驚いたような顔になって、紗琉雫と目を合わせる。紗琉雫は早苗のヒスイ色の瞳を見つめたまま、小さな声で言った。


「それって、おれが行ったら駄目か」


「おれが行ったらって……」


「その用事におれが付き合ったら駄目なのかって聞いてるんだ。買い物なら荷物持ちをするし、話し相手がいないなら話し相手になるし、ひとまずなんだって出来る」


 早苗は驚きながらも考えた。今から行くところは博麗神社、霊夢と懐夢も紗琉雫を悪いようには思っていないから別に連れて行っても問題はない。だが、もしもほかの人がいたのならば、ただの付添である紗琉雫の事を恋人だの彼氏だの言ってからかってくるかもしれない。そんな事になるくらいなら……また苛められるくらいなら紗琉雫なんかいない方がいい。まぁ、そもそも紗琉雫が自分の用事についていくと言っている時点でもう嫌な気がしているのだが。


「すみませんが、貴方をお連れする事は出来ません。こればかりは、私の問題です」


 紗琉雫は心配そうな表情を浮かべる。


「本当に大丈夫なのか」


「大丈夫です。貴方の付添は、必要ないです」


 早苗は心配そうにしている紗琉雫の手を振り払うようにのけて、神社を出て境内へ出て、地面をけり上げて空へ舞い上がり、博麗神社の方角へ飛んだ。その間も紗琉雫が心配そうな顔をしてこちらを見ていたが、気にする事はなかった。


 秋が深まって、日中でも冷たくなった風を受けながら、早苗は空を駆けていたが、その中でこの前神獣と共にとても高い空をかけた時の事を思い出した。あの時、神獣は久々に姿を現して、自分を乗せて飛んでくれたが、あれ以降神獣は一向に現れていない。前に、ちょくちょく守矢神社に行くと神獣は言っていたのに、全然ちょくちょく守矢神社に現れていない。まさか嘘を吐かれたのか――神獣は自分に嘘を吐いたりしないと思っていたが、近ごろになってそれも薄れてきた。もしかして神獣は自分に嘘を吐いていたのではないか。自分はずっと騙されていたのではないか……。


 考えていたら、肌に吹き付ける風がより冷たくなったような気がした。博麗神社についたら、まずは暖めてもらおう。そんな事を考えながら、早苗は飛ぶ速度を上げて博麗神社へと急いだ。


 やがて博麗神社の上空に到達すると、早苗は境内の上で静止し、ゆっくりと高度を下げて着地した。枯葉が境内のあちこちに落ちているが、そもそも境内の石畳そのものが守矢神社のそれに比べて古臭い。それに比べて、博麗神社そのものは比較的新しいものとなっている。この前の異変の時の地震で倒壊し、伊吹萃香が建て直したからだ。

 そして神社に住んでいるのも、去年までは霊夢一人だけだったが、今年に入ってからは百詠懐夢という男の子が加わった。懐夢は霊夢と瞬く間に仲良くなって、ついには霊夢の養子となって、名前も「百詠懐夢」から「博麗懐夢」へと変わった。懐夢は寺子屋に行っている時以外は基本的に霊夢の傍にいるはずだが、霊夢は今博麗神社の中にいるのか。


「霊夢さん、いるかな」


 一歩、歩みを進めてみると、神社の中から声が聞こえてきた。声色から察するに、女性の声だ。それも複数いるらしい。「だれか、来てる……?」


 まぁ霊夢のところには様々な人が集まるから、他の者達の声がしても何ら不思議ではない。霊夢のところへよくやってくるのは魔理沙やアリス、文や萃香などだから、そのあたりが来ているのだろう。自分にはあまり関係のない事だ。

 石畳の上を歩き、玄関に入ったところで、早苗は中にいるであろう霊夢へ呼び声をかけた。


「ごめんくださいー。霊夢さんいらっしゃいますかー」


 声は返ってこなかった。話に夢中になっていて気が付かないのだろうか。もう一度読んでみようと思い、先程よりも大きな声を出そうとしたその時、右前の廊下から玄関へ誰かがやってきた。よく見てみれば、髪の毛を下ろして、背伸びと欠伸をしながら少し眠たそうにしている懐夢だった。


「懐夢くん」


 懐夢はゆっくりと顔を早苗の方へ向けた。やはり、どこか眠たそうだ。


「早苗さんじゃないですか。どうかしたんですか」


「霊夢さんに用があってきたんだけれど、霊夢さん、いる?」


 懐夢は頷いた。


「霊夢なら居間で色んな人と話してます。多分どこにも行っていないはずだから」


「どこにも行ってない?」


「ぼく、昼寝してたんです。だから霊夢達のところにはいなかったんですが、多分霊夢達は変わらず居間にいると思います」


 懐夢は口を手で覆い、再度欠伸した後に、目が覚めたような顔になった。


「ちょっと待っててください。今、呼んできますから」


 そう言って、懐夢は今のある方角へと駆けて行った。ちょっとすると奥の方から懐夢の声が聞こえてきて、一呼吸おいてどんどん大きくなる足音がして、玄関に再び人が現れた。それは勿論、霊夢だった。


「あら、早苗じゃないの。どうしたの」


「こんにちは霊夢さん。ちょっとお話があって来ました」


「話かぁ。ちょっと居間まで来てくれるかしら。今、多分あんたも聞くべき話し合いが起こってるからさ」


「そうなんですか。是非とも聞かせてもらいたいです」


「わかった。上がって頂戴」


 霊夢に言われて、早苗は靴を脱いで玄関に上がった。そして霊夢に連れられて居間へやってくると、早苗は思わず驚いた。居間には魔理沙、アリス、慧音、リグル、懐夢、天志廼にいた霊紗、見知らぬ白い髪の毛で、霊夢と同じリボンをつけている、白い服を身に纏った少女という大人数が集まっていた。一同は一斉に早苗に目を向けて、そのうちの魔理沙が声を出す。


「おぉっ、早苗じゃないか。すっごくちょうどいいところに来た!」


 アリスが続くように言う。


「今、重要な話し合いが行われているのよ。貴方も重要な立場にいるから、話し合いに参加して頂戴」


 早苗は頷き、霊夢と共に居間へ入ると、見知らぬ少女の隣に座った。直後、見知らぬ少女が目を向けてきて、早苗は吃驚したような顔になった。それを察したのか、霊夢が声をかけてきた。


「そういえば、あんたはまだ霊華に会ってなかったわね」


 霊華という聞いた事のない単語に首を傾げると、見知らぬ少女が軽く頭を下げた。


「初めまして。私は霊華」


 突然の自己紹介に早苗は焦りながら、同じように頭を下げた。


「こ、こちらこそ初めまして。東風谷早苗です。守矢神社っていうところで巫女やってます」


 霊夢が様子を見ながら、早苗に言う。


「霊華は記憶喪失で、あまり多くの事を覚えてないのよ。でも悪い人じゃないから、安心して頂戴ね」


 早苗はふぅんと言って、霊華から目を逸らし、霊夢へと向けた。


「ところで、皆さんは何のお話をされていたんですか」


 霊夢は懐夢と霊紗の間に座り、少し険しい表情を顔に浮かべる。


「今、幻想郷で起きている異変についてよ」


「異変と言いますと、あの未確認妖怪の異変ですよね? あれから新種は見つかったんですか」


 霊夢はハッとしたような顔になって、更に困り果てたような表情を浮かべて、頭を抱えた。


「そうだった……あんた達守矢神社への情報提供、かなり遅れてたんだわ……」


 早苗が首を傾げると、霊夢は頭を抱えるのをやめて、早苗に説明を施した。

 説明が終わると、早苗は霊夢から聞いた事を繰り返すように言った。


「あの未確認妖怪の名前は<黒獣(マモノ)>……人や妖怪が強い負の想念を抱いた時に本人を取り込んで具現する……?」


「そうよ。前に戦った犬みたいな姿のがいたでしょう。あれを倒したら、中から人が出てきた。あの<黒獣(マモノ)>はあの人が変異した姿だったの」


「強い負の想念を抱いた人や妖怪が変異する……って事は、幻想郷の住民全員が<黒獣(マモノ)>になる可能性を秘めてるって事ですか」


 慧音が頷く。


「そうだ。しかも、<黒獣(マモノ)>は負の連鎖を起こす存在でもある」


 早苗は慧音に目を向ける。


「負の連鎖?」


 霊夢が悔しそうな表情を浮かべる。


「あんたには言っていなかったけど、あのあと、もっと強い<黒獣(マモノ)>が現れたのよ。グリフォンの<黒獣(マモノ)>だった。その中から、誰が出てきたと思う」


「わかりません。誰が出てきたんですか」


 霊夢はか細い声で言った。


「前の<黒獣(マモノ)>の時に私達に声をかけてきた防衛隊の兄さんよ。あの人が、グリフォンの<黒獣(マモノ)>の中から出てきたの」


 早苗は驚愕したような顔になった。防衛隊の兄さんといえば、前の<黒獣(マモノ)>が現れた時に、自分達に助けを求めてきた若い防衛隊の男性だ。気が良さそうで、自分達の荷物を運んでくれた、あのお兄さんが<黒獣(マモノ)>になったなんて、早苗は信じられなかった。


「あの人が<黒獣(マモノ)>に……!?」


 霊夢は頷いた。慧音が霊夢と交代したように言う。


「しかも、あの男は前に<黒獣(マモノ)>となった同僚の女隊員を殺害して、暴れまわった。あの男は、自分達の隊長を殺害した<黒獣(マモノ)>への恨みと怒りで<黒獣(マモノ)>になったんだよ」


「それって、連鎖じゃないですか」


 霊夢が頷き、懐夢の隣に座るリグルに目を向ける。


「防衛隊の連鎖はそこで終わったんだけど、今度はここにいるリグルが<黒獣(マモノ)>になってね。さっき、元に戻したばっかりよ」


 早苗はリグルに顔を向ける。


「リグルが<黒獣(マモノ)>に? 今は大丈夫なんですか」


 リグルは黙ったまま頷いた。

 霊紗が早苗を見つめながら、言う。


「このように、誰がいつ<黒獣(マモノ)>となるかわからない。しかも、<黒獣(マモノ)>の強さはまちまちで、<黒獣(マモノ)>が活動を始めないとその強さや能力がわからないんだ」


「そんな、対処策はないんですか」


 魔理沙が首を横に振った。


「ないよ。<黒獣(マモノ)>が出たなら、全力で戦って討伐し、出てきた奴の心を慰めるしかない。<黒獣(マモノ)>によっちゃ戦う事すら危なくなるから、この作戦だって有効な手段じゃない」


 アリスが溜め息を吐く。


「<黒獣(マモノ)>は心の影の現れ……心の影は誰もが持つものだからどうしようもない。みんなが<黒獣(マモノ)>になる可能性を持ってしまってる。誰が<黒獣(マモノ)>になってもおかしくない状態よ、今の幻想郷は。安全なところなんかどこにもない」


 早苗はふと考えた。<黒獣(マモノ)>はこの幻想郷に住まう全ての人や妖怪がなってしまう可能性のあるもの。その中に、自分達も含まれている。


「という事は、私達も<黒獣(マモノ)>になってしまうんじゃ……」


 霊夢が険しい表情を浮かべる。


「えぇそうよ。誰が<黒獣(マモノ)>になるかなんてわからない。個人的には誰にもなってもらいたくないところだけど……」


 早苗は霊夢へ顔を向ける。


「この異変の犯人は誰なんですか。誰がこんなひどい事を」


 霊夢は首を横に振った。


「わからない。誰がこんな異変を起こしたのかは調査中よ。一刻も早く手を打たなきゃいけないのはわかっているけれど。そもそも、本当に人や妖怪、神が起こした異変なのかっていうのもわかってない」


 早苗は俯いた。あれ以来<黒獣(マモノ)>は出現していなかったと思ったが、そんな事はなかった。<黒獣(マモノ)>は既に二体も出現して霊夢に倒されている。しかも異変はあの時よりもどんどんひどくなってきている。そんな事も知らずに、自分は今まで過ごしていた。そもそも、何故霊夢はこんな大事な事を教えてくれなかったのだ。教えてくれれば、ちゃんと力になってやれたのに。


「何で、そんな大事な事を教えてくれなかったんですか」


 霊夢は首を傾げる。

 早苗は怒鳴るように言った。


「何でそんな大事な事を今まで教えてくれなかったんですか。もう少し早く教えてくれれば、一緒に対策を考えられたかもしれないのに」


 霊夢は少し驚いたような表情を浮かべた後に、すまなそうな表情をした。


「ごめん。<黒獣(マモノ)>は神出鬼没で、休む暇を与えてくれないのよ。それに、<黒獣(マモノ)>の事自体まだよくわかっていないし、その場で片を付けないと色んな所に被害が及ぶわ」


 霊夢は髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。


「だから、その場にたまたま居合わせた面子だけで戦わなきゃいけない時が多いのよ。あんたとかを呼んでる暇なんか、無かった」


 早苗はスカートの裾をぎゅっと掴み、そのまま握り締めた。


「……私だって、私だって<黒獣(マモノ)>と戦えるのに……」


 懐夢が首を横に振る。


「いいえ、早苗さんは<黒獣(マモノ)>と戦わなくて正解だったと思います」


 早苗は顔を上げて、懐夢と目を合わせる。

 懐夢は髪の毛を軽く掻きながら、早苗に言った。


「<黒獣(マモノ)>との戦いは、一回攻撃を受けるだけで死んじゃいそうな、すごく危ない戦いです。あんな戦いに、巻き込まれる人は少ない方がいいに決まってます」


「私に戦うなっていうんですか」


 霊紗が凛とした声を出す。


「違うよ。そんな無理に戦いに参加しようとしなくていいという意味だ」


「同じ意味ですよ!」


 アリスが呆れたような顔で言う。


「落ち着きなさい早苗。何でそんなに戦いたがってるのよ、貴方は」


 早苗はその場に縮こまって、小さな声で言った。


「だって、幻想郷の危機ですよ……幻想郷にすごく大きな災厄が迫ってるのに、立ち向かわずにいたなんて……私だって……」


 慧音が一つ溜息を吐く。


「その気持ちはわからんでもないが……この戦いはそんな事を言って立ち向かえるようなものではないのだぞ」


 霊夢が頷く。


「慧音の言う通りよ。この異変に立ち向かうって事は、身投げするのと同じだって考えた方が正確よ。幻想郷のために戦いたいのはわかるけれど……」


 霊夢は腕組みをする。


「あんたまで、戦う必要があるのかどうかはよく考えた方がいいわ。あんたまで身投げする事はない。守矢神社でじっとしてても……」


 早苗は俯いて、再びスカートの裾を握りしめた。

 まただ。また、仲間外れにしている。いつもそうだ。いつもこうやって輪を作って、自分を除け者にする。邪魔者扱いする。どこいっても、どこいっても、同じだ。


 私を、仲間外れにする。私を、一人ぼっちにする


 力いっぱいスカートの裾を握りしめると、スカートの布が軋むような音が聞こえてきた。その音に驚いたのか、霊華が悲鳴のような声を出す。


「さ、早苗?」


 早苗は俯いたまま立ち上がり、呟くように言った。


「もう……いい……」


 早苗は血の気が抜けてしまったようにゆらりと歩き出した。霊夢は驚いて早苗を呼び止めたが、早苗はそれを無視。居間を出て、玄関で靴を履き、博麗神社を出て飛び上がり、秋の空へと消えて行った。

 早苗が突然出て行ったことに対応しきれず、一同は戸惑い、今は重い沈黙で覆い尽くされた。が、その沈黙は慧音によって破られた。


「早苗の様子、妙だったな」


 魔理沙が腕組みをする。


「そんなに<黒獣(マモノ)>と戦いたかったのかな、あいつ」


 霊夢は玄関の方を見ながら、魔理沙に答えた。


「……そんなふうには見えなかったけれど……」



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