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ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第一章
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7話

「ところで、だ」

こほん、と軽く咳払いをすると紫炎はキースに向き直った。


「我等を『呼んだ』のは誰だ?」

「モナドですよ」

即答する青年に彼等は驚いた顔を見せた。まさかこうあっさりと答えが返ってくるとは思わなかったので、一瞬紫炎すら動きを止める。



「ですが、学生が起こした事故ではないと、よく気がつきましたね」

「…我々に説明をしていた時、どうみても不満そうな顔をしていたからな」

「彼等もまだまだですね。魔道師は相手に感情を悟られてはいけないのですが…仕方ありませんね」


何か物言いたげに顔を見合わせる彼らに、キースは薄く笑う。

「貴方達に『私』を取り繕う必要はないでしょう?」

信じられているのか、軽んじられているのか微妙なところではあるが、あえてそこをスルーすることにして、紫炎はキースへと視線を移すと、二藍が彼の腕に手をかける。


「理由をお聞きしてもいいですか?」


三人の中で一番年が若い彼女が一番の被害者かもしれない。

そう考えてキースは二藍へと体の向きを変える。


「モナドが召還しようとしたのは、私を超える力を持つものです」

「なんだか範囲がものすごく広く聞こえるが?」

「本人もよく解っていなかったと思いますよ。それにばれたら懲罰ものですからね、異世界からの『召還術』は」


緩く首を振ると、青年は彼らを促して屋敷の中へと入っていく。促されて入ったのはキースの私室だった。

呼び鈴を鳴らし召使にお茶の支度をさせると、彼はソファに身を沈めゆっくり息を吐いた。

「あくまで推測の域を越えませんが…多分、事実に一番近いでしょう。彼は私が疎ましかったんですよ。嫉妬と呼んだほうがいいかもしれません」

苦笑、というより嘲笑に近い笑いを浮かべて青年は話す。


「前にも言いましたが、私は自分を過大評価するつもりはありません。事実として自分の魔力がどのようなものかを知っています。しかし、いくら器が大きくても中身が無くては意味はありません」


どれほど魔力があっても、それを使う手立てがなければ無用の長物である。


「そして、年が若い、というだけで軽んじるものもいる」

相手が自分より若いから…魔力が強い事が、上位に居ることが面白くない。

「しかし、現実自分の前に現れたのは年若い、異世界の住人…彼に言わせれば何の力も無い、普通の人間」

そして、男は全てを青年に押し付けた。彼が何も言わず黙って受け入れた理由を確かめもせず早々に「厄介払い」をしたのだ。

「愚かです…愚か極まりない。それが学院を預かる『長』などと笑うしかない…しかし、その地位がある意味閑職だということを知っている…だからこそ暴挙に出たのです」



「……な事の…ために」


小さな、搾り出すような声にはっとして青年達はそちらを向く。

少女はワンピースを握り締め俯いたまま体を震わせていた。静かに立ち上がって紫炎は彼女を抱き上げ膝の上に乗せる。柘榴もその傍にぴったりと寄り添った。

「そんな事の…そんな愚かな…」

するり、と二藍の腕からブレスレットが抜ける。その動きの意味を理解してキースの瞳が翳った。

『母さまっ!父さま…蘇芳、浅葱…おじいさまっ』

紫炎の服を掴み、その胸に顔をうずめる。その体を抱き上げ、彼らは立ち上がった。


「しばらく部屋に篭る…誰も近づけさせないでくれ」

そう言うと、少女を抱いたまま器用にブレスレットを腕から抜く、柘榴も自分のブレスレットを抜いて、他の二つとともにテーブルの上に置くと、彼らが出やすいように先にたって扉を開ける。




後に残された青年はなすすべも無く扉を見つめ続けていた。


理解しているつもりで、自分はどこまで判っていたのだろうか。


いや、初めから理解などしていなかったのだ。


彼女の笑顔があまりにも自然で。

彼女の行動があまりにも自然で。

彼らが一人きりで無いことに安堵して。


自分でも意識しないうちに目を逸らしていた。







翌日朝食の席でキースは目を見開いた。

変わらぬ笑顔で二藍は青年に挨拶する。

その腕にはいつの間にかブレスレットが填まっていた。

二人の青年も何も言わずそれぞれのブレスレットをつけている。


一瞬何か言いかけたキースは、口を噤み目を伏せたが、すぐに顔を上げる。そこには昨日までと変わらぬ笑顔をした青年が居た。

一晩の間に彼らが結論付け、覚悟を決めたのであれば自分もとことんそれに付き合おう。

自分が持つ全ての権力も、何もかも彼らが望むのであればいかようにも行使しよう。

それがせめてもの贖罪であり…友情の証であれば、と。

たとえ独りよがりでも、自己満足といわれようとも。

青年が密かに心に決めた瞬間でもあった。




「そういえば、キースさんって宮廷魔道師っておっしゃっていませんでした?」

食事も終わり、ふと気がついたように二藍が尋ねた。頷き返す青年に、彼女は首を傾げる。

「お仕事…いいんですか?」

考えてみると彼らがこちらに来た日とその翌日を除いて、キースは屋敷から一歩も外に出ていなかった。

「『筆頭』ではありませんからね。有事の時以外さほど忙しくないんですよ。魔道師なんて、基本学者ですから日常は研究に没頭していることが多いですし、それに、ほら私は有能ですし」

ふざけた口調の青年に彼らは笑う。


「…まぁ、一応ね『監視』も言いつけられていますし?」

「呆れた『監視』だ」

くくっと柘榴が喉で笑う。他の二人も苦笑いを浮かべている。

「こんなもん作っておいて、『監視』もなにもないだろうに」

「一応、監視装置ってことで申請はしてありますよ。私の術が掛けてありますから、表向きはそれらしく見えると思いますしね」

くすくすと青年は楽しそうに笑う。彼に仕える者達が思わず目を見張り、そして目を細める。それは、青年がこの屋敷に来て初めてみせる心からの笑顔だった。












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