3話
「『ミリタリーオタク』って…」
「健のことか?」
呆れたような二藍と紫炎の声に柘榴が口角を上げる。
「違うのか?」
「違う…とは言いませんが…」
そう言って、脳裏に浮かぶ幼馴染であり、遠縁の少年を思い出して、深々と息を吐いた。
父親同士が従兄弟と言う関係からか、彼女は本家と近い血筋にあった。マスメディアに取り上げられている『陰陽師』とは色合いを異なる彼女の一族は、それを知る数少ない相手から利用価値を認められると共に、一つ間違えれば、限りなく厄介な相手とも認識されていたのだ。
事実、本家の息子達は誘拐されること数回、命の危険に晒されることも度々会った。故に、彼らは常に自分の使役する式神を傍においているのだ。式神が居ない幼い頃は、両親や親戚が使役する式神が護りにつく。
単独行動も危険とみなされたが、幼い子供達に完全に目が行き届くはずも無く、考えられたのが同年代の子供達を出来るだけ一緒に居させようと、先代の長が幼稚園を開設した。
大半は、近所の子供達で占められるが、職員は当然一族の息が掛かった者から選ばれ、一族の子供達は必ずここに通うことになっていた。
その頃から一緒だったのが、やはり一族の血を引く健と莉緒の二人だった。
二藍ほど本家に近い血筋ではないが、彼らも術者である両親の元で修行を積み、それなりの使い手となっている。
「その、『ミリタリーオタク』というのは何なのですか?」
エドガーの問いに、二藍は苦笑を向けた。
「『ミリタリー』というのは軍事を指す言葉です。戦争や軍隊、軍人の総称、ですね。けんちゃん…幼馴染で一族の健くんは小さい頃からそういった方面に詳しくて…まぁ『オタク』っていうのは、一方向の方面に詳しい人、と考えていただければ間違いはないです」
制服は兎も角、普段の私服にモスグリーンや迷彩色の色合いが多い相手を思いだし、彼女は小さく笑う。あれはあれで、とても目立つのだが、本人は一向に気にせず街中を闊歩するのだ。
「ほう、軍事の専門家か」
そう言っていいものか、疑問も問題点もあるが、まとめてスルーして二藍は笑顔を見せた。
確かに彼の薀蓄のおかげで、一般より、軍事関係の知識は多いとは思うが、それがどこまで男の役に立つかは疑問である。
「この国の構造から考えると、けんちゃんより宗也兄さまかもしれませんね」
「宗也?図書館の司書がどうしてだ?」
宗也、というのは従兄だとエンデルクに説明してから、彼女は問いを発した柘榴に顔を向ける。
「雑多な知識は宗也兄さまの得意とする分野です。けんちゃんの知識は向こうでの軍備がベースとなっていますから、こちらでは意味を成しません。剣と魔法の世界と『化学兵器』では異なりますでしょう?」
こちらで当てはめる言葉がなかったので、化学兵器は当然日本語となる。
成る程、と紫炎は頷いた。
「どこまでお役に立てるか解りませんが、異界での知識とあわせまして、私達で出来ることでしたら協力させて頂きたいと思います。ご遠慮なく命じください」
腰を折る彼女にエンデルクは苦笑を向けながら、首を縦に振った。
「…こんなものか」
既に日が傾いている。彼らがここに来て、昼食を挟んでおよそ7時間という時間が過ぎていた。内容から考えれば、数日、もしくはそれ以上掛かってもおかしくは無いのだが、予めエンデルクとエドガーで草稿を作ってあったので、それを形作るだけでよかった。
…とはいえ、一軍の構造を変えるのだ、並大抵のことではない。
「しかし、言っちゃぁなんだが、閑職だな」
「名称も変更…『近衛』響きだけなら悪くないからいいんじゃないか?」
「騎士団は一つにまとめるんですね。『騎士隊』ですか」
「ああ。国境警備は騎士隊、警邏両方からの兵役義務、という形に変化は無い。もちろん、近衛、もだ。そこまで甘くするつもりは無いからな」
「…甘い、ねぇ。俺には役立たずは城の中で大人しくしてろ、としか思えないんだが…まぁ、いいさ、どうせ対象者は一隊の奴らだけだからな」
「騎士隊も、剣技のみと、魔力中心に分けるんですね?」
「ああ、その方が任務によって指示しやすくなる。前の事件のように向こうに操られて邪魔されるのも問題だろうからな」
これには、紫炎が軽く肩を竦めることで応じた。相手の魔力に操られるものは、抵抗力が低いもの…魔力の少ない者ほど起こり易い、とキースが独自に調べて報告していたのだ。
「一隊に選択の余地は一応おあたえください。心ある…理解力のあるものなら騎士隊への残留を希望すると思います」
「数名いればいいほうだろう。まぁ、相手によっては近衛に行かさざる得ない者もいるが…な」
「そういった方はちゃんとご自分の役目を理解されていらっしゃると思いますよ」
にっこりと笑顔で二藍が応じて、その場はお開きとなった。
エンデルクの名前で提出された書類は、事前に根回しがされていたこともあって、あっさりと認められ、騎士団の面々も表立って問題なく辞令を受け入れたのだった。
唯一人、マリーシア王女のみ面白く無さそうに口を尖らせた。
彼女は、この移動によって、今までのように気軽にファリス家の次男、三男を呼ぶことが出来なくなったからだ。
新しく、制服を支給され『近衛』と呼ばれる身分になったものは、今までのように平民と同じ扱いを受けなくなったと喜んだものが大半だったが、数名はそのまま騎士隊に残り、数名は己の立場ゆえ心残りを抱えながら近衛に移動する。
その中には、ファミアやザリックも含まれていた。
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