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ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第一章
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5話

「いつ術が使えないことに気が付いたんだ?」



もっともな柘榴の問いに紫炎は苦笑を返した。

「一度『符』に戻ろうとしてできなかった…弾かれた、というわけではない『力』そのものが発動しなかったからな」

「…ったく」

そういう事は早く言え、と心の中で呟いて、柘榴は二藍の方へ視線を移した。


この世界に来て三日目、周囲の大人達(主に屋敷の召使たちであるが)の生暖かい視線の意味を紫炎に聞かされて、少し落ち込んでいた彼女だったが、相手の誤解を利用して、今はマーシャにこの世界の基本的な常識を教えてもらっている。

主であるキースから、どういう説明を受けているのか、はたまた、この世界では二藍の誤解されている年齢層では基本的なことを何も知らないのが当たり前なのか、、彼女は色々と少女に問われるまま、話して聞かせていた。




彼らがいるセラフィークは、いくつかの国々がある大陸のほぼ中央、海に面した気候の温暖な国である。

産業の主は交易と漁業、農業、林業で、大陸の中では歴史が古いわりには、国土の大きさは建国当時と同じというこの辺りでも稀有な存在らしかった。

後方に険しい山脈と、国境を意味する東西の大きな河のおかげで、小競り合いはあるものの、近隣諸国とは友好的な関係が、ここ百年ほどは続いているとの事で、マーシャ曰く3代ほど賢帝が続いているおかげだとの事だった。


…国内の騒動は、この場合目を瞑るとして。


とりあえず、今現在において平和で穏やかな国と言えるらしかった。






「…そんなはず、あるわけが無いでしょう」


夕食後(なんだかんだと、食事を共にするキースを見て、マーシャがこっそり教えてくれたことが、彼がこれほど早く帰って来て食事をすることなど、年に2~3回あるかないからしい)少女に果汁を、自分たちは酒を飲みながら、昼間の話を聞いた彼は軽く肩を竦め苦い笑いを浮かべた。

「確かに表向きは平和ですよ。…この国が他国の侵攻を受けないのは、これといった主産業がないだけです。経済的に貧しくは無いですけどね。自給自足が成り立つ、というのは国土の広さではなく人口の低さを表しているにすぎないということです」


アルコールの勢いも手伝ってか、いつもより饒舌なキースの言葉を、紫炎と柘榴は酒を傾けながら静かに、二藍は興味深そうに聞いている。


「建国当時と国土の広さが変わらない、人口も大きな変化が無い…大きな戦争にも巻き込まれていない…実に結構な事だと思いますよ。ですが、内部はドロドロだ…特に今は」

複雑な事情を身の内に抱える青年は、彼らが自分の事情に無関係だからこそ彼らを優遇し、腹のうちを見せる。

それは、彼らが自分の庇護の下にあるという優越感も伴っての事であった。多分、普段の彼ならばアルコールの力でも、こんな風に心情を暴露しないだろう。


それ以前に、そんな相手を前にしてアルコールを摂取するとも思えない。


「馬鹿な連中です…あのお方は王位など望んではいらっしゃらないのに」

小さく、呟くようにぽつりと漏らされた言葉に少女は、おや?と瞠目する。


「…少し酔ったようです。先に休ませてもらいますね」

無邪気な笑顔を見せて二藍が「おやすみなさい」と言うと、青年はその頭をなでて笑顔を返す。









「…呆れたヤツ」

キースの気配が完全に消えたのを確認して、呆れたように呟く柘榴に少女は唇を尖らせた。

「いや、だって期待には応えないと」

「何が期待だ…誤解を良い様に利用しているだけじゃないか」


今更ではあるが、二藍の生家は陰陽師とか、退魔師とか呼ばれる副業を持っていた。

表立って公表できる職業ではないソレは、幼い頃から二藍の行動を大きく制限していた。遊び相手は『護役』として祖父がつけた式神たち。


しかし、それ以前に彼女の育った環境が彼女自身の「子供時代」を奪っていた。




「皇太子派、と見せかけて王弟派ですか…気苦労多そうですね」

「お前が言うな」

柘榴に不満そうな一瞥を与え、少女は大きく息を吐く。それに視線を向けてきた紫炎に小さく苦笑を向けた。

「私達の面倒を一生見ても、十分余裕がある財産をお持ちのようですが、いくら何でもそうそうご好意に甘えている訳にはいきませんね」

「いいんじゃねぇか?そもそもあっちの不手際なんだし」

「働かざるもの食うべからず、ですよ柘榴」

彼女の祖父の口癖に、流石の柘榴も考え込む。確かにこのままで良い訳は無い。

「向こうに戻れるなら兎も角、こっちに一生いるのなら考えねばならないな」




口を噤み、暫く三者三様の思考に入り込む。やがて、大きく息を吐いて二藍が顔を上げた。

「とりあえず、この世界で生きていくには何が必要か…どうすればいいのか知らなくては話になりませんね」


自分たちが生きていた世界のように戸籍だのなんだの必要ならば、何らかの働きかけもしなくてはならないだろう。



視線だけ扉に移して、紫炎が口を開く。

「暫くの間はやっかいになるしかないな。ここでの常識とやらも身につけなくてはいけないからな」

「どんな状況にあっても、まず生きること、理解すること…諦めないこと。本当にお二方が居てくださって良かった」

二人の式神たちの間に入って、その腕を取る。普段滅多に甘えることはしない少女の珍しい姿に、表には出さない不安さや恐怖を感じ取って、彼らは二藍をそっと抱きしめた。




「ところで」


その体勢のまま、紫炎が呟く。

「気が付いていたか?」

微かな動作で二人は頷いた。部屋の外にあった気配。彼らが寄り添った時点で去っていったが、微かに香ったアルコールの香りが、それが誰かを知らしめていた。

どうやら、途中で用事があって引き返してきたようだったが、入るに入れなくなり再び戻っていった…キースの行動が目に見えるようで、彼らは顔を見合わせ息を吐く。



「意図したわけではないんですが」

二人からそっと身を離し、少女は小さく笑う。

「同情、誘えましたかね?」

舌を出し、てへ、と笑う彼女に式神二人が大きく溜息を吐いたのは言うまでも無い。











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