5話
「本当にあの方に王位を継がせることが目的なんでしょうか?」
ぽつり、と零した主の言葉に式神二人は顔を上げる。
「そんなことが可能なんでしょうか?」
暗闇の中、その影は音も無く立ち上がり、周囲をゆっくりと見回す。
その周囲には他に三つの人影があった。うち一人は女性。
「やはり、やって来ましたね」
どこか笑いを含ませた声に溜息が応じる。
「少し突付いたらこれ、ですか。『あのお方』はよほど私が邪魔とみえます」
自嘲めいた笑いを浮かべながら青年は言葉を紡ぐ。他の三人はあえて何も言わず彼に寄り添った。
それだけで充分だと彼は笑いを静かなものに変えていった。
さてと、と青年は、倒れた刺客を見回しながら影の一人に視線を移した。
「とりあえずは生かしてあります?」
「無論」
憮然とした声に彼女の笑いがかぶさる。殺伐とした光景でありながら、彼らの周囲には穏やかな空気が流れていた。
「しかし、正直ここまでとは思ってもみませんでした」
溜息と共に吐き出された青年――キース――の言葉に、傍にいた二藍が微かに眉を寄せる。
「一応血を分けた父であり、兄ですからね。信じたかった、というのが正直なところです」
実際、彼が叔父の家の養子になることを決めた時、二度と敷居は跨がせないとまで言われたという。
「父が『手駒』としてしか私を見ていないことは解っていましたが…何というか、言葉になりませんね」
そうしているうちにいつの間に現れたのか、数人の人影が倒れた刺客を次々と護送用の馬車へと運び込んでいく。
丁寧に自害防止の猿轡までかけての拘束である。
「閣下への報告は?」
「後ほど我らからしておこう。そちらの手筈は?」
「計画通り何人かは逃しておいた」
「逃がしたのですか?」
「ああ、牽制の意味も込めてな。例え二藍一人狙っても、よほどのことが無い限り返り討ちにあうことを解らせておく必要がある」
最初に狙われたのは、女性である二藍だった。しかし、彼女は呪符を鮮やかな手並みで操り襲撃者を撃退したのだった。
「そちらの皆様はお怪我はありませんか?」
彼女の言葉に、男――カイル――は笑みをその口に乗せた。
「問題ないさ、姫さん。『騎士隊』はそんなにやわじゃない」
お上品でもないけどな。
その言葉が、揶揄を含んでいることに気がついて、彼らは苦笑しあった。
「それじゃ、あとは任せた。『上品』な連中の二の舞はするなよ」
柘榴の言葉に口をゆがませ、しかし最後まで大きく騒ぐ事無く、男たちは去っていく。特殊な仕掛けでもしてあるのか、蹄の音も車の輪の音もしない。
ふと二藍が眉を顰めキースに近づいていった。
「義兄さま?」
慌てて手を引っ込めたキースだったが、時既に遅く、紫炎に軽く掴まれ袖をたくし上げられた。
「矢傷か…毒は?」
「問題ないです。わりとまっとうな刺客だったみたいですね。剣にも毒は塗っていなかったですし」
腰に下げたポシェットから薬を取り出し、手際よくキースの手当てをしながら二藍が応える。
刺客にまっとうも何も無い、と思わないわけではないが、そんな突っ込みをする勇者はこの場にはいなかった。
手当てを終えると小さく礼を言うキースの様子がおかしいことに気がついて、二藍は義兄の顔を見上げた。
「…申し訳ありません」
謝罪する彼に弟妹たちは怪訝そうな顔をする。
「貴方達を巻き込んでしまった」
彼と実家である侯爵家との関係が、皇太子やエンデルクを挟んで良くない事は知っていた。しかし、今まで彼らは表立って動いてこなかったのだ。紫炎たち3人がファリス家の養子になった時ですら、反対の声も様子を伺うこともしなかった。
この一年、何度か出会ったことはある。王宮の夜会や城内で。しかし、侯爵の方から彼らに声を掛けることは一度として無かったし、当然身分的に下の彼らから声を掛けるようなことはしない。
唯一言葉を交わした二藍も、主にエンデルクがエスコートしているときに、軽い目礼と月並みな挨拶をしたにすぎない。
彼らばかりではない、実弟であるキースに対しても同様な態度をとってきたのだ。
しかし、今回の襲撃のタイミングを考えると、巻き込んだのはどう考えても自分達であった。
(しかし…)
屋敷に帰る道すがら、紫炎は考える。
(エンデルクをに王位を与える…果たしてそれが本当の目的か?)
主の言葉ではないが、彼らの目的がエンデルクに王位を継がせるのであれば、余りに杜撰な計画だ。
何といっても、当の本人にその気が全く無く、継承権を放棄する旨の言葉を誰憚る事無く口にする。兄王が『保険』の為、と理由付けして、不承不承継承権を持っているに過ぎない。
男性優位ではあるが、女性も王位継承権がある。下手なことをすれば、形だけ一時王位につき、すぐに
マリーシアかナディアーヌに王位を譲ってしまいかねない。
(何が目的か…それをまず探らなくてはいけないな)
そう思いながら、最初は関わるつもりなど無かったこの国の情勢に、すっぽり頭から入り込んでいる自分達に呆れるしかない。
未だ天秤は傾いては居ない。
その言葉を心の中で反芻し、数歩先を歩く主に視線を向ける。
(この問題が片付いたら、天秤はどちらに傾くのだろう)
自分でも吉凶』判断しづらい予感を旨に、青年は小さく息を吐いた。