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ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第四章
43/51

4話


以前は断り無く、欠席の返事をしていたキースだが、弟妹とマーシャの説得…説教ともいうが…に押し切られ、家に来た招待状を勝手に扱うことはしなくなった。




対外的にはいくらでも腹芸ができ、どこまでも冷徹になるファリス家の長兄は、一度懐に入れた、というか信用した相手にはどこまでも甘くなる、という事を目の当たりにしている弟妹達なので、エンデルクや皇太子の危惧も無理からぬ事と納得している。

加えて彼は、皇太子の言葉通り、貴族間の勢力図や、交友関係に関して驚くほどの事情通でありながら、暗黙の了解事や、当たり前となっている観衆には呆れるほど疎かったのである。


マーシャいわく、「社交界を疎かにしていたツケが回ってきた」と、いうことだ。


とはいうものの、その勢力図の中心人物がキースを欺いているのだから、彼の知識も何処まで信用していいものか決めかねているのも事実だった。






「基本的には、キースさまの情報は正しいですよ」

あるとき、エンデルクの使いできたエドガーに二藍がそれを零すと、王弟の侍従は見事な笑顔で彼女に応じた。

「お二方も、キースさまを大事になさる余り、隠されるのですよ。殿下がお考えになっているほど、甘い方とは想いませんから巻き込んでしまえばいい…と、これはあくまで、私個人の感想ですが」

「なんだか『やれ』っておっしゃっているように聴こえますが…」

二藍の言葉に、男は笑顔を向けただけだったが、向けられた本人は小さく肩を竦めて、やれやれと首を振った。



「それで、『近衛』と『騎士隊』はいかがですか?」

「大きな混乱も無く、勤務内容の移行もつつがなく行なわれたと伺っております。…まぁ、言ってしまえば、二種類の者しかおりませんからね。『近衛』は」

エドガーの言う「二種類」とは、「お飾り」と「腹心」である。後者の数は、全体のほんの一握りではあるが。


「あ、あと兄達がお世話になりますが、よろしくお願いいたします」

「とんでもございません。お二方には今以上の激務になる可能性がございますので、フタアイさまにもご迷惑をおかけいたします」

貴族ならではの優雅さでエドガーは頭を下げた。


今までエンデルクの副官と兼任していた一隊の団長が、今回の件で正式に近衛隊隊長に任命され(本人曰く『子守』もしくは『監視』)カイルも騎士隊長となった。

そして、空席となったエンデルクの副官の席に紫炎と柘榴が着任したのだ。

もちろん、この話は一部の貴族、特に近衛に籍を置く者の関係者から批判の声が上がったが、書類上とはいえファリス家の一員ということに加え、皇太子や第二王女の推薦状が周囲を黙らせた。



「エンデルクさまから、お話を伺った時点である程度は覚悟しておりましたから大丈夫です。流石に立場上、あの家に住む訳にはいきませんから、伯爵家住まいになりますが…まぁ、義兄さまにとっては、プラスマイナスゼロ、といった所だと思います。兄達も含め自分が置かれた立場が微妙になった事と、私達が屋敷に戻ってきた事で」

今回の移動の中、ひっそりと行なわれた一つに、キースが公式に皇太子の副官の一人として任命されたことだ。

コレによって、ファリス家を媒介として、皇太子と王弟は繋がりを持つ事になる。

皇太子派と王弟派に分かれて水面下で争っていた貴族達には、まさしく『青天の霹靂』。

城内で穏やかに談笑している彼らに近づける者は、僅かしかいなかった。


キース自身、今回のことをどう考えているのか、本人に確認はしていないが、どこか釈然としないものを抱え込んでいるのは、家に戻って酒量の増えた彼を見て窺う事ができる。

しかし、それは彼自身が消化しなければいけない問題である。

彼が本当に巻き込まれても問題が無いかどうか、彼女が決めかねているのは、青年のこういった状態を普段見ているからに他ならなかった。



「…と、いうか元々仲は良ろしかったんですよね?煩かったのは周囲だけだと伺っていましたし?」

「はい。しかし、人は自分の良いようにしか物事を見ぬもの。あくまで『表向き』と考えていた愚か者がいかに多かったか、という事でございます」

二藍にしてみれば、まだ解らない事――隠された『事実』――はあるが、今はそれを言及することは控えておこうと考える。

紫炎と柘榴も何か思う節はあるのだろう。あの二人が、大人しくエンデルクの副官に納まっていることがいい証拠、であった。




「ところで、今度の皇太子殿下の主催の夜会にフタアイさまも出席されると伺いましたが」

「はい、義兄がエスコートすると張り切っていましたので。…いい加減、妹ではなく別の方を、と思わないわけではないのですけれど…相手があの兄ですから、ご婦人たちの苦労が忍ばれます」

デビューして、間もない彼女ではあったが、出席する大半は王家がらみのものであった。それゆえ、彼女の周囲には常に兄達のだれかか、エンデルクの姿があった。


言い換えれば、彼女以外彼らの周囲に特定の女性はいない、という事になる。



「ですから、それはお持ち帰りください」

彼女の視線の先にある、エドガーが持ってきた荷物に、男も困ったような笑顔を見せた。

「やはり、お気づきでしたか?」

「マリーシア殿下にお教えいただきました。申し訳ありませんが、これ以上殿下からドレスを頂くわけには参りません」

一般の貴族の女性ならば絶対に言わない台詞を言って、少女は微笑んだ。その中に完全な拒絶を見て、エドガーは大きく息を吐く。

「無理強いはするな、との主の言葉が無ければ置いて行きたい荷物ではありますが…仕方ございません」

「ご好意だけはありがたく、とお伝えくださいませ」

立ち上がり、優雅に礼を取る彼女の態度は、無言で男に退出を促していた。

「承りました」

同様に男も礼を取ると、ファリス家を辞す。






「良かったのか?」

窓際に影を落す獣に、彼女は柔らかな笑顔を向けた。

「天秤は未だ傾いていません。これほどの錘を加えながら均衡を…いいえ、いまだ『向こう』に心は傾いたままで、迂闊な約束事はできません」

彼女の言う『錘』の一つに自分達があることを知っている青年は、軽く目を細めた。

「我らのことは気にするな。お前がいる場所が我らの居場所だ」

柔らかな毛並みに顔をうずめ、微かに頷く主に、紫炎は細めた瞳を柔らかなものに変えた。







「…やはり、改良は必要ですね」


顔を上げ、唐突に言葉を紡いだ二藍は、眉を潜めた。

「ほんの微かですけど、完全に臭いが消されていません。香り付け以前に、目指せ無味無臭、ですね」

どこか意味が違う、と溜息をついた式神であった。






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