4話
ぜいぜいぜい。お待たせいたしました。
時代を経るにつれ、言葉の意味合いが違ってくるように術式も様変わりしてくる。
大元は同じであっただろうが、幾つにも枝分かれした術は、それぞれが得意とする分野で『進化』していく。
持っていた鈴を再び鳴らし。二藍は目の前の相手を見据えた。
『符』が無ければ、何もできないという思い込みは、その反対の側面を示す。本人は自覚していないが、彼女は『符』さえあれば、最強だという事実を周囲に植えつけられて育っていたのだ。
しかも、彼女の師…『飴』役はここ数代のうちでも、抜きん出た実力を持つ本家の三兄弟だ。彼女が幼い頃、同じ敷地内に住んでいた彼らは、自分たちは『鞭役には適さない』と、半ばごり押しに近い形で、彼女を溺愛しまくった。男兄弟で、妹が欲しかったというのが大きな理由らしい。
何にしろ、実力者が揃って、手取り足取り教えたのだ、飴方向の彼女の実力は半端ではない。
手にするのは、何枚かの紙。キースに頼んで用意してもらったそれに記されているのは、九耀一族が長年に渡って積み上げてきた術式の数々。
自分のことをなんと言われても動じない彼女だが、親しい相手を悪く言う相手には容赦は無い。しかも、自分の立場を省みず一方的に言う相手は特に、だ。
「縛」
符が青白く輝き、相手の周囲に円形の結界を張る。にやりと笑って、それを弾こうとした時、初めて男の表情が変わった。
『なに?』
「やはり、あっちの術は効く、か」
うっすらと笑いを浮かべて紫炎が相手を見た。すると、柘榴がそちらに視線を向けて口を開く。
「紫炎。このまま結界を広げれるか?」
眼差しだけで問う主に式神は浮かべた笑いを剣呑なものへと変化させた。
「ここで本気になって力を使ったことが無かったからな。正直加減がわからないんで限界を試してみたい。こいつ相手に遠慮は要らねぇみたいだしな」
『下郎の分際で』
「畜生から格上げになったみたいだし?」
くくくっ、と喉で笑う男に呆れたようなため息が二つ返ってきた。
「護りは任せたぜ、紫炎」
「…承知。このまま暫くとどめておいてくれ。結界を張りなおす」
「はい」
『なっ』
少女の持つ符が不思議な色合いを浮かべる。見るものが見れば解るその色の名を「二藍」という。
拘束の力が強くなる。少し驚いた顔をした相手であったが、口の端をゆるりとあげた。
『この程度か?』
「いいえ」
あっさりと答える少女に『神』は目を見開く。気が付くと自分が張った結界とは異なる力が周囲に満ちていた。
「アンタが張った結界の内側に沿ってもう一つ結界を張っただけだ。二重の構造で強化したから、ここで何が起こっても外に洩れる事はないだけさ。…さて」
小さく何か呟いて少女は符を懐に仕舞った。すると、いままで掛けてあった拘束が解け、その体が軽く揺らいだ。その隙に、紫炎は二藍を後ろに庇い、自分たちの周囲にも結界を張る。
『貴様等っ』
「貴様…ね。くく、意味合いは違うが、俺たちの世界では悪い言葉ではなかったな…昔の話だが」
「あ、その前に」
気が付いたように二藍が前に進み出た。その隙を逃さず『神』が魔法を放つが、紫炎が腕を差し出しただけで霧散した。
「…ふむ、成る程な」
反動の力を感じて青年は嗤う。
「早めに片付けろ。上手くすれば、もう2,3釣れるやもしれん」
『笑止』
「…うっせぇよ、おっさん。どうした?二藍」
にっこりと緊張感の欠片もなく少女は笑い、『神』を見据え、再び符を出した。
「御名を頂けますか?」
『ガイア』
思わず答えたガイアは、自分が少女の言霊に操られた事に気づき、怒りを滲ませる。
「…『ガイア』…大地ですか。地属性、ですね」
にっこり、少女は笑い、柘榴も呆れたような笑みを浮かべる。
「木属性、か。オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ」
薬指を出して柘榴は相手へと向ける。
「木剋土」
木は根を張り、土を締め付け養分を吸い取る。五行相剋の思想。そして、彼が唱えたのは降三世明王の真言。
ガイアの周囲から木の根が現れ、その体を締め付けていった。
『なんだ…とっ!体が動かんっ!』
「本気を出すまでなかったか」
溜息交じりで柘榴が呟き、二藍へと視線を送った。
「縛。仕令に下れ」
二藍が再び出した符を、ガイアにむける。
『なに…?』
次の瞬間、その姿が消え、少女の手には淡く光る符が残された。




