7話
「ところで、だ」
こほん、と軽く咳払いをすると紫炎はキースに向き直った。
「我等を『呼んだ』のは誰だ?」
「モナドですよ」
即答する青年に彼等は驚いた顔を見せた。まさかこうあっさりと答えが返ってくるとは思わなかったので、一瞬紫炎すら動きを止める。
「ですが、学生が起こした事故ではないと、よく気がつきましたね」
「…我々に説明をしていた時、どうみても不満そうな顔をしていたからな」
「彼等もまだまだですね。魔道師は相手に感情を悟られてはいけないのですが…仕方ありませんね」
何か物言いたげに顔を見合わせる彼らに、キースは薄く笑う。
「貴方達に『私』を取り繕う必要はないでしょう?」
信じられているのか、軽んじられているのか微妙なところではあるが、あえてそこをスルーすることにして、紫炎はキースへと視線を移すと、二藍が彼の腕に手をかける。
「理由をお聞きしてもいいですか?」
三人の中で一番年が若い彼女が一番の被害者かもしれない。
そう考えてキースは二藍へと体の向きを変える。
「モナドが召還しようとしたのは、私を超える力を持つものです」
「なんだか範囲がものすごく広く聞こえるが?」
「本人もよく解っていなかったと思いますよ。それにばれたら懲罰ものですからね、異世界からの『召還術』は」
緩く首を振ると、青年は彼らを促して屋敷の中へと入っていく。促されて入ったのはキースの私室だった。
呼び鈴を鳴らし召使にお茶の支度をさせると、彼はソファに身を沈めゆっくり息を吐いた。
「あくまで推測の域を越えませんが…多分、事実に一番近いでしょう。彼は私が疎ましかったんですよ。嫉妬と呼んだほうがいいかもしれません」
苦笑、というより嘲笑に近い笑いを浮かべて青年は話す。
「前にも言いましたが、私は自分を過大評価するつもりはありません。事実として自分の魔力がどのようなものかを知っています。しかし、いくら器が大きくても中身が無くては意味はありません」
どれほど魔力があっても、それを使う手立てがなければ無用の長物である。
「そして、年が若い、というだけで軽んじるものもいる」
相手が自分より若いから…魔力が強い事が、上位に居ることが面白くない。
「しかし、現実自分の前に現れたのは年若い、異世界の住人…彼に言わせれば何の力も無い、普通の人間」
そして、男は全てを青年に押し付けた。彼が何も言わず黙って受け入れた理由を確かめもせず早々に「厄介払い」をしたのだ。
「愚かです…愚か極まりない。それが学院を預かる『長』などと笑うしかない…しかし、その地位がある意味閑職だということを知っている…だからこそ暴挙に出たのです」
「……な事の…ために」
小さな、搾り出すような声にはっとして青年達はそちらを向く。
少女はワンピースを握り締め俯いたまま体を震わせていた。静かに立ち上がって紫炎は彼女を抱き上げ膝の上に乗せる。柘榴もその傍にぴったりと寄り添った。
「そんな事の…そんな愚かな…」
するり、と二藍の腕からブレスレットが抜ける。その動きの意味を理解してキースの瞳が翳った。
『母さまっ!父さま…蘇芳、浅葱…おじいさまっ』
紫炎の服を掴み、その胸に顔をうずめる。その体を抱き上げ、彼らは立ち上がった。
「しばらく部屋に篭る…誰も近づけさせないでくれ」
そう言うと、少女を抱いたまま器用にブレスレットを腕から抜く、柘榴も自分のブレスレットを抜いて、他の二つとともにテーブルの上に置くと、彼らが出やすいように先にたって扉を開ける。
後に残された青年はなすすべも無く扉を見つめ続けていた。
理解しているつもりで、自分はどこまで判っていたのだろうか。
いや、初めから理解などしていなかったのだ。
彼女の笑顔があまりにも自然で。
彼女の行動があまりにも自然で。
彼らが一人きりで無いことに安堵して。
自分でも意識しないうちに目を逸らしていた。
翌日朝食の席でキースは目を見開いた。
変わらぬ笑顔で二藍は青年に挨拶する。
その腕にはいつの間にかブレスレットが填まっていた。
二人の青年も何も言わずそれぞれのブレスレットをつけている。
一瞬何か言いかけたキースは、口を噤み目を伏せたが、すぐに顔を上げる。そこには昨日までと変わらぬ笑顔をした青年が居た。
一晩の間に彼らが結論付け、覚悟を決めたのであれば自分もとことんそれに付き合おう。
自分が持つ全ての権力も、何もかも彼らが望むのであればいかようにも行使しよう。
それがせめてもの贖罪であり…友情の証であれば、と。
たとえ独りよがりでも、自己満足といわれようとも。
青年が密かに心に決めた瞬間でもあった。
「そういえば、キースさんって宮廷魔道師っておっしゃっていませんでした?」
食事も終わり、ふと気がついたように二藍が尋ねた。頷き返す青年に、彼女は首を傾げる。
「お仕事…いいんですか?」
考えてみると彼らがこちらに来た日とその翌日を除いて、キースは屋敷から一歩も外に出ていなかった。
「『筆頭』ではありませんからね。有事の時以外さほど忙しくないんですよ。魔道師なんて、基本学者ですから日常は研究に没頭していることが多いですし、それに、ほら私は有能ですし」
ふざけた口調の青年に彼らは笑う。
「…まぁ、一応ね『監視』も言いつけられていますし?」
「呆れた『監視』だ」
くくっと柘榴が喉で笑う。他の二人も苦笑いを浮かべている。
「こんなもん作っておいて、『監視』もなにもないだろうに」
「一応、監視装置ってことで申請はしてありますよ。私の術が掛けてありますから、表向きはそれらしく見えると思いますしね」
くすくすと青年は楽しそうに笑う。彼に仕える者達が思わず目を見張り、そして目を細める。それは、青年がこの屋敷に来て初めてみせる心からの笑顔だった。