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ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第四章
45/51

幕間 5

「ある、恋の話をしよう」



唐突に始められた『ソレ』に彼女は怪訝そうに顔を上げた。


自分の対面に腰を下ろしている青年の視線は、どこか遠くを見るものであった。


テーブルの上に置かれたカップをゆっくりと口につけ、喉を潤すと彼はゆっくりと語り始めた。




特殊な能力と家業を持つ一族の本家の極近い血筋に、久しぶりに女の子供が生まれた。

遠い分家筋には何人かいたものの、何百年単位で生まれたことの無かった女子に一族は喜び、沸き立った。

しかし、その喜びは子供が成長していくに従って複雑なものになっていった。


類稀なる強い霊力。


本家に近ければ近いほど稀に生まれるその体質は、男子であれば諸手を上げ歓迎され、一族の総力を挙げて磨かれ、鍛え上げられたものだったろう。

しかし、その力を有するは女の子。

今はまだいい。しかし、年がたつにつれ、月経が始まり、やがては子供を生む身。

その影響を知るものも、文献も何も残っていなかった。


古参の式神たちですら、女子でこのように高い能力を持つものは始めてみると口をそろえて言う。


彼女の力を抑えるため、一族は余り褒められない方法を取った。

言霊で少女の心を縛り、萎縮させる。

いわば、劣等感を植え付けるものであった。

だが、少女の心を壊しては本末転倒というもの。

飴と鞭の使い分けと匙加減を間違えぬよう、細心の注意を持ってソレを行なった。


一族が有する中でも特に力ある式神ふたりが、自ら進んで少女の護りに下った。

本来なら、もっと強い式神を与えたかったが、そんなことをすれば少女の存在が知られてしまう。

幸い、彼女についた式神二人は、元は彼女の祖父に使えていたので、対外的には何とでも言い訳がついた。



蟻の這い出る隙間の無いほどの戒厳令であったとしても、秘め事は何処からともなく漏れるもの。

少女の存在を知ったある一族は、一人の少年に指示を与える。

少女を篭絡しろ。ソレが敵わぬならば、亡き者に、と。



彼もまた、その一族にとって切り札ともいえる存在であった。


少年の張った罠に、少女はあっさりとはまり込んだ。

初めての一族以外の近い存在に瞳を輝かせ、彼が見せる新しい世界に心ときめかせ。


友情が恋心に変わるまでに時間はさほど掛からなかった。




本来なら、彼の役目はここまでで、後は上手く言いくるめて、彼女を自分の一族の元に連れて行くだけのはずであった。

しかし、何事にも不測の事態というものは起きる。


彼の場合は三つ。


一つは、彼女の存在が自分達と敵対する者に知られてしまったこと。


一つは不審に思った少女の一族が動き出したこと。


そして、最後の最大の事態。


少年もまた少女に恋をした事であった。




初めてで幼いが故に真っ直ぐな純粋な想い。

しかし、それは唐突に終わりを告げた。

少年の死、という形を取って。

何が起きたのか、少女も付き従う式神たちも黙して語らぬ。



しかし、その時から少女は変わった。


今まで見向きもしなかった(一族が故意に向かせなかった、ともいうが)仕事に積極的に参加するようになり、一族が望んだ形とは別の方向で才能を開花させた。

幼い頃から植えつけられた劣等感は、相変わらず少女を苛んでいたが、それでも怯む事無く彼女は動いた。

しかし、決して無茶はせず、自分の限界を知り、身内や式神に頼ることもした。命を無駄にすることを何より厭ったのだ。

そして、以前はよく見せていた無邪気な笑顔は二度と見せることはなくなった。






すっかり冷めてしまった紅茶を入れ換え、葎はソファに身を沈めた。礼を言って口にしようとした渡辺は、おや?という表情を彼女に向けた。


「このハーブティ、彼が好きだったそうなんです。一緒に飲んでいるうちに、自分も好物になったと言っていました」


瞠目する相手に葎は複雑な表情を向けた。まさか自分がこの話を知っているなどと思っていなかったのだろう。

「目の前で、文字通り消えてなくなった、と言っていました。彼女を守る為、力量以上の術を使い、その負荷に体が耐えられず、骨も…魂すらも残さずに消えてしまったと、淋しげに笑って話してくれました」


初恋って実らないって本当ですね。

そう締めくくった彼女の笑顔を忘れることはないだろう。



自分の腕の中で消えていったその存在。本人にしかわからぬ思い。

形は違うが、目の前で消えていく命へのあの感覚は、葎自身も経験したこと。だからこそ、自分達は友情を築く事が出来たのだ。


「きっとまた会える。そう信じています」

「…そうだな、きっと会える」


二藍が二人の式神と共に姿を消してから、一年の月日が過ぎた日のことだった。


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