第5話:新しい約束
当初の予定よりも何話か長くなりそうな感じです。
学校に行くと、なんだか様子がおかしい。ざわついているというかソワソワしている感じ。
それよりもおかしいのは皆が俺を見ていること、最初は気のせいかと思ったが、
あからさまに見ていくやつ、遠くでこっちも見ながらなにかコソコソと話しているやつ、
どう見ても好意的な視線ではない視線の暴力。
「なんなんだ…」
「おにぃ…なにこれ恐い」
さすがの由佳もこの状況を見てすっかり怯えている。
「由紀、由佳を連れて先行け」
「う、うん、分かった」
由紀と由佳が見えなくなるまで見送ってから教室に行くと、担任と学年主任とか言われている先生がいた。
「下柳! ちょっと生徒指導室まで来い」
「なんでっすか?」
学年主任が俺の腕をつかんで引っぱろうとするのを、足を踏ん張って止め、理由を聞いた。
「ここで話せることじゃない! いいから来るんだ!」
「分かったから離せよ!」
さらに引っぱろうとする学年主任の腕を無理やり振り解いた。
「貴様…」
「引っぱんなくても行ってやるよ」
「…」
無言で先導するように歩き出した学年主任の後ろについていく。
…
生徒指導室に入ると学年主任は椅子に座るように促した。
「お前がやったんだろ?」
椅子に座るか座らないかのタイミングで、前置きもなくいきなりやったんだろって言われてもな。
何これ、刑事もののコントか何か? カツ丼でも出て来そうだ。
「何をっすか?」
「しらばっくれるな、お前以外に誰がいるんだ!」
この口ぶりだと俺が何かをしたという確証があっての事ではないのが分かる。
「なんの話か知りませんが、こんなとこ連れてこられるような事してないですよ」
「嘘つくな!」
「嘘ってなんだよ! 何の話かはっきり言って下さいよ」
「盗撮だよ」
「はぁ?」
一瞬、間の抜けた顔しちゃったけど、盗撮って…。
「女子更衣室からビデオカメラが見つかったんだよ!」
女子更衣室なら熟知しているけど、ビデオカメラなんてあったかな?
「内容を確認したら、女子生徒が着替えてる場面が映ってた」
俺のテリトリーにビデオカメラだと! いったい誰の仕業だ!
「聞いてんのか!?」
「それ見せてもらってもいいっすか?」
いや、着替えを見たい訳じゃないよ? どこから撮られていたか確認したいだけだ。ついでに着替えも…。
「見せられるわけないだろう!? それにもう警察に渡してしまった」
残念…。
「まだ犯人は分かってないんでしょ? なんでいま俺を疑ってんすか?」
「学校でこんなことするのはお前くらいだからな」
なんだよそれ…。
「俺はやってないです、もう行っていいっすか?」
「お前が女子更衣室から出てきたところを見たという証言もある」
勝ち誇ったような学年主任がムカつくけど、切り札になってないな!
自慢じゃないが、俺は毎日のように女子更衣室に行ってるし! ってほんとに自慢じゃないな!
「俺がビデオカメラを持ってるところを見たんすか? ビデオカメラから俺の指紋でも出たんすか?」
「…いや」
学年主任が目を反らしたのを確認して、席を立つ。
「じゃあ俺は授業に戻ります」
「いや、今日はもう帰っていい、いつもどおり出席扱いにしといてやる」
俺がいたんじゃ授業にならないってことね。まあいつも屋上でダラダラしているだけだからいいけどね。
「分かりました」
本当は分かってないけど、分かった振りをしといてやる。
生徒指導室を出ると授業中のためか学校中が静まりかえってる感じだ。
俺の心の中に色々な感情が渦巻いて、気持ちが悪くなりそうだし、帰って寝るか。
…
自室のベッドに横になってもまったく寝れない。
高校ってもっと楽しいところだと思ったけど、由佳は悲しむと思うけど、もういいかな…。
しばらくバイトでもして高卒認定を取って、それから大学に行っても遅くないだろう。
などと後ろ向きな事ばかり考えていると、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。
時計を見るとまだ12時だから、由佳が帰ってきたわけじゃない。
それに由佳だったら別に鳴らす必要も無いだろうと、居留守を決め込む事にした。
ピンポーン、ピンポーン。
居ませんよー。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポー、ピンポー、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ。
「だー! うるせー誰だ!」
玄関に行ってドアを開けると、みゅーちゃんが立っていた。
「みゅーちゃん!」
「べ…」
「べ?」
「べ、別に先輩が心配だから来たんじゃ…ないん…だか…らね」
いやいや無理にツンデレ口調にしなくていいから、しかも最後めっちゃ声ちいさいし。
耳まで真っ赤にしてうつむいているし。
「心配してくれてありがとう」
「! し、心配なんかしてないん…だか…らね」
「いやいやそれもういいから!」
ツンデレをリアルでやられても…。
っていうか俺の近くに居たら、みゅーちゃんの新しい学校生活が、また悪いものになってしまうだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。
「先輩は…」
「ん?」
「せんぱいはえっちですけべで変態だけど、盗撮なんかしないです」
「みゅーちゃん…」
ってえっちとすけべは一緒だけどな!
「それだけ言いに来たです」
「…うん、ありがとう」
「思ったより元気そうなので安心しました」
どんだけ落ち込んでると思ったんだ? まぁ俺だからこの程度で済んでると思うけどね。
「じゃ学校に戻るです、またあした…」
「あ、みゅーちゃん!」
「…?」
学校に戻ろうとしたみゅーちゃんはきょとんとした顔で振り返った。
「…もう…学校では会えなくなるけど、由佳をよろしく」
「え…? どういうことですか?」
「犯人が見つかってもさ、どのみち自主退学を勧められるだろうし、もうそれでいいかなって…」
「ダメです!」
みゅーちゃんはいつになく強い口調で、睨むように俺を見上げてきた。
「み、みゅーちゃん…?」
「せんぱいは言ったです、何かあったら俺に言えって言ったです」
「いや、あれは安心させるために言ったのであって…」
「そんなことは聞きたくないです」
「いや、由佳もいるし、もう大丈夫かなって…」
「誰が居ても、せんぱいが居なければ意味がない…よぅ」
みゅーちゃんの目から涙が溢れてきた。
「いなくなっちゃやだよぅ」
みゅーちゃんはうつむいて肩を震わせる。泣いてる? なんで? 俺なんかのためになんで泣く?
友達もいない、誰からも信頼されていない、どうしようもなく変態な俺のためにどうして…?
「…っ!」
気が付いたらみゅーちゃんを抱きしめていた。不意に視界がボヤける。
あれ? 俺泣いてる? どうして? どうしてこんなに愛おしいんだろう。
みゅーちゃんの小さくて華奢な震える身体を力いっぱい抱きしめていた。
「…せんぱい……抱いて…ください…」
ん? いまとんでもないこと言わなかったか? 抱きしめるという意味じゃないよな?
「いやいやいやいやいやいやいやいや、さすがにそれは!」
「美優じゃダメですか…?」
涙に濡れた顔で俺を見上げるみゅーちゃん。
「ダメとか、そういうことじゃなく、俺たちまだそんな関係でもないし」
「まだ…?」
「あ、いや…うん、そう、まだ」
何を言ってるんだ俺は!
「関係が進んだら、その、す、するですか?」
「いや聞かれても困るけど…」
「じゃ、しないですか?」
「うーん…する、かな」
「やっぱり…変態さんですね」
「んなっ!」
からかわれたと思って身体を離すと、涙に濡れたみゅーちゃんの顔は、少し微笑んでいるように見えた。
「学校…止めないですよね?」
「あ、ああ…」
「じゃあ、止めない証拠に、もう1度約束して下さいです」
「分かった、何があっても必ずみゅーちゃんを守る!」
「はい! わたしもせんぱいを守るです!」
そういうと今度はみゅーちゃんが俺に抱きついてきた。
そしてお互いの温もりを感じるように、そのまましばらく抱きしめあっていた。